火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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出動!覆面水着団

 闇銀行。犯罪者たちも利用する非認可の組織──そこの施設ではあるが、銀行としての機能は確かに備えている。内装も一般的な作りで、少々警備が厳重な事を抜かせば、ブラックマーケット外の物と変わりないと言えるだろう。

 その窓口。目隠しの為、衝立で遮られたひとつにて。

 

「お待たせいたしました、お客様」

「──何が『お待たせしました』よ!」

 

 銀行の審査官に声をかけられたアルが椅子から立ち上がり、烈火の如く口火を切った。

 

「本当に待ったわよ! 6時間も! ここで!! 融資の審査に、なんで半日もかかるの!? 別にうちより先に人もいなさそうだったのに! 私の連れは待ちくたびれて、そこのソファーで寝ちゃってるし!」

「私どもの内々の事情でして、ご了承ください」

 

 待っている間に溜め込んだ憤りを吐き出し続けるアルを、審査官は冷やかに受け流す。

 家賃の支払い日が近いにも関わらず、資金が底を突いていた便利屋一行。彼女たちは見栄えの良いオフィスを維持すべく、早い時間から闇銀行へと足を運んで居た。早々に受付は終わり、暫くお待ち下さいの言葉を受け。昼食を取る事もなく今の今まで待たされていたのだ。その怒りも当然の事と言えるだろう。

 憤怒の形相を浮かべるアルへと、審査官は平静を保ったまま声をかける。

 

「……ところで、アル様。あなたはそのような態度を取れる状況ではないと思うのですが?」

「あ、うう……」

 

 冷水の如き言葉に気勢を削がれ、アルは萎むように椅子へと腰を落とす。

 彼女はゲヘナ学園の風紀委員会から指名手配を受けており、口座が凍結されている。普通の銀行──中央銀行等からは門前払いされるであろう事は明白。従って、彼女が融資を望めるのはブラックマーケットの銀行しか存在しないのだ。

 とはいえ。家賃を支払う為、当座の資金繰りとしての融資希望である。切羽詰まるような状況という訳でもなく、長時間待っていたのは彼女の律儀さが故だろう。

 

「当行の助けが必要なら、辛抱強くお待ちいただくことも大事かと……あ、それとお連れの方ですが、そちらでお休みになられては困ります」

 

 審査官が指を打ち鳴らし、付近の警備へと呼びかける。

 

「セキュリティ。あの浮浪者……いえ、お客様を起こして差し上げなさい」

 

 頷きを返した警備を見送り、審査官は再びアルへと向き合う。無礼な単語に鋭い目付きを取り戻していた彼女に気がつく事もなく、提出された資料を手元に並べていた。

 

「さて、ではご一緒にご確認を。お名前は……陸八魔アル様。ゲヘナ学園の2年生ですね。現在、便利屋68の社長、ですか……この便利屋は、ペーパーカンパニーではありませんか? 書類上では、財政が破綻していますが?」

「ちゃ、ちゃんと稼いでるわよ! まだ依頼料を回収できてないだけで……」

「それと、従業員は社長含めて4名のみですが、室長に課長、そして平社員……肩書きの無駄遣いでは? 会社ごっこでもしているのですか?」

「そ、それは……肩書きがあったほうが仕事の依頼を……」

「あとですね、必要以上に事務所の賃貸料が高いです。財政状況に合った物件を見つけていただかないと」

「ちゃ、ちゃんとしたオフィスのほうが……仕事の依頼を……」

 

 体裁や心情を解さぬ問答に、アルの声が尻窄まりになる。反感を覚えつつも強く返さないのは、審査官の指摘に対して、彼女の常識的な部分が頷きを返して居たからだ。

 アルの内心を置き去りにした資料確認は、待ち時間に反して呆気なく終わりを迎え。審査官は決定事項を告げる。

 

「アル様。これでは、融資は難しいですね」

「えっ、えーっ!?」

「まずは、より堅実な職に就いてみてはいかがでしょうか。日雇いや期間工など、手っ取り早く始められるものもありますが」

「は? はああ!?」

 

 それは老婆心からの言葉ではなく、唯の皮肉だ。杜撰な対応がその証明となるだろう。

 当然、アルもそれを肌で感じていた。彼女は苛立ちを募らせながら思案する。大暴れして、お金を持ち出してしまおうかと。

 素早く視線を動かし、検討を行い──無理か、と断念。

 室内だけなら問題無い。しかしここからお金を持ちだせたとしても、ブラックマーケットから抜け出すのは至難の業。マーケットガードは至る所に居るのだ。

 ブラックマーケットの治安機関の中でも最上位とされる、マーケットガード。直接相対した事は無く、その実力を確認した事も無い。実際には大したことの無い相手である可能性もあるだろう。自身の──便利屋の実力には自信がある。自分たち4人なら、全員叩きのめして逃げ切れるのではないか。そんな考えが浮かぶ。

 

 マーケットガードを相手取り、立ち回る便利屋の姿を思い描く。一体一体は敵ではない。だが次第に増える数に圧倒され、徐々に押され始めて──想像上でも描く事が出来ず。内心の溜息と共に、やはり無理だと思ってしまう。

 ブラックマーケットを敵に回す。そんな勇気は、湧いてこない。怯懦な己に感じる嫌気。内心の悪態と共に、膝上へと置いた手が、込められた力に震えた。

 

 キヴォトスいちのアウトローになる。

 そう、心に決めたはずだった。

 それが、家賃だの融資だの、つまらないことばかりに悩まされている。

 自身の望みは、こうではなかった。

 

 何事にも恐れず。

 何事にも縛られない。

 ハードボイルドなアウトロー。

 

 そうなりたかったのに──

 

「──様、アル様!」

「わ、わわっ!? は、はいっ!? ……えっと、何か言った?」

 

 名を呼ぶ声に、内へと入り込んでいた意識が引き戻される。

 

「融資の承認は下りませんでした。お力になれず申し訳ありません」

「え、ええっ!? ちょ、ちょっと待ってよ!!」

 

 無情な通達にアルが抗議の声を上げ──同時に照明が落ちる。外光を取り込んでいたはずの窓には、いつの間にかシャッターが下ろされており、強い光源が軒並み潰された室内は闇に沈む。建物の電源を介さない電子機器だけが、微かに光を放っていた。

 

「な、何事ですか? 停電!?」

「い、一体誰が!? パソコンの電源も落ちてるじゃないか!」

 

 突然の暗闇に室内は騒然となり──それを発砲音が切り裂いた。

 

「銃声っ!?」

 

 咄嗟に机の下へと潜り込み、アルが小さく叫ぶ。

 

「うわっ! ああああっ!」

「うわああっ!」

「なっ、何が起きて……うああっ!!」

 

 室内に居たマーケットガードたちが銀行の警備と共に、纏めて瞬く間に制圧されていく。

 暫し続いた銃声と悲鳴の合唱。それが鳴り止むと同時に、室内へと明かりが戻る。天井から注ぐ光に照らされる襲撃者。顔を覆う覆面──紙袋と包帯が混じっているが──にそれぞれ数字の振られた武装集団がそこに在った。

 

「全員その場に伏せなさい! 持っている武器は捨てて!」

「言うこと聞かないと、痛い目にあいますよ☆」

「あ、あはは……みなさん、ケガしちゃいけないので……伏せてくださいね……」

 

 堂に入った青い覆面に、発言に違わず一際物騒な代物を抱えた緑の覆面。優し気に聞こえる紙袋の台詞も、この状況においては恐怖心を煽る物でしかなかった。

 彼女たちの台詞と行動。それが示す物に驚愕し、アルは目を見開く。

 

「ぎ、銀行強盗!?」

 

 こんな場所(ブラックマーケット)で──いや、こんな場所だからこそ想定していなかった。

 

「非常事態発生! 非常事態はっ──」

「応援は来ないよ」

 

 身を伏せ通信端末へと騒ぎ立てていた銀行員は、頭部に感じる硬さと、直ぐ傍から聞こえた冷たい声に硬直する。

 

「そうそう無駄無駄ー」

 

 同じく傍に寄っていた桃色の覆面が包帯頭の銃を優しく叩いたのを合図に、銀行員の側頭部から硬い銃口の感触が離れていく。今にも弾を吐き出しそうな圧が遠ざかり、小さな安堵と共に生じた心の隙。そこを突かれて通信端末が容易く手から抜き取られた。

 

「外部に通報される警備システムの電源は落としちゃったからねー」

「ひ、ひいっ!」

 

 穏やかな声色と裏腹に、その小さな手の中で端末が音を立てて粉々にされていく。下手な恫喝より余程恐ろしい振る舞いを見せつけられ、銀行員はしめやかに冷却水を漏らした。

 

「ほら、そこ!! 伏せてってば! 下手に動くとあの世行きだよ!?」

「みなさん、お願いだからジッとしててください……あうう……」

 

 状況が呑み込めず、中途半端な姿勢で硬直していた銀行員。赤い覆面に見咎められ、向けられた銃口と大声に萎縮して、言われるがままに身を伏せる。そんな風景を横目に桃色の覆面が周囲を軽く見回す。抵抗する様子が消え失せた室内を確認し、満足そうに頷いた。

 

「うへ~ここまでは計画通り! 次のステップに進もうー! リーダーのファウストさん! 指示を願う!」

「えっ!? えっ!? ファウストって、わ、私ですか? リーダーですか? 私が!?」

「リーダーです! ボスです! ちなみに私は……覆面水着団のクリスティーナだお♧」

「うわ、何それ! いつから覆面水着団なんて名前になったの!? それにダサすぎだし!」

「うへ、ファウストさんは怒ると怖いんだよー? 言うこと聞かないと怒られるぞー?」

 

 大声でされる間の抜けた会話も、室内を容易く制圧した手腕と合わせれば余裕の現れにしか見えない。一般客は怯え竦む他なかった。

 その様子を。制圧圏から逃れた三人が物陰から窺っていた。

 

「あれ……あいつら……」

「あ……アビドス……?」

「だよね、アビドスの子たちじゃん。知らない顔もいるけど……ここで何やってるんだろ? それも覆面なんかしちゃって」

「ねっ、狙いは私たちでしょうかっ!? それなら返り討ちにしちゃいましょうか!?」

「それはないんじゃないかな……というか、少なくともこんな場所ではしないでしょ」

 

 先日の襲撃、その報復を想定したハルカに、カヨコは首を振って否定する。

 そもそもとして未遂に終わった行為だ。流石に闇銀行まで乗り込んでするとは思えない。

 

「あの子たち、どういうつもり? まさか、ここを……?」

「もー、アルちゃんは何してるのさ」

 

 ムツキはアルの様子を確認しようと少し身を乗り出し──包帯頭の視線とぶつかり合う。その目がぱちくりと瞬きした後、急速に鋭く絞られた。強い警戒を宿す瞳に軽く手を振り、再びの瞬き。視線が別方向へと逸れる。ステルスゲームであれば黄から緑へと切り替わりを見せただろう仕草。どうやら敵認定は逃れられたようだ。

 

「監視カメラの死角、警備員の動線、銀行内の構造、すべて頭に入ってる。無駄な抵抗はしないこと」

 

 二人が無言のやり取りを交わしている間に、青い覆面は窓口のひとつへ。そして銀行員へと投げ渡される空のバッグ。

 覆面を見た時から薄々連想していた。そして、それが明確になった事でムツキは目を丸くした。

 

「うわー、銀行強盗だねこれ」

「そう、みたいだね……というか、あの子(包帯頭)も居るって事は……まさか先生(シャーレ)も加担してるの?」

 

 包帯頭の左腕にあの特徴的な装備は無い。あんなものを着けていたら、顔を隠そうとも特定してくださいと言っているようなものだ。

 とはいえ、それが無くとも中身を見抜けない程、抜けてはいなかったが。

 

「へえーいいなあ。今からでも混ぜてくれないかな?」

「……ムツキ」

「んもー堅いなあカヨコちゃんは」

 

 カヨコが諫めるように名を呼べば、ムツキは肩を竦めて返す。直ぐにも参戦しそうな気配は収まったが、瞳は尚も楽し気に輝いていた。

 

「でもいいなー、やっぱ面白そうじゃん」

 

 こんな事をやらかしているのだ、お堅いだけではないのだろう。今ここに見えない姿。思うよりずっと広かった背を脳裏に浮かべ、ムツキはニコニコと笑う。

 

「カヨコちゃん。シャーレの応募、一緒にしない?」

「……まあ、悪くないね。連邦生徒会繋がりの依頼も回して貰えるかもしれないし」

「うーん、素直じゃないなー」

「……素直じゃないって、何?」

「なんでもー?」

 

 掲げた利点(口実)を揶揄されて。鋭い目付きで睨もうとムツキは一切怯えず、返って来た笑顔にカヨコは溜息を零す。

 二人がする、新しい場所(・・・・・)の話。和やかに交わされる会話を横で聞いていたハルカは何も言わず、寒さを堪えるように愛銃を胸へと強く抱き込む。その小さく丸まった背へとムツキが抱き着いた。

 

「ハルカちゃんも一緒にいこーねー!」

「えっ、ええ!?」

「あれ、嫌だった?」

「そ、その……わ、私なんか、お邪魔になるだけですし……きっと、断られます」

「大丈夫じゃないかな。邪魔だなんて言うような人じゃないだろうし」

「だねえ。喜んで受け入れてくれるんじゃない?」

「それに、もし断るようなら──そんな相手、こっちから願い下げだね」

「ねー。みんな一緒の方が楽しいし! だからハルカちゃんもだよっ!」

「は、はい! ……え、えへへ」

 

 言葉と、背に感じる熱。受け取った温かさに、小さな笑みが浮かぶ。

 そんなハルカの様子を横目で見届けて、カヨコはここに居ない最後のひとりを話題に上げた。

 

「ま、後は社長がなんて言うかだね」

「あー、『社長として他の組織に所属するなんて出来ないわ!』とか言い出しそうだなー」

「それで、その社長はこの状況で何をしてるのかと思えば……」

 

 改めて様子を窺って、目にする。窓口の机の下。彼女にとって特等席とも言える場所で、強盗(アウトロー)たちの振る舞いに憧憬の眼差しを送っている姿を。

 視線を誰に向けているのか理解していなさそうな顔に、カヨコは己の額へと片手を添えた。

 

「全然気づいてないみたいだけど……」

「むしろ目なんか輝かせちゃって」

「はあ……」

「わ、私たちはここで待機でしょうか?」

「銀行に助太刀する理由はないし、あの子たちの手助けは……部外者が横入して計画に支障が出ても困るだろうし、そっちも無しかな」

 

 手際の良さ。そこに周到な計画がありそうだとカヨコは推測した。身勝手に拡大を続けるブラックマーケットへ、シャーレの権限でメスを入れる。そんなところだろうかと考えたのだ。

 

「それに社長が今あんな状態だから……とりあえず隠れていよう」

「は、はい……」

 

 三人の会話が区切りを迎えると共に、どうやら銀行員もバッグへと詰め終えたらしい。パンパンに膨れ上がったバッグを持って、青い覆面は他の強盗と合流していた。

 

「それじゃ逃げるよー! 全員撤収!」

「アディオ~ス☆」

「け、ケガ人はいないようですし……すみませんでした、さよならっ!!」

 

 強盗たちの走り去る音が瞬く間に遠ざかる。銀行員が素直に従ったのは大きな要因だろう。だがそれでも、5分針の鮮やかな手並みだった。

 

「や、やつらを捕らえろ!! 道路を封鎖! マーケットガードに通報だ!」

「一人も逃がすな!!」

 

 脅威が姿を消し、室内は騒然と動き出す。

 騒ぎ立てる銀行員たちの声を背に、アルは三人の元へ向かう。その顔に煌めく、最上級の笑顔。

 

「皆! あの人たちの後を追うわよ!」

 

 無邪気にはしゃぐ幼子のような声を上げる社長を見て。

 カヨコは静かに溜息を吐いた。

 

 

***

 

 

 強盗たち──対策委員会一行は、早期に展開された包囲網を歯牙にもかけず突破していた。彼女たちが喰い破った陣地は、ゴリアテと呼ばれる大型兵器すら投入された箇所。だがしかし。バリアを張らず、空を飛ばず、武装もそれ程揃ってない(ガトリングとグレネード)。一行の相手になるはずがなかったのだ。

 

 ブラックマーケットは広い。故に、全域の封鎖にも時間が掛かる。足止めにも成らなかった一陣が抜けられ、マーケットガードたちは拙速を要求されていた。

 焦る彼らの動向が先生からリアルタイムで送られ、アヤネがそれを元にナビゲートを行う。インカムから聞こえる声に導かれ走り続けた一行は、やがてひとつの高架に足を踏み入れる。

 計画性なんて欠片も存在しなかったはずの襲撃は、順調なまま終わりへと辿り着いたのだ。

 

『封鎖地点を突破。この先は安全です』

「やった! 大成功!」

『本当にブラックマーケットの闇銀行を襲っちゃうなんて……ふう……』

 

 安堵の滲むアヤネの言葉に、セリカが喜びの声を上げる。逃走中、息苦しさから既に晒していた素顔へと、一行の晴れやかな笑顔が浮かんだ。

 息を整えつつ歩き、先生との合流地点を目指す。そう距離のある場所でもない。僅かな時間で彼の顔が見えた。

 

「みんな、お疲れ様」

 

 状況は把握していたが、それでも不安はあった。先生の顔に浮かんでいた真剣な面持ちは、一行の顔が見えた事で、安心が全面へと押し出された。普段の柔らかい表情へと戻った彼に迎えられ、一行がそれぞれ挨拶を返す中。レイヴンはとことこと歩み寄る。

 

「ただいま、先生」

「お帰り、レイヴン。はいこれ」

「ありがとう」

 

 言葉と共に伸ばされた両手に、先生は柔らかく笑い、預かり物(パルスブレード)を返した。

 早速腕へと装着し始めたレイヴンを横に置き、彼はホシノへと目を向ける。視線の意味を理解した彼女は頷きを返した後、シロコの方を向いた。

 

「シロコちゃん、集金記録の書類はちゃんと持ってるよね?」

「う、うん……バッグの中に」

 

 担いでいたバッグが路上へと、やけに重々しい音を立てて降ろされた。膨れ上がったバッグを妙に思いつつもホシノが屈み、ファスナーへと手を伸ばし──

 

「……へ? なんじゃこりゃ!? カバンの中に……札束が……!?」

「うえええええっ!? シロコ先輩、現金を盗んじゃったの!?」

「ち、違う……目当ての書類はちゃんとある。このお金は、銀行の人が勝手に勘違いして入れただけで……」

 

 その言葉は嘘ではない。金品を要求した訳ではなく、現金輸送車の書類と告げていた。しかし、銀行員がその現金輸送車から銀行内へと運ばれていた物を、手当たり次第に放り込んで居たのだ。

 止めるような不自然な真似も出来ず、逃走中に不要として捨てる事も出来ず、ここまで運んできてしまったのであった。

 

「どれどれ……うへ、軽く1億はあるね。本当に5分で1億稼いじゃったよー」

「やったあ!! 何ぼーっとしてるの! 運ぶわよ!」

 

 金額を目算するホシノの言葉に笑みを零すセリカ。しかし持ってきた当人──シロコは固い表情を浮かべていた。

 

『ちょ、ちょっと待ってください! そのお金、使うつもりですか!?』

「アヤネちゃん、なんで? 借金を返さなきゃ!」

『そんなことしたら……本当に犯罪だよ、セリカちゃん!!』

「は、犯罪だから何!? このお金はそもそも、私たちが汗水流して稼いだお金なんだよ! それがあの闇銀行に流れてったんだよ! それに、そのままにしておいたら、犯罪者の武器や兵器に変えられてたかもしれない! 悪人のお金を盗んで、何が悪いの!?」

 

 沈黙を保つヒフミと先生が見守る中、討論は続く。

 

「私はセリカちゃんの意見に賛成です。犯罪者の資金ですし、私たちが正しい使い方をした方がいいと思います」

「ほらね! これさえあれば、学校の借金をかなり減らせるんだよ!?」

「んむ……それはそうなんだけど……シロコちゃんはどう思う?」

「……自分の意見を述べるまでもない、ホシノ先輩が反対するだろうから」

「へ!?」

「さすがはシロコちゃん。私のこと、わかってるねー」

 

 ホシノはシロコへと微笑んだ後、困惑顔のセリカと向き合う。

 

「私たちに必要なのは書類だけ。お金じゃない」

 

 反発するように尖る目を、真剣な表情で真っ直ぐに見つめ返し、言葉を重ねる。

 

「今回のは悪人の犯罪資金だからいいとして、次はどうする? その次は?」

 

 諭すようにゆっくりと語るホシノに、セリカは沈黙を返す。

 行動とは──選択とは。一度選んでしまえば次もまた、選択肢に加わってしまう物。

 だからこそ、守るべき一線が、譲れない一線があった。

 

「こんな方法に慣れちゃうと……ゆくゆくは、きっと平気で同じことをするようになるよ。そしたら、この先またピンチになった時……『仕方ないよね』とか言いながら、やっちゃいけないことに手を出すと思う」

 

 それは、綺麗事だった。

 されど、願い事でもあった。

 

「うへ~、このおじさんとしては、カワイイ後輩がそうなっちゃうのはイヤだなー」

 

 表情を柔らかい物に変え、本心を零す。

 ホシノから贈られた真っ直ぐな言葉に、セリカの視線が鋭さを失う。

 

「それに、セリカちゃんとは同じ気持ちを分かち合えると思うんだけどなー?」

「同じ気持ちって……私に、は──」

 

 後輩なんて居ない。そんな言葉は、続かなかった。

 脳裏に浮かんだ少女へと、目を向ける。何で見られたか理解してない様子で首を傾げるレイヴンの、ある金は活かすべきだとか言い出しそうな顔を見て。セリカは、なんとなくホシノの気持ちがわかった気がした。

 彼女に賛同を求めれば、応えてくれると思う。だからこそ──躊躇したのだ。

 

 セリカの様子を見守っていたホシノが、もうひとつ。強盗で得た資金を使うべきでは無い理由を挙げる。

 

「こんな方法を使うくらいなら、最初からノノミちゃんが持ってる燦然と輝くゴールドカードに頼ってたはずー」

「……私もそう提案しましたが、ホシノ先輩が反対されて……」

 

 借金を返すだけ(・・)なら手段はあった。

 しかし、それをしない理由もあった。

 

「先輩の気持ち、わかります。いくら頑張ったって、きちんとした方法で返済をしない限り、アビドスはアビドスじゃなくなってしまう……」

「うへ、そういうこと。だから、このバッグは置いてくよ。頂くのは必要な書類だけね。これは委員長としての命令だよー」

「うん、委員長としての命令なら」

「……従うわ!!」

 

 割り切る為にか、一際強く宣言するセリカに、ホシノは申し訳なさそうに小さく微笑んだ。

 バッグの資金を使うという発言。それは『借金を返す』という事に対し、この場に居る人の中で、一番真剣に取り組もうとしていた証拠でもあるのだ。

 再びの纏まりを見せた彼女たちに対し、レイヴンが口を小さく開け──何も発する事なく、再び閉じる。その様子を、近くにいた先生だけが確認していた。

 

「私はアビドスさんの事情をよく知りませんが……このお金を持っていると、何か他のトラブルに巻き込まれるかもしれません」

 

 推移を見守っていたヒフミが、おずおずと忠言を送る。

 額が額という事もあるが、何より出所が闇銀行だ。薄い線ではあるが、通し番号が控えられている可能性もある。安易な使用はすべきでは無いだろう。

 

「災いの種、みたいなものでしょうから……」

「あは……仕方ないですよね。このバッグは、私が適当に処分します」

「ほい、頼んだよー」

 

 ノノミの言葉にホシノが軽く頷く。バッグから目当ての書類をホシノが抜き出し、ファスナーの閉じられたバッグがノノミへと手渡された。

 

『──ッ!! 待ってください! 何者かがそちらに接近しています!』

「──追っ手のマーケットガード!?」

 

 アヤネの警告にシロコがいち早く反応を返し、他の面々も愛銃へと手を伸ばす。

 ノノミがミニガンを構える為に一度バッグを路上へ放り出す間に、アヤネからの報告が続く。

 

『……い、いえ。敵意はない様子です。調べますね……』

 

 ドローンのレーダーに反応があったのはひとり。ドローンを寄せても銃撃が無く、ただ真っ直ぐに駆けているようであった。カメラの映像を表示させ、その姿を捉える。

 

『あれは……べ、便利屋のアルさん!?』

「──ホシノ!」

「そうだね、一度ここで待ち構えようか」

 

 名を呼ぶ先生に、ホシノが頷きを返す。

 予期せぬ名。近づいて来ているという事は何かあるのだろう。しかし、アビドスまで跡を付けられても困るのだ。

 

「ごめん、私はちょっと下がってるね!」

「はーい☆お顔を見られても困りますもんね」

「わたしも。もう一度顔に巻くの時間かかりそうだし」

 

 それぞれが覆面──と紙袋──を被り、歓迎の準備を始めたところで、レイヴンは既にパルスブレードを着けていた事もあり、先生と共に離れていく。二人が物陰へと潜り込み、一行の準備が整った頃。見覚えのある赤毛が走り寄って来る姿が見えて来た。

 

「──ま、待って!!」

 

 向こうも同じく一行の姿を捉えたのだろう。走る彼女から張り上げた声が届く。

 偶然近寄っているのでは無い。そう判断し、ホシノは少し警戒度を上げた。

 

「あ、落ち着いて。私は敵じゃないから……」

 

 声の届く距離で止まり、アルが両手を上げた。

 敵意の見えないアルを前に、武器を構えて警戒していた一行は顔を見合わせて、静かに言葉を交わす。

 

「何であいつが……?」

「撃退する?」

「どうかな。戦う気がないって相手を叩くのもねえ」

「お知り合いですか……?」

「まあねー、そこそこー」

 

 とりあえず様子を見る事にして武器を下す。

 その仕草を会話の姿勢と捉えたアルが、一呼吸入れてから語り出した。

 

「あ、あの……た、大したことじゃないんだけど……銀行の襲撃、見せてもらったわ……ブラックマーケットの銀行をものの5分で攻略して見事に撤収──あなたたち、稀に見るアウトローっぷりだったわ」

「──!?」

「正直、すごく衝撃的だったというか、このご時世にあんな大胆なことができるなんて……感動的というか……わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!」

 

 畏敬の込められたアウトロー呼ばわりに動揺するシロコ。そんな彼女を置いて語り続けたアルは、自身の望む姿を宣言したところで一区切りを入れる。

 胸中の憧憬をそのまま吐き出すような、熱を帯びた声。熱烈な言葉を受けて、セリカはその背に宇宙を宿す。何を言われているのか、全然理解が出来なかった。

 一行に混乱を齎している事に気がつかないまま、アルが再び口を開く。

 

「そ、そういうことだから……な、名前を教えて!!」

「名前……!?」

 

 言える訳が無い。シロコが零した動揺へと、即座に察したアルがフォローの言葉を続ける。

 

「その、組織っていうか、チーム名とかあるでしょ? 正式な名称じゃなくてもいいから……私が今日の雄姿を心に深く刻んでおけるように!!」

「うへ……なんか盛大に勘違いしてるみたいだねー……」

 

 闇銀行を襲った際の手際に、マーケットガードから難なく逃げ果せた手筈。即席の集団ではないだろうと。そんな推測からの言葉に、ホシノが小さく零す。

 何処までも追いかけてきそうな熱意が宿る声に、ノノミは快活に笑った。

 

「……はいっ! おっしゃることは、よーくわかりましたっ!」

「のっ、ノノミ先輩!?」

 

 ノノミの台詞にセリカが目を見開き、裾をぐいぐいと引っ張る。

 健気な後輩の小さな静止を意に介さず、彼女は口を開く。

 

「私たちは、人呼んで──覆面水着団!」

「……覆面水着団!? や、ヤバい……!! 超クール!! カッコ良すぎるわ!!」

 

 正気か。そんな単語が張り付いていそうな瞳で、セリカがアルを見つめていた。

 一方。反応の良さに気を良くしたのか、ホシノが楽し気に目を細めて口を開く。

 

「うへ~本来スクール水着に覆面が正装なんだけどね、ちょっと緊急だったもんで、今日は覆面だけなんだー」

「そうなんです! 普段はアイドルとして活動してて、夜になると悪人を倒す正義の怪盗に変身するんです!」

 

 実に好き放題だった。しかし、それでも尚アルの表情に陰りはない。

 

「そして私はクリスティーナだお♧」

「だ、『だお♧』……!? きゃ、キャラもたってる……!?」

 

 クリスティーナの名乗りに、アルが喜色を称える。

 台詞とは、誰が言うかで印象が異なる(あんた程の人が言うのなら)。そんな言葉が似合う程の、見事なまでの全肯定だった。

 

「うへ、目には目を、歯には歯を。無慈悲に、孤高に、我が道の如く魔境を行く。これが私らのモットーだよ!!」

「な、なんですってー!!」

 

 余程心に刺さったのか、白目を剥いて動揺の声(黄色い悲鳴)をアルが発した。

 盲目に等しい憧れの眼差しに耐えかねたセリカが、ホシノの袖を引っ張る。アルの様子を見て、これであれば問題ないかと判断。ノノミへと視線を送り、それに気が付いた彼女は承知とばかりに頷いた。

 

「それじゃこの辺で。アディオ~ス☆」

「行こう! 夕日に向かって!」

「夕日、まだですけど……」

 

 ヒフミの律儀な突っ込みを置き去りにして、一行は走り出す。

 我が道の如く魔境を行く。その言葉を魂に刻むアルから、全力で逃げ出したのだった。

 

 

***

 

 

 アビドスの校舎へと到着した一行。無事に辿り着いた事と、見慣れた景色に安堵が零れる。建屋から手を振るアヤネに各々は返し、帰って来たという実感に知らず張り詰めていた物が解れた。

 中でも一番の重量物であるミニガンを背負うノノミが大きく伸びをして──手荷物の少なさに気が付く。

 

「……あれ? 現金のバッグ……置いてきちゃいました」

「あっ、そういえばそうね……」

「うへ~いいんじゃない? どうせ捨てるつもりだったんだし。気にしない、気にしない」

「うん。誰かに拾われるでしょ、きっと」

「ですよね☆お金に困ってる人が拾ってくれるといいですね」

「あはは……良いことをしたって思いましょう。お腹を空かせた人が、あのお金でお腹いっぱいになれると思えば……」

 

 そんな会話を横で聞いていたレイヴンのスマートフォンへと、ひとつの通知。何だろうと開いてみれば、モモトークに新着があった。

 

< バッグ、忘れてるよ

 

 それは、拾ったであろう人物からの連絡だった。レイヴンへと送ったのは、恐らく一応(シャーレへ)の気遣いだろう。端的な文面は、万一の発覚を危惧しての事。その配慮がなんとも彼女らしい。

 正体が露見している事を気にも留めず、先ほどの会話を思い出しながらメッセージを入力する。

 

いらないみたい。ご飯でも食べてね >

< えっ……

 

 間髪入れずに戻って来た戸惑いの返答に、まあいいかとスマートフォンを仕舞う。

 拾った物をどう使うかは、拾った者の考え次第だろう。でも、出来ればお腹いっぱいになってくれれば嬉しいなと。そんな想いを抱きつつ。

 

 ヒフミと共に対策委員会の部室へと戻り、全員で書類の確認を行い──

 

「なっ、何これ!? 一体どういうことなのっ!?」

 

 机を叩く音と共に、室内へとセリカの怒声が響き渡った。

 彼女が激昂する理由となった書類をシロコが拾い、読み上げる。

 

「現金輸送車の集金記録にはアビドスで788万円集金したと記されてる。私たちの学校に来たあのトラックで間違いない」

 

 問題はその次。険しい視線で文面を辿る。

 

「……でも、その後すぐにカタカタヘルメット団に対して『任務補助金500万円提供』って記録がある……」

「ということは……それって……」

「私たちのお金を受け取った後に、ヘルメット団のアジトに直行して任務補助金を渡したってことだよね!?」

 

 言い淀んだノノミの言葉を引き継ぎ、セリカが怒りのままに吐き捨てる。

 苦労して集めたお金が、何度も襲撃してきた相手へと渡されていた。その事実は受け入れ難く、苛立ちに拳が強く握り締められた。

 

「任務だなんて……? カタカタヘルメット団に……? ヘルメット団の背後にいるのは、まさか……カイザーローン?」

 

 独り言のように漏らされたアヤネの言葉に、室内は沈黙に包まれる。

 文面を読み取れなかったのではなく、その行為が理解出来なかったのだ。何故、債務者を追い詰めるような真似をしたのか、と。

 

「ど、どういうことでしょう!? 理解できません! 学校が破産したら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに……どうしてそのようなことを……?」

「ふーむ……」

 

 混乱を顕わにするノノミの横で、ホシノは椅子へと深く腰かけ、小さく声を漏らす。彼女はこの中で一番長く、借金と関わって来たのだ。

 利息の返済が滞った事は無い。これまでの合計は大層な額になるはずで、今後もそれが続いて、濡れ手に栗の状態。にも拘わらず、ヘルメット団が嗾けられた。

 繋がった点と、発覚した事実に考えさせられる。先達から引き継いだだけの、負の遺産。大きいのは金額だけではなく、その裏に潜む物もまた、大きいのだろうと。

 

「この件、銀行単独の仕業じゃなさそうだね。カイザーコーポレーション本社の息がかかってるとしか思えない……」

「……はい。そう見るのが妥当ですね」

 

 各々が推察しているであろう事を纏めるようにシロコが発言し、ヒフミが同意を返した。

 カイザーコーポレーション──キヴォトスにおいて様々な事業を展開する一大財閥。想像以上に巨大な存在が、悪意を持ってアビドスを見ているという事態に、暗い空気が室内を満たす。

 沈黙の中、先生は静かに立ち上がり、机に散らばる書類を集めて整え出す。奇麗に纏め終えた後、行動の意図を察しているだろうホシノへと視線を合わせ、彼は口を開く。

 

「この書類、私に預けてもらってもいいかな」

「……そうだね、先生に持ってて貰うのが一番かな」

「そうですね……私たちのところにあっても、上手に扱えないでしょうし」

 

 力なく笑うホシノの言葉に、アヤネも苦笑いで追従する。いち学校──それも、カイザーローンから借金をしているところからの情報と、連邦生徒会の組織からの情報。どちらの影響力が大きいかは明白だった。

 懐へと仕舞う先生の姿を見つめ、シロコが様々な想いを込めて、声をかける。

 

「先生、お願いね」

「うん。大切に、預からせて貰うよ」

 

 

***

 

 

「みなさん、色々とありがとうございました」

 

 校門の前で、ヒフミが対策委員会一行にぺこりとお辞儀をする。

 夕暮れの迫る頃合い。遅くならない内にトリニティへ帰る必要のあるヒフミと、帰り支度をした対策委員会の面々の姿がそこにあった。

 

「変な事に巻き込んでごめんなさい、ヒフミさん」

「あ、あはは……」

 

 自覚があったらしい。ノノミの言葉に、ヒフミは乾いた笑いを返すことしかできなかった。

 

「今度遊びに行くから、その時はよろしくー」

「はいっ、もちろんです」

 

 穏やかに笑うホシノへと、ヒフミも笑って返事をした。そして、力無い所作で手を振るホシノを少しの間見つめてから──彼女は真剣な面持ちへと表情を一変させる。

 

「まだ詳しいことは明らかになっていませんが……これはカイザーコーポレーションが、犯罪者や反社会勢力と何かしら関連があるという事実上の証拠になり得ます。戻ったら、この事実をティーパーティーに報告します!」

 

 その言葉は、悪しきを打倒する義憤──ではなく、苦境にあるアビドスを思っての物。ヒフミは元々、無関係な存在だ。しかしそれでも、彼女は寄り添おうとする気持ちを抱き続けていた。

 そして──その考え(優しさ)は、誰もが持ち得る事だと思っていた。

 

「それと、アビドスさんの現在の状況についても……」

「……まー、ティーパーティーはもう知ってると思うけどねー」

「は、はいっ!?」

 

 ホシノの言葉が予想外だったのか、ヒフミが驚きの声を上げる。

 

「あれほどの規模を持つ学園の首脳部なら、それぐらいはもうとっくに把握してると思うんだよー。みんな、遊んでばかりじゃないだろうしさ」

「そ、そんな……知っているのに、みなさんのことを……」

「うん、ヒフミちゃんは純真で良い子だねー。でも世の中、そんなに甘くないからさ」

 

 その言葉に揶揄うような響きはなく、苦い物が混じっていた。

 黙り込んでしまったヒフミへと、ホシノが口を開く。

 

「ヒフミちゃんの気持ちはありがたいけど、そっちに知らせたところで、これといった打開策が出るわけじゃないし、かえって私たちがパニくることになりそうな気がするんだよねー。ほら、今のアビドスって廃校寸前じゃん? トリニティとかゲヘナみたいなマンモス校からのアクションをコントロールできる力がないんだよー」

 

 少しだけ──目を鋭い物へと切り替えて、問う。

 

「言ってる意味、わかるよね?」

「……サポートするという名目で悪さをされても、それを阻止できない……ってことですよね……そうですね、その可能性もなくはありません。あうう……政治って難しいです」

 

 難しいと言いつつもしっかりと理解を示すヒフミに、ホシノは小さく苦笑を向ける。彼女の優しさを疑うつもりはない。しかし、アビドスの現状を考えれば、他校を安易に頼るのは難しかった。

 穏やかな口調だったが、示された明確な拒絶。

 得られたかもしれない救援。その可能性を否定したホシノへと、ノノミが声をかける。

 

「でも……ホシノ先輩、悲観的に考え過ぎなのではないでしょうか? 本当に助けてくれるかもしれませんし……」

「うへ~私は他人の好意を素直に受け取れない、汚れたおじさんになっちゃってねー」

 

 いつものような、軽い返し。

 しかし、次に続いた言葉は──

 

「『万が一』ってことをスルーしたから、アビドスはこの有様になっちゃたんだよー」

 

 重く、沈黙が降りる。

 口調も、声色も、普段と変わりのないように思えた。だが、そこには確かな辛酸があったのだ。

 その様子を、その言葉を発したホシノ(生徒)の姿を、先生が真剣な眼差しで見つめていた。

 

「では……えっと……」

 

 暫しの沈黙を超え、ヒフミが切り出す。

 

「本当に……一日で色んな出来事がありましたね」

「そうだね、すごく楽しかった」

「……楽しかったのはシロコ先輩だけじゃないの?」

「わたしも楽しかったよ? 愉快な遠足だった」

「遠足! そうですね、良い遠足でした☆」

「あ、あははは……私も楽しかったです」

 

 内心、銀行強盗の強制はやり過ぎかと思っていたホシノが、ヒフミの言葉に少し安心する。その気持ちのまま、彼女へと笑って声をかけた。

 

「いやぁー、ファウストちゃん、お世話になったね」

「そ、その呼び方はやめてください!」

「よっ、覆面水着団のリーダーさん!」

「みなさん……ヒフミさんが困ってるじゃないですか」

 

 強盗団のリーダーとしての名を呼ばれ。闇銀行で集めた畏怖の視線を思い出して、小さく震えるヒフミ。そんな彼女へと、ノノミが便乗して揶揄する様を見て、アヤネが溜息交じりに介入する。いつものノリだったが、今日知り合ったばかりの少女に捌けというのは酷な事だった。

 

「と、とにかく……これからも大変だとは思いますが、頑張ってくださいね。応援してます」

 

 不穏な話題を切り抜けるべく、ヒフミが言い募る。

 勢い任せではあったが、本心からの言葉でもあった。

 

「それでは……みなさん、またお会いしましょう」

 

 笑顔と共に送られた別れの挨拶に、一行は手を振って返答とした。

 

 やがて、彼女の背が見えなくなったところで。

 肉体ではなく、精神的な疲労があったのだろう。疲れた顔つきのアヤネが周りを見回してから、口を開く。

 

「みなさんお疲れ様でした。今日はゆっくり休んで、明日改めて集まりましょう」

「解散~」

 

 

***

 

 

 長く、濃い一日を過ごした空が夕焼けに染まる中。

 先生とレイヴンは、今朝と同じ道を並んで歩いていた。

 

「レイヴン。そろそろ一度シャーレへ戻ろうかと思うんだけど、一緒でいいかな?」

「うん」

 

 ひとりビジネスホテルに泊まり続ける選択肢もあった。しかし、特にこだわりもないのだろう。考える様子もなく彼女は頷いた。

 シャーレからだと距離はそれなりに差はある。しかし、通えない程の距離でもない。アビドスでの初日と異なり、土地勘も多少は覚えがある、はず。

 それに──預かった書類の件もあった。信頼の証とも取れる物が入った懐を、先生は強く意識する。自身に出来る事は少ない。しかし、出来るだけの事はしたい。

 そんな想い新たにする彼が、不意にひとつ思い出す。

 傍らを歩む少女に、顔を向ける。

 

「そういえば、あの時──高架の上で、何か言いたそうにしてたけど」

「ん……」

「もしよかったら、聞かせて貰ってもいいかな?」

 

 先生の言葉にレイヴンは小さく頷く。それは現金の処遇を決める際の事。声になる事の無かった胸の内を、彼は気にかけていた。

 隠すような物でもない。ただ、言えなかっただけだった彼女が答える。

 

「ホシノは……アビドスは、手段を選べる余裕があるのかなって、聞きたかったんだけど」

「な、なるほど」

どうやって包めば良いか(オブラートへの包み方が)、わからなくて」

「…………うん、そっか」

 

 よくぞ思い止まってくれたと、先生は心中で呟く。悪気が無いのは理解している。だがしかし、中々に尖りすぎた言葉だった。

 借金を返さなければ学校が銀行の物になる、と。以前聞いたホシノの言葉を、レイヴンは思い返したのだろうと、質問の出所を先生は推察した。

 その考えは正しく。だからこそ彼女は疑問を覚えたのだ。返す手段があるのに、何故それを取らないのかと。

 

 先生は難しい表情で、小さく頭を掻く。他者の心情を勝手に代弁する事になるな、と思いつつ。私の考えではあるけれどと前置きをして、口を開く。

 

「たぶんホシノは、アビドスも、アビドスの皆も守りたいんだよ」

 

 ──アビドスはアビドスじゃなくなってしまう

 

 ノノミのそんな言葉に、微笑んで同意したホシノの様子を思い浮かべる。

 何処からも影響力がない状態を(アビドスをアビドスのまま)残したい。それはホシノ自身の為だけではなく、そこに居る後輩の為でもあるのだろう。もしかすると、後者の方がより強い想いがあるのかもしれない、と。

 先生は、そう感じていた。

 

 アビドスの生徒会。その、最後の独り。

 セリカが拐われた日の夜。普段と異なる一人称を漏らした時の事を。そしてつい先ほどの、辛酸を含んだ言葉を──思い出す。

 あの小さな肩に、どれだけの物を背負っているのか。

 その過去を、想いを、測り切れず。

 寄り添う事の難しさに、苦悩する。

 

「…………そっか」

 

 悩む先生の様子には気が付かず、彼から貰った答えの事を、レイヴンは考えていた。

 守りたい物は、ひとつ(アビドス)だけじゃないという事を。

 

 連想するのは、あの惑星で行った──最後の選択。

 ホシノが守りたい(失いたくない)物は、相反する物ではないはずだ。

 なら、きっと。

 

 歩調を少し早めて、前に出て。

 顔を上へと向けて、問いかける。

 

「ねえ、先生」

「うん?」

「ホシノが二つとも守れる道、見つかるかな」

「……うん、見つかるよ」

 

 願い事のような断言を背に受けて。

 レイヴンは、黄昏の空を見上げたまま、暫し歩き続けるのだった。

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