下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
-出典 癖物語-
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バンド活動において、そのバンドの方針がコピーバンドではない限り、作詞作曲――つまるところ、オリジナル曲の作成は切っても切れない関係性がある。
結束バンド内ではそれぞれ、作曲をリョウが、作詞をひとりが担当する事になった。
こういった担当が別れている場合に多いのが、どちらかが先に仕上げ、それを見て(あるいは聴いて)もう一人の担当が作成するといった手法だ。
今回結束バンドでは、ひとりが作詞担当ということで、おそらく作詞経験も無いだろうという予想から、リョウは自分が先にある程度曲のイメージを固めることにした。
「というわけで、百合をちょっと借りる」
「どういうことだよ」
学校終わり、珍しくバイトもバンド揃っての練習も無いのでフリーな虹夏が、せっかくなので買い食いでもして帰ろうかと百合を連れてリョウの席へと訪れてみれば、開口一番で百合の両肩に手を置いてはなったセリフが突拍子もなさ過ぎたので、虹夏のお口が悪くなった。
「作曲のこと。ちょっといくつか思いついたフレーズがあるからそれを纏めたい」
「えぇ? いや作曲は完全に任せてるから何にも言えないけど、百合を借りてなにすんの?」
「色々。思いついても実際に音にしてみないと全体像が見えてこないし、パソコンだと打ち込みがめんどいからキーボードで一旦再現して貰いたい」
「ああ、そういうこと……」
リョウの言葉に、虹夏は納得した様子だった。
百合は二人の会話を静かに聞いている。頭をリョウの胸に預ける形で後ろに倒し見上げると、リョウのやたら整った顔立ちや長い睫毛が目に入った。
ぱち、と百合とリョウの視線が交差する。なんとなく気に入らないので、虹夏は百合のほっぺをつまんで無理やり自分と目を合わせた。
「あたしは? なんか手伝う事ある?」
「虹夏は、今のところは特に。あとでドラムパートで希望を聞くかもぐらい」
「そ。じゃああたしは喜多ちゃんとぼっちちゃんの様子でも見てこようかなー」
完全に当事者である百合本人を置き去りにして話を進めているが、百合としては求められたのならば応えねばと内に秘めるモンスターがアップを始めているので別に構いやしないのだった。
尚、この会話をしている背後では尊みに脳を焼かれたCPC信者共が死体の山を築き上げていたのだが、それは三人の視界には入ることは無かった。
「というわけで百合、小腹が空いたから何か作って」
「……作曲は?????」
場所は変わって、百合の家の百合の部屋。
伊地知家じゃない。きちんと禊萩家の百合の家だ。
ほぼ使用はしていないがベッドがあり、その他には勉強机とパソコン、そしてキーボード――正確にはシンセサイザ――が二台ほど置かれているだけのシンプルな部屋だ。
それもそのはずで、月のほとんどを虹夏の部屋で寝泊まりしている為、この部屋ではごく稀にしか寝る事は無く、動画の作成やキーボードの練習用の部屋として割り切って使用しているので。
そんな百合の部屋を訪れたリョウはベースと鞄を下ろすなり飯を要求し始めた。流石の百合も前言撤回もいいところなので困惑をしている。
「それはやる。けどまずはお腹を満たしたい」
「……お昼のお弁当、少なかった?」
「ちょっとだけ」
リョウは実家が金持ちということもあり、また自身もバイトをしていることもあって普通であればお金に困る事はそうそう無いのだが、浪費癖が酷く宵越しの銭は持たぬを地で行く為、常に金欠にあえいでいる。
一時期はお金がなさ過ぎてそこらの雑草を食べ始めていたので、それを見かねた百合が泣きながらガチ説教し、わずかな代価でお昼のお弁当を作ってあげる事にしていた。最初は無償でお弁当を渡していたが、リョウの将来を危ぶんだ虹夏によって毎月千円ではあるが食費を払うことを厳守させたのだった。このままではヒモになる将来しか見えなかった為、たとえ少額であろうとも対価を受け取ることを百合にも守らせて。百合はちょっと不満そうであった。なんでだよ。
「……わかった。軽く?」
「うん。おにぎり一個とかでもいい」
仕方がないなぁと苦笑した百合がキッチンへと向かったので、リョウもベッドに腰を下ろそうとして――なんだか虹夏に怒られる未来が見えたのでおとなしく床に腰を下ろしてベースのチューニングをし始めた。
しばらく思うがままに弦を震わせていると、百合がトレイにおにぎりを二つと飲み物をもってきた。
「……はい、どうぞ。二個あるから、食べきれなかったら持って帰れるようにラップしてあげるね」
「おぉ、ありがとう。じゃあ早速――いただきます」
ベースを脇に退け、リョウはほかほかと湯気を立てているおにぎりを一つ掴むとそのまま大きく口を開けて一口頬張った。
絶妙な力加減で握られた米が口の中で解け、うっすらとついた塩味が食欲を掻き立てる。中に入っていたのは味噌だろうか? だが少し味わいが違うような気がする。
「んぐんぐ。百合、これ具は何?」
「……大葉みそ。しゃけとかおかかが切れてたから、ごめんね」
「いや、めっちゃ美味い。流石は百合、いいお嫁さんになる」
リョウが手放しに褒めるので、百合は恥ずかしそうに朱に染まった頬を両手で押さえ「そうかな」と照れて身体を捩っていた。
非常に可愛らしいのだが、やはり見た目の問題で幼妻にしか見えなかった。
「虹夏も幸せ者だ、こんなに美味しいご飯を作ってくれる幼づ――幼馴染が居るんだから」
「……えへへ……ぅん? 今幼妻って言った?」
「言ってない」
「……そっか」
微妙に納得がいってなさそうな表情だったが、百合は誤魔化されてやることにした。
「……でも」
「ん?」
もぎゅもぎゅと結局二個目のおにぎりに手を付け始めたリョウに、上目遣いになりながら百合は言う。
「……リョーちゃんにも、いつでもご飯は作ってあげるからね。大切な幼馴染なんだから」
「……………………ありがと。期待してる」
「……うん」
リョウはちょっと本気で嫁にしてえなと思った。
この後、将来虹夏と百合がくっついた後もどうにかしてご飯をたかりに来れないかを思案していた為、曲作りについてはあんまり進まなかった。
◇
作詞において必要な物は何か。
語彙力? それはそう。
発想力? それもある。
上二つも大切だが、自分の気持ちや考えを適切にアウトプットすることが何よりも一番重要だ。
どれだけ綺麗な言葉を並べても、それが借り物の言葉であれば薄っぺらくなるのは当然であるし、気持ちが籠らない詩は良き歌にはけしてならない。
歌詞担当、後藤ひとりは今まさにそんな問題に直面していた。
「どうしよう……」
歌詞が書けない。
いや、実際には書けてはいるのだが、どうにも言葉が薄っぺらく、全然納得がいかない。
どうしてこうなったのかというと、後藤ひとりのパーソナリティが問題であった。
ひとりは所謂陰キャであり、重度のコミュ症だ。
人に話しかけるのも話しかけられるのも苦手で、特に交友の無い人物から声をかけられてしまう場合、悪い想像がどんどんと膨らんで酷い場合は爆散してしまう。……念のため言っておくが、今人類の話をしている。
その陰性は筋金入りで、青臭い青春モノや甘酸っぱいものを、キラキラした物を見てしまうだけで具合が悪くなるし人の形を保つのも難しいほど。……一応、人類の話である。そのはずなのだ。
で、そんなひとりが、喜多郁代という陽キャの代表格みたいな光属性の人物が歌うのだからと、愚かにも応援ソングを書き始めたのが問題だった。
不満や不安をぶちまけるような暗い歌詞ならいくらでも書けるのだが、明るい歌詞となればうんともすんとも出力が出来ない。
試しに郁代のキャラをシミュレートしてみれば、その様子を目撃した母親によって部屋にお札を貼られ頭に塩を盛られと完全に怪異に対する対処をされてしまった。
それでも作詞のハウツー本などを噛り付くように、あるいは縋り付くように読み、どうにかこうにか産み出したのは、ティッシュペーパーよりもペラペラした紙未満の言葉の羅列。
落ち込んだ時にこんな歌詞を見たら余計落ち込みそうだし、なんなら作詞者である本人すらも「なんかむかつく」という評価を下していた。
当然納得なんて出来るわけもなく、どうしたものかと思案していた時、ふと頭を過ったのは一人の少女の姿。
「百合ちゃんの言葉は、どうしてあんなに効果があるんだろう」
ひとりが青春コンプレックスを刺激され、自己否定や自己嫌悪で殻にこもってしまった時、百合がかけてくれた励ましの言葉や褒め慰めるような言葉は不思議なほど暖かく、胸の内の柔らかな部分を癒すようなものだった。
百合なら何か分かるかもしれない、そうでなくとも、なにかこう、褒めたり励ますときのコツなんかを教えてもらえるかもしれない。
そんな思いで、スマホを操作して「歌詞について相談したい」旨のメッセージを百合に送った所、「ウチまで来れる?」との返事があったため、急いで支度をして家を飛び出した。
その際どこに行くのか問うた母親に「友達の家に行ってくる」と言い捨ててから出てしまった為、家族そろってひっくり返って驚いていたのは言うまでもない。
ひとりが「あれ? もしかして友達の家に行くという初イベントをこれから消化しようとしている?」と気づいたのは、百合の家とたどり着く直前、STARRYのあるマンション前での事だった。
(こっ、ここここれは! 俗にいうお家にお呼ばれ!! いいのだろうか!? 私の様な陰の者がそんな陽キャ御用達イベントをこなしてしまって!?)
バンドメンバーの家に行くだけで随分なはしゃぎようだが、その分これまでのひとりの交友遍歴が否応なしに想起されてしまい虚しい気持ちになる。
(よよよよよし! いまこそ! 陽キャリア充街道を踏み出す時!! ぼっち、行きます!!)
意を決して、伝えられた部屋番を何重にも確認した後、えいやとインターホンを押した。直後、ぱたぱたとこちらへ向かう足音が聞こえる。
(アッ! そそそそういえばどうやって入れば!? 右足から? 左足から? それになんて言えばいいの!? おち、おちちち落ち着くんだぼっち。大丈夫、ぼっち式108通りのシミュレーションによればここは――)
ガチャ、と扉が開いた瞬間、ひとりは吠えた。
「結束バンドのリードギター!! 後藤ひとりです!!!! 失礼致します!!!!!!!」
職員室じゃねえんだぞ。
特大の挨拶をかましたひとりは、ドアを開けた人物に目を見開いた。
なぜならそれは、ひとりが想定していた百合ではなく
「や、ぼっち。今日もおもしろいね」
「りょ、リョウさん……?」
結束バンドの作詞担当、山田リョウがおにぎりを頬張りながら立っていたのだから。
「なっ、な、なんでリョウさんがここに……?」
百合の家を訪ねたと思ったら、出迎えたのはリョウでした。これが全然別人の家だったら羞恥のあまり爆発四散するだけなのだが、出てきたのが知り合いというか同じメンバーのリョウだった為、ひとりは困惑するだけで済んでいた。命拾い。
「作曲。あとは普通によく入り浸ってる」
ひとりの疑問に対して、リョウの回答は簡潔な物だった。入り浸っているのは土日などの休日や両親が夜居ない時にご飯が食べられないので、飯を集りにきているというのが真相。百合の家に2、虹夏の家に8の割合で入り浸っている。言わずもがな、百合の家の頻度が低いのは百合が虹夏の家にいるからだ。
「あっ、そ、そうなんですね」
「そう」
そして訪れる沈黙。ひとりは慌てだした。
(き、気まずい……! というかリョウさんのことあんまり知らないから尚の事気まずい……!)
恐らく百合の部屋に案内されカーペットに腰を下ろしたのだが、腰は落ち着けども気分は全く落ち着かない。
目の前のリョウは何を考えてるか分からないぬぼっとした表情でおにぎりを食べ進めているし、無言の空間が辛い。
とりあえず会話を……ということで、今一番気になっている事を尋ねてみることにした。
「あっ、あの、ゆ、百合さんは……?」
そう、我が物顔で部屋まで案内をされたのだが、家主が不在なのである。
百合が来てくれれば本題にも入れるし無言の空間が和らぐのではと期待していたが、帰ってきた答えは無常だった。
「百合は今急いで買い出しに行ってる。飲み物が切れちゃったんだって」
はい終わった。少なくともしばらくの間この気まずい空間が続く事が確定した。
そわそわと落ち着きが無く膝を擦り合わせながら部屋の中を見回す事にしたひとり。その様はエレベーターの中で他の人と乗り合わせてしまった時に、階数表示のランプや表示に視線を釘付けさせている姿に似ていた。
パーソナルスペース云々ではなく、ひとりはそもそも目線を合わせることが怖い『対人恐怖』の気があるので。
「で、ぼっち。歌詞の相談があるんだって?」
突然リョウがそんなことを言い出したので、ひとりは飛び上がって驚いた。
「えっ、なっ、なんでそれを……?」
「何でも何も、百合が今日『ぼっちが歌詞で相談したいことがあるから家に来る』って言ってたから」
それもそうだった。既に来客が居るのなら、追加で人が来る場合に事情を説明して許可を取るだろう。
「最初に百合に相談しようとした理由は“なんとなく想像つくけど”、私も作曲担当として色々アドバイスは出来ると思う」
「あっ、たっ、確かに、そうですね…」
再びの正論パンチに、ひとりは素直に事情を説明しだした。
歌詞を書いてみたけどどうもしっくりこないこと。それで人を励ますことや褒めることが得意そうな百合に相談したかったこと。
それらを聞いたリョウは「とりあえず出来てる分まででいいから歌詞見せて」とひとりから作詞ノートを貰い、読み進めた。
「お、おぉ……!」
珍しく、リョウが感嘆の声を漏らすので、そんな刺さるような詩だったかな? と疑問に思ったひとりがのそのそと近づいてリョウの背後からノートをのぞき込む。
そこに書かれていたのは、あまりにも作詞が進まないので手慰みに考えていたら意外と興が乗ってしまった自身のサイン案一覧だった。Bocchiと可愛らしくハートなどでデコられたものに〇をつけられ、決定! と書かれている。決定じゃない。なにやってんだ。
「あっ、ちっ、違います! それじゃないです次のページ見てください!!」
「あっ、もう。面白かったのに」
気を取り直して。
リョウが自分の書いた詩を無言で眺めている最中、ひとりは再び膝をもじもじとさせながら部屋を見回していた。
やがて、見終えたリョウがぱたんとノートを閉じ、口を開いた。
「――ぼっち的にはこの歌詞で満足?」
◇
実を言うと、リョウが言っていた「飲み物が切れたので買い出しに出かけた」は方便であった。
というのも、作詞の相談という点でまず最初に百合を選んだのは、恐らく書こうとしている詩の内容が青春ソングや応援ソングの類だからだろうとリョウは予想していた。
そのまま百合に任せてしまうと甘やかした上にそういう方向でひとりの作詞が固まってしまうため、まずはリョウが話を聞きたいと言い出したのだ。
実際、百合が作詞ノートを見ていたとしたら、まず頑張って書いた事を褒め、諦めなかった事を褒め、サインについても将来を考えていると褒め、何より何度も書いて消してを繰り返した形跡のあるノートを見て褒め……と褒め殺しした上でじゃあどうしたらいいかという話に持って行っていただろう。
ただ、全肯定をするかというとちょっと違う。百合の持つ甘やかしの極意とは、一に褒め二に励まし、三四で褒めて、五でその人の望む方向へと後押しするというもの。故に、ひとりが明るい歌詞が苦手であることが読み取れれば、百合もそっちに軌道修正をしていった事だろう。
そのことを幼馴染で付き合いの長いリョウが思い至らないはずもないので、まずリョウがひとりの書いた詩を読んで意見を出すというのは、リョウなりの「結束バンド」に対する貢献なんだろうと百合は思っている。
「~~♪」
ひとりが家に来てからそろそろ十分な時間が経つので、意見交換も佳境に入っただろう。
まずは頑張って作詞をしてきたひとりを思い切り褒めてあげて、そのあとでぶきっちょながらバンドの事を考えて行動してくれたリョウの事もいっぱい甘やかそう。
百合はご機嫌に鼻歌を歌いながらお気に入りのハーブティーを三人分淹れ、自室への扉を開いた。
そこでは予想通り、膝を突き合わせて話し合う二人の姿があり――
「これが百合が中学に入学した時の写真」
「あっ、かっ、可愛らしいです」
「それでこれが高校に入学した時の写真」
「あっ、はい、これも……あれ? 制服しか変わらないような……」
「よく気付いたぼっち。百合は中学から今まで健康診断の数字が殆ど全部同じ。虹夏が言うにはもっと前から――」
「……とりあえず二人とも。そこに正座。お説教するから」
・世界のYAMADA
百合に胃袋を握られている。たまに虹夏にも握られる。虹夏は自分がしっかり釘を刺さなきゃ……! と思っているが、なんだかんだ仕方ないなでご飯を恵んでしまうんだ。将来虹夏と百合がくっつかない訳がないと確信してるので、そうなった時にもご飯を恵んでもらえるよう好感度を稼いでいる。
・作詞について
これで満足? の後は原作通り。百合はバンドを色で例えたが、リョウはそれを引き合いに出した上で「個性が集まって一つの音楽になる」とひとりに示した。
・百合の健康診断結果
小学6年生で今の身長が完成してしまった。まだ伸びる余地はあると信じ、毎日の牛乳を欠かしていない。殆どの例外は胸囲と体重のみ。