_月_日 日曜日 13:00
⬛︎⬛︎⬛︎県⬛︎⬛︎⬛︎市⬛︎⬛︎区の森林を歩く女性がいた
学生服に身を包み
黒く整った長髪と
赤い瞳を持った高校3年生の女子生徒
そう
それは
風早高等学校
美術部 部長
姓を『須ノ宮』と呼ぶ者だった
彼女は休日
よくこの森で日光浴をする
そして この日も
同じ目的で ここに現れた
しかし
美術部長は
「な…なんと言うことだ…」
『あるもの』を見つけてしまう
それは
白く丈夫な縄で 自らの命を絶った
男子高校生
しかし 須ノ宮にとって
彼はただの男子高校生ではなかった
「八王子…
八王子!!」
彼女は、
ひどく動揺した様子で
亡骸となった男子高校生に近づく
四肢は力無く垂れ下がり
縄は完全に首に食い込んでいた
もう 手遅れだったのだ
「……っ」
動揺のあまり
須ノ宮は膝から崩れ落ちた
須ノ宮にとって
亡くなった彼はかけがえのない
美術部の部員
その死を受け入れるのは難しいことだった
数分は 俯いたまま動けずにいた
数分が経ち
少し落ち着いたのか
携帯電話で警察に事の仔細を伝えた
「なぜだ……
なぜ こんなことに…」
警察の到着を待つ間も
彼女は大切な部員の死を受け入れられずにいた
男子高校生…
それは紛れもなく
俺のことだった
俺の死は
テレビにて 大々的に報じられることとなった
その頃
死んだはずの俺は
なぜか直立した状態で
道の真ん中に放り出されていた
混乱する中、視線を上に移すと、
橙色に染まった空…
辺りは既に暗くなり始めていた。
……?
目を覚ました瞬間
俺は奇妙な感覚に囚われることとなる
なんなんだ…これは…?
動かすことはできるものの
手足の感覚はない
スゥッ…
しかも自分の体は
壁や物体を通り抜けることができるように
なっていた
そして この時
自分が既に死んでいることに気がついた
意図せず自らの首を縄で絞めてしまった
あの夜を
苦しみながら死んでいったあの記憶を 思い出した
怖くなって 俺は思わず、その場にうずくまる
側から見れば ほんの数秒…
しかし 俺にとって、それは
想像を絶する 地獄のような苦痛だったんだ
望んでもいないのに死ぬことになってしまった
この事実は 今もなお
俺の心を容赦なく抉る…
…そんな中だが
俺には疑問に思うことがあった
なぜ死んだにも関わらず まだ意識があるのか?
どこからどう考えても
俺はもう死んでいるはずなのにだ。
それは良いとしても、
一体 これからどうすれば…
死んだ身でありながら
のうのうと家に帰るのも気が引ける…
じゃあ学校に行くか?
…いや、どこが学校だったか全く覚えていない
俺の居場所なんて もうどこにも存在しないんだろう。
なんとも言えぬ寂しさと疑問を抱いたまま 行く宛もなく
適当に道を歩くことにした。
たまに人とすれ違うこともあったのだが
誰も俺を見ない…
ぶつかりそうになっても
誰も避ける素振りを見せない…
俺の体に触れるぐらい真横を歩いていた人もいた。
しかし
その人の肩は俺の体をすり抜け…
ぶつかることなく
動揺する様子もなく
静かに通り過ぎてゆく
誰にも認知されない
誰にも目を向けられない
こんな経験は初めてだった
俺は 本当に死んでしまったんだな…
改めて思い知らされる。
しかし
道を歩き始めて数分が経った時
「おい アンタ…!」
聞き覚えのある声が
俺の耳に入ってくる。
声は真後ろから聞こえてきた
咄嗟に振り返ると そこには
「前に…会ったよな…?」
数日前
走りすぎで気絶していた俺を気にかけた
白髪の老人がいた
彼は目を見開いて驚いている様子だった。
ようやく 俺に声をかけてくれる人が現れた。
「そうか……その姿…
アンタ 死んじまったんだな…」
直後、老人は険しい顔で俯く。
なぜ死んだ身である俺のことが見えるのか…?
俺は疑問に思った
しかし そんな疑問を抱いていることを分かっていたのか、
「俺ぁ昔っからお化けが見えるモンでな
一目でどんな風に死んじまったかも
わかっちまうんだよ」
彼は寂しそうな口調で話し始めた。
「だが はっきり姿が見えるってのは久しぶりだな…
こんなにはっきり姿が見えるってことは…
アンタ まだこの世に相当な未練があるってことだな」
こちらを見た老人の顔は険しいものになっていた
彼が言うには
人は 未練を残して亡くなった場合
その魂が
この世に留まり続けることもあるようだ
生前の未練が強ければ強いほど
霊の姿は
よりはっきりと見えるらしい
「その首の跡……
死因はそれか……」
首元を指差す老人
スッ…
その動きに反応して、自分の首元を触ってみるが、
感覚がないため 何が何だかサッパリわからない…
「俺にはわかる
アンタ 誰かに追い詰められて死んじまったんだろ?
この前 アンタは何かに怯えてるような顔をしてた
誰かに追い詰められてなきゃ あんな顔はできねえ
相当 辛い目に遭ったんだな……」
彼は 俺の境遇に同情していた
「……なあ
アンタに一つ提案したいことがある
誰かに追い詰められて死んじまったってんなら
誰かに傷つけられたってんなら
やられっぱなしじゃあ駄目だ
それじゃあ いつまで経っても
未練はなくならねぇ
心の傷が塞がることは…ねえんだ」
老人は 先ほどよりも
芯のある声で話す。
「…じゃあどうするか……?
…やり返すんだよ」
そう言う彼の目は
俺の顔をしっかりと見据えていた。
「追い詰められて 辛かったんだろ
苦しい思いを…させられたんだろ
…なら
やり返したってバチは当たらねえはずだ
この世の中、
『仕返しなんかしても何の意味もない』
…なんてほざく奴がいやがるけどな
俺ぁ良いと思うんだよ」
老人は、俺の悩みと向き合おうとしてくれていた。
「…俺はな
アンタみたいな真っ直ぐなヤツが
痛い目見るのが1番嫌なんだよ
アンタみたいなヤツの
夢と希望が潰されんのを見るのが
耐えられねぇ
…特に
誰かの悪意でそうなっちまうってのが
許せねえんだ」
老人は、俺に道を示そうとしてくれた
俺を救おうとしていた。
「………
俺ばっかり長ったらしく喋っちまって
悪かったな
アンタを止めてやれなかった俺にも
責任はある
本当に……すまんかった」
しかし
いよいよ悲しくなってきたのか
泣きそうな声で、老人は言った。
俺も 申し訳ない気持ちになってしまう
早くこの場を去るべきかと思い
後ろを向いて
歩き始めようとした
その時
「それと……
そのお詫びになるかは分からねえが…
アンタのことに関して
一つだけ 仕入れてある情報があるんだ」
老人が
再び話し始めた
「アンタを傷つけ……
死に追いやった張本人……
俺ぁそいつの名前を知っている」
憤りに満ちた険しい声だった。
「俺は顔が広くてな
ここら辺にいる人間のことは
知り合いからしょっちゅう聞いてきた
だからすぐにわかった」
…そして ほんの少し 間を置いた後に
その名が語られることとなる
「アンタの一個下の小娘
名前は
『
…覚えときな」
彼の口から語られた名前
それを耳にした俺の脳裏に過ったのは_
アイツに…
褐色肌の あの女子に…
一方的に揶揄われた
あの日の記憶
甲高い声でぶつけられた罵詈雑言の数々…
あいつから直接 名前なんて聞いていないはずなのに
小馬鹿にするようなあの声が
何度も何度も
俺の脳内で再生され続けていた
記憶を思い出したと同時
悔しさと自分自身の不甲斐なさ
それらが一気に込み上げてきた
この老人の情報は正しい
あいつの名前は
『長瀞早瀬』 …なんだ
俺が考えていると、
「何も気負うことはねえ
…俺もアイツのことは
昔から気に入らなかったんだ
アイツはなあ
友達引き連れて
俺が何十年も使ってきた休み場所を占領して
うるさくしてたんだよ
それだけなら
まだ良いと思ってたんだが…
まさか人1人 死なせてたとはなあ
…何か困ったことがあったら また俺のとこに戻ってきな
俺は…
アンタの味方だからな
それと…
良い知らせを期待して 待ってるぜ」
老人は、この言葉を言い残して
静かに立ち去っていった
もう話すことは何も無い
俺も、彼と反対の方向に歩いていく
老人の姿が完全に見えなくなるほどの
距離になった時には
空に星や月が見え始めていた
穏やかに吹く風
それは
今の俺の心情と真逆の状況だった
もう誰にも会うことはないだろうと
思っていた
その時
「八王子……
何で…こんなことに……」
遠くから
女性の声が聞こえた
俺の名前を呟く 聞き覚えのある女性の声
ふと 声のする方を見ると
そこには
美術部の部長 須ノ宮がいた。
泣いてはいなかったものの
今にも泣きそうにしていた
かなり落ち込んでいる様子だった
まさか……
俺が死んだことに気づいたのか…?
彼女は、俺にとって 厳しくも部員思いの
良き先輩だった
俺は彼女のことを尊敬していた
一方の部長も
俺のことは
良き美術部員として
これからの進路を期待していた
だから
部長が悲しそうにしているのをみた俺は
もどかしい気持ちになった
勝手に死んでしまって 申し訳ない
迷惑をかけてしまって 申し訳ない
…そう思うことしかできない
何もできない自分の無力さを嘆いた。
しかし
…ということは まさか…!!
ここで、俺の脳裏に とある人物の姿が
そう
それは_
「直くん… う 嘘でしょ…?」
仕事で家にいることが少ないはずの
俺の両親
気がつけば
俺は2人の元に向かっていた
彼らは 俺の家の近くの道
そこで警察から話を聞いているのが見えた
恐らく 俺の死のことは もう告げられいるのだろう。
もちろん
母も父も
その事実を受け入れられずにいる
母は泣き
父は俯いていた
2人の表情を見た俺の心に
何か重たいものが
のしかかるのを感じた。
しばらく遠くから見ていたのだが
居た堪れなくなった俺は、足早にその場を去った
無我夢中で
来た道を引き返していった
何も考えず
何も聞かず
ただただ歩くことに集中していた
…何分が経っただろう
気がつくと
俺は
自らの最期の場所となった
森の奥
木にもたれかかって座っていた
座りながら
俺は考える
俺が死んでしまったばかりに
部長を
両親を
悲しませることになった
きっと
その悲しみを
心優しい彼らが忘れることは
決してないだろう
助けてやれなかった と
気づいてやれなかった と
嘆き続けることだろう…
ああ
何てことをしてしまったんだ 俺は
俺のせいで……
俺のせいで こんなことに………
罪悪感で 今にも押しつぶされそうだった
しかし 次の瞬間
俺はあることを思い出す
追い詰められて辛かったんだろ
苦しい思いを…させられたんだろ
…なら
やり返したってバチは当たらねえはずだ
それは
あの老人が俺に言った言葉
思い出したと同時
…そうだ
俺は追い詰められたんだ
辛かったんだ
苦しい思いをさせられたんだ
あいつは
俺の趣味を馬鹿にした
俺の居場所を侵略した
俺の心を傷つけた
俺の人生を 滅茶苦茶にした
あいつが…
あの女が…!!
俺を揶揄わなければ
俺を苦しめさえしなければ
誰も悲しまずに済んだんだ
こんなことにはならなかったんだ
あいつは 今も…
友達に囲まれて
幸せな毎日を過ごしているのだろう
のうのうと 生きているんだろう
俺を傷つけ
いじめて
死に追いやった人間の分際で
あいつには友達がたくさん居る
…だが 俺はどうだ?
俺は ずっと1人だった
苦しむ俺を
助けてくれる友達なんて1人もいなかった
…不公平だ
不平等だ
こんなことが…
こんなことが許されるのか!?
俺は
あいつを
絶対に 許さない
…これが俺の
恨みだった
そして
次の瞬間
溢れんばかりの怒りが
憎しみが
恨みが
氷のように冷たい『何か』になって
体全体に広がっていくのを感じた
それは やがて
手足 そして体全体の感覚へと変わっていく
地に足をつけて立っている感覚
あの頃と同じ あの感覚
霊だったはずの俺は
新たな実体を手に入れていた
「覚えたぞ
お前の名を
長瀞早瀬_
俺は必ず
お前に復讐する」
俺は誓った
今まで味わってきた屈辱を
苦しみを
痛みを
あいつに味わわせる
必ず
倍にして 返してやる
それが俺の
『復讐』だ_
#8 怨嗟ノ嘆
八王子は 自らの死に絶望し
途方に暮れていた
苦悩の末 彼の出した結論
それが この物語のはじまりとなる_
#9 変貌
八王子は
恐ろしい存在へと 変貌を遂げることとなる_