火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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ブラックマーケットにて

 不良集団との戦闘自体は思いの他呆気なく終了した。数頼りの戦いなど、アビドス一行の相手になるはずもなかったのだ。彼女たちは一陣目を容易く退け、続く増援を待ち構えようとした。だがブラックマーケットの治安機関に目を付けられるのを避けたいというヒフミの言葉に従い、戦場となった道路を後にしていた。

 

 先導するヒフミの背を追って移動し続けていた一行は、やがてひとつの路地で足を止める。軽く呼吸を整えた後、ヒフミは周囲を見渡してから小さく安堵の溜息を吐いた。

 

「……ここまで来れば大丈夫でしょう」

「ふむ……ここをかなり危険な場所だって認識してるんだね」

「えっ? と、当然です。連邦生徒会の手が及ばない場所のひとつですから……」

 

 確認するかのように問うシロコへと返答した後、ヒフミは再び周囲を見回す。今度は人影の確認ではなく、周囲に乱立する建造物群へとその目を向けていた。

 真新しい物もあるが、古い建物も多い。そこには確かな歴史が積み重なっていた。

 

「ブラックマーケットだけでも学園数個分の規模に匹敵しますし、決して無視はできないかと……それに様々な『企業』が、この場所で違法な事柄を巡って利権争いをしていると聞きました」

「企業……利権争い……」

 

 先ほどまで居た場所とは様式の異なる建物に気を取られていたレイヴンの目が、鋭い物へと切り替わる。ヒフミの言葉から連想される物があったのだ。

 それはかつての日々。様々な組織との──戦い。

 

 ──コーラルが絡むと 死人が増える

 

 辛酸を含んだ言葉を思い出す。あれもまた、利権争いのひとつであったのだろう。そう思えば、気を引き締めるには十分な理由だった。

 静かに剣呑な気配を放ち始めた小さな白いのへとチラチラ視線を送りつつ、ヒフミは戸惑いながらも話を続ける。

 

「そ、それだけじゃありません。ここ専用の金融機関や治安機関があるほどですから……」

「銀行や警察があるってこと……!? そ、それってもちろん、認可されていない違法な団体だよね!?」

「はい……そうです」

 

 驚愕の声を上げたセリカへとヒフミが頷きを返す。だが流石に、警察と呼ぶには語弊が大きい。しかし、些細な諍いが大きな火種となり街を壊さないようにと、確かに治安維持は行われていた。そこを踏まえれば、警察と似てると言えなくもないだろう。

 会話を傍で聞いていたノノミは目を丸くし、改めて周囲を見渡しながら呟く。

 

「スケールがケタ違いですね……」

「中でも特に治安機関は、とにかく避けるのが一番です……騒ぎを起こしたら、まずは身を潜めるべきです……」

 

 治安機関。その単語にレイヴンは惑星封鎖機構を連想し──それは違うなと断ずる。ヒフミが言うに、その組織は警戒に値するとの事。気が付いたらいつの間にか居なくなっていた組織と同一視すべきではないだろうと考えた。

 彼女の中で、惑星封鎖機構の評価は余り高くない。数々の強敵と相対はしたが、それが組織への評価として紐づいていないのだ。

 自身の戦果が惑星封鎖機構の衰退に繋がったのだと理解していないレイヴンを横に置き、ホシノが情報通のヒフミへ感心したように声をかける。

 

「ふ~ん、ヒフミちゃん、ここのことに意外と詳しいんだねー」

「えっ? そうですか? 危険な場所なので、事前調査をしっかりしたせいでしょうか……」

「ヒフミは予習をしっかりするタイプなんだね」

「いっ、いえ、そういう訳でもなく……成績の方もいたって普通ですし!」

「でも、何事においても学ぼうとする姿勢があるのは良い事だと思うよ」

「……えへへ。そ、そうでしょうか?」

 

 ヒフミ自身への興味を示した先生が、彼女と談笑を始める。その様子をホシノは眠た気な目を装った視線で観察し、こんな場所で遭遇した少女の正体(・・)を推測する。それは恐らく、トリニティの諜報員。一般生徒へと偽装したのだろうと判断した。

 トリニティに通うお嬢様が、このような場所にひとりで来るとは思えない事。先の不良集団との戦闘で引け腰ながらも戦いに混じっていた事。見知った道のように路地を駆けていた事。それらが積み重なったが故の推理だった。

 しかし残念ながら、全くの勘違いである。後日、真実を知って愕然とする事になろうとは、この時は知る由もなかった。

 ホシノはヒフミの事を普通の生徒ではないだろうと断定し、ひとつの決断を下す。

 

「よし、決めた―」

「ホシノ?」

「……?」

 

 独り言にしては大きいホシノの声に雑談が止まる。揃って首を傾げている二人へ──ヒフミへと、にこやかな笑顔のホシノが口を開いた。

 

「助けてあげたお礼に、私たちの探し物が手に入るまで一緒に行動してもらうねー」

「え? ええっ?」

「わあ☆いいアイデアですね!」

「なるほど、誘拐だね」

「はいっ!?」

「誘拐じゃなくて、案内をお願いしたいだけでしょ?」

 

 セリカは片手を額に当て、シロコの物騒な発言を訂正する。その後、当人の意思を無視して話を進める上級生組には任せておけないと判断して、ヒフミへと柔らかく声をかけた。

 

「もちろん、ヒフミさんが良ければ、だけど」

「あ、あうう……私なんかでお役に立てるかわかりませんが……」

 

 自信無さ気な言葉と、両手の指先を重ねた仕草。

 しかし、その後にヒフミは小さく微笑む。

 

「アビドスのみなさんにはお世話になりましたし、喜んで引き受けます」

 

 少々強引な流れかと思ったが、当人が良いならヨシと頷く先生。彼を余所に、許諾を得たホシノが笑顔を返した。

 

「よーし。それじゃあ、ちょっとだけ同行頼むねー」

 

 

***

 

 

「はあ……しんど」

「もう数時間は歩きましたよね……」

 

 ブラックマーケットの中心街。入口付近よりも更に雑然とした地区の一角で、セリカとノノミが立ち止まって愚痴を零す。それに合わせて一行は足を止めた。皆、似たような心境だったのだ。

 言葉の通り、ヒフミが一行に加わってから既に数時間も探索が行われていた。だが目ぼしい成果は上がらず、彼女たちには疲労ばかりが蓄積されるだけであった。

 

「先生、大丈夫?」

「……もちろん」

 

 そしてそれは当然、同行している先生も同じ事。彼と生徒たちの間には身体能力に大きな格差が存在している。立場上(先生として)の見栄と矜持により彼がへたり込みたい気持ちを堪えている一方で、ホシノが自身の腰を叩きながら嘆く。

 

「これはさすがに、おじさんも参ったなー。腰も膝も悲鳴を上げてるよー」

「えっ……ホシノさんはおいくつなのですか……?」

「ほぼ同年代っ!」

 

 個性的な一人称に驚愕し目を丸くするヒフミ。当然の反応に誤解を招かぬようにとセリカが素早くフォローを入れる──その横にて。自身も疑問を抱いておくべきだったかと問うレイヴンの視線に、先生が苦笑を返していた。

 

「あら! あそこにたい焼き屋さんが!」

「あれ、ホントだー。こんなところに屋台があるなんてね」

 

 何処か休憩出来そうな場所は、と周囲を見回していたノノミが声を上げ、ホシノがそれに反応を示す。近くに木製の長椅子も設置されており、止まり木とするには丁度良さそうだった。

 ノノミは屋台へと数歩近寄り、一行の顔が見渡せる位置で笑顔と共に振り向く。

 

「あそこでちょっとひと休みしましょうか? たい焼き、私がご馳走します!」

「えっ!? ノノミ先輩、またカード使うの!?」

「先生の『大人のカード』もあるよ~」

「ううん、私が食べたいからいいんですよ☆みんなで食べましょう、ねっ?」

 

 ホシノのおねだり(・・・・)にも随分と慣れた物だなと思いつつ、何も言わず懐へと手を伸ばしていた先生は、続いたノノミの言葉でピタリと動きを止めた。微笑む彼女の厚意を無碍にすることなく、かといって生徒に奢られるだけの状態を回避する策を考え──

 

「……それなら、私は飲み物でも買おうかな」

 

 無難な選択肢へと落ち着いた。

 

 少し時間が経ち。

 ゲヘナの本店──謂わば、生き残り(・・・・)から暖簾分けされた屋台。その店主から、ノノミがたい焼きを受け取って戻って来た。合わせるように、近くにあった売店へと人数分のお茶を買いに行った先生と、それに付き添ったレイヴンも合流。一行は一時の休息を得る事となった。

 

「おいしい!」

「いやぁ、ちょうど甘いモノが欲しかったところだったんだー。先生もありがとねー」

「あはは……いただきます」

「ほら……先生も」

「いただきます」

「はい☆レイヴンちゃんもどうぞー」

「ありがとう、ノノミ」

「いえいえー」

 

 紙袋を回しながらそれぞれが受け取り終えたところで、ノノミがドローンを見上げた。そして、ここに居ない仲間に対して声をかける。

 

「アヤネちゃんには、戻ったらちゃんとご馳走しますね。私たちだけでごめんなさい……」

『あはは。大丈夫ですよ、ノノミ先輩。私はここでお菓子とかつまんでますし……』

 

 返答に偽りが無いと示すかのように、インカムからパキンと焼き菓子を割るような音が届いた。当然ながら彼女が日頃から行っている訳ではない。それは、気を遣わせない為の行為だ。

 ノノミはその配慮を理解して、笑顔で手を振ってから、たい焼きへと噛り付いた。

 

「しばしブレイクタイムだねー」

 

 アヤネらしい心配りの仕方とたい焼きの味に微笑んで、ホシノが呟く。

 それを境に。暫しの間、たい焼きを味わうだけの時間が緩やかに過ぎていった。

 

 

***

 

 

「ここまで情報がないなんてありえません……妙ですね」

 

 空になった紙袋を丁寧に畳むノノミの横で、改めて今までの足取りを振り返っていたヒフミが思わずといった様子で呟きを零す。

 そこそこの声量で放たれたそれは当然、周囲の耳へと入り込む。結果、注目を集める事となったヒフミは困ったように微笑んでから口を開いた。

 

「お探しの戦車の情報……絶対どこかにあるはずなのに、探しても探しても出てきませんね……」

 

 独り言を取り繕うように言葉を続け、彼女はその考えに至った理由を語る。

 

「販売ルート、保管記録……すべて何者かが意図的に隠しているような、そんな気がします。いくらここを牛耳っている企業でも、ここまで徹底してブラックマーケットを統制することは不可能なはず……」

「そんなに異常なことなの?」

 

 話すにつれて真剣な面持ちへと移り変わっていったヒフミへと、シロコが朴訥に問う。

 向けられた質問に、頬へと人差し指を当てながら返答の為にと口を開く。

 

「異常というよりかは……普通ここまでやりますか? という感じですね……ここに集まっている企業は、ある意味開き直って悪さをしていますから、逆に変に隠したりしないんです」

 

 話の区切りと共に頬から離れた指が向かった先は、ひとつの建物。周辺の物と比べて随分立派な作りであり、周りには警備と思わしきオートマタが銃器を携えていた。

 

「例えば、あそこのビル。あれがブラックマーケットに名を馳せる闇銀行です」

「闇銀行?」

 

 胡乱な単語に首を傾げるセリカへとヒフミが頷く。

 

「ブラックマーケットで最も大きな銀行のひとつです。聞いた話だと、キヴォトスで行われる犯罪の15%の盗品があそこに流されているそうです……横領、強盗、誘拐などなど、様々な犯罪によって獲得した財貨が、違法な武器や兵器に変えられてまた他の犯罪に使われる……そんな悪循環が続いているのです」

「……そんなの、銀行が犯罪を煽っているようなものじゃないですか」

「その通りです。まさに銀行も犯罪組織なのです……」

 

 ノノミの反応にヒフミも同意を示す。だからこそ非認可であり、その悪循環によってブラックマーケットの拡大を支えていた。

 

「ひどい! 連邦生徒会は一体何をやって──んひゃあっ!? なっ、何なのレイヴンちゃん!」

 

 憤りのままに口火を切ったセリカが、言い終わる前に脇腹を突かれて飛び退く。問われた元凶の少女は口を開かぬまま指先をゆっくりと動かし、指し示された人物と目が合いセリカは硬直した。

 

「……あっ」

「ええっと……連邦生徒会の皆も、色々頑張っては居るんだよ」

「い、いやーその、えっと……」

「理由はいろいろあるんだろうけどねー、どこもそれなりの事情があるだろうからさ」

 

 言葉に成らない声を漏らし続けるセリカの背を軽く叩いて、ホシノは宥めるように声をかける。追加のフォローを入れてくれた彼女へと、先生は小さく感謝の仕草をして、返答のウインクを受け取った。

 

「現実は、思った以上に汚れているんだね。私たちはアビドスばかりに気を取られ過ぎて、外のことをあまりにも知らな過ぎたかも……」

 

 闇銀行を無表情に見つめて、シロコが心情を零す。

 それは、普段と変わらぬ静かな口調。

 しかし、微かな落胆の滲む声色だった。

 

 生徒の口から余り聞きたくない色をした響きに耳を傾けつつ、先生は周囲の建物を見回すように首を動かして物思いに耽る。

 此処は連邦生徒会の()が及ばぬ場所にして、悪徳の温床。だがそれでも、学園に居場所の無くなった生徒たちの受け皿となっているのも確かな場所だった。

 彼は右手を持ち上げ、その掌を──全てを救うには余りに小さなそれを見つめて。

 溜息を、飲み込んだ。

 

『お取込み中失礼します! そちらに武装した集団が接近中!』

 

 インカムから響く警告に場の空気が急速に張り詰める。

 

『気付かれた様子はありませんが……まずは身を潜めた方が良いと思います……』

 

 各々が自身の装備を整えている間にもアヤネの言葉が続く。迫り来る集団を確認しようと目を凝らしていたヒフミが、やがて姿を見せたそれに目を見開いた。

 

「う、うわあっ!? あれは、マーケットガードです!」

「マーケットガード?」

「先ほどお話しした、ここの治安機関でも最上位の組織です!」

 

 先導するかのように先頭を走るバイク。それに跨ったオートマタへとヒフミが強い反応を示す。ノノミが気になった単語を拾い上げてみれば、彼女はやや早口で即座に返してきた。

 

「急ぎましょう!」

 

 目を付けられては堪らない。そんな心情がありありと滲むヒフミの言葉に、一行は素早く付近の狭い路地に入る。乱雑に放棄された粗大ごみや室外機の裏に身を隠して暫く様子を伺っていれば、特に周囲を気にする素振りも無いまま一団が緩やかな速度で目の前を順に通過していく。

 

「……パトロール? 護衛中のようですが……」

「トラックを護送してる……現金輸送車だね」

 

 少なくとも騒ぎを起こした集団を探している様子ではない。その事に小さな安堵を滲ませた声を漏らすヒフミに、護衛対象を見逃さなかったシロコが重ねるように呟く。

 

「あれ……あっちは……」

 

 ノノミは過ぎ去った一団の背を見送ろうと路地から顔を出すが、その目的地は思うより近い。

 

「闇銀行に入りましたね?」

 

 観察を続けていると、現金輸送車から降り立った一体のオートマタが守衛と何やら言葉を交わし始める。内容を聞き取れる程の距離ではないが、何らかの書類へとサインしている様子が見えた。

 

「見てください……あの人……」

 

 その様子を伺っていたノノミが唖然として呟く。一行が注視すべく目を向け、言わんとした事をいち早く察したセリカが口を開く。

 

「あれ……? な、何で!? あいつは毎月うちに来て利息を受け取っているあの銀行員……?」

「あれ、ホントだ」

「えっ!? ええっ……?」

「……どういうこと?」

 

 困惑するヒフミを置いて、アビドス一行は動揺から互いに目を見合わせる。

 毎月の利息を支払いこそするが、それが辿り着く先など考えた事も無いのだ。

 

『ほ、本当ですね! 車もカイザーローンのものです! 今日の午前中に、利息を支払った時のあの車と同じようですが……なぜそれがブラックマーケットに……!?』

「か、カイザーローンですか!?」

「ヒフミちゃん、知ってるの?」

「カイザーローンと言えば……かの有名なカイザーコーポレーションが運営する高利金融業者です……」

 

 ホシノがカイザーローンの名に強く反応したヒフミへと問いかければ、頷きと共に答えが返ってくる。その言葉に引っかかりを覚えたシロコが、更に質問を重ねた。

 

「有名な……? マズイところなの?」

「あ、いえ……カイザーグループ自体は犯罪を起こしてはいません……しかし合法と違法の間のグレーゾーンで上手く振舞っている多角化企業で……カイザーは私たちトリニティの区域にもかなり進出しているのですが、生徒たちへの悪影響を考慮し、『ティーパーティー』でも目を光らせています」

「『ティーパーティー』……あのトリニティの生徒会が、ね」

 

 ヒフミの解説に、ホシノが思案気に声を漏らす。

 アビドスの一行が物を知らなすぎるのか、それともヒフミが詳しすぎるのか。その判断が出来る者はこの場に存在せず。惜しげも無く情報を披露し続けるヒフミは、自身がホシノの推測を補強し続けている事を知る由もなかった。

 生徒の事だけでなく企業についても学ぶべきかと頭を掻く先生を余所に、ヒフミが先程の話で気になった点を聞くために口を開く。

 

「ところでみなさんの借金とはもしかして……アビドスはカイザーローンから融資を……?」

「借りたのは私たちじゃないんですけどね……」

「話すと長くなるんだよねー。アヤネちゃん、さっき入ってった現金輸送車の走行ルート、調べられる?」

『……少々お待ちください』

 

 苦い顔で返答したノノミの話を打ち切るように、ホシノがアヤネへと指示を出す。

 

『……ダメですね。すべてのデータをオフラインで管理しているようです。全然ヒットしません』

「だろうねー」

「そういえば、いつも返済は現金だけでしたよね。それはつまり……」

「私たちが支払った現金が、ブラックマーケットの闇銀行に流れていた……?」

「じゃあ何? 私たちはブラックマーケットに、犯罪資金を提供してたってこと!?」

 

 セリカの怒りを孕んだ言葉に、対策委員会の面々は重い沈黙を返す。

 唯でさえ毎月の利息を支払うのは、彼女たちの多大な努力の上に成り立っているのだ。その金が犯罪を助長する一端を担っているのだとしたら、気分が良い訳がなかった。

 だがそれは一行にとって、現状ではまだ可能性の話でしかない。

 

『ま、まだそうハッキリとは……証拠も足りませんし。あの輸送車の動線を把握するまでは……』

「……あ! さっきサインしてた集金確認の書類……それを見れば証拠になりませんか?」

「さすが」

「おお、そりゃナイスアイデアだねー、ヒフミちゃん」

「あはは……」

 

 シロコとホシノのお褒めの言葉にヒフミは照れ笑いを返す。しかしふと何事かに気が付いた様子で、その表情は困り顔へと切り替わった。

 

「……でも考えてみたら、書類はもう銀行の中ですし……無理ですね」

 

 部外者から見せて下さいと言われて、見せて貰えるような物であるはずもない。盗み見るにしても既に手遅れの状態だ。

 この件において、ヒフミは一行の中で最も関りが薄い。それでも何か手立てはないかと、闇銀行を一瞥して思案を始めた。

 

「ブラックマーケットでも最も強固なセキュリティを誇る銀行の中となると……それにあれだけの数のマーケットガードが目を光らせてますし……それ以外に輸送車の集金ルートを確認する方法は……ええっと……うーん……」

「うん」

 

 その考えを遮るかのようにシロコがひとつ頷く。

 

「他に方法はないよ」

「えっ?」

 

 力強い断言にヒフミは困惑の声を漏らし、先生は何故か訪れた嫌な予感に背筋を震わせた。

 無論、余りにも不明瞭な発言だった為に、シロコへと理解を示す者は居ない。しかしその様子に構うことなく、彼女はホシノへと声をかけた。

 

「ホシノ先輩、ここは例の方法しか」

「なるほど、あれかー。あれなのかあー」

「……ええっ?」

「あ……!! そうですね、あの方法なら!」

「何? どういうこと? ……まさか、あれ? まさか、私が思ってるあの方法じゃないよね?」

 

 セリカの問いにシロコは力強い視線で返す。

 

「う、嘘っ!? 本気で!?」

 

 シロコが何を言わんとしているか。それを対策委員会の面々が次々に気が付く一方で、ヒフミは当然の事ながら話に加われず。レイヴンも理解していないのだが、胃の辺りを摩り始めた先生に気を取られていた。

 

「……あ、あのう。全然話が見えないんですけど……『あの方法』って何ですか?」

「残された方法はたったひとつ」

 

 シロコは徐に鞄から取り出したそれ(・・)を被り──

 

「銀行を襲う」

 

 ──先生は顔を両手で覆った。

 

 予感のあった彼とは異なり、予想だにしない言葉をぶつけられたヒフミは目を見開く。

 

「はいっ!?」

「だよねー、そういう展開になるよねー」

「はいいいっ!!??」

「わあ☆そしたら悪い銀行をやっつけるとしましょう!」

「えええっ!!?? ちょ、ちょっと待ってください!」

「はあ……マジなんだよね……? それなら……とことんまでやるしかないか!!」

「あ、うあ……? あわわ……?」

 

 青、桃、緑、赤。増える覆面。取り乱すヒフミ。片膝を突く先生はレイヴンに背を撫でて貰っていた。

 混沌とする場を文字通り外から眺めていたアヤネが、額に手を当て口を開く。

 

『はぁ……了解です。こうなったら止めても聞く耳持たないでしょうし……どうにかなる、はず』

 

 諦念から溢れ出した言葉を漏らしつつ、アヤネは手元へと覆面を用意し始める。なんだかんだ付き合いの良い彼女の小言を聞き流したシロコが一行の顔を眺め──素顔を晒した三人を見て、覆面の下を悲痛に歪ませる。

 

「ごめん、レイヴンにヒフミ。あなたたちの覆面は準備が無い」

「えっ……いや、えっ?」

 

 青い覆面から唐突な謝罪を受けて当惑するヒフミ。

 流石に先生(ヘイロー無し)を銀行強盗に同行させるつもりは無いらしい。そんなシロコの、今まで聞いた事も無い程苦渋に満ちた声色で語られた言葉に、レイヴンは首を横に振って答えた。

 

「わたしは大丈夫」

 

 言うが早いか、バッグから包帯を取り出し自分の顔へグルグルと巻き始める。瞬く間に作られたミイラの様相は、不思議と彼女に似合っていた。

 大丈夫じゃあないんだよ、と心の中で呟く先生を余所に、ミイラと覆面は瞳と瞳で見つめ合う。人の最も濃厚な接触を交わした後、二人は同時に頷いた。

 

「ん、完璧」

「じゃあヒフミちゃんはこちらをどうぞ☆」

「たい焼きの紙袋? おお! それなら大丈夫そうー!」

「え? ちょ、ちょっと待ってください、みなさん……」

「番号も振りましょうか」

「だねぇ、レイヴンちゃん数字書くよー」

「わたしは13番がいい」

「番号やたら飛んでない?」

「ん……人数を誤認させる良い手かも」

「じゃあヒフミちゃんは123番にしましょうか☆」

「あ、あうう……?」

「いくらなんでも飛びすぎでしょーが! もう素直に5番でいいじゃない」

「素直じゃないのはセリカちゃんの方でしょー?」

「今! それは! 関っ係っない!!」

 

 不穏な準備を和気あいあいとする面々を見て、先生は思った。目標に向かって一致団結するのは良い事だね、と。それはちょっとした現実逃避だった。

 気を取り直し、そっとシッテムの箱を撫でる。

 

《──アロナ》

《はい、先生! 準備はバッチリです!》

《判断が早い》

 

 あっ、こっちもやる気十分だ。覆面Aとなった少女へとそんな感想を抱きつつ、ふらつきそうになる頭を抑える為、片手を当てながら《声》を交わす。

 彼女の言葉に偽りは無いらしく、既にディスプレイは建物内の見取り図や人員の配置情報で埋まっていた。

 

《しょ、書類はデータ化されてたりは……?》

《してないですね! 現物を入手するしか方法はなさそうです!》

《…………そっかぁ》

 

 ハッキングによる改ざんが横行するキヴォトスでは、一周回って紙媒体の信頼度が高い。まして現金輸送車の情報もオフラインで管理するような相手。元より望み薄ではあった事だ。

 比較的穏便に済む方法が絶たれた事により、彼女が手に入れてくれた情報を有効活用しない手は無くなった。

 

「……シロコ、今データを送るよ」

「データ……?」

 

 スマートフォンへと横流しされた情報を受け取ったシロコが目を見開く。

 やがて驚愕は畏敬へと変貌し、親指の立てられた右腕が持ち上げられた。

 

「さすが」

「……ありがとう」

 

 流石じゃあないんだよ、と心の中で嘆く先生を余所に、シロコを中心に少女たちはきゃっきゃと物騒な会話をし始めた。それを見つめ、先生はひとり静かに覚悟を決める。書類は重要な証拠となり得るのも事実であり、泥は自身が被れば良いだけの事ではある。それに──幸いと言うべきではないのだが、相手は闇銀行(非認可の組織)。ある程度建前(・・)を用意する事も出来る、はず。

 そんな彼の心情を知る由もないレイヴンが、己の服を摘まみながらシロコへと問いかけた。

 

「服は変えなくていいの?」

「ん。準備の時間も惜しいし、制服だけなら言いようはある」

「……なるほど。制服は判断材料止まり、決定的な証拠には満たない?」

「そういうこと」

「仲いいね、二人とも……」

 

 彼女たちのやりとりに、できればそんな事で意気投合して欲しくなかったかな、と先生は思う。もっと学生らしい普通(・・)の会話をと考えたが、それを享受出来ていない彼女たちに言えるはずもなく、彼は口を噤んだ。

 声をかけられて、様子が目に入ったのかレイヴンが歩み寄る。彼女にはその表情が不安そうに見えたのだ。そして、彼女なりに精一杯の、安心させるような声色で語りかけた。

 

「先生、大丈夫。証拠は残さない。目撃者は全て……消す?」

「……消すのは、やめようね」

「…………うん」

 

 安心できなかった。レイヴンにとってはどこぞの施設(ウォッチポイント)を襲撃した際の再現程度の考えであったが、流石に先生としては許容出来るはずもない。しかし彼はその気持ちを汲み、レイヴンの頭をそっと撫でつける。

 されるがままになっている少女を置いて周りに目を向ければ、一行は覚悟の決まった──哀愁を漂わせた紙袋も居たが──表情をその覆面へと包んでいた。

 代表するかのように、シロコが一歩前へ。

 

「それじゃあ先生。例のセリフを」

 

 心当たりの無い前振りに動じる事も無く、彼は覚悟と共に口火を切った。

 

「銀行を襲うよ!」

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