勇者を殺したい!!   作:goldMg

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勇者を殺したい!!

 5000年前、異世界から来て魔王を倒した勇者、シルキィ=アスタリスクは言った。

 

「男の子は男の子同士、女の子は女の子同士で恋愛すれば良いと思うの」

 

 世界はあっという間に染まった。

 勇者が言うならと。

 あちこちで手を繋ぐ男子カップル、女子カップル。

 一方で異性カップルは肩身が狭そうにしていた。

 

『勇者様が言った事に反するなんて、罰当たりな……』

 

『今すぐ別れろ異端者!』

 

 人々にとって勇者とは、光。すなわち信仰の対象であり、当時の人々にとって神にも近しい存在だった。

 魔王による暗黒世紀を終わらせた功績としては妥当な物だろう。

 そんな彼女が発した言葉は、洗脳にも近い凄まじさで常識を改変した。

 世界は変わっていく。

 子供には同性同士で恋愛するように教育がされた。

 子供を作る時には、魔法で抽出された精子と卵子を魔法で掛け合わせた受精卵がこれまた試験管の中で魔法保護によって育つ。

 世界はそうなった。

 

 俺、ノートンはそんな世界のミルティアという街に生まれ落ちた。

 どうやら捨て子だったらしい。

 孤児院ではアルクという同年齢の幼馴染がいた。

 4歳の時に入ってきた。

 金髪の大層整った顔で、やっかみの対象になるくらいだ。

 一緒にいるように院長のジジイに言われ、将来はアルクと結婚するんだと教わった。

 そんなもんかと思いつつも、なんとなしに違和感を覚えていた。

 孤児院では風呂は一人で入るものなのだけど、いつも一人で風呂に入るのも寂しいので一緒に入ろうぜとアルクを誘ったら赤面して断られ、ジジイにも一緒にお風呂に入るのは早いと言われた。

 一人で風呂に入るのはつまんねえだろ……と思いはするものの、ジジイのゲンコツを食らいたくは無いため我慢した。

 そもそも、そこまで入りたかったわけでも無い。

 それ以降はアルクを誘うことはしなくなった。

 

 街に出掛けると、見かけるカップルはみんな同性同士ばかり。

 アルクはなんて無い顔をして隣を歩いていたが、俺はその光景を見るたびものすごい違和感を覚えた。

 まあ、そんなものはあくまで背景に過ぎない。

 違和感を覚えようがなんだろうが、仕事はこなさなきゃな。

 今日は食糧の買い出しだ。

 俺が冒険者なら自分で森に入って獣を仕留めることもできるんだろうが、まだ10歳だから流石に無理。

 13歳からじゃ無いと組合に入れないんですわよ。

 

「ノートンはやっぱり冒険者になりたいの?」

 

「当たり前だろ」

 

「危ないよ?」

 

「知るか」

 

「もう……」

 

 そんなことを話しながら店を歩いていると、アルクが突然突き飛ばされた。

 

「いてて……」

 

 相手は街に住むガキどもだ。年は俺たちと同じくらいだけど、クソがつくほどうざったい。

 孤児院に住んでいる寄生虫とか呼ばれるのにはもう慣れた。

 ニヤニヤしている奴らを視界から外さないようにしながらアルクを助け起こす。

 右膝から少し血が出ている。

 

「アルク、大丈夫か?」

 

「う、うん……」

 

 大丈夫なわけが無い。

 すでに泣きそうになっている。

 周りの大人は目を逸らしてスタスタと通り過ぎ去っていくだけだし、役に立たねえ。

 こいつらも何度ボコられても懲りないのは驚きだ。

 今日は手に木の棒を握りしめている。

 俺一人なら余裕で逃げ切れるけど、背中にはアルクが隠れている。

 …………やったるでえ! 

 

 

 ──────

 

 

「お、覚えてふぉごぉ!」

 

「くたばれやあ! ……あーくそ、痛え……」

 

「ノートン! だいじょーぶ!? ……あっ、うわぅ……」

 

 壁にもたれる。

 なんとかアルクは守り通したしアイツらもボコボコにしてやった。最後にぶち込んだ一撃で前歯をへし折ってやったぜ。

 だけど、左腕が血だらけだ。

 木の棒は適当なやつを拾ってきやがったのかささくれ立っていた。

 防御したらそこにささくれが刺さるのなんのって。

 しょうがねえから左腕は捨てたんだけど、アルクが見るのを躊躇う程度には木片が刺さってる。

 震える右手で一つを引き抜いた。

 

「うううう!」

 

 まるでそこだけ焼け付いたかのような感覚だ。

 栓になっていた木片が無くなったからか血もどんどん出てくる。

 それでも我慢して一つずつ抜いていった。

 抜き切ると、強張っていた全身から緊張が無くなる。息もいつのまにか詰まっていたらしい。

 

「〜〜〜ぶはあああ!! ぐあああいでえええ!」

 

「ノートン! ……あ、そ、そうだ、これを巻いて……」

 

 のたうち回っていると、ノートンは大事にしていたハンカチを使って手当てをしてくれた。

 すぐに血で染まっていくけど、ただ晒しておくよりは全然マシだろう。

 それよりも、大事にしていたハンカチを使わせてしまった事への罪悪感があった。

 

「ごめんアルク、このハンカチ……」

 

「へへ、幼馴染でしょ? 僕たち」

 

 やっぱ俺の幼馴染は最高だぜ。

 結婚がどうとかは知らんけど、最高なのは間違いない。

 

 そのまま店に行き、血だらけの俺を見た店主に魔法で治してもらってついでに買い物も済ませた。

 魔法、良いなあ……

 俺には才能が無いけどアルクは大分あるっぽいんだよなあ。

 良いなあ……

 俺も練習して魔法とか使えたら火を自在に操ったりできるんだろなあ。

 

「──え? 魔法? …………うーん、ノートンには無理じゃ無い?」

 

 喧嘩だろそんなこと言われたら。

 しばらくアルクと口を利くのをやめた。

 若干不便だったけど1週間ぐらいそうしてると慣れるもので、話さないでもなんとかなるなと思ってたら、アルクが泣きながらジジイを連れてきてしこたまぶん殴られた。

 流石に1週間無視は堪えたらしい。

 俺もちょっとだけ反省している。

 だからくっついてくるな! 

 

 

 ──────

 

 

 俺に初恋が到来した。

 冒険者の姉ちゃんだ。

 1週間前、街を歩いていたら褐色肌がちらっと見えて、顔を見ると心臓が大きく跳ねた。

 ついでに精通した。

 

『あっ……わっ……わぁ……』

 

 と、その時はまともに話せなかったけど今ははっきりと好きだと言える。

 でも、どうすりゃええんだ。

 接点があまりにも無さすぎる。

 どうしたら良いんだ…………そうだ! 

 アルクは頭がいいし、アイツに相談しよう! 

 

「──女の人に恋をした?」

 

 そうなんだよ。

 目を閉じただけであの人の顔が思い浮かぶんだ。

 どうしたら付き合えると思う? 

 お前なら何か知ってないか? 

 俺にはわからないけど、きっとお前なら何かわかるはずだ。

 

「女と男が付き合うなんて、変だよ……」

 

 変とかどうでも良い。

 俺が好きだと思ったら好きなんだ。

 それにこの胸の鼓動を聞いてみろ! 

 

「わっ! …………すごいバクバクしてるね」

 

 人を好きになるってこんなに幸せなんだな。

 あの人がこっちを見てくれたらと想像するだけで天にも昇る気持ちになるんだ! 

 もし手を繋げたらそれだけで気絶してしまうに違いない! 

 

「……僕たち、大きくなったら結婚するんだよね?」

 

 しねえよ。

 

「え」

 

 俺は女が好きだ。

 大昔の勇者だかなんだか知らんが、俺の意思を捻じ曲げるなんてことは許さない。

 だからアルク、俺はお前とは結婚しない。

 なんせ俺はあの人が好きなんだ。

 結婚ってのは好きなやつ同士がするもんだろ? 

 

「……でも……」

 

 お前はどうせ選り取り見取りだ。

 そのうち嫌でもモテるんだから、今は俺に協力してくれや。

 

「…………話しかければ良いんじゃない? ふんっ」

 

 なんか怒って行ってしまったが、話しかければ良いという言葉は確かに正論な気がした。

 こうしてウジウジとしているよりは、なんでも良いから話しかけて、接点を作って、俺は彼女と話すんだ! 

 バラ色の未来が俺の目の前に! 

 

「──ん? どうしたの坊や」

 

「あ……あの、その……」

 

「うん?」

 

「お、俺と友達になってください!」

 

「ええ? …………ふふっ、良いわよ」

 

「本当ですか!?」

 

「うん、私はエリザ。君は?」

 

「ノートンです!」

 

「それじゃあノートン、なんで友達になりたいって思ってくれたの?」

 

「えっと…………そ、そう! 冒険者!」」

 

「冒険者?」

 

「俺、冒険者になりたいんです! お姉さんの──」

 

「エリザ」

 

「え?」

 

「友達なんだから、エリザって呼んで?」

 

「ひゃ、ひゃい……」

 

 俺の心臓は破裂しそうだった。

 顔も真っ赤だっただろう。

 正直、当たって砕けろの気持ちだったんだ。

 初対面で相手してもらえるはずがないと思っていたから、会話のカードが何にも無かった。

 それに……嬉しかった。

 初恋の人と会話できた事が。

 エリザさんは綺麗で、背も高くて、ついでに胸もデカかった。

 服から覗く素肌が視界の端に映るだけで気が逸らされて、エリザさんもそれに気付いていただろう。

 

「こーら」

 

「あだっ!」

 

 デコピンをされた。

 

「友達なんだから、私の顔見て話そ?」

 

「はひ……」

 

 まあ、常識的に考えれば男から性的な目で見られるのは気持ち悪かっただろう。

 子供だから許してくれたんだ。

 ただ、その時の俺は会話に精一杯で、そんな事すら気にする余裕は無かった。

 

「じゃあ、また会おうね」 

 

「あ……」

 

「そんな寂しそうな顔しないで? また会えるからさ」

 

「……はい!」

 

 孤児院に戻った俺は大急ぎでアルクの部屋に行った。

 

「──例の人と話してきたあ!?」

 

 アルクの声がひっくり返った。

 とんでもなく驚いてる。

 

「おう! めっちゃ可愛かった!」

 

「……それで?」

 

「え?」

 

「僕に自慢して何がしたいの?」

 

「何って……この感動を分かち合おうと」

 

「あっそ」

 

 ツン、として崩さない。

 何だこいつ。

 幼馴染が幸せの絶頂にいるんだぞ! おら喜べ! 

 

「知らない」

 

 全然こっち見ないので、なんとかして笑わせてやろうという鉄の意志により、くすぐったり一発ギャグをしたりと色々試したらだんだん表情が崩れていった。

 しょうがないなあ、みたいな感じだ。

 最終的にくすくす笑い始めたので、俺の勝ち。

 なんで負けたか明日まで考えといてください。

 ほな、おやすみ。

 

「……またその人のところに行くの?」

 

 当たり前じゃん! 

 あー、今度はなんの話しようかなー! 

 

「むぅ……」

 

 

 ──────

 

 

 俺の初恋は呆気なく終わった。

 あれからしばらくエリザさんを見たら話しかけたりしていたのだけど、たまたま見てしまったのだ。

 エリザさんが路地裏で、知らない女とキスをしているところを。

 大層仲もよろしいようで、名前で呼び合っていた。

 何より辛かったのは、その二人の会話だった。

 

「最近良く男の子と話してるけど、あの子は?」

 

「ノートンの事? 冒険者になりたくて話を聞きに来てるのよ」

 

「へー…………なんかちょっと目つきがいやらしく無い?」

 

「まあね、でも子供だし……なにより『男だから』さ」

 

 全身を雷で打たれたような、そんな衝撃だった。

 一瞬、間違いなく視界が二重にぶれた。

 その後も少しだけその場にいたけど、何を見たかなんてのは覚えていない。

 途切れ途切れの記憶だ。

 覚えているのは、孤児院の庭で吐いた事。

 腹の底から煮えたぎる衝動。

 目から溢れる涙。

 頭が焼き切れるような苦しさ。

 大声で叫んでいた。

 心臓が痛くて、ギュウウと胸の辺りを掴んだ。

 

 気づいたら、周りの草や土が丸ごと焼けこげていた。

 小石がガラス状になっていて、衛兵が街からやってきた。

 雷鳴が響いていたという事で、念の為に来てくれたらしい。

 ジジイの取りなしで、問題無いという事で処理してもらった。むこうも報告書を増やしたくは無いので事勿れで済むのが一番だとか何とか、衛兵がいなくなった後にジジイが言ってた。

 

 ため息をついたジジイと、ジジイと俺で目線を行ったり来たりさせるアルク。

 

「ノートン、何があったのか教えてくれるかの?」

 

 滅多にしない優しい口調でそう聞かれ、俺は話した。

 失恋した事。

 男だから、と言われた事。

 吐いて、泣いて、収まらない感情を身に感じた事。

 そして気付いたらこうなっていた事。

 

「……はあ」

 

 ため息をついたジジイに肩が震えた。

 

「怒っているわけじゃ無い、ただ……お前のそれはあまり使わないほうがいい」

 

「使う?」

 

「お前が放ったのは恐らく赤雷──魔法だ」

 

「ま、ほう……」

 

「今の体系化した魔法とは違う、古代の魔法じゃよ。眉唾物かと思っていたが……きっと強い怒りが呼び起こしたんじゃろう」

 

「怒りが呼び起こす? 

 

「奇跡はともかく、魔法と呼ばれるものはどれも指向性を持たせた魔力の爆発に過ぎない。お前がそれを使うたび、赤雷は周りを傷付ける。アルクも、ワシも」

 

「ジジ──院長は強いんじゃないの?」

 

「だが、傷つかない訳じゃない。それにワシが大丈夫でもアルクは死ぬぞ」

 

「アルクが……」

 

 心配そうに俺を見つめるアルク。

 こいつを傷付けるのだけはあってはならない。

 バカな俺でもそれだけは理解できた。

 

「俺、どうすればいいんだ?」

 

「そうじゃな……まずは感情をちゃあんとコントロールできるようになれ」

 

「かんじょうを、コントロールする」

 

 そんなの無理だ。

 今だって悲しい。

 本当は泣き叫びたくて仕方が無い。

 胸を掻きむしって、張り裂けそうなこの身体を丸ごと無くしてしまいたい。

 

「ノートン」

 

 ハッとした。

 いつのまにか俯いていた。

 

「な、なんだ?」

 

 あわてて笑ったけど、アルクは心配そうな顔色を深めただけだった。

 

「ノートン」

 

 何でお前がそんな泣きそうなんだ。

 

「ノートン」

 

 優しく、左拳を両手で握られた。

 気付かなかったけど、硬く握りしめていたみたいだった。

 

「震えてる」

 

「は、はは……あれだよ……ほら……」

 

 じっと拳を見つめたアルクは、俺の腕を引っ張った。

 抗う気力が湧かなくてそのまま胸に顔を埋める。

 硬い感触だった。

 これがエリザさんだったらきっと、柔らかくて、もっと気持ちよかったのかもしれない。

 

「ノートン、怒ってるの?」

 

「そ、そんな、わけ……」

 

 ……そうだ。

 心の中には悲しみと、そしてもっとたくさんの怒りがあった。

 何が──何が『男だから』だ。

 何が勇者だ。

 魔王を倒したからなんだ。

 だったらどうした。

 俺が魔王を倒せばお前らは考えを直すのか、バカが。

 5000年前の、もう死んだ人間の言うことに従い続ける奴らが憎かった。

 俺が……男が女を好きになって何が悪い。

 ふざけるな。

 何でそんなことを他人に決められなきゃならないんだ。

 

「ノートン、かなじいなら泣いでい゛い゛よ……」

 

 泣いているアルクに頭を抱きしめられながら、俺は歯軋りをしていた。

 憎くて憎くて仕方がなかった。

 

「感情を抑えよ」

 

 またもハッとする。

 赤雷が右の拳から散っていた。

 

「ノードン〜〜……」

 

 顔を起こすと、今までとは反対にアルクが俺の胸にしがみついてきた。

 ワンワンと泣いているアルクを撫でて、目元の涙を指でそっと拭いて思う。

 アルクは俺の涙だ。

 こいつが泣いているなら、俺は安心して怒っていられる。

 

 

 ──────

 

 

 孤児院の扉を開く。

 パタパタと奥からアルクが出てきた。

 

「ノートンおかえ──うわっ! また怪我してる!」

 

 5年後、俺は冒険者になっていた。

 等級はアイアンだ。

 ルーキー、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールドの順なので、俺はまだまだペーペーってわけ。

 それでもまあ、孤児院のみんなを養える程度には稼いでいる。

 仲間もできた。

 リエルという女冒険者だ。

 等級は同じくアイアンの短剣使い。

 斥候の役割を果たしてくれる。

 水色の長髪をまとめたポニーテールが特徴で、胸は控えめだ。

 

 10歳の時に赤雷を発現させてからしばらく、エリザさんを思い出すたびに赤雷を暴走させるようになった。

 ジジイに助けられながら、叫び、髪をかきむしり、世界を滅ぼしたくなる怒りの中でもかろうじて意識を保つ方法を学び、なんとか指向性を持たせる事ができるようにまで至った。

 いやほんと、マジで大変だった。

 毎度やってくる衛兵にも申し訳ないので、モンスターが闊歩する危険なアンガスの森の中で練習するようになった。

 アンガスの森には赤い雷を発生させるレアモンスターがいるなんて噂が流れていたのは後に知った。

 もう少しでゴールド等級を主軸に討伐隊が組まれる所だったらしい。

 呼び名はアンガスの赤狼。

 唸り声と赤い雷が特徴だとか。

 

 赤雷だけじゃダメだという事でジジイが剣を教えてくれた。

 このロングソードはジジイからもらったものだ。

 剣も一端に使えるようになって、12歳の時にはアイアン等級相当のアッシュウルフぐらいなら一人で仕留められるようになった。

 

 そうして順調に冒険者としての人生を歩み始めた俺だったが、やっぱり調子に乗ると碌なことにならない。

 ある時、レインディアと遭遇してしまった。

 雨を操り、倒した冒険者の剣を操り、空中を闊歩するレインディアはシルバーの冒険者が3人がかりで仕留める強力なモンスターだ。

 こいつを一人で仕留められたらゴールドも目前らしい。

 ともかく、当時の俺も、今の俺も全く歯が立たない強敵というわけで……俺は腹を突き刺される大怪我を負った。

 ゆっくりと地面に倒れて、血が流れていくのが見えた。

 

 悪運が強いのか、通りがかりのゴールド等級に助けられた俺は街に担ぎ込まれた。

 医院に放り込まれるも、そこの医者の治癒魔法がへっぽこで怪我が治らないのなんのって。

 で、アルクが奇跡を発現させた。

 もう訳がわからない。

 

 俺は腹を刺された時にはああ、死ぬんだなと思ってたよ。

 こんな事なら手当たり次第女に声を掛ければよかったなんて、結構バカなことも考えてた。

 目を覚ますとアルクが泣きながら抱きついてきて、無茶をしないでと怒られた。

 涙目のジジイにも怒られた。

 

 アルクはドチャクソに顔が整ったまま成長した。これで女だったら俺も告白していただろう。

 まだ声変わりしてないし髪も長めなもんだから女みたいで、抱きしめられた時は正直なところドギマギした

 フワリと良い匂いが広がって、耳元で泣き声が聞こえる。

 生きていると実感した。

 

 とはいえ、冒険ってのは危険と隣り合わせなので……無茶をするもしないも運次第だ。

 今日もちょっとばかし無茶をして、右腕に傷ができた。

 

「ほら、腕出して」

 

「いつも悪いな」

 

 こうして傷を治癒してもらう時、アルクは上機嫌だ。

 何が楽しいのか分からないけど治してもらえるんだからありがたい。

 腕をペタペタと触って高めの声で唸る。

 

「むむむ!」

 

「いつ見ても凄いねー」

 

 リエルは腕組みをしながら扉に背をもたれている。

 奇跡を使える人間は珍しい。

 伊達に奇跡なんて呼ばれてないって訳だ。

 アルクが手を傷にかざして力を込めると、ポワポワした光が天井から降ってきた。

 みるみるうちに傷は塞がった。

 

「ふぅ……」

 

 少し疲れたのか、アルクがため息を吐いた。

 腕を振る。

 いつも通りだ。

 違和感も無い。

 

「ありがとうアルク」

 

「じゃあ……んっ!」

 

「…………リエル」

 

「はいはーい、お邪魔虫は退散しまーす」

 

 傷を治して貰うとき、代わりに頭を撫でるようにアルクから求められていた。

 他の男なら気持ち悪くて仕方が無いが、アルクなら特に何も思わなかった。傷を治してもらってる分際で偉そうにと思われるかもしれないが、男の頭なんて触りたく無いんだから仕方ないだろ。

 

「ふへへ」

 

 ほにゃっとした顔で、喜んでいるのが丸わかりのアルク。しばらく撫でてやれば満足したのか俺の手を握って止める。

 

「満足した!」

 

「さいですか……」

 

「終わった〜?」

 

「あ、ごめんごめん」

 

 リエルがついてきたのは孤児院で飯を食うためだ。

 アルクの飯が美味いことを自慢したら食べたいと言い始めたのだ。

 もちろん問題無い。

 リエルとも良い関係を築けてるからな。

 

 リエルを仲間にしているのには理由がある。

 斥候として優秀なのもそうだけど、リエルは女だった。

 エリザを思い出して俺の怒りを燻らせる事ができるのだ。

 激しい赤雷は俺の怒りが極大まで達しないと生じない。だけどそこまでとなると、まともな戦闘を行うのは未だ難しい。

 時間が経つに連れ、エリザを思い出す事による怒りというのはある程度収まってくれた。

 ただ、俺の中にはまだ種火が眠っていた。

 女が近くにいると怒りが湧いてくる。

 それはわずかな赤雷となって迸り、剣にエンチャントという形で上乗せされ、身体能力も向上した。

 怒りに支配されないようにしながらも、怒りによって戦う。ジジイは異常だと言っていたけどコレで良い。

 俺は忘れない。

 あの時の怒りを。

 世界を呪ったあの感覚を。

 全てを焼き尽くそうとしたあの激情を。

 勇者、シルキィ=アスタリスクを殺したいと心の底から思ったあの瞬間を。

 

「美味しー! これ香辛料?」

 

「うん、ノートンに頼んで買ってきて貰ってるんだ」

 

 どうも、アルクの使いっ走りです。

 そんな俺のごすじんであるアルクがリエルに顔を寄せて質問をした。

 

「ね、ね、ノートンってリエルと冒険してる時はどんな感じ?」

 

「え? ……ちょっと怖いけど普通、かな?」

 

「こ、怖いの?」

 

「うん、なんかずっと不機嫌。私には優しいけど、モンスター見つけたら即ぶった斬り! みたいな」

 

 リエル、というか女を見て勝手に怒ってるだけだからな。それをリエルにぶつけるのは違う。

 だけどモンスターならいくらでもぶつけて良い。

 

「今日はそのせいでトレントの攻撃くらってたんだよ。トレントは空気の動きを感じるからゆっくり行かないといけないのに、もうこんなザッザッザッて感じの早歩きで近づいてさ! 右腕をいきなり枝で殴られて出血してんの!」

 

「えー!?」

 

 大袈裟なジェスチャーをしやがるので、俺がアホみたいにトレントに攻撃されたみたいになってる。

 でも間違ってないから悔しい。

 

「まあその後すぐに本体を切り刻んでたからすぐに終わったんだけど……斥候としてはもう少しだけ言う事聞いて欲しいかなあ」

 

 チラチラとこちらを見るリエル。

 アルクがツカツカと歩いてきた。

 これは1時間コース。

 

「ノートン、前も言ったよね!? 無茶は──」

 

 

 ──────

 

 

「ねえ、私たちとパーティ組まない?」

 

 酒場でリエルと次の依頼について話していたら、女二人が話しかけてきた。

 突然すぎて一瞬思考停止したけど見覚えはあった。

 確か、ブロンズだったか……? 

 等級が上の冒険者にパーティを組まないかと提案されるのはとても嬉しい。

 だけどアルクから言われていた。

 

『もし、等級が上の人から誘われてもそれに乗っちゃダメだから! 怪我するから!』

 

 なのでまあ、俺は断るつもりだった。

 というか断った。

 

「俺はまだアイアンだからやめとくよ。ブロンズの依頼を受けると足を引っ張ることになるし、何よりお互い危険だから」

 

「そっかあ……じゃあリエルちゃんは?」

 

「私は意外と良いんじゃないかと思うけどなあ」

 

「おっ! リエルちゃんは興味ある!?」

 

 お? 

 

「ずっとアイアンの依頼をこなしてても成長って少しじゃん? 折角だからブロンズの依頼を受けさせてもらってさ」

 

「そうだよね! 分かってるねえリエルちゃんは!」

 

「ちょ、ちょっと? なに?」

 

 ん? 

 

「ノートン君が来ないなら、リエルちゃんと私たちで組もうよ!」

 

「いや、そんなわけには……ノートン、どうする?」

 

「もう良いじゃんあの子は、ね?」

 

 はたと思い、そこで気付いた。

 二人組はリエルしか見ていない。

 テーブルのリエル側にいるし、なんだか距離も近い。

 リエルの肩を触ったり、手を握って撫でているようだった。

 

 そういうことかと思った。

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 パチッと言う音がした。

 立ち上がる。

 

「分かった」

 

「あ、君も来る? ……別に良いよー?」

 

「いや、俺は一人でやる。ここまで助けられたよリエル、ありがとう」

 

「……え? …………は?」

 

「俺たちはこれで解散だ」

 

「……な、に、言ってる……の?」

 

「用事ができた、じゃあな。次会う時もあいさつぐらいはしてくれな」

 

「ノートン!? ちょっ──」

 

 口早に別れを告げて、二人分の代金を置いて酒場を出た。

 とぐろを巻いていた感情が、鎌首をもたげていた。

 雨が降る石畳の道を急ぐ。

 走りながら、両手から少しずつ赤雷が漏れ始めた。

 必死に抑えながら、アンガスの森を目指した。

 強化された脚力はあっという間に街を抜け出ることに成功させた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 いまにも爆発しそうだった。

 良い仲間に巡り会えたと思った。

 怒り云々は置いといても、信頼のおける相棒だと思っていた。

 これが恋になるかは分からないけど、共に強くなれたら嬉しいと思っていたんだ。

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

 木々の間を縫うように駆け抜けた。

 矢のように過ぎ去る光景。

 そして、外が見えなくなったところで弾けた。

 

「ガアアアアアアアアアアア!!!」

 

 バリバリバリという音と共に、周囲の木が木っ端微塵になった。

 赤雷の熱で燃えた木の匂い。

 火はすぐさま雨で静まった。

 ただ、胸の裡から溢れる激情は全く治らなかった。

 

「オォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 幾筋もの赤い線が無秩序に放出された。

 この怒りを、人に向けて放つわけにはいかなかった。

 誰が悪いわけでも無い。

 リエルも、あの二人組も、この世界では普通なんだ。

 それでも、怒りは際限無い。

 誰に対しての怒りか、何に対しての怒りか。

 強いて言うなら勇者シルキィ=アスタリスクだろう。

 彼女への怒りだった。

 歪んだ世界への怒りだった。

 俺の、本心だった。

 

 ピシャンと、自然の雷が俺を打った。

 まるで何も感じない。

 代わりに紅の稲妻が空へと昇り、広がった。

 当然目立つ。

 モンスターだって現れた。

 ブロンズ相当のシルバーウルフ、アンガスマンティス、シルバー相当のペンドゥラムピードやホブゴブリンだ。

 他にもまだ知らないモンスターがたくさん。

 俺には怯えるような余裕すら無かった。

 ただ怒りのままに、解き放つ。

 

「グゥゥゥゥゥゥゥ……アアアアアアアアア!!!」

 

「キャイイン!?」

 

「ぐぶぅぅあ!?」

 

 半球状に広がった雷撃が、集まってきたモンスター達に触れた途端にその身体を炭化させた。

 激情が心を焼いていた。

 

 

 ──────

 

 

「……ノートン?」

 

 雨だなあと窓から外を眺めていたら一瞬、空に赤い雷が光ったような気がした。

 すごい嫌な予感がした。

 院長に相談したかったけど、今日はいない。

 自分が行くにも、雷は森の方角からだった。

 危険すぎて行けない。

 どうしようどうしようと暫く孫ついていたら扉が開いた。

 

「ノートンいる!?」

 

 転げるように入ってきたのはリエルだった。

 

「リ、リエル……?」

 

「アルク! ノートンいない!?」

 

「……いない」

 

「ああもう! あのバカ! どこ行ったの!」

 

「何かあったの?」

 

「うん……二人組からパーティ勧誘受けたんだけどね? 最初は受けようと思ったんだけど、なんかイヤにベタベタしてくる二人組でさ……途中でノートンがパーティーを解散しようって突然言ってどっか行っちゃったんだ」

 

「えーと、その二人組って女の人?」

 

「そうだよ?」

 

「あー……」

 

「結局断ったんだけど……ノートン、どこにいるんだろう……」

 

 そうだ、ノートン! 

 アルクは孤児院から飛び出した。

 リエルも当然着いてくる。

 普段は農作業をしているアルクもそれなりに体力はある。

 走りながらリエルに説明した。

 アンガスの森にノートンがいるかもしれないと。

 

「なんで!?」

 

「そ、それは……アレだよ、幼なじみの勘!」

 

「で、でも一人でこんな雨の中をアンガスの森に入るなんて……」

 

 どうしようかと揉めながら、兎にも角にも二人は街の門までたどり着いた。そこをくぐって進めば森だ。

 しかし──

 

「何でこんなに人が!?」

 

「ナンデダロウネー」

 

 門には多くの人間が詰めかけていた。

 リエルが話を聞いてみると、かつて森に現れたアンガスの赤狼がまた現れたんじゃ無いかということだった。

 

「そ、そんな……森にはノートンがいるかもしれないのに!」

 

「ほっ……」

 

 リエルが心配しているのに対して、アルクはそれなら安心だと安堵した。

 門番が呼びかける。

 

「危険だから森には向かわないでくれ!」

 

「冒険者組合にはすでに連絡している! 一般人は家に帰りなさい!」

 

 顔馴染みの門番にアルクが話しかけた。

 

「あの、ノートン見ませんでした?」

 

「お、アルク! 今日も綺麗な顔してるな! ノートンは見てないぞ?」

 

「そっか……ありがとうございます!」

 

「今度、一緒にお酒飲もうな!」

 

 鼻の下を伸ばしてそんな事を言う門番。

 もう一人が肩を突いた。

 

「おい、仕事に集中しろ」

 

「おっとそうだな……アルクー! 危ないからお前も家に帰るんだぞー!」

 

「わかったー」

 

 アルクはリエルを伴って同じ道を戻った。

 リエルがしきりに尋ねる。

 本当に大丈夫なのかと。

 

「うん、ノートンは大丈夫。……メンタル以外は」

 

「冗談抜きだからね?」

 

「とりあえず、もう一度家に行ってみよう?」

 

 孤児院に帰るとノートンは椅子に座っていた。

 両膝に肘を置いて項垂れている。

 様子がおかしいけど、アルクの言う通りだった。

 

「本当にいた……」

 

「ノートン、ただいま」

 

「……ああ」

 

「ほら頭濡れてるよ、わしゃわしゃー」

 

 項垂れたままのノートンの髪をアルクはタオルで拭く。

 久しぶりのアレだった。

 怒りのままに、激情のままに。

 今回は勘違いだったけど、やっぱりノートンは今でもあの時の泣きそうなノートンのままなんだ。

 アルクは優しく髪を拭いていく。

 

 リエルの影に気付いたノートンが顔を上げて、ビクッとした。

 

「な、何でリエルが……?」

 

「何でってなによ?」

 

「いや、あの二人は?」

 

「断ってきた。だって初対面なのにあからさまにあんな態度取られたらさ」

 

「そ、うなのか……俺はてっきり着いていくもんだとばかり……」

 

「言うことは?」

 

「へ?」

 

「勝手にパーティー解散とか! そんな事を勝手に宣言して置いて行かれた私に対して何か言うことは!?」

 

「……ごめんなさい」

 

「──よし! 許した! これで明日からまた冒険ね!」

 

「あ…………」

 

「返事は!?」

 

「……好きになりそう」

 

「へえ!?」

 

「……」

 

 アルクの手が止まった。

 

「リエル、ありがとう」

 

「な、何言ってるの!? 私は女で、アンタは男でしょ!?」

 

「そうか……まあ何でも良い、これからもよろしく」

 

 ノートンが手を差し出した。

 いつもの不機嫌な顔とは違い、心から嬉しそうな、柔和な表情だった。

 

「あ…………はい……」

 

 リエルはその顔を見て、時が止まったような感覚になった。そして何も考えずにその手を取っていた。

 ゴツゴツとした剣士の手だった。

 すぐに離れていく。

 

「今日は悪かった、お前のことを信じてやれずに」

 

「う、うん……もう良いって」

 

「送ってくよ。アルク、傘持ってくぞ」

 

「…………」

 

「アルク?」

 

「……うん」

 

 二人が出て行って、アルク一人になった居間。

 アルクは先ほどまでノートンが座っていた椅子に座っていた。びしょ濡れだったが、気にも留めていない。

 片腕を掴んで、ポツリと漏らす。

 

「僕だって……」

 

 

 ──────

 

 

「僕もノートンと一緒に冒険に行く」

 

「ほわあっ!?」

 

「なんて?」

 

 ジジイが驚きすぎて心停止で死にそうになっていた。

 俺も聞き間違いかと思った。

 何だってそんなことをいきなり言い出したのか、家族会議になった。

 

「……ぼ、僕も冒険がしてみたい、から!」

 

 雑過ぎる。

 ジジイと顔を見合わせた。

(おい、どうすんだよこれ)

(うるせえジジイが何とかしろ)

 そんな目だけでのやり取り。

 アルクは尚も言い募る。

 

「だ、だいたい、ノートンは怪我してばっかりだし! もし僕がいないところで大怪我しちゃったら、し、死んじゃうんだぞ!」

 

 いきなり正論が飛んできた。

 でもお前も結構な頻度で体調崩すじゃん……その度に看病してるの俺だし。

 そしてジジイが反論した。

 

「冒険者やってんだから死ぬこともあろうて」

 

 身も蓋も無いが、それはそうだ。

 自己責任の世界。

 本来なら俺はあの時死んでいたんだ。

 それを奇跡で助けられて、こうして生きている。

 

「そ、そうだ! ノートンの命を助けたのは僕なんだから、僕の味方だよね!?」

 

「おいノートン、分かっておるんだろうなあ」

 

「……一度連れて行くのもいいんじゃね?」

 

「はあ?」

 

 死ぬほど冷たい視線が飛んできた。

 で、でもあれだぞ。

 俺たちが拒否してアルクが一人で森に行ってみろ。野垂れ死んでおしまいだし、男に襲われるかもしれないぞ。

 

「……いや、アルクはお主と一緒じゃ無いと──」

 

「院長うるさい!」

 

 良いじゃん一回連れて行けば。

 絶対怪我はさせないから。

 

「ノートン!」

 

 飛びついて来た時に、また良い匂いがした。

 いつになったら声変わりするんだよこいつ。

 

 というわけでリエルさん、お願いがですね……

 

「アルクを連れて行く? どうしてまた」

 

「僕も冒険してみたいんだ!」

 

 アルクには駆け出し冒険者用の革防具じゃ無くて、俺がいつも使ってる軽量鉄製の防具を身に付けさせている。若干臭いかもしれないが、死ぬよかマシだ。

 代わりに俺は革防具だけど。

 リエルが耳元に口を寄せて来た。

 

「ねえ、本当に大丈夫なの?」

 

「一回やらせないと逆に暴走するかもしれねえから……」

 

「あっ」

 

 え、なに。

 と思ったら若干顔を赤らめながら離れて行った。

 なんだこいつ。

 

「何してるの?」

 

「うおっ」

 

 ヌッとアルクが顔を出して来た。

 笑顔なのになんかちょっと雰囲気が怖い。

 

「と、とりあえず登録からだ」

 

 組合の建物に入ると、中がざわついた。

 そりゃあ、アルクは背は小さいけどかっこいいも可愛いも兼ね備えた最強の男だからな。

 あらゆる男がこちらを見ていた。女でも見惚れているやつがいる。

 ポーッとなっているやつの多いこと多いこと。

 ──忌々しい。

 黒い感情が渦巻き始めた。

 

「ノートン」

 

 肩を触られ、それがふっと消えた。

 アルクの顔を見る。

 優しく微笑みながら、首を振っていた。

 一度深呼吸をする。

 

「ふぅ……ありがとうアルク」

 

「ううん」

 

 前を向き直すと、こちらを見てるのはほとんどいなかった。

 とりあえず受付の姉ちゃんに話しかけた。

 男の受付なんか行きたかねえや。

 

「今日はどうされました?」

 

「こいつの登録を」

 

「ではこちらに名前を書いてください」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事をしたアルクが紙に名前を書いた。

 それを受付の姉ちゃんが魔法でルーキーのタグ、革製のものに刻印した。

 極めて強力な魔法で、持ち主が死んでも残り続けるからいずれ誰かが回収できるシステムらしい。

 

「講習も受けなきゃね」

 

「ごめんなリエル」

 

「まあ、たまにはこういうのも良いんじゃ無い?」

 

 しゅき……いででででで! 

 千切れちゃう! 頬が千切れちゃう! 

 アルク! ちぎれちゃうから! 

 

「ほら! 早く行くよ!」

 

 何で怒ってんだよ……いででで!! 

 

 部屋に入るまで俺の頬をつねっていたが、講習は至って真面目に受けるアルク。

 メモをとりながら要点を頭に入れていく。

 

「ふむふむ……」

 

 頭が良いので、内容をすらすらと覚えてしまった。

 簡単なテストもすぐに受かってしまい、講習は俺の時より全然早く終わった。

 

「アルクは本当に頭良いんだね〜、どうせなら魔法使いになれば良いのに」

 

「それほどでも!」

 

 えっへんと胸を張るアルクを連れて、早速ルーキーの依頼を受ける。

 依頼内容ははぐれのアッシュウルフ1体の討伐だ。

 と思ったら断られた。

 

「アンガスの赤狼が出たらしいから、一旦はアンガスの森関連の依頼は受けるの禁止です!」

 

 

 ──────

 

 

「じ〜〜〜」

 

「…………」

 

「じ〜〜〜」

 

「…………」

 

「じ〜〜〜」

 

 アルクのチクチク目線を真横から受けながらカッパ平原へ向かう。

 アンガスの森は西で、カッパ平原は東なので依頼も受けられた。

 ただ、アンガスの森に比べると出現するモンスターはだいぶ違う。それに若干遠い。

 これ全部俺のせいってマジ? 

 

「ねえ、何でアルクはそんなに睨んでるの?」

 

「え? ……全部ノートンのせいだからかな」

 

「ふっ、そうなの?」

 

 半笑いでリエルにそう聞かれた。

 もちろん、俺がアンガスの赤狼だなんて答えられるわけがない。

 

「へへ、そんなわけねえだろ……な、なあアルク」

 

「じーっ……」

 

 ダメだった。

 援護は期待できな──コイツのまつ毛長……

 

「あ……も、もぉ!」

 

 まつ毛が長いので見ていたら、アルクが顔を逸らした。

 えっ? なに? 

 今のどこに照れる要素が? 

 

「私のこと好きになりそうって言ってたのに結局はアルクなんだねー」

 

「えっっっっ!?」

 

 信じられない事を耳にしたので、思わず振り向いた。

 

「な、なによ」

 

「俺にもワンチャンが!?」

 

「……知らなーい」

 

 くっ……

 

「抑えてノートン!」

 

「ふぅ、ふぅ……」

 

「ど、どうしたの?」

 

 リエルが心配そうな顔をしている。

 マジで好きになりそう。

 もう好きかも。

 

 討伐対象はホークアイズ。

 デカい目ん玉に足が4本生えたモンスターだ。

 夜見たらちびるだろうけど、そこまで強くない。

 そもそもほとんど目だし、捕食器官である口が脚に囲まれた腹部に付いてるからのしかかられなければ何も怖くない。

 アルクには槍を持たせた。

 突くだけで倒せるだろう。

 

「こ、これで突けばいいんだよね……」

 

 せいっせいっ、と素振りをしているアルクは全然様になっていなかった。

 へっぴり腰だから力が載ってない。

 お前農作業で培った足腰はどうした……

 

「ぶふっ……」

 

 リエルが思わず吹き出していた。

 俺はハラハラしてそれどころじゃない。

 

「何で笑うんだよー!」

 

「アルク、もっと腰を入れろ」

 

「え? こう?」

 

「ああ全然違う! ……ちょっと腰持つぞ? こう動いてこう!」

 

「あ、こ、こう?」

 

「そう! 畑耕してる時のことを思い出せ! もっと腰を入れるんだ!」

 

「ひゃっ! くすぐったいよノートン!」

 

「アルク! 真面目に!」

 

「えーと……こう!」

 

「おお! 出来るじゃねえか! 凄いぞ!」

 

「へへへ」

 

 というわけで実践。

 ホークアイズが草むらをカタカタカタカタと走ってきた。

 

「ひ、ひいいいい!!」

 

「アルク!?」

 

 アルクは逃げ出した。

 急いで追いかける。

 ジタバタするアルクを抱きすくめて拘束。

 ……やっぱり身体ほっそいのお! 

 

「アルク、怖いのは分かるけどさ? もうちょっと頑張ろう? な?」

 

「ひーん……」

 

「ノートンは黙ってて! ──アルク! ちゃんと倒さなきゃ! あと、逃げたら逆に危ないから! ほら槍持って! ──」

 

 リエルがきちんと指導してくれた。

 俺はどうにも甘めになっちゃうからダメなんだ。

 

「カタカタカタカタ」

 

「ひぃぃぃいい! え、えいや──っ!」

 

 どうにでもなーれ⭐︎と突き出した槍は突っ込んできたホークアイズの目ん玉の中心に刺さり、勢いでズブズブとアルクの手元まで進んできた。

 即死です。

 

「ひゃあああああ!」

 

 とんでもない体験に槍を手放してしがみついて来た。

 リエルが満足そうに頷いた。

 

「おめでと!」

 

「え? …………や、やった! やったよノートン!」

 

 リエルに褒められて、少し遅れて嬉しさが湧いて来たのかピョンピョンと跳ね始める。リエルと同じように後ろで纏めた髪も一緒に跳ねている。

 よかったなあ、ほろり。

 

「リエルも! ありがとう!」

 

「いぇーい!」

 

 パチンとハイタッチした二人。相性良いね君たちやっぱり。

 

 

 ──────

 

 

 孤児院に帰った。

 先に風呂に入ったアルクは、俺が風呂に入る前から出た後までずっとテンション高くジジイに今日のことを報告していた。

 向かい合わせのソファで対面に座って、ずっと。

 

「あのね、それで槍がこう刺さってね!」

 

「うんうん、良かったのお^^」

 

 これでもう10回目くらいだろう。

 ジジイの目は笑っているが俺には分かる。ピキピキィってなってるよあれ。

 あ、目が合った。

(失敗させて怖がらせるつもりじゃなかったのか?)

(んな事言われても、あんな姿見せられてそのままって無理だよ俺には……)

(じゃあ怪我するまで続けさせるつもりか?)

 確かに。

 

「ア、アルク、その──」

 

「あ、お風呂上がったんだ! 隣座って! 今日の話しようよ!」

 

「お、おう」

 

 ポンポンとソファを叩くので隣に座る。

 ……狭い、狭くない? 

 

「えへへ、ほらコレ! ルーキーのタグ〜!」

 

「おお、良かったのお^^」

 

 早よ話せと目線で催促して来やがった。

 

「ノートン! ノートンのタグも見せて!」

 

「……いや、タグも良いんだけどさ! あれしようぜ! ほら、な? ……今後の話とか……な!?」

 

「うん! 次はどこ行こっか?」

 

「……そ、そうだな、どうしよっか、な〜〜? ……院長! なんか、ある!?」

 

「わし!?」

 

 無邪気なアルクの笑顔を見せられて俺にはどうすることもできなかった。

 

「院長って結構強いんでしょ! 今の僕にぴったりの依頼とか知らない!?」

 

「えぇ……?」

 

 院長が出した結論は、俺たち全員ではぐれのシルバーウルフを倒せとのことだった。

 逸れのウルフ系モンスターは基本的に群れにいる個体より弱い。

 良い狩場は群れに抑えられてるし、群れだからこその連携も無いからだ。

 とはいえリエルと二人だけの時でも受けたことはない。基本的にシルバーウルフはブロンズ等級相当のモンスターであり、そういうリスクは冒さないようにしていた。

 

「逸れのシルバーウルフ〜? まあ、それならアルクがいても……出来る、かな?」

 

 なのでリエルにお伺いを立てる。

 斥候であるリエルはそこら辺の塩梅が非常にうまい。

 相手と自分達との戦力差を図るというか、まあそういう仕事に慣れてるんだ。

 いろいろ勉強してるだろうし。

 

「僕、頑張ります!」

 

 

 ──────

 

 

「アルク! 気を付けて!」

 

「あっ!? あっえっあっあっ! ──痛っ!」

 

 いきなり現れた影が後方のアルクを掠めた。

 恐怖から後ずさったおかげで、一撃を掠める程度に抑えられたのだ。

 それでも、爪の先は軽量鉄の鎧を切り裂いて僅かに腹に赤い線を作っていた。

 

「こなくそ!」

 

 リエルが短弓を放つ。解放された矢はシルバーウルフの進む軌道上に合流し、耳を弾き飛ばした。

 

「ギャイン!」

 

 露骨な痛みに鳴くシルバーウルフ。

 しかしその体力はまるで削れていない。

 

 再びやって来たカッパ平原。

 逸れのシルバーウルフ討伐を受けたのだ。

 当然のようにお荷物になるアルク。

 まず目が追いついていない。

 右を向いた頃には標的は左へ、左を向いた頃には後ろへ。

 わけがわからないアルクは、両腕で抱きしめるように槍を持って縮こまってしまった。

 ノートンが駆け寄り、片腕で抱き寄せる。

 

「大丈夫か!?」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 下を向いて、激しく運動をしたわけでもないのに荒い呼吸をする。

 1度目と2度目で敵の強さが違いすぎる。

 こんなの誰だって怖いに決まっていた。

 

「奇跡は使えるか?」

 

「〜〜〜!」

 

 こんな精神状態で使えるわけもない。

 無理無理と首を振る。

 幸い、爪は皮を掠っただけだったので出血もほぼない。

 先に仕留めることに専念しようとアルクを安全な場所、木のウロに隠れさせてリエルの方へ行こうとした。

 掴まれて、転びかける。

 

「アルク?」

 

「……」

 

 モジモジとしているアルクにあることを察する。匂いが漂って来たというのもあった。

 

「先にシルバーウルフを倒してくるから、それまで我慢しててな?」

 

「……」

 

 コクンと頷く。

 頭を撫でると、すぐさまリエルの方へ駆けた。

 

「リエル! すまん待たせた!」

 

「アイツ、結構速いよ!」

 

「……じゃあ、俺が囮だな!」

 

「オッケー!」

 

 ダッと駆け出したノートンはリエルではなく、あの二人組を思い出す。

 最近、リエルだと怒りが湧いてこなくなったのだ。

 そして赤雷による擬似的なエンチャントと肉体強化を施す。

 今使っているのは前のロングソードよりも頑丈なものだ。鋼鉄製から、ほんのわずかだけ魔法鉄を含んでいる物へと変えた。

 鋼鉄製の物は赤雷で溶けてしまった。

 

「無意識か分からないけど、やっぱりノートンって肉体強化の魔法使ってるよね……っと!」

 

 駆け出したノートンに釣られたシルバーウルフ。背中を追いかけ、リエルに隙を晒した。

 そこに矢を射かける。

 しかしこれは外す。

 誘っていたのだろう。

 次の矢を番えようとしたリエルの方へと反転し、牙を剥いて飛びかかった。

 

「あっ──え?」

 

 まさかの攻撃に反応が間に合わなかった。走馬灯が浮かびかけ、そして目の前に現れた壁に驚く。

 ノートンだった。

 一瞬で目の前まで移動して来たらしい。

 

「ガルルルル!! ……ガル!?」

 

 剣で牙を受け止めている。

 そして、何かに気付いたシルバーウルフは距離を取った。

 

「リエル、大丈夫だな!?」

 

「……守ってくれたからね!」

 

「なら次も頼む、ぞっ!」

 

 バッとシルバーウルフに接近すると逆袈裟に斬り上げ、振り下ろされた右前脚の爪と火花を散らす。

 シルバーウルフの爪は強化されたノートンのロングソードに匹敵する強度を持っている。そりゃあ軽量鉄なんて気休めにしかならないのも当然だった。

 ノートンは少しだけ焦っていた。

 早くアルクのところへ行ってやりたい。

 だから、少しだけ赤雷の出力管理を誤ってしまった。

 

「らぁ!」

 

 火花を散らしていた状態から一気に振り抜いた。

 それはシルバーウルフの強靭な爪ごと脚を切り裂き、完全に使い物にならなくした。

 

「…………」

 

 びっこを引いて、血をボタボタと垂らしながら、それでもこちらを油断なく睨む。

 機動力は、先ほどとは比べ物にならないくらいには落ちているだろう。

 しかし手負いの獣ほど恐ろしいとはよく言ったもので、あれ以降の攻撃は掠りもしなかった。

 死を目前に引き上げられた集中力が二人の攻撃を紙一重で躱すことを可能にしていた。

 今度は守りきれずにリエルが左腕に一度噛みつかれ、弓を撃てなくなってしまった。

 

「ううう……!」

 

 痛みで呻くリエル。

 脂汗を流しながら、それでもシルバーウルフから目を離すまいとしていた。

 ノートンは片手で回復薬の瓶の蓋を開け、背に庇ったリエルに声を掛ける。

 

「リエル! 痛くても飲めるな!」

 

「う、んぐ……」

 

 回復薬には即時的な回復の効果は無い。あくまで痛みを軽減して動けるようにするだけだ。

 それでも痛みが減ったお陰で、傷創に対してテキパキと処置を始める。

 

「弓は撃てない、から……コレを……」

 

 応急手当てを終えたリエルは前に向けた右手のひらに集中し始め、乱れながらも球形の赤い炎が大きくなっていく。

 当然、シルバーウルフもさせまいとする。

 落ちた速度そのままに、右へ左へフェイントを入れながら迫ってくる。

 そして守るのはノートン。

 

「……よし」

 

 覚悟を決めた。

 焦る事なくシルバーウルフの動きを見極める。

 左、右、右、左……そこ! 

 飛びかかって来たシルバーウルフの牙に対して右腕を突き出した。

 剣では追いつかない反応を補うために、右腕をエサにすることにしたのだ

 思惑通り、シルバーウルフは右腕に噛み付いた。

 一瞬、動きが止まる。

 そしてその一瞬は致命的だった。

 

「ファイア!」

 

 魔法が放たれる。

 火球は孤独な狼の胴体に風穴を開け、太い木に衝突して半分ほど幹を抉ると霧散した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「リエル!」

 

 辛そうにしているリエルを横抱きにし、急いでアルクの元へ連れて行く。

 驚いた様子でこちらを見ているアルクの前にリエルを寝かせる。

 

「あいつは倒したぞ、リエルが怪我したから奇跡を!」

 

「あ、えと……」

 

「アルク!」

 

「わ、わかった……んんん……!」

 

 左腕の布をほどき、傷に力を集中させるといつも通りにホワホワした光が降り注いで治った。

 

「はぁ……っああ、治った?」

 

「治ったぞ、起きれるか?」

 

「無理…………なんか匂うんだけど、なにこれ」

 

 あ、そうだった。

 

「気にすんな、ちょっとだけ離れるけど火焚いておくからな」

 

「うん……」

 

 荷物を枕がわりにして、リエルを地面に寝かせた。

 

「よし、アルクこっち」

 

「──っ!」

 

 ピューッと着いてきたアルクに、水で湿らせた綺麗な布と着替えを渡した。

 

「よく我慢したな」

 

「うん」

 

「じゃあ、俺は一旦向こう行くから……」

 

「あ、ま、待って!」

 

「え?」

 

「こ、ここにいて……」

 

 よく見ると腕がまだ震えてる。

 リエルのいる場所とたいして離れていないので、お互いの場所が見えるくらいの距離にはなるんだけど……シルバーウルフがまた現れないか不安なんだろう。

 

「分かった、じゃああっちの方を向いてるから」

 

「うん……じゃ、じゃあ脱ぐね?」

 

「報告しないで良いから!」

 

 早速シュルシュルとズボンを脱ぎ、ファサリと地面に置いたのが聞こえた。

 続いて下着を脱ぐ衣擦れの音。

 やけに耳に聞こえてくる。

 結局、恥ずかしがったコイツと風呂に入った事はなかったし、裸も見た事が無い。

 コイツは本当に男なんだよな? 

 戦闘の後だからだろうか、凄い意識してまう。

 ……というか、身体を拭いて着替えるくらいで「んっ」とか「ふぅ」とか色っぽい声を出すのをやめてほしい。

 お前の顔でそんな事をやられると、ちょっとアレがああなって大変なんですけど。

 思わず覗きたくなってしまう。

『嫌がる子の裸を見るのは最低のゲスじゃよ』

 昔ジジイに言われた事を思い出して踏みとどまった。

 

「……よし、着替え終わったよノートン──なんで前屈みなの?」

 

「へ? いや、全然なんでも無いぞ! うん、なんでも無い……」

 

「そう? ──一緒にいてくれてありがと!」

 

「うっ……」

 

 今その笑顔は毒です。

 

「なんで前屈みになってんの?」

 

 リエルまで同じ事を聞いて来た。

 

「気にしないで良いぞ、うん」

 

「そう? ……アルク、治してくれてありがとう」

 

「いやいやいや! ぼ、僕今回、全然、役に……立てなかった、し……」

 

 ナイーブアルクになってしまった。

 

「そんな事無いわよ? こうして治してくれたし、治療費も浮いちゃった」

 

 おどけるように励ますリエルは、俺のこともチラチラ見て来た。

 お前も励ませ、の意だろう。

 

「そうだぞ、役に立ってないなんて事は無いからな! ……そう、何故ならいてくれるだけで安心できる!」

 

 右拳をグッと握って見せつけた。

 コレはマジ。

 治せるやつがいると考えただけでマジで安心して無茶できる。

 

「あ」

 

「……あ」

 

 え? 

 …………あ

 そういえば最後、右腕をウルフに突き出して……布だけ急いで適当に巻いたんだった。

 布から滲み出た血が腕を伝って胴体の方へ──

 今更になって痛みも……

 

「おわーっ!?」

 

「血、血ぃ出てる! アルク! 奇跡で治さなきゃ!」

 

「ノートン! 腕出して! 早く!」

 

 

 ──────

 

 

「もう! 無茶はしないってコレで何度目の約束なんだよ!」

 

 帰り道、歩きながらプンプンと詰められていた。

 

「まあまあ、あれが無かったらどうなってたか分からないんだしあんまり怒らないであげてよ」

 

「そうそう、それにアルクが治してくれるって信じてたから出来たんだ」

 

「調子のいいこと言って……」

 

 ジト目のアルクだけど口元が緩んでるのは隠せていなかった。

 

 孤児院にて、リエルも交えて今回のことを話す。

 意外と悪く無いかもしれないと。

 

「お前さんら……はぁ……」

 

 院長はがっくしと首を落としていた。

 信じて送り出した息子が悪い男に引っ掛けられたような雰囲気だ。

 

「……おい、ノートン」

 

「はい」

 

「アルクに今回、怪我をさせたか?」

 

「させました」

 

「このバカモン!」

 

「ぐっ……」

 

 目にも止まらぬ早さでゲンコツが俺の脳天を直撃した。

 相変わらず避けることすらできない。

 

「あ、あれは反応できなかった僕が悪いから……!」

 

「そういう問題では無い!」

 

 おっしゃる通りです、はい。

 反応出来ないことを考慮しても、というかだからこそ俺が守るべきだった。

 

「アルク、どんな怪我をしたんじゃ?」

 

「えっと、お腹にピーって軽く線が……」

 

 自分の腹を見せ、指先でつつつと爪が掠ったところをなぞる。

 今はもう痕も残っていなかった。

 

「腹に線……?」

 

「シルバーウルフの爪が薄皮を掠ったのよ」

 

 リエルの追加説明で要領を得たのか、うんうんと頷く。

 

「──ばかもん!」

 

「ぐええ!」

 

 もう一発来た。

 

「一歩間違えてたら即死では無いか!」

 

 返す言葉もございません。

 本当にあれは焦った。

 奇跡があるとはいえ、腹から下と上が泣き別れた本人が自分にそれを行使などできようはずもない。

 アルクの腹をさする。

 

「あっ……っ……んっ……」

 

 高級な食器のような白さ、そしてスベスベとして、いつまでも触っていたくなる滑らかさ。

 脂肪がないわけじゃ無いけど、農作業だったりで引き締まった身体だった。

 

「何しとんじゃエロガキ!」

 

「ぐへええええ!!」

 

 本当に傷がついてないか触って確認しただけなのに酷い仕打ちを受けた。

 

「殴る必要なかっただろ!?」

 

「お前がいやらしく触らなかったら殴らなかったわい!」

 

「いやらしくねえだろーがよお!」

 

「……本当にか?」

 

「え? な、なんだよ急に真面目な顔して」

 

「あのアルクの顔を見ても同じ事が言えるか?」

 

 指差した方を見ると、アルクはこちらを向いていなかった。横顔を赤くし、お腹を両腕で隠している。

 

「言えるか?」

 

「俺はスケベです……」

 

 俺はスケベです……

 

「ノートンはそういうとこあるよね」

 

 リエルから追撃が入った。

 なんだよそういうとこって、具体的に説明しろ。

 

「分かんないなら一生分かんないんじゃない?」

 

 

 ──────

 

 

「なあノートン! いいじゃん一回ぐらいよお!」

 

「っせえなあ、絶対行かねえよ」

 

「なんでだよ〜! 楽しいって! 俺もめっちゃ楽しかったし」

 

「やめろ気持ち悪い」

 

 ある日、依頼から帰って来たあとダル絡みして来たのはダリル。

 ダル絡みする奴の名前に相応しいな。

 等級はブロンズで、最近になって話しかけてくるようになった。ノリのいい奴なんだけど、本当にやめてほしい事がある。

 アルクのことが若干気になっているようで、まずは俺を味方につけようとしているのか風俗店に誘われるのだ。

 本当にやめて欲しい。

 何が悲しくて、男が酒を注いで男がベタベタしてくるところに行かなきゃいけないんだ。罰ゲームか? 

 そんなんならアルクかリエルと飯食ってたいわ。

 

 実際にそうしようとしたのだけど、二人で買いたいものがあるとかで今日は一人なわけだ。

 俺も着いて行きたかったな……というかあの二人が心配になって来た。

 あいつらナンパされてないよな……変なやつに捕まったりしてないよな……ああやばい、すごいそわそわしてきた。

 

「なにモゾモゾしてんだよ」

 

「鬱陶しい! くっつくな!」

 

 肩を組んできやがった。

 俺は今からアルクたちの様子を見に行きてえんだよ! 

 

「一回試しに行こうぜぇぇ! なぁよお!」

 

「うっせえなあ……」

 

 ぶっ飛ばしてえ、マジで。

 もう本当にうるさい。

 誰か助けてくれ……この酒場、こんなんばっかだ。一人でいると誰かが絡んでくる。

 絡んでくるやつはしかも男ばかりだ。

 どうせ絡んでくるなら女じゃなきゃ嫌だ! 

 でも女は女同士で話してばかりだ。

 

「ねえ、このあと時間ある?」

 

「うーん……ちょっとだけなら」

 

「じゃあ飲みに行こうよ!」

 

「ええ〜? どうしよっかな〜」

 

 男も男同士で絡んでばかりだ。

 

「ほら、コレ食べてみろよ」

 

「ああ? しょうがねえなあ……あーん」

 

「あーん」

 

 ふざけるな、なにを見せられてるんだ俺は。

 男と女でもっとイチャイチャしろ、頭がおかしくなりそうだ。

 心臓の鼓動が早まり出した。

 ちょっと危ない。

 ダリルを突き飛ばして酒場から出ていく。

 予想外に強い力だったからか、ダリルは驚いていた。

 

「はあ……二人に会いたい」

 

 空に向けて嘆いても、あの二人は買い物中だ。

 俺も買い物して帰るか……

 

「おいダリル、大丈夫か?」

 

「あ、ああ大丈夫……」

 

 背後から聞こえてきた男同士のやり取り。

 それすらも、俺にとっては──

 

 

 ──────

 

 

「今のって……」

 

「おう、ダリル吹っ飛んでたぞ」

 

 アイアン等級の冒険者ノートン。

 女冒険者と組んでいる変わり者。

 リエルは女冒険者たちの中では勝気な顔が人気の美少女。

 アルクという絶世の美男子を幼馴染に持っており、最近パーティーに加えて冒険し始めた。

 真ん中よりは整っているぐらいの普通の顔立ちで、本人自身は特に目立つところのない冒険者だと思われていた。

 

「おいダリル! アルクのこと考えてて腑抜けてたのかあ!?」

 

「……あ、ああ! そうなんだよ! へへっ、いやあ参っちまうぜアルクの魅力にはよお!」

 

「おめえだろ! はははは!」

 

「…………ちっ」

 

 

 ──────

 

 

「ぜあああ!」

 

 孤児院の庭、人形に向けて木剣を振り抜く。

 そのままタックルし、浮かせたところに突きを食らわせる。

 奥に飛んで行った人形を追いかけて、素手で殴りつけた。

 

「おらあ!」

 

「──だいぶ器用になったもんじゃのお」

 

「はぁ、はぁ……あああ!」

 

 一瞬頭が白く染まり、木剣を強く握りしめて人形をメチャクチャに斬りつける。

 バキ、バキ、ビキ、と音がして木剣はへし折れた。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ…………ふぅぅぅぅぅ……」

 

「感情のコントロールは未だ完全とは行かず、じゃがな」

 

「──ああ、くそっ! くそが! くそがあ!」

 

 酒場から去った後、夕飯の材料を買って帰るとアルクがいないのでノートンは庭で思う存分ストレスを発散していた。

 孤児院の子供達は木剣を振るう様子を憧れの目で見る。最初はメチャクチャな暴力に見えてみんな怯えていたが、冒険で手に入れた金を孤児院に入れ、自分たちには優しくするノートンに絆されていった。

 今では自分たちもああなりたいと目を輝かせる日々だ。

 院長は非常に困っている。

 

「くそが! 何が勇者だ!」

 

 子供たちには、こんな言葉遣いをする人間に育ってほしいなどと思っていない。

 思うはずが無い。

 今も砕けた木剣の柄を強く握りしめてミシミシと手の形を残しながら人形に振るっている。

 

「らああああ!! ……おっ」

 

 唐突に正気に戻った。

 程なくしてリエルとアルクが歩いて来て手を振る。

 

「ノートーン、ただいま〜」

 

「またお邪魔しまーす」

 

「二人共、おかえり」

 

 上はシャツ一枚で、砕けた木剣とベッコベコの人形。

 リエルはトトッと小走りで近づいて来ると、その性状を観察分析した。

 

「うわーすごい力だねこりゃ……ノートンが?」

 

「まあな」

 

 気のない返事をするノートンへ指先を突き立てる。

 

「パーティーなんだから、隠し事は無しだよ?」

 

「えー……」

 

 隠しているのを隠す気すら無い態度にリエルはムッとする。

 せめて取り繕うとかしろ、というわけである。

 

「まあまあ、荷物おこうよ」

 

 アルクが取りなして、家の中へ入る。

 汗臭いノートンは先に風呂だ。

 魔法で制御されている風呂の回路をリエルが少し弄った。

 

『うあっちいいいいい!!』

 

 お風呂からそんな声が聞こえて来た。

 

 

 ──────

 

 

「ええ!? 風俗に誘われた!?」

 

「ああ、断ったけどな」

 

「そそそそうだよね……ちなみになんで断ったの?」

 

 夕飯のシチューを掬いながら昼間のことを言ったらアルクが素っ頓狂な声を上げた。

 俺が風俗に行くわけがないことくらいコイツならわかりそうなもんだけど、なんで理由なんか聞くんだ? 

 

「男とベタベタする事の何が楽しいんだ」

 

 想像するだけでムカムカしてくる。せっかく美味い飯を食ってるのに台無しだ。

 

「本当、変わってるよね」

 

 リエルにそんなことを言われた。他人から見たらそうなのかもしれない。

 勇者シルキィ=アスタリスクの呪縛とも言える一言によって『そうなった』世界。

 俺にはそれがひどく歪で、醜く見えていた。

 まあ、俺が女を好きなのは今に始まったことじゃないから、リエルもそんな事でいちいち驚きはしない。

 

「そういえば、俺が女の方が好きだって言ってもリエルはあんまり反応しなかったな」

 

「──いや、見れば分かるじゃん」

 

「そうなのか?」

 

「うん、わかりやすいよ」

 

 アルクも同意した。

 

「…………ダリルの野郎、やっぱりそういう魂胆か」

 

 あの野郎、今度会ったらどうしてやろうか。

 

「ちなみに僕は!?」

 

「あえ?」

 

「ぼ、僕は男だけど……どうなの? 昔は……その…………け、けっ、こん…………しないって……」

 

「アルクは……そうだな……」

 

 難しいこと言うよね君。

 なんで本人の目の前で思いを打ち明けなきゃならないんだ。

 でも、すごい不安そうにしてるんだよ。

 今の俺は、アルクなら……と言う思いもある、

 どうしようかな……

 

「アルクは……」

 

「うん!」

 

 すっっっっごい期待した目で見てくるアルク。

 そりゃあ、世界で誰が一番大事かって言ったらアルクだけど……女に対するそれとアルクに対するそれは若干違うんだよな。

 もちろん、シルバーウルフを討伐した時みたいにそういう魅力を感じる時もあるけど──そう、汚されたくない俺の一番大事な部分そのものがアルクというかなんというか……難しいな。

 

「すごい難しい顔してる……」

 

「アルクは大事にされてるね〜」

 

 ちょっといじけたような口調を出すリエル。卑屈になったつもりは無いんだろうけど、思わず否定する。

 

「いや……リエルも大事だ」

 

「そ、そう?」

 

「昼間、お前らがいなくて分かったんだけど……俺、お前らがいないと無理だわ」

 

「ええ〜? そう〜?」

 

 ちょっと嬉しそうなリエルに俺も嬉しくなる。

 やっぱり可愛い女の子が笑っているのを見るのが一番楽しいな。

 …………浮かんでくるな男ども! 

 

「僕たちの事が大事だってさ、リエル!」

 

「ねー!」

 

 この二人と共に過ごす日常が幸せだった。

 そう、まあ、だから……そういうのの邪魔する奴ってのは突然くるんだ。

 

 

 ──────

 

 

「──ダリルてめえ、どういうつもりだ」

 

「ノートン……これ、なんなの? ここ、どこなの?」

 

「な、なんで私たち縛られてるの? ……くっ……力が……うまく入らない……!」

 

 俺たちは3人とも縄に縛られていた。

 ──薬を盛られたな。

 酒場、飲み物から目を離した隙にやられていたんだろう。

 下手人は十数人。

 男女混合だった。

 どいつもこいつも下卑た笑いを浮かべている。

 中には、リエルに誘いをかけていたあの二人組もいた。

 

 リエルとアルクを見る。

 二人とも怯えた表情で、絶望しているようにも見えた。

 自分よりも格上の冒険者。

 しかも数も上。

 どうなるか、どうされるか、この先自分たちが辿る未来、それを想像して恐怖していた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が荒くなっていた。

 少しずつ湧き上がってくる思いがあった。

 

「怖いのか? ノートン──怖いのか? この状況が」

 

 ダリルが気持ち悪い表情を浮かべ、俺の顔を掴んだ。

 その顔を目に焼き付ける。

 アルクを見て、今にも涎を垂らしそうな。

 そしてあの二人組が近寄ってくる。

 

「この!」

 

「ぐっ……」

 

 ニ発、殴られた。

 

「アンタさえいなければ!」

 

「うぐっ……」

 

 もう一発。

 

「リエルちゃんは私達のものだったのに!」

 

「……」

 

 最後にもう二発。

 

「やめて!」

 

 リエルが叫んだ。

 恐怖に怯えながら、それでも俺のために。

 

「リエルちゃん? この後楽しいことしようね?」

 

「ひっ……」

 

 女達がリエルの首筋に手を這わせ、太ももを撫でる。

 

「ふふふ」

 

「い、いや……」

 

 震える声、ぎゅっと瞑った目の端に涙を溜めたリエル。

 

 ここで解放すればどうなるか、最初はそんな事を考えていた。

 この街にいることはできなくなるかもしれない。孤児院の奴らにも迷惑がかかるかもしれない。

 いいや、きっと迷惑はかかる。

 ジジイならどうにかしてくれるだろうけど、それでもあの『家』を大事にしたかった。

 ただ、リエルの怯えた声を聞いて……これ以上狼藉を働くようなら抑えきれそうになかった。

 

 願わくば、俺のことを殴るだけで終わらせてほしい。

 俺をボコボコにして、それでスッキリして解散ならばそれが良い。

 そうならば俺も穏便に済ませよう。

 ジジイと二人で報復に行くだけで済ませてやろう。

 俺が二人をずっと守り続けるだけでいい。

 

「や、やだ! 触らないで!」

 

「っ!!」

 

「ノートン、助けて!」

 

 アルクの声だった。

 男どもがアルクを持ち上げようとしている。

 二つある扉のうちの一つが開いていた。

 向こうにはベッドがあるのが見えて──

 

「いやぁぁあ!!」

 

 バチッという音が弾けた。

 

「へ?」

 

 ダリルの間抜けな声が部屋にこだまする。

 一部が炭化した縄を引きちぎり、立ち上がった。

 

「お前ら……」

 

「縄が!?」

 

「お前らは……」

 

「ぶ、武器を持て!」

 

「お前らは……俺を殺しておくべきだった」

 

 まだギリギリ踏みとどまっていた。

 俺の脅威に気が付いて引いてくれるなら、ここで済ませたかった。

 

「俺を眠らせた時点で……二人と隔離しておくべきだった」

 

「なんで動けるんだ!?」

 

「ちゃ、ちゃんと薬は利いてたはずだぞ!」

 

 アルクとリエルを置いてこの場から去ってくれるなら、見逃してやるつもりだった。

 武器を振り翳して、振り下ろすその瞬間までは本当にそのつもりだった。

 

「見逃してやるから……頼むから……」

 

「死ねやあ!」

 

 ──雷鳴が轟いた。

 

「…………」

 

 ダリルがいた場所には、黒く焼け焦げた、物言わぬ人型の炭だけが残されていた。

 周囲の下手人が絶句している。

 その隙にアルクを回収し、二人の縄を切った。

 力が入らない二人を抱きしめて、守りやすい壁際に行く。

 

「あっ……! はぁっ、はぁっ、はぁっ……うああああ怖がっだよぉぉぉ!!」」

 

「うううう!」

 

 薬のせいで力が入らないのか、弱々しくしがみついてくる二人。極めて邪悪な人間の悪意、それに晒されて相当なストレスがかかっていたに違いない。

 

「ダ、ダリル!? ダリルはどこ行ったんだ!?」

 

 怒号を上げる男。

 確かダリルとパーティーを組んでいたんだったか。

 敢えて答えてやるつもりは無かった。

 湧き上がる感情そのままに……では無くて、あいつらを守るために使う。

 迸る雷は鮮血のように紅く、転がっていた樽や縄を一瞬で焼き尽くした。

 院長……コントロールするってのはこういう事、なのか? 

 

「助けっ──」

 

 叫ぼうとした奴のすぐそばに雷を放つ。

 

「赤い稲妻……まさか……いや、そんな、だってまだ……アイアンだぞ……!? 本当にそうなら、シルバーとかゴールドに!」

 

「……!?」

 

 気付いたのか、次々と驚愕に染まっていく顔。

 そう、こうなることは分かっていた。

 コイツらが止まってくれない時点で、こうなる事は決まりきっていた。

 もう俺は、この街にいる事はできないだろう。

 

「アンガスの赤狼! お前だったのか!」

 

 二人を見る。

 不安そうに俺を見上げていた。

 いつもの景色を思い出す。

 二人と歩いた帰り道を思い出す。

 二人と食べた夕飯の味を思い出す。

 この二人が……この二人と出会えて、本当に良かった。

 

 そして、それを崩したコイツらに対する憎しみが一気に溢れ出た。

 天井に──その向こうにある空に吠える。

 まさに負け犬の遠吠えだった。

 

「オォォォォォォォォオオオオ!!」

 

 赤く眩く部屋を照らし続ける雷光に、下手人達は動くことすらしなかった。いや、させなかった。

 壁を破り、天井を吹き飛ばし、稲妻が溢れる。

 二人だけは絶対に巻き込まない。

 手を前に翳した。

 

「ガアアアアア──」

 

「──そこまでにするんじゃ、ノートン」

 

「あ……ジジイ!?」

 

 突然の乱入に驚きすぎて怒りが乱れた。

 そして気付く。ジジイの後ろには他にも誰かがいた。

 衛兵だった。

 いつもの3人だった。

 俺が孤児院で最初に雷を降らせた時にやってきた3人。

 バット、ローグ、ディル。

 ……そうか。

 俺を捕まえにきたか。

 でも、それでも良い。

 

「俺はどうなっても良い……でもコイツらだけは殺させてくれ」

 

 もう隠す意味も無い。

 右手に電気を纏わせる。

 

「おいおいノートン、お前がマジで赤狼だったんだな」

 

「……まあ、そういう訳だ。悪いなバットさん」

 

「いんや、気にしなくて良い」

 

「なんと無く分かってたしな!」

 

 首を横に振るバットの後ろからディルが顔を出した。

 

「頼む3人共、コイツらを殺さなきゃならないんだ。そうしないと……こいつらが穏やかに過ごせないんだ」

 

「おいおい、俺たちは衛兵だぜ? そんなの見逃せねえよ」

 

 そう宣ったローグ。

 

「……悪いようにはならない、今は家に帰りなさい」

 

 ジジイはそんなことを言った。

 俺も引くつもりはなかった。

 その目を真正面から睨み付ける。

 

「コイツらを生かしておいたらどうなるか、そんなことも分からないのか──ジジイ!」

 

「……感情を落ち着かせろノートン、頼む」

 

「…………」

 

「お前にこれ以上手を汚させるわけにはいかんのだ」

 

「た、助けてください!」

 

 二人組がジジイに縋りついた。

 

「あいつが私たちを集めて殺そうとしたんです!」

 

「そ、そう! だからあいつを──」

 

 首が二つ飛んだ。

 ポーンと跳ね、地面に落ちる。

 体が前後に揺れると、その場に崩れ落ちた。

 血溜まりがジジイの足元にできていく。

 何も、俺の目には何の動きも見えなかった。

 

「黙れ」

 

 怒りがスッと鎮まるような、そんな声だった。

 

「ノートン……お願いだ、二人を頼む」

 

「──分かった。…………ありがとうジジイ」

 

「……いや、ワシは……」

 

「二人共、帰ろう」

 

 

 ──────

 

 

 俺の部屋で、ベッドに並んで座る。

 右にアルク、左にリエル。

 3人で座ると流石に狭く感じた。

 二人とも泣き腫らして、俯いている。

 それを見て怒りはある。

 ただ、それよりも深い安堵があった。

 きっと悪いようにはならない、そんな気がしていた。

 

 そして、俺の未来の事よりも今は二人のことだった。

 

「お前らが無事で、本当に良かった」

 

「…………」

 

「…………」

 

 反応は薄かった。

 当然だ。

 無事とはいえどショックな出来事だった。

 俺だってもう少し普通だったら、こんな風には振る舞えなかっただろう。

 

「ミルク温めてくる」

 

 今は温かい飲み物だ。とにかく体が物理的に温まれば少しは安心できる。

 そうしてベッドから立ちあがろうとしたら両サイドから服を掴まれた。

 口火を切ったのはリエルだった。

 

「ア、アンガス、の……せき、ろうだったんだ、ね……」

 

 必死にいつもの口調を保とうとして、唇が戦慄いていた。

 

「ああ、そうなんだよ」

 

「かく、しごと、って……そ……それ……?」

 

「そうだぞ」

 

「ひ、ひどい、じゃん……なかま……っ……なの、にさ?」

 

「ごめん」

 

「…………こ、こわ、かった……」

 

「うん」

 

「でも……でも…………うう……」

 

「うん」

 

「ごわがっだよぉ……」

 

 結局また泣き崩れてしまったリエルを抱き寄せた。

 

 アルクは唇を噛んでいた。

 弱くて、結局何もできなかった自分が情けなくて。

 いつもこうだった。

 いじめっ子達に突き飛ばされた時も。

 近所のワンちゃんに追いかけられた時も。

 ストーカーされた時も。

 そして今回も。

 体が小さくて、力もノートンほどつかなくて、いつも背中に隠れるだけ。

 応援はしても、結局あんまり力になれない。

 冒険者の活動だって、二人だけならもっと先へ進めたに違いない。

 ノートンがそっと手を伸ばしてきた。

 

「アルク」

 

 優しく。

 

「いつもありがとう」

 

 告げられたのは感謝。

 何を言うべきか、何と返すべきか、今のアルクには言葉が無かった。

 

「……」

 

「お前がいるから、俺は怒っていられるんだ」

 

「え──」

 

「お前がいるから、いつだって無茶ができる」

 

「そ、れは……」

 

「そんで、リエルがいるから初めての場所でも走り回れるし、リエルがいるから癒される。奇跡とは別の意味でな?」

 

 僕がいるから怒っていられる…………あまり意味は分からないけど、初めて聞いたノートンの気持ち。

 見上げると、僕に向けて微笑んでいた。

 頭に添えられた手がゆっくりと動く。

 

「だから……アルク、リエル、お前達二人が良いんだ」

 

「……うん」

 

「お前らと一緒じゃなきゃ、俺は生きていけない」

 

「……うん……うん」

 

「アルク」

 

「うん?」

 

「これからもよろしくな?」

 

「うん!」

 

 頭の後ろに回っていた手が背中に添えられ、抱きしめられた。

 おでこをコツンと合わせて、笑い合った。

 

 

 ──────

 

 

 チュンチュンと、鳥が鳴いていた。

 目を覚ますと二人が両脇に転がっていた。

 腕に頭を載せて、脚を絡ませている。

 穏やかな寝顔をしていた。

 ただ、二人ともちょっとだけ目元がまだ腫れている。

 

「さて……俺はどうなる事やら」

 

 二人はもう大丈夫だ。

 きっとジジイが何とかしてくれる。

 バカがつくほどアルクの事が大事で、可愛くて仕方がないんだ。

 俺みたいなバカじゃ思い付かない良い方法を思い付いてくれるさ。

 そんな思考を透かして読んだかのように、廊下からジジイの足音が近づいてくる。孤児院だとよく目立つ足音だ。

 そのまま扉を静かに押し開け、中に入ってきた。

 

「おいノートン、起きたか? ……二人はまだ寝てるな」

 

 いつもなら瞬間的に沸騰してゲンコツが飛んでくるけど、今日はそういう気分じゃなかったらしい。

 というか口ぶりからして、寝てる最中にも一回入ってきたんだろう。

 そして、言いたい事があった。

 

「ジジイ……」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「腕と脚が痺れて動けねえ……」

 

 2人の体で圧迫されて腕と脚の感覚が無い。

 俺、どうなっちゃうのこれ。

 

「これも幸せの一つの形じゃな」

 

 そう言って出て行こうとする。

 

「待て待て待て」

 

 え、助けるとかそういうのじゃ無いの? 

 なんで良い話風に出て行こうとしてんの? 

 もっとあるだろ、2人をどかすとか。

 

「いいか、ノートン」

 

「おう」

 

「邪魔をすると、蹴り殺されるタイミングっていうのが……あるんじゃよ^^」

 

 面白がってるだけだこれ! 

 無慈悲にジジイは出て行った。

 そしてそのタイミングで小さな声が。

 

「んう…………あ、ノートンだあ〜」

 

 ほにゃりと、アルクが目を覚ました。

 寝ぼけて顔を俺の頬にスリスリしている。

 

「ア、アルク……腕と脚が……」

 

「うん……えへへ……」

 

 えへへ、じゃ無いが。

 ……いひい! 痺れてるところに腕を絡めないでえ! 

 

「ん……」

 

 そうこうしているうちにリエルも目覚めた。

 少しだけ目を開けると、また目を閉じる。

 ……え? 起きてるんだよな? 

 

「……ノートン」

 

「ん?」

 

「ありがと」

 

 ──しゅきい! 

 もうほんと好き。

 まじ無理、尊い。

 え? この子と一つのベッドで寝たの? 

 

 そんな俺の気も知らず、リエルはベッドの上を転がってきて胸元におさまった。

 

「リ、リエル?」

 

「きっと今日からはいい日になる……よね?」

 

「──なるよ!」

 

 答えたのは、リエルと向かい合っている間、背後でモゾモゾしていたアルクだった。

 

「ふふっ」

 

「えへへ」

 

 何でお前らだけで通じ合ってんの? 

 

 

 ──────

 

 

「ああノートン、アイツらはアンガスの森の真奥に追放されたぞ」

 

「ぶふおっ!」

 

 朝飯を食べている最中、ジジイがいきなりそんなことを。

 めちゃめちゃ大事なことをそんなサラッと話さないでほしい。

 

「げぇっほ! げほっ! ほ、本当か!?」

 

 アンガスの森の真奥、それは想像すらつかないような強大なモンスターが闊歩する魔境だと聞く。

 そんなところに追放されたら、赤雷を全開状態の俺でもどうなるか……

 

「はい、お水」

 

「ありがとう……ごほっ……んぐっ」

 

 リエルから水を受け取り飲み干す。

 アルクは背中をさすってくれた。

 

「お前達は甲斐甲斐しいのお」

 

「うん!」

 

「わ、ワシにも──」

 

「ノートン! はい、あーん!」

 

「お、おう……あーん」

 

「私のも、あーん」

 

「あーん」

 

「(´・ω・`)」

 

 飯の後、ジジイとソファで向かい合う。

 俺の事についてだ。

 

「俺はどうなる?」

 

「……まあ、そう身構えるな」

 

「って言われてもな……」

 

「ノートンどこか行っちゃったりしないよね!?」

 

「院長さん! 私たちを助けてくれたんですよ!」

 

 2人で詰め寄っていた。

 変わらんだろジジイを詰めても。

 せめて衛兵だろ。

 

「結論を急ぐなて…………どこにも行ったりせん、ノートンはお前らと一緒じゃよ」

 

「……! ……それは──なんでだ?」

 

 アンガスの赤狼だって事がバレちまったんだ。

 最悪、処刑だな──なんて考えたりしていた。

 

「何でも何も、悪いことをしとらんからじゃよ」

 

「……」

 

 確かに思い出す限り、最近やった悪いことなんてアルク達が作ってる夕飯をつまみ食いしたことぐらいだ。

 あとは……ダリルを殺した。

 まああれは因果応報だ、どちらにせよアイツは死んでいただろう。

 でも、そういう問題なのか? 

 かつては討伐隊が組まれたぐらいなのに。

 

「言いたいことはわかる。そしてだからこそ、ワシに任せろと言ったのじゃ」

 

「ってーと?」

 

 具体的な話が出てこないと何もわからん。

 

「あやつらが死罪に値するのは間違いない。しかし人数が人数じゃからな、表立って出来ないというだけじゃ」

 

 それで追放ね。

 

「お前はあくまで2人を守ったに過ぎない。赤狼の件についても、知っているのは冒険者組合の人間だけじゃ」

 

 そうなのか。

 

「あれだけ大きな声と音だったから、流石に聞かれてしまっただろうがの? それでも、お主はこれまで通りに過ごせば良い」

 

「──ノートン!」

 

「なんだ?」

 

「よかった!」

 

 リエルが本当に嬉しそうに抱きついてきた。

 これからも俺と一緒に冒険をしてくれるらしい。

 心にじんわりと暖かさが広がる。

 この子を助けられて本当に良かった。

 

「……そして、あとひとつ」

 

 なんだよ上げて下げるなよ。

 ガッガリだよ。

 

「すまなかった、3人共」

 

「え?」

 

「もっと早くワシが気付いていれば、ノートンに赤雷を使わせることも無かった……すまない!」

 

 頭を下げている。

 あのジジイが俺たちに。

 驚きもあったけど、それでも俺は──俺たちはジジイに対して怒ってなんかいない。

 

「院長。僕たち、院長のことを悪いだなんて思ってないよ」

 

「ええ、院長さんが来てくれなかったらもっと酷いことになっていたはずだもの。ね? ノートン」

 

 頷く。

 あの時、俺は前方にある全てを消し飛ばそうとした。

 街にも少なからず被害は出ただろう。

 

「ありがとう、お前達」

 

 顔を上げたジジイは泣いていた。

 自責の念が、シワの深い顔にはっきりと現れていた。

 

「ジジイ、気にすんな。俺がいなくなるかいなくならないかの違いだ」

 

「……本当にすまなかった」

 

 ……あれ? 

 

「ノートン!」

 

「追い詰めてどうすんのよ!」

 

 

 ──────

 

 

「槍は良いんだけど、僕は前で戦えないからどうしようかなあ……探検もやっぱり良いよなあ……あ、こっちのシックルってのも良いかも! ……籠手に棘がついてる、こういう武器もあるんだ。うわあ〜悩むよお……」

 

 店内のあちこちを見て回るアルク。

 ちゃんとパーティーを組むにあたって、武器を槍にするかどうするかという話になったのだ。

 楽しそうに一つ一つ吟味して行く間、俺も良い武器はないかと探す。

 今探しているのは熱に強い武器だ。

 前の武器である鋼鉄製のロングソードは、頑丈で良い武器だったけど熱に弱かった。

 魔法鉄を含んでいる今のは、前よりも耐性はあるけどそのうち壊れるだろうなと。

 雷が当たると鉄ってのは熱くなるんだよな。

 それで形が変わったりしないやつがいい。

 

「ねえ、これとかどう?」

 

 リエルが一つの武器を指差した。

 歪な形をしているのは空から飛来した金属から切り出した武器だからで、熱にめっぽう強いらしい。

 熱して叩いて鍛えるのが出来ないからミスリルのノミでなんとか整形したとか。

 ひぇー。

 

「確かにこれなら俺の電撃に耐えそうだな。でも、問題は値段なんだけど……」

 

「……流石に無理かぁ……本当はプレゼントしてあげたいんだけど……」

 

 そのお値段なんと三百ゴールド。

 1ゴールドは100シルバーで、1シルバーは1000ブロンズ。

 ……300ゴールドはブロンズどれくらいなんだ!? 

 

「うわっ300ゴールドって……えーと……さ、さ、3000万ブロンズゥ!?」

 

 アルクが素っ頓狂な声を上げた。

 3000万ブロンズってどんくらいだ。

 

「お、お家が建っちゃうよ僕たちの!」

 

 俺たちの家は300ゴールドらしい。

 高いのか安いのかわからん。

 

「300ゴールドも使ったら良い家が建つわね」

 

 俺たちの家は良い家らしい。

 それが、この剣の価値。

 

「なあ、お前さんら……」

 

 店主のオークリーがアルクとリエルの肩に手を置いた。

 

「ひっ……!」

 

「いやっ!」

 

 反射的に二人が拒絶する。

 あれ以降、二人は若干の人間不信に陥っていた。

 他人との接触に怯えている。

 俺? 俺は元からこの世界を信じてないから変わんないよ。

 俺の後ろに引っ込んだ二人を見て、自分の手を見つめるオークリー。

 

「よ、汚れてないよな……? え? 俺、なんかダメだった?」

 

 鍛治をやってる事もあり、手が汚れてるんじゃないかと勘違いしたっぽい。

 

「ごめんオークリーさん、こいつら今潔癖症で……」

 

「潔癖症ってそんな風邪みたいな感じだったか!?」

 

 背中に必死にしがみついてる感触が、感情を乱れさせた。この件に関しては追及して欲しくないので先を促す。

 

「ああ、そうそう……この剣なんだけどさ」

 

 オークリー曰く、なんとかして買ったは良いけど全然買い手がつかないらしい。そりゃあそうだろ。

 ミルティアにゴールド等級なんて一人しかいない。そしてそのゴールド等級ってのは領主お抱えだ。

 そんな奴がこの剣を欲しがるわけがない。

 金を持っていてこの剣を必要とする奴なんているのか? 

 

「領主様に売っちまえよ」

 

 そんな事を提案した。

 

「いやだ! 絶対いやだ!」

 

 すごい拒絶だ……

 

「ラディウスはすごい強い剣士に買ってもらって活躍するんだい!」

 

 名前まで付けてんじゃん。

 本当に手放せるのか? 

 というか領主お付きのゴールドに買って貰えよ、強いだろ。

 

「俺が領主に会えるわけないだろ! 良い加減にしろ!」

 

 なんだこいつ……

 

「だから、ノートン」

 

「なに?」

 

「お前が強くなって、いつか……これを買ってくれよ?」

 

「……おう!」

 

「──というわけで、まずは強くなるためにこのハルバードなんてどうだ? ハルバードはいいぞ、敵に当たれば必ずダメージを与えられる。重量級の敵だろうがお構いなしだ!」

 

 お前それ売り込みたいだけだろ! 

 

 オークリーを追っ払い、二人を落ち着かせる。

 抱き締めて、赤ん坊にそうするようにトントンと背中を叩いた。

 暫くすれば震えも収まり、抱き締め返された。

 

「…………うん、もう大丈夫」

 

 二人の顔色を見ると先ほどよりはだいぶマシになっている。ただ、心配は心配なので少し休憩。

 

「……僕の武器は?」

 

「そんなの後でいいんだよ。ほら、軽く甘いものでも食べようぜ」

 

 店先、長椅子が並べられたスペースには他にも客が甘味を食べている。

 二人を長椅子に座らせてそばに立つ。

 近付いてこようとする輩には先んじて目線で忠告し、それでも近づいてきたやつは丁重にお帰り頂いた。

 そう、俺は二人の護衛なのだ。

 

「ノートンも座りなさいよ」

 

 でも俺には護衛の役目がだな……

 

「別に護衛でもなんでもないでしょ、仲間なんだから一緒に食べなさい」

 

 お、おう。

 ……二人が並んで座ってるし、端に座るか。

 

「ノートン、こっち」

 

 アルクが横をポンポンとするのでそっちへ。

 

「こっち来なさいよ」

 

 リエルが叩くのでそっちへ。

 

「ノートン?」

 

 アルクの方へ。

 

「ノートン」

 

 リエルの方へ。

 

「ノートン!」

 

 アルク。

 

「もう!」

 

 リエル

 

「むー!」

 

 アルク。

 

「いい加減座って!」

 

 リエル、アルク、リエル、アルク、リエル、アルク──あばばばばば。

 

「あ、壊れた」

 

 結局二人の間に座ることになった。

 買ったヨーカンを食べようとフォークで刺す。

 ……横から伸びてきたフォークに掻っ攫われた。

 

「へへっ、もーらい」

 

 アルクは可愛いなあ! (血涙)

 

「いただきまーす…………」

 

 …………? 

 なんでチラチラ見てるんだこいつ。

 ……焦らして俺の反応を楽しんでるのか? 

 それなら覚えとけよ? 

 

「1週間無視してやる……」

 

 ボソッとつぶやいたら大慌てで泣きついてきた。

 

「ごめん、ねえノートン! 冗談だから!」

 

 横に強く揺さぶられてリエルにもぶつかるので、リエルが椅子から落ちないように肩を抱く。

 

「もぉ〜何〜? やめてよ〜!」

 

 そんな事を言いながらもリエルは楽しそうだった。

 俺の腕にしがみつきながらキャッキャと笑っている。

 ああ……幸せ過ぎる。

 リエルと目が合うと、微笑みかけてきた。

 ドクンと胸が跳ねた。

 いつものとは違う。

 脳みそが焼き切れるような感覚じゃない、胸の奥に広がってくる暖かさだった。

 目が離せない。

 眼の奥に繋がっている血管すら見えるような、そんな気がした。

 

「ノートン……?」

 

 アルクの声が聞こえた。

 バッと顔を逸らし、アルクへと向き直る。

 

「あ……な、なんだ……?」

 

「……ううん」

 

「なんだよ、元気無いな」

 

「あむっ」

 

「あー!!! 俺のヨーカンが!?」

 

 結局、ヨーカンは食えなかった。

 

 

 ──────

 

 

「いやぁ、恐ろしかったなあ」

 

「ああ……ありゃあ確かに『狼』だ」

 

 ローグ、バット、ディルはあの夜の出来事を思い出していた。

 街の隅にある寂れた倉庫。

 誰もいないはずのそこから明かりが漏れており、孤児院の院長に連れられて突入しようとした刹那。

 

『オォォォォォオオオオオオオオオオ!!!!』

 

 狼の遠吠えのような声が全てを貫いて耳に届いた。

 

『いかん!』

 

 院長が焦って叫ぶと同時に、屋根を突き破って空に昇ったのは赤い稲妻。

 掠った途端に燃え尽きる煉瓦。

 3人とも正直ビビっていた。

 アンガスの森に現れたレアモンスターの正体がノートンだという話は本当だったのだ。

 屋根だけでは無い。壁や、内部構造を破壊して飛び出てくる稲妻に当たったらどうなることか。

 それでも、飛び込んだ院長の背中越しに見えた光景を見て衛兵達は覚悟を決めた。

 あの少年、ノートンが二人を背に立っていた。

 驚いたような表情はいつもの彼のようだったが、迸る雷光がその正体を否応無しに理解させた。

 

 その場にいたのはシルバーやブロンズの冒険者。

 人型の炭が一つ転がっていて、子供達が泣いている。

 そして必死に守ろうとしているノートン。

 どういった場なのか、一瞬で察した。

 アルクとリエルはノートンの背中に隠れて、怯えていた。

 院長とのやりとりの最中、雷を収めたノートンは二人を抱き締めて去った。

 

 途端に、院長が拷問を始めた。

 指をへし折り、脛を砕き、膝を逆さに折り曲げる。

 泣き喚く冒険者達に対して、3人は一切の同情を持たなかった。

 処遇は明らかだった。

 理由など知りたく無いと、聞く耳も無いと、一言も喋らずに拷問を終え、縄で雑に縛った罪人達を森へと置きに行った。

 

『流石に報告せねばな』

 

 院長の言葉。

 それは願っても無い事だった。

 自分たちが報告するには複雑すぎるし、完全に事態を飲み込めているわけでも無かったからだ。

 

 組合の理事長ギルバートは頭を抱えた。

 

『……何を言っているんですか?』

 

『言った通りだ』

 

『…………ならばやりすぎです、裁判もせずにアンガスの森の真奥へ放置など』

 

『わしが止めねばどうせ街の一角ごと消し炭になっていた、それに……あの子達の平穏のためじゃ』

 

『はぁ……ノートンに関しては?』

 

『それも言ったとおりじゃ』

 

『いや、だから……もう良いです』

 

『根回しは頼んだぞ』

 

『…………偉大な先達を持つと大変ですよ』

 

『あやつらに余計な干渉はするな、全てを焼き尽くされるぞ』

 

『わかりました、わかりましたよ……はぁ』

 

 こうして冒険者組合の名簿から十数名の名前は永久に抹消され、戸籍ごと無かった事になった。

 彼らは元からいなかった事になったのだ。

 

 

 ──────

 

 

「ほら、ベッド入るか」

 

 孤児院にて、リエルの部屋。

 なぜ孤児院出身で無いリエルの部屋があるかというと、院長が与えたからだ。

 別の宿に一人で泊めておくのはすげえ心配だったので助かる。ジジイ、ナイス! 

 でも俺の部屋が無くなった。

 ここ、もともと俺の部屋なんだよね……

 リエルとアルク、そのどっちかの部屋で寝ろという事だった。

 俺に決定権なんて無かった。

 

 いそいそとベッドに入るとリエルが背中から抱きついて来る。

 柔らかい胸の感触に、顔がカッと熱くなるのがわかった。

 

「リ、リエルさん!? もうちょっと遠慮とか!?」

 

「うん……」

 

 ドキドキしている俺の事なんか気にしていないのか、元気なさげな声を出す。

 まだあの事がフラッシュバックして怖いんだろう。けどそれとは別に、やっぱり男は恋愛対象にならないのかな……そんな不安が押し寄せてきて、悲しくなる。

 もう、隠さずに言ってしまえば俺はリエルが好きだし大事だけど、リエルが俺のことを好きになってくれるとは限らない。

 嫌な意味でもドキドキし始めた。

 恋する男はナイーブなんだ。

 

 結局、世界の常識は男カップルと女カップルが標準で、俺は所詮異端者だ。

 リエルは普通に女が好きで、仲間としてすんごい信頼してくれてるだけだって可能性がすごい高いのは理解している。

 考えてて死にたくなって来た。

 いや、違う。

 殺したい。

 勇者シルキィ=アスタリスクを殺したい。

 過去に戻ってそいつを殺し、この変な世界に変えた原因を無くしたい。

 

「雷、漏れてるよ」

 

 リエルに唐突に指摘された。

 確かに、ほんの少しだけ漏れていたらしい。

 

「またなんか考えてたの?」

 

 俺の背中に顔を埋めて、くぐもった声でそんなことを言う。

 

「……リエル、俺さ」

 

「うん」

 

「勇者が憎い」

 

「……そうなの?」

 

「勇者がいなければ、この世界はきっと俺の望む形のままだった」

 

「…………」

 

「女が女と恋愛して、男が男と恋愛する。そんなんじゃなくて、俺の望む……!」

 

 奥歯が鳴る。

 顔が歪んでいるのがわかった。

 顔すら知らない勇者が邪悪に笑っている姿が見え……目を瞑って、深呼吸をした。それはただの幻覚だからだ。

 それでも、怒りそのものは治らなかった。

 

「俺は……俺は……」

 

「……ノートン」

 

「俺は…………!」

 

「こっち向いて、ノートン」

 

 言われるままに向き直る。

 きっと、何か大事なことを言ってくれるんだろう。

 そう思っていた。

 次の瞬間には、リエルの顔が至近距離にあった。

 

「え──」

 

「────ぷはっ」

 

 頭が真っ白だった。

 何が起こったか分からなかった。

 顔が近付いて来て、それで……

 

「…………リエル」

 

「な、なに?」

 

「ありがとう」

 

「……プフッ、何それ──あっ」

 

 溢れる思いを堪えきれず抱きしめた。

 夢のようだと思った。

 この、憎くて憎くて仕方が無い世界で、俺の願いは一生叶わないかもしれないと思いながら生きてきた。

 初恋を自覚する前は無意識に、自覚した後は意識して。

 

 リエルを仲間として迎えた時は打算ありきだった。

 それでも時間を重ね、依頼をこなし、接するうちに俺という男のサガなのかだんだんと好きになっていった。

 それは辛いだけだと分かっていたのに、気持ちを偽ることはできなかった。

 好きになればなるほど、その最後に待ち受けるものの辛さを想像して怒りが湧いて来た。

 

 本当に、世界なんてクソ喰らえだ。

 お前のせいだ。

 全て、お前のせいだ。

 お前が余計なことを言わなければ。

 お前さえこの世界に来なければ。

 魔王と相討ちにでもなって死んでくれればよかった。

 そうすれば俺はこんなに苦しまずに済んだ。

 

 それでもリエルは受け入れてくれた。

 俺には、リエルがどんなやつが好きなのか聞く勇気すら無かったのに。

 

「──怖かったんだよね」

 

「……」

 

「──憎くて、自分だけ違くて、ずっと」

 

 無言で頷く。

 目の前が滲む。

 好きな人のそばに立つ資格があるのかすら分からない。

 それはまるで、一緒にいるはずなのにひとりぼっちであるかのような感覚で──アルクだけが支えだった。

 

『ノートン!』

 

『ノートン?』

 

『……ノートン!?』

 

 あいつの顔が浮かぶ。

 リエルを抱きしめながらアルクのことを考える俺は最低なのかもしれない。

 でも、どっちも大事だった。

 その二人のどちらかでも切り離してしまえば、俺は生きる意味を見出せなかった。

 

 再びリエルの顔を見る。

 今度はゆっくりとキスをした。

 

「ん……」

 

 拙い口付けから、啄むように変わっていく。

 身体が興奮していくのがわかる。

 もっと求めたいと心が叫んでいるのがわかる。

 リエルの服を、震える手で脱がせようとして──

 

「ノートン! またこっちのへ、や……に…………」

 

 アルクが部屋に近付いてくるのに全く気付かなかった。二人とも夢中になりすぎていた。

 色々な要因はあったけど、それでも悪いのは俺だった。

 

「アルク、これは……」

 

 これは……その続きはなんだ。

 何を言い訳しようとしているのか、自分でも分からなかった。

 ただ、アルクの顔を見てしまった。

 泣きそうなアルクの顔を、真正面から見てしまった。

 俺がそうさせた。

 俺がこうさせたんだ。

 床を軋ませながら走り去るアルクを呆然と見ることしか出来なかった俺にリエルは言った。

 

「追いかけて」

 

「あ……う……」

 

「どうせ選べないんでしょ?」

 

「…………っ!」

 

 どうやって追いかけたかは覚えてない。

 正直、一気に色々なことが押し寄せすぎた。

 それでも、道のど真ん中でアルクを抱きしめたことだけは覚えてる。

 月明かりだけが照らして、それ以外は真っ暗だった。

 

「離して!」

 

「アルク!」

 

「離してよ!」

 

「アルク!」

 

「離してって……!」

 

 絶対に離さなかった。

 とにかく、アルクがいなくなるのが怖かった。

 ここで離してしまったら、俺は2度とアルクと一緒にいられなくなると感じた。

 

「離してくれないなら……なんでリエルと……!」

 

「うるせえ!」

 

 半ギレだった。

 いや、逆ギレだった。

 

「リエルが好きだし、アルクが好きだからだよ!」

 

 キレながら想いをぶちまけてしまった。

 

「お前らどっちも好きだからどっちも選べねえんだよ!」

 

「え」

 

「お前ら二人とも! めちゃくちゃ可愛いし、良い匂いがするし! いつもそばにいてくれるし! …………これで好きにならない方がおかしいだろ!」

 

「なっ!?」

 

「ああそうだよ! 二股野郎だよ、悪いか!? どっちも好きで何がいけねえんだよ! そもそも男同士がどうとか、女同士がどうとか、男と女が付き合うのはおかしいとか! お前らの方が頭おかしいんだよ!」

 

 周りに集まる野次馬どもにもぶちまけていた。

 

「勇者がなんだ! 世界がなんだ! 常識がなんだ!」

 

「ノートン……」

 

「なんで5000年前に死んだやつの言ったことなんかにいつまでも従わなきゃいけないんだ! そんなに……そんなに勇者が大事ならお前らみんな、5000年前にでも行っちまえ!」

 

「滅茶苦茶だよお……」

 

「それでも文句があるなら、俺みたいに失恋してみやがれ! くそが! アルク帰るぞ!」

 

 言うだけ言って、言葉を吐き捨ててアルクの手を引いて帰った。

 そして人通りの少ない孤児院の近くに来て気付く。

 話がまだ終わっていないことに。

 立ち止まって、何を言おうか吟味する。

 

「えーと……アルク……」

 

「はいっ」

 

 弾んだような声で返事をするアルク。

 さっき、普通に告白しちゃったしな……

 

「あの、そういうことだから……」

 

「どーいうこと?」

 

「どういうことって……だから、その……」

 

「うん!」

 

 月明かりに照らされて、期待で目を輝かせているのが丸わかりだった。

 また同じことを言うのは恥ずかしいけど、期待に応えないわけにはいかなかった。

 

「好きです」

 

「っ…………」

 

 それでも、目を丸くしていた。

 きっと想像通りのことを言ったはずなのに、アルクは心底から驚いていた。

 

「ずっと一緒にいてほしい」

 

「〜〜〜っ! ……ノートン!」

 

 身をブルっと震わせ、腹に突撃してきた。

 いつもよりも、ずっとずっと良い匂いな気がした。

 髪を手で掬い、月光のもとへ。

 目が冴えるような、美しい金糸の如き髪だった。

 

 孤児院ではリエルが灯りをつけて待っていた。

 3人でベッドの上で話し合う。

 

「そ、その……それじゃあ……私たちはノートンと付き合ってるってことで、良いの?」

 

「ノ、ノートン……」

 

「…………」

 

 正直、この時点で泣きそうだった。

 こんなの天国だろ。

 あ、ウソです、天国じゃ無い。

 天国には勇者が召されてるらしいからな。

 

「俺でよければお願いします」

 

「……へへ…………夢みたいだ」

 

「じゃ、じゃあ! ノートン!」

 

「は、はい!?」

 

 いきなり興奮した様子のリエルに掴み掛かられた。

 

「そ、その! こ、ここここのまま、つ、続き……を……」

 

「続き? …………はっ!?」

 

 もしかしてこのまま突入ですかあ!? 

 童貞の俺が!? 

 女と男を同時に抱くの!? 

 

「わ、私も初めてだから……その……や、優しく……」

 

 分からん分からん分からん分からん! 

 経験も知識も無さすぎる! 

 だ、誰か! ……ジジイイイイイイイ! 教えてくれえええええええ! 

 

「あ、あの!」

 

「どうしたアルク?」

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼくはもうちょっとだけ、こ、ここ心の準備が、したい、です……! まだ、ちょっと本番は怖いというか……実感が、湧かなくて……へへ……」

 

 アルクの発言によって、今日はひとまずのところこのまま進むという事は無くなった。

 3人で横並び。

 前みたいに二人に抱きつかれて寝た。

 違うのは、寝る前に二人とキスをした事。

 

 ……俺もしたいよセックス! 

 二人と存分にいちゃつきたい! 

 どうすればいいんだ! 

 誰かあああ!! 

 

 

 ──────

 

 

 アルクと道のど真ん中で痴話喧嘩をしていたのは街の人間には気付かれていなかったらしい。暗かったからだろうか、なんにしても良かったわ。

 ただ、俺を悩ませる二人とのセックス問題はそのままだった。

 二人と顔を合わせるたびにモジモジされて、俺も正直辛抱がね……でも、いかんせん俺も色々……そういうわけだ。

 

 悩みに悩んだ末、俺は風俗街に来ていた。

 正直なところ、今からでも帰りたい。

 女と男の悦ばせ方を同時に教えてくれるなんて、そんな人がいるわけないと諦念を抱きつつも一縷の望みをかけただけだ。

 

 ぶらぶらと、入るでもなく見るでもなく、風俗店の周りを彷徨く。

 だって、入ったら普通の男とセックスするんだろ? いやだよおれぇ……

 でも、側から見たらとんでもなくダサかっただろうな。

 

「にいちゃん、寄ってくかい? 良い男いっぱいいるよ」

 

 そんなキャッチの声を交わすのも苦しくなって来た、そんな頃だった。

 とある店から一人の男が飛び出してきた。

 当然風俗店だけど、とんでもない目にあったとばかりの顔をしている。

 

「なんだよこれえ! ふざけんなよ!」

 

 店に向かって叫んでいた。

 様子がおかしくて、周りの人間やキャッチも声をかけない。

 店からは店員が出て来て出禁を言い渡していた。

 

「出禁でいいよ! 良い良い! だってもう絶対入んないから!」

 

 そんなことを男も返す。

 店員が散るように言うと、野次馬は散っていった。

 男の、とあるつぶやきが耳に入った。

 

「なんで男の店に案内されなきゃなんねえんだよ……どうなってんだよここの風俗……女は?」

 

「おっさん」

 

「あ?」

 

「ちょっと向こうで話があるんだけど」

 

「……へ?」

 

 おっさんに話を聞いてみると、風俗店に入ったら男が出て来てビックリして逃げ出したらしい。

 そりゃ出てくるでしょ。男の風俗店なんだから。

 

「ど、どういうこと?」

 

「だからさ、男が風俗店に入ったら男が出てくるのは当然でしょって」

 

「は? 何言ってんの本当に……君、ホモなの?」

 

「ホモ?」

 

「男が男を好きって事だよ、わかるだろ……まったく、良い女がそこら中歩いてるのに……エルフ耳! ……デカ乳はみ出してるじゃねえか! くっそ、抱きてえ!」

 

 ここしかないと思った。

 このオッサンは何かが違う。

 

「──ええ!? 男と男が恋愛して、女と女が恋愛するのが普通!?」

 

「──ええ!? 異世界の勇者のせいでそうなった!?」

 

「──ええ!? 男用の風俗店は男しか出てこない!?」

 

「──ええ!? 君はノンケだけど珍しいの!?」

 

 うごごごと頭を抱えているおっさんは何かを嘆いていた。

 

「じゃあ……じゃあ……エルフ耳の女とかもいるのに……いきなりとはいえ、せっかくこんな世界に来れたのに女を抱けないってこと? ……泣きそう……」

 

 やっぱりだ。

 このオッサンは女を抱くのに慣れている。

 

「…………好きな女の子と男の子がいて、抱きたいんだけど経験が無いから教えて欲しい? 何それエロゲ?」

 

 これまでの生い立ちと、二人との関係を打ち明けた。赤雷のことや、二人が滅茶苦茶可愛いことなどは伏せてだ。

 なぜか聞き入ったおっさんは、途中から目を瞑ってうんうんと頷きながら泣いていた。

 

「そうだよなあ……好きな子がいるのに告白すらできないのは辛かったよなあ……」

 

 ゴシゴシと目を擦ると、笑って言った。

 

「よっしゃ! 俺のフォルダが火を噴くぜ!」

 

 変な板を取り出すとそれを触り始めた。

 少し待つと男と女が絡み合っている光景がその板の上に現れた。

 

「!?」

 

 板の後ろを見ても誰もいない。

 新しい通信魔法か何かか!? 

 

「スマホって言って科学技術の賜物なんだけど……まあ、細かい事はいいや。ほら、見ろよ」

 

「な……こ、こ、これ!?」

 

「あ? ……エロ本とかも無いのか。そりゃそうだよな、こんな世界だもんよ」

 

「これって、男と女の!?」

 

「セックスだよ、初めて見たのか?」

 

「ああ! こ、これ、見ていいのか!?」

 

「いいよ、濃厚なファンタジー物語を聞けて俺は満足してるんだ」

 

 曰くドーガとやらで、俺は初めてセックスを見た。

 ヤバすぎた。

 興奮で股間が痛かった。

 時折おっさんの解説が入り、どこそこが気持ち良いとか、激しくやるだけだと女は気持ち良く無いとか、愛が無いと気持ち良く無いとか、そんなことを教えてもらった。

 何にも知らなかった俺は、入ってくる知識に打ち震えるような感動を覚え、気付いたらオッサンのことを先生と呼んでいた。

 

「先生!」

 

「ん?」

 

「お、俺、頑張ります!」

 

「……はぁ」

 

「え」

 

「まだまだだよ。そのアルク? って男の子のこともあるだろ」

 

「あ……確かに」

 

「明日もまた会おうぜ、まだ教えてやれる事はたくさんある」

 

「せ、先生ェ! ありがとうございます!」

 

「よせやい……ただ、一つ頼みがある」

 

「なんでも言ってください!」

 

「その……飯代と……宿代を……貸してください……!」

 

 先生は一文なしだった。

 俺は喜んでお金を渡した。

 

 

 ──────

 

 

 その日の夜、俺はアルクの部屋で──

 

「ちゅ……んむ……はぁ、ノートン……」

 

 ひたすらに口付けを繰り返していた。

 切なそうに目に涙を浮かべるアルクを膝の上に乗せ、その軽さを身に感じ取る。

 石鹸の匂いが漂うきめ細やかな肌。

 背中に回された腕は俺のものよりもはるかに細くて、まるで女みたいだ。

 口を離すと、おねだりをするように唇を差し出してくる。

 

「ノートン……ノートン……ノートン……!」

 

 譫言のように繰り返すアルクに、俺の我慢も正直限界ではあった。

 でも、先生の言葉を思い出した。

 

『初めては一番大事なんだ、それは分かるだろ? だから、目一杯気持ちよくしてやるためにも我慢するんだ』

 

「アルク……もう少しだからな」

 

「うぅ、ノートン〜」

 

 もう少し勉強すれば、お前らを──おわっ。

 

「はぁ、はぁ、ノートン……」

 

 

 ──────

 

 

「──先生! アルクの我慢が持ちません!」

 

「馬鹿野郎! 知るかそんな事! キスだけで満足させたんだろ! 次もそうしろ!」

 

「そ、そんなこと言われても……」

 

「良いか! どうせ男なんてちんこ触っとけば気持ちよくなるんだから雰囲気でいけ! 問題は後ろの方なんだけど……そういうのってこの世界にあるのか? ……分かんねえ! ……おい、便秘薬ってあるのか?」

 

「あります、確か」

 

「──ヨシ!! 本当にするってなったら、あらかじめその子にはちゃんと出すように言っておくんだぞ」

 

「な、なるほど……」

 

「男の子の気持ちよくなるポイントは──」

 

「な、なんだってえ!? アルクが!?」

 

「そんで──」

 

「ええ!? 胸を!?」

 

「優しくするのが──」

 

「やっぱり優しさが大事なんですね……!」

 

「そんで次はリエル? とかいう子なんだけどまずは前戯から──」

 

「まず前戯ってなんですか先生!」

 

「そこからかい! ……ああ、もう、全部説明してやる! 良いか、いきなり挿れようとしても──」

 

「そ、それ一番大事じゃないですか!」

 

「おお! 飲み込みが早いな! そう、一番大事だ! ここでも同じで、激しくやっても──」

 

「少しずつ、反応を確かめながら……なるほど、さすが先生です!」

 

 激闘だった。

 先生の講義は濃く、俺の頭の中にはそもそもその意味が定着していないような言葉も含まれていた。

 一つ一つの意味を何度も繰り返し聞いたり、ドーガを見て技や対位の復習をした。

 一体どれだけの経験を積めば先生ほどの猛者になれるのか、尊敬の念しか無かった。

 講義は何日にもわたって続いた。

 もちろんセックスの事だけじゃない、ここら辺の常識に疎い先生に俺が色々教えることだってあった。

 そして俺は冒険者だから、依頼だってこなしている。

 その間、習った技やキスだけで二人の相手をしていた。

 二人の想いに応えるために、そうして最後まで講義を受けようと思っていたら──

 

「家族会議を開きます」

 

 いつもより低い声でアルクに告げられた。

 リエルもハイライトの消えた目で頷いている。

 ……なんで!? 

 

 居間でソファに2対1、俺は尋問されていた。

 アルクは冷たい目で言葉を放った。

 

「ノートン、男の人と会ってるでしょ」

 

「……っ!」

 

 先生と会っているのがバレた!? 

 バカな! こっそり講義を受けていたはずなのに! 

 

「私たちがいるのに……どういう事なの」

 

「くっ」

 

 答えるべきか、答えないべきか……どっちだ! 

 先生!!! 

 

『良いか、二人には真摯であれ。お前はこの世界で、誰よりもその子たちに対して真摯でなければならない。幸せであり続けるためにはな』

 

「…………実は──」

 

 

 ──────

 

 

「よ、良かったぁ……」

 

 ノートンの話を聞いて、心の底から良かったと思った。

 ノートンが男の人と会っているって知った時……僕たちは遊ばれていて、ノートンは本当は普通に男の人が好きで、僕たちなんか捨てられちゃうんじゃないかと思った。

 

「ごめん、二人とも!」

 

 頭を下げたノートンは、今まで勉強してくれていたらしい。

 僕たちと最初にするエッチを気持ち良いものにする為に、先生? って人からいろいろな事を教えてもらったとか。

 その人もノートンと一緒で女の人が好きらしい。

 そんな人がノートン以外にもいたことにすごく驚いたけど、合点がいったこともあった。

 

 我慢できなくてノートンを押し倒した時、逆に押し倒し返されてフワッとなった事があった。キスだけでなったこともあったし……む、胸を何度も触られて、そうなった事もあった。

 まだ下を見せた事は無いし触られた事も無いけど、そっちだともっとフワッていうのが来るらしい。

 想像しただけで、切なくなった。

 リエルも同じらしく、チラッと顔を見ると頬を赤くして俯いている。

 言葉が口を突いて出た。

 

「ノ、ノートン……!」

 

「え?」

 

「も、もう、十分だから……」

 

「え? ん? 何が?」

 

「その! 十分、ノートンは上手だから……」

 

 自分でもなんでこんなに焦っているのかわからなかった。

 

「上手、か? でも、まだ完璧じゃないって先生が──」

 

「せ、先生とかじゃなくて! ……ぼ、ぼ、僕が……気持ち、良かった、から……」

 

 自分でそんなことを言うのはとても恥ずかしかった。

 でも一つだけ。

 もう、我慢できないのだけは確かだった。

 

「うーん……そうか……お前がそう言うならそうなのかも……当人たちが気持ち良いって言ってるんだもんな」

 

「ば、ばか! 言わないでよ!」

 

「…………アルク、もうコイツ連れてこ」

 

 ノートンをもっと感じたかった。

 

「え、ちょ」

 

「──ねえノートン……ぼ、僕も覚悟できたから……や、や、優しくして、ください……」

 

「あ……お、おう……まかせろ」

 

 ノートンの腕を引きながら……顔から火が出るかと思ったけど、最後まで言い切った。

 そして、僕の部屋まで連れて行く。

 

「うおっ…………」

 

 ベッドに突き飛ばした。

 尻餅をついたノートンは僕たちのことを交互に見て、ふっ、と表情を崩した。

 

「──二人とも、おいで」

 

 

 ──────

 

 

 ……やったよ先生! 

 俺、やり切ったよ! 

 貰ったゴムもちゃんと使ったよ! 

 避妊もバッチリだ! 

 最初に暴発させずに耐えもした! 

 気持ち良くもしてあげられたと思う! (多分)

 教えてもらった全てを出し切った気がするよ! 

 多分、そんなことを実際に言ったら怒られるんだろうけど…………でも満足だよ、俺。

 

 二人の寝顔を見つめる。

 寝ていると本当にあどけないと言うか、アルクは俺と同い年なのが信じられないくらいだ。

 リエルもそうだ。

 一つ下だけど、それ以上に幼く見える。

 さっきまで俺はこの子達を満足させる為に腰を振っていたわけで……疲れはしたけど、すげえ気持ちよかった。

 アルクもリエルも可愛い声を出していて、先生に聞いていたような痛がるって感じのはあんまり無かった。

 片方と繋がっている間はもう片方とキスをして、それを交代して……色々な体勢でってのを試した。

 

 ……結局、便秘薬は意味無かった。

 だってアルクが女なんだもん! 

 びっくりしたよ俺、あんだけ一生懸命勉強したのに全部意味無かったんだから! 

 というか、院長がこいつのことを男だって勘違いするのは百歩譲って分かるけど、なんでこいつ自身が分かってないんだよ。

 いや、確かにいつまでも声変わりしないし、柔らかいし、腕も細いけど……! 

 そこは言ってくれよお! 

 

『流石に生理は分かるよな……? だいたい1ヶ月に一回くらいで来るんだけど…………え!? 知らない!? いや、すげえ大事だぞ女と付き合ってく上で! 今から教えてやっから!』

 

 …………だから月一くらいで体調崩してたのかああああああああ! 

 付いてた血とかそれかよ! 

 

 でも、アルクが女で良かった。

 やっぱり俺の感覚は間違っていなかったんだ。くっつかれて勃起したのも、好きになったのも。

 ……いや、女だからとか言うのはアルクに失礼だよな。

 アルクが男でも、男だと思っていても俺はアルクのことが好きだった。

 それが、より昇華されただけだ。

 もっと好きになっただけだ。

 

 ……とりあえず、シーツが汚れてるからそれだけは替えよっか! あと、体も洗おっか! 

 

「んん……ノートン、どうしたの?」

 

「……ん……」

 

「ほら、二人ともちょっと体起こして」

 

 一人ずつ抱き抱えてお風呂に連れて行く。

 魔法で動いてるので夜でも問題なく入れた。

 3人だと狭い風呂で仲良く、一人は体を洗って、もう二人で湯船に浸かって──

 

「ノートン……僕まだ……」

 

「私も……ダメ?」

 

 ──お風呂場でもハッスルハッスル! ^^

 中はヒリヒリするってんで、他のところでな! 先生! マジでありがとう! 

 シーツを替え、今度こそ疲れ切った二人を寝かせた。

 

 次の日、先生に直接お礼を言いに行くと、先生は待ち合わせの場所にはいなかった。

 その代わりに手紙が。

 

『愛弟子へ この手紙を読む頃にはきっと、俺はその街にはいないだろう。なんとなく分かってはいた。今日、お前が決めるってことが。お前は俺の言うことをよく聞いてくれた。実はもう、お前に教える事は何もない。あとはお前が全てを実践するだけだ。そして、短い期間だったけど価値観の近いやつと過ごすってのはとても楽しかった、ありがとう。最初にやり取りできた奴がお前で本当に良かったと思っている。それに、この服も最初はダサいと思ってたけどだいぶ慣れてきた。異世界でスーツはやっぱり無理だからな!』

 

「……先生、ありがとうございました」

 

 異世界の賢者は、こうしてミルティアから旅立った。

 

 

 ──────

 

 

「ノート〜ン」

 

「ん?」

 

「へへ、呼んでみただけ」

 

「そうか」

 

「へへ……ノ──トン♪」

 

「なんだよ」

 

「えへへ〜」

 

 酒場、アルクと二人でご飯を食べていた。

 ちょいちょいアルクがちょっかいをかけてくるのでそれを裁きながら口に肉を運ぶ。

 冒険者は何より身体が大事だ。

 ちゃんと食べなきゃ身体が作られない。

 この肉一切れだって──

 

「いただきっ」

 

 そう、この肉一切れだって大事なのである。

 

「おいし〜!」

 

「…………」

 

「あ、えへへ」

 

 頭に載せた手を左右に動かす。

 肉を取られても、可愛さの方が上回ってるのでなんも思わなかった。

 あれ以降、こいつの魅力がますます増えてる気がする。

 

「んー……むぐ」

 

 手に合わせて身体ごとを左右に揺れるアルク。その口元に、俺から盗んだ肉のカスがついていたので指で拭った。

 

「ちっ……!」

 

 なんか声が聞こえた。

 アルクにも聞こえたようで、目を見合わせる。

 俺がチラッと見ると、恨めしそうに見ている奴がいた。いや、というか酒場の男ほぼ全員が恨めしそうにしていた。

 

「な、なんだろ……ノートン……」

 

 怯えるアルクを抱き寄せるとさらに増えた。

 

「ちっ……幸せそうにしやがって……」

 

「アルクきゅんがあんな顔を……分かってはいたけど……わかってはいたけどぉ……!」

 

「…………ちぃぃぃっっ!」

 

「な、なんなのお〜……」

 

 ……ばーかばーか! ざまあみやがれ! アルクは俺のものだ! 結婚だってしてやる! 

 

「アルク、あれは投げキッスだよ」

 

「そ、そうなの!? でもみんな、そんな顔してないような……」

 

「あんなの見なくて良いから、ほら、これも食べな」

 

「あ、はーい」

 

「──ちっ!」

 

 聞き心地の良い投げキッスを聴きながら、二人で昼飯を食べた。

 

 

 ──────

 

 

「ひ、避妊魔法?」

 

「そういうのジジイは知らない?」

 

「いや……大昔の、それこそ5000年前はあっただろうがのお……なんでまた」

 

「う、うるせえ!」

 

「えっ」

 

「あったんだな! じゃあ魔法館で探すわ!」

 

「お、おう……」

 

「……じゃねえや、アルク女だったぞ!」

 

「え? …………え!?」

 

「なんで嘘ついたんだよ!」

 

「え……いや、わしは本当に男だとばかり……だって自分で男だって言ってたから……」

 

「あ、そ、そうか……なんかごめん……」

 

「いや…………ん?」

 

「え?」

 

「ん? え? なんで……それをどうやって知ったんじゃ?」

 

「…………がーはっはっはっは! じゃあなああああ!」

 

「──ノートンきさまあああああああ!!」

 

 背後から聞こえてくる声を無視して逃げた。

 

 

 ──────

 

 

 院長室にて、院長と呼ばれる男は半分立ち上がった状態で拳を振り上げていた。

 しかし足音が遠くなるに連れ、そのポーズを崩す。

 椅子に座り込み、窓から空を見た。

 

 ずっと、子供達を見てきた。

 色々な子供達を見てきた。

 孤児院から、子供はいつか巣立つ。

 だから本当に多くの子供達を見てきた。

 ノートンはその中で……いや、この世界で類稀なほどに感情が強い子だった。そして、それに振り回されないだけの理性を持っていた。

 その鍵はアルクだった。

 ノートンはいつだってアルクを見ていた。

 性癖が一般から外れているからか、絶世の美男子であるはずの──いや、女だったらしいけど──アルクをそういう面では拒否しながらも、幼馴染としてずっと守り続けていた。

 それが自分の役割だとでも言うように。

 それこそがアイツを人たらしめた。

 

 成長するに連れてもっと綺麗になったアルクもノートンのことしか見ていなかった。

 そりゃあそうだろうと思う。

 まるで騎士のように、あんな粗暴な騎士がいてたまるかとは思うが……それでもノートンは、アルクに対しては本当に騎士のように振る舞っていた。

 幼馴染としてふざけ合う事はあっても、常にそばで守って、優しくあってくれた男。

 結局、昔からアルクがノートンを見る目は変わっていないのだ。

 

 あのリエルも、きっとそうなのだろう。ノートンの強い感情に照らされたのだろう。

 アンガスの赤狼、その威はこの身を以て何度も味わった。

 ノートンの力の使い方からして、パーティーを組んでいる彼女もその力の一端に触れたことはあっただろう。

 ……ノートンの言うことは正しい。

 5000年前に勇者の放った言葉──いや、呪縛は世界を歪めてしまった。

 強きものだけがそれを跳ね除ける事ができる。

 そして、その庇護下にあるものも。

 

 ──あの二人がノートンに惹かれるのは当然だ。

 そこは院長も理解していた。

 ただ、それはそれとして親心は複雑なのだ。

 勇者が余計な事を言わなければ、アルクはノートンとくっつかなかったかもしれない。

 

「ワシの……ワシの可愛いアルクがノートンに取られたあああああああ!!!」

 

 そうして口に出して、机に突っ伏す院長の気持ちを表すならこうなるだろう。

 

 ──勇者を殺したい!! 

 

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