下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい 作:百合好きの獣
やっぱりみんな虹夏ちゃんが好きなんやなって。感想を下さった方は消滅してしまいましたが。
更新はストックがある限り毎日12時くらいに投稿していきます。ちなみにこの話でストック切れました。無常。
バンドとは。
それ単体の広義的な意味では、楽団や楽隊のような、楽曲を演奏する集団の事を指す。
ただ、大抵の場合、バンドという言葉には「ロックバンド」をイメージする人が多いだろう。
ロックバンドは文字通りロックを演奏する事を目的とした集まりであり、ボーカル、ギター、ベースにドラム、種類によってはキーボードも加わった3~5人で形成される。もちろん、2人だけのバンド等例外もあるが、割愛する。
ロックバンドの形態も多様性に富んでおり、演奏するジャンルによって構成員が変わるのももちろんの事ではあるが、基本的にロックバンドにはギターが一人は居る。
虹夏とその幼馴染達が主軸で結成されたバンド、『結束バンド』にも例に漏れずギターとボーカルを担当する人物が一人――
「えーっ!? 喜多ちゃんが来れなくなった!?」
今居なくなった。
バンド結成から初ライブ。その当日にバンドメンバーのグループロインに一言「今日いけません本当にごめんなさい」という一文のみが投稿され、要ともいえるギターボーカルが蒸発した。
虹夏が慌ててメッセージを連投したり個人宛てになぜかを問うても返答は無し。
「マジか。どうする? インストに変える事は出来るけど、今日やる曲でギター無しは流石に無理がある」
結束バンドのベース担当、山田リョウがため息をつきながらも百合へと視線を投げた。
「……ん。ギターの音色で代行は……できなくはないけど、チョークとかその辺の再現が難しいかも。あと、単純に今からギターパート覚えても、合わせを考えると時間が……」
ちら、と百合が時計を見ると、ライブ開始まで残り3時間程度。キーボードは一台で様々な音を出すことが出来る万能楽器だが、ほぼ1から別パートを覚えてそれにメンバーが合わせてとなると短時間でこなすのは非常に厳しい。
「うぅ……私、ちょっと代わりにギター出来る人探してくる!!」
「あっ虹夏……行っちゃった」
虹夏が慌てた様子で立ち上がり、リョウが止める間もなくライブハウスを飛び出して行ってしまった。リョウの伸ばした手が虚しく空を掴む。
「どうする?」
「……ん、と。とりあえず、ギターパート覚えてみる。最悪、キーボードトリオで出来ればいいんだけど」
そう言って、百合は姉貴分であり店長の星歌へとギターボーカルが蒸発したこと、虹夏が代役を探しに飛び出したことを伝え、併設されているスタジオへと向かった。
「やれやれ。前途多難」
晴れ舞台となるはずの初ライブに、暗雲が立ち込める。
下北沢はバンドマンの聖地ではあるので、偶々暇なギタリストがギターを背負って歩いており代役を引き受けてくれる偶然を祈るしかないだろうと、リョウは天を仰いだ。
虹夏がヒーローを連れてくるまで、あと少し。
◇
『ギター1名確保』。その連絡がリョウのスマホに届いたのは、虹夏が飛び出してから一時間が経つかどうかといった頃だった。
虹夏や百合といった幼馴染等の気心の知れた相手であれば面の皮がどこまでも厚くなる鋼メンタルの持ち主ではあるが、その実打たれ弱く、今回は自分が連れてきたような物であるギターボーカルが逃げてしまった事もあり非常に焦りと申し訳なさを感じていたリョウは、その知らせにほっと胸を撫で下ろした。
連絡からさらに数分後、ライブハウスの入り口から元気な声が響いた。
「おっはよーございまーす!」
虹夏の声だった。
一度ライブハウスを飛び出しておきながらさも「自分は今来たんですよ」とちゃっかりアピールするあたりが虹夏という少女の優しいだけではないしたたかさを感じさせる。可愛い。
まあ既に百合によって虹夏出撃は星歌へとリークされているので、意味が無いのだが。
リョウが視線を向けると、虹夏とそのもう一人ギターを背負ったピンクジャージの少女が居た。週末とはいえ日中から中々ロックな格好だ、とリョウは思った。
そのピンクジャージの少女はおろおろと周りを見回していたが、どこか安堵したかのような表情でこう言った。
「……私の家!」
「あたしの家だよ!?」
なんだか様子がおかしいぞ……?
ほんとにこの代役大丈夫なのか、と若干心配になりながらも、リョウは設備やらスタッフを紹介している虹夏へと近づいて行った。
「――虹夏、やっと戻ってきた」
「あ、リョウ! ひとりちゃん、紹介するね! この子がさっき言ってたバンドメンバー兼幼馴染の一人! 山田リョウっていうんだ」
「どうも、山田です」
「あっどうも、後藤です……」
ひとりと呼ばれたギターの少女は見た目的に同年代ぽかったので、リョウも気楽に接してほしいとピースをちょきちょきとさせて挨拶をしてみたが、なぜか相手は震え始めてしまった。臆病な子犬かな?
「それでね――って、あれ? 百合は?」
「百合なら、念の為ギターパート覚えるってスタジオに行った。連絡はしたからそろそろ――あ、戻ってきた」
丁度、事情を説明しようとしたタイミングで百合がスタジオから戻ってきた。手にはスポーツタオルとペットボトルが握られている。
「あ、百合! この子がギターの代役の――」
「……虹夏ちゃん、お疲れ。ギターの子見つけられてすごいね。汗かいてるから拭いてあげるね、あとお水も飲んで」
「え? えへへそうかなぁ、ありがとぉ〜」
そして秒速で虹夏をお世話して甘やかし始めた。
甲斐甲斐しく汗を拭ってやり、ペットボトルを手渡している。
あまりにも自然に、そして瞬きの間にイチャイチャし始めた二人に、ひとりは口を開けて呆気に取られており、リョウは「また始まった……」と呆れ気味だ。
「んぐ……ごく……あ! ごめんねひとりちゃん! それで、この子がもう一人のバンドメンバーで、幼馴染の禊萩百合!」
「あっ……うぇ……お、幼馴染……?」
「……どうも、禊萩です。呼び辛いと思うから百合って呼んで」
「あっあっ……はい、後藤です……」
「幼馴染の距離感なのかなこれは」とひとりは疑問思ったが、そもそもひとりには幼馴染どころか友達の一人も居た例が無いため判断がつかなかった。
気になる事はもう一つある。
「あっ、おっ、幼馴染ってことは……山田さんも……?」
そう、ひとりは、虹夏と百合だけでなくリョウも幼馴染と紹介されているのである。つまり……
「あ、私は幼馴染だけどこの二人とは違うから。この二人だけいつもこんな感じでイチャイチャしてる」
「あっ、そ、そうなんですね……」
すん、とした表情で告げるリョウに若干気圧されながら、ひとりはとりあえず頷いておいた。
ひとりはリョウが他二人の幼馴染とは違うという言葉に同じ陰の者としてシンパシーを感じ始めていたが、ひとりが同族意識を裏切られるのも時間の問題ではあった。そもそもリョウは孤独ではなく孤高側の人間なので。しかも甘やかしてくれる幼馴染が二人もいる勝ち組なので。
「っとと、そうだ。二人とも、この子が今日ギターの代役をやってくれる後藤ひとりちゃん! すっごくギター上手いんだって!」
「ミッ゜⁉」
「へぇ、そうなんだ。じゃあ期待しておく。……ライブまでまだ時間あるからスタジオ練習しとこうか」
「……さっきまで使ってたから機材は準備できてるよ。あと虹夏ちゃん、お姉ちゃんが勝手に飛び出した事怒ってた」
「えぇっ!? ちょっとそういうことは早く言ってよぉ! もう!」
「アババ……」
約一名死にそうな声と表情をしているが、幸か不幸か、幼馴染トリオは誰も気づくことなくスタジオへと向かって行った。
◇
「……ド下手だ!」
「ピッ!?」
今日演奏する予定の楽譜を手渡し、ひとりがこれなら弾けると回答したので早速合わせてみることにした。
冒頭の台詞は、その合わせを終えた後の虹夏の情け容赦ない一刀両断であった。
両断されたひとりは殺虫剤にやられたハエの如くコロリと横になると、ひざを抱えた格好で卑屈な笑みを浮かべていた。
「へ、へへ……どうも、プランクトン後藤です……」
「売れないお笑い芸人みたいなの出てきた!?」
ひとり改めプランクトン後藤が虫の息になり、燃えるゴミ箱に立て篭もり始めてしまった為近くに居た百合による懸命な投降勧告が行われている。
それを横目に、ひそひそと虹夏とリョウが会話を始めた。
「ねえリョウ、ひとりちゃんもんのすんごい走ってたけど、演奏自体はちゃんと出来てたよね?」
「うん。ただチェンジオブペースが過ぎて流石に着いていけなかった」
合わせの最中、プランクトン後藤はめちゃめちゃに走っていた。
例えるのならマラソン大会で「一緒にゴールしようね」と約束しあった中、スタート同時にスプリンターもかくやの全力ダッシュで、皆を音の速さで置き去りにしたかのような。
そう、プランクトンは流星だった。何もかもをぶっちぎる産まれながらのスピードスター。当然ながら、バンドメンバーとしては落第もいいところであった。
そうこうしている内に、プランクトン後藤の蘇生に成功したのか、百合がふうと汗を拭いながら顔を上げた。
「……任務完了、です」
「うぇへへ……私は将来武道館を埋める女、最強のギタリスト『マスク・ド・後藤』……」
ひとりはプランクトンからワープ進化して天狗になっていた。存在の格が上がり過ぎている。仏陀でももう少し段階を踏んで転生をしているだろう。
「今度は覆面レスラーみたいになった……え、百合、何言ったの……?」
「……特別なことは、何も。ひとりちゃんはバンド組むの初めてだって言ったから励ましただけ」
「自信の落差が0か100か過ぎる」
プランクトン後藤改め、マスク・ド・後藤は大変調子に乗りやすい子だった。
よく分からんが戻ったならヨシ! と虹夏はスルーする事に決め、話題を変える。
「ね、ひとりちゃんバンド組むのは初めてみたいだけど、普段ギターは一人で弾いてるの?」
「あっあっ、はい……ソロアーティスト後藤ですごめんなさい……」
「微妙に自尊心出してくるなこの子……。あーえっと、普段どんな曲を弾いてるのかなーって」
マスク・ド・後藤はソロでもアーティストを自称するという、卑屈なんだかそうじゃないんだか分からない返しをしてきたが、ここまで合わせるのが苦手となると普段はジャズとかメタルとかの曲をやっているのかもしれないと、質問を重ねる。今日演奏するのはメジャーどころのポップ・ソングだが、最悪BPMだけ変調すれば、クオリティはさておき合わせることも可能かもしれないので。
しかしマスク・ド・後藤は「えっと」と言葉を選びながらしどろもどろにこう答えた。
「あっ、その、カバーばっかりなんですけどバンド結成した時すぐ対応できるようにここ数年の売れ線バンドの曲は一通り」
「えっすご」
「いっ、いえ、そんな……」
思わず虹夏が感嘆の声を漏らした。
カバーとはいえ、曲を一つ弾けるようになるまでには相応の時間がかかる。それを一つのバンドどころか複数のバンドでそれぞれ一通りということは、レパートリーの数も多いはずだ。
ということはズレの原因は単にセッションの経験不足かと虹夏は結論付けると共に、思い当たった事をそのまま言葉にした。
「それってあれだね。ギターヒーローさんみたい」
「!」
ギターヒーローとは。
大手動画投稿サイトにカバー曲の演奏動画を多数投稿しているアカウントの事である。
登録者数は4万人と多く、一部の動画は再生数も数十万と今勢いのあるチャンネルだ。
虹夏はそのチャンネルにアップされた動画は欠かさず視聴していたし、それ以外にもちょっとした交流もあった。
「ねえリョウ知ってる? カバー動画いっぱいアップしてる人なんだけど」
「知ってる。百合のチャンネルでコラボしてた人でしょ」
「!?」
「……ん。試しにコラボしませんかってメッセージしたらいいよって、動画データもらえた。ものすごく丁寧なメールで社会人みたいな文章だった」
実は、百合も同じく動画投稿サイトに演奏動画をアップしているのだった。こちらはギターではなくキーボードの演奏だが、主にアニソンやゲーム音楽のコピーを動画にしている。
偶に虹夏とセッションした動画もあげており、アニソン効果なのか登録者数も順調に伸びていて現在2万人を超えたところ。偶々ギターヒーローが投稿した曲がアニメに使われている物だったので、試しにコラボしていいですかとメッセージを送ったところ、快諾されたという。
尚、コラボといってもギターヒーローが投稿した動画に合わせる形で百合がキーボードを演奏し、編集で合成しただけなのでお互いの顔も声も知らない。
ちなみにちなみに、そのコラボに返事をしたのはギターヒーロー本人ではなくその父親であり、なんなら本人はコラボしてることすら知らなかったりする。
もうお気づきかもしれないが、ギターヒーローとはマスク・ド・後藤改め後藤ひとりその人の事である。
ひとりは大混乱しながらもこっそりスマホを開き、自身のチャンネルに登録されているアドレスのメッセージを確認した。
(え? え? え? コラボ? コラボってなに? 私が? 百合さんと?? それ本当に私??? いつの間に……っていうか初耳なんだけど。 メッセージ……あ、lilyって人からメッセージがある……それに返事もしてる……でもそんな記憶……ってお父さん!? まさかお父さんが勝手に返事を!? あれ? って事は……私がギターヒーローって家族にバレて、概要欄……アバッアババババババ――)
「アバーーーッ!?」
「ぎゃーーーっ!? ひとりちゃーーん!?」
哀れ、ひとり。
自身の虚栄心によって紡がれた、ふかしにふかした概要欄のイキりっぷりがよりにもよって家族にバレていた事を悟り、爆発四散した。
その後、三人で散り散りになった『後藤ひとりだったもの』の欠片を拾い集め、なんとか元の形に戻すことが出来た頃には練習時間が無くなっていたのだった。
許せサスケ……いちゃらぶは次回な……
・後藤ひとり
あーー!ギター―! で連れてこられた。平日の夕方頃とはいえ下北沢はバンドマンがたくさんいるイメージがあるので、その中で虹夏ちゃんがぼっちちゃんを見つけられたのは控えめに言って奇跡だと思う。やっぱりぼ虹……私のヒーロー……。でもごめんな、この世界では虹夏ちゃんは百合に手籠めにされちまってるんだ。
・プランクトン後藤
後藤ひとりの幼年期Ⅰ。ここから進化をしていく。
・マスク・ド・後藤
後藤ひとりの究極完全体のひとつ。百合の励ましによってワープ進化した。
・ギターヒーロー
ロインの友達1000人以上! 学校では男女問わずの超人気者! 成績も超優秀で、バスケ部のイケメンな彼氏がいるギターがべらぼうに上手いという謎に包まれた人物。
・YAMADA
初登場。幼馴染二人が目を離すとイチャイチャし始めるのが悩み。生活力や経済力は原作通りなので、幼馴染の内百合の方がやたら甘やかそうとしてくる。その度虹夏に止められているし、YAMADAも一度ハマったら二度と戻れなくなりそうなので原作よりも自制心はちょっと働く。ちょっとだけ。