下北沢の大天使をデロデロに甘やかしてドロドロに依存させたい   作:百合好きの獣

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Who is nijika?

虹夏は目が見えない人にとっての視界でありお腹が空いた人にとってのシェフであり喉が渇いた人にとっての水です。

虹夏を称えよ

虹夏を崇めよ。


♯3 おさななじみ で お風呂

 

 

 

 世に出たどのメジャーバンドも、殆どの場合最初の一歩は小さなライブハウスからのスタートだ。

 そこから実力を伸ばし、箱も大きくなり、やがてはレーベルの目に留まってデビューをする。

 音楽の世界は実力もそうだが、運も重要なファクターとなる。

 

 そういった意味では、今日行われたライブは大きな箱でもなく、また観客も多くないためメジャーデビューに繋がるライブとは言い難い。

 

 だが、この日。

 

 ライブハウス『STARRY』店長、伊地知星歌は目撃する。

 

 本物のロックスター。『完熟マンゴー仮面』の存在を。

 

 

 

 

 ……順を追って話そう。

 

 後藤ひとりが黒歴史が家族にバレた羞恥のあまりに爆発四散し、無数の小さな後藤となって空気中に散布されてしまった為、三人で濡らしたタオルを振り回す事で回収し、人の形を取り戻す頃には本日最初のバンドが演奏を開始してしまっていた。

 

 これまでの会話から、ひとりはセッションの経験が無いだけでなく極度の人見知りで緊張しいであることが察せられたので、その対策をしなければいけないということになった。

 臆病でも怖くても、バンドを組むのは夢だった――そうひとりが、震える声で言ったから。その夢を、どんな形であれ叶えてあげたいと虹夏たちは思った。

 

 というわけでの作戦会議。

 ひとりは客の視線が怖いという。であるならば私に妙案ありと手を挙げたのがご存じ山田リョウだ。

 彼女は秘密道具を取り出した。

 

 板紙を多層構造で強靭にすることで生まれた、梱包にヨシ工作にヨシ寝具にヨシの万能ツール。多様な変化は人類の叡智の結晶。

 

 そう、完熟マンゴーと書かれた大きな段ボールである。

 

 そうはならんやろ――そう思うのもごもっともなのだが、これが意外にも効果を見せたのだ。

 ひとり曰く「いつも弾いてる環境と同じです」とのこと。一同はひとりの生息地に疑問を覚えた。

 

 こうして、完熟マンゴー仮面は爆誕した。

 

 その後も、ひとりのあだ名がひとりぼっちから取って「ぼっち」に決定したり(リョウ命名。ひとりは初めてのあだ名に大喜びだった)、ひとりにバンド名が「結束バンド」であることがバレたり(リョウ命名。虹夏は改名を決意していた)とちょっとした出来事はあったものの、なんとかデビューの体裁は整った。

 

 そうして始まる、伝説の幕開け。

 

 まず星歌はその異様な姿に戦慄する。

 なんだあいつは、と。

 次にその演奏技術のめちゃくちゃさに頭が混乱する。虹夏がピンチヒッターとして連れてきたことは知っているが、なまじ段ボールの姿しか見えない為演奏自体が出来ないのか緊張でミスってるのかが全く分からない。ただめちゃめちゃ走ってる事だけは分かった。

 虹夏と百合は必死に追いかけ、リョウは流石に諦めてマイペースに自分の世界を表現し始めた。

 

 はちゃめちゃである。

 

 当然、初ライブとしては大失敗。

 ギターはぶっちぎり過ぎで本来の実力が微塵も出せず、ドラムとキーボードはついてくことに必死でミスも重なった。ベースはミスこそ無かったが、バンドの屋台骨としては失格だ。

 

 だが、初めての――特に、ひとりに関しては出会って数時間しか経っていない即席バンドなのだ。最初の一歩なんて、こんなもの。それでも悔しいものは悔しかった。だからこそ、ひとりもこう言えたのだ。

 

「つっ、つつつつつつつつ"次の"ライブまでにはクラスメイトに挨拶できるようになっておきます!」 

 

 『次の』というセリフに、ひとりの思いの全てが籠っていた。

 この時、この瞬間に。後藤ひとりは結束バンドの一員となったのである。

 

 なっちゃったので、もう遠慮はいらないなとばかりに堕落の妖怪がスタートを切った。

 

「……ぼっちちゃん、偉いね。怖かったのによく頑張ったね。ちょっとずつ慣れていこうね」

「あっあっ……うぇへへへへへへへ……」

 

 恐ろしく速い甘やかしだった。

 残像が見えるようなスピードで近づき、パーソナルエリアの広いぼっちの懐にするりと滑り込むとよしよしと頭を撫でている。

 そもそも、人と目を見て話す事が出来ない臆病なチワワのようなひとりは、初登場時点で百合の甘やかしセンサーに引っかかっていた。それでもよそ様の子だからと過度な接触は控えていた。……控えていて尚プランクトンをワープ進化させてしまったわけだが、それはご愛敬だ。

 

 バンドは息を合わせる事が肝要で、その結束力の高さや重要性はしばしば家族に例えられる。

 つまり、「お前も『家族』だ」と。だから遠慮なく甘やかすねと。そういうロジックが百合の中で形成されたわけである。

 ちなみに。蒸発をしてしまったがギターボーカル担当もこの妖怪にロックオンされていた。蒸発をした理由が『ダメになりそうだった』からでないことを祈るしかない。

 虹夏も新しい犠牲――もとい家族が増えることには歓迎の姿勢であり、リョウもターゲットが分散される為デコイ――もとい友人が増えるのは苦笑しながらも「よろしく」と迎えている。

 百合が家族を溺愛する父だとするのならば、虹夏はやさしいながらもしっかり者な母。リーダーという事もあり、音頭を取った。

 

「よーし、ぼっちちゃん歓迎会兼反省会するぞー!」

 

 ただ、母がしっかり者だからと言ってその子供たちもしっかりしているかといえば別問題ではあった。ただでさえ癖の強い性格をしている上に百合による甘やかしというデバフもついているので。

 

「ごめん眠い」

「あっきょっ、今日は人と話し過ぎて疲れたので帰ります……」

「結束力全然ない!!」

 

 結束バンドは走り出したばかりだ。

 

 

 

 

 

 

「まったくもう! やっぱり結束バンドってバンド名は改名するべきだよ!」

「……わたしは、可愛くて結構好きだけど。エゴサが全く機能しないのは、問題とはいえ」

 

 結局、結束バンドの結束力はあまあまであり、初ライブ後だというのに打ち上げ参加はその半数――虹夏と百合のみであった。

 二人きりでファミレスなどで打ち上げというのもなんだかなぁということで、少し遠くまで足を運んで、下北沢と東北沢の間くらいにある銭湯へとやってきていた。

 打ち上げ、というよりはお疲れ様会といった意味合いが強い。

 

 夜に近いという事もあり、幸いなことに女湯の利用客は二人の他におらず、広いスペースをのびのびと使えるのは嬉しい誤算だった。

 

 銭湯なので当然お互い一糸纏わぬ姿で、洗い場に虹夏が腰かけ、その後から百合が頭皮マッサージをしながら髪を洗ってあげている。

 

「……ん、しょ。痒いところ、無い?」

「うん! 大丈夫だよー! あぁ~そこそこぉ~……」

 

 爪を立てないように細心の注意を払いつつ、絶妙な力加減で頭皮をマッサージする。

 

「……虹夏ちゃんの髪は長いから、お世話のし甲斐がある」

「そう? いつも百合にやってもらってるけど、大変じゃない?」

「……そんなことない。虹夏ちゃんの髪のお手入れするの、好きだよ」

「えへへ……いつもありがとうね、百合」

 

 鏡越しに、百合と目があった虹夏はふ、と微笑んだ。ただ、友人らに見せる笑みとは違い、その表情には少なからず蠱惑的な色気が乗っていた。

 

「……はい、流すから目を瞑って」

「はーい!」

 

 長い髪を先端まで丁寧にケアし終わると、良き温度となったシャワーで泡を流し始める。虹夏は言われた通りに目を瞑り><という表情でされるがまま。

 

「……じゃ、お背中流しまーす」

「ふふ、じゃああたしが一緒に百合の背中も流してあげるね……?」

 

 お風呂に一緒に入ったから背中を流しあう。これ自体は仲の良い友達同士であれば発生しうるイベント……だと思うのだが、何故だろう、声と表情に艶があるように見えてしまう。

 

「……肌すべすべ~」

「やんっ♡ もう、手つきがやらしいよ?」

「……なんのことかな?」

「あははっ! くすぐったいってば、も~っ!」

 

 キャッキャウフフ。

 女の子同士で和気あいあいと交流している様子を指す表現の事(Weblio国語辞典より引用)

 もこもこであわあわに包まれた二人が、密着しながら互いの身体を触りあい、ぬるぬるを増していく。

 

 おかしいな? 今行われている事を正確に描写しただけなのに一気に背徳感が増してしまった。

 女の子達にフォーカスを当てた日常モノではしばしば開催されるイベントであるはずなのに。

 まあよい。かわいい女の子とかわいい女の子が仲睦まじくしているだけなのだ。そこに何も問題などあろうはずも――

 

「あっ……♡ 百合、そこ……」

「……んっ♡ 虹夏ちゃんも、手が……♡」

 

 おっと危ない。

 

 

 

 

 

 

 銭湯、とはいっても二人が来たのは非常に小さな物なので、湯船が二つ。両方ともジャグジーというかジェットバス付きで、側面から出るか床から出るかの違いだけ。

 それでも一般住宅の風呂よりも広々としていることは確かで、足を十分に伸ばせる上に洗い場を含めた浴室もなんというか解放感を感じられる。

 

「はぁ~……あったまるぅ~……」

「……きもちいいね……」

 

 虹夏と百合は二人でぴったりと肩を寄せ、片手を指と指を絡ませる形でつなぎながら、肩まで湯に浸かり弛緩している。……広いスペースは?

 

「ね、今日は楽しかった?」

 

 こてん、と虹夏が百合の肩に頭を乗せながら問いかけた。

 

「……ん。ミスもいっぱいしちゃったから、ライブとしては失敗。けど、楽しかったよ」

「あたしも。なんでかなぁ、これまで百合と一緒にやったライブも楽しかったけど、今日はなんていうか……」

「……わくわくした?」

 

 百合が返すと、虹夏はパッと表情に花開かせる。

 

「そう! なんか、これから始まっていくんだ~って気になったんだ」

「……なんだかんだ、リョーちゃんと一緒にやったのも初めてだったもんね」

「ね~。中学の時文化祭でやったのはあたし達とリョウで別のバンドだったし。それに、ぼっちちゃんも……」

 

 虹夏が連れてきたギターの少女、後藤ひとり。

 初めてお迎えしたハムスターのように、ライブ中は段ボールから出てくることは無かったが、ほぼ無理やり連れてきたようなものであるのに"次は"と言ってくれた。そのことが、虹夏には堪らなくうれしかった。

 

「頑張ろうね、百合」

「……うん。STARRYをもっと有名に――」

 

 伊地知虹夏と禊萩百合には夢がある。

 天国にいる虹夏の母に届く位、姉が夢を捨ててまで建ててくれたSTARRYというライブハウスを有名にする。そのために、STARRY発のバンドとしてメジャーデビューを――。

 

 今日のライブは、その為の第一歩だった。

 

「「…………」」

 

 お互い、頭を重ねるように相手に身体を預け合う。

 ジャグジーがごぼごぼと泡を吐き出す音だけが、静かな浴室に響いていた。

 

「……ところで、さ」

 

 虹夏が今日のライブを振り返りながら言った。

 

「私がMCやる間、曲弾いてくれてたじゃん」

「……うん。無音よりはいいと思って」

「それはありがたいんだけどね? 多分何もない状態だと緊張してもっと滑ってたかもしれないし、実際お客さんもこっちに注目してた。でもさ」

 

 間を空けて、一言。

 

「なんで『春よ、来い』をチョイスしたの!?」

 

 インストバンドのMC時に指遊びで弾いた曲が『春よ、来い』。松任谷由実が歌う、日本の名曲である。

 名曲であるが、これからロックを奏でるバンドがやる、演奏前のステージングとしては不適合が過ぎるのである。

 観客は注目してたのではなく、ロックバンドの一人が全身段ボールであり後ろで流れている曲が『春よ、来い』なので混乱していただけなのである。

 

「……虹夏ちゃん」

「うん」

「……春よ来いのサビはヨナ抜き――正確には短調の曲だからニロ抜きって言って、日本人にはとっても耳馴染みが良くてね。すごく落ち着く旋律なの」

「落ち着かせてどーすんのっ!!!」

 

 ……結束バンドの旅路は、まだまだ始まったばかりなのである。

 




・後藤ひとり
妖怪に目をつけられた。介護適正が高すぎる。

・禊萩百合
お世話が大変だったりすると逆に「おもしれぇ……っ」ってなるタイプ。本能的に奉仕タイプ。

・お風呂イベント
良くアニメや漫画などで女子風呂の様子が描写される。
何故か、大抵背中の流しっこやら「おっぱい大きい~!」「やーんえっち!」みたいなやり取りが発生する。
今はまだガンに効かないがいずれ効くようになる。私には効いた。

・キャッキャウフフ
マジで検索すると出てくる。 
 
・春よ、来い
名曲中の名曲。ぼっちが高校に入って1か月後が原作スタートなので、かろうじてTPOの時は合っているかもしれないが所も場所も合っていなかった。

日刊4位…?ありがてぇ…っ!
感想高評価ここすきにお気に入りありがとうございます。頑張ります
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