下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
――耳鳴りがする。
『喜多ちゃん! 見に来たよ! すっごい人気だね!!!』
――めまいがする。
『こんなに期待されてるんだ……! すごいね喜多ちゃん!』
――動悸がする。
『頑張って!! 期待してるから!!!』
胸が、苦しい。
誰か、助けて――
◇
「うっはぁ~すんごいお客さんの数だねー」
危うく流体となるところだった虹夏は、フロアに密集する客の群れを見て呆れたような苦笑を見せた。
「そうだけど、そうじゃないでしょ」
「……うん。ほとんど、知った顔。というか、わたし達の学校の人達」
定員約250名。そのうち7割程度が百合達の通う下北沢高校の人間だった。
生徒と限定しなかったのは、なぜかちらほら教師が混ざっていたからだ。休日の日中とはいえ、教職者は夜間まで営業しているライブハウスに訪れている生徒に注意するべきではなかろうか。まあ、流石に監視の目という目的もあるのかも――
「あ、百合。現国の武田先生が居るよ」
「……ほんとだ。なんで、法被? CPCって……?」
ただ休暇を満喫しているだけだった。
アイドルのフェスじゃないんだぞ。こら、サイリウムを準備するな。戦前・戦後の日本では、教師とは「子供たちの未来を担う責任ある者」「社会的使命感や倫理観が強く求められる者」などと聖職として扱われている事があったが、偶像を崇拝することで本来の意味の聖職者になるんじゃあない。
「ん? ぼっちと郁代は?」
スタンバイ前まではフロアを埋め尽くすほどの観客にちょっとビビッて緊張していたが、蓋を開けてみれば過半数以上が知り合い(もっとも、顔と名前が一致しないのが殆どだが)だった気づいた事で肩の力が抜けたリョウが、ずごーっとドリンクを啜りながら周囲を確認する。
今、ステージ脇のスペースには百合と虹夏、リョウの三人だけしかおらず、ひとりと郁代の姿が見えなかった。
「ぼっちちゃんならさっき家族の人達が来てたから、そっちに顔出してるよ」
「へぇ、ぼっちの両親ってどんな人なんだろ。私も行ってみようかな」
「……多分、リョーちゃんも存在確認からされると思う」
「存在確認ってなにさ」
対象が本当に生きているのか、架空の人物ではないか等を確認されるのだ。ひとりに友人が――しかも、バンドを組んでくれるような――が居るというのは未確認生物が発見されたというニュースくらい信用が無かった。
「じゃあ郁代は?」
「喜多ちゃんはさっき友達が……あ、噂をすれば戻ってきた」
なんだかめんどくさそうな気配を察知したので、リョウは後藤家とのコンタクトを中止し、もう一人この場に居ない郁代へと水を向けた。
そして、丁度渦中の人物が戻ってきたのだった。
「すみません先輩、ちょっと友達と話してて……」
「ううん、大丈夫だよ。もうちょっとで前のバンドが最後の曲終わるから、準備だけして待ってよっか」
ぱたぱたと慌てた様子で駆け寄ってきた郁代に、虹夏は鷹揚に笑って答えた。虹夏も緊張自体はしていたのだが、妖怪に解されきったあとにさらに解されて臨死体験をしたとあっては緊張も霧散していた。結婚挨拶の緊張? あれはネタ晴らしをされた後にリョウを折檻したことでチャラになっている。
自分たちの前のバンドが、最後の大サビに入ったあたりで、ひとりが合流した。
家族とどんな話をしたのか、控室からステージ横に移動したあたりで再び壁画になろうとしていたのだが、今はオドオドしているものの過度な緊張は解けているようだった。
「あっ、あのっ、皆さん。後で鏡に皆さんが映るかおと――両親が確認したいと……」
「なんの話????」
未だに存在を疑われている、結束バンドの面々。吸血鬼か何かかと思われてるのか???
「あ、そろそろ出番だね……皆、準備はいい?」
「ん」
「……うん」
「はっ、は、はい……!」
「はい!」
大サビが終わり、フロアの熱狂が終わりに向かいつつあることを察して、虹夏が音頭を取った。
虹夏から見て、全員いい感じにフラットな状態に見えたので、満足気に頷いた。
「それじゃあ、楽しんでこよっか」
それぞれの楽器を背負い――(虹夏と百合を除き)ステージへと向かう、その道すがら。百合はそっと郁代に囁いた。
「……大丈夫?」
郁代は少しだけ驚いた表情を見せ、安心させるようにサムズアップしてみせる。
「大丈夫です! ……頑張ります、私」
ぐっ、ぱっ、と手を握ったり開いたりしながらステージに向かう郁代の背を、百合はじっ、と見つめた後、何かを考えるような素振りをしながらもその背を追った。
◇
下北沢高校に通う百合、虹夏、リョウの3名を指してCPC(Cute・Passion・Cool)と呼ばれている。
そんな彼女らの非公認ファンクラブ――名前もそのままCPCファンクラブには鉄の掟が存在する。
CPCFC、会則第一条
『会員たるもの、CPCを曇らせるべからず』
彼ら彼女らはCPCの発する笑顔や醸し出される尊い空気を吸って栄養を摂取している。つまり、彼女たちが嫌な気持ちになる事や悲しい表情を浮かべさせる事は最優先で避けたいというもの。
だが、直接彼女達に何かをするわけにはいかない。会則第二条『Yes鑑賞、No干渉』と定められている通り、彼女たちのありのままの尊みこそが至上だという。誰かに手を付けられた養殖の尊みでは、CPCFCの渇きを癒せない。
故に、このライブに参加したCPCFC共のやるべきことは決まっていた。
「お前ら~~! 盛り上がってるか~~~!!?」
「「「「「うおおおおおおおっ!!!!」」」」」
「めっちゃフロア沸いてて草。むしろ怖いんですけど」
それは、本命が来る前にフロアを十分に温めておくこと!
そうはならんやろ。
通常、出演バンドに招待された観客というのは、ライブで一体となって盛り上がるのが好きだったり、演奏されている曲が好みだったりした場合は別として、それ以外の出演バンドについてはあまり興味を持ちづらく、目当てのバンドが出ていない時は外に居たり、スマホをいじったり駄弁ったりと別のことをしている場合も無いとは言えない。
演奏しているバンドにとって、盛り上がっていない――こちらを見ていないと明らかにわかる観客は割とメンタルにクる。例えるなら、せっかく大勢でカラオケに来たのに、自分が歌っている時他の人が全員スマホを弄っていたら良い気持ちにはならないのと一緒だ。
だが、逆に――
「「「「ぅおいっ! ぅおいっ! ぅぉいっ!!」」」」
「まだまだアゲてくぞ〜〜ッ!!!」
フロア全体がこうも自分達の演奏にノッてくれていれば、本来のポテンシャル以上を発揮しうる。
ここで好循環が生まれた。
FCがノリノリでフロアを沸かし始める
↓
バンドメンバーがステージブーストを受けてパフォーマンスに熱が入る
↓
FC以外も熱に引っ張られて盛り上がり始める
こうして、開店以来最高潮のウェーブがSTARRYを席巻していた。
「なんだアイツら……こえぇな……」
一人、壁に背を付けてその様子を眺めていた星歌は、まさしく熱狂しているフロアに口元を引き攣らせていた。
「あ! 星歌さん! すごいっすねこの盛り上がり! ワンマンでハコ埋めたんじゃないかってくらい!」
「お、おう……そうだな……」
「オレらのバンドもすっげー気持ちよくやれたッス! オレ、知り合いのバンドにもここ紹介しとくっスよ!」
「あ、ああ……ありがとな……」
今回のライブに出演したバンドのメンバーが、目を輝かせながらSTARRYを絶賛してくれる。さらに口コミを広げてくれるというのに、星歌はどこか釈然としない思いを抱えていた。
(これ、殆ど虹夏達のツレなんだもんなぁ……サクラ……っていうのは乱暴だが)
フロアを埋め尽くしている観客の7割が下北沢高校の関係者――生徒と教員――である。ほぼ身内なわけだ。
STARRYは星歌と虹夏の、そして百合の夢の集まりだ。
いずれ天国にまで名前が届くような有名なハコに。そう思って立ち上げた。なのでこうして知名度が上がることやハコが賑わうといった事は歓迎すべきことではある。だが。
(虹夏と百合……あと山田もか。あいつらの力だけで有名になるのはな~~~~。ちょっと素直に喜び辛いんだよなぁ~~~~)
妹と、妹分と、その友人だけで成し遂げられてしまうのは、姉として――大人として簡単には受け入れ難いものがあった。
それに。
(つーか……いいなぁ~~~~。満員のハコ全部が、自分たちの演奏でぶち上がる……いいなぁ~~……あたしの時もなぁ~~……これくらい盛り上がるライブが……無かったとは言わないが……でもいいなぁ~~~~……)
疾走感のあるロックでは盛り上がる場所でしっかり盛り上がり、しっとりした曲では静かに上げた腕を揺らす。まさしく会場と一体となった演奏は、どれほどの快感か。
今度、前のバンドメンバーに声かけてシークレットゲストとして出演しようかな……と、星歌はバンドマンとしての血をうずうずさせながらそんな事を試案していた。
余談として、妖怪に溶かされることを回避したきくりは先ほどまで観客と一緒にステージ前で盛り上がっていたが、重度の酩酊状態であることと開封したカップ酒を手に持っている事を下北沢高校教師達に見つかり、現在は壁際で囲まれながら懇々と説教されていた。星歌はちょっと胸がすくような気分になった。
◇
「こんばんは~! 結束バンドでーす!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!」」」」」」」」」
「うぅわすんごい歓声。何? フェス????」
満を持して。
結束バンドの出番である。
流石に初ライブでこの観客数を前にMCをするのは辛かろうと、本来はボーカルが務める事の多いそれを虹夏が代わることにしていた。
ので、FC共は挨拶一つで今日一番の盛り上がりを見せた。
「えーと、今日はSTARRYのライブにお越しくださり、ありがとうございます。こんなにたくさんの人が来てくれて……といってもほとんど見知った顔なんだけど……うん、うれしいんだけど、ごめん、一個だけ聞いていい? なんでみんなおそろいの法被着てるの??????」
恐ろしい事に、FCはこれまでのライブの合間に下北高校関係者以外の観客に対して勧誘を行っていた。その結果、他のバンドが目当てだった者も、とある縁から見に来てくれたひとりのファンである女性二人も、全員ひっくるめて『結束バンド応援グッズ』を身に着けていた。カルト教団のサバトかなにか????
「あっ、デザインの違いは一応あるんだ……へぇ……CPC? っていうのと結束バンドの……ってあたし達が知らない間にバンドグッズが出来てるの!? なんで!?!?」
なぜって、頭の良いバカ共が無駄に知恵を働かせたから、だろうか。
「えぇ……じゃあ後で結束バンドのTシャツも販売するから是非――って早い早い早い! まだ発注してないから!! そもそも初――正確には初じゃないけど、一応初ライブだから!!!!」
虹夏がバカ共に振り回されているので、早々と演奏準備を終わらせた百合が助け舟を出すことにした。
ぺ、ぽ、ぱ、と電子音を一音ずつ、リズミカルに奏で始める。それは、とある透き通る世界観のソーシャルゲームに収録されていた曲で、ショート動画等で使用された事がきっかけで一気に知名度を増した――
「あ、百合……ありがとね、BGMで繋いでくれ――」
「「「「「「「Lets' Go!!!!!!!!!」」」」」」」
「うるさっ!?」
ギャグオチに使われる楽曲だった。
目を白黒させる虹夏をよそに、リョウも即興で百合に合わせて弦を弾きだす。どこまでも自由な女、それがリョウだ。
「……ふふっ」
バカ共と百合が虹夏を振り回してコントを繰り広げた甲斐もあってか、緊張した面持ちでマイクの位置を調整していた郁代が、くすりと笑いを漏らした。
これで少しは肩の力がとれたかな……と百合は視線を横に向けると、虹夏は呆れたようにため息をついたあとに微笑みを返した。
目と目で通じ合う唐突な尊みの過剰供給に、最前列でそれを目撃してしまったFCの内CP(Cute、Passion)担当の数名が突如として幸せな心不全を起こし卒倒した。
人が倒れた! と動揺が広まる前に、周りのFCメンバーによる即時の隠蔽が行われ、あわや大惨事は免れたのだった。なのだった、ではないが。
「あぁもう滅茶苦茶だけど、時間もないから――」
気を取り直して。
虹夏のアイコンタクトに、百合、リョウが完了のサインを出し。ひとりも緊張で口をカラカラにしながらもなんとか頷き、最後に郁代が真剣な顔つきで首肯した。
「それじゃあ聞いてください、一曲目――”あのバンド”」
・CPCFC
下北高校に産まれた謎の団体。元々数名で発足した『好きピ♡を推す会』だったものがいつの間にか膨れ上がって学校全体を巻き込むトンチキ集団と化した。
いつの間にか生えてた。気づいたら規模が膨れ上がっていた。どうしてこうなったのかは分からない。私は頭を抱えながら3本目のストゼロを開けた。
・法被
元々CPCの法被だけだったものが、今回ライブをするということでバンドの法被も急遽製作した。有志による募金によって費用は賄われており、会員に無償で配布されている。
なんで法被なんですか????