下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい   作:百合好きの獣

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頂いたFAその2
持っているキーボードはYAMAHAのお高いやつらしいです。百合ってばお金持ち…!実家が太いならいつ虹夏ちゃんとゴールインしても安心だね!!


#16 おさななじみ と ライブ

 前回のあらすじ。

 

 〜堕落の妖怪が、堕落したダメ人間と出会った〜

 

 星歌は内心頭を抱えていた。

 

(お、終わった……)

 

「…………」

「あれぇ〜、ずいぶん可愛い子だねぇ。先輩、もしかしてこの子が百合ちゃんですかぁー?」

 

 突如として始まった、妖怪VSダメ人間のタイトルマッチ。その立ち上がりは静かなものだった。妖怪こと百合は、バックヤードに入ってきた時の姿勢のまま、じっ……ときくりの顔を見つめている。

 きくりの方も、先程のやり取りを覚えていないのか(または考えないようにしているのか)呑気に星歌の袖を引いていた。

 

(あああ、ダメだ。百合のあの表情……完全に獲物を見定めている……)

 

 星歌にはこの後の流れが手に取るように分かってしまった。

 

 百合がきくりを甘やかす

 ↓

 きくりが図に乗って甘やかされ続ける

 ↓

 きくりの駄目人間化が更に進行する

 ↓

 しかし身体は更に甘やかしを求める

 ↓

 日常的に伊知地家に入り浸るようになる

 ↓

 お前も家族だ

 

 こうなる。

 

 星歌は祈るような気持ちで百合を見た。

 

(百合……! ただでさえ山田という扶養対象が居るのに、これ以上扶養を増やすのは良くないぞ……! 主に私の年末調整が!! 踏みとどまってくれ!!)

 

 そうはならんやろ。

 そもそも星歌も星歌で自分を世帯主カウントしてるあたり居座る気満々であった。ヒモと言わないだけまだ優しい方かもしれない。

 

 そんな祈りを知ってか知らずか、百合は意外にも、礼儀正しくぺこりと頭を下げた。

 

「…………禊荻百合、です。おねーちゃ――店長とは、虹夏ちゃんを通して、お世話になってます」

 

 予想外のアクションに、星歌はきょとん、と目を瞬かせる。

 

「お、おお〜。行儀の良い子だねぇ。ほれ、飴ちゃんをあげようねぇ」

 

 きくりは百合の仕草に、これまでのファーストコンタクトはファンを除いて大概がゴミを見るような目だった事を思い出し、感動しながらポケットから取り出した飴玉(居酒屋で会計時に貰ったハッカ飴)を手渡した。

 

「……………………ありがとう、ございます。あ、店長、これ……お店に差し入れだって」

「お、おぉ……すまん、貰っておく」

 

 百合はその飴玉を受け取り、もう一度お辞儀をすると「……そろそろ控室に戻る」とバックヤードを後にした。

 

「なぁんだ、先輩。ベッドから動けなくされるとかって言うからどんな子かと思ったら普通にいい子じゃないですかぁ。脅かさないでくださいよー」

「……お前、後で身体のどっかが溶けてないか確かめとけ」

「遅効性の毒!?!?」

 

 

 

 

 

 

「百合―っ!」

 

 百合がバックヤードから退室すると、ドタバタと慌ただしく虹夏が駆け寄ってきた。

 

「もう、目を一瞬離した途端どこかに行っちゃったから心配したよ!」

「……ごめん。STARRY宛の手土産を貰ったから、おねーちゃんに渡してきた」

「えっ……も、もしかして……お姉ちゃん以外の人に、会った?」

 

 虹夏の問いに、百合は内心疑問符を浮かべながらも、こくりと首肯した。

 

「大丈夫!? 百合――その人溶かしきってない!?」

「……虹夏ちゃんはわたしを何だと思ってるの……?」

 

 堕落の妖怪であろう。

 既にひとりという1名の少女を溶かした実績があるため、言い逃れは出来ない。

 

「あ、ごめんね早とちりしちゃって……。てっきり、あの熟成されたダメ人間を見たら飛びついて甘やかして溶かしちゃうかと思って」

「……さすがに、初対面の人に無条件で甘やかすほど節操無しじゃないもん」

 

 そう言われて、虹夏も思い至った。

 たしかに、高いヒモ適性があるリョウや、極度のコミュ障かつ甘やかしがいのあるひとりなども、百合は初対面でいきなり飛びつくといったようなことはしていなかった。

 ひとりについてはちょっと怪しいところはあるが、それでも本格的に溶かし始めたのはやつがバンドに入ってから――家族になってからだ。本格的に溶かし始めるって何????

 

 そう、禊萩百合は節操無しの甘やかし妖怪ではなく、ちゃんと家族かどうかで我慢が出来る、理性を持った妖怪なのである。しつけされた獣か???

 なお、その家族の定義は血縁関係に関わらず範囲が広く百合の独断によって裁定されるものとする。

 

「なぁんだ。そうだよね。最近百合がリョウだけじゃなくて、ぼっちちゃんとか喜多ちゃんもデロデロに甘やかし始めてたから勘違いしちゃってたよ」

「…………」

 

 安心したようにカラカラと笑い出す虹夏を、百合はじっと見つめだした。おや? 様子が……。

 

 百合の特技――というより、ほぼ異能の域にある色聴は、言葉から相手の感情をかなり精密に読み取る。

 その百合の感覚が、先の虹夏の言葉に秘められた「楽しそうに甘やかす百合を見るのは好きだけど、もっと自分も構ってほしい、甘やかしてほしい」という少女の小さな嫉妬心を見抜いた。

 

「そうだ、スタジオを控室として借りられたんだ。リョウたちにはさっきロインで伝えたから、私たちも合流しようよ。多分ぼっちちゃんとか喜多ちゃんは緊張してるだろうし」

 

 百合の手を引く虹夏の表情は晴れやかだ。先の嫉妬心は本人も自覚していない無意識下のものだったのだろう。

 

 それを知った百合は――

 

「…………虹夏ちゃん」

 

 ところで。

 食べてはいけないご馳走を間近で見せつけられた獣が、理性を総動員して欲を押さえつけていたとして。

 その直後に、食べてもいい――むしろ、食べてほしそうにしているご馳走が目の前に現れたのならば、どうなるだろうか。

 

「…………皆には、ちょっと遅れるって伝えないと、ね」

「……………………へ??」

 

 その後、百合は虹夏を備品倉庫へと連れ込んだ。

 二人が控室でメンバーと合流したのは、それから30分後の事だった。

 

 

 

 

 

 

「あ、虹夏先輩! 遅いですよもうこっちは大変で――ぅぅぇぇぇっ!? 虹夏先輩が溶けてるーーーー!?」

 

 『ちょっと遅れます』そんなメッセージからちょっとどころか半刻も遅れてやってきたのは、不定形粘性生命体と化した虹夏と、それを幸せそうに背負っている百合だった。

 ドロドロと流体となっている、かろうじて虹夏と判別出来るそれは、のそりと触覚――頭頂部あたりなのでおそらくドリトス――をもたげて応じる。

 

「あぁ……、喜多ちゃん気にしないで。これは好転反応だから、そのうち元に戻れるから……」

 

 好転反応とは、マッサージを受けるなどで滞っていた血流が流れ、老廃物が排出されるなど体が正常な状態に戻ろうとするために起こるダルさや眠気、痛みなどの事である。

 けして、体がスライムのようにドロドロに溶けることではない。そういうのはひとりだけで十分だ。

 

「はっ……! そんなことより!!「そんなことより????」大変なんですよ百合先輩!! 出番が近づくたびに後藤さんがカチコチになって、緊張のあまり――」

 

 本人が問題ないって言ってるからヨシ! とヒヤリハットを無視した郁代が慌てた様子で指差した先には――

 

「後藤さんが、壁画になっちゃったんです!!!!」

 

 なんて???????

 

 郁代が指した先には、やたら猫背の虎が描かれた――頭頂部にあるキューブ状の髪飾りからかろうじてひとりの要素が垣間見える――壁画。

 どうして??????

 

「百合、すごいよこれ。虎なのにすっごい弱そう」

「……心なしか、表情がしょんぼりとしてるように見える」

 

 そっと虹夏のようなモノを丁寧にベンチへと横たわらせた百合が近づくと、リョウがキラキラとした目で壁画を突っついた。壁画はくすぐったそうに震えた。壁は動くな。

 

「いい出来だから、持って帰ってうちに飾りたいかもしれない」

「……め、だよ。リョウちゃん。ちゃんと元に戻してあげないと」

 

 壁画となった人間を元に戻す方法とは。

 有史以来このような事を考えたのはこいつらが初であろう。

 

「で、百合。どうやってもとに戻すの? 削る?」

「……んーっと」

 

 百合は壁画ぼっちをこつこつと軽く叩いてみた。中々に硬質な手ごたえが返ってきたので、材質はコンクリートか何かだろうか。人体からコンクリートが生成されたという怪奇現象についてはこの際無視するとして、紙やすりや糊など、普段から用意している『ぼっち修復キット』では手の施しようがなさそうだった。

 

「……じゃあ、こうしようかな」

 

 よいしょ、と百合は壁際に置いてあったキーボードをスタンドごと移動させ、一音一音確かめるように鍵を叩いた。

 

 ◀     ◀

  ▶     ▶

   ▼     ▼

 

 六つの音を出した後、その音を基軸としたメロディを滑らかに奏でる。それは鎮魂歌。眠れぬ魂をも癒やす柔らかな旋律。

 どこからか、何か正解を引いたかのようなSEの幻聴と共に、壁画ぼっちに変化が現れた。

 

「あぁ~……っ」

 

 じゅわっ、と端から溶けるようにして、壁画となっていたひとりは人の姿を取り戻していた。ホラー演出かな?

 

「後藤さん! 良かった、施工業者の連絡先なんて分からないからどうしようかと……」

「百合、今のは?」

「……いやしの歌っていう、昔のゲームで使われてた曲。ゲームだと彷徨える魂を癒す目的で演奏されてたから、緊張して壁になったぼっちちゃんならいい感じに力が抜けるかなって」

 

 仮想を現実に持ち込むなと言いたいところだが、実際にそれで元に戻ったのだからひとりは仮想世界の住人なのかもしれない。

 

 ところで、癒す――緊張をほぐすという歌を、既にドロドロにほぐされている人物が聞いてしまうとどうなるのだろうか。

 

「あぁ~……っ」

「虹夏先輩!?」

 

 不定形だった虹夏スライムが、さらに粘度を無くし液体と化す。

 

「……ほぐしすぎちゃった」

「なんで虹夏先輩まで後藤さんみたいに!? アレは感染するものなの!?」

 

 感染してたまるか。

 とはいえ、比喩的表現では済まないレベルでドロドロになってしまった虹夏を見て、百合も珍しく慌てた様子。

 このままでは『下北沢の大天使を幼馴染がデロデロに甘やかしてドロドロに溶かす(物理現象)』となってしまう。ご愛読ありがとうございましたではないのだ。

 

「……えっと、えっと。ほぐしすぎたから、逆に緊張させる……どうやって……?」

 

 甘やかし癒す事についてはプロフェッショナルな百合であっても、その逆、緊張を強いる事についてはとんと疎かった。

 そんな中、リョウが動いた。

 

「百合、虹夏の耳……耳と思われる部分に、――――って囁いて」

「え……」

「いいから、早く」

 

 よく分からないが、リョウがあまりにも自信たっぷりに言うものだから、困惑しつつも百合は指示に従って虹夏だったモノのそばにしゃがみこんだ。

 そして、一言。

 

「……”虹夏ちゃん、おとーさんが、結婚するなら今度顔を見せに来なさいって”」

「はひっ!?!? あ、ああたしは百合を心から愛してます!!! 娘さんを下さい!!」

 

 なんという事でしょう。

 約1.0mPa-sと水に程近い粘度となっていた虹夏ジェルが、囁き一つで瞬く間に元の硬度――いや、人体に対して粘度も硬度も単位としておかしいのだが――を取り戻しました。

 

「え、りょ、リョウ先輩……今のは一体……」

「虹夏は乙女思考だから、相手の両親への結婚報告に変な思い込みを持ってる。特に、父親からは『うちの娘はやらん!』とか言われると本気で思ってて、常日頃シミュレーションしてる」

「あ、虹夏先輩が”貰う”側なんですね……」

 

 そうじゃない。君が疑問に思うべきなのはそこじゃないんだ、郁代。

 後藤ひとりの生態が虹夏に感染しているとか、もう結納の想定をしているとか、そういう事でもない。

 

「あ、結束バンドさーん。次のバンドが終わったら出番なので、スタンバイお願いしまーす」

 

 ライブの出番直前に、こんな茶番をかましてとっ散らかった緊張の空気について、疑問を覚えるべきだったんだ。

 

 結束バンドの正式な初ライブまで、あと、30分――。

 




・ヒモの扶養
残念ながら税法上親族でも婚姻関係にあるわけでもないヒモは扶養控除の対象にならない。ただ家計を圧迫するだけ。
仮に虹夏がトチ狂って山田を養子縁組した場合、戸籍上の親族となる虹夏は扶養控除が可能だが、聖歌はどちらにしろ全く関係が無いので杞憂である。
そもそもリョウもきくりも収入自体はある。すぐに使い切るだけで。一応ある。今は。

・備品倉庫での出来事
耳元でひたすら「好き好き大好き♡」と愛を囁きながら肩背中腰をマッサージしていた。淫猥は存在しないが、これはもうそういうプレイの一環では??ボブは深く頷き理解を示した。

・感染するB
実はぼっちは殆ど関係が無く、百合は純然たる実力で虹夏をドロドロにした。やはり妖怪では?
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