勇者を殺したい!!   作:goldMg

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転移者は征く

 

 

 クソ食らえだ。

 この世はクソ喰らえ。

 電子決済なんてクソの役にも立たねえし、パワポの作り方だってクソの役にも立たねえ。

 役に立ったのはスーツと俺の動画フォルダだけだ。

 スーツは売っぱらって、スマホは雨水でぶっ壊れたけど……それまでは存分に役立ってくれた。

 形あるものこそが真理ってことを、俺は異世界に来てようやく気付くことができた。

 

 やってきたばかりの時は本当に驚いたぜ。

 なにせ着の身着のままなんだからよ。

 ススススーツで草原!? wwwな状況で、空にはドラゴン。

 夢かな? って思うよね。

 うん、夢だわ。

 なんなら今も夢見てるだろ。

 これが夢じゃないんなら、せめてコラであってくれ。

 現実と空想のコラージュ。

 仮に夢だとするなら、願望と書いてユメって読む方の夢じゃなくて、目を覚まさなきゃいけない方の夢だ。

 

 びっくりしたのは、通りがかりのおっぱい半出しの痴女がそのドラゴンをぶっ殺したことだ。

 最初こそ空を飛んでるドラゴンが優勢だったけど、そのうち仲間もやってきて3人で拘束して首を切り落としていた。

 

 普通に吐いた。

 エロスを感じるよりも先に、ドラゴンが怖すぎたのとグロすぎた。

 R18のGだ。

 

 キャパオーバーでぶっ倒れて、幸運なことに町に入れてもらったはいいけどすんげえ気持ち悪かった。

 貧血? 

 多分血を見たからだと思うんだけど、しばらくそこの診療所でお世話になって、無一文を証明して、金払わないと奴隷に落ちるぞって言われた。

 

 嘘じゃんみたいな? 

 いや、嘘であって欲しい。

 奴隷て……

 でもまあ冗談じゃないっぽくて、奴隷商がそこらへんほっつき歩いてて普通に絶望しかけた。

 

 暫定奴隷契約の魔法とかいうこの世の終わりを詰め込んだような魔法をかけられて、期日までにお金稼いできてね! はいサヨナラ。

 持ち物の中で唯一高く売れたのは時計だった。

 ぜっったいに足元見られてたけど、それで払えましたよええ。

 

 街を彷徨う俺。

 仕事を探す俺。

 スーツで目立つ俺。

 街を彷徨く人間の服装が未開人すぎてどんびく俺。

 唯一褒められるのは、女がほぼおっぱい丸出しなこと。

 なんならケツも。

 

 だけど、それを見てると蹴り殺さんばかりの勢いで隣にいる奴が睨んでくる。大抵は女。

 見てくださいってくらいに出してるくせに、いざ見られるとあの態度…………クレーム案件だね。

 

 そんな街で、主に道路整備の日雇いバイトをやっていた。奴ら、土の道路の上を鉄の硬いブーツやらで歩くもんだから直ぐに道路がズタボロになっていく。

 お賃金は安いけど、危ない仕事じゃない。それに地図にも残る仕事だ。

 

 そうでも思ってないとやってられなかった。

 

 苦しかった。

 辛かった。

 無力だった。

 ひもじくて寒くて空腹で…………アレほどに疎ましかった筈なのに……俺は、あのどうしようもない社会とやらに救われていたってことにようやく気付いたんだ。

 

 希望が芽生える気配すらないその日暮らしを続けていると、救いを求めるようになる。

 高尚な言い方をしなければストレス発散だ。

 スマホには少々の暇つぶしは入っていたけど、全く使っていない。

 電源を完全にオフにして、せめて長持ちしてくれと願うばかりだ。それでも不可逆的な静電放出によって、いずれは残量がゼロになることは分かっていた。

 ただの悪あがきだ。

 それでも……だとしても俺は、孤独になりたくなかった。何か、すがるものが残っていて欲しかった。

 

 バイトには出ず、街をぶらついた。

 あいもかわらず珍妙な服の奴らで、俺のことをジロジロ見やがる。縫製の丁寧さが根本から違うおかげか、あるいは気候もあっただろう、スーツも長持ちしてくれている。

 服を買おうにも、バイトで得られる僅かばかりの金額では飯と宿代に消えるだけ。

 だけど、それもいずれは終わる。

 

 スーツのまま店に入った。

 せめて癒しを得たいと願って、わかりやすいピンク色に引き寄せられた。風俗には詳しくないけど、パネマジとか異世界でもあるのかな……なんて思っているとパネルすらない。

 色合いの違う酒場みたいな感じだ。

 野郎どもがテーブル席で酒を飲みながら待っている。

 

 俺もそれに倣って、ぼんやりと酒を飲んで待った。

 どこにも女の子の容姿が分かるものがない。

 なんか男臭くないか? ここ。

 

 少し待たされて、通されてきたのは男の子だった。

 男の子が、なんかバニーみたいな格好していて……微笑んでいる。顔が少しいいからまだ耐えられたけど、なんだろうね。

 

「お待たせしました」

 

 ボーイか? と思ったら手を差し出された。

 かなり丁寧なボーイだ。

 掴むと、にこりと微笑んでこちらへと囁く。気持ち悪っと思ったけど俺もビジネスマンだ。そこは堪えて付いて行った。

 

 部屋に着くと相変わらず女の子はいなくて、その男の子と俺が2人きり。

 女の子はどこに──と聞こうとした瞬間、男の子が俺の肩を軽く押した。

 思考は停止したけど、これで連れてきてくれんのねって理解した。じゃあ座って待ってますよ。

 つまり、部屋にちゃんと入ってから女の子を選ぶらしい。

 

 ──というのは俺が一瞬で判断したことだけど、実際に起こったことは違った。男の子は俺の股の間で膝立ちになると、服を脱がせ始めたのだ。

 シャツのボタンが一つ一つ外れていく。

 

「お兄さんはどこから来たの? 僕、こんな服見たことないや」

 

 普通に話しかけられたことにびっくりして、さらに体が硬直する。何を脱がせてんだとか、女の子はどこだとか、色々言いたいことがあったのに。

 脱がされて、上は裸になった。

 

「あ、意外とムキムキだ〜」

 

 道路整備でツルハシやらを振っていたら、短期間でも筋肉はついた。しかし男の子はペタペタと肌に触れて、楽しげに、どこか媚びた声音で続ける。

 

「下はどうする? 自分で? …………あ、もしかしてキンチョーしてるんだ?」

 

 そこら辺を走り回っていそうな元気な笑みで、男の子はそんなことを言った。信じられない気持ちで口をポカンと開けていた俺はさぞかし間抜け面だったことだろう。

 やさしく撫でる手つきに()が反応した瞬間、ようやく正気に戻った。

 

「ぬおあああああああ!?」

 

「うわあああ!?」

 

 飛び上がった。

 身体から一点集中して発散されそうな欲を振り払わないと、マジでマジになっちまいそうだったんだ。

 ちょっとだけ可愛い顔してるのがまた憎らしかった。

 ガチでまずいですよ! 

 

「な、なに!?」

 

「…………ぬおあああああああ!」

 

「わあああああ!?」

 

「…………」

 

「……なに!?」

 

「ぬああああああ!」

 

「わあ!? もう!」

 

 叫びながら服を着直し、呆気に取られている男の子を置いて駆け出した。

 部屋から顔を覗かせている奴らもいるけど全て無視、入り口でこちらを覗いていた従業員へ抗議だ。

 

 男の子をあてがうな。

 女はどこだ。

 なんで最初に言わないんだ。

 せめてパネルくらいつけとけ。

 

 そうしたらなんて言われたと思う? 

 

「……お客様、何を言ってらっしゃるのですか?」

 

 もう訳がわからない。

 腰が抜けそうになって、なんとか壁に寄りかかった。

 俺のことを心配しているのか、手まで貸そうとしてきやがる。

 まるで俺が……俺だけがおかしいみたいな反応だ。

 女はどこです!? 

 

「はあ、生憎と女性の従業員は当店には……」

 

 従業員じゃなくて嬢だよ! 

 

「…………異端者か」

 

 途端に口をへの字に曲げて、俺が汚いものであるみたいな顔で睨み付けやがる。そうなればもう敵だ。

 なにを言われても関係ない。

 売り言葉に買い言葉で出禁となった。

 誰がホモ風俗になんか行くんだ。

 

「──おっさん!」

 

 だから、それは運命だったのだろう。

 店の外に出てぼやいていた俺の背後から話しかけてきた1人のガキ。

 そのガキは名をノートンと言った。

 俺のことをおっさんとか呼びつけやがったので無視しようかと思ったけど、必死な表情でついてこいとしつこく言う。

 

 ──俺はこの世界の真実を知った。

 

 異世界からやってきた勇者が放った言葉が人々の常識を歪め、5000年の年月を経て今の状態にしたんだとか。

 ノートンはそんなところで普通の感覚を持って生まれてしまったらしい。

 

 それを聞いて思うこと。

 可哀想な少年だ。

 俺の世界ならば普通に暮らせたのに、こんなしょうもない世界に生を受けてしまったせいで苦しんでいる。

 マイノリティはマイノリティらしく隅っこで大人しくしてりゃよかったのに、しゃしゃり出てくんなよなあ!? 

 

 それに情けない奴らだ。

 5000年間も1人のメスガキの言葉に縛られて──こいつら主体性ないんだなって。

 

 異世界の雑魚性癖人間どもを心底から見下したところで、ノートンの個人的な事情とやらの話も聞いた。

 なんでも、幼馴染の男の娘と最近仲良くなった女の子がいて、両方好きで両方と付き合ってるんだと(浮気的な意味じゃなく)。それで、2人とエッチなことしたいんだけど童貞だからどうすればいいか分からないし、普通のエッチを学ぶには周りがアレすぎて聞けない。

 そんなところに俺が風俗から出てきて発狂してるところを見つけたので、ここしかないと全てを賭けたんだ。

 泣いた。

 

 ノートンの成り立ち。

 初恋と失恋。

 アルクとの絆。

 リエルと出会えたことの奇跡。

 

 まだ俺も若いのに、ノートンの話を聞いているだけで嬉しかった。この少年が逆境にもめげず頑張っている事にとても励まされた。

 だから、助けたいと思った。

 

 彼が望む知識。

 何をどうすれば、ノートンが2人を満足させられるか。それを教えてやりたいと思った。

 だけど、まずは視覚的なものから必要だ。

 やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。

 俺が実際にやってお手本を見せるのはとてもハードルが高い。常識がアレだからな。

 だけど、動画ならある。

 スマホもまだ充電残量があった。

 

 動画を見せただけで大興奮で……そこからは修行だ。

 エア手マン。

 エア腰振り(各体位)。

 エアブラ外し。

 エア3P。

 人に見られたら2人揃って自殺しないといけないから、見られない場所なのは当然。

 ノートンは、一見して馬鹿に思える事すら真面目にやってくれる。

 それだけ2人を幸せにしたいんだと、俺も涙しながらレクチャーを重ねた。

 

 ギブするだけじゃない、俺だってノートンから色々なことを教わった。常識や文字の読み書きだけじゃない。冒険者と呼ばれるものたちがどうやって稼いでいるのかも。

 魔法だ。

 この世界には魔法が存在する。

 うっすら気付いてはいたけど、やっぱりそうだったんだ。

 

 ノートンはメキメキと育っていった。

 だけど、最後のひと押しが足りない。

 度胸だ。

 本当は自分で、何もわからない状態でその2人と一緒に成長するのが正しい性のあり方だ。

 だけど責められない。

 当たり前に得られるはずの幸せを、こいつは勇者のせいで剥奪されてきた。自信だってすり減るってもんだ。

 

 だからといって甘やかす気はない。

 どこかで巣立ちの時が必要だった。

 タイミングを見つけるために、あいつの家を訪ねてみた。

 老神父が対応してくれて、俺が別の場所から来たってことには気付いているようだった。誘拐されてきたって言っといた。

 

「そうですか……それは、お辛いでしょう」

 

 なんというか、孤児院って感じだ。

 物腰柔らかく俺の話を聞いてくれた。

 魔法を学びたいという話をしたら、東に行ったところに魔法都市エスタがあるって。

 魔法幼稚園に始まり、魔法小学校や魔法中学校、魔法高校、魔法大学まである。

 学校に部外者は入れないけど、魔法図書館なら冒険者として功績を上げれば閲覧が可能だそうだ。

 

「あれ? お客さん?」

 

「おおアルク、この方は遠い場所から気なさった方でな。服装もその地方のものらしい」

 

「へー……初めまして!」

 

 理解した。

 ノートンの幼馴染はこの子だ。

 この子がノートンの精神的支柱の一本。

 二度見したもん。

 男の娘という言葉がよくわかる。

 まだ香り成分が漂っていないはずの、姿が見えた瞬間から良い匂いを感じた。

 腰つき、俺の服装が不思議なのか顎に指を当てる仕草、歩き方の細かい感じのどれをとっても男とは思えない。

 しかし幼馴染が性別を間違えるなんて、そんな事があるわけないので俺の常識では測れない容姿なだけだろう。

 

「僕はアルクです!」

 

 元気な挨拶をする子だった。

 良い家に住んでいると伝えた。

 

「はい! …………院長、ノートンどこ?」

 

 場所を知るとアルクは機嫌よく歩いて行った。

 

「──エスタに行きたい、か」

 

 地球に帰りたいけど、じゃあどうやって帰るんだい! って話になったとき──魔法しかなくね? 

 

「そうじゃな……」

 

 モンスターが闊歩しているこの世界で、外をほっつき歩く為には武力が不可欠だ。

 冒険者がいるのもその証拠。

 この町で冒険者になる気はないけど、せめて剣だけは振れるようになっておかないと。

 ノートンにも少しだけ教えてもらった。

 ツルハシを振っていたおかげで筋力は足りている。

 俺も、いつもとはちょっとだけ違うことをしてるんだ。

 

 馬車に乗ってエスタに行く方法を教えてもらったところで孤児院を辞した。あの様子なら近いうち、勝手にハピハピ仲良しタイムするでしょう。

 

 

 ──────

 

 

 街を出たのは、ノートンと出会ってから少し経ってのことだ。俺がノートンとホモホモしてるみたいな噂が流れ始めていたからな。

 そうなると焦れて2人が実力行使に出ることは正着だ。

 あの2人は意外と押しが強いということが、3人でデートしているところを盗み見て分かった。

 

 ノートンと出会えたことは、俺にとって幸運だった。

 服を買い替えることもできたし、愛しいスーツちゃんは……一旦リュックにさよならだ。動き回る為にも、現地の服に慣れておかないと。

 馬車にはフードを被ったやつが乗合だった。

 どうやら貧乏で街を出ようとしているのは俺だけではないようだ。

 金があれば1人乗りの馬車を選ぶからな。

 

 そんな事よりも……この、無限に続く草原! 

 まさしく異世界だ! 

 

「ほほっ、ウマといえばオラ、オラといえばウマだっぺ〜」

 

 モンスターが出るかどうかは運次第。死にたくなきゃ勇者様に祈れ、だそうだ。

 クソ喰らえ。

 何があろうと勇者には祈らない。

 絶対にだ。

 

 馬車は直接エスタまでは行ってくれない。

 途中の村で乗り継ぐ必要がある。

 お金払ったのに……とかフードのやつはゴネていたけど、電車の路線違いだと思えばそんなもんだろう。

 俺はトラブルを作る気はない。

 何せ、助けてくれるやつはいないからな。

 

 ──村が燃えている。

 

 火災によって脆くなった木が崩れる音。

 血を流し、倒れた男が胴を掴まれ、苦しみながら引きずられていく。

 唸り声を響かせ、手に持つ棍棒を振り上げた。

 また一つ、家が吹き飛ぶ。

 

 馬車はあっという間に逃げ去った。

 

「きゃあああああ!」

 

 中に隠れていた子供たちは、恐怖で動けずにいた。

 目の前にいるのは、知性の低い低級トロール。

 身長は2〜3mほど。

 人間を巣に持ち帰り、生きたまま保存して食べる。

 女は犯されるなんて話もあるらしい。

 悍ましい存在だ。

 人とは決して相容れない。

 

「ひっ……ひっ……!」

 

 少女は足を掴まれた。

 恐怖で歯の根があっていない。

 

 自分の腰にぶら下げたものを見る。

 そこにあるのは鋭くて硬いもの。

 敵を殺すための武器だ。

 だけど、手が動かない。

 何故? 

 

 だって、戦ったことなんてないんだ。

 冒険者にはランクがあって、ルーキーやらアイアンやら……俺はその枠にすらいない。

 剣を握って一ヶ月にすら満たないド素人──それでアレを倒せって? 

 3mって……クソでけえよ。

 キモい顔してるし。

 口も臭そうだ。

 アレに食われるのは嫌だ。

 

 ──だから見捨てるのか? 

 

 心に浮かんだ波紋は、静かに体へ溶け込んでいく。

 俺はどうするべきか。

 どうしたいのか。

 正しいことは、逃げる事だ。

 自分の身は自分で守るのが当たり前。

 戦った事のない俺が、あの怪物の前に姿を現して何ができる。

 でも、見捨てたらあの子達は死ぬ。

 

 グチャグチャの内心が、動きを鈍らせた。

 引く事も進む事もできない。

 

 そうだ、あのフードのチビは? 

 少し探せば、いそいそと身支度を終えて村から離れるところだった。

 そして俺の方へ振り返る。

 瑠璃色の瞳が、深い海のように純粋な疑問を投げかけていた。

 

「──逃げないの?」

 

 それが、あまりにも頭にきた。

 私も逃げるからお前も逃げるんだろうって? 

 舐めやがって。

 人を舐め腐った世界だ。

 常識に囚われて、新しいものを生み出す勇気すらない馬鹿ども。

 

 剣を振った事がないからなんだ? 

 前を見ろ。

 お前の目の前にいるのは助けを求めている子供たちだ。

 それを見捨てて逃げる? 

 何を言っているんだ。

 剣の使い方は単純じゃないか。

 

 振り上げて、振り下ろす。

 それだけじゃないか。

 肉が硬いなら、目を突けばいい。

 頭を使え。

 何かをするんだ。

 その為の脳みそだ。

 

 

 ──────

 

 

『オ…………オオ…………ォ………………』

 

 呼吸が荒くて、苦しい。

 口の中が切れて血の味が広がっている。

 左腕も、あらぬ方向に曲がっていた。

 だというのに、アドレナリンがドバドバ出て痛みを感じない。

 

 トロールは3体もいやがった。

 最初の一体を倒したのだって、子供達を殺そうとする寸前で気を引いて、凄まじい風切り音を鳴らす棍棒にタマヒュンしながらだった。

 それが一体倒したと思ったら追加で二体。

 信じられねえ。

 それを倒せたんだぜ。

 

 笑いが止まらなかった。

 自分の意思とは関係なく、狂ったように口から漏れ出ていく。

 いつの間にか雨が降り注いでいた。

 泥まみれの血まみれになった身体を、天然のシャワーが洗い流していく。

 天からの祝福のようで、あまりにも心地よかった。

 射精してしまいそうだ。

 

 ──グラリと、視界が一人でに傾いた。限界だ。

 

 背中から地面に倒れ込む。

 洗い流したはずの泥がまたベッチャリと張り付いて不快なはずなのに、それすら受けいれることができた。

 腕だって折れている。

 トロールは動きが遅いけど、俺も戦闘経験なんてない。

 本当にギリギリで、なんであんなに動けたのか自分でも不思議なくらいだ。

 

 だけど、楽しかった。

 村人を助けるっていう大義名分があったからかもな。

 

「こっちだ!」

 

 バシャバシャと水溜まりを踏み抜く足音。

 俺は残っていた家に担ぎ込まれた。

 折れていた腕には添木を当て、布で巻く。

 治すのには自然治癒であれば数ヶ月かかるだろう。

 しかし! なんと! この世界には魔法があります! 

 回復魔法持ちがいればすぐに治ります! 

 

 治ります! 

 

 …………? 

 

「ごめんなさい、この村には回復魔法を使える人がいないんです」

 

 そりゃあ仕方ねえな。

 諦めて寝よう。

 荷物を奪われたくないから、本当はこの村で寝泊まりすることは避けたい。

 基本的に未開の地だと考えないといけなくて、荷物を置いてトイレに行こうものなら盗まれる。

 

 だけど、流石に限界だった。

 

「おはよう!」

 

 目を覚ました俺の視界に飛び込んだきたのは、笑顔の男の子。きっと、昨日助けた中にいたのだろう。

 朝飯を持ってきてくれたようだ──というか、朝飯の匂いで目覚めた。

 砕けたのは左腕だ。

 動くたびに激痛が走るけど、死ぬわけじゃない。

 飯を食わない方が死んでしまう。

 利き腕は残っているから普通に食べた。

 

 食べ終えると、村長が挨拶にやってきた。

 冒険者なのか? ということを聞かれたので否定する。

 俺は冒険者になる気はない。

 確かに肩書きはかっこいいけど、今から始めるのは遅い。

 それに魔法を勉強しないといけないんだ。野山を駆け回っている暇があるわけないっしょ。

 

「治るまでは村にいてくれて構わんよ」

 

 助けたから、ということだろう。

 だけどこの村にいるよりはエスタに着いたほうが安全に決まっている。

 馬を借りたいと声を掛けようとして気付いた。

 全部死んでいる。

 

「そういう事じゃよ」

 

 つまり、歩いていくしかないってわけだ。

 治らなきゃ無理だな。

 諦めて村の中をぶらぶらすると、あのフードのやつは村のはずれでポツンとしていた。

 馬車がいないから同じく立ちぼうけってことだな。

 

 どうだ、逃げる必要なんてなかったぞ。

 そう自慢したら露骨に不快そうな顔をした。

 

「あんなの、ノロマなトロールだからできただけ。次は無理」

 

 腕が治るのを本当に待っていたら数ヶ月かかる。

 薬草の取り方を教えてもらって、迷惑にならない程度に自分で採ってすり潰すっていう作業を繰り返した。

 歩き回ることで体力が落ちるのも防げる。

 右腕だけでも、剣を振った。

 

 そこらへん諸々が合わさってか、村の子供達に大人気になりました。

 

「はい、ニンジン!」

 

 おっ、ありがとう。

 

「食べて!」

 

 土が付いてますが。

 

「食べたら畑の手伝いして!」

 

 腕が折れてますが!? 

 

「あはは!」

 

 子供達は野菜をくれたり、物を担いだ俺の背中を押してくれたりする。一種の遊具とでも思っているのか、背中にしがみついて来たりすることも。

 若干の鬱陶しさはあるけど、腕には触らないようにしてくれるので放っている。

 

 夜は、藁小屋だ。

 寂しいことはない。

 空を見上げると知らない銀河が空にかかっている。紫色と緑色の強い、まるでオーロラのような銀河だ。

 流星も流れていく。

 

 ──空の雫。

 

 人々はあれをそう呼ぶ。

 巨大な女神様の流す涙なんだって。

 くだらない神話だとバカにすることはできなかった。

 なにせ、無邪気に笑って言うのだから。

 

「そんな空見て何が面白いんだよー」

 

「ねー」

 

 子供達は何故か藁小屋に集まってくる。

 親が心配するからやめろと言っているのに、無警戒だ。

 俺を聖人か何かだと間違えているのだろうか。

 夜は危ない狼が出るぞと叱ると、どんな狼か聞き返されてしまった。

 勿論、可愛い子供を美味しく食べちゃう狼だ。

 

「そ、それって僕も……?」

 

 おい、なんだその目は。

 なんだお前らその目は。

 やめろ、意味がわかってるなら深掘りしようとするな。

 そもそも俺が狼だなんて一言も言ってないだろうが! 

 もう寝る! 

 

「あ、狼さんが寝た」

 

 寝ろ! 

 

 

 ──────

 

 

 朝、起きると体中にひっつき虫が張り付いて離れない。

 左腕だけは避けているのが憎いやつらで、こうも好意を向けられてしまえば振り払うのは難しかった。

 しかーし! 

 

「どけーい!」

 

「わあ!?」

 

「ほら、太陽出てるぞ」

 

「ううん……もうちょっと寝たいよお……」

 

「お母さん達来てるぞ」

 

「!」

 

 誰もいないのに一斉に立ち上がった子供達に、早く家に帰るよう促す。ブーたれても知りません。

 俺の朝の時間を邪魔しないでください。

 男の時間です。

 

 人が住んでいるということがわかる程度には間がある木立を歩く。トロールが出たんだから散歩とか無理無理〜って最初は拒んでいたけど、そんなビビる必要はなかった。

 普段は本当にのどかな村だ。

 たまーに妖精が現れることもある。

 

 それでも、倒れた家を直すにはまだ時間が必要だ。

 怪我をした人も多い。

 トロールが暴れたんだから当然だ。

 当然だって、どんな視点で語ってんだよって感じだけど……目の前であの暴威を見てしまったし倒したので語る権利はある。

 

「──すぅ」

 

 村外れの木に身を預けるようにして、例のガキが寝ていた。荷物を大事そうに抱きしめているのは、俺と同じ発想だろうか。

 傾いて倒れそうになっていたので直そうと触れたら、目が合った。

 

「…………け、けだもの!」

 

「いや、ちがっ」

 

「寝ている僕を襲うつもりだったんだ! 小説みたいに!」

 

「ちがうちがう」

 

「騙されるもんか! あんなに子供達を集めて、狙ってるんだ!」

 

「仮にそうだとして、狙うのはお前じゃなくてあの子達だろうが! そもそも狙ってねえ!」

 

 その時、大きく腹をすかした音が鳴った。

 俺じゃない。

 朝だから空きっ腹ではあるけど、十分に昨日食べたからそんな音が鳴るほどには空いていない。

 

「飯、食ってないのか?」

 

「…………知らない」

 

「あの人たちもケチじゃねえんだから、言えばくれるだろ」

 

 まさか、意地を張って飯を食わない奴がいるとは思わなかった。いや、そういうタイミングはあるだろうけど今じゃないと思うんだ。

 ここで餓死されても誰が困るって村の人たちだ。

 

「離してよ!」

 

 村人達の前に放り投げると、みんな困惑している。

 乗合の馬車で一緒に乗っていた事を教えた。ついでに、トロールにビビって逃げ回っていたら迷ってしまったってことも付け足しといた。

 

「ビビってなんか──むぐ」

 

「そういう事だから、コイツも混ぜてやってくれませんかね」

 

 なんでエスタに向かっているのか知らないし興味ないけど、どうせ同じ馬車で行く事になるんだから仲を必要以上に悪く保つこともない。

 飯をもらうと、引き取りたての捨て犬くらい離れた場所で一人で食べ始めた。その後ろから首刈りキツネが現れたのを俺だけが気付いて、思いっきり土塊を投げつけた。

 

 余計に嫌われるよね。

 キツネのことを説明しても聞く耳持たずだ。

 俺がやってなきゃお前の首が飛んでたのに。

 

 おチビは、子供達と同年代くらいにも関わらず上手く馴染めないようだった。

 馴染む事を放棄している節もある。

 話しかけてもそっけないんだ。

 やはり厨二病か……

 上手くやれよ〜。

 

『あの……』

 

 ガチで苦情が出始めたぞ!? 

 なあ、お前もうちょっとだけ愛想よくしてくれよ。

 ニコニコしてろってんじゃなくて……会話のイロハくらいは守ってほしい。せめて、自分より小さい子には優しくするとかさ。

 

「余計なお世話だね」

 

 しかし、それで許されるほど甘くないんだなこれが。

 それでお前が変なことして、苦情入るの俺なんだからな? 緊急連絡先が自動的に俺に設定されちゃってるから。

 

「いい気味」

 

 口ではなんだのかんだの言いつつ、追い出されたら困るのは自分なんだから直してくれるだろ。

 なーんて考えてたのが不味かった。

 いつも通り薬草を取って帰ったら大人に囲まれている。

 何か言われて言い返して、肩を押されてよろめいた。しかも腕を引っ張られて尻餅をついてしまった。

 まずいですよ右京さん! 

 

 慌てて間に入った。

 

 話を聞くと、子供がちょっかいをかけて来た事をきっかけに喧嘩になって怪我をさせちゃったらしい。しかも出血を伴うような怪我。

 

「村に協力する気がない奴をいつまでも置いとくわけにはいかないね」

 

「しかも子供に怪我までさせて……悪いけど、子供だからって許せる時間は終わったよ」

 

「出て行ってもらおう」

 

「ああ」

 

 え? マジ? 

 ……マジ? 本当に? 

 お前も本当に出て行くの? 

 え、ちょっ……えっえっ、一人で村の外に出たら……

 あー……

 

「付いてこないでよ」

 

「俺もついて来たくなかったけどさあ」

 

「じゃあ来なきゃいいじゃん!」

 

 完全に不貞腐れて泣きそうな癖に、それを堪えてズンズンと歩いていた。

 もう村は見えない。

 後ろを振り返っても木立だけだ。

 一応挨拶はしたけど、全員に言えたわけじゃない。

 なんか後味悪いなあ……でも、閉鎖的な村で俺が受け入れてもらえた事の方が奇跡か。

 子供達とも長々とお別れで泣き止むのを待つよりはいいのかもしれない。大人達が理由を勝手に作ってくれるだろう。

 …………もしかしたら、俺を追い出したかったという理由もあるのかも? それならそれで仕方ないか。

 

「飯はどうすんの?」

 

「うるさいな! 話しかけないでよ!」

 

 遂にキレたのか走り出した。

 わざわざ追いかけるほど元気はない。

 左腕も完治していないから、激しく動くと響くんだ。

 なんで飛び出して来ちゃったんだろうなあ……

 

 勢い任せで良くなかったと反省はしつつ、無理に歩幅を合わせる必要もないかと前向きに考えていく事にした。

 馬車は取れなかったし、ここからは一人旅だ。

 元々そうだったしな。

 

 これが道すらなかったら太陽の位置を頼りに進まないといけないから、本当に良かった。

 馬で2週間とか言われたから、歩いたらもっとかかるんだろうなあ。

 いやだなあ。

 一ヶ月くらいかなあ。

 

「──ん?」

 

 走り出してから1時間後くらいだろうか。

 トボトボ歩いている背中に追いついた。

 右足を引きずっている。

 挫いたらしい。

 どう考えても、この凸凹の道が原因だ。

 しかし旅をする癖にそんなことも分からないのか。

 俺は最新の注意を払っているというのに……ガキだもんな! 

 

 杖をいつも布に巻いて持っているから、本職は透けている。モンスターが迫って来てもどうにかできる自信があるということだろう。

 トロールも、きっとやろうと思えばやれたんだろう。

 

「お先〜」

 

「あっ……」

 

 風が心地いい。

 気候が安定しているのか、はたまたそういう季節なだけか。

 日差しと風速のバランスがとてもちょうどよかった。

 草原の道を歩く、ただそれだけで清々しい気分があふれてくる。

 最初の街(ミルティア)は中途半端に人がいるから、新鮮な気分はなかった。出来ることだけが減って、窮屈な気持ちが強かったな。

 

 進んで、進んで、お天道様が傾いていくのに合わせてペースを落とす。気付いたらかなりスタミナを使っていた。

 だけど、茜色の空になる前にやらなきゃいけないことがある。

 草原から少し離れたところに茂っている森。

 道から外れる事にはなるけど仕方ない、なんの痕跡もない木を選んで、その周りで休む事にした。

 

 …………合ってるよね? 

 ノートンも野営術までは教えてくれなかった。

 ミルティアの近くで暮らしてるから、そんな必要がないって事だろう。

 

「ふぅ……」

 

 怖い怖い怖い怖い。

 馬車旅ではなんだかんだで3人──俺とチビと御者、ついでに馬での野営だったから余裕みたいな顔してたけど一人になるとめちゃくちゃ怖い。

 なんだこれ。

 

 火をつける道具は買ったけど、焚き火をしたら逆にモンスターとか盗賊が寄ってくるかもしれない。

 それに魚釣りとかする場所ないし、鳥だって取れない。獣は姿を現さない。野草と果実だけ見つけることができた。まだ虫を食う勇気は無い。

 あのチビはどうしてるのかな。

 やっぱ魔法とかでスイスイって獣狩りとか出来るのかな。

 いいなあ、俺も早く魔法勉強したいなあ。

 

『──』

 

 突然、夜に傅く闇の中から何かが聞こえた気がした。

 耳に入った瞬間からシットリと背中に汗が浮かぶような、嫌な予感が脳から警鐘を鳴らしている。

 左腕は使えない。

 だから、仮にこれがモンスターならとてもまずい。

 今の俺が何と戦えるのか。

 

『────!』

 

 気が付いたら、音の出所近くまで駆けてきていた。

 近付くほどに音は大きくなって、音の波と波が合わさるように嫌な予感が増幅されていく。

 聞こえるのは一人の声ではない。

 複数人が怒鳴っている。

 やがてはっきりとした場所がわかった。

 ほのかに赤く照らされている場所がある。

 

「暴れんなっつってんだろ!」

 

「やだ! やだ!」

 

 それは、見るだけで背筋が凍りつく光景。

 剥がされたフード。

 4人の汚い身形をした男女二人ずつが、ガキを取り囲んで何をしようとしているかというのは明白だった。

 

「っ!」

 

 警察なんかいない。

 それに、あいつらも武装している。

 今はメチャクチャにガキが暴れているから最後まで手を出すことはできていないようだけど、それも直ぐに終わるだろう。既に足下に組み敷かれているのだから。

 

「助けて!」

 

「……へへ、誰も来ねえよ」

 

 喜悦に満ちた口調は、その端々からガキがたどる醜悪な未来が透けているようだった。

 胸糞の悪さに顔を顰めて──組み敷いている男が拳を振り上げるのが見えた。

 

「!」

 

 

 ──────

 

 

 嫌いだ。

 大人も、子供も、人間なんて嫌いだ。

 人の気持ちなんて考えないで好き勝手に言うだけだから。

 だから故郷から出た。

 魔法さえあれば今の僕を変えられるはずだから。

 そうすれば、何か別の事が……良いことが起こると思っていた。

 

「うぐっ……!」

 

 強かに打ち付けられた大きな拳は硬くて、僕の手とはまるで違った。頬が熱くなって、前が見えなくなる。

 痛みで何もできなくなった。

 

「へへ……!」

 

「あ……や……」

 

 服を引っ張られた。

 耐えられなかった布がちぎれて、冷たい空気に肌が晒されていく。

 

「見ろよ、真っ白な肌してやがるぜ!」

 

 胸を触られたのが気持ち悪くて、声が漏れる。

 

「うあ……」

 

 バカな事を考えたのがダメだったのかな。

 故郷に残れば良かったのかな。

 あの人たちの中で生き続ければ良かったのかな。

 そうすれば、こんな奴らに辱められないままで──

 

『こっちだ! みんな!』

 

「……なんだ!?」

 

『うおおおおおお!』

 

 激しい足音。

 どこかの誰か達が、勢いよくやってきた。

 

「…………くそっ! 逃げるぞ!」

 

「そいつは!」

 

「担いでいけるか! バカ!」

 

「ちっ……」

 

 アイツらは逃げて行ったけど、動けない。

 

 助かった、とは思えなかった。

 また別の荒くれ者がやってきたんだ。

 さっきよりも多くの奴らに……ああ、本当に僕はなんて無意味な事を──

 

「大丈夫か?」

 

「──!」

 

 聞いたことのある声に飛び起きるとアイツがいた。

 トロールに剣一本で立ち向かって、左腕を砕かれた奴。

 見知らぬ奴らのために危ない事をするなんて、本当にバカな大人だと思った。

 

「はは、やっぱ危ないだろ?」

 

「あ……うあ……」

 

「とにかく離れるぞ」

 

「!」

 

 こいつ自身が来ていた服を羽織らされて、呆気に取られている間に荷物が纏っていく。

 アイツらに転がされてバラバラになっていたけど、目的そのものじゃなかったからか無くなったものは少なかった。

 

 その中で杖だけがなくなっていた。

 

「ほら、行くぞ」

 

 そんな事どうでも良いとばかりに手を引かれて後をついて行った。

 たどり着いたのはコイツの荷物が置いてある場所だ。

 だけど一人分の荷物しかない。

 誰か仲間がいるんだとさっきので思っていたのに──辺りを見回す僕の疑問を見抜いたのか、座り込んで口を開いた。

 

「フリだよフリ、仲間なんかいるわけねえ。そもそも一緒に馬車乗ってただろうが……まさか、もう忘れられてたか」

 

 そんなわけない。

 あんなことをしたやつを……僕に土を投げつけてきた奴のことを忘れられるわけがない。

 だけど、それを口に出すのは癪だった。

 

「まあ何でも良いさ。とにかくここを離れないとな……でも、その前に──」

 

「ひっ」

 

「何もしねえよ。ただ……頬っぺた、痛いだろ? ──っ」

 

 言われた通り、さっき殴られたところはズキズキと厄介な痛みを発している。だけど自分なんか腕だってまだ折れたままのくせに、痛みに顔を歪めているくせに、何でそこまで人のことを気にかけるんだ。

 

「自分でできるか?」

 

「あ、当たり前……だろ……」

 

「そうか……じゃあやっててくれ。俺は片付けをしねえとな」

 

 せっかく広げていた荷物を仕舞い込み始める。

 理由がわからなくて見ていたら、ため息をついてまた戻ってきた。

 

「やっぱり出来ねえのか?」

 

「……な、何で片付けるの?」

 

「何でって……ここにいたらまたアイツらが来るからだろ」

 

「え? で、でもさっき追い払って──」

 

「嘘だってバレたら?」

 

「──」

 

 身体に震えが走る。

 また捕まって、今度こそさっきの続きをされるかもしれない。

 そう思ったら怖くなってしまった。

 しゃがみ込んで身体を抱きしめる。

 怖い。

 殴られた。

 あんな感覚は二度と味わいたくなかった。

 

「ふぅ……替えの服はないのか?」

 

「…………」

 

「もういいや。ほら、手当てするから顔見せろ」

 

 僕は、地べたに座り込んだまま顔に薬草をすりつぶした液を刷り込まれた。

 そのまま四角形の布を僕のほっぺたに当てようとして何度か試行錯誤を繰り返すけど、上手くいかないようで首を捻る。

 

「うーん……上手くいかねえや。キズパワーパッドでもありゃあよかったんだけど……仕方ねえ、そのままでいいよな?」

 

 頬には濡れた感触が残っている。

 いいのか悪いのかすらわからない。

 昔、お母さんに薬を塗ってもらった時はどうだったんだっけ。

 今みたいに塗ってもらって終わりだったっけ。

 

「ほら、すぐ出るんだから準備しとけ」

 

 暗闇の中、アイツは火も焚かないで過ごしていたらしい。

 ご飯とかどうしてたんだろう。

 

「火なんか付けたら、自分がここにいるって教えるようなもんだろ」

 

 準備が終わったのか、荷物を背負って進み出す。

 不思議な形のリュックだけど、すごいしっかりしてそうなのを使っている。どこで手に入れたんだろう。

 絶対に高いはずだ。

 

「──あっ」

 

 置いていかれないように進もうとして、昼間に挫いた足首が痛くて転びかけた。

 顔から木の根っこに飛び込んで──やってきたのは軽い感触だった。

 

「そういえば足挫いてたんだったな」

 

 アイツを押し倒すような形で突っ込んでいた。

 

「ほら、早く退()け」

 

「わ、分かってる……痛っ」

 

「……仕方ねえなあ」

 

 僕はまた、薬草を塗ってもらった。

 少しだけ痛みが引いたような気がする。

 

「ゆっくりでも、少しずつ進むぞ」

 

「もし追い付かれたら……」

 

「そうなったらおれが前を張る。お前も魔法の一つくらいは使えるんだろ?」

 

「…………」

 

「まさか──できないのか?」

 

「杖がないから……」

 

「オーマイガー」

 

 額に手を当てて、アイツは呻いた。

 ソレを期待されていたのに、僕には何もできない。

 ファイアボールは使えるようになっていたのに。

 

「じゃあアレだ。お前もナイフくらいは持ってるんだからそれで戦え」

 

「え……」

 

「当然だろ。守りたいもんは自分で守るんだよ。それで……エスタに行くんだ」

 

「──」

 

 その意志の強さ、そして瞳の力の強さが銀河の如く揺らめいているのに圧倒された。

 この人にも、やらないといけないことがあるんだって分かった。

 

「ほら、行くぞ」

 

「あ……」

 

 翻して歩く速度は、昼間、僕を置いて行った時よりもずっとゆっくりだった。

 時折横目で僕のことを確認しているのが分かって、それが何だかむず痒かった。

 慣れない体験だった。

 

 だけど、昼間も歩いていたせいか段々と眠気が強くなってきた。歩く速度が遅くなっているのが自分でも分かる。

 だけど、止まるわけにはいかない。

 夜でも進まなきゃ、アイツらに──

 

「──はっ!?」

 

「…………」

 

 目を覚ました時、景色は動いていた。

 いつの間にか揺れる背中の上だった。

 眠りに落ちた記憶はない。

 でも、そういう事なんだと思う。

 紐で輪っかを作って、それを腕の下に回されていた。

 左腕が使えないこの人が、僕を落とさないようにしてくれていたって事だ。

 

 起きたことには気づいているだろうに何も言わない。

 慌てて背中の上から降りようとしたら、止まってゆっくり降ろされた。

 重そうな目を向けてきて、何も言わずに前を向く。

 

「あの……」

 

「行くぞ」

 

 流石に疲れが溜まっているのか、ややふらついている足取り。

 だけど、追い付かれたらと思うと……止まろうだなんて言えなかった。

 

「──すぅ」

 

 僕たちは小さな岩穴を見つけて、そこに身を隠した。

 眠ろうとしたらあの人が周りから草木をかき集めて入口に詰め始めたから、僕もそれを真似た。

 そこまでして、あの人はやっと眠りに落ちた。

 背中の上で寝ていた僕は少しだけ眠るのに時間がかかったけど、あの人は直ぐ──本当に直ぐに眠りに落ちた。

 地面に身体を横たえた瞬間だった。

 少し硬いし冷たいな、なんて僕が思って体勢を変えた瞬間には寝息が聞こえてきたんだ。

 

「…………」

 

 寝顔は思ったよりもあどけなかった。

 だけど、苦しそうにうめく時もある。

 それは左腕が地面の方に向いた時だ。

 そっち側を向かないように、荷物を差し込んでやった。

 

 太陽が岩穴に差し込んで、少し眩しいことで目が覚めた。穴の入り口の草は無くなっていて、外に身体を出すとすでに火が焚かれている。

 あの人は火のそばに座り込んで、そこらへんで捕まえたらしきウサギ二羽の解体に苦戦しているところだった。

 腕が折れているくせに何でも自分でやろうとする。

 それがなぜか無性に腹が立って、横から奪い取った。

 

「何だよ」

 

「僕がやる」

 

「…………」

 

 眉毛を片方だけあげると、またどっかに行った。

 今度は木の実をリュックに詰めてきて、それをお湯に入れている。

 いい香りがしてきた。

 

「スープ──と言いたいところだけど、これじゃあただの煮出しジュースだな」

 

 飲むと甘くて、身体に力が湧いてくる。

 美味しかった。

 ちびちびと飲みながら、ウサギの皮を切り落として内臓も全部取った。

 そして、火にかける。

 

「慣れたもんだな」

 

「ふん……」

 

 感心したように見ている。

 これくらいは僕でも出来るんだ、馬鹿にしないでもらいたい。

 

「俺はできねえ」

 

「じゃあ何でやろうとしてたの?」

 

 肉が無駄になるだけかもしれないのに。

 

「そりゃあお前、やらなきゃ上手くならねえだろ?」

 

「…………うん」

 

 うさぎはとても肥えていた。

 焼くと脂が火に落ちて一瞬だけ火が大きくなる。

 そろそろって頃合いで取り出して、一羽ずつ食べようとした。

 そこで気付いた。

 火を付けたのも、ウサギをとってきたのも、全部この人だ。

 確かに僕は捌いたけど、この人ならそのうち一人で出来たんだと思う。

 食べていいのかな。

 

「早く食え。食い終わったら出なきゃいけないんだからな」

 

「あ……その…………」

 

「どうでもいい事を考える暇があるなら食べろって言ってんだよ」

 

 正直、限界だった。

 だって凄くいい香りだから。

 一口齧ると、いっぱいに広がるお肉の味。

 旅では普通味わえないような極上の脂に溺れそうになりながら、食べ尽くした。

 

 

 ──────

 

 

「はぁ! はぁ! はぁ! っ……待っててよ!」

 

 一ヶ月の旅の末、急いで駆け込んだ門。

 エスタに入ることができたのは僕一人だ。

 あの人は囮になって盗賊から僕を逃がしてくれたから。

 だから、早くしないとって衛兵を探した。

 

『──急げ!』

 

 全部話すよりも先に理解してくれたのか、僕が息を整えている間に衛兵達は門から駆け出して行った。

 空を滑るように行く人。

 強化された脚力で土煙を上げながら行く人。

 それがとてもゆっくりに見えた。

 1秒でも早く、あの人の無事な姿が見たかった。

 

「ああ……うう……」

 

 残っている衛兵には休みなさいって言われたけど、あの人を残して自分だけ休むなんて考えられなかった。

 あの人の荷物を抱きしめて、ひたすらに待った。

 あと少しで街に入れるって時にアイツらはやってきた。

 僕を襲ったあの盗賊達は……執念深く追いかけてきていたんだ。

 それで、戦えない僕の代わりにあの人が剣を構えて──今でも思い出せる、あの時の顔を。

 

『行け!』

 

『で、でも!』

 

『早くしろ!!』

 

『っ……!』

 

 僕も残るべきだったのかもしれない。

 どうしよう、あの人がアイツらになす術なくやられて、酷い目に遭わされてしまったら。

 殴られて、切られて、羽交締めにされて。

 最後には犯されて──

 

 情けなくて、怖くて、嫌で……僕はみっともなく道端にしゃがみ込むしかできなかった。

 

「うう……ううう……」

 

「──だから、俺じゃねえって! 盗賊はアイツら! ……ってえな! 肩痛えんだよ!」

 

「!」

 

 悍ましい妄想で泣いていたところに、少し離れた場所から聞こえた声。間違えるわけがない。

 顔を上げたら、あの人が後ろ手に拘束されていた。

 しかも肩から血が出ている。

 

「なんで!?」

 

 聞くと、衛兵達が到着した時にはあの盗賊達は全員死んでいたらしい。死んでいたというか、殺されていたという……血みどろのあの人が一人だけ立っていて逮捕したんだって。

 僕が探しているのはこの人だって喚きながら一生懸命に説明して、解放してもらった。

 抱き付くと血生臭い匂いが鼻一杯に広がるけど、それでもよかった。

 

「よかった……よかったよお……」

 

 どうしても涙が止められなくて、あの人の服に顔を擦り付けた。今、とんでもなく不細工な顔の自覚があったから見られたくなかった。

 

「しょうがないな……」

 

 呆れたように笑いながら、まだ完全には良くなってないはずの左手でぎこちなく頭を撫でてくれた。そっちの肩から血が出ているのに。

 それで安心して、また涙が止まらない。

 顔を埋めたまま会話を聞いていた。

 

「先ほどは申し訳なかった。まさか本当に盗賊じゃないとは……冒険者でもないんだろう?」

 

「ああ、登録とかもないはずだぜ」

 

「ふむ……」

 

「…………なにか?」

 

「貴殿、衛兵になるつもりはないか?」

 

「はえ?」

 

「切断面を見た。実際に戦うところを見たわけではないが……アレが本当ならば、衛兵としても問題なくやっていけるはずだ」

 

「ええ……全然嬉しくない……」

 

「なんと」

 

「俺、別に人を殺したいとか思ってないよ?」

 

「戦うだけが衛兵ではない。そこに立ち、見回る事で治安を維持する事が肝要なのだ。そもそも、戦うのは最後の手だよ」

 

「あー…………いや、やっぱりやめとくよ」

 

「残念だ……ちなみに、理由を聞いてもいいか?」

 

「確かに治安も大事だけどよ……魔法を習いにきたんだ。それに、剣は向いてないっていうか──」

 

「──はっはっは! そうか! 剣は向いてないか!」

 

「ああ、だから悪いな姉ちゃん」

 

「気が向いたら言ってくれ。我々はいつでも貴殿のことを迎え入れる準備をしておこう」

 

「気がはえーよ」

 

「はっはっは! では、その傷だけ治しておこう」

 

「わりいな」

 

「…………冒険者でもないのにどうやって学びを?」

 

「え? なんて?」

 

「ああ、いいや! では、さらばだ!」

 

「? …………おう!」

 

 衛兵になるなんて言い出さなくてホッとした。

 だけど、あの女がいなくなったあとに見上げると、顔色が悪くなっていく。

 手も震えていた。

 いつもとは違って、僕が手を引っ張る。

 川のそばに連れていくと、途端に水面に向けて吐き出した。

 

「うげええ!」

 

「…………」

 

 目尻に涙をいっぱいに溜めて、震える手を握りしめて、地面を殴りつけながら。

 

「人を……人を、殺したんだ……!」

 

 道行く人たちが不審な目で見ている。

 僕は、気が紛れるように背中を摩るだけしかできなかった。

 

「ぐ、ぐぞっ……おええ!」

 

 盗賊を殺しただけで気を病むような人だって、笑うことなんかできない。優しいから関係ない村人を助けて、優しいから関係ない僕を助けた。

 だから──殺されるような事をした盗賊達が全て悪いのに、こうなってしまうのも当たり前だった。

 

「おええ!」

 

 吐くだけ吐いて憔悴したあの人を引きずって宿に向かった。一緒の宿を取るのは緊張したけど、あの人だから嫌じゃなかった。

 

 

 ──────

 

 

 とんでもなく情けないところを見せてしまった。

 戦っている最中と直後は気が昂って何にも感じなかったのに、コイツと再開した瞬間から気が抜け始めたんだと思う。

 

「……んんー…………」

 

 まさか、同じ部屋を選ぶとは思わなかった。

 俺が露骨に体調悪くなっていたから、いつでも見れるようにって気を遣ってくれたのかもしれない。

 そんな事しなくていいのに。

 部屋とって、そこに放り込んでくれりゃ十分だった。

 

 だけど気遣いが嬉しかった。

 ちなみに血染めの服は既に捨てられた。

 あんな状態で宿に入れるわけがないからな。

 

 エスタに着いた。

 そのことを実感したかったのに、とんだ災難だ。

 いまだに震える手を天井に掲げて、あの時のことを思い出す。

 

 寝転がったまま天井に向けてまっすぐ、無手の素振りをした。

 

 逃げられたのか、なんて思う余裕すらなかった。

 降り掛かってくる凶刃は単なる剣だけじゃない。

 放たれた矢が左肩に刺さって、勢いで左腕まで振られる。痛みで動けなくなるよりも先に怒りが湧いてきて、1番近くにいた一人を蹴飛ばして射手に接近する。引き攣った顔で後ろに退こうとするところ、左手を切り落とした。

 戦闘不能は一人目。

 

 左手はまだ動かせないから右手しか使えない。

 相手は四人で戦闘経験も絶対的な不利。

 極限の緊張の中で、盗賊の動きが引き延ばされていたんだ。

 

 左右から同時に突き出されたナイフをしゃがむことで避ける。右手に構えた剣をそのまま突き上げて女の股間から腹までを串刺しにした。

 引き抜いて、二人目。

 まともに動ける残りの二人を見ると、怯えてどっか逃げるかと思えば、よりイキリやがって──俺のことを犯すなんて言っていた。

 反吐が出るぜ。

 性病だらけなんだろうな、この世界の男は。

 

 剣身から稲妻が迸り始めた時は流石にビビった。

 雷の速さは光速の数%の領域に達していると聞いたことがあった。

 仮に直撃すれば、痺れて力が入らなくなるかもしれない。

 或いは気絶するか、即死か。

 

 だけど、やるしかなかった。

 覚悟を決めて前に進んだ。

 構えた杖はアイツから奪ったもの、雷を放つ予備動作が見えた。

 それが放たれれば最後、遅速した世界の中ですら捉えられぬ速度で俺の体を焼き尽くすだろう。

 だから俺は、もう一人めがけて()()()()()

 

 放たれた雷は剣に吸い付いた。

 驚きの表情を浮かべる途中の盗賊にまっすぐ飛んでいく剣は確かに雷を帯びていて、喰らえば俺が無事では済まなかったことを証明していた。

 

 かくして剣は喉に突き刺さり、その手に握られていた剣を奪って魔法使いの女に接近した。

 元は美人さんだったんだろうに、荒んだ容姿だ。

 怯えた瞳──後悔は遅い。

 もう一度突き出そうとした左掌を串刺しにして地面に縫い止め、腰にあったナイフを引き抜く。

 

『待っ──』

 

 話すよりも先、額へと力任せにナイフを押し込んだ。

 そのまま柄を重力と体重に任せて踏み付け、頭蓋を踏み砕いて地面と縫い付けにした。

 最初に戦闘不能にさせた二人にはまだ息があった。

 泣き喚きながら救いを懇願してくる。

 

 私たちが悪かった。

 助けてください。

 

 それがどこか遠くの声に感じながら、首を切り落とした。アッサリと、肩の怪我だけで済んだ。

 そこからは、やってきた衛兵に捕まって今に至る。

 

 ──ああ、やってしまった。

 

 こんな世界だからいつかは見るかもしれないなんて思っていた、人の命が散るところ。

 それを自分の手で引き起こしてしまった。

 嫌悪感がえぐい。

 

 剣が体を通り抜ける時、感じたんだ。

 皮を割る時、少しだけ抵抗が強まって、肉まで入ると柔らかい。

 骨はやっぱり1番強くて、だけど真っ直ぐに引けば想像よりは簡単にスパッといく。

 知りたくなかった。

 

 それでも、コイツ──ルカを守れて良かった。

 一ヶ月の旅の中で、俺たちはだいぶん打ち解けたと思う。

 名前も教えてもらった。やりたいことはいまだに聞けていないけど、それは良い。

 無事にここまで連れてこられたから後腐れはなかった。

 気持ちよく別れて、あとは各々の目的のために邁進するだけだ。

 

 くぅ〜疲れました! 笑

 これにて俺たちは解散です! 

 

「──ヤダ」

 

 朝、寝ぼけ眼のルカにお別れだって話をしてみたら拒絶された。

 ヤダって言われてもやる事がある以上はそっち優先じゃん? そう言うと機嫌が悪くなった。

 

「むぐむぐむぐむぐ!」

 

 ルカは朝飯を食べる間もプリプリと怒っている。

 

「おいお前さんよお、あの子、怒ってるぞ? 何したんだ? まさか痛いことしたのか?」

 

 すごい下世話で失礼な宿の店主を無視した。

 いきなり解散の話をした、みたいに思われるかもしれないけど実は違う。

 旅の途中は協力しようという話を最初に盗賊から逃げた次の日に俺から持ちかけた。その時、ちゃんと言ってあるんだ。

 エスタに着いたら解散だって。

 アイツも解散の話の時、めっちゃ首を縦に振ってたぞ。

 

 一ヶ月もあればそこそこ仲良くなっていくんだけど──というか仲良くなっていったんだけど、あんまり仲良くしすぎても良くないなって分かっていた。

 だから距離が近くなるたびに、エスタに行ったらお別れなんだぞって口を酸っぱくして言ったんだ。

 

 こうならないために。

 袖を掴んで離さないままのルカを必死に説得した。

 魔法を学びに来たんだから! な!? 

 

「……一緒に入ってほしい」

 

 俺に中学校に入れとか言い出した。

 流石に厳しい。

 

 是非ともここに来た理由を思い出してくれ。

 俺と馴れ合うためじゃない。

 良い出会いだったのは間違いないけど、それはあくまで支流だ。本流はもっと大事な事だろう? 

 俺も一緒にいたいけど、ちゃんとやることはやろうぜ。なっ? 

 

「……じゃあ、毎日ガッコー終わったら会いに来て」

 

 あまりにも予想外な要求が喉に蓋をして言葉を押し留めた。だけど、頷かないと許さないという不退転の意思──だけじゃなくて、不安げに揺れる瞳を前にして投げ出せるほど俺も人間性を捨てたわけじゃない。

 

 承諾はしたけど、同年代の子供たちと一緒にいればそのうち俺への興味も薄れるだろう。

 アイツとどんな関係だよ〜? なんて揶揄われて嫌になるに5万ペリカ賭けるぜ! 

 

 ルカが中学校に入っていくのを見届けて、図書館に向かった。なにせ、功績を上げて図書館で魔法を勉強するのが目的なんだから。

 …………ん? 

 今更だけど功績ってなんだ? 

 

「いらっしゃいませ! エスタ魔法書図書館へようこそ! こちらは初めてですね? 推薦状はお持ちですか? …………え? 功績を上げたら入れるって聞いたけど、功績が何かわからない? それはですね──」

 

 すごい事実が判明しました。

 功績っていうのは各分野での事で一義的じゃないんだけど、そう簡単なものでもないらしい。

 つまり、商売でも薬学でも剣でも何でもいいから功績を出せってこと。そうするとエスタ魔法大学から推薦状を貰えるんだとか。

 

「──おーい!」

 

 広場のベンチに腰を下ろしてため息をついてたら、軽い足音が。どこか聞き覚えのあるそれに顔を向けると、嬉しそうな顔をしたルカが。

 さっき中学校入ったばかりなのに何やってんの? 

 手続き終わって今日は帰宅? 

 

「あのね! 魔法使えないと入れないんだって!」

 

 はあ。

 

「僕、杖がないと魔法撃てないから!」

 

 そうじゃん。

 あの女魔法使いの杖、回収し忘れていたけど……もしかしたら衛兵のところにあるかもしれない。

 聞いてみよう。

 

「そ、そうじゃなくて!」

 

 何も違わないので衛兵のところに引き摺っていく。

 また変なことを言い出さないうちに理由を潰すぞ。

 衛兵の詰所に行って杖の話をしたら、すぐに出てきた。

 

『これほどしっかりした杖ですから、ただ保管しておくのもアレですし……探さないといけないかと思っていたところでした。助かりましたよ』

 

 すぐに取り戻すことができてよかった。

 だけど、ルカに渡すと大粒の涙を溜め始めた。

 びびっている間に溢れ出す。

 ル、ルカ……? 

 

「…………ぐすっ……ひっ……ぼっ、ぼくのごど、どうでもいいんだあ! うあああああ!」

 

 訳がわからなくて触れられずにいると、集まる視線にここがどこか思い出した。

 違いますよ! 俺が何かした訳じゃありませんよ! 

 いきなり泣き出しただけで、俺は手なんか出してません! 

 や、やめろ! せめて理由をルカから聞いてから捕まえるとかにしろ! くそっ! 離せ! 離せええええ! 

 

『──あの場に貴殿がいて理由を教えてくれる訳がないだろう』

 

 奥の部屋に連れ込まれたけど、意外と衛兵は冷静だった。本気で俺が何かしたと思っていたわけではないらしい。

 

『まず、我々にも事情を教えてくれないか?』

 

 確かに第三者の目線も必要になるか。

 そう思ってルカとの出会いから今までのことをざっと話したら、クズが……みたいな目で俺のことを見てきやがるんだ。

 さっきまでは俺の味方みたいな雰囲気漂わせてたくせに! この裏切り者! 

 

『味方とは一言も言ってないが……我々が口出しをしてもあまり良いことはなさそうだな』

 

 時間返せよ! 

 説明にかかった時間でルカの機嫌治す何かできただろ! 

 

『その考え方は根本的に間違っているかもしれないぞ』

 

 やたら物知り顔でそんなことを言い始めた。

 

『あの子の機嫌を治すことが目的じゃないだろう?』

 

 それが目的なんですが……

 

『あの子が何で泣いたのかを聞いて、そちらを先に解決しなければ意味がないんじゃないか?』

 

 確かにそうかもしれない……協力してくれ。

 そうじゃなきゃ監禁されたって騒ぐぞ。

 

 ……え? 杖を渡されたからいらないんだと思ったって──ど、どういうことですか? 分からないロジックすぎて、誰か解説してくれないだろうか。

 

 話を進めると、杖がなきゃ中学校には入れないからお金を集めるって事を理由にして俺と一緒にいたかったらしい。

 そこまで好かれてるとは思わなかった、とは言わないけど……本末転倒じゃないか? 

 

『貴殿、あそこまで好いてくれている子供を──女子とはいえ見捨てるのか?』

 

 女子かどうかは関係ないんだよなあ。

 そもそも恋愛対象は女だからそういう意味では全然……大事なのは、俺たちがそれぞれの目的を持ってこの街にやってきたことだ。

 一時の感情の揺らぎで目的をおざなりにして、後悔するのは自分なんだよ。

 

『それなら、私ではなくあの子に直接言ってあげるといい』

 

 それもそうか。

 おーいルカ、別にお前のことを邪魔だなんて思ってないぞ〜

 

「だったら何で、話聞いてくれないんだよ!」

 

 うわあああ! お怒りになってるううう! 

 話を聞いてないのはルカの方なのに! 

 俺だって一緒にいたいって言ってるのに! 

 

「す、少しくらい……ぐっ……ずびっ……」

 

 ああもう……ごめんって。

 ほら、鼻噛んで。

 

「ハンカチ……」

 

 いいから、こんなの洗えば良いんだ。

 

「ぶびぃっ!」

 

 よし……綺麗に戻ったな。

 すまん、少し真面目な話をしたいから二人だけにしてくれるか? 

 ありがとう。

 

 ルカ……それならこうしよう。

 俺が魔法を勉強するには、どうやら冒険者にならないとダメっぽいんだ。

 何でって……ちょっと色々あってな。

 

 とにかく、冒険者だから必然的に金を稼ぐ状態になる。

 …………そうだぞ? 命のやり取りだからもちろん危ない。前から言ってる通り、本当は戦いたくなんてないよ。

 でもさ、痛いのは嫌、頑張るのも嫌、戦うのも嫌、辛いことは全部嫌って──そりゃあ、誰だってそうだよ。だけど、その中でできることをみんな頑張ってるんだよ。

 だから、これくらいはやってやらなきゃな。

 

「うう〜……」

 

 聞けって。

 お金がまとまってきたらさ……その……家、借りるから。

 

「え…………あ!」

 

 一緒に住むか? 

 

「うん! うん!」

 

 それまでは──

 

「や、宿! 同じ部屋!」

 

 それはダメ。

 

「じゃあせめて同じ宿!」

 

 …………分かった。

 

 

 ──────

 

 

 剣を振ることは、想像していたよりもずっとシステマチックなんだ。理合という言葉を聞いたことがあったけど、それは多分コレなんだろうな。

 

『グルル……オオ──ーン!』

 

 響く遠吠え。

 黄色の波紋が空へ広がっていく。

 エスティックウルフ──魔法都市エスタから漏れる魔力によって、狼が魔法を行使するようになった固有種らしい。

 アイアン〜ブロンズ相当で、ミルティアにいたアッシュウルフと同じくらいの等級だ。

 ルーキー、アイアン、ブロンズ、シルバー、ゴールドの中で下から二番目。

 俺はアイアンだから、やや格上だな。

 それでも、結構早くランク上がってると思う。

 こいつも俺の資金になるしかない。

 

 ──剣を振って血脂を飛ばした。

 

 足に噛みつかれたけど、大出血は伴わずに済んだ。

 とはいえ歩くのに支障が出るので、薬液を染み込ませた包帯を巻いて森を出ることにした。

 一人だし、素早い相手ってことは分かってたからケガは前提として考えていた。

 

 宿に戻る頃は夕方。

 ちょうど中学校も終わっているだろうから、足を引き摺りながら敷地に近付いた。

 特に門とかはないですね、ええ。

 不審者なんて概念も薄いので。

 いたとしても後手だし、衛兵が強いからあんまり心配いらない。腐ってなくて本当によかった。

 俺も、一応は中学校の人から知ってもらっている。

 

 とはいえ気まずいんですけどね、ええ! 

 ルカを迎えにくる為とはいえ、子供たちの中に俺が混ざるって……本当に混ざってるわけじゃないとはいえ、知られてしまっているというのが逆に苦しい。

 だって人懐っこく話しかけてくるんだもん。

 

「ルカさんのお兄さん、こんにちは!」

 

 こんにちは。

 

「はわあ〜!」

 

 男の子は目をキラキラさせて話しかけてくる。

 一体どんな目で見られているの? 

 ルカも俺のことを学校の友達になんて話しているんだよ。

 怖くて聞けてないよ。

 

 ところで、ルカがどこにいるか知ってる? 

 

「女の子に呼び出されてたよ!」

 

 みんな、学校に通うような子だからか行儀がいい。

 教えてくれた子もサラサラの金髪が肩まで。

 もう少し男らしい髪型でもいいんじゃないかと思うけど、可愛い顔立ちだから似合っているといえば似合ってる。

 

 それで、ルカが話してるというところに向かっている最中、女の子が泣きながら走ってきた。

 大丈夫かな、とは思ったけど俺が口を出すことでもない。なんかあったんだろ。

 ルカは建物裏にいた。

 ちょっとだけ沈んでいるように見えたので、びっくりさせないように手前からやや大きめの声で話しかけた。

 

「!」

 

 一旦背を向けて、顔を拭っている。

 もしかして不良に絡まれたのかと思って顔を見ようとしたけど、顔をあっちへこっちへで見せてくれない。

 手持ち無沙汰なので、目立つ銀髪に手を乗せて感触を味わう。

 

「ん! 帰ろ!」

 

 そうだな。

 

「あ……」

 

 一滴だけ顔に残っていたので、それだけ拭いてから手を繋いだ。

 帰りながら、今日はどんなところに行って、どんなモンスターを倒したのか話す。

 

「うん、うん、ヘェ〜」

 

 日課みたいな感じだ。

 俺が話して、ルカが話して。

 だけど、今日のルカはいつもより口数が少なかった。

 宿に戻っても話したがらない。

 

 ちなみに、まだお金が貯まりきってないから宿で2部屋取ってるんだよな。『シーナの庭』っていう可愛らしい名前の宿だ。シーナと、その娘のアイラっていう二人で経営してる。旦那さんは? とは怖くて聞けなかった。

 この世界、どうやって子供増やしてるの? 

 

 さて、ルカのことはどうやって聞き出そうか。

 そもそも聞き出すべきなのか。

 女の子が女の子に呼び出されてたってことは、この世界の価値観的にどういう用事だったのかなんとなく分かる。

 それで泣いていた理由は……分からない。

 

 ベッドに座っていたら、ルカは俺を見上げて口を開く。

 

「僕……同級生に告白された」

 

 そうなんだ。

 まあ学校だしな。

 

「それで、フッたんだ。これまで何回かしか会話したことないし……」

 

 良くある話だ。

 

「その……僕、変なのかなって」

 

 なにがだろう。

 

「僕…………ほ、他に好きな人が! …………いて、さ……」

 

 とても大事な話だ。

 膝の上で握り固めた拳から音が鳴りそうなほどに、ルカは思い悩んでいた。

 

「女の子なのに……男の人を好きになっちゃうのって……変、だよね……」

 

 何も変じゃない。

 

「えっ!?」

 

 本当に何も変だと思わない。

 普通だし。

 というか普通であってくれ。

 いい加減みんな気づけよ! 

 勇者の呪いに掛けられてるだけだって! 

 おかしいだろ! 

 生殖的な話で! 

 

 そもそも俺、女の子が好きだもんな。

 

「そ、そうなの!?」

 

 そうじゃなきゃルカと一緒にいないんだよなあ。

 

「えっ……えっ……じゃ、じゃあ、えっ……」

 

 顔を赤くして、口元を押さえている。

 何かに気付いたような口ぶりだ。

 何だろう。

 

「でも……」

 

 何故か暗い顔に戻った。

 よく分からないけど、何でも言えよ。出来ることなら何でも協力してやるから、な? 

 

「…………うん」

 

 もう、短期で帰ることは諦めた。

 冒険者としてさっさと大成して、図書館で次元間移動的な魔法を手に入れるしかないんだ。

 それまでは協力して生きていくしかない。

 

「…………あっ!?」

 

 いきなり大声を出した。

 忘れ物か? 

 

「怪我してるじゃん!」

 

 何故このタイミングでそれに気づくのか。

 もう痛みも引いてるし、包帯を外したら傷は大分塞がっていた。

 衛生面を保つために一度風呂で洗って、もう一度包帯を巻き直さないと。

 

「ほら! 足出して!」

 

 お怒りのルカさんに足を差し出す。

 一日中歩き回っていたから臭いと思うんだけど、そんな事気にせずに見てくれた。

 

「お風呂! 入って!」

 

 

 ──────

 

 

『きゃあ!』

 

 晩、寝る準備をしていたら小さく悲鳴が聞こえた。

 意識が一気に覚醒する。

 手に持っていたもの全部投げ捨てて、隣の部屋の扉を勢いよく開けた。

 

「ルカ!」

 

「ひゃっ! い、いまは──」

 

「──え?」

 

 入った瞬間、肌着しか着ていなかったから咄嗟に目を逸らそうとして……あるものに視線を吸い寄せられた。

 それは下。

 女の子であるルカの鼠蹊部周りは、スーッと直線に降りていく筈だ。それなのに、明らかにそこには膨らみがあった。とても小さいけど、そのシルエットには見覚えがあって──

 

「わ、わああああ!」

 

 部屋の外に押し出されたけど放心状態で、中で着替える音がするのを聞いていた。

 しばらくして衣擦れの音がなくなった後、次に聞こえてきたのは鼻を啜る音だった。

 それで居ても立っても居られなくなって、今度こそ扉をノックした。

 

「ルカ…………ごめん」

 

 ルカには確かに胸がある。

 なのにあの膨らみは──頭が渦潮に巻き込まれたみたいだ。整理できないけど、とにかくルカが隠したい事だったのは確かだ。

 それを、曝け出そうとしてしまった。

 

「その……覗くつもりはなかったんだ。ただ、悲鳴が聞こえたから心配になっただけで……」

 

 言い訳でしかなかった。

 失望されただろう。

 嫌われたかもしれない。

 もう、昨日までと同じには行かないかもしれない。

 それを想像するだけで、すごく苦しかった。

 

「…………」

 

 扉を開けて目だけ見せるルカに、なんと言えばいいだろう。

 なんと謝ればいいだろう。

 ごめんで済む問題じゃない。

 土下座でも安い。

 でも、安い言葉でも言わなきゃいけない。

 

 俺は、頭を床につけて謝った。

 情けないことを言えば、許して欲しかった。

 

「ごめん、ルカ……本当に、ごめん」

 

「…………入って」

 

 許しを得て入ったのは、見慣れた部屋だ。

 だけど違うのは、ルカの目が赤くなっていること。

 目元が濡れてること。

 唇が強張っていること。

 

 もう一度土下座をしようとして、止められた。

 その代わりに話を聞けって。

 地獄の沙汰を待つのだってもっと気楽だろうという気分になっていた俺の前で、ルカが口を開いた。

 

「生まれた時から……こうだったんだ」

 

 曰く、本当に体は女の子なんだけど、男の子のアレも付いているらしい。

 小さくて、今日みたいに肌着の状態とか裸を見られないと分からない。だけど村のみんなには知られていて、不気味に思われていたんだって。

 お母さんからも気味悪がられていて、歳が育つと呪いなんじゃないかと言われて露骨に差別されるようになった。酷いことをされそうになったこともあった。

 だから、何でもできると伝え聞く魔法なら消せるんじゃないかって思ってエスタを目指した。

 

 それこそが、ルカがここに来た目的だった。

 

 自嘲の笑みを浮かべながら、尚も続ける。

 

「…………あはは、気持ち悪いよね……こんな……か、身体……はは……」

 

「いや、別に」

 

「いいよ、気なんか使わなくて。普通じゃないって、僕が1番わかってるし……」

 

「は?」

 

「っ……」

 

 普通に頭にきた。

 俺がその程度で怯むと思っているのだろうか。

 ドラゴンヘッドみたいなのだったら俺も冷や汗だったけど、あれは誤差だ。

 

 向かい合っていたルカを真正面から抱きしめて、胡座の中に収める。当然暴れ出したけど、強く抱きしめて離さない。

 

「離してよ……離してよお……」

 

 絶対に離さない。

 

 身体的特徴程度で、俺が呪いとか言って避けると勘違いしているガキめ。受け入れて欲しいのに、それが素直に言えなくて寂しそうな顔しやがって。

 伝われ。

 そのくらい、受け止めてやる。

 

「…………も、もうわかったよ!」

 

「分かってない」

 

「だから……分かったってば……うぅぅ…………」

 

 しがみつくルカの背中を摩った。

 改めて、さっき勝手に見てしまったことを謝罪する。

 

「…………許す」

 

「──ありがとう、ルカ」

 

 ホッとした。

 その隙にルカは俺の胸板を押してちょっとだけ距離を作り、顔を見上げてくる。

 何か言いたげな表情に、何でも言って欲しいと伝えた。

 

「じゃあ…………一緒に寝て……くれる?」

 

 そんな事なら、いくらでも。

 いつだって、何度だって。

 

「あの……ぼ、僕が先に入るから」

 

 同じベッドで寝るのは、この街にやってきた最初の日以来だった。

 宣言通りに先に潜り込んだルカは、嬉しそうに布団を持ち上げてマットレスをバシバシ叩く。いつもなら、埃が舞うぞ、なんて叱るところだけど今日は気にならなかった。

 空けられた隙間に身体を入れると、ルカはおずおずと手を伸ばしてくる。その手を取って引き、スッポリと腕の中に収めると花が咲いたように笑った。

 

「えへへ……」

 

 可愛すぎて食べちゃいそうだ。

 食べる代わり、髪に鼻を突っ込んで思いっきり匂いを嗅いだ。

 良い匂いがする。

 非の打ち所がない女の子。

 可愛いウチのルカだ。

 

「やめてよお……」

 

 そんなこと言われても、食べちゃいたいんだから仕方なくないか? なあ、お月様。

 

「……僕くらいだからね? こんなこと許してあげるの」

 

 他の人にすると思われている事がビックリです。

 冒険者として数ヶ月活動しているけど、親しい人間が全くできないのもビックリ! 

 受付嬢がかろうじて会話する程度で、あとは取引先である肉卸屋とか鍛冶屋、素材屋くらいか。ビジネスやね。

 

「ガッコーでも人気なのに?」

 

「俺はそのガッコーにいないけどな……それに、人気っつっても男の子からだろ? 俺は女の子が好きなんだって」

 

「…………誰か好きな人とかいるの?」

 

「ルカ」

 

「〜〜〜っ! ぼ、僕以外で!」

 

「ええ? うーん…………」

 

「ほら、冒険者の人って綺麗な人多いでしょ?」

 

 確かに、冒険者は動き回っているから体が引き締まってるし露出も多い。魅力的な体付きと言えよう。

 

 だけど、完全に個人的な趣味としての欠点が存在した。

 

 連中を見ていると、大抵がパーティー内でイチャコラしている。男男、女女でイチャイチャしているのを見ると飯を食う気すら失せるんだ。

 生理的なものなのでどうしようもない。

 そんなところで恋愛がどうとか、考える気にならない。

 あんな異常な空間で過ごしたいとは思えないからな。

 

「へ〜……変なの」

 

「変なのは世界の方だぞ」

 

「大きく出たね」

 

「勇者なんざに歪められた世界を俺は認めない」

 

「認めないって……」

 

「俺が世界で1番正しくて、1番強い!」

 

「…………あはは! そうだね!」

 

 バカなことを言っている間にも時間は進む。

 だんだん眠気が二人の間に浸透してきたけど、抱きしめたままだと流石に寝辛いから手だけ掴まれながら一緒に寝た。

 

 

 ──────

 

 

 ルカの身体のことを知ってからまた数ヶ月。

 この世界にもだいぶ慣れてきて、俺はブロンズにランクを上げた。

 一人で冒険者やるのきち〜wなんて最初は思ってたけど、やってみればなんてことはない。必要な知識を身に付けて、対策をした上で挑めば失敗はあまりなかった。

 あまりない──というのは、ヤバいやつが乱入してきたときや前情報と違うときがあるからだ。

 ちな5回くらい死にかけた。

 

 でも、死の淵まで追い詰められると眠っていた力が目覚める。こんなところで死んでたまるか! って気持ちと一緒に全てのステータスが上昇する感じ? 

 明らかに人間のそれじゃないパワーと反射速度と思考速度に跳ね上がる。そこから死ぬ気で足掻いて、なんとか勝ちをもぎ取ってきた。

 

 戦いが終わると肉体はズタボロ。

 這々の体で戻って、エスタの門前でぶっ倒れる。

 起きると身体が軽くなって、前よりも動きやすくなっていた。もちろんルカはギャン泣きだけど、冒険者ってそういうものですからあ! 

 最近は慣れてきた──かと思いきや、めっちゃ怒られる。

 

 割と順風満帆で生きていた。

 そんなある日、いつもみたいに受付に行くと差し出されたのは一枚の紙。

 覗き込んで、文字一つ一つを読みながら意味を確かめる。最初の頃に比べると慣れてきたけど、まだこういう文を読むのは時間がかかるからな。

 でも、受付嬢が説明してくれた。

 

「パーティー加入の依頼です」

 

 加入の依頼という意味が分からなくて首を傾げた。

 俺が入るのか、向こうが入るのか。

 言葉の妙だね。

 

「んん! ……パーティーに入らないかというお誘いです」

 

 ちなみに構成はなんだろうか。

 2って書いてあることはわかる。

 

「ええと、女性二人パーティーですね。シルバーの──」

 

 えー、受けません。

 

「えっ」

 

 なんでしょうか。

 

「でも、シルバーですよ?! 凄いじゃないですか! しかも、パーティー組むなら女だって言ってたしピッタリ!」

 

 何でそんなこと覚えてるんだこの人……確かに言った気はする。だけど組むならってだけの話で、実際に組むとは言ってない。

 男が嫌なのは、シンプルにケツを狙わてれるんじゃないかっ心配しながら仕事をしたくないからだ。

 女はケツを狙わないだろうけど、プライド高そうなのが多くて普通に気が進まない。

 男も女も、価値観が合わなきゃ姿の似た猿でしかない。

 

 というか今、結構ストレスフリーに仕事できてるんだよね俺ってば。

 困ってないんだ。

 

「拒否はできますけど……受けるだけでお金は入りますし、実際にやってみたら意外と合うかもしれませんよ?」

 

 確かに。

 でも人と一緒に戦うの怖……やっぱ断りてえなあ。

 

「理由もなく断ったら機嫌を損ねられるかもしれません……」

 

 やっぱり地雷ってことじゃねーか! 

 なんだよそれ! 

 じゃあそっちの責任で理由付けといてくれよ! 

 

「そ、それは……」

 

「何話してるの?」

 

 ──何だコイツいきなりしゃしゃり出て来たぞ!? 

 

「彼女はミネア。依頼を出しているパーティー、クラウディアのお一方です」

 

 どうやら盗み聞きされていたらしい。

 話早くて助かる〜^^

 というわけで、断ろうとした。

 

「私たち、二人でやってるんだけどさ。私が魔法でライアが──あ、ライアってのはもう一人ね、そのライアが槍使いで近接職が一人なの。前はそれでも良かったんだけど、そろそろ手が足りないなって場面が増えてきて……良い人いないかなーって前から探してたんだ。そしたら、なんか凄い勢いでランク上げてく人がいたから依頼出してみたの!」

 

 という事らしい。

 なんか真面目な理由だ。

 

「ねっ、人助けだと思ってさ! 一回だけで良いから!」

 

 本当に一回だけやってみた。

 

 戦ったのはストーンゴーレムだった。

 岩の身体ということで剣だとやりづらいんだろうなっていう予想からハンマー持っていった。

 合流した時、ふざけないでって言われた。

 その時点で合わねえ〜って感じたけど、まあ、最後まではやるよね。

 前二人で張って視線をかき乱して、その隙に後方から魔法で攻撃。魔法使いに攻撃が向いた瞬間、今度は近接二人で──っていう。

 結構クレバーな戦い方ではあったと思う。

 魔法も多彩に使って、槍使いもなんかすごかった。

 武術とかやってたのかな。

 

 でも、それだけだ。

 伸び代が薄い。

 俺も肉体的な伸び代は薄いはずなんだけど、死にかけると成長するって知っちゃったから、効率高めていきたい。

 断る理由は、そのうち家業継ぐために冒険者やめるからってことにしておいた──実際辞めるし強ち間違ってない。

 

 という話を、ルカのマッサージ中にする。

 魔法学校に通ってるルカだけど、毎日魔力を使って帰ってくるのでヘロヘロだ。それで、マッサージをすると魔力の回復が高まるって言うからやってあげてるんだよね。

 理屈がわからん! 

 

「それさあ……その2人の方がマトモじゃん絶対」

 

 そうかもしれないけど、この世界のマトモを俺に押し付けられても困る。

 

「……きれいだった?」

 

 顔は可愛かった。

 出来るだろうな。

 つまり、面倒臭い。

 男でも女でも、カップルができているところに後から入ると良いことないぜ。

 

「なんで?」

 

 戦闘時の優先度と人間的な優先度がごっちゃになるから。

 

「んん?」

 

 俺が今からルカともう1人誰かと一緒にパーティーを組んだとして、その誰かじゃなくてルカを優先して守っちゃうだろ? それと同じことが起こるってこと。

 

「おお! 分かりやすい! 頭いいね!」

 

 えらいえらいと言いながら頭を撫でてくるので、お返しにくすぐってあげた。

 

「ひぃ……ひぃ……死ぬかと思った…………で、でも、本当に頭良いよね」

 

 だって大学行ってたし。

 

「魔法勉強してたの!?」

 

 魔法はつかない。

 普通の大学。

 

「……魔法が勉強できないなら、何を勉強するの?」

 

 算数とか国語とか歴史とか経済とか。

 

「…………もしかして、頭すごく良い?」

 

 うん。

 君たちよりは良いよ。

 

「文字も読めないのに!?」

 

 全く違う国に来ちゃったら読めないに決まってんだろ! というかお前、俺のことそんなふうに思ってたのか! この! 

 

「わー! だ、だって、いつも無鉄砲に危ない依頼に行ってばかりだから! ……きゃはははは! や、やだ! ひひひひひひ! 助けてー!」

 

『大丈夫か! 今行くぞ!』

 

「え?」

 

 ルカの声に勘違いした衛兵が外から突っ込んできましたよ、ええ。顔馴染みじゃなかったら捕まってたかもしれん。

 仲良くするのは良いけど、人に迷惑をかけない範囲でやりなさい(婉曲)って言われた。

 

「…………ねえ、じゃあさ。この問題解ける?」

 

 まさか俺に宿題やらせようとしてる? 

 

「だって難しいんだもん!」

 

 読めないので無理でーす。

 

「僕が読み上げるから!」

 

 どんだけやりたくないんだよ……宿題はやりなさい! 

 

「ちぇー」

 

 

 ──────

 

 

 学校に迎えに行ったある日、違和感を感じた。

 その違和感の正体に最初は気づかなかったけど、家に帰ってから分かった。

 ルカ、学校だと一人称が『私』だぞ! 

 

「…………」

 

 そっぽを向いて黙り込んだルカを指差して言霊を放つ! 喰らえ! 

 ──俺の前では『僕』なのはなんなんだ! 

 

「指差さないで」

 

 あ、はい。

 それで? 

 

「……故郷だと、僕の……その……アレがあるから…………僕って言えって……」

 

 ワタクシのような浅慮な男がそばにいて、誠に申し訳ありませんでした。

 つきましては腹を切りたく、介錯お力添えを──

 

「そ、そんな怒ってないよ!」

 

 真面目にごめんなさい。

 でも、それなら俺の前でも『私』で良かったのに。

 

「出会った時から僕だったから、今更直すのも変だなって思ってただけ。…………そっちの方がいい?」

 

 正直、特別感があるから『僕』のままでいて欲しいけど……故郷を思い出して嫌なら変えて欲しい。

 ルカが嫌な気持ちにならない方でいてほしい。

 

「〜〜!」

 

 悶え出した。

 顔も赤い。

 嬉しそうだ。

 怖い。

 久しぶりに遠く感じたかも……

 

「ぼ、僕! 僕でいきます!」

 

 そちらを選んだらしい。

 俺は好きだけど、ルカはいいのだろうか。

 無理してないだろうか。

 

「いいの!」

 

 鼻歌まじりに財布を取り出したから本当に大丈夫なのかもしれない。

 一緒にご飯を買ってきて、並んで食べた。

 時折、ルカがあーんってしてくれるから、俺もお返しに食べさせた。

 

 ──すごく幸せだぞ!? 

 

 そんな幸せにもうひと摘み。

 エスタに来て2年目の夏。

 俺たちは家を借りた。

 小さいけど庭もついてる。

 凄い。

 俺がこの家を……この歳で……? 

 

「な、泣いてる……」

 

 凄いよママ……俺、異世界でちゃんと生きてるよ……

 あなたの息子、想像してたよりもずっと逞しいです。

 

「泣き止んだ……」

 

 ルカの部屋と俺の部屋。

 それにLDKもついている。

 風呂もあるぞ。

 凄い! 理想の家だ! 

 

「わあ〜……あはははは! 家具何もなーい!」

 

 何も問題ない。

 むしろそれでいいというか……他人が使った後の家具とか絶対汚いから、元から全部買い直すつもりだった。

 

「普通にひどいコト言うよね」

 

 ランクもそろそろシルバーに上がるらしい。

 受付の女が言ってた。

 

「関わる人の名前くらい覚えなよ……」

 

 そう言われて一年半だな。

 でも、ルカさえいれば何も要らなくないか? 

 

「もー……」

 

 あ、照れてる。

 

「うるさい!」

 

 いたい! 

 ローキックはやめて! 

 鋭くて激しい! 

 

 ところで最近は学校どんな感じ? 

 打ち解けた? 

 陰湿ないじめとか受けてない? 

 なんかやられたら俺が1万倍返しするから言ってな。

 

「そういうこと言うから教えない!」

 

 ──そういえば、前に言ってた好きな人ってまだ学校にいるのか? 

 

「え……」

 

 何その顔。

 なんか驚くところあった? 

 

「なんでもない」

 

 絶氷って感じの表情になってしまった。

 ごめんなーごめんなー。

 

「はぁ……もういいよ、家具買いに行こ?」

 

 よし、デートだな! 

 

「で、デートって……」

 

 ほら、手。

 

「…………はい」

 

 あったかいな。

 

「うん、あったかい」

 

 

 ──────

 

 

 シルバーになってもやることは変わらない。

 死にかけて覚醒してを繰り返して依頼をこなしていたら、個人指名が入るようになった。

 大抵はエスタのお金持ちだけど、時折貴族からの使命も入る。

 

「すごいねー」

 

 少し遠出することもあるから、その度にお土産を買ってきている。大抵は食べ物だけど、中には高そうな服とかもあった。

 

「似合わないね」

 

 俺が着たら鹿鳴館の絵に描かれてそうな感じになった。

 ルカは似合うと思うけど、サイズが合わない。

 スーツは俺も似合うのに……

 

「いつもそれでいなよ」

 

 流石に今着ている服よりは動き辛いし気候に合わない。

 しかも、前より身体がガッシリしてきたから着たら窮屈だった。

 

「えー、いつものよりそっちのがいいよ…………何?」

 

 違うんだろうけど、俺のアイデンティティを誉めてくれている気がして嬉しくなった。

 お返しに俺も褒める。

 

 髪の銀色が綺麗で、欠かさず手入れをしているのが好きなこと。

 吸い込まれそうな瞳が美しくて、太陽の下だと淡いマリンブルーが見飽きないこと。

 仕事に行く準備を何気なく手伝ってくれるのがとても嬉しいこと。

 

「…………!」

 

 照れて喋らなくなったので、俺も次の依頼に向けて準備をする事にした。

 

「ぼ、僕も……好きだよ」

 

 ルカは語彙力が終わっていたけど嬉しいので手を握ってありがとうと言った。

 ニコリと微笑む仕草が可愛かった。

 

『──貴殿、頑張っているようだな』

 

 貴族様の護衛という事で別の街まで来てみたら、馴染みの衛兵達がいた。

 俺いらないじゃんと思ったけど、その貴族様がエスタを管轄している貴族様で、新進気鋭の冒険者を見せびらかす意味があったらしい。

 

『まさかこの速さでシルバーに上がるとは……私の見立て、間違っていなかっただろう?』

 

 目標があると成長するよね。

 

『図書館か……そろそろ入れるんじゃないか?』

 

 まだダメなんだって。

 館長に聞いてみたら、もうちょっと頑張ってみたいなこと言われた。

 

『む……そうか……』

 

 なんか知ってるっぽいけど、話さないんだろうな。

 この嬢ちゃん口硬いし。

 あんまり舐められるとアレだから今度ギルドに話つけに行こうかな、推薦状出せって。

 

『襲撃だ!』

 

『なんだと!? まさか……アクラ=マナスか!』

 

 知らぬ単語。

 なんだろうアクラマナス。

 間違いなく茄子の一種だけど、襲ってくる茄子か……塩漬けにするのはどうだろう。

 

『ふざけている場合じゃない! 敵だ!』

 

 人と斬り合うのには、もう慣れた。

 大抵は囲まれるんだけど、肉体が強くなるにつれてピンチって場面はなくなっていった。

 数が増えても、全員一気に来るわけじゃないからな。

 突っ込んでブッ刺されながら切り捨てるのが一番速い。

 最近は刺されることすらないけど。

 

 だけど今回の敵は一筋縄じゃいかなかった。

 魔法メインで、障壁みたいなのを使ってこちらの物理攻撃を防いでくる。ヒビが限界だ。

 衛兵達は魔法も併用できるのに俺だけできなくてまずいかもです。あ、ちょっと右脇を刺さないで! 古傷が! 

 

 ピンチです! 

 

 

 ──────

 

 

 衛兵は気付いた。

 彼は魔法を全く使えない。

 そういう人間がいると聞いたことはあるが、シルバーに到達した人間が使えないというのは前代未聞だ。

 

 使えるのであれば、魔法障壁を打ち破って術者に攻撃を加えているはずなのだから。

 障壁には基本的に停止や反発の魔力が掛けられている。

 本来は遠距離からの矢などを弾くのが目的なのだが、彼からすれば不条理だろう。

 だが、魔法使い達も必死にこらえている。

 複数人で魔力を込めている障壁が、魔力を帯びない単純な斬撃によってヒビを入れられている。

 

 そして、隙をつかれて脇腹を刺された。

 その瞬間に殺到する、死傷力を持った魔法の数々。

 

「まず……い…………?」

 

 違和感を覚えた。

 まるで狙われているかのような息の合わせ方だった。

 しかし、そんな違和感をどうこうするよりも先に、彼の命が危ない。

 爆炎の後、その場に残されたのは重傷、火傷を負った彼。

 辛うじて立っているが随所からの出血も認められた。

 このままでは何もせずとも近いうちに──しかし間髪入れず、次の魔法が敵術師の杖にタメられている。

 

「まっ──」

 

 ファイアーボール、最も初歩的な攻撃魔法にして、最も発展系の多い魔法だ。

 基礎的な魔法であるからこそ、込められる魔力によって威力を調節することが容易い。

 出来上がったのは人間大。

 フラつき、項垂れる彼目掛けて放たれた。

 

 駆け寄ろうとする衛兵の動きよりも早く、彼の体へ魔法が直撃した。

 

 ──そうなるはずだった。

 

 雷撃は弾けず、雹撃は砕け散り、樹槍は真っ二つに裂ける。

 火球すら四散して残存魔力が大気に溶けていくのみ。

 何が怒っているのか。

 

 男は前を向いていた。

 目を開き、敵の姿を見ている。

 その口元から怒りに満ちた言葉が吐かれる。

 

「こんなところで…………死んで……たまるか……!」

 

 ドン、と土を跳ね飛ばす音と共に姿がかき消えた。

 

『グギャッ!?』

 

『あがっ──』

 

『ぶっ──』

 

 魔術師達の魔法障壁が、ガラスの割れるような音と共に破られている。その直後、肉体が縦に横にと両断されてその場に倒れ伏す。

 戦場を駆け巡る悲鳴と剣の閃き。

 白刃は太陽の光を受けても輝かないほど血に塗れ、やがて赤い斬撃となって敵に襲いかかった。

 

 自分たちがあの相手なら──ゾッとする想像をしていると、敵が退却の動きを見せる。1人、また1人と逃げ出していき、しかしその背中に襲いかかる血の刃。

 

 蹂躙された戦場で、男は動きを止めた。

 荒く息を吐きながら、誰もいない空間で1人立ち尽くしている。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 圧倒されていた。

 敵も味方も関係なく、手出しをすれば切られると直感していた。

 間違いなく手負いなのに、近付けない。

 

「私だ!」

 

 そんな中で、一人の衛兵が近づいた。

 例の顔馴染み──彼女は両手を挙げ、ゆっくりと近付く。

 

「…………」

 

 男はしかし、彼女を冷たく見るばかりだった。

 下手な動きをすれば斬られる、しかし放っておくわけにはいかない。

 

「っ……きゅ、救護する!」

 

「はぁぁ……!」

 

「あ──」

 

 息を吐いた直後、男は目にも止まらぬ早さで彼女へ飛びかかった。

 その右手から繰り出された一撃が、無防備な彼女の──背後に伏せていた敵の肉体を頭から唐竹割りにする。

 

「え…………」

 

「う……あ……」

 

「──!」

 

 彼女の胸に倒れ込む。

 呆然として、しかし彼の呼吸が喘鳴になっていることに気付き、状況を再度思い出した。

 救護班のところへ急ぐ。

 ベッドに寝かせた彼の身体へ治癒魔法をかけると、呼吸が落ち着いた。

 

「──いやあ、参ったぜ」

 

 起きた男は、開口一番軽口を叩いた。

 先ほどの姿などなかったかのように。

 

 

 ──────

 

 

 明らかに俺を狙っていた。

 理由はわかる。

 俺が強いからだ。

 理由の分からない強さが怖いからだ。

 止めようとする衛兵達を蹴散らして、貴族様の元へ辿り着いた。

 

 よう、あんたらがお貴族様か。

 そっちがエスタので──ああ、あんたか。

 

「な、ななな!?」

 

「貴様、無礼だずぉっ──」

 

 周囲にいた騎士どもに叩き込んだ一撃。

 さっき掴んだ感覚。

 多分これが魔力を操るって感覚だな。

 心臓から確かに流れている、血のようで血じゃないコレを剣に纏わせる。

 騎士どもの鎧にも纏われているそれよりは薄いけど、まだ魔法バブちゃんだから仕方ない。

 それに、ぶっ飛ばすには問題なしだ! 

 

「──ぎゃあ!」

 

 公爵だか伯爵だかの首根っこを掴んで持ち上げる。

 引きちぎろうとしたら、エスタの貴族が立ち上がった。

 

「貴公、待ってくれ。一体コレは……」

 

 襲撃はこいつが手引きした。

 あの真茄子? どもと同じ魔力を帯びてやがるからすぐに分かったぜ。

 

「それは本当か?」

 

「信じるに値せぬぞエスタルテ! こんな野蛮な男の言葉を聞くな!」

 

「ふむ……貴公、この一件を私に預けてはくれぬか?」

 

 それをして、俺に何のメリットが? 

 

「貴族とのトラブルを避けられる。それに、その言葉が真実だったならば私から報酬も出そう」

 

「エスタルテ!?」

 

 お金がもらえるという事で任せることにした。

 俺の感覚に間違いがあるわけないので確定みたいなものだ。

 それに、貴族とのトラブルは面倒臭い。

 俺だけならともかく、ルカがいるからな。

 

 急いで帰ると、ルカは驚いていた。

 

「もう帰ってきちゃったの!?」

 

 きちゃったって何だよ。

 普通にショックだわ。

 心配だったのに。

 

「何かあったの?」

 

 何もないけど、急いで終わらせて帰ってきたんだよ。

 

「ふーん……」

 

 俺が早く帰ってきて何が不満なんだ。

 悲しいぞ。

 

「サプライズにケーキとか作ろうかなって思ってたのに……」

 

 一緒に作ろうぜ。

 生クリーム作れるしバターも作れるぞ、人間遠心分離機だ。

 苺とか魔女のおばさんから買ってきたほうがいいだろ? 

 

「じゃあ……そうする?」

 

 うん、買い物行こうか。

 ──あれ? 

 

「──!」

 

 ぶっ倒れた。

 よく考えたら、今回の戦いの後で休息せずにこっち来てたもんな。

 いつもだったら、終わった瞬間からぶっ倒れて丸一日は寝ているのにそれをやってないからだ。

 ルカにはだいぶ心配させてしまった。

 意識はあるけど身体が動かなくて、身体を拭いたりしてもらった。

 でも、そっちまで拭かなくても……ああ……下が剥ぎ取られていくのだけはわかる……

 

「へっへっへ、僕を心配させたバ……ツ…………だ……」

 

 あの、拭くなら早くしてもらえませんか? 

 感覚がないからどうなってるか分からないんだよ。

 

「へっ!? あ、えと、う、うん! ……こ、こう……かな……わっ!? う、うごい…………ひゃあああっ!」

 

 何してんの? 

 どうなってんの? 

 何をされてる方なの? 

 あと、一応お前にもついてるのにそんな騒ぐことある? 

 

「ひ、人のなんか見た事ないもん! しかも、こんなおっ…………」

 

 マジマジと見てる? 

 やめてね。

 

「…………」

 

 聞いてる? 

 

 

 ──────R18ポイント

 

 

 あれからルカがちょっとの間だけ話してくれなくなった。

 目も合わせてくれないし、話しかけても上の空だ。

 どう考えても俺は悪くない。

 俺は優しくしてるし、優しくしたし。

 何か解決策はないのだろうか。

 

 しかし、今はとにかく図書館の本を読むんだ! 

 例の貴族の件で、間違いなく手引きしていたって事で報奨金が与えられた。ついでに推薦状も出させた。

 やったぜ。

 これで魔法が使えるようになる! 

 

 推薦状をもらって以降はギルドに行ってない。

 何故なら理由がないから。

 いやー、棚ぼたっていうの? 成長したついでに目標に近づけてラッキーだね。

 

 絵本を読み進めていくと、どうやら魔法っていうのは大気中で魔力を留めておくっていうのが前提にあるらしい。

 体内にある魔力を使ってガワを作り、そこに更に魔力を流し込む。ガワを作る時に使うのが呪文だ。

 魔力を流し込むだけなら俺もできるけど、ガワを作るっていうのがイメージできなかった。

 呪文を唱えるだけでは出来ないのだ。

 

 そういう時は人に聞いてみるのが一番だ。

 ルカはまだファイアボールしか使えないはずだし、彼女に聞いてみよう。

 

 というわけで、受付嬢ちゃんおせーて。

 

「あの……私も魔法は門外漢なんですけど……」

 

 そんなこと言われても、こっちは困ってるんだ。

 シルバーになっても魔法が使えないなんて言われたんじゃ、商売上がったりだぜ!? 

 

「それはただの事実で……というか前から思ってましたけど、私の名前覚えてます?」

 

 そんなこと気にするタイプだと思わなかった。

 俺は気にしないから、お互い気にせず行こう。

 

「私は気にしま──」

 

 図書館に指南書がないかを探すことにした。

 司書さんに聞くと、そこらへんにあるんじゃね? 的なことを言われたので、ガサゴソした。

 あったよ! 魔力の扱い方! 

 …………お……………………な………………か………………………………の……………………ち………………か………………ら………………を……………………

 

「アホかー!!!!」

 

「ぐええええええ!」

 

「本も読めないのに図書館来るなー!」

 

 差別! 

 差別ですよ! 

 文字が読めなきゃ本を読んじゃいけないなんて、誰が決めたんですか! 

 俺が本気出せば、この図書館にある本全部燃やすことだってできるんだぞ! 

 

「殺すぞ」

 

 まずは司書さんの力を借りて、文字をさらに学ぶところから進めていくことにした。司書さん良い香りするんだ。

 でも、ここは図書館。

 不埒なことを考えるなら! 

 ルカを思い出せ! 

 ルカは可愛い……ルカは抱き心地がいい……ルカは手を繋ぐと照れる……ルカは褒められるのが好き…………ルカの髪は良い匂い……

 

「変なこと考えてません?」

 

 帰宅中、ルカを見つけたので家にさっさと連れ帰って抱きしめた。

 髪に顔を埋めると、1日過ごしてきたにも関わらず甘い匂いがする。これもしかしてフェロモン? 

 

「も〜……」

 

 ウザそうにしながらも突き放されないってそういう事だからね。

 ソファーに持ち運んで堪能した。

 

「はへ…………」

 

 ──垂れ下がった腕に力はなく、指先を重ねると辛うじて反応した。スルリと交えた一本一本の指は、切なそうに俺の指を撫でる。

 ──甘く開いた唇の端から垂れている雫を人差し指の腹で拭って味わう。顔を真っ赤にして目を伏せたルカの頭をもう一度胸元に抱き寄せれば、くぐもった声を漏らした。

 ──さあ、お風呂に入ろう。

 

「ばかばかばか!」

 

 ご飯の準備中、いきなり暴れ出した。

 家飯が嫌なのかと思って外出の準備を始めたら、そうじゃないって。

 さっきのが恥ずかしかったらしい。

 俺もちょっとは恥ずかしいよね、そりゃ。

 まあルカが嫌ならやめるけど。

 

「…………そうじゃないじゃん」

 

 じゃあやめない。

 

「……うん」

 

 文字が読めないので図書館で苦しんでいて〜という話をしたら、お説教が始まった。

 せめて文字を読めるようになってから図書館に行くべきだとか。そんな正論は良くて、今すぐ俺が文字読めるようになるようなすごい魔法はない? 

 

「死にかけると強くなれるんでしょ? そういう応用とかできないの?」

 

 戦闘以外でできた試しはないなあ。

 それともなに? 言語で死にかけろって? 

 致死量の文字を読むとか? 

 

「無理なんだから地道にやりなよ。そうすれば────なんでもない」

 

 言われなくても。

 言われたとしても。

 伝わる気持ちはある。

 顔を見ればわかるし、仕草を見ればもっとわかる。

 どんな思いを抱いて一緒に生活しているか、分からない方が難しいというものだ。

 

 それに、不満があったらちゃんと言うように教えていた。

 抱っこして欲しかったら言って欲しいし、お腹が空いたら言って欲しい。体調が悪かったらいつだって迎えに行くし、一緒にいてあげたい。

 

 ルカが風邪を引いたときがあった。

 ベッド脇で眠れるまでお話を聞かせてあげたら、起きた後に苦言を呈されたことがあった。

 

「そうやって甘やかされると……ダメになっちゃう……」

 

 そういうこと言われると、更にダメにしたい願望が強くなる。故郷ではあんまり良い思いをできなかったであろう彼女を、じっくりコトコト煮込んで駄々甘に育てたい。

 ダメになって欲しいし、それくらいの権利あるだろ。

 

 もちろん、俺がしたいことも受け止めて欲しい。

 実際受け止めてくれるし、だからこそ一緒にいたいんだよな。

 

「ばか……」

 

 今日も駄々甘にしたルカと同じベッドで起きて、朝ごはん作って、いってらっしゃいしてから図書館に行った。

 そしたら入り口前にギルドの誰かがいた。もう本当に誰だっけみたいな。一ヶ月行ってないと本当に誰か分からない。

 バッジ付けてるから運営側だとは思うけど、会ったことあるっけ。

 

「そろそろ、冒険者に戻る気はないか?」

 

 そう言われても、本当に誰か覚えていなくて困るという話をしたら驚かれた。ギルドマスターらしい。

 司書さん>冒険者関連(ノートン以外)なので、どうでも良かった。

 

「良い男も紹介できるぞ?」

 

 本当に遠慮する旨を伝えて司書さんとまた勉強。

 司書さんの教え方は、一見ぶっきらぼうだけど 丁寧だった。俺もスイスイと文字を覚えて、一個だけ魔法を覚えた。

 浄化の魔法だ。

 ざっくりと指定した範囲を綺麗にできる。

 ガワを作るっていう感覚を掴むのに、具体的な物を魔力で包むのは入門としてとても分かりやすかった。

 

 それで、浄化の魔法を使える程度には魔法を理解できたので、他の魔法も──かと思いきや、全然上手くいかん。

 どうやら俺の魂のキャパシティ? が小さ過ぎて浄化の魔法で埋まってしまったらしい。

 …………ほああ!? 

 

「あはははは! あははははは!」

 

 大笑いのルカには浄化の魔法の素晴らしさを教えた。

 それはともかくとして、俺の魔法の器はもっと大きくならんのか? なんか方法ないんか? 

 魔法で帰還するって目標を立てたのに、これじゃ絶対無理だぞ? 

 

 そう思って司書さんに相談したけど、器を大きくする方法は多くないらしい。

 あるなら教えてくれ! と懇願したら、死ぬほど魔力を使ったりすればあるいは……と古文書には記載があるらしい。

 古文書でも『あるいは』レベルなのやべーだろ。

 ステータス伸ばすアイテムくらい開発しろよ! 

 

 というわけで、俺は一旦冒険者に戻った。

 死ぬほど魔力を使うって、一応家で試してみたんだけど無理だった。意識的にやるのはやっぱ無理なんすね。

 まあ、死ぬような体験だけなら何回もしてるから、同じ感じだろ。

 ……浄化で死ぬほどってどういうこと? 

 

 




あけましておめで投稿
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