下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
変わってねぇな、
恥ずかしながら生きておりました。生き恥。
すげえもんもらっちまったもんで……へへ……戻ってまいりました……
結束バンドが本格始動してから、初めてのライブ。
……の、前々日の事である。
最後の全体ミーティングで『チキチキ、後藤ひとりの一人デスゲーム』を開催するというトンチキをかましていた結束バンドだが、流石にそれだけで終わらせるのもまずかろうと、ライブ前最後の平日にも集まっていた。
通しのセッションでは、決して満足とは言えないものの、ひとりは百合との特訓で合わせる事が少しできるようになっていたし、郁代もたどたどしくとも前を向き胸を張ってボーカルを務められていた。
百合と虹夏、そしてリョウについては問題ない。元々高い演奏技術を持っているリョウやプロレベルの百合は言うに及ばず、虹夏もそれに追いつこうと研鑽を積めている。
総評として及第点はやってもいいだろうというのが、心配になって見に来た星歌の評価であった。
「……ま、いいんじゃないの?」
ライブハウスのオーナーから頂くお褒めの言葉に郁代やひとりは素直に喜んでいるが、百合と虹夏はこの姉が身内相手にはダダ甘になることを知っているので、苦笑しながら現在の自分たちの位置を大まかに認識した。YAMADA? 奴は人の評価を気にしない孤高ガールなので。
通しも終わったのでこのまま解散して本番の為に英気を養う――とはならず、虹夏が柏手を打って注目を集めた。
「はい注目! 明後日のライブに向けて、最後の仕上げをするよ!」
今まさに仕上げをしたところでは? と首をかしげるひとりと郁代に、虹夏はどこからか持ってきた段ボールからごそごそと何かを取り出し、広げて見せた。
「じゃん! バンドTシャツが出来上がりました~!」
「「おぉーーっ」」
虹夏が取り出したのは、黒地にホワイトカラーで『結束バンド』というバンド名が描かれたTシャツだった。
結束バンドのンの字を起点に、環のようにぐるりと結束バンドが描かれており、シンプルに纏まったデザインが黒い生地に映えている。
「結局虹夏のデザインになったんだ」
「まあね! あたし、デザインとか得意だから」
サイズを確かめるために、一同は受け取ったTシャツに袖を通し始めた。女性のみという事でその場で着替え始めていたところ、郁代はふと百合の姿が視界に入った。
(デッ………――ッ!)
でかい。
何がとは言わないが、とても大きい。
百合の身じろぎに合わせてたゆんと揺れるそれは、まさに巨砲。
身長が低い事も相まって、もうなんというか、犯罪的だった。
対して、自分のそれはというと。
すとん、とつま先どころか足首まで見える断崖絶壁。
「……なんか、すごい見られてる気がする」
それから、郁代は着替え終わってからも百合の体の一部をクマ吉君の犯罪を目撃したうさみちゃんの如く瞳孔かっぴらいて凝視し続けていた。その視線は、遥か頂きを前にした羨望と、決して叶う事が無いという絶望や嫉妬が混ざった地獄のようなカクテル具合だったという。
「ふうん……悪くないじゃん」
「何よリョウ。参加しなかったくせに偉そうに」
「案はロインで送ったでしょ」
「……寿司とカレーは、流石に没、かな」
バンドTシャツのデザイン作成は後藤家で集まって行われたのだが(尚、リョウは今年10回目のおばあちゃんが峠の為不参加だった)そこでの出来事――『後藤パンデミック事件』については、いずれ語る事もあるかもしれない。あまりにも惨い、まさしく惨状であった為今回は割愛する。
バンドメンバーがそれぞれTシャツの感想を言い合っている中、ひとりはスタジオの一面にある鏡の前で、自身の姿を確認していた。
(…………これはこれで、いいかも)
残念ながらひとりが出した案はおしゃれすぎて(意訳)不採用となったが、きらきらしておらずシンプルなデザインで割と気に入っていた。
夢にまで見ていたバンド。こうして同じTシャツを着ている事でそれを強く実感した。
(明後日はついにライブ――)
ひとりが大きな緊張と、そして隠し切れない期待感に顔を青くしながら覚悟を決めていると、「えーーーっ!?」という虹夏の声が耳に入った。
「なんか今、台風が来てるらしいですよ」
「うそ――――!?」
ニュース記事を見たらしい郁代が、不安そうな顔でスマホをスクロールしている。が、すぐにホッとしたような表情で
「あ、でも関東にはあたらないみたいです」
「なぁんだ、良かったー!」
けらけらと明るく振る舞う虹夏達だったが、それを見ていたひとりは胸の片隅に芽生えた嫌な予感を拭いきれないでいた――。
◇
杞憂だった。
「すごい、いい天気……」
台風は予報されていた通りに本土に上陸する事無く太平洋を進んでいたが、何かに導かれるように関東へと進路を変更した――というのが、ライブ前日の話。
そこから大谷選手のスイーパーも真っ青な急転換をし、ほぼくの字に折れ曲がって過ぎ去ったのが本日朝。
「てるてる坊主が効いたんですかね」
ライブは夕方から開始だが、リハーサルの為に早めに入店していた郁代が店先から回収され、カウンターに並べられているてるてる坊主をつつきながら言った。
「そうかもしれないけど、たぶん百合が居たからじゃないかな?」
「百合先輩が?」
「……ぶい」
何を隠そうこの禊荻百合という少女は特級の晴れ女なのである。
彼女が参加する遠足・運動会などの学校行事や旅行は、たとえ前日に雨と予報されていても確実に晴れる。それはもう降水確率100%とは何だったのかというくらい、雨雲が散らされるのだ。やっぱり妖怪なのでは??
一説には、百合と松〇修造が出会うと晴れの力が暴走し干ばつが起きるらしい。与太話にもほどがあった。
(嫌な予感が的中しなくてよかった――)
ひとりはホッと安堵のため息をついたが、直後、晴れたことによって訪れる危機に直面することになる。
(ひ、ひひひひ人が多い……!!)
STARRYは決して大きなライブハウスではない。収容人数は250人かそこらで、普段ライブをしている時でも100人埋まれば上々といったレベルのローカルな箱だ。
それが、今やその最大収容人数に届かんばかりの人が群れを成していた。
今回のライブはワンマンではないため、参加バンドそれぞれの招待者が居るからとはいえ、驚異的な満員御礼状態。
こうなった原因は――
「百合ちゃん~! こっち向いて~!」
「虹夏ちゃん! 応援に来たよー!」
「リョウ様!! はせ参じましたわ~!」
主にこいつらのせいである。
もともとCPCとかいうトンチキ宗教団体――良い言い方をすればファンクラブ――が出来る程に人気だった3人組がバンドを組んでライブをするという。
3人のノルマチケット各4枚ずつは信者共の血で血を洗う聖戦によって争奪され、幸運にも手に入れた者は『CPCから直々に招待された』という栄誉を賜れた。
手に入れられなかった者については当日券の販売を列を成して購入した。また、それも収容可能人数という上限があるため、先着順。
早朝から列を成して並んでいる様は、通りがかった人がポケ〇ンカードの新段発売日と勘違いするほどだった。
(こ、こんなにたくさん人がいたら、BRSを引き起こして死んでしまう……! トイレは混んでるみたいだし、そ、外に出よう……)
説明しよう。
BRSとはBocchi Reality Shockの略称であり、閉鎖空間内で一定以上の陽キャ人口密度を超えた場合に起こる精神疾患である。
主な症状はひきつけ、動機、めまい、吐き気、融解、細胞単位の分裂など。
非常に珍しい疾患であり、世界で一人しか発症が確認されていない。
言うまでもなく、ひとりの事であった。
息も絶え絶えに人混みをかき分け、出入り口へと近づいた時、新たな来店者が現れた。
「ぼっちちゃんきたよぉぉぉ〜――ぉぉぉぉぉっ!?」
そして音速で掻き消えた。
「えっ……うぇ…………????」
一瞬、チケットノルマを捌くときにお世話になったお姉さんが見えた気がしたが、瞬きの間に消えてしまったので幻覚だったのかもしれない。
ひとりは目を数度擦って、やはり誰も居なかったので気の所為かとそのまま外に出たのだった。
◇
一方、消えたお姉さんこと廣井きくりはというと。
「げほっ、えほっ……。せ、先輩? いきなりどうしたんですか~???」
深酒によるへべれけ状態でひとりのライブを見に来たものの、来店と同時にバックヤードへと連れ去られていた。かつての先輩――伊地知星歌によって。
「お前……なんで来た」
星歌はまるで親の仇を見るかのような目できくりを見据え、バックヤードの壁に押し付けながら問う。
「なんでって、ぼっちちゃんからチケット買って〜……」
「ぼっちちゃん目当てか……チッ」
星歌は舌打ちをし、電話をかける。数コールの後、相手が通話に出た。
『お姉ちゃん?? どうしたのお店の中なのに電話してきて』
「虹夏、落ち着いて聞いてくれ。……Kが来た」
『――!! わかった、百合はこっちで見ておくよ』
「すまん、頼んだ」
通話を切ると、未だに事態が全く理解できずにいるきくりを見下ろし――呟いた。
「……いっそ消すか」
「私を!?!? ちょちょちょっと待ってくださいよ!!」
突然の処刑宣告にさすがのきくりも酔いがすっ飛び、狼狽えながら待ったをかける。
「消す前にせめて理由を!!」
訂正、やはりまだ酔っているらしい。理由問わず受け入れるな。
「お前は毒だ。……百合にとって」
廣井きくりという人物について、少し説明しよう。
彼女はSICK HACKというインディーズバンドの中でも上澄みに位置する凄腕アーティストなのだが、そのカリスマ性と引き換えだったのか、とにかく私生活が壊滅的だった。
日常的に泥酔状態で酒癖も悪く、道端で潰れて通報された(善意によるものだが)事は数知れず。また、悪酔いで器物破損を繰り返し常に金欠気味であり、風呂なしの激安アパートで生活しているためちょくちょく拠点ライブハウスの仲の良い後輩たちに飯や風呂を集るというダメ人間っぷり。
そう、甘やかし妖怪である百合と極端に相性が良すぎるのである。
もし百合がきくりと出会ってしまったら――そのダメ人間っぷりに科学反応を起こし、何が起きるか分からない。
もう一人の妹といっても過言ではない……いや、将来的に虹夏とくっつくのであれば、本当に義妹となるわけだ。
そんな目に入れても痛くない、可愛い可愛い将来の妹がこのダメ人間に出会ってしまった結果、堕落しきって戻れなくなったこいつが星歌の描く幸せ家族計画にコレが挟まってしまう事態になるかもしれない。
「まあいい。いいか、お前はこのまま、来なかったことにしてその裏口から出ていくんだ。これは何もお前が嫌いだから言っているんじゃない。……お前のためでもあるんだ」
「わっ、私の為って。どういうことです……?」
「――百合に捕捉された場合、お前は一生布団の上から動かずに生涯を終える事になる」
「終身介護!? 何されるんですか私!?!?」
何って、甘やかしだろうか。身も心も溶かしつくす。
「ほら、分かったらさっさと出とけ。開演したら裏口からこっそり入っていいから。とにかく百合に会わないように――」
マーフィーの法則、というものがある。
ざっくりとした説明をすると「失敗する可能性がある時は、必ず失敗する」という、皮肉混じりのユーモラスな経験則の事である。
バターを塗ったトーストを落とした時、必ずバターを塗った面が下になって床に落ちるというものは、聞いたことがある人も多いのではなかろうか。
これ自体は別段科学的に実証されているものでもなく、あくまでもユーモアの一つではあるのだが。
なぜこんな事を言いだしたかというと。
「……あ、おね――店長。こんなとこに居た……の……――」
ガチャ、とバックヤードの扉を開け、百合が現れた。
妖怪とダメ人間が、ついに出会ってしまった――――。