火を点けた先、青空の下で。 作:FINDER EYE
意味を求めて
ゆらゆらと、意識が揺蕩う。
わたしは……どうなったんだっけ。
思い出す。溶けてなくなってしまいそうな意識をかき集めるように。
甦るのは──すべてを焼いた、炎の赤。それに連なる、彼女との
……ああ、そっか。
──レイヴン……それでも……私は……
──人と……コーラル……の……
わたしの選んだ、
エアと直接
それで……エアを倒したあと、カーラの駆るザイレムを見送って。
離脱する気力もなくなったまま、コーラルの炎に包まれて──
──621 仕事は終わったようだな
ふいに、ウォルターの声が聞こえた。
冷たいようで、温かなあの声が。
──お前は自ら選び 俺たちの背負った遺産を清算した
──すまない そして感謝しよう
謝罪なんていらない。感謝なんていらない。
ただ、わたしはウォルターの遺志を継ぎたかった。貰った温かさに応えたかった。
例えそれが……他の何を手放すことになろうとも。
これは、わたしの選択。
でも……本当にしたかったのは、たぶん、そんな事じゃなかった。だけど、それが何なのか、今のわたしには表す事ができなくて。
──621
──お前を縛るものはもう何もない
もう何も……そう。全部、なくなった。ウォルターと出逢ってから、得たもの、すべて。
すべて、炎と嵐に飲み込まれ──
──これからのお前の選択が……
ウォルターの声が、気配が、遠のいていく。
まって。おねがい。
──お前自身の可能性を広げることを祈る
わたしを置いていかないで──
***
数千もの学園が集合した、学園都市キヴォトス。そこに連なる地域のひとつ、D.Uの外郭地にある病院の一室にて、眠っていた少女が目を覚ます。その覚醒に合わせ、浮き上がる
三重に連なる赤の円環と、中央に座する黒い球体をもつ
「ここは、どこ……?」
肩口で切られた銀の髪を揺らし、その小柄な少女が身を起こす。赤の瞳を瞬かせながら呟いた言葉は、無人の室内へと吸い込まれていった。
少女
少女にはわからない。
ここが何処なのかも。
なぜ、自分がここに居るのかも。
思い返すのは目覚める前の情景。炎で彩られた離別の記憶。あの時感じた熱は、間違いなく自身に触れていた。であればここは、死後の世界と呼ばれる物だろうか。
室内を見回し、暫くの間ぼんやりと思考を巡らせていた時。ふいに、病室のドアを叩く音が室内に響いた。
聞き慣れた、
──入るぞ 621
「ウォルター?」
「……えっと、人違いだけど、入ってもいいかな?」
しかし、返ってきた声は、少女の知らない男性の物。
もう、ウォルターの声を聞く事はないのだろう、という事を。
手術の後遺症か、はたまたそういった
そんな彼女にとって、ウォルターとはずっと一緒に居たと言っても過言ではない相手だ。自身の
しかし、そのウォルターとの──唐突な別れ。
暗い、暗い、あの地下で。最後に聞いた声が、脳裏に響く。
──俺の最後の仕事として お前を自由にしよう
「……あ、あれ? ……えーっと、入っちゃダメかな?」
「…………えっと、どう、ぞ?」
追想を阻む再度の問いに、少女は辛うじて、使い慣れない言葉を返す。無視をした形となってしまっていたが、声の主に悪感情がある訳ではない。
ただ、対応する余裕を失っていただけであった。
呟くような返答であったが、ドアの向こうに居た男性に届いたのだろう。失礼します、と小声で発し、声の主は病室へそろりと入ってきた。
そうして、少女は目にする。
ウォルターとは異なる、その若い男性を。
「こんにちは。私はシャーレの顧問先生です、よろしくね」
ベッドで身を起こしている少女と目線を合わせ、先生と名乗った男性は朗らかに言葉を発した。その彼に、少女は何も返さない。
ただ、じっと目を見つめていた。
ウォルターとは違う、曇りなく、まっすぐに己を見つめるその目を。
「身体の調子はどう?」
「からだ……」
言われて、少女は自身の身体へ意識を向け、気が付く。
この
しかし、少なくとも、何一つ不調は感じられなかった。
「何も問題ない」
「そっか。よかった」
少女の、素っ気ないとも言える返しに、それでも先生は柔らかに微笑む。
その表情もまた、少女にとって見た事の無い物だった。
「君は昨日、
「倒れて……」
覚えがあるかな、と問われて少女は首を振る。
その返答を受けても先生は変わらず微笑み、そっか、と軽く返した。
少女の記憶は、あの炎に包まれた時から断絶している。シャーレという単語も、聞き覚えすらない物だった。ただ、ここは死後の世界という訳ではなさそうで、自分は生きているのだろう、という事だけは、なんとなく把握できた。
「そろそろ起きそうだって情報を貰ってね。すこし様子を見に来ただけなんだ」
手ぶらでごめんね、と手をひらひらさせる先生。
しかし、その言葉と仕草が意味する物を汲み取れず、少女は軽く首を傾げていた。
「あまり長居するのもよくないだろうし、私は退室させて貰うけど、何か困った事があればそれを押してね」
そんな言葉と共に、
視線をそちらに誘導された少女に、もう一度、声がかかる。
「ただ、最後に。よければ君の名前を教えて貰えるかな」
「名前……」
先生に問われ、少女は思案する。
名前──己を示す
真っ先に出てきたのは、
「……621」
「ろくにー……えっ?」
「621……強化人間C4-621。それが、わたしの
「えっ……えっ?」
先生は動揺した。名前を聞いて、型番紛いの物が返ってくるのは想定すらしていなかったのだろう。
流石に
「えっーと……他に、あったりとかは……?」
「……レイヴン」
「ああ、よかった他に呼び名が──」
「安いおまけ、
「待って! 待って!?」
少女が今まで呼ばれた呼称を指折り告げる度、先生の頰が引き攣っていく。どれもこれも名前とは言い難く、むしろどういう環境に居たんだと声を上げたくなる物だった。
「と……とりあえず、レイヴンと呼ばせて貰ってもいいかな?」
「うん」
少女──レイヴンは拒否する事も無く頷きを返す。彼女にとって、名を呼ばれる事に意味はあっても、呼ばれる名自体に意味など無く、否定するような物ではないのだ。
「ありがとう、レイヴン。えっと……それじゃあ、また来るよ」
「……」
返答がない事を気にも留めず。先生は微笑みを絶やさぬまま、病室のドアへと向かっていく。
その背を眺めて、レイヴンは想う。
声が違う。見た目だって違う。なのに──
「お休み、レイヴン」
──今は休め 621
どうしてこんなに重なるんだろう、と。
***
「どうでした? 先生」
「うん。いい子だったよ」
「いえ、そうではなくて……」
先生はレイヴンの病室があったフロアにある、エレベーターのエントランスへと足を踏み入れ、そこで連邦生徒会の七神リンと合流する。彼女は先生と共にこの病院を訪れており、本来であれば、
そんな彼女がこちらへ、と先生を誘導し、ひとつの病室へと案内する。先生の踏み込んだそこは、なんてことのない、ただ使われていないだけの部屋。防諜を徹底する程でもないが、余人に聞かせるのは憚られる。そんな話をする場と考えれば、妥当な所ではあった。
「別に、私も同席してよろしかったのでは?」
「でも、リンちゃんが一緒だと詰問が始まりそうだし……」
「誰が『リンちゃん』ですか……それに──
「いや……不審者なんかじゃ、ないよ」
咎めるというよりは、言い含めるような声色で。先生はリンの言葉を否定する。
思いもよらぬ反論を受けたリンは先生を見つめるが、その表情からは、先ほどの言葉が本心からの物であるという色しか見つける事はできなかった。
「はぁ……それで、どうでした?」
「うん。名前を教えて貰ったよ、レイヴンって言うんだって。あと……強化人間C4-621、とも」
「強化人間……ですか? なんとも胡散臭い……」
これがごく普通の生徒が相手であれば、一顧だにしないような程の胡散臭さ。しかし、そんな物も情報のひとつとして軽視すべきではないのが実情だった。
また、『ウォルター』という名を呼んでいた事と、シャーレの地下に居た覚えが無いという証言も、先生はリンと共有する。
得られた情報を吟味するかのように黙して伏せる彼女へ、先生は気になっていた事柄を問いかけた。
「メディカルチェックの結果は出てる?」
「特に問題なし、と。簡易ではありますが、スキャンも行っています」
「それは朗報だね!」
強化人間、などという単語を考慮すれば、検査結果に異状なしというのは、情報面において矛盾とも捉えられるだろう。しかし、そんな事を微塵も感じさせず、先生は只々、レイヴンが健康体である事を喜んでいるようであった。
そんな先生に、ほんの少し眉を顰めるリン。だが特に言及する事はせず、別の話題へと移る。
「しかし、
「うーん……そんな感じでもなかった、かな」
本名ではないだろうけど、偽名でもない。彼女を示す呼称のひとつ。
先生の感じた印象は、偶然にも
「……そうですか。まあ、一応こちらで該当名がないか調査してみます」
「ありがとう。助かるよ」
「いえ、彼女を発見した場所が場所ですし。こちらとしても気になる所です」
「……うん、そうだね」
シャーレの地下。そこにある、連邦生徒会長の残した【クラフトチェンバー】と呼ばれるオーパーツ。それが生成したと思わしきコンテナの中で、レイヴンは眠っていたのだ。
常識的に考えれば、生成されたコンテナへ入り込んだとみるべきだろう。しかし、レイヴンは
そんな、余人に聞かせるには憚られる状況が、ここへ先生とリンが直接出向いた理由となっていた。その彼女が自身を強化人間だ、などと言った事も踏まえれば、不穏な事極まりないだろう。
「彼女が持ってた物の方はどう?」
「あれなら解析の為にミレニアムのエンジニア部へ。事前に送付物の写真を送ったのですが、銃器には見えない物の方に大変興味を示していまして……」
「そっか……今日はレイヴンに言及されなかったけど、私物と思われる物だし、本当は勝手に解析に出すのもよくないんだろうけど……」
発見した場所と状況。それが段取りよりも、疑問の追及を優先する要因となっていた。
あとでちゃんと謝らないと、と考える先生はふと気が付く。
「……というか、分解とかされたりしないよね?」
「私には回答致しかねます」
「…………明日にでも顔を出しに行ってみるよ」
先生としては、どの道一度は各学園に赴くつもりではあった。そう考えれば悪い事でもない。
ユウカに声かけておこうかな、と呟く彼へと、リンが苦笑交じりに声をかける。
「それにしても、先生も大変ですね。着任早々こんな事態が発生するだなんて」
「リンちゃんもね」
「……ええ、全くです」
リンが先生の着任当日に伝え忘れていた、クラフトチェンバー。それの説明へと足を運んだ先で発見した、コンテナと
「でも……」
先生が、ぽつりと声を漏らす。
彼が思い返すのは、レイヴンの目。迷子の子どものような、進むべき道を見失った目。
故に、思うのだ。
「彼女も──私の生徒だよ」
***
邂逅から連日。先生はレイヴンのもとへと訪れ、彼女と色々な話を、少しずつ共有していた。
彼女が強化人間で
頭に浮かぶそれは、生徒であれば誰もが持つ、ヘイローと呼ばれる物である事。
ここがキヴォトスと呼ばれる
彼女がルビコンと呼ばれる
そして……最後に、そこを──
彼女の語る話の多くは、俄かには信じがたい話であり、その
しかし、先生はレイヴンの言葉を信じていた。正しく言うのであれば、彼女の中の事実として、彼はそれを受け止めていた。
そして今日。先生はひとつの結論を抱えて、レイヴンの居る病室へと歩いていた。手にはガンケースを持ち、肩にはバッグを担ぎ。
《先生、その……》
《どうしたの、アロナ》
向かう途中、彼が手に持つタブレット端末から《声》が発せられる。
シッテムの箱とも呼ばれるオーパーツであるタブレット端末。そのメインOSであるアロナが、先生へと声をかけたのだ。
歩き続ける彼へ追従するような形で、彼女のホログラムが中空へと投影される。
《えっと……本当に彼女へ、あの話をするおつもりでしょうか》
《アロナは反対?》
《う、その……やはり、彼女から聞いた話はどれもキヴォトスに情報が無い物ですし……地下へも侵入した痕跡が見つけられなかった、不可解な存在である事は間違いないんです……》
《……うん。確かに、そうかもしれない》
情報が無い、というのはリンからも同様の回答を得ている。まるで突然そこに現れたかのような存在。それが、彼らから見たレイヴンだった。
しかし──そうであろうと、彼の考えは揺るがない。
《でも、私は彼女の話を信じたいし、悪い子じゃないと思っているから》
《……わかりました。先生のご判断を支持します!》
《ありがとう、アロナ》
「では!」と明るい声と笑顔を残して、アロナのホログラムが景色へと溶けていく。
それを見送った先生は暫く歩き続け、レイヴンの居る病室へとたどり着く。そうして行う、ここ数日と変わらぬノック。
「レイヴン、お邪魔していいかな」
「どうぞ」
連日聞いた、入室を促す声。それに導かれて先生はドアを開ける。彼はいつもの椅子に座って、いつもと変わらずレイヴンへ声をかけた。
「やあ、レイヴン。調子はどう?」
「問題ない……先生の方が問題ありそう」
「あはは……」
その指摘に心当たりがあるのか、先生は乾いた笑いを返す。
レイヴンは、そんな彼の顔をじっと見つめる。目元の隈、睡眠不足の証。訪れる度に濃くなるそれを。
「大丈夫?」
彼女の問いかけに、彼は笑って答えを返す。
「私は大丈夫、気にしないで」
──俺は大丈夫だ 気にするな
また──重なる。
レイヴンは思い出す。あれは
そんな彼女の様子を伺いつつも触れず、先生は持ってきた荷物を自身の膝へと持ち上げた。
「ごめん。返すのが遅くなったんだけど……」
「返す?」
返す、と言われてレイヴンは困惑した。返却されるような所有物に心当たりがなかったのだ。なにせ先生との話によれば、自身は炎に飲まれた後、
そんな彼女を見つつも、先生がその中身を取り出す。
「これ、君の物だよね」
「……っ!」
予期せぬ代物に、レイヴンは目を見開く。それは、
視界が──滲む。涙と呼ばれる、失われていたはずの
「それは……君にとって、大切なものなんだね」
「……うん」
思い返すのは、かつての日々。
レイヴンが、思い出を綴るかのように、言葉を零す。
「わたしは……ウォルターと出逢って……」
思い返すのは、
「ルビコンで、戦って……」
思い返すのは、炎の赤。
日常の終わり、戦いの果て。
彼女との……別れ。
「そして最後に──すべてを、焼き尽くして……」
もう、なにも残ってないと思ってた。
しかし、手にした時の感触は、確かな物だった。それは、違うのだと。確かに残る物はあったのだと、知らしめてくれるかのように──
***
「落ち着いた?」
「……うん」
ひとしきり泣いた後。先生のハンカチで涙をぬぐわれ、心なしか穏やかな表情をするレイヴン。
そんな彼女の様子を見て、
「実は、もうひとつ。君に渡したい物があってね」
言って、先生は一枚のカードを懐から取り出す。
それは目の下に隈を作る事となった要因のひとつ。
「はい、これ。キヴォトスでの身分証」
「身分証……」
「これからの君に必要だろうと思って」
身分証を渡す事にも、そもそも武器を返却するのにも、それぞれひと悶着あった。だが、それらを押し通して、先生は今この場に居た。
そんな彼の苦労の結晶。『レイヴン』の名で作られたその身分証を、当人がしげしげと眺める。
──これがお前のルビコンでの名義だ
そんな言葉が蘇る彼女の目に留まったのは、自身の所属を表す部分。
「シャーレ所属?」
「うん。
含みを持たせた言葉と声色に、レイヴンは先生へと顔を向け、そこに浮かぶ表情を見る。柔らかな微笑み。だけど、どこか真剣な様子で、真摯な姿勢を感じさせた。
そんな彼が言葉を発する。
「レイヴン。君さえよければ、私の仕事を手伝ってくれないかな」
「仕事を……」
──621 仕事の時間だ
それは、聞き慣れた、
もう、聞く事のできない、
レイヴンは見つめる。ウォルターと似てないようで似ている──先生を。
ちりちりと身を焦がす熱を吐き出すように、彼女は口を開く。
──621
「
──お前に意味を与えてやる
「わたしに意味を与えてくれる?」
「────……」
レイヴンの眼差しも、声色も。どちらも至って平静と変わらぬ物だった。感情を表に出さない少女。しかし、先ほどの光景を、涙を考えれば。その奥には、他の子と変わらぬ物が潜んでいるのだろう。
これは、懇願に等しい物だ、と先生は感じた。失ってしまったかつてを取り戻したいと、空いてしまった穴を埋めたいと叫ぶ、静かな慟哭だと。
今、彼女を安心させる為だけであれば、是と返せばいいだろう。だが、それは彼にとって、彼が歩もうとする道にとって、肯定する事のできないものだ。
故に、彼の返す言葉は決まっていた。
「──
「……そう」
レイヴンにとって、その返答は拒絶と同義であった。
顔を伏せる。身体の熱が急速に失われるかのような、喪失感。期待などしていなかった、というのは嘘になるだろう。先の言葉は、自身は、確かに替わりを求めていたのだと。かつて己に意味を与えてくれたウォルターの、代替えを求めていたのだと。
ウォルターと先生。似ている部分があるというのは嘘ではないだろう。だがそれ以上に、似ている部分を探して、重ねていただけなのだと。
しかし、それも相手に拒絶されてしまえば、手に入れる事の叶わぬものなのだろうと──
「
先生の力強い声に、レイヴンが顔を上げ──目と目が合う。
彼女を見つめる、温かな眼差し。
「私は、君に意味を与えることは、できない──」
曇りのない、真っ直ぐな眼差しと。
「──でも、君が意味を見つける手伝いなら、できる」
そう言って、先生は手を差し出す。
それは──
レイヴンは、差し出された手を見つめ、そこに宿る温かさを感じた。そして……それに、触れてみたいと思った。
だからこそ──彼女は、その手を取ったのだ。