下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
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キャラ紹介風FA
>ひとりをドロドロに溶かしてしまう(迫真)
おかえりコメディ。さよならシリアス。これからもコメディにするためのシリアスだったから、二度と帰ってこなくていいよ……
連続更新5話目。ここからはストック無しのガチンコだ……!
◇未知の世界へ――!
「初ライブお疲れ様でした~! せーの、かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
虹夏の音頭に、グラスをぶつけ合う。からん、という氷の転がる小気味の良い音が鳴った。
STARRYから徒歩で行ける距離にある、個室ありの焼肉店。そこに、結束バンドと星歌らが打ち上げで訪れていた。
「お前らよく頑張った。今日は私が奢るから、飲め」
「やった~、お姉ちゃんありがと~。あたしたちは飲めないけど」
星歌は身内にダダ甘――本人としては、厳しくしているつもり――なので、今日のライブの結果がどうであれ、こうして打ち上げで好きに飲み食いさせてやろうとは思っていた。
が、蓋を開けてみればバカ共――CPCFCのおかげで売り上げはガッポガポだし、結束バンドの演奏も、確かに途中危うい場面はあったが、結果的に審査ライブやリハーサルを超える素晴らしいモノを見せてくれたのでほくほく顔で財布の紐を緩めることとなった。
最初は、STARRYからほど近い居酒屋にしようと思っていたのだが、上の理由と、さらにひとりに友人が居る事を実感できた後藤夫妻と、星歌の苦労を知っており『今日くらい美味しいものを食べておいで』と禊荻夫妻から少なくない金額を援助してもらったため、奮発して個室のある焼肉店に訪れていた。
テーブルの上には煌めくようなつやっつやの、上質な牛さんのお肉がずらりと並べられている。いい演奏を見た後の肉と酒は最高だ。星歌は上機嫌に生ビールを一口呷った。
「やったぁ! 先輩大好き~!」
こいつが居なければもっと素直に楽しめたんだがなぁ……と、星歌は生ビールとは違った苦みを感じ、顔を顰めながら言う。
「お前は自腹だよ」
「…………えっ」
容赦ない一刀両断にきくりは顔をさっと青ざめ、メニューに表示された値段――厚切り牛タン三千円――と卓上に並べられたお肉の数々を見て顔から更に色を無くし、続けて財布の中身を確認してさめざめと泣きだした。
後藤家や禊荻家から頂いた支援金には結束バンドと星歌だけでなく、「この後打ち上げどこいきます~?」なんて話しかけていたきくりの分も含まれていたのだが、それはそれとして当然のように奢られようとしている事にはちょっとイラっとしたので、ネタ晴らしはもう少し後に取っておくことにした。
「死んでしまう、死んでしまうぞ諭吉郎……!」とプルプル震えているきくりを見てちょっと面白くなってしまったのは内緒だ。ちなみに諭吉はきくりの財布に存在していなかった。居るのは野口が三人ばかり。
そんな中、結束バンドたち女子高生組はというと。
「「………………」」
なんとも言えない空気が漂っていた。
高級そうな焼肉店に気後れしている? ――違う。
知らない大人(きくり)がしれっとバンドの打ち上げに参加しているから? ――違う。
では何故か。
「その、百合先輩。私は気にしてませんから……」
「わっ、私もです……だからそんなに気に病まないでください……」
郁代とひとりの視線の先には、『私は後輩二人を溶かそうとしました』とプラカードを首からぶら下げた百合が、ちょこんと座っていた。
そう、この妖怪は案の定ライブの直後に暴走する甘やかし力を制御できず、MVPであるひとりと、最後に特大の輝きを見せた郁代をそれはもうべた褒めし撫でまわし。爆発的に叩き込まれた甘やかしの奔流は二人の脳を侵食し、中期症状である脳の退化――幼児化が起こりかけていた。「ば、ばぶ……」とまで言いかけたあたりで虹夏とリョウが二人がかりで百合を引きはがし難を逃れたが、正気に戻った後、百合はしおしおと萎びたピ〇チュウのような表情で落ち込んでいたのである。
甘やかし力って何だ。勝手にジャンルを現代バトルファンタジーに変えるな。
「……わたしは、もう少しで二人をこの手にかけてしまうとこだった…………」
「バトル漫画の話してる???」
百合の言い様にリョウがほどよく焼けた牛タンをもちゃもちゃと咀嚼しながら突っ込んだ。
「ほら百合、せっかくライブが成功した打ち上げなんだし暗い顔してたらもったいないよ! はいあーん!」
「……あむ」
見かねた虹夏が、百合を膝の上に座らせて手ずから肉を食べさせる。愛する幼馴染からの『あーん』だ、百合に断る理由があろうはずない。
小さな口をもむもむと動かす姿に、郁代とひとりの母性がくすぐられた。
「百合先輩、これもどうぞ! サンチュを巻くと美容にもいいんですよ!」
「あっ、あの……これも、食べてください……」
ずい、と差し出される二つの箸。可愛い後輩達からの『あーん』だ、百合に断る理由があろうはずがない。ぱくりと口に含み、一生懸命咀嚼をする。
頬を膨らませもぐもぐとする姿に、それを見ていた星歌のかわいいセンサーが反応した。
「百合、脂っこいものの後は炭酸水を飲むといい。口の中がさっぱりするぞ」
渡されたグラスには、なみなみと炭酸水が注がれていた。グラスの中で無数の泡が静かに浮かんでは水面で弾けている。
もちろん百合に断る理由はない。グラスを両手で持ち、くぴくぴと嚥下する。胃内ガス排出反応により、「けぷ」とかわいらしくげっぷが出た。
((((か、かわいい……!!!))))
こうして、小動物めいた百合を餌付けしまくる打ち上げが始まった。
なお、虹夏は膝の上に乗せた百合の可愛らしさに、ちょっと乙女としてダメな感じの恍惚とした表情をしていたので、少し離れた位置でその様子を観察していたリョウはヤレヤレといった風に嘆息した。
◇
打ち上げの開始から、いくらか時間が経過して。
百合への餌付けタイムもそこそこに、打ち上げは普通に盛り上がり続いた。
「ところでさっきからこの人は誰ですか?」と郁代が当たり前のようにきくりを誰何したり。
そのきくりは命より大事なベースと紹介しておきながら肝心のソレは飲み屋に忘れてくるという光速のボケ回収を繰り広げたり。
あまりのダメ人間さに百合が野獣の眼光を飛ばしていたり。
箇条書きしてみれば普通とは程遠いような光景であった。こいつらに常識を求めてはいけない。
個室であるため、サラリーマンの溢した愚痴を拾って顔面崩壊するような事も無く、ひとりは穏やかな気持ちで打ち上げを楽しんでいた。
そこで、ふとお手洗いに立った郁代がまだ戻って来ていない事に気づいた。
軽く見た感じ、トイレが混雑している様子は無いし、大丈夫だろうかと心配になったひとりは、「お、お手洗いに行ってきます……」と中座して郁代を探しに行った。
トイレの個室は空だったので、一度店の外に出てみると、果たして彼女はそこにいた。
夜も深まり、昼間と違って涼やかな風が吹く階段の踊り場。郁代はそこで、手すりに体重を預けながらぼーっと星空を眺めていた。
「……喜多さん?」
「…………へっ? あ、ご、後藤さん? どうしてここに?」
「そっ、その……喜多さんがなかなか戻って来なかったので……あの……」
――心配で。
ぽつりと漏らされたひとりの優しさに、郁代は胸の奥をきゅっと掴まれたような感覚を覚えた。
くすぐったい様な温かさに、郁代は照れくさそうにはにかんだ。
「ごめんなさい、ちょっと外の空気を吸いに来ただけなの」
「あっ、そ、そうだったんですね。すみません……」
「後藤さんは心配してきてくれたんでしょ? 謝る必要なんてないわ」
どちらともなく笑いあってから、ひとりは郁代に付き合って小休止をすることにした。郁代が少しズレた事で空いたスペースに入り、街を見下ろす。
下北沢の夜景は特別奇麗な物ではなかったが、ライブを終え充足感の満ち足りたひとりにとって、これまで見た事のない――見ようとしてこなかったキラメキがあった。
ぼーっと道行く人々を眺める。ライブ中はまるで世界の中心に居たかのようだった自分も、ライブが終わればその他大勢の内の一人でしかなく、どこかちっぽけな存在に思えてしまう。
(……あ、今の。歌詞に使えるかも)
頭の中にふと思い浮かんだフレーズを心の中のスクラップ帳に書き留めていると、郁代が唐突につぶやいた。
「……ありがとう、後藤さん」
「……えっ?」
突然のお礼に、思い当たる節が無く素っ頓狂な言葉をあげたひとりを、郁代はまっすぐに見つめた。
「今日のライブ、後藤さんが演奏で空気を換えてくれたじゃない? あの時すごく緊張してたから……」
――だから、ありがとう。そう言って、郁代はふにゃりと力ない笑みを見せた。
「そっ、そのっ、私も正直、無我夢中だったっていうか、喜多さんが苦しそうにしてたから身体が勝手に動いたっていうか……」
ひとりはわたわたと手を動かしながら弁明のようなものをしているが、その弁は要約すると「貴女を助けたくて無意識に動いた」というものであり、無自覚に誑すような台詞は郁代の胸を打った。
「身体が勝手にって……後藤さん、まるでヒーローみたいね?」
「ひっ……!?」
一瞬、自身の動画投稿アカウント『ギターヒーロー』がバレのかという考えが頭を過って硬直したが、投稿した動画を知っていた虹夏や百合ならまだしも、郁代はそういった『弾いてみた』動画を見ているとは思えないし、流石に考えすぎかと力を抜く。
「ああでも……」
そんなひとりの内心を知らない郁代は、少し照れ臭そうにはにかみながら続けた。
「私にとって、今日の後藤さんはヒーローだったわ。……すごく、かっこよかった」
「え、と……」
ひとりは初めての「他者からのまっすぐな好意」を受けて顔を赤くし、絞り出すような小さな声で「ありがとう……ございます……」と答えた。
言った郁代もひとりの反応に恥ずかしくなったのか、頬を染めて顔を背ける。
顔を赤くした二人がもじもじとしながら甘酸っぺえ雰囲気を醸し出し、静かな時間が流れていった。
――そんな二人を、陰から見つめる目が六つ。
「わぁお……なんだかいい雰囲気?」
「ぼっちが郁代を誑しておられる」
「……二人とも、甘酸っぱい桃色だ」
郁代とひとりが居る踊り場の、階段上からのぞき込むようにして、リョウ、虹夏、百合が三段に重なっている。
席を外した郁代と、それを探しに行ったであろうひとりが二人とも帰ってこないので、大人二人を席に残して探しに来たところ、なんだかピュアピュアな現場を目撃してしまったのだった。
「……ぼっちちゃんも、郁ちゃんも。今日は大活躍だった」
「そだね。あたし達が先輩なのに助けられちゃった」
今日のライブ中、郁代が不調であることは三人とも気づいていた。ライブの経験は後輩二人よりもあるし、なんなら今日の観客はその殆どが同じ学校の人物。緊張などしようはずもなく、大分リラックスした状態だった為演奏中でも郁代の上ずった歌声を認識出来た。
しかし、どうフォローをするかを考え、実行しようとする前に。考えるよりも先に身体が動いたというひとりが、鮮烈なギターのアドリブで観客の視線も、熱も、重圧もかっさらったのだ。
そして、ひとりの演奏に奮起した郁代も、最後の最後、数フレーズ限りではあったが、目を焼くような輝きを放って見せた。
百合達も、ただ事態の解決をひとりに任せていたわけではない。
ひとりの突然の――暴走とも取られかねないアドリブに、一瞬呆けただけですぐに次へつなげられたのは、三人が並外れた実力を持っており、かつ目線一つで意思疎通を完了させられる絆と信頼があったからだ。
一歩間違っていれば大失敗していた、今回のライブ。ライブ後に学友たちからは「すごく……よかった……」とうわごとのように感想を伝えられたが(その後、全員が夢遊病患者のようにふらふらと退店していった)、省みる点は多いだろう。
「ここから。こっから、だよ、百合、リョウ」
「……うん。がんばろ」
「ん。さすがに初心者二人に負けたままなのは、腹落ちしない」
虹夏と百合には夢がある。
それは、結束バンドを星歌の分まで有名バンドにし、『スターリー』を天国まで名が届くような箱にすること。
最初は二人だけだった。そこにいつしかリョウも加わり、三人で追いかけ始めた。そして、ひとりや郁代も加わって、結束バンドは五人になった。
――道のりは遠く険しいけれど、皆と一緒ならきっといつか。
夜空を彩る星々の内の一つが、五人を見守るようにきらりと一度、瞬いた。
一方。置いていかれた大人たち二人は。
「……あいつら、遅いな」
「そうですねぇ~。ま、外で星見ながら反省会! とかやってんじゃないですか~?」
離席した五人がいつまでたっても戻って来ないので、寂しくなった星歌が先ほどから酒を片手にぶつぶつと管を巻いているのを、いやぁー若いっていいですねぇ、なんてへらへらしながら聞き流すきくり。
おかわりを持ってきた店員がドン引く、場末の居酒屋のような光景が繰り広げられいた。
若者達のピュアエモな雰囲気との落差に風邪を引いてしまいそうだ。
「私も若い頃はぁ~、ライブの後にみんなで反省会とかやってたんですよぉ。お金も無かったし公園でだけど」
そういうきくりもまだまだ若い女性ではあるのだが、焼酎の水割りを片手にカクテキをつついている姿はあまりにもあんまりだった。
尚、しょぼしょぼとお通しを食べながら水を飲む姿が悲惨だったので、「お前も奢りだよ、ただしあいつらの親御さんの好意だから……分かってるな?」と脅し交じりにネタ晴らしした為きくりはいつもの調子を取り戻していた。
それにしても、と星歌は思う。
きくりは大学時代の後輩で、ゼミでたまたま知り合い、なんとなく面倒を見ている内に懐かれたのだ。
そう、あの頃のきくりは気が弱く、今でいうひとりのようなオドオドとした性格だった。
それが今――
「お前はどうしてそんなどこに出しても恥ずかしいダメ人間になっちまったんだ……」
「脈絡の無い罵倒にしては切れ味鋭くないですか?」
突然ばっさりと切り裂かれたきくりは、頬を引きつらせた。
先輩が妹ちゃんたちに放置されて寂しがってたと思ったらいきなり暴言の銃口を向けてきた件。情緒どうなってんだ? ときくりは酔いが少し醒めたような気がした。
「昔はあんなに気弱で可愛いやつだったのに……」
そう言ってちびりとビールを一口飲んだ星歌に、きくりは安心させるように笑いかける。
「先輩。私など、そう大した程の者ではないのです。長い長い人の歴史のほんの一欠けら。今この瞬間にも、私を凌ぐダメ人間の才覚を持つものが産声を上げている。そう思うと、胸が躍るような気持ちになりませんか?」
鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌に酒を飲むきくりを、星歌は心底理解できない生物を目撃したような目で見ていた。
・抑えきれない力
この後夏休み中に精神修行を重ねることにより、暴走する事は"ほぼ"無くなったが変わりに出力が強化された。今までは手と声で甘やかしていたが今後は全身を使って甘やかしにくる。
強化してどうするこのアンポンタン
・野獣の眼光
虹夏、星歌が良しと言わないので手を出さずに我慢出来ている。今は。それはそれとして後藤ひとりをも超えうるポテンシャルに稀血を前にした禰豆子のように涎ダバァ状態。
もし罷り間違ってゴーサインが出た場合、お酒が無くても気持ちよく(意訳)なれるようにされてしまうだろう