下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
訳あって癖を開帳致す。
「はふぅ……疲れたぁ……」
週末の大通りを、金の髪をサイドテールに纏めた、制服姿の少女がぽてぽてと歩いていた。
その両手には激安でお馴染みのディスカウントストアで購入した、食品やら消耗品がふんだんに詰め込まれた黄色のレジ袋をぶら下げられている。
彼女の名前は伊地知虹夏。
明るく社交的で、また優しい性格をしている彼女。よっぽどの事がなければ、それもまた個性と受け入れる地母神の如く広い度量から、近い将来『下北沢の大天使』と呼び名をつけられる事になるが、基本的には心優しい普通の女の子だ。ただちょっとパーソナルエリアを詰めてしまいがちで「あれ……この子俺の事好きなんじゃね……?」と勘違いを誘発させてきた事は数知れない無自覚な小悪魔でもある。
そんな彼女も、日々の家事や勉強、バイトに――そして、バンドの練習と、目まぐるしいタスクをこなしており、その疲労の蓄積たるや、いくら花の女子高生といえども、買い物帰りに重たい荷物を持って歩いていればため息の一つもつきたくなる。
彼女の頭頂部から生えているアホ毛――通称ドリトス――も、普段はひょこひょことご機嫌に揺れているのだが、今は疲れているからかシナシナと元気がない。
今日も週末ということであくせくとバイトに精を出し、さあ帰ろうという時にそういえば買い物をしなければいけないことをすっかり忘れていたと、わざわざ家とは逆方向にあるディスカウントショップまで出かけた為、一日の疲れやら荷物の重さやらでへとへとである。
しかもこれから夕飯を作り、生活力が皆無な姉の為に明日も早起きしてお弁当を作ってから学校に――となかなかにハードなスケジュールだ。
こんなことなら、幼馴染の一人を夕飯で釣って荷物持ちを手伝わせれば良かった。そんな小さな後悔を抱えながら家路を歩く虹夏のポケットから、僅かな振動とポロンという機械音が鳴った。
歩きながら器用に片手を空け、スマホを取り出して――通知に表示されていた文字を見た瞬間、ドリトスがびょこん! と元気に跳ねた。
そして表情をみるみるうちに輝かせると、そのまま疲れが霧散したかのような軽やかな足取りとなったのだった。
◇
虹夏の自宅は、下北沢にあるマンションの一室である。
階段を一足飛びで3階まで駆け上がると、そのまま小走りで玄関で走り寄り、ご機嫌な表情でドアを開け放った。
「ただいまぁーっ!」
本来であれば、唯一同じ家に住んでいる姉は、マンションの地下にあるライブハウスを営業している為、帰宅の挨拶をしたところで返事などがあろうはずもない――はずだった。
「……おかえり、虹夏ちゃん」
無人のはずの自宅から、とろっとした蜂蜜みたいな甘い声が聞こえた。
ふわふわとした雲のような、白く波打つ長髪。
小さくてまあるい顔には、すらりと伸びる鼻筋と、くりっと愛嬌に満ちた碧眼。ぷっくりとした桜色の唇はまるで花びらのよう。
総じて「かわいいを集めてみました」といったような容姿を持った少女が、制服の上にエプロンをかけた姿でぱたぱたと駆け寄ってきた。
最初に断っておくが、不審者ではない。不法侵入でもない。
彼女の名前は禊萩百合。
下北沢高校に通う、高校2年生であり。
伊地知虹夏にとってのファースト幼馴染である。
「百合~っ!」
どさりと持っていたレジ袋を手放し、矢のごとく駆け出した虹夏が百合へと抱き着いた。
「すぅ~~~はぁ~~~♡」
「……よしよし」
犬吸い、猫吸いという行為がある。
言葉の通り、ペットの犬や猫のもふもふとした顔や体、肉球などに顔を埋めて思い切り匂いを吸うセラピーの一種だ。
触れ合うことによって愛情ホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が分泌されるため、ストレス軽減に役立つとされている。
虹夏がくんかくんかしているのは犬や猫ではなくれっきとした人であるのだが、事実虹夏の疲れやストレスは加速度的に減少している為非常に効果が高いようだ。
「あぁ~癒されるぅ~」
「……もう、くすぐったいよ、虹夏ちゃん」
「うぇへへへ~」
匂いを嗅ぐだけでなく、豊かな母性の象徴に顔を埋めてぐりぐりとマーキングをしはじめる虹夏を、百合は慈愛のほほ笑みをもって迎え入れる。これではどちらが犬か分かったものではない。いや、どちらともヒト族では、あるのだが。
なお、百合の身長は140cmジャスト。小学四年生女子の平均身長を下回るタッパの低さであり、間違いなく年齢は高校二年生であるのだが、幼い顔立ちも相まって小学生にしか見えない。さらにエプロンも装備した今の姿はどこからどう見ても幼妻。そんな彼女に引っ付き虫となっている虹夏の姿は外から見れば――何も言うまい。
「……ご飯もうすぐできるから、荷物おいて先に着替えておいで」
「は~い」
百合の言葉に、ご機嫌な虹夏の返事が響く。それを見て、百合もまた満足そうに頷いた。
――これは、下北沢の大天使をその幼馴染がデロデロに甘やかす物語である。
◇
伊地知虹夏と禊萩百合は、いわゆる親同士が友人であり家も隣同士であったため、産まれる以前からの付き合いである。
とはいえ産まれた瞬間から一緒という訳ではなく、虹夏が産まれた3か月後の8月に百合が誕生した。
その数か月の差で虹夏は今でもお姉ちゃんマウントを取り続けているのはご愛敬だ。
親が――とりわけ母親同士が仲が良く竹馬の友だった為、その娘である虹夏も百合も物心がつくまで、いやそれ以降も常に一緒だった。
虹夏の姉――星歌が一回り年が離れており、またバンド活動が軌道に乗り家族付き合いが億劫になっていた事もあって、なおさら同い年である虹夏と百合は姉妹以上に仲を深めていった。……まあ、それを不安視した虹夏の母親と、なんだかんだ妹と妹分だけが仲良くなっていることに寂寥感を抱いた星歌によって結局三人姉妹のようなスタイルに落ち着きはしたが。
幼い頃の虹夏は、バンドばかりで構ってくれない姉に対してアンプの音量をこっそり最大にするなど悪戯をする一面はあるものの、自分で考えて主体的に行動ができる子供だった。
一方で、百合は少し不思議ちゃんな気質があった。
基本的に朗らかで優しい性格をしているものの、少しマイペースなきらいがあり、また感覚が普通と少しずれているのか不思議な体験をすることが多かった。それを楽しそうに周りに話すので、あまり仲良く無い人からは「とらえどころのない人」という印象を良く持たれているほどだ。
そんな二人は非常に相性が良かった。
虹夏は百合の独特な雰囲気が好きだったし、百合は虹夏のパワフルな行動力に何度も助けられていた。
そうして、二人は年を経るに連れ青天井に仲を深めていき――
「……はい、あ~ん」
「あ~ん♡」
齢16になるころには、ちょっと仲が良くなり過ぎていた。
まあまあまあ。落ち着き給え。たとえ相性の良い幼馴染だろうと、こうまではならんだろと。
毎日毎日、飽きることもなく、今時付き合いたてのラブラブカップルもそこまでしないだろうというほどにべたべたな二人。今も、百合が作った夕食を、手ずから食べさせられているけれども。
こうなるまでに、色々あったのだ。色々。
ちょっと、虹夏が一番辛い時期に自身の全てを投げうってパーフェクトコミュニケーションを取り過ぎてしまったというだけの話。
その結果、仲睦まじいという言葉では収まらない程にズブズブに感情のベクトルを向けあってしまっており、二人の姉(百合にとっては姉貴分)の星歌も『共依存』というワードが頭に過ぎり、自分の事は棚に上げながら本気で二人の将来を心配するほど。
だが安心してほしい。二人の住む世田谷区では平成27年からパートナーシップ宣誓が整備されている。故に何も問題は無いのだ。何も。実に素晴らしい。
話が逸れた。
要約すると、こういうことだ。
下北沢の大天使を、幼馴染がデロデロに甘やかしてドロドロに依存させる――と。
◇
「……虹夏ちゃん、今日もお疲れ様。じゃあいつものしてあげるから、横になって?」
「やったー! うぇへへ、いつもありがと~!」
夕食を食べ終え、お風呂も浴びてさっぱりした虹夏は、ホカホカと身体から湯気を立ち昇らせながら、半裸のままベッドへと横たわった。
「……ちょっと冷っとするかも。えいっ。冷たくない?」
「ひゃっ……んー、大丈夫!」
うつ伏せになった虹夏のお尻に跨り、百合はマッサージオイルを手のひらで人肌に温めた後、ゆっくりと虹夏の背に手を置いてオイルを馴染ませ始めた。
「……ん、しょ。どう? きもちいい……?」
「あ~~……きもちいい~~。百合の手、あったかいねぇ……」
オイルを伸ばし、親指に少し力を入れて指圧を加えながら背中全体をほぐしていく。
ぐっ、ぐっ、と力を入れられる度、虹夏はじんわりと身体が温かくなっていくかのような心地よさを感じていた。
腰背部から肩、腕、手の平と、マッサージオイルを伸ばし終わり、上半身を終えた後はいよいよ下半身へのマッサージである。
虹夏の背に跨ったまま、身体の向きを変えた百合はマッサージオイルを手に補充した後、左足をすーっと手を滑らせた。
「んっ……♡ ふぅ……♡」
「……虹夏ちゃんは、ドラマーだから足腰がやっぱり疲れる、ね」
虹夏はバンドにおいて、ドラムを演奏している。
ドラムは常に座りっぱなしで、右足左足でそれぞれ別の動きをしている為、運動量に偏りも出来るし腰に負担が非常にかかる。よって、ドラマーにとって生命線である足腰のケアは重要なのだ。
両手の親指で、ぐっと押してから手のひら全体で伸ばすように。運動したことで緊張し固くなった筋肉を解し癒す動作で、百合はマッサージを続ける。
指圧マッサージという言葉の通り、凝り固まった筋肉を解すためには患部に圧をかけなければならない。
整骨院やらマッサージ店などで施術を受けた者なら分かると思うが、圧力をかけられるとそれを逃がすためなのか無意識に声が出てしまうという事が無いだろうか。
そう、例えばこのように――
「んっ……♡ ふぅ……っ♡ ぁっ……♡」
これは悪い例。
普通であれば「うっ」やら「ぐっ」やらの呻きに近い物が漏れるのだが、虹夏は何故か呻きではなく喘ぎの声を出している。
腰や背中と違い、太ももから下は刺激が強くなりがちで、施術する人の力量によっては上半身は気持ちよかったのに下半身は地獄のような痛みを伴う事がある。
しかし百合が行うマッサージは、腕力や体重やらでそこまで力が強くかからないということと、虹夏に対しては何度も行っているという慣れによって最適最良の力加減でマッサージが行われるのだ。
つまり気持ちいいけど痛いではなく、ただひたすらに気持ちいいなのだ。なるほどだから気持ちよくってセンシティブな声が漏れちゃうんですね。それなら納得……出来るのだろうか? 謎は深まるばかりだ。
この二人についてはもう“そういうもの”という認識でご理解頂きたい。
雰囲気はもう完全に“ソレ”ではあるが、行われているのは普通の健全なマッサージなのでR-18タグをつける必要もない。本当だ。信じてほしい。
余談ではあるが、ミュージシャンにとって手や足腰は練習からライブで酷使する機会も多く、とりわけドラマーにとっては腰痛は大敵だ。腰痛だけならまだしも、職業性ジストニアと呼ばれる神経性疾患によって無期限活動休止や引退を余儀なくされる者もけして少なくはない。
なので普段からこうして良く使用する部位をケアしてあげる事は、その後のバンド人生を左右するとても大切な事なのだ。
「あぅっ……♡ ふぅ……っ♡ きも、ちぃっ……♡」
「……ここ? じゃあここいっぱいしてあげるね」
大切な事なのだ。猥褻は一切無い。
無いったら、無いのである。
◇
真夜中。
もうじき日付が変わるといった時間帯に、仕事を終えた星歌が帰宅した。
事前に虹夏からロインでメッセージを受け取っていたため、夕食は用意されていることと、自分“達”は寝ている事を知っている星歌はあまり音を立てないようにそっとリビングへと入る。
テーブルの上に並べられた、ラップをかけられた夕食を横目に、星歌は念のため虹夏の部屋を覗いた。
女の子らしい装飾の中に、好きなバンドのグッズやCDの並んだ棚。部屋の半分ほどはもう一人の幼馴染によって侵略されているらしく、ドローンやらベースやらの機材もおかれているのはさておき。
その奥、窓際にあるシングルベッドがこんもりと膨らんでいた。
既に寝入っているのだろう、規則的に上下するベッドへと起こさないよう静かに近づくと、二人の少女がお互いを抱き枕にするような格好で寝息を立てているのが見えた。
もぞり、と二人のどちらかが動いたのか、掛け布団がずれた。そうすることで見えた光景に星歌はハッと息を呑む。
二人とも、何も着ていないのである。
正確には、ブラ紐(幅が広いナイトブラ)だけが見えているので、下着姿で抱き合って寝ているのである。
星歌は静かにため息をついた。それはそうである。
そして「仕方ないな」という表情で苦笑しながらずれた布団を直してやると――
「……風邪引くぞ」
違うのである。
妹とその幼馴染(同性)が下着姿で抱き合って眠る姿にかける言葉として「風邪引くぞ」は決して適していないのである。
布団をかけ直した後、穏やかな寝息を立てる二人の頭をそっと撫でた星歌は、夕食を取る為に部屋を後にした。
出る直前、再度眠る二人に向けて一言。
「……おやすみ」
もっと他に言う事ないの????
続くとしたら終始こんなノリで続きます。ご容赦。
・伊地知虹夏
大天使ニジカエル。幼い頃に幼馴染に脳を焼かれてしまった。
ドラム担当は変わらずだが、幼馴染と普段からよくセッションを繰り返している為原作同時期よりもドラマーとしての実力は上。これからいっぱい甘やかしてあげるからね……
・禊萩百合(ミソハギ ユリ)
妖怪人解し。無二の幼馴染が精神的に一番辛いときに「支えてあげたい」の一心でこれまでの全てを投げうってでも傍に居続けた覚悟者。
元ピアニスト、現キーボーディスト。lilyの名で動画を投稿もしている
名字の由来はYOASOBIのキーボードのお方。ニックネームだけど。名前の由来? まんま。
・伊地知星歌
脳を焼かれた人その2
可愛い妹と妹分がずぶずぶになっているのを見る事しかできなかった。
でも二人とも嫁に出す気はさらさらないので、これはこれで良いか……と現在は諦めムード。
・YAMADA
虹夏のセカンド幼馴染。出番は後。百合マッサージの被害者でもある。