火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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思った以上に時間が取れて、早めに書き上げることが出来ました。
ただ、二万文字を超えてしまった為、分割で投稿します。
続きは来週……と、したいところでしたが、明日の予定です。
本当はもうちょっと寝かせて、ちゃんと描写の見直しとかすべきなのでしょうけど
筆が遅いのに寝かすのもどうかな、って……


風紀委員会迎撃

『あらカヨコさん。いいんですか、姿を現してしまって』

「偶然なんかじゃないでしょ、最初からあんたが狙ってたのはこの状況だった」

『……面白い話をしますね、カヨコさん?』

 

 問いかけを無視した言葉に、続きを促すような反応を返すアコ。

 潜んでいた路地から抜け出し、カヨコは睨み合う両陣営へと歩みを進めながら、語る。

 

「……最初はどうして風紀委員会がここに現れたのか、理解できなかった。風紀委員会が他の自治区まで追ってくる理由、それも私たちを狙って?」

 

 抱いた違和感はアコが現れた事で確信に変わった。

 大部隊をイオリが率いるところまでは便利屋への破格な評価とする事は出来る。他自治区への遠征も身内(ゲヘナ)が迷惑をかけない為、と言えなくもない。しかし、そこに行政官(アコ)まで顔を出すのであれば話は違う。

 彼女が政治的配慮を怠るとは思えない。

 そして、風紀委員長がそれを見過ごすとも思えない。

 

「こんな非効率的な運用、風紀委員会のいつものやり方じゃない。だからアコ、これはあんたの独断的な行動に違いない」

 

 断定的に放たれた言葉をアコは反論もせず受け止める。

 その様子をカヨコは射貫くように見つめていた。ホログラムの表情に変化はなかったが、沈黙を回答と受け取り、自身の考察が誤りではなかったと判断。更なる言葉を重ねていく。

 

「それに、私たちを相手にするにしてはあまりにも多すぎるこの兵力。他の集団との戦闘を想定していたとすれば、説明がつく……とはいえ、このアビドスは全校生徒集めても5人しかいない。なら結論は一つ──」

 

 足音は、先生の隣で止まった。

 

「──アコ、あんたの目的はシャーレ。最初から、先生を狙ってここまで来たんだ」

「!?」

「な、何ですって!?」

「先生を、ですか……!?」

「私?」

 

 一同に動揺が奔る中、レイヴンの目つきが鋭利な物へと変わる。

 状況の推移を眺める傍観者であった意識を、臨戦態勢へと静かに移行したのだ。

 

『……ふふっ、なるほど……ああ、便利屋にカヨコさんがいることをすっかり忘れてました。のんきに話している場合ではありませんでしたね……まあ、構いません』

 

 言葉と共にアコがパチンと指を慣らす。

 芝居がかった仕草に嫌な予感を覚えたカヨコが目を細め、その感覚が正しい事をアヤネが叫ぶ。

 

『──ッ、レーダーに反応! 12時の方向、それから6時の方向……3時、9時……風紀委員会のさらなる兵力が四方から集結しています……』

「……増員」

 

 絞り出すような声の報告に、シロコが低く呟く。

 音響レーダーを警戒して低速で浸透していた部隊が、アコの合図で足取りを急行速度に切り替えたのだ。

 

『まだいただなんて……それに、こんなにも数が……』

『うーん……少々やりすぎかとも思いましたが……シャーレを相手にするのですから、これくらいあっても困らないでしょうし……まあ、大は小を兼ねると言いますからね☆』

 

 険しい表情を浮かべる対策委員会一同を、アコの軽い言葉が煽る。

 

『それにしても、さすがカヨコさんですね。先ほどのお話は正解です。……いえ、得点としては半分くらいでしょうか? 確かに私は、シャーレと衝突するという最悪のシチュエーションも想定していました。しかし、この状況を意図的に作り出したわけではありません。それだけは信じていただきたいのですが……どうやら、難しそうですね』

 

 対策委員会一同の表情を確認し、同意が得られない事をアコが嘆く。

 それも当然の事。複数部隊を展開している相手の何を信じろと言うのか。既にシロコとセリカはアコではなく、後方に展開している風紀委員会に注意を移していた。

 

『仕方ありませんね。事の次第をお話ししましょう……きっかけは、ティーパーティーでした』

 

 時間稼ぎだな、と先生は語り始めたアコの意図を察する。しかし、現状ではまだ互いに手を出していない。先に攻撃へと踏み切る訳にもいかず、相手への警戒は生徒たちに任せて自身は彼女の話に耳を傾ける。

 その手に、タブレットを抱えながら。

 

『もちろんご存知ですよね、ゲヘナ学園と長きにわたって敵対関係にある、トリニティ総合学園の生徒会のことです。そのティーパーティーが、シャーレに関する報告書を手にしている……と。そんな話が、うちの情報部から上がってきまして』

 

 シャーレに関する報告書。その言葉で先生はヒフミの姿を思い浮かべる。同学園のハスミも報告書を作成しているだろうが、時期を考えるとそちらの線は薄いと思われた。

 

『当初は私も【シャーレ】とは一体何なのか、全く知りませんでしたが……ティーパーティーが知っている情報となれば、私たちも知る必要があります。それで、チナツさんが書いた報告書を確認しました』

 

 確認するのが遅くないか。そんな台詞を飲み込んで視線を伏せたチナツを余所に、アコは続く。

 

『連邦生徒会長が残した正体不明の組織……大人の先生が担当している、超法規的な部活。どう考えても怪しい匂いがしませんか? シャーレという組織は、とても危険な不確定要素に見えます。これからのトリニティとの条約にも、どんな影響を及ぼすのか分かったものではありません。ですからせめて条約が無事締結されるまでは、私たち風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです。ついでに、居合わせた不良生徒たちも処理した上で……といった形で』

 

 長々と語り終えたアコは、満足げに微笑む。

 子細を知らされぬまま遠征に赴いていた風紀委員たちも、アコの言葉に一定の納得を示し、戸惑いを収めた。

 『トリニティとの条約』を誰が進めているのか──それは、周知の事実だからだ。

 

 一方の対策委員会一同はと言えば。

 

「ん、むしろ状況が分かりやすくなって良いかも」

「……先生を連れて行くって? 私たちがそれで『はいそうですか』って言うとでも思った?」

 

 シロコが小さく不敵な笑みを浮かべ、眦を釣り上げたセリカが銃を構える。

 元より風紀委員会との対立は明白。そこに、理由がひとつ加わっただけ。燃料を追加されたに過ぎず、既に戦いの火ぶたが切られるのを待ち構えている状態だった。

 

『……ふふ、やっぱりこういう展開になりますか。では仕方ありませんね……奥空アヤネさん、ゲヘナの風紀委員会は、必要でしたら戦力を行使することもあります。私たちは一度その判断をすれば、一切の遠慮をしません』

『……っ!!』

 

 最後通牒。しかし、それを突き付けられようとアヤネの意見が変わる事はない。

 アビドスでの兵力運用も、先生の身柄も、許容出来る話ではないのだ。

 

『それでは風紀委員会、対策委員会を制圧。コソコソと付近に隠れてるであろう残る便利屋を捜索しつつ、先生を安全に確保してください。先生はキヴォトスの外部の人なので、怪我をさせないように十分注意を』

 

 臆することなく、むしろ覚悟を決めた表情に変わったアヤネ。それを見たアコはこれ以上の会話は不要と判断し、風紀委員たちに指示を飛ばした。

 最後の合図を待つ彼女たちに、アコは命令を下す。

 

『では、攻撃を開始し──』

「──ッ! ぐッ!!」

 

 突如、片腕を顔前へと跳ね上げたイオリが呻き声を漏らし、直後に続いた爆発が彼女の姿を飲み込む。

 

『イオリ!?』

「イオリ!?」

「──誰が、コソコソと隠れてるですって?」

 


 

 時は少し遡り、アヤネが姿を見せた頃。

 路地に身を潜めた便利屋68が、聞こえてくる会話に耳を傾けていた。

 

「うわーやっぱ私たち目当てかー」

「……わざわざ、ゲヘナの外まで?」

「ど、どど、どうしましょうアル様!」

「……」

 

 社員が三者三様の反応を見せる中、ひとり俯くアル。

 その様子にハルカはそわそわと狼狽え、ムツキとカヨコは顔を見合わせて視線を交わし、風紀委員会の様子を伺うべきだと判断する。

 

「……見たところ、ヒナは居ないみたいかな」

「まー居たらこの場面で後ろに引っ込んでるとは思えないよねえ」

「だね。でも……それならこんな大部隊の運用なんて……」

 

 風紀委員長(最大の脅威)の姿が無い事を確認したカヨコが、思考を漏らすように囁く。

 そして視線の先に浮かぶホログラムが増えた事で、眼光が鋭さを増す。

 

「……行政官まで居て、事前の連絡も無しに?」

 

 先生の言葉を遮ってまで、会話の主導権を取り返したアコ。そんな彼女を訝しみながら、カヨコは互いの主張を曲げないまま進む口論を聞く。

 やがて流れの結実が見えた頃、その視線がアルへと向かう。

 

「アビドスは風紀委員会とやり合うつもりみたいだね……社長、その隙に乗じて私たちはここから離れようか」

「…………これで、二度目よ」

 

 アルがぽつりと零した言葉に、その声色に。

 ムツキは目を細めて口の端を吊り上げ、ハルカは清聴の姿勢を取り、カヨコは次の動きを考え始める。

 

「お店を壊して、その次は風紀委員会?」

 

 カヨコの提案を聞いて、アルの胸に想いが渦巻く。

 

 唯でさえ既に迷惑をかけていた。

 それも、彼女たちと巡り会えた場所で。

 そこへと、続けざまにこれ。

 

 苦境にあっても前向きで。

 決める時にはクールに。

 そんな彼女たちへと立て続けに迷惑をかけて。

 このまま、逃げろと?

 

 それのどこが──格好良いと言えるのか。

 

「みんな、準備してちょうだい」

「……あはー」

「アル様……っ」

「まあ、そうなるか」

 

 熱を帯びた声に、一人一人が反応を返す。

 攻撃的で凶悪な笑み、敬意に輝く笑顔、柔らかな苦笑。

 頼りになる顔を見回して、アルは不敵に笑う。

 

「──やってやろうじゃない」

 


 

 更なる爆発が、異なる場所でも発生した。

 風紀委員会の部隊後方から轟音が響き渡り、その衝撃で粉塵が宙を舞う。

 

『ッ!! 攻撃されている! 便利屋だ!』

『くそっ、いつの間にこんな場所へ!!』

『なっ──風紀委員会、攻撃開始!』

 

 スピーカー越しに響く騒乱の音に、アコが慌てて号令を発する。

 

 「時間を稼ぐ当てがある」と告げたカヨコが姿を現し、彼女が視線を集めている間に、先行していたムツキとハルカ。二人の襲撃は風紀委員会に混乱を齎していた。

 時間を稼ぎたかったのは、何もアコに限った話ではなかったという事だ。

 

 開戦の合図としてイオリに一撃を与えたアルは、社員の成果を遠目に確認した後、先生たちの元へと駆け寄り声をかける。

 

「うちのムツキとハルカが向こうに先制を仕掛けてるわ。今の内に貴方たちは先生を連れて──」

「ナイス、便利屋っ! このまま挟み撃ちするわよ!! この風紀委員会、コテンパンにしてやらないと!!!」

「ん。アビドスから叩き出す」

「うんうん、先生をみんなで守りましょう!」

「──……そうね。ええ、あいつらに一発食らわせてやりましょう!!」

 

 あの人数を前にして、そこへ更なる増員が来ると知って尚、自分たちが負けるとは微塵も思ってなさそうな対策委員会一同。

 その姿に目を丸くしたアルは、やがて一転、それでこそとばかりに笑みを浮かべ、同調した。

 

『敵、包囲を始めています! 突破してください! 先生! 私たちと便利屋68の指揮、お願いします!』

「……うん、任せて」

 

 思うところは飲み込み、改めて陣容を俯瞰する。

 包囲網は未完成。しかし、時間の問題に過ぎない。

 そして数の差は歴然。

 であれば、まずは相手の統率を欠く必要がある。

 

「シロコはイオリの相手を」

「ん」

「気を付けてね」

 

 警戒を促す声に頷きを返し、シロコはイオリへと向かう。チナツの肩を借りて後方へと下がろうとしていたイオリが即座に気づき、チナツを押しのけつつ応戦を始める。多少のふらつきは見られるが、あの様子ならすぐに立ち直るだろうなと先生は判断していた。

 移動しながら銃撃を交わす二人から視線を外し、レイヴンへと目を向ける。

 

「相手が多いから掻き回したい。危険だけど──」

「任せて」

「……うん。3時方向をお願い。移動は上を使おうか」

「! わかった」

 

 「上?」と周囲が疑問符を頭上に飛ばす中、先生の指示に軽く驚いた様子を見せたレイヴンは、力強く返答した後、ひとり路地へと走り出す。

 

「残りのみんなは、向こうの二人との合流を目指して前進しよう」

「よっし! あいつらに目に物見せてやるわ!!」

「あっ、セリカちゃんひとりで突っ走っちゃダメですよ~」

 

 駆け出すセリカとノノミを見送るように動いていた先生の顔が、二人に合わせて踏み出そうとしていた少女の方へと向く。

 

「カヨコには、念のために私の護衛も兼ねて貰っていいかな」

「……私でいいの?」

「うん。まあ……二人はあんな感じだから」

「……みたいだね。なら、私が適任か」

 

 インカムが拾わないように注意して呟かれた言葉に、カヨコは苦笑しながら応じる。

 血気盛んに飛び出したツインテールと、それに追従したミニガン持ち。護衛には向かなそうな二人の姿(気質と得物)を見せられたら、納得せざるを得なかった。

 

「そして──アルには、狙撃を頼みたいんだ」

「……狙撃?」

 

 私には何かないのか。そんな心持ちでそわそわしていたアルに、不思議な言葉が向けられた。

 狙撃自体に異論は無い。だが、そもそも狙撃銃の持ち主が狙撃以外に何をするというのか。

 わざわざ頼むような事でもない台詞に首を傾げ、どういう意図かと視線を返す。

 

「指揮官級の数を減らしていきたい。指揮系統に乱れがあれば、楽になると思うんだ」

「……それがどの子たちか、知ってるの?」

「もちろん。生徒の事だからね」

 

 横から飛んできたカヨコの質問に、先生はタブレットを片手に軽く嘯いた後、アルを見つめる。

 

「高所を取ると孤立する恐れがある。だから、出来ればここから」

「ここから……」

 

 人が入り乱れる状況で。

 視界の利も無い状態で。

 特定の対象を撃て、と。

 

「いけるね」

 

 言葉に込められたのは、信頼。

 

「当然よ」

 

 胸の内から溢れそうになる熱を抑え。

 アルは端的に、クールに返す。

 緩みそうになる頬を抑えるのに必死だった訳ではない。

 

「まずは一人目。右翼後方、茶髪に翼持ちの子だね」

 

 指が示す先に、アルは標的を確かに捉える。だが、すぐに他の生徒で遮られてしまう。

 高所でもない今の位置からでは当然の事だと言えた。

 

 それでも愛銃を片手で構える。

 腹這いでもない、不安定な姿勢。

 

 しかし──出来るという、自負があった。

 

「タイミングは君に任せるよ」

 

 耳に入って来た先生の言葉を合図とするように、周囲の音が消える。

 集中力が極限まで高まる感覚。

 今まで身に覚えのなかった状態に戸惑う事も無く。

 

 目の前で入り乱れる風紀委員たち。

 

 その奥に見える姿。

 

 ──今。

 

「──外しはしないわ」

 

 

***

 

 

 インカムから響いた無性に聞き覚えのある台詞に、レイヴンは思わず肩を跳ね上げてアルの方へと振り返る。だがしかし、建物に遮られて彼女の姿を目にする事は出来なかった。

 ぱちくりと瞬きをした後、自身の行動に軽く頬を掻き、気を取り直してすべき事を思い出す。

 目を付けていた丁度良さそうな高さのビルが二棟。その間の路地へと、彼女は足を踏み入れた。

 

「回り込ませる物か! ここは通さ、ない……ぞ?」

 

 レイヴンが動いたのは戦闘が始まった後の事。ムツキたちの時とは違い、彼女の動きを油断なく捉えていた風紀委員たちが居た。

 しかし──路地へと入り込んだ相手を抑えるべく展開した彼女たちが目にしたのは、ビルの壁を交互に蹴りつけ、その間を駆け昇るレイヴンの姿。

 三角飛び。キヴォトスの常識に当て嵌めても逸脱している動きを、小柄な体躯と、そこに秘められた身体能力が可能としていた。

 

「えぇ……」

「……うそでしょ」

 

 茫然と呟く風紀委員たちを置き去りにして、レイヴンはビルの給水タンクへと足を降ろす。D.U.で見せた時には渋られた移動法の許可が下り、先生から見ても余裕のない状況なのだな、と思う。

 ならみんなは大丈夫かな、と。自身の役割へと向かう前に、様子を見ようと視線を走らせた。

 

 そして──奮戦する対策委員会と便利屋へ向かった目が、風紀委員たちの幾人かが持つ、筒状の武器を捉える。

 ヒビキが持っていた武装と同系統。迫撃砲の類だと察した彼女の思考に点る、暗い火。

 

 レイヴンは『キヴォトス外の人間』が指し示す意味を、正しく認識しているとは思っていない。ただ自身と異なり、銃弾一発が致命傷に成りかねない脆い存在である、という事は理解をしているつもりではあった。

 つまり──彼はたった一発の砲撃ですら、ルビコンで何度も見かけた、赤い染み(・・・・)と成り得るのだろうと。

 

 なら、あの首輪付き(アコ)は。

 それを知っていて尚、あんな物を持って来たのかと。

 こんな大人数で、やって来たのかと。

 

 わたしは──また、()を失うのかと。

 

 そんなことを、許せるはずが、無い。

 

 火に炙られ、混濁した思考が熱を帯びた瞬間──脳裏に声が響く。

 実体を持たずとも、確かな温かさを持っていた彼女の声とは、まるで違う。

 己の内。深く、深く、奥底から這い上がって来た無機質な声が、告げるのだ。

 

 脅威は排除しろ(・・・・・・・)、と。

 

 感覚がルビコンで戦っていた時に近づいたのを、無意識に理解する。

 只々、相対した敵を屠っていた、あの頃に──

 

『レイヴン、無理はしないでいいからね』

 

 ふと聞えた先生(・・)の声に、レイヴンは瞬きをひとつ。

 感情の抜け落ちていた赤の瞳が、光を取り戻す。

 

「……うん」

 

 言葉を返して瞳を閉じ、意識を内へと向ける。

 声は──聴こえなかった。

 

 幻聴。

 彼に言えば調整してくれただろうかと、薄く笑う。

 どうせなら、彼女の声が聴きたかった。そう思うのは悪い事だろうかと、空を見る。

 広がる蒼穹に──残念ながら、彼女の色はなかった。

 

 レイヴンは逸れた思考を払うように頭を振った後、3時の方向を確認し、迫る兵力を見据えた。

 幾つもの屋上を駆け抜けて、市街地を最短距離で移動。部隊先頭付近のビルに辿り着き、落下の勢いを壁面で殺して風紀委員たちの前へと降り立つ。

 

「うわっ! な、なんだこいつ」

「上から降ってこなかったか?」

「その服装……連邦生徒会?」

 

 文字通り降って湧いた白いのに面食らっている相手に対し、レイヴンは問答無用で銃を構える。標的を見定める瞳、その奥に奔る思考。

 彼女はキヴォトスでの戦いについて、ここ最近でひとつ気付いた事があった。

 

 スズミと共闘してた時は音と光(閃光弾)で印象が霞んでいたが、対策委員会のみんなと共に戦った時は、とても理解がし易かった。

 キヴォトスにおいて射撃とは、ただ銃の引き金を絞るだけではなく。

 強く、意思(・・)を込めて行うものなのだと。

 

「ぐへっ……」

「ぎっ!」

 

 銃口が弾丸を吐き出し、撃ち込まれた風紀委員たちが大きく仰け反り地に倒れ伏す。

 当人たちが聞けば「何それ知らない」とでも言いそうな知見を得たレイヴンの銃撃は重く、単発式の射撃が次々と風紀委員を落としていく。

 

「なっ、こいつ!」

「撃てッ!!」

「強いぞ、注意しろ!」

 

 反撃を避け、尚も弾を撃ち続ける。

 

「……なるほど」

 

 アサルトライフル(RF-024TURNER)に装填された18発の弾をすべて撃ち切り、地面に転がる生徒を増やしたレイヴンが、リロードをしながら小さく呟きを零す。

 

 先生に返した通り、無理をする気はない。

 しかしこれなら、攪乱で済ます気もない。

 

 今からやるのは、無理なく行える──簡単な仕事だ。

 

 

***

 

 

 主戦場から遠ざかりつつも戦いを続け、シロコとイオリはお互いに主導権を譲らぬまま、銃弾の応酬を繰り広げていた。

 

「そんな踵のブーツで、よく動くッ!」

「ふんッ……鍛えてるから、これくらい当然、だッッ!」

「っと──どう考えても、運動靴の方、が、良いッ!」

「痛っ! この、くらえ!」

「くっ!!」

 

 撃って、撃たれる。

 短い時間ながら濃密な戦闘を行う中で、シロコはイオリを観察し続けていた。

 

 射撃の精度が高く、遮蔽が無いと被弾は避けられない。

 弾倉の都合かリロードの癖かは定かではないが、5発以上続く銃撃はない。

 こちらもかなり撃ち込んでるはずだが、依然として堪えた様子も見えない。

 

 厄介な相手。少なくとも、ヘルメット団と比べたら桁が違う。

 温存は無理だなと判断し、シロコは手札の一枚を切る。

 

「ユニット起動」

 

 愛用のドローンに付けた『付加装置』から複数の小型ミサイルが放たれ、イオリを襲う。

 

「──んなっ!」

 

 爆発が巻き起こした黒煙に埋もれたイオリを横目に、シロコは一度、近くの店先に置かれた厚みのある看板へと身体を隠す。

 弾倉の交換しながら相手の様子を伺い──瞬間、肌が粟立つ。

 

「風紀委員会のスナイパーを、舐めるな!」

 

 裂帛の声が届くより先に遮蔽から飛び出し、僅かな差で撃ち抜かれた看板が微かに揺れる。

 貫通性の高い銃弾が命中点を穿ち、周辺にほとんど衝撃を与えずに突き抜けたのだ。

 

「逃げても無駄だ!」

「──ッ、ぐぅ!」

 

 放たれた二発目を右腕で反らし、流し切れなかった衝撃を全身で殺しつつ、付近にあった車両の影へと滑り込む。

 三発目の銃弾が二枚のドアを容易く貫通し、横髪を掠めて通り過ぎた。

 更なる追撃を警戒し、姿勢を低く保つ。だが、続く攻撃は無い──少なくとも、今のところは。

 猶予を稼ぐため、手榴弾を車両の向こうへ投げ込む。

 響く爆発音に息を整えながら、微かに痺れる右腕を軽く振る。

 

 良い威力だった。相手を称えるような感想を抱いたシロコの瞳が、撃ち抜かれたドアの弾痕をじっと見つめる。

 銃撃戦が頻発するキヴォトスでは、それに見合う外装(装甲)を持つ車体が主流だ。ならば外れを引いたのかと考え、ノックをするように軽く叩く。返ってきた感触は、硬質な厚みを感じさせる物。

 であれば、三発とも同等の威力を秘めていたのだろうと判断する。

 

 先ほど初めて見せた事を考えると、そう連発出来るものでもないのかもしれない。

 しかし、注意を払うべき攻撃だった。

 先生が警戒していただけあって、確かに強い。

 

 でも──

 

「勝てない程じゃない」

 

 もっと、強い相手を知っている。

 

 闘争心が滲んだ笑みを湛え、シロコはイオリと対峙し続けていた。

 

 

***

 

 

「なるほど……」

 

 ゲヘナ風紀委員会の指令室にて、戦況の推移を観察していたアコが呟きを漏らす。

 

『第一中隊、壊滅です!! 現在退却しています!』

『第三中隊、全滅寸前です! 第一中隊の残兵力と合流後、再編に入ります!』

 

 室内へと劣勢を示す報告が響く。アコは眉間へと皺が寄った事を自覚し、意識して表情を平坦な物へと戻すのに合わせ、この先を考える。

 相手も消耗しているが脱落者は無く、イオリは砂狼シロコに抑えられたまま。残る第二中隊のみで戦線を維持する事は難しいだろう。となると、先の二部隊が戦闘中に復帰出来るかは怪しいところだった。

 芳しくない状況に喉が渇きを訴え、潤す為にペットボトルの水を飲む。

 二桁に満たない相手に対して三個中隊を投入し、押し潰せなかったという事実。当事者でなければ何の冗談だと思う話だ。

 

「……だいたい把握できました。シャーレの力、必要となるであろう兵力……予想を遥かに上回っています……素晴らしいです。決して甘く見ていたわけではないのですが、もっと慎重に進めるべきだったかもしれません」

 

 平静を保つ為の言葉が口を衝いて出る。

 称賛の言葉に嘘は無い。しかし、苦い物が混じったのは否定出来なかった。

 

 チナツの報告書にあった、シャーレ(先生)の指揮能力。

 矯正局から脱獄した七囚人のひとり『災厄の狐』。悪名高き彼女が率いる不良集団を、その場に居合わせた4人だけで制圧した手腕。

 正義実現委員会のナンバー2が居たとはいえ、チナツの他はセミナーの会計担当(ユウカ)とトリニティの一般生徒(スズミ)巡行戦車(クルセイダー)すら持ち出された戦闘を、荒事に適したとは思えない人員で成し遂げたのだと。チナツが提出した報告書でなければ、疑わしいと言わざるを得ない情報だった。

 

 ただそれでも、この戦力であれば目的は達成出来ると判断しての行動だった。

 しかし、その目論見は崩壊寸前。原因となったのは、戦地に居ながら盤面を把握するシャーレの指揮能力。統率された便利屋とアビドスの奮戦もこちらの予測を上回った。

 それに加えて──

 

「──想定外(・・・)がひとり」

 

 連邦生徒会の制服に身を包んだ少女(レイヴン)。シャーレの情報を集めるついでに探ったが、僅かな情報しか出てこなかった正体不明の生徒(UNKNOWN)

 その存在を不審に思った。だが、何をしているのかと調べてみれば、猫探しに街の掃除、宅配便の配達等々。連邦生徒会の隠し玉かと警戒した自分が、滑稽に思えるような物ばかり。

 D.U.で不良の鎮圧等を行っていたとの情報もあったが、それとて他のシャーレ所属生徒との共同での話。単独では脅威に成らないだろうと推定していたのだが──このような特記すべき戦力であったとは、想像だにしていなかった。

 

 中隊をひとつ、容易く蹴散らす戦闘力。そのような生徒を子供のお使いのような依頼に使っているだなんて、誰が想定出来ると言うのか。

 依頼自体は確かに行われていた。それは接触があったゲヘナの生徒──猫探しの依頼をしたらしい──からヒアリングして確認済みだ。

 つまり、欺瞞工作の一環だったのだろう。抜け目無く、情報戦にも長けている。

 そう結論付けて歯噛みしながら、シャーレ──いや、先生への評価を更に一段上げる。

 

 千載一遇の好機だと思っての行動だった。

 しかし、先ほど自身が漏らした言葉通り、それは誤った判断だったのだろう。

 元より、これは周到な計画の上で実行された作戦ではない。先生が連邦生徒会のお膝元であるD.U.から離れ、アビドスに居る事。そこに丁度、部隊を動かす理由として都合の良い口実(便利屋)が居た事。多少強引にでも遠征が可能な状況だった事。

 偶然の重なりが生んだ、絶好の機会に見えたのだ。

 

 だが、作戦の失敗は目前。

 それでも、これだけの兵力を動員して『何の成果も得られませんでした』では、言い訳すら出来ない。

 

 後戻りは出来ないと判断したアコは、苦渋を飲み込み、更なる行動へと踏み切る。

 

『第八中隊。後方待機をやめて、突入してください』

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