火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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立ち込める暗雲

「おはよー」

「お、おはようございます!」

「おはよう、ムツキ」

 

 便利屋68事務所。寝室へと繋がるドアから顔を見せたムツキに、先に起きていたハルカとカヨコが挨拶を返す、普段通りの日常──かと思いきや。続く姿が見えない事にカヨコが首を傾げた。

 

「社長は?」

「私が着替え終わる頃には起きたから、ちょっとしたら来るんじゃない?」

「そう……珍しいね。昨日のアレ、そんなに衝撃的だったのかな」

「あー、なんかやたらショック受けてたね」

「だ、大丈夫でしょうか……」

「うーん……まあ、大丈夫じゃない? 何であんなショック受けてたかわかんないけど」

 

 既に覆面水着団との遭遇から数日が経過していた。にも関わらず未だ思い起こしてはニヤニヤと笑うアルへと、昨夜ついにムツキが真実を突き付けたのだ。

 憧れの対象が見知った相手だと告げられた時の反応は期待通りだった、とムツキは思う。しかし、その後も尾を引くのは想定外。予期せぬアルの様子に、少々調子を狂わされていた。

 

 暫し、胸の内が晴れぬまま時が過ぎ。

 

「おはよう……」

 

 便利屋68最後のひとりが力ない挨拶と共に姿を現し、そのままふらふらとした足取りで自席へ辿り着いて、力無く腰掛ける。

 物憂げなアルの様子に三人は顔を見合わせ、その姿を見せるきっかけを作ったであろう当人が声をかけた。

 

「ねえアルちゃん、そんなにショックだったの?」

「……いいえ、違うわ」

 

 じゃあなんでそんなに、と首を傾げるムツキにアルが目を向ける。睡眠不足を示すように浮かぶ薄い隈と裏腹な、力強い瞳の輝き。

 アルは内に渦巻く熱を吐き出すように告げる。

 

「私は──悔しいのよ!」

「わ、ビックリした」

 

 一晩考えた末、結論となった言葉と共に拳が強くデスクを打ち、大きな音が室内へと響く。

 

 昨晩、覆面水着団の正体がアビドスだとムツキから教えられた。更には「要らないから好きにしろ」との言伝もカヨコから聞いている。

 大金の入ったバッグ。それも、闇銀行を襲う危険を冒して得た物だ。

 しかし、それを要らないと。

 彼女たちは少し前まで補給もままならない程困窮していたとも聞く。だがそれでも『目的の物ではない』からと、容易く切り捨てた振る舞いを見て、胸中に湧き上がった感情。

 

「目的の為に手段を選ばず、必要な物以外は不要と割り切るだなんて……そんなの──」

 

 デスクの上に置かれたままだった拳が、固く握りしめられる。

 

「──超クールじゃない……ッ!!」

 

 彼女の望み。法律と規律に縛られない、ハードボイルドなアウトロー。

 それを見事に体現され、アルは嫉妬心を押し殺せずに居た。歯噛みし、目尻に涙さえ浮かべる彼女を見て、ムツキは呆れ顔でため息を零す。

 

「それ、悔しいじゃなくて羨ましいって言うんじゃない?」

「う、うるさいわね!」

「その、あ、アル様もクールです! だから、このハンカチでお顔を拭いてください」

「うぅ……ハルカぁ」

「いやクールな人にハンカチ要る?」

「言わぬが花だよ、ムツキ」

 

 涙を拭うハルカにされるがままのアルを眺めながら、いつもの調子を取り戻したムツキが軽やかな気持ちで口を開く。

 

「じゃあどうする? 私たちも銀行強盗やってみる?」

「勢いでやるような物じゃないでしょ……唯でさえ私たちは風紀委員会から指名手配食らってるんだから。ブラックマーケットまで敵に回したら、活動範囲が減る一方だよ」

「なら風紀委員会の方にちょっかいかけてみる? ムツキちゃんはどっちでもいいよー」

「えっ……」

 

 物騒な二択に、アルの口から間の抜けた声が漏れる。

 それも当然。どちらも軽い口調で挙げていい選択肢のはずがないのだ。

 

 銀行強盗。それは、先日の失態にピリピリしているであろうマーケットガードを挑発するにも等しい。こんなタイミングで事を起こせば、それはもう、鬼気迫る勢いで対処されるのが目に見えていた。

 そしてもう一方は尚悪い。

 三大校。それも、ゲヘナの風紀委員会に進んで喧嘩を売るなど正気の沙汰ではない。学校の規模に見合うだけの人員を抱えているのだ。たった四人で挑むのは無謀にも程がある。

 

 無論、どちらも行為としての善悪については語るまでもない事だった。

 

 その二択は聊かアウトローが過ぎるのではないだろうか。そんな考えが浮かぶアルを余所に、思案顔のカヨコが口を開く。

 

「……まあ、それはアリかな。いつか必ず相まみえることになるだろうから、事前にきちんと計画を練っておくのも悪くない」

「ええっ、風紀委員会とやり合う予定があるの!?」

「えー? だってアルちゃん、口座を凍結されたままで良いの?」

「い、いや、それはそうだけど……」

「それもあるけど、私たちは規則違反って事で風紀委員会から目の敵にされてるからね。違反者を野放しにするのは沽券に関わるだろうし……それでも、準備をしておけば追い払うのは難しい話じゃないよ」

 

 カヨコとしては、条件次第では十分な勝算があると見込んでいた。風紀委員会の人数は多いが、校区外で動員可能な数は限られるはず。加えて、個々の練度なら便利屋の方が上であり、決して無理な話ではないだろうと。

 但し、その条件とは──

 

「まあ──ヒナを除いて、だけど」

「うっ……」

 

 ゲヘナ風紀委員会の委員長、空崎ヒナ。

 小柄な体躯なれどその背丈に近い長大な銃を軽々と扱い、ゲヘナ学園の『自由と混沌』を示すかのように好き勝手する生徒たちに規律(銃弾)を叩き込む者。その戦闘力は跳び抜けて高く、ヒナが顔を見せただけで泣きを入れる生徒が居る程だ。

 彼女の存在こそが、ゲヘナ風紀委員会が時にキヴォトス最強とも称される理由だった。

 

 まあ、そんな彼女が居てもゲヘナ学園は常に騒動と共にあった。逞しいのか、懲りるという事を知らないのかは定かではないが。

 

 起こり得る未来(空崎ヒナとの戦闘)を想像してしまったのだろう。目を白くして黙ってしまったアル。そんな彼女を見つめたハルカは、何とか気を紛らわそうと、話題を変える為に口を開く。

 

「そ、そういえば……ここって、本当に居続けていいんでしょうか……」

「あら、ハルカはこの事務所は嫌だった? 私は結構良い場所だと思ってたのだけれど」

「──ッ!! め、めめ、滅相もありません! わ、私如きがそんな、アル様に口答えなど!! すみませんすみませんすみません!」

「ちょ、ちょっとハルカ!?」

「落ちつきなよハルカ」

 

 アルの返しは軽い物ではあったが、彼女の信奉者としては許容し難かったのだろう。話題選びに失敗したと感じ、便利屋68屈指の身体能力を活かして上げ下げされ続けるハルカの頭。

 そこへと、隣に居たカヨコの手が添えられる。触れた途端にピタリと硬直した姿勢を宥める様に撫で付ける手とは別に、彼女の視線はアルへと向く。

 

「良いところだよね、ここ。キレイだし、アクセスもいいし」

「そうよね、そうよね。さすが我が社の課長! わかってるじゃない」

「でも、家賃を払わないで引き払った方がよかった気もするけどね……例のクライアントには場所が割れてるだろうし、報復でもされたら面倒だから」

「うっ……」

 

 ハルカの懸念を引き取ったカヨコの発言に、顔色を悪くするアル。その様子を見て、忘れかけていた話を突き付けるべきじゃなかったかなと目を余所へ向けるカヨコと、後頭部を撫でつけられたまま視線を彷徨わせるハルカ。

 

「まーいいんじゃない? されたらその時考えればいいじゃん。それよりもー」

 

 三者三様の顔色を浮かべる彼女たちに投げかけられた軽い声。伸ばされた語尾の続きを待つ三人へと、ムツキは笑顔を向ける。

 

「お腹空いたし、ご飯でも食べいこっ!」

 

 

***

 

 

 対策委員会の部室。

 ドアを開けた先生の視線の先で、ホシノがノノミの膝枕で横になっていた。

 

「おはよう、ホシノ、ノノミ」

「おはよう」

「おはよー、お二人さん」

「先生にレイヴンちゃん、おはようございます」

 

 笑顔を向けるノノミとは異なり、身体を起こす事もなくひらひらと手を振るホシノ。粗略とも言える振る舞いではあるが、先生がそれを気にする様子もなく。彼は二人を見て穏やかに笑う。

 

「なんというか……リラックスしてるね?」

「うへ~ノノミちゃんの膝枕は柔らかくてサイコーなんだよー。私だけの特等席だもんねー」

「先生たちもいかがですか? はい、どうぞ~☆」

「ダメだよー。ここは私の場所なんだから、先生にもレイヴンちゃんにも譲れないね」

「私の膝は先輩専用じゃないですよう……」

 

 ノノミの膝上から頭を動かさずにいるホシノの声色と台詞に、先生は一層笑みを深くする。姿勢以上にリラックスしているのだな、と感じとれる物があったのだ。

 朝からええもん見れたと言わんばかりの表情のまま、彼は定位置となりつつある一脚へと腰掛けた。視線を戻せば、黄緑の瞳と重なり合う。彼女のウインクの後、音の無い口の動きを見て、その内容を把握し──抗うかのように、先生はそっと目を背ける。

 魅力的ではあったが、考えなしに頷くのは憚られる事であった。

 

「よいしょっと」

 

 頬を掻く先生の姿を見て、小さく笑いを零していたノノミ。その膝上から、桃色の髪が声を上げて持ち上がる。ホシノは大きな伸びの後に口元へと手をやり、欠伸を一つ。

 

「ふあぁ~、みんな朝早くから元気だなあ」

「のんびりできるのは久しぶりですから……今はみんな、やりたいことをやってるんでしょうね」

「んー、シロコちゃんはきっとトレーニングでしょうし、アヤネちゃんは多分勉強しに図書館でしょうか……」

「ノノミちゃんは学校の掃除と教室の整頓をしてくれたよねー。うへ~、みんな真面目だなー」

「そういうホシノは?」

「ん? 私? うへ~、私は当然ここでダラダラしてただけだよー」

「まあ、それも大事な事だね」

 

 顎を机へと付けたホシノの答えに、問いかけた先生は苦笑しつつも同意した。休む事もまた大事であると、彼はその身をもって実感している。守れているかは別ではあったが。

 しみじみと頷く先生とは反対に、ノノミは少し眉を寄せ不満気な表情をしていた。彼女としてはホシノの姿勢に思うところがあるのだろう。

 

「先輩も何か初めてみてはどうでしょう? アルバイトとか、筋トレとか」

「無理無理ー、おじさんは年齢的に無理がきかない体になっちゃったもんでねー」

「歳は私とほぼ変わらないですよ?」

「うへ~。とにかく先生も来たし、他のみんなもそろそろじゃない? そんじゃ、私ゃこの辺でドロン」

「あら先輩、どちらへ?」

「うへ~今日おじさんはオフなんでね。てきとうにサボってるから、何かあったら連絡ちょーだい、ノノミちゃん」

 

 立ち上がり、入り口へと歩くホシノ。その背へと先生が声をかける。

 

「ホシノ」

「なあにー先生、寂しくなっちゃった?」

「それもあるけど……今日はシャーレに戻る予定の日だから、伝えて置こうと思って」

「──……そっか。そういえば、そうだったね。じゃあ──またね、先生。レイヴンちゃんも」

「うん、また」

「またね」

 

 肩越しの視線に先生とレイヴンは手を振り、教室を離れる背を見送る。

 同じく見送っていたノノミは先生へと目を向け、少し寂し気に口を開いた。

 

「確かに、少し前に言ってましたね」

「うん、皆が来た時にでも改めて言おうと思ってたんだけどね。まあ、またすぐ顔を見せるつもりだよ」

「……もう、そんな日だったんですね」

 

 安心させるかのように微笑む先生。その顔を見つめていたノノミから、ぽつりと小さな呟きが零れる。無意識だった。口を衝いて出た自身の言葉に、ノノミは目を丸くし、口へと手を添えた。

 たった五人だけの学校。そこに訪れた、二人の来訪者。出会いからの慌ただしい日々──彼等に一切非は無い──が脳裏に蘇り、短いながらも濃い時間を過ごしたのだと、改めて実感する。そして、その先生たちがアビドスを離れる。

 当然の事だとは思う。むしろ連日通っている今が特別だったのだと。しかし、それでも思う以上に感情が湧き上がる。でも、それを表に出すことはなく。

 ノノミは二人の顔を交互に眺めた後、まだ少し温もりの残る自身の膝へと視線を落とし──笑顔と共に顔を上げた。

 

「膝が寂しくなってしまったので、お二人のどちらか──来ませんか☆」

「──レイヴン」

「えっ……う、うん」

 

 刹那の反応だった。無駄に真剣な面持ちをした先生の声に押され、レイヴンはノノミの元へと向かう。戦闘中の指揮より硬い声色してたような。そんな事を思う間に、笑顔を絶やさぬ彼女の隣へと辿り着く。

 

「えっと、ホシノの場所じゃないの?」

「違いますよー。さっきも言いましたけど、先輩専用じゃないです」

「……それなら」

 

 促されるまま、先ほどのホシノと同じように横になって、頭の位置は太ももへ。そこに直ぐさまノノミの手が、優しく頭と胸へと乗せられた。触れた部分からじんわりと伝わる体温に、レイヴンは心地良さそうに目を細める。

 特等席。その言葉の意味が、言ったホシノの気持ちが、なんとなく理解出来た気がした。

 

「……ノノミは、温かいね」

「レイヴンちゃんも温かいですよ?」

「そうなの?」

「そうです!」

「……そっか」

 

 取り留めのないやり取りの後。ノノミの顔が見えない視界を閉ざしたレイヴンは、そのまま数分も絶たずにヘイローと共にその意識を落としていた。

 

「……もしかして、寝ちゃいました?」

「本当だね。ホシノの言うように、余程心地が良いんだろうね」

「あら。でしたら、先生もいかがですか☆」

「あはは……」

 

 潜めた声で言葉を交わす間も、ノノミはレイヴンの頭をそっと撫でつけていた。少女の胸へと置いた手が、穏やかな寝息と合わせて上下する。

 微かな呼吸音に耳を傾けるように目を閉じ、ノノミは思う。背丈こそ似てるけれど、全然違うのだなと。

 

「先輩も、これくらい寝付きが良ければよかったんですけど……」

 

 小さな呟きを捉えた先生は何も言わず、少し頭を掻く。

 常に眠た気だった姿が気にならなかった訳ではない。周りがさして気にする様子もなかったので、それが彼女たちの日常の一部なのだろうと思っていた。しかし、ノノミの言葉から察するに、あれは何か理由があっての姿なのだろう。

 

 聞いてみてもいいのだろうか。当人の居ない場所で、踏み込むべきか悩んでいる先生。そんな彼を見つめて、ノノミは小さく口を開く。

 

「ホシノ先輩……以前に比べてだいぶ変わりました」

 

 聞かせるというよりは、思い返すような声色で、ノノミがゆっくりと語り出す。

 

「今はいつも寝ぼけているような感じですが……初めて出会った頃のホシノ先輩は、常に何かに追われているようでした。何に追われていたかというと……んと、ありとあらゆることに、と言いましょうか」

 

 蘇る、最初の出会い。平静な態度の奥に、鋭い刃を隠すかのような雰囲気を纏ったホシノの姿。自身の出自もあり、当時は背筋の冷える思いだった。

 

「聞いた話ですが、以前とある先輩がいたそうで……。アビドス最後の生徒会長だったらしいんですがとても頼りない人で、その人がここを去ってからはすべてをホシノ先輩が引き受けることになった、と……ホシノ先輩は当時1年生だったとか……詳しくは、私も知らないのですが」

 

 調べようと思えば出来ただろう。実際に『去った』ところまでは知っているのだ。しかし、そうする事はなかった。ノノミとしては出来れば、ホシノの口から直接聞いてみたかったのだ。彼女が一体、どんな人だったのかを。

 今に至るまで、その機会は得られぬままだったが。

 

 小さな感傷から口を閉ざしてしまっても、一度始めた追想は止まらない。

 一人だったところの二人目となり、三人目(シロコ)が加わり。やがて可愛い後輩(アヤネとセリカ)も出来た。それは、人生の全体で見れば大した期間ではないのかもしれない。けれど、今を生きる身からすればかけがえの無い時間だった。

 やはりここは──大事な場所なのだと、改めて想う。

 私が、私で居られる場所なのだと。

 

 と、そこでいつの間にか自分の中だけで考え込んでしまったと気付く。慌てて先生へと視線を向ければ、自身を見つめる穏やかな眼差しと交わった。何を語らずとも安心感を抱く目に、ノノミは柔らかく微笑む。

 

「でも今は、先生もいますし、他の学園の生徒たちとも交流できますし……以前だったら、他の学園と関わること自体嫌がってたはずが……かなり丸くなりましたね……うん」

 

 独白から、頷きをひとつ。

 

「きっと、先生のおかげですね☆」

「……そうであれば、嬉しい限りだけどね」

 

 返答と共に笑顔を返しつつ、先生は思う。

 影響が全くないとは言わない。だが、ノノミの言う程ではないだろうと。

 

 彼なりに心を砕いて接してきたつもりではある。しかし、まだ大きな変化を与えるような時間でも無い。共に過ごした時間が全てと言う訳ではない。されど、彼女の言うような影響を及ぼしているとは考え難かった。

 

 だからこそ思う。

 ホシノが変わったというのであれば、その変化を齎したのはきっと、『以前』を知る子たちの成果なのだろうと。

 

 そんな想いを胸に、彼はもう一度、改めてノノミへと笑顔を送ったのだった。

 

 

***

 

 

「来たあ!! いただきまーす!」

「ひ、ひとりにつき1杯……こんなに贅沢してもいいんですか?」

「アビドスさんとこのお友だちだろう。替え玉が欲しけりゃ言いな」

 

 出揃った注文の品を前にして、笑顔になる便利屋一行。嬉しそうな表情に釣られるように大将の顔にも笑みが浮かぶ。彼としてもまた食べに来て貰えて嬉しいのだろう。その声色には温かいものが混じっていた。

 提供を終え、厨房へと戻る大将の背を見送った後、閑散とした店内を見回したカヨコがぽつりと零す。

 

「こんなに美味しいのにお客さんがいないなんて」

「場所が悪いんじゃない? 廃校寸前の学校の近くだし」

「まあ、美味しいからいいけど。それじゃ、いただ……って社長、どうしたの?」

 

 カヨコは手を合わせていざ食べようとしたところで、自分の分のラーメン丼を両手で抱えたまま固まるアルに気付く。隣のハルカも食べ始めようとしない彼女に気が付いていたのだろう。自身も食べ始める事が出来ず、ラーメンとアルを交互に見つめていた。

 

 問われたアルは答えず、スープに映る自分の目と向き合っていた。

 先ほど大将から言われた言葉が妙に引っかかっているのだ。

 

 アビドスの面々と友だちかと言われると難しいところだろう。この店で意気投合した過去があるとはいえ、その後に傭兵を率いて襲撃する振りをしているのだ。あの時の対応を思い返せば、向こうは友だちだなんて思ってないに違いない。それは──ちょっと寂しいけど──仕方の無い事と言えよう。

 ならば、友だちでは無い、と結論付ければいいだけの事。では何故、こうもその言葉が引っかかっているのか。答えを探るために胸の内に潜り──眩い情景に辿り着く。

 それは先日の一件、闇銀行での出来事。

 闇銀行で融資は得られなかった。

 しかし、雄姿は見られたのだ。

 

 ──我が道の如く魔境を行く

 

 胸の熱と共に、彼女の言葉が蘇る。

 あの日の姿は偽りだったのかもしれない。

 しかし、目に焼き付いた情景は本物だったのだ。

 

「友達なんかじゃないわ──」

 

 だからこそ、思う。

 このまま負けている訳にはいかないと。

 

「──ライバルよ!」

 

 唐突なアルの宣言に、ぱちぱちと小さく手を叩くハルカ。一方、ムツキとカヨコはいきなりの言葉に目をぱちぱちさせていた。

 付き合いの長いムツキはそれでも、今朝の様子も踏まえてどういった思考の末にその結論へと至ったのかを、何となく把握する事が出来た。要はあの振る舞いが余程羨ましかったのだろうと。

 やっぱ銀行強盗でも計画しようかなと考えつつ、それを置いておき、ムツキにはひとつ言っておきたい事があった。

 

「アルちゃん、どんぶり抱えてキメ顔は無理があるんじゃない?」

「う、うるさいわね!」

「ハッハッハ! そいつぁいい! 切磋琢磨ってやつだな!」

「ッ!?」

 

 先の宣言が厨房まで聞こえていたのだろう。大将からも反応を返されて、アルは目を見開いて厨房へと視線を送り──渋い笑みと共に立てられた親指を前に轟沈した。

 流石に恥ずかしかったのか、耳を少し赤くしたアルは、ニヤニヤと笑うムツキの視線から目を逸らしつつ手を合わせる。

 

「そ、それじゃいただきま──へ?」

「──ッ! 伏せて!」

 

 突如入り口を突き破って飛翔体が店へと飛び込み──着弾と同時に、光と熱と衝撃波を辺りへとまき散らす。椅子も机も粉々になり、当然彼女たちのラーメンは一口も味われる事もなく、無惨にも床へと散乱していた。

 店内に舞う粉塵を被りつつも、便利屋の面々は特に堪えた様子は無い。この程度の爆発であれば彼女たちにとって軽い方でもあるのだ。むしろムツキに至っては、ラーメンを台無しにされた事の方に腹を立てていた。

 

「ゴホッ、ゴホッ……あーもー何なの!?」

「アル様! お怪我はありませんか!?」

「だ、大丈夫よ、ありがとうハルカ」

「痛っつつ……一体何が起きやがった!?」

「とりあえず、崩れる前に一旦店外に出るよ!」

 

 爆発により梁や柱が損傷したのだろう。音を立てて軋み、今にも倒壊しそうな店内から慌てて全員が飛び出す。

 そして──待ち構えるように展開していた集団を見て、カヨコが眉を顰める。

 

「あれは──マーケット、ガード……?」

「え、何であいつらがここに……?」

 

 先日ブラックマーケットで見かけた姿。中にはロケットランチャーを担いでいる者も見える。恐らくあれが先の爆発の原因だろうとカヨコは推測し、それは正解であった。

 状況が理解できず目を瞬かせるアルと、そんな彼女の前へと出るハルカ。柴大将を庇う為に立ち位置を変えたムツキを一瞥した後、カヨコは鋭い視線でマーケットガードを睨む。

 柴関がマーケットガードに襲撃された──とは思えない。何故なら彼等が明らかに便利屋へと意識を向けているからだ。謂れのない──とも言い切れない(現金が入ったバッグの件)──襲撃に、愛銃(デモンズロア)を強く握り締める。

 

「便利屋68だな」

「……へえ? 私たちを誰だか知ってて襲ってきたのね。いい度胸してるじゃない」

 

 社名を呼ばれ、瞬時に意識を切り替えた(アウトロースイッチの入った)アルが答える。

 

「貴様らにあの方(・・・)からの伝言がある」

「──ッ!?」

「『身の程を弁えない野良犬には教育が必要だ』との事だ」

 

 この襲撃は『例のクライアント』による物。そう理解した便利屋の面々が意識を戦闘レベルに引き上げると同時に、マーケットガード達が音を立て一斉に銃口を向ける。

 

「──やれ」

「──やるわよ!」

 

 無機質な声と、それに対抗したアルの声を合図に、幾重のも銃声が鳴り響いた。

 

 

***

 

 

 到着を知らせる軽い音と共にエレベーターが止まり、開放された扉からひとりの少女──ホシノが姿を現す。エレベーターホールの壁面に記されたフロアマップを見つめる眼差しは、鋭利と表すのが相応しい。対策委員会の部室では決して見せる事が無いであろう目。触れれば切れそうな眼差しのまま、ホシノは目的の部屋へと歩き出す。

 

 人の気配が無くとも煌々と光を放つ蛍光灯。その明かりに照らされた、高級感のある壁材と調度品。手入れの行き届いた廊下。しかし、そこを歩くホシノは心地の悪さを抱いていた。

 たとえ所々砂に塗れていようと、アビドスの廊下の方がずっと良いなと、そう感じるのだ。

 

 程無く一つの部屋の前に辿り着き、躊躇いもせず扉を開け放つ。

 指定された高層ビルの一室。部屋の照明は落とされ、陽の光を取り込む為の窓には中途半端に降ろされたブラインド。

 人を招いたとは思えない室内に見える──黒い影。

 

「これはこれは」

 

 入室の挨拶も無く踏み込んだホシノの背で扉が閉まり、暗がりはより濃い闇を帯びる。

 

「お待ちしておりましたよ、暁のホル……いや、ホシノさんでしたね。これは失礼」

 

 唯一の光源となった日差しの中で、尚暗く浮き上がるような異形。闇が人型をとったような存在は椅子から立ち上がり、大仰な仕草でホシノを迎え入れる。

 口調こそ丁寧だが、中身の伴わない上辺だけの言葉。それは──同じ大人(・・)でこうも違うのかと、彼女に感じさせる物だった。

 先生とは異なる(私を見ない)視線と向き合うホシノの目が、剣吞さを増す。

 

「いやいや、キヴォトスにはまだ馴染めていなくて。こちらへどうぞ、ホシノさん」

「……黒服の人、今度は何の用なのさ?」

 

 来客用のソファーへと招く異形──黒服の言葉を一蹴し、ホシノが問う。

 不躾な返答だったが、黒服は意に介した様子も無く。手先はソファーからホシノへとゆっくり動き、その亀裂のような口元を吊り上げる。

 

「……ふふ、状況が変わりましてね。今回は再度、アビドス最高の神秘をお持ちのホシノさんにご提案をしようと思いまして」

「提案? ふざけるな!!! それはもう……!!」

「まあまあ、落ち着いてください」

 

 静かな声だった。

 しかし、声色に含まれた言いしれぬ圧と不気味さに押され、ホシノは口を閉ざす。

 黒服はその様子に満足するかの様に頷いて、愉しげに語り始める。

 

「……お気に入りの映画の台詞がありましてね。今回はそれを引用してみましょう」

 

 小さな音を鳴らして椅子へと腰かけ、机に肘をついた黒服が、口を開く。

 

「あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。興味深い提案だと思いますので、どうかご清聴ください──」

 

「──ククッ、クックックックッ……」

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