獣の現出より五百年強。滅び逝く地上から切り離されて、天高き結界の中を漂う百の群島レグル・エレ。その中では牧歌的な田舎にあたる六十八番浮遊島。
宙を遮る雲はなく、数多の星光を従えて、刃のような三日月が煌々と空を支配する。
パニバルが突如いい子になりすぎて、全く無駄な騒動を引き起こした、その日の夜のことである。
「うー、あー。困った、俺は一体どうすればいいんだ…」
ヴィレム・クメシュは自室のベッドに横になると、頭を使うのが苦手なりに必死に考え続けているティアットみたいな唸り声を上げ、右へ左へごろごろごろごろ延々転がり続けていた。
「むう、さっきからとてもうざい。読書に集中できないのだけど」
パタンと音を響かせて、分厚い本が閉じられる。
現在時刻二十一時半。日々後先考えず全力で。やかましくかしましく、どったんばったん遊び回っているちびっ子達も今は深い眠りについている。
妖精倉庫随一の、乱読少女ネフレン・ルク・インサニア。彼女にとって夜中とは、静寂に身を浸しながら活字の世界に没頭できる大変貴重な時間である。
それを邪魔されてしまっているのだからたまらない。彼女にしては珍しく、視線にも声色にも確かな不満を滲ませている。
「いや、だったら自分の部屋に帰って読めよ。俺の椅子を勝手に使うな。机に本を大量に積むな。そもそも無断で侵入するな」
ヴィレムはごろごろ転がり回るのを一時取りやめ、むくりと体を起こしてつっこんだ。
それは実に道理だった。青年の言うことの方が、圧倒的に正しくて誰が聞いても道理だった。だがしかし、
「ん、それは無理。ヴィレムは夜になると、静かなのが寂しくて泣きたくなっちゃう質だから。わたしがいつでもすぐそばにいて、温める準備をしていなくてはいけない」
思わずベッドからずり落ちそうになる。夜は静かなのが寂しくて泣く。男として、あまりに情けなく屈辱的な理由でダメ出しを受けてしまった。
「いやお前何を根拠にそんなこと。出張で一週間倉庫を離れたこととかあったけど、俺は全然平気だっただろ。泣きそうになんて全くなっちゃいなかっただろ…?」
「嘘だと思う。出張から帰った日は、年少組の子達全員に、いつもより三割増しの勢いでハグをして回っていたし。やはりわたしも着いていくべきだったと、今でもずっと後悔してる」
図星だった。さすがに道中泣いたりしてはいなかったが、自分では抑制できていたつもりだったが、倉庫に帰り着いた瞬間孤独からの開放で思わずテンションがぶち上がってしまったのは紛れもない事実だった。くそう、このちびは一見ぼんやりしてるようでいて、実に細かいところまで人を観察してやがる…!
思わず恥じらう乙女のように、顔を両手で覆いそうになってしまう。が、青年は男としての沽券にかけて、どうにかその衝動を抑えきり平然とした表情をキープ。この話題を続けていては、自分でも知らない自分の恥部を、善意であるがゆえに容赦なく奥底まで掘り出されてしまうかもしれない。それだけは回避したかったので、もう腹をくくって大人しく、ごろごろ唸って悩んでいた理由を正直に話すことにした。