火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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だいぶ間が空いてしまったので取り急ぎ。
続きは何とか年内に投稿が出来れば、と。


ゲヘナ風紀委員会

 動きが妙だ。

 襲撃してきたマーケットガードたちに応戦しつつも、カヨコはこの戦闘に違和感を抱いていた。

 向こうから仕掛けてきた割には随分と積極性が薄い。こちらを落とすのではなく、落とされない事を第一としているような、弱腰に見える動き。最前線で暴れるハルカと、それを援護するように立ち回るこちらに終始圧倒されているかのような相手を観察する。

 押されている演技には見えない。何処かへ誘導するような動きでもない。伏兵の線は捨てきれないが、そうであれば対峙中の部隊が疲弊する前に手を打つべき。そもそも、増援が来るのであれば集まってから戦端を開くはず。少なくとも私たちがラーメンを食べている間は待つ余裕があったのだから。

 なら、こいつらの目的は何なのか──

 

 思考を巡らせるカヨコの遥か上空。

 突如として爆発が巻き起こる。

 

「街中で何やってんのよ、あんた等!!」

「ん、それ以上やるなら私たちが相手になる」

 

 突然の爆発音を受けた両者に生じた意識の隙間。そこへ差し込むように怒声が届く。

 声の主はセリカとシロコ(アビドス)。市民からの通報でも受けて駆け付けたであろう二人を見て、ムツキは小さく眉を顰めた。

 

「うわーまっずい」

「アビドスの街中なんかで戦闘してたら来るのは当然、か。社長、どうする?」

「……中断するわ。ハルカ! 戻って来てちょうだい!」

「は、はい!」

 

 得物(ショットガン)の都合上、突出した立ち位置だったハルカが声に応じて下がる。

 呼応するようにマーケットガードにも動きがあった。

 

「チッ……最低限の目的(・・・・・・)は果たしている──撤収だ!」

 

 部隊長として選抜された者が判断を下し、即座に指示を出す。

 悔いはある。たった四人を相手に良い様にやられていたという事実は、部隊を率いる長としてのプライドを大いに傷付けた。しかし、今はここで戦い続ける事は出来ない。纏った()を剝がされる訳にはいかないのだ。

 

「あら、あちらの方たちは逃げちゃいましたね?」

「えっ!? ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 アビドスの名を背負っているとはいえ、たった五人──内ひとりは非戦闘員(先生)──の介入。あっさりと引くとは思ってもいなかった対策委員会の面々は虚を突かれ、駆け足で去り行く集団へと銃弾ではなく声を浴びせるだけに留まった。事情も把握してないまま、逃げる背に問答無用で撃ち込むのは流石に気が咎めたのだ。

 レイヴンは遠ざかっていく集団を眺めつつ、横に立つ先生へと声をかける。

 

「先生、追撃する?」

「いや、柴大将の安否も気になるから、まずは便利屋のみんなと話そう──アヤネ、ドローンで周囲の警戒をお願いしていいかな」

『はい、お任せください』

 

 戻ってこないとも限らない、と先生がアヤネへ指示を出しつつ、対策委員会とレイヴンを引き連れて便利屋の元へと向かう。駆け寄る間も彼女たちはバツの悪そうな顔をしつつもその場から離れる様子はなく、少なくともアビドスとの敵対は望んでいないのだろうと察する事が出来た。

 

「何があったか、聞かせて貰ってもいいかな」

 

 小さな声であっても届く距離まで近づいた時。穏やかに問う先生に便利屋の面々が頷きを返し、口々から事情が告げられた。

 食事の為に柴関を訪れたところで襲撃された事。

 大将に目立った外傷は無く、念の為に付近のシェルターへ避難してもらった事。

 そして──襲撃者が『例のクライアント』によるものだった事。

 一通りを聞き終え、先生は苦い表情で便利屋へと声をかける。

 

「それは……災難だったね」

「……まあ、予想は出来た事ではあったから、こっちの落ち度でもあるけどね」

「まーでも、マーケットガードも実際大した事無いってわかったのは収穫じゃない? ねーアルちゃ……アルちゃん?」

 

 ムツキの呼びかけに答える事も無く、アルは対策委員会へと一歩踏み出す。

 前に出た彼女の顔は何の色も見えない無表情。しかしそこには、感情が表に出ぬよう押し込んだ物なのだと察する事が出来る固さが含まれていた。

 何事かと対策委員会が見つめる中、真一文字に引き締められていた口が開かれる。

 

「あいつらの狙いは私たちだった。私たちが柴関に居なければ、お店が巻き込まれる事はなかったわ。だから、その──……ごめんなさい」

 

 頭の動きに従い、長い緋色の髪が揺れる。

 アウトローとしての振る舞いを優先する状況であれば、また違った行動となっていたかもしれない。しかし今は、胸の内を占める罪悪感に任せるまま、アルは動いていた。

 自分たちが悪い訳ではない。そう言うのは容易かったが、彼女の心根はそれを良しとは出来なかったのだ。

 

 アルからの謝罪にシロコとノノミが戸惑う横で、セリカから小さな声が零れる。

 

「なによ、それ……」

 

 震えた声がアルの耳朶を打つ。その声色から彼女が抱いているであろう感情を察し、嘆きに染まりそうになった顔に力を入れ、無表情を貫く。

 嫌われるのだとしても、せめてライバルとして、もっと別の形が良かったと思わずには居られなかった。

 

「怒るのも無理ないと──」

「──ちっがうでしょーが!! 撃ったあっち! 悪いのあっち! 違う!?」

「え、あ……えっ?」

 

 マーケットガードが去っていった方をビシッと指差し、物凄い剣幕で便利屋の擁護を始めるセリカにアルが目を丸くする。彼女の抱く怒りの矛先が指の示す方だというのが明白な態度だった。

 良くも悪くも直情的な可愛い後輩の振る舞いを見て、シロコとノノミは顔を見合わせて小さく笑った後、アルへと向き直る。

 

「ん、どう考えても撃った方が悪い」

「そうですよ~便利屋のみなさんは悪くないです!」

「大人しく逃がすんじゃなかったわ! 今からでもこっちから襲撃してやろうかしら」

『あはは、セリカちゃんったら……』

「……行く(やる)?」

「また今度ね、レイヴン」

「わかった」

 

 許可を出したらピクニック気分で襲撃しそうなレイヴンを、先生が苦笑と共に宥める。

 言えば蹴散らして来そうな少女だとはいえ、無暗に戦わせたくはないのだ。

 

 便利屋にではなく、逃げて行ったマーケットガードへと怒りを向けるアビドス一同を見て、無意識に強張っていたアルの身体から力が抜けていく。

 その様子を捉えたムツキが彼女の脇腹を突きながら、からかい混じりに笑いかけた。

 

「んもー、アルちゃんってば真面目なんだからー」

「まっ、真面目なんかじゃないわよ!? わ、私はただアウトローとして筋を通そうと思っただけであって……」

「筋って……社長、それなら仕掛けてきた向こう(マーケットガード)に通させるべきなんじゃない?」

「そ、それでしたら私が!!」

「……また今度ね、ハルカ」

「は、はい、アル様……」

 

 愛銃を胸に抱えて剣呑な目付きに切り替わったハルカを、アルが力無く宥める。

 一戦終えた後、しかも最前線の立ち位置だったというのに、彼女に疲労の色は見えない。止めなければ本当に単身でブラックマーケットに乗り込みかねない勢いがあった。

 

 ノノミは顎先へと人差し指を当て、戦闘の発生により普段以上に閑散としてしまった街並みを眺めた後、対策委員会の面々へと顔を向ける。

 

「うーん、状況の把握が出来たとはいえ、マーケットガードには逃げられちゃいましたし。引き上げちゃいます?」

「そうねー、大将の様子も見たいし──」

『──ッ! そちらに接近する武装兵力を確認しました! みなさん、警戒を!』

 

 セリカの言葉を遮り突如告げられたアヤネの警告。

 弛緩していた場の空気が一瞬にして引き締まり、一同は各々の武器を構えて、迎え撃つべく臨戦態勢へと移行した。

 

「マーケットガードが態勢を整えて来たんでしょうか?」

「上等じゃない! 返り討ちにしてやるわ!」

「当然、私たちだってやるわよ!」

 

 しかし──血気盛んな様子は、続くアヤネの言葉により一変する。

 

『所属……確認できました!! ゲヘナの風紀委員会! 一個中隊の規模です!』

「ゲヘナの、風紀委員会……?」

「──社長!」

「みんな、隠れるわよ!」

 

 予期せぬ来訪者の名を受けてセリカが呆けた声を漏らす一方、便利屋はアルの号令で即座に付近へと身を潜める。逃走を選択しなかったのは様子を伺う為だろう。

 

 迅速な行動を取った便利屋とは異なり、対策委員会の動きは鈍い。余所の学園の風紀委員会(治安維持組織)がアビドスに居るという事態に、困惑を隠せず対応を決めかねていた。

 それに加えて──アヤネの報告から聞き逃せない単語を拾っていたノノミが、眉を顰めたまま口を開く。

 

「一個中隊だなんて……そんな人数で、どうしてアビドスへ……」

「便利屋を捕まえに来たってこと?」

『まだわかりません……しかし私たちに友好的とは判断しかねます』

 

 セリカの疑問に固い声色でアヤネが答える。彼女の元にゲヘナの風紀委員会から何の申し入れもなかった。アビドス対策委員会において、彼女を通さない外部からの連絡は無いに等しい。この場に居ないホシノにしても、先日のヒフミへの対応を思えば許可を出すとは考え難かった。

 つまり、相手は無許可でアビドスの自治区に兵力を展開している。当然それは友好的な態度とは言えない。薄い線ではあるが、侵攻という可能性もありえる事態だ。

 

 緊迫した空気の中、頼りになる存在の事を思い浮かべたノノミがアヤネへと問いかける。

 

「アヤネちゃん、ホシノ先輩とはまだ連絡がつきませんか?」

『……はい。普段なら、ここまで連絡が取れないことはないはずなのに……』

「この状況……私たちはどうすればいいのでしょうか?」

 

 マーケットガードと風紀委員会。同じ治安維持組織といえど、それが学園の所属であるか否かで大きな差がある。また、便利屋のような部活との敵対とも訳が違う。対応を間違えれば政治的な紛争の火種になりかねない状況。懸念と不安を多分に含んだノノミの声に、空気が一段と沈む。

 

「じゃあ、仮に風紀委員会の目的が便利屋のみんなを捕まえに来たのだとしたら、このまま引き渡しちゃう?」

「えぇっ!?」

「えー、先生ちょっとそれはひどいよー」

 

 重い空気の中で先生が軽く投げかけた問いに、付近で身を隠すアルが驚愕の、ムツキが批難の声を上げた。当然も当然な彼女たちの反応を視線と身振りで先生が宥める。

 先の言葉はそうはならないだろうと判断しての事。側頭部にカヨコの鋭い視線が突き刺さるのを感じつつも、先生は対策委員会一同の顔を見回す。そこに浮かぶ表情は彼の予想通り、賛同を示すものではなかった。

 

「それは、で、ですが……それにしても彼女たちと戦うわけには……」

「じゃあどうしろっていうの?」

「──他に選択肢はない、風紀委員会を阻止する」

「シロコちゃん!?」

『……はい、その通りです』

 

 決意を帯びたシロコの言葉に驚愕するノノミ。そんな彼女とは異なり、同じ考えに至ったアヤネが同意を返す。

 普段とは違う、好戦的とも取れる判断を下したアヤネに対策委員会の面々が驚く中、彼女は静かに自身の考えを語る。

 

『風紀委員会が私たちの自治区ですでに戦術的行動をしたということは、政治的紛争が生じるということ……きっと、便利屋の皆さんが問題を起こしたのは事実です……しかし、だからといって、他の学園の風紀委員会が私たちの許可もなく、部隊を展開してもいいという意味ではありません』

「その通りだわ! よくもこんなことを! これは私たちの学校を権利を無視するような真似よ!」

 

 同調して気炎を吐くセリカを横目に、レイヴンがシロコへと視線で問う。

 

 (そうなの?)

 (知らないけどきっとそう)

 

 返ってきた力強い(答え)を頷きで受け止める。

 どちらも政治的な判断とは無縁の存在であった。

 

 

***

 

 

 そんなやりとりをしているうちに、気が付けばゲヘナ風紀委員会の部隊がその姿を現していた。

 堅苦しさすら感じさせる意匠をした黒の制服に腕章を付け、帽子をかぶったゲヘナ風紀委員会の生徒たち。道路に整然と並ぶ集団から、対策委員会に向かって二人の生徒が歩いて行く。彼女たちが部隊の代表という事なのだろう。

 声の届く距離まで近寄ってきたところで、片方の顔に見覚えのあった先生が片手を上げて声をかける。

 

「久しぶり、チナツ」

「……お久しぶりです、先生」

 

 淡いピンクブロンドの髪をした、脚を包む赤いタイツが特徴的な生徒──火宮チナツが頭を下げて挨拶を返す。

 

 先生が彼女と出会ったのは、彼がキヴォトスを訪れた当日の事。連邦生徒会へと押しかけていた生徒たちの内のひとりであり、何故かそんな彼女たちを連れてシャーレ付近で戦闘を行い、指揮をとったのは記憶に強く焼き付いた出来事のひとつである。

 流れでシャーレへと籍を置いてくれはしたが、風紀委員会の活動で忙しいとの事でそれ以来会う事はなかった。

 それが、こんな形で再び会うとは互いに思っても無かった事だろう。

 

「よかった……砲撃前に気が付けて」

 

 チナツの口から小さく、安堵の息と言葉が零れる。

 火力支援から歩兵の投入。基本的な戦術の初手として行われようとしていた標的(・・)への砲撃。その直前、観測員から付近の部外者及び民間人への対応を問われた際、部隊を押し留めたのは彼女だ。

 

 標的の近くに居た事からこそチナツは先生に気がついた。つまり当然の事ながら、標的──便利屋68が付近へと身を潜めた事は風紀委員会も把握している。

 だからこそ、チナツの隣に居る少女はこの状況が不満だった。

 

「面倒だな……まとめて砲撃してしまえばよかったのに……」

「…………はあ。イオリ、先生はキヴォトスの外部の方です。万が一があったらどうするつもりですか」

 

 隣から届いた聞こえよがしな愚痴に、チナツが眉を顰めて釘を刺す。

 イオリ──銀鏡イオリ。濃い銀の髪で大きな二つ結び(ツインテール)を作り、片目を隠すように前髪を流した褐色の肌を持つ少女は、不機嫌ですと言わんばかりに顔を顰めていた。

 

 彼女としては、先制する機会を捨ててまで対話するつもりは無かった。しかしチナツに言い伏せられてしまい、渋々此処まで近づいて来たのだ。

 

 イオリに限らず風紀委員会は日頃から学園内の治安維持で多忙の身。それにも関わらず、今回は態々ゲヘナ自治区外までの遠征だ。故に、なるべく労力をかけずにさっさと終わらせたかった彼女はこう考えている。

 普段のように、まずは対象を沈黙させてからでいいだろうと。

 

 そんな心情をありありと顔に浮かべた彼女を、対策委員会の面々が厳しい表情で睨む。然程大きな声ではなかったが、先程イオリが放った言葉は対策委員会の耳にも届いていたのだ。

 傲慢とも言える台詞を聞き、セリカなど今にも噛みつかんばかりの形相をしていた。

 

 対話もなく戦闘が始まりかねない。張り詰めた空気を感じ取ったアヤネが慌ててドローンからホログラムを投影し、風紀委員会の二人と向き合う。

 

『アビドス対策委員会の奥空アヤネです。所属をお願いします』

「ゲヘナの風紀委員会だ」

『……大勢引き連れて、アビドスへどのような御用でしょうか』

「ウチの厄介者を引き取りに来た。そこら辺に居るのはわかってるんだ、直ぐに渡してくれ」

『っ……お話は解りました。ですが、事前の通達も無しに兵力を運用するのは如何なものかと思います』

 

 最悪の事態(侵略行為)ではない。イオリの言葉にアヤネは小さく安堵の息を吐いたが、主権を侵害されているに等しい状況は変わっていない。学園の規模の差は歴然。しかし、だからといって無理を通されて道理を引っ込める訳にはいかないのだ。

 そんな気概を胸に、臆面なく要求を突き付けるイオリに対してアヤネが毅然と立ち向かう。

 

「……はあ、面倒だな」

 

 引き下がる様子の無いアヤネにイオリが大きな溜息と共に不満を漏らし、細長い尾が苛立ちを表すようにピシャリとコンクリートを打つ。その後に表情を攻撃的な物へと切り替え、珍しい木製の銃身を有するライフルを肩に担いで対策委員会の面々を睥睨する。

 イオリがこの場に居るのはチナツに言い伏せられたからではあった。だがそれでも、彼女の意図はチナツとは違う。説明の為でも無く、交渉の為でも無い──通達(・・)の為に来たのだ。

 

「時間が惜しい。公務の執行を妨害するって言うのなら、部外者とはいえ問答無用でまとめて叩きのめす」

『っ!』

「は、ハァ!?」

「ちょ、ちょっとイオリ……」

 

 イオリの発言にアヤネが目を見開き、セリカが憤りの声を上げる。口こそ開かなかったがシロコも当然怒気を発しており、温厚なノノミですら眉を顰める有様だった。

 空気が軋む幻聴を聞きつつ、先生は睨み合う生徒たちを見る。衝突は目前。しかし、まだ互いに手が出ている訳ではない。

 ならば、と彼は口を開く。

 

「ちょっといいかな」

「……大人が何だ?」

 

 割って入って来た大人(先生)を訝しげな表情でイオリが睨む。

 鋭利な視線にも、肩に担がれた自身を殺せるであろう武器すらも意に介さず、先生は彼女(生徒)と向き合う。

 

「先に自己紹介からかな。私は連邦生徒会、独立捜査部シャーレの顧問先生です。よろしくね」

「連邦、生徒会……」

 

 胡乱な大人が発した言葉から聞き逃せない単語を拾い、イオリは口の中で転がすように呟く。

 怪しむ表情を隠さぬまま、情報を持って居そうな人物へと目を向ける。

 

「……チナツ」

「事実です。リン行政官からお話を伺っています」

 

 連邦生徒会を名乗る大人を疑うも、チナツからは肯定が返る。しかも連邦生徒会長代行(現在のトップ)のお墨付きらしい。

 眉間の皺が一層深まったイオリを見て、先生が更に言葉を重ねる。

 

「連邦生徒会に所属する身としては、大きな学園が横暴にも見える振る舞いをするのは見過ごせなくてね」

「……ッ!」

 

 連邦生徒会の介入。それを示唆する言葉にイオリが微かに怯んだ様子を見せる。

 イオリとて事を荒立てたい訳では無い。彼女は手早く仕事を片付けたいだけであり、その為に最短を進もうしているだけであった。

 そもそもとして、学園間の問題──政治的な活動をしているつもりもなく、唯々職務に忠実であろうとしての事。

 だからこそ、大事へと発展しそうな要素の登場に、どう動くかの判断が出来ずにいた。

 

 イオリの逡巡を見て取った先生は、なんとかこの場は穏便にやり過ごせそうかと内心安堵する。そんな胸の内は隠しつつ、もう一押しと畳みかけるべく言葉を紡ぐ。

 

「そう言う訳だから、悪いけれど今日のところは──」

『──お話し中のところ、失礼します』

 

 先生の言葉を第三者の声が遮り、同時にイオリとチナツが並ぶ空間へホログラムが投影される。

 映し出されたのは柔らかな青い髪をカチューシャで押さえ付け、胸部の側面が大きく開けた──レイヴンに排熱用かな(涼しそう)、と状況に沿わぬ間の抜けた感想を抱かせた──服装の少女。

 

「アコちゃん、その……」

『ええ、イオリ。ここからは私が引き受けます』

 

 ホログラムの返答にイオリは小さな安堵を浮かべた顔で頷き、場を委ねるべく一歩引いた立ち位置を取る。交渉事は彼女の領分ではないのだ。

 

 アコと呼ばれた少女はこの緊迫した場において尚、悠然と微笑んで口を開いた。

 

『こんにちは。アビドスの皆様。そして──シャーレの先生。私はゲヘナ学園所属の行政官、アコと申します』

 

 固い口調で覆われた、やや甘い性質の声がスピーカーから響く。

 

『今の状況について少し説明させていただきたいと思いますが、よろしいでしょうか?』

 

 アコの肩書きを耳にしたアヤネは、自身の表情が険しくなった事を自覚する。

 大部隊が運用されている事から末端の一存ではないだろうとは思っていた。しかし、想像以上に立場が上の者が出てきてしまった。

 

『行政官ということは……風紀委員会のナンバー2……』

『あら、実際はそんな大したものではありません。あくまで風紀委員長の補佐をする秘書みたいなものでして』

 

 軽やかに謙遜を口にするアコを見つめ、本当にそうだろうかとシロコは思う。

 アコが姿を現してから、後方に待機している風紀委員たちの纏う気配が微かに変化したのをシロコは捉えていた。元々臨戦態勢だった事もあり、気の抜けた様子ではなかった。しかし、そこから更に引き締められたと感じていた。

 軽んじられている様子は無い。行政官の名がどれ程の物かは知らないが、ナンバー2の肩書に見合う能力があるのだろう。

 統率が取られている事に、シロコは警戒を強めていた。

 

『アビドスに生徒会の面々だけが残ってると聞きましたが、みなさんのことのようですね。アビドスの生徒会は五名と聞いていましたが、あと一人はどちらに?』

『今はおりません。そして私たちは生徒会ではなく対策委員会です、行政官』

『奥空さん……でしたよね? それでは、生徒会の方はいらっしゃらないということでしょうか? 私は、生徒会の方と話がしたいのですが』

「アビドスの生徒会はずっと前に解散したの! 事実上私たちが生徒会の代理みたいなものだから、言いたいことがあるなら私らに言いなさい!」

 

 口を挟む形でセリカから怒声を浴びせられて尚、アコは微笑む。いや、むしろ笑みは微かに深さを増していた。

 戦力は事前の調査通り(・・・・・・・・・・)。その確認を終えたアコがセリカの要望に応じるかのように話を進める。

 

『私たちゲヘナの風紀委員会はあくまで、私たちの学園の校則違反をした方々を逮捕するために来ました。他の学園自治区の付近とはいえ、まだ違法行為とは言いきれないでしょうし……やむを得なかったということでご理解いただけますと幸いです。風紀委員会としての活動に、ご協力をお願いできませんか?』

『──いいえ、そうはいきません』

『あらっ……?』

 

 要請を跳ね除けられたアコが予想外だとでも言うような声を漏らす。

 それに白々しさを感じつつもアヤネは深く呼吸し、腹へと力を入れた。

 アコの台詞に微かな違和感があった。しかしそこに考えを巡らせるよりも前に、まず目先の問題を言及すべくアヤネは口火を切る。

 

『他の学校が別の学校の敷地内で、堂々と勝手に兵力運用をするなんて自治権の観点からして、見過ごせません! まさか、ゲヘナほどの大きな学園がこんな暴挙に出るとは思ってもみませんでしたが、ここは譲れません』

『……なるほど。そちらの方々も、同じ考えのようですね』

 

 想定以上に強い反発な事に内心首を傾げつつも、アコはカメラの映像を通して対策委員会一同の表情を伺う。陰りは無く、誰もがアヤネの言葉を正当な物だと信じているようだった。

 彼女たちの様子にアコもまた、微かな違和感を抱いていた。その原因が何なのかと軽く分析し──認識(・・)に違いがあるのだと理解する。続けざまに、当事者であるはずのアビドスが何故、と疑問に思う。

 だが、それを言及する気は無かった。

 むしろこの対立は好都合。目的(・・)を思えば、大人しく便利屋を引き渡される方が困るのだ。

 

『ふぅ、この兵力を前にしても怯まないだなんて……これだけ自信に満ちているのは……やはり、信頼できる大人の方がいるからでしょうか? ……ねえ、シャーレの先生』

 

 水を向けられた先生は沈黙を保ったまま、アコの目をじっと見つめる。

 

『シャーレの先生。あなたも、対策委員会と同じご意見ですか?』

「便利屋は困った子たちかもだけど、悪人じゃないから」

 

 先生から見て、便利屋68は道理を無視してまで捕らえるべき相手とは思えない。学校間の諍いに発展しかねないのであれば、尚の事正規の手続きを踏んで欲しかった。

 違反者を捕らえる為なら違反をしてもいい、とはならないのだ。

 

 風紀委員会が規律を乱してどうするのか。アコの立場に配慮してか少々迂遠ではあったが、釘を刺すような問いかけが込められた返し。それをしっかりと理解しつつ、彼女は笑顔で受け流す。

 先生の言葉にも素知らぬ顔で微笑んだままのアコに、業を煮やしたアヤネが声を張り上げる。

 

『そういうわけで、交渉は決裂です! ゲヘナの風紀委員会、あなた方に退去を要求します!!』

『これは困りましたね……うーん……こうなったら仕方ありません。本当は穏便に済ませたかったのですが……』

 

 空虚な軽い言葉が宙を舞う。

 アコは建前を並び立て、都合が良い方向へと転がった話を締めくくるべく、結論を告げる。

 

『……ヤるしかなさそうですね?』

 

 その一言で空気が急速に張り詰め──

 

「嘘をつかないで、天雨アコ」

 

 ──静かな声が割り込んだ。

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