火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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評価や感想、お気に入り登録や、ここすきに誤字報告等々、ありがとうございます。
非常に励みになってます。

多少は区切りの良い部分で年越し出来そうで、少しほっとしてます。
遅々とした投稿で恐縮ですが、来年もまたお読み頂けると嬉しいです。

では少し早いですが、良いお年を。


キヴォトスの強者

『風紀委員会の増援を確認!』

「え、まだいるの!? どんな大人数で来てんのよあいつら!!」

 

 追加の兵力を察知したアヤネが鋭い声で警戒を促し、セリカが憤りに吠えた。

 離れた位置でインカム越しにその声を聞いていた先生は、言い方については兎も角、内容には同意する。

 そして思うのだ。そんな大人数で来るくらいなら、呼んで貰えればいくらでも行くのに、と。

 まあアコの口ぶりからして監禁でもされそうな為、そうなったら困るのだが。

 

「この状況でさらに投入……?」

 

 共闘に際し便利屋のインカムも周波数を合わせており、同じ報告を聞いていたカヨコが訝し気に呟く。

 

「大したことないわよ。まだまだ戦えるんだから!」

「それはそうだとしても……今更?」

 

 余力が見えるアルに同意しつつも、カヨコの疑念は晴れない。それは先生にも同じことであった。

 

 戦力の逐次投入。それ自体は悪い選択ではない。だが、温存していたのなら、もっと早い段階で使うべきだったと思わざるを得ない。

 みんなの活躍もあり、開戦からこちらが主導権を握り続けていた。それにも関わらず、圧倒的な数の差を過信し、状況を正確に捉え切れなかった──そう思うのは楽観的すぎるだろうか。

 ならば、増援は先ほど到着したのだと仮定する。

 その場合、これまでの戦いが目的としていた事は。

 

「足止め、とか?」

 

 先生の呟きにカヨコが頷く。

 

「これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えている。ということはこの襲撃、アコの独断じゃなくて、つまり……」

「……風紀委員長が?」

 

 言い淀んだカヨコの言葉を、恐々とした声色でムツキが引き取り、その単語を耳にしたアルが目に見えて狼狽しだす。

 

「えっ、ヒナが来るの!? 無理無理無理!? 逃げるわよ、早く!!!」

「いや、可能性があるだけで……落ち着いて、社長……」

「え、何? そんなヤバい奴が来るの?」

「そーだよー。風紀委員会の戦力は、委員長で半分、他で半分だから」

「はぁ!? な、何よそれ……」

 

 ムツキの返答にセリカが驚愕の声を上げる。

 流石に全兵力で来てるとは思えないが、今相手にしている風紀委員たちでさえ相当数居る。にも拘らず、それに匹敵する個人が居るというのだ。

 

「このっ!」

「っ!!」

 

 そこへ丁度、未だに一騎打ちを続けていた二人が姿を現す。

 

「──シロコ、みんなと合流を!」

「……ん!」

 

 お互いに遮蔽を使ってリロードを行っている様子を見た先生が、指示を出す。

 イオリも同様の指示を受けたのだろう、残る風紀委員会のメンバーの元へと下がる姿が見えた。

 

 シロコの姿は、遠目には大した怪我もないように見えた。足取りの確かな彼女を見て小さく安堵し、さて残るはと先生が考えた矢先、近くで足音が聞こえ、最後のひとりが彼に声をかけた。

 

「先生、ただいま」

「おかえり。レイヴンは一旦、ここで待機しようか」

 

 レイヴンは静かに頷き、カヨコと共に周囲へと警戒の視線を走らせる。3時方向だけでなく、6時方向まで攪乱(蹴散ら)し終えた彼女を迎え、消耗はあれど陣容は万全。

 先生は次の手を打つ前に、相手の出方を伺う事にした。

 

 

***

 

 

 シロコが合流した対策委員会及び便利屋の一同、そしてイオリが合流した風紀委員会。

 一時的に静まり返った戦況の中、両者は自然と睨み合いの形を取っていた。互いに撤退する気配はなく、待つのは次なる行動への切っ掛け。

 そこに、開戦前とは明らかに異なる表情を浮かべたアコが、静かに口を開く。

 

『では風紀委員会、再度の攻撃を──』

『アコ』

『……え?』

 

 再開を促そうとしたその瞬間、不意に名を呼ぶ声が響き、アコの言葉を遮った。

 彼女は一瞬呆けたように反応し、次いで、聞き間違うはずがないその声に目を見開く。

 

『ひ、ひ、ヒナ委員長!?』

「委員長?」

「あ、あの通話相手が……? 委員長ってことは、風紀委員会のトップ……?」

 

 アコが漏らした動揺の声を、シロコとセリカが拾う。

 設備が自動対応にでも設定されていたのだろう。通信の中継を担う事もある司令室の機能が、意図せずその役割を忠実に果たし、アコの持つ携帯端末と連動を行っていた。

 通信相手として姿を映し出されていたのは、ゲヘナ風紀委員長──空崎ヒナ。

 毛量の多い白の長髪と、そこに埋もれるような紫色の硬質な角。そして、紫の被膜を纏った翼を背に持つ少女だ。

 

「か、カヨコ! 一旦隠れましょう!」

「──そうだね。ムツキ、ハルカをお願い」

『おっけー、じゃあハルカちゃんこっちこっちー』

『は、はい!』

 

 ヒナの声が聞こえた。ただそれだけで便利屋が方針を固め、再び身を潜めようと動きだす。静かに場を離れる際、カヨコと先生は視線を交わして頷き合う。

 アビドス遠征の真意はどうあれ、元々の口実となっていたのだ。戦闘が沈静化している今、姿を晒している利点もない。

 

『い、い、委員長がどうしてこんな時間に……?』

『アコ、今どこ?』

『わ、私ですか? 私は……そ、その……えっと……げ、ゲヘナ近郊の市内の辺りです! 風紀委員のメンバーとパトロールを……』

 

 焦りのせいか、通信の漏洩に気が付く様子はなく、

 

「思いっきり嘘じゃん!」

「やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね……」

 

 その場に流れる会話にセリカが非難の声を上げ、推察の裏付けが取れたノノミは、小さな安堵を込めて呟いた。

 

『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に……出張中だったのでは?』

『さっき帰ってきた』

『そ、そうでしたか……! その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして……後ほどまたご連絡いたします! い、今はちょっと立て込んでいまして……!』

『立て込んでる……? パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』

『え? そ、その……それは……』

 

 咄嗟に出た言い訳の詳細を問われて言い淀み、その続きが紡がれるより早く、追撃が飛ぶ。

 

「『他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないようなことが?」』

 

 静けさに包まれた市街地に、重なり合うようにして響く声。

 アコと共通するスピーカーと、もうひとつ。その声の出どころに、場が騒然となる。

 

「……アコ。この状況、きちんと説明してもらう」

 

 睨み合う両陣営が居る場所と、先生が居る場所。その間へと、空崎ヒナが肩掛けのコートを靡かせながら足を運ぶ。特筆すべきは彼女が持つ銃だろう。小柄な彼女が、自身の背丈に匹敵する長銃を軽々と持ち運んでいた。

 

 レイヴンはその姿を目にした瞬間、反射的に左腕のパルスブレードへと手を添えた。

 銃だけでは心許ない、と。そう感じたからだ。

 愛機の無い、生身の今。かつて、彼女の同胞が集う湖で遭遇した機体(アイビスシリーズ)と同じ──いや、それ以上の脅威をヒナに覚えていた。

 

『先生、ヒナ相手じゃ正面からは無理。でも……せめて、奇襲で時間を稼ぐから──』

「いや……たぶんだけど、大丈夫じゃないかな」

『……そう。なら、私たちはこのまま離れるから』

「うん、ありがとうね」

 

 インカムから響く実感のこもったカヨコの断言に、先生は戦力の度合いを測りつつも、協力を辞退する。

 アコと対立するようなヒナの姿勢に、悪い方へは転がらないだろうと判断したのだ。

 それに加え──彼にとって、自身の身柄は敗北条件ではない。場合によっては、交渉材料にするつもりだった。

 

『そ、その……これは、素行の悪い生徒たちを捕まえようと……』

「便利屋68のこと? どこにいるの? 今はシャーレとアビドスと、対峙してるように見えるけど」

『え、便利屋ならそこに──……い、いつの間に逃げたのですか!? さ、さっきまでそこにいたはず……!』

 

 消え失せた口実(便利屋)に狼狽するアコを、ヒナが鋭い眼光で射抜く。

 

『え、えっと……委員長、全て説明いたします』

「……いや、もういい。だいたい把握した。察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的な活動の一環ってところね」

 

 ヒナが、この場に居たシャーレ(先生)の姿を見た時から立てていた推測。

 それにアコは、沈黙をもって肯定を返した。

 

「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会長。そういうのは『万魔殿』(パンデモニウム・ソサエティー)のタヌキたちにでも任せておけばいい」

 

 諭すように言った後、視線を更に厳しいものにして口を開く。

 

「詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ」

『……はい』

 

 言い訳の素振りを見せることなく、アコのホログラムは消えた。

 

 場を支配していた会話が終わり、辺りが静まり返る中、

 

「じゃあ、あらためてやろうか」

 

 シロコの普段と変わらぬ、落ち着いた声が響く。

 しかしその声色とは裏腹な、溢れんばかりの闘志が込められた言葉に、アヤネが驚きに目を見張る。

 

『ま、待ってください! ゲヘナの風紀委員長と言ったら、キヴォトスでも匹敵する人物を見つけるのが難しいほどの、強者の中の強者ですよ! ここは下手に動かず、一旦交渉するのが吉です! どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!』

「……ご、ごめん」

 

 目的と手段が入れ替わりつつあったシロコは、声を荒げるアヤネへと素直に謝った。

 怒りを吐き出し切ったアヤネは、乱れた心と呼吸を整えるように深呼吸をした後、入れ替わった交渉相手に向き直る。

 

『こちらアビドスの対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、初めまして。この状況については理解されていますでしょうか?』

「……もちろん。事前通達無しでの他校自治区における無断兵力運用、および他校生徒たちとの衝突……」

 

 話が通じそうだ、とアヤネがほっとしたのも束の間。

 

「──けれど、そちらが風紀委員会の公務を妨害したのも事実。違う?」

 

 返す刀に息を飲む。

 

「それはそうかも」

「それで?」

「私たちの意見は変わりませんよ?」

 

 ヒナの言葉に悪い考えを巡らせるアヤネに代わり、現地の対策委員会がやたらと喧嘩腰で返す。彼女たちの怒気を含んだ声色に、先生は思わず目元に手を当てる。

 気持ちは察するが、できれば交渉時は少しでも抑えてほしかった。

 同じ気持ちを抱いているのだろう、アヤネもまた疲れたような声色で言葉を漏らす。

 

『ちょっと待ってください……! 便利屋の人たちもいない、あっちの兵力の数は変わってない、私たちにはもう先生しか……どういうわけか味方を止めるのも大変だし……!あうぅ、こういう時にホシノ先輩がいたら……!』

「……ホシノ? アビドスのホシノって……もしかして、小鳥遊ホシノ……?」

『はい?』

 

 何故かホシノの名前に反応を示すヒナ。

 その様子にアヤネが首を傾げ──

 

「うへ~、こいつはまた何があったんだか。すごいことになってるじゃ~ん」

 

 聞こえてきた声に、対策委員会一同が湧く。

 

『ほ、ホシノ先輩!?』

「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった」

 

 戦場と化した市街地にのんびりとしたホシノの声が響き、彼女の姿を捉えたヒナは驚きに目を見開きながら凝視していた。

 

「昼寝ぇ!? こっちは色々大変だったのに! ゲヘナのやつらが……!」

「でも、もう全員撃退した」

「まだ全員ではないですが……まあ大体は」

「ゲヘナの風紀委員会かあ……便利屋を追ってここまで来たの?」

 

 口々の報告に耳を傾けながら、ホシノはヒナの元へと歩く。異なる色を持つ双眸に見つめられたヒナが、僅かに表情を揺らす。

 

「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢揃いだよ。ということで、あらためてやり合ってみる? 風紀委員長ちゃん?」

 

 気負いの無い表情で、自負を感じさせる台詞を無造作に放つホシノを、レイヴンがじっと見つめていた。

 その視線の先で、目を細めたヒナが口を開く。

 

「……1年生の時とはずいぶん変わった、人違いじゃないかと思うくらいに」

「……ん? 私のこと知ってるの?」

「情報部にいた頃、各自治区の要注意生徒たちをある程度把握してたから。特に小鳥遊ホシノ……あなたのことを忘れるはずがない。あの事件(・・・・)の後、アビドスを去ったと思ってたけど」

 

 『あの事件』という言葉が発せられた途端、ホシノの瞳が鋭く細められ、冷たい光を帯びる。

 

「……そうか、そういうことか……だからシャーレが……」

 

 一方、ヒナは小さく呟いて目閉じ、何かを考えるように静かに沈黙し──

 

「まあいい、私も戦うためにここに来たわけじゃないから……」

 

 再びの呟きと共に開いた目を、風紀委員会へと向けた。

 

「イオリ、チナツ──撤収準備、帰るよ」

「えっ!?」

『帰るんですか!?』

 

 どよめくイオリと風紀委員たち、そして声を張り上げるアヤネを余所に、ヒナは姿勢を正して、ホシノへと頭を下げる。

 

「えっ?」

「事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する。今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することは無いと約束する。どうか許してほしい」

「ま、待って委員長! あの校則違反者たち……便利屋はどうするんだ!?」

 

 ヒナの謝罪に対策委員会一同が驚く中、イオリが大声で食い下がる。

 その声に反応したヒナの視線が彼女に向かい──

 

「あ、う……」

 

 紫色の瞳に込められた圧に、イオリは言葉を失った。

 

「ほら、帰るよ」

 

 沈黙したイオリに、ヒナは一呼吸置いて表情を和らげ、静かに声をかける。その後、先生の元へと、ひとり歩みを進める。

 レイヴンは向かってくるヒナの姿を捉え、思わず先生の前に立とうとするが──

 

「……先生?」

「大丈夫だよ」

 

 逆に、彼の背に隠されてしまう。

 ヒナはその様子に目を丸くするも、足取りは止まらない。小声でも届く距離まで近づいた彼女は、先生と目を合わせる。

 

「……シャーレの先生。あなたに伝えておきたいことがある。これは直接言っておいた方がいいと思って」

「何の話?」

「……カイザーコーポレーションのこと、知ってる?」

「……よく知ってる。ざっくりだけどね」

「……そう」

 

 未だ手元にある書類。そこに記された内容で発覚した事実は、先生の記憶に新しい出来事だ。

 

「これはまだ万魔殿も、ティーパーティーも知らない情報だけど……あなたには知らせておいた方が良いかもしれない。アビドスの捨てられた砂漠……あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでる」

「アビドスの砂漠で、カイザーコーポレーションが……?」

「そう。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど……一応、ね」

 

 義理はない。でもそれ以上に、教える相手が居ると、ヒナは思っていなかった。

 

 アビドスは砂嵐により、生徒の数が減少し続けていた。更にはあんな事件が起きたこともあって、もうすぐ無くなるものだろうと。

 でも、小鳥遊ホシノが残っていて、そこにシャーレが来たのであれば。

 まだ、学校を諦めていないのだろう。

 

「じゃあまた、先生」

「うん、またね」

 

 ヒナは思考を切り上げ、別れの言葉を口にしてから、挨拶を返す先生に背を向けて歩き出す。

 そして、少し進んだところで、肩越しに振り返る。

 

 目が合い、首を傾げる先生を一瞥し、次に彼の背から見つめる赤の瞳と視線を交わす。

 何も言うことなく視線を切り、再び前を向いて歩きながら、思う。

 

 生徒の後ろではなく、前に立って、()と向き合う大人もいるのね──と。

 

 

***

 

 

『風紀委員会の全兵力……すごい速さでアビドスの郊外へと消えていきました……あれほど大規模な兵力を、一糸乱れずに……風紀委員長、すごい方ですね』

「もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに」

「シロコ先輩、どこかの戦闘民族みたいだね……まあ私だって、もちろん喧嘩を売られたら逃げるようなことはしないけど」

「うへ~、結局おじさんは状況が全然分かってないんだけど、何があったの?」

「説明したいところなのですが、私たちもまだ分かってないことが多く……風紀委員長は、なぜここまで来たのでしょうか?」

 

 風紀委員会が撤退して、静寂の訪れた市街地にて。先生たちの元に集合した対策委員会一同が、賑やかに会話を交わしていた。

 

『そうです、分からないのは私たちも同じなんですよ! そもそもホシノ先輩はこんなタイミングまでいったいどこで……!』

「ごめんごめん」

 

 アヤネの指摘に対し、ホシノは軽い口調ながら謝罪の言葉を述べる。口ぶりとは異なる、申し訳なさそうな顔が彼女の心情を表していた。

 眉尻を下げたのまま、みんなの顔を見回していたホシノの視線が、ふと、じっと見つめるレイヴンの瞳と交わる。

 

「えっと……レイヴンちゃん、どしたの?」

「……ううん、なんでもない」

 

 返答と共に首が振られ、ホシノは軽く頬を掻く。

 咎めるような色はなかった。しかし、どこか強い眼差しに頭を悩ませるホシノ。そんな彼女を余所に、疲労を感じさせるアヤネの声がドローンから届く。

 

『はあ……なんだか、さらに大ごとになってきている気がします。慌ただしいことばっかりで……分かっていないことだらけです』

「アヤネちゃん……」

「そうですね、今日も色んなことがありましたし……無理せず、私たちも休憩した方が良いかもしれません」

『はい。では今日は一旦解散して、また明日学校で状況の整理をしましょう』

「……うん、そうだね~、アヤネちゃんの言う通りだよ。今日はもう解散、明日また教室で」

「そうしましょうか」

「早くシャワーが浴びたい……」

 

 ホシノの号令にノノミが頷き、セリカは服の汚れを払いながらぼやく。

 一同が帰路に就く中、シロコはそっと先生に歩み寄り、静かに声をかける。

 

「……先生。風紀委員長が最後、先生に何か話しかけてたけど……何の話?」

「ああ、うん。そうだね……」

 

 問われた先生は一瞬考え込む。

 少なくない疲労が残るであろう彼女たちに伝えるべきか迷った末に、今では無いかと判断した。とはいえ、彼女たちに関する話でもある。早めに話しておくべきだろうとも思う。

 それに、と戦場となった市街地を軽く見回し、その爪痕に眉を顰める。銃撃戦が日常のキヴォトスといえど、ここまで大規模なものは稀だ。余り間を開けず、彼女たちと接しておきたかった。

 だから──

 

「明日にでも、みんなの前で話すね」

「……うん、分かった。じゃあ帰ろ──って、そっか……先生たちは、もしかしてこのまま?」

「その予定だね」

「なら……また明日」

 

 シロコの挨拶に先生はレイヴンと共に手を振り、対策委員会のみんなに別れを告げる。

 微笑みの中で、徹夜の覚悟を決めながら。

 

 

***

 

 

 夜半過ぎ、日付が変わるには少し間がある頃。オフィス街に立ち並ぶビルの明かりも、いくつかが消え始めてるその中で、シャーレオフィスにある部室──先生の執務室と呼べる部屋にて、彼はひとり、机に向かっていた。

 当然の事ながら、郵送物がアビドスまで届くことはない。そのため、メールで済ますことのできない書類が溜まっており、彼はそれらを懸命に処理しているのだ。

 

 とはいえ、然程の量ではない。ちゃんと目を通しても今日中──この場合は日が昇る前を指す──までには終わるだろう、と彼は見込んでいた。

 

《先生もお疲れでしょうし、やっぱり休んだ方が……》

《いや……アロナ、私は大丈夫だよ》

《……はい》

 

 傍らの少女が労わるように進言するも、先生は首を横に振り、穏やかに断った。

 固い声色の返答に、納得のいってなさそうな様子。そんな彼女の気を逸らすべく、先生は何気ない調子で、ちょうど気になっていた話題を振る。

 

《そういえば、顧問登録の状況ってどんな感じかわかる?》

《あ、はい。えーっと……うーん? 変ですね……まだ、書類の受理もされていないようです》

《えっ、そうなの?》

《どうしたんでしょう? 手違いで書類の紛失でもあったんでしょうか》

《うーん……》

 

 あり得ない話ではない。しかし、先生はどうにも嫌な予感が拭えず、胸の奥に微かな違和感が広がった。

 口元に手を当て、目を細めて考える。

 果たして本当に手違いなのだろうか、と。

 

 そこに突如、携帯端末のコール音が鳴り響く。

 意識を切り替え、すぐさま手に取る。誰からだろうとディスプレイを見て、映し出された名に少し目を丸くした。

 

「やあ、リンちゃん。こんばんは」

『──だから、リンちゃんと呼ぶのは……こんばんは、先生』

 

 軽い先生の声に、ため息交じりに夜の挨拶が返される。

 

『遅い時間にすみません』

「いや、大丈夫だよ。生徒からの電話なら、いつでも大歓迎だから」

『……そうですか』

 

 普段より幾分か柔らかい声色が響き、続いて、

 

『頂いたメールの件についてです。ブラックマーケットに関する重要書類を手に入れた、との事でしたが……』

 

 固い声で、本題が切り出された。

 先生は彼女らしいな、と思いつつ、アロナに目配せをし、通話の傍受が無いことを念のため確認する。

 シャーレへ移動している最中に送ったメールには、仔細は載せず、できれば連絡が欲しいとだけ書いていた。それを見て電話をしてくれたのだろう。明日以降でも構わない、と一言添えるべきだったかと少し反省する。

 そんな思いはさておき、ブラックマーケットとカイザーコーポレーションの繋がりを示す書類。それをシャーレに置いておく為、人を寄越して欲しいと頼む。

 だが──

 

『……今の(・・)連邦生徒会では、手が出せません』

 

 その返答は、先ほどより一層硬い声音で告げられた。

 拡大を続けるブラックマーケットと、キヴォトスでも有数の大企業。どちらも、混乱の収まり切らぬ連邦生徒会には、到底手に負える話ではなかったのだ。

 

『それに……その程度であれば、いくらでも言い訳は出来ます』

「うん。でも、手札として持っておく分には問題ないと思うんだ」

『……そういった事であれば、確かに……仰る通りですね』

 

 少し固さの取れた返答に、先生は胸を撫で下ろす。

 

『私の要件は以上です。では、これにて──』

「あ、待って」

『……どうされました?』

「アビドスの顧問登録を申請してたんだけど、どうも上手くいってないみたいでね。それで、リンに助けてもらえないかなって」

 

 ついでとして切り出す話ではないかもしれない。

 だが、先程の懸念もある。先生としては、この場でリンを頼れるなら、これほど心強いことはなかった。

 

『横紙破りだという認識は御有りでしょうか』

「うん。でも、そこをなんとかお願いしたくって」

 

 順当な手続きを踏むべきものだ。指摘するリンの声は、当然のように冷めていた。しかし、先生の想いは変わらない。柔らかさを保ちつつ、なおも丁寧に頼み込む。

 そして、次に訪れたのは沈黙だった。

 だが、先生は焦らない。横紙破りだと言うならば、断れば済む話だ。であれば、この沈黙は答えも同然。

 先生は彼女を信じていた。

 

『……はあ。わかりました』

「ありがとう、リンちゃん!」

 

 やがて聞こえてきた声に、先生は心からの感謝を込めて、明るい声で礼を述べた。

 

『それにしても……アビドスの顧問、ですか』

「リンは、反対?」

『いえ……』

 

 望まぬ形とはいえ、現在のキヴォトスの頂点に立つリン。その視座からは、アビドスの話は些事に見えるのかもしれない。

 途切れた会話に、どのような言葉が呑み込まれているのだろう、と先生が思案していると、

 

『すべては先生の自由、と。最初にそう、お伝えしたはずです』

「……うん、そうだったね。なら、これからも好きにやらせて貰うよ」

 

 前に聞いた時よりも、温かさが滲むリンの声が響く。

 先生はその変化に少し微笑みながら、ひとつ、大事なことを付け足す。

 

「私の責任が及ぶ範囲で、ね」

 

 静かな声には、決して揺るがぬ意志が込められていた。

 短い言葉に確かな信念を感じ取ったリンが、労わるように声をかける。

 

『余り、ご無理をなさらぬよう』

「リンちゃんもね」

『……ええ、そうですね』

 

 お互い、こんな時間に仕事の話をしているのだ。

 これを健全な状態と呼ぶのは、さすがに無理があった。

 

 その後、いくつかの言葉を交わして通話を終えると、先生は大きく深呼吸をし、気持ちを整えるように腹へと力を込めた。

 

 時間は限られている。

 生徒たちの為に、いま出来る事を。

 ひとつひとつ、積み重ねていこう。

 

 

***

 

 

 同刻。レイヴンはシャーレ居住区の自室にて、シャワー後の火照った身体を無造作に子供用の寝巻へ包み込んでいた。着替えを終えると、ためらうことなくその身をベッドに投げ出す。タオルで適当に拭っただけの髪はまだ水滴を弾いていたが、それを彼女が気に留める様子はなかった。

 仰向けに寝転んだレイヴンの視線が、高い天井に向けられる。瞳に規則的に描かれた模様が映るが、彼女の意識がそこに留まる事は無く。

 彼女は、昼間の出来事を思い返していた──

 

 ゲヘナの風紀委員長。

 勝てないかもしれない。そう、思わされる相手だった。

 ルビコンでACに乗っていた時に、そう感じる相手も、状況も存在しなかった。全てが楽な戦いだった訳じゃない。でも、自分が負けると考えた事は、一度もなかった。

 それはキヴォトスに来て、生身で戦うようになってからも変わらなかった──今日までは。

 

 そして──風紀委員長に相対したホシノにも、同じ感覚を抱いた。

 元々、少しだけ、そんな予感はあった。

 共闘する度に、戦いの中で余裕の態度を崩さないホシノを見て、強くなっていった予感は、正しかったのだ。

 

 自分の事を強いと思っていた。別に、強さにこだわりがあったわけではない。ただ、強くある事は、仕事を達成するのに必要な事だった。

 でもそれは、驕りと呼ばれる物だったのかもしれないと、気付かされた。

 

 自分より強いかもしれない。そんな相手でも、これを使えば勝算は増すかなと思い、ベッドに転がしてあったパルスブレードを手に取る。

 かつて幾多の戦場を切り開き、敵を屠り、勝利へと導いてくれた相棒を腕へと嵌め、起動。形成された光刃を、掌を上にした右手に振り下ろす。

 痛みは──然程無かった。

 

 自身の意思(・・)により、加減が出来る(・・・・・・)。それを、じっと眺める。

 そのような機能、かつては存在しなかった。出力の調整は通常時と増幅(チャージ)時の二種類のみ。定められたよりも弱めたり、強めるなど出来なかったはずだ。

 しかし、今はそれが可能であった。

 

 ──私の見立てでは、これは一種のオーパーツだろうと推測しているよ

 

 ウタハが言っていた言葉を思い出す。オーパーツが何であるかは定かではないが、それになった事による変化なのかなと考える。とはいえ、元々の大きさを考えれば些細な変化、と言えるかもしれない。

 これなら生徒相手でも使って平気だろうかと考えて──やっぱり、極力控えようと結論を出す。不慮の事故でも起こして、先生(恩人)を悲しませるのは避けたかった。

 

 パルスブレードを腕から外し、横にそっと転がして。

 そして再び、アビドスの市街地を思い返す。

 

 結局、戦闘が再開されることはなく。

 立ち去るヒナの背を眺めていた時、ふと彼女を呼び止めたくなった。

 呼び止めて、どうしたかったのか。

 何故、そんな気持ちになったのか。

 

 由来を知るべく、彼女を見た時に感じたものを、もう一度呼び起こす。

 強敵──その、久しく無かった感覚を。

 

 ──もったいない、強い人と戦えるチャンスだったのに

 

 シロコの言葉が蘇る。

 

 ああ、そうか。

 つまりこれは──

 

「──戦って、みたかったな」

 

 独りの室内で、懐かしい胸の熱と共に溢れた囁き。

 焦がれた声は誰に聞かれる事もなく、静寂に霧散した。

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