火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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アビドス砂漠

『ここまでは列車で来ることが出来ましたが、ここからの移動手段は徒歩しかありません。少し進めばアビドス砂漠……このアビドスにおける砂漠化が進む前から、元々砂漠だった場所です』

 

 アビドス中央線の終着駅、アビドス外郭。もう滅多に人が降りる事のない寂れたそこに、アヤネと先生を除く一同が足を運んでいた。

 

『普段から壊れたドローンや警備ロボット、オートマタなどが徘徊してるので、危険な場所なのですが……今は強行突破するしかありません。皆さん、今一度火器の動作チェックをお願いします。アビドス砂漠で、カイザーコーポレーションが一体何を企んでいるのか……実際に行って、確かめることにしましょう』

 

 大規模な砂嵐にでも晒されたのだろう。横転した列車の車両が砂に埋もれており、建物は残っているが、その多くもまた、砂で入り口を封鎖されている。そんな荒涼とした景色が目の前に広がる中、一同は駅の軒先にて、アヤネの言葉に従い銃器の点検を行っていた。

 

「……けどさ、アヤネちゃん」

 

 日頃から丁寧に整備を行っているアサルトライフル(シンシアリティ)。そのスライドを引いて放し、内部がスムーズに動くことを確かめて満足気にしていたセリカが、不意に沸き上がった疑問をぽつりと零す。

 

「よく考えると、その情報をくれたのってゲヘナの風紀委員長でしょ。それってなんかおかしくない? いくら風紀委員長とはいえ、どうして他の学園の生徒が、うちの自治区のことをそこまで知ってるわけ?」

『うーん、あくまで推測に過ぎないけど……ゲヘナの風紀委員会はかなり情報収集能力に秀でてるって聞いたことが……だから、アビドスみたいな小規模な学校では考えられないような情報網を持ってる、とか……?』

「ま、そういうこともあるのかもね~」

『委員長という立場でしたら、風紀委員会が把握している情報は全部集約されているでしょうし……それにあの時、あちらの行政官がたしか……』

 

 ──他の学園自治区の付近とはいえ、まだ違法行為とは言いきれないでしょうし

 

 アヤネは先日の口論で妙な引っかかりを覚えた言葉を思い出す。先程知り得た情報と照らし合わせてみれば、その理由が理解出来た。

 

『行政官は、「他の学園自治区の付近」……と言っていました。自治区の「中」ではなく、あくまで「付近」と』

「そ、そうだっけ!?」

『それに……「まだ違法行為とは言いきれない」……あの言葉も、よく考えてみると……あの時はてっきり苦しい言い訳かと思っていましたが、もしかしたら向こうは本当に、不法侵入の意図は無かったのかもしれません』

 

 そう零した彼女の声は、幾分か気落ちしたものだった。自治区の土地がアビドスの物ではない。その事実の重さに、未だ気持ちを引っ張られているのだろう。

 

 とはいえ、

 

「でも、戦う理由はあった」

「ん。あの時の風紀委員会には、明らかに侵犯行為だと取れる言動が多々あった。あそこがアビドスの所持している自治区だったかどうかは、そんなに重要じゃない」

 

 レイヴンが強く断言し、シロコもそれに乗じた。そもそもとして、明確に先生を目的としていたのだ。対策委員会の判断次第では、レイヴンひとりで戦う展開もあったかもしれない。

 尤もその場合、先生は大人しく風紀委員会に身柄を拘束されていたことだろう。根本的な部分として、彼にとって生徒同士の戦闘は本意ではないのだ。

 

「それに、あのアコの行動は明確な敵対行為。それだけで十分。あの時の判断は間違ってない」

『……はい、そうですね。ありがとうございます。ですが……あの行政官は、私たちの知らなかった事実を知っていた。少なくともその可能性がある、そう考えるのが妥当かもしれません。そうなると、ゲヘナの風紀委員長が私たちの知らないことを知っているとしても、何もおかしくありません』

「ま、行ってみたらそれも含めて、きっと色々分かるでしょ。セリカちゃんが言ってた通り、直接この目で確かめれば早いんだしさ~」

 

 推測は置いておき、まずは情報を集めるべきだ、ということだろう。ホシノは軽く言い放って、その場に居る面々の顔を見回す。点検で問題が見つかった者はいないようで、それぞれから頷きが返った。

 

「じゃ、引き続き進むとしよっか~」

 

 

***

 

 

 一同は暫く歩き続け、建物は徐々にその数を減らす。

 

 やがて視界は砂色を増して──

 

「ここから先が、捨てられた砂漠……」

「砂だらけの市街地に行ったことはありましたが、ここから先は私も初めてです……」

 

 セリカとノノミが眼前に広がる景色を見つめ、唖然とした声を洩らす。その傍らに立つレイヴンもまた、彼女たちと同様に砂漠というものを眺めていた。

 

 かつて、同じような景色を見た覚えがあった。

 それは、レーザーの照射を搔い潜り、武装採掘艦(ストライダー)と呼ばれた物を破壊した時の事。その仕事自体は大したものではなかった。だが、ACを踏み潰せる程の巨躯は、強く印象に残っている。

 あの時、ただ一度だけ訪れた場所。当然、かつてと今では視点の高さが大きく違う。それでも、ここから見渡せる風景は、どこかよく似ていると感じていた。

 

 大地には砂が敷き詰められ、広がりは地平線へと続く。建造物も疎らにあるが、やはり砂の方が目立つ。すぐ傍には身の丈ほどに隆起した砂丘があり、遠目には砂に塗れた岩山も見える。砂嵐に長いこと晒され続けたのだろう。その形は随分と丸みを帯びていた。

 

 砂塵の舞う景色を眺めていたせいだろうか。レイヴンは見通しの悪い遠方に、かつての影を幻視した。

 

「いや~、久しぶりだねえこの景色も」

「先輩は、ここに来たことあるの?」

「うん、前に生徒会の仕事で何度かね~。もう少し進めばそこにはなんと、かつてアビドスの砂祭りが開かれていたオアシスが!」

「え、オアシス? こんなところに?」

 

 交わされる会話の中、疑問符を張り付けたセリカの声に興味を惹かれて、聞き覚えの無い単語をレイヴンが拾う。

 

「……オアシス?」

「えと、砂漠なのに水源がある場所、でしょうか」

「水が、ここに……?」

 

 ぽつりと呟かれた疑問を横に居たノノミが拾い、説明を受けたレイヴンは改めて周囲を見回す。その後に、こんなところ、と言ったセリカに心の中で同意した。

 乾燥した風が肌を撫で、砂が舞う。そこに水気は少しも感じられなかった。

 

「うん、まあ今はもう全部干上がっちゃったんだけどね~、元々はそんじょそこらの湖より広くって、船を浮べられるくらいだったとか」

 

 不意に。また少し、重なる。

 

 ──ガリアで見つかった井戸も じきに枯れそうだ

 

 あの時は、仕事で回収した戦闘ログのひとつでしかなく、価値のある情報でもなかった。

 しかしそれが今、テキストは情景になり、確かな実体を持ったような気がした。

 コーラルとオアシス。その二つの違いは大きいだろう。でも、枯渇が住人に及ぼす影響に変わりはないように思えたのだ。

 

 ──……コーラル湧出状況の裏取り程度にはなるだろう

 

 平坦な声で呟いた彼には、あの文章が、どのように見えてたのだろうか。

 あの星を、そこに住まう人々を、どのように見ていたのだろうか。

 

 問う先のない疑問が、胸に浮かぶ。

 

「ま、私も実際に見たことはないんだけど」

「砂祭り……私も聞いたことある。アビドスでは有名なお祭りで、すごい数の人が集まるって」

「そうそう、別の学校からもそのお祭り見たさに人が来るくらいだったからね。ま、砂漠化が進み始めるより何十年も前のことだけど」

「へえ、今となってはこんな光景になっちゃってるけど、ここでそんなすごいお祭りが……?」

「前までは、この辺りも結構住みやすい場所だったらしいよ~。その時はこんな砂埃もなかったし」

 

 途切れずに続いていた会話を耳にし、改めて砂漠を眺める。過去の情景を想像しようとしたが、全く思い描けない自身に、少しだけ、落胆した。

 

 思えば、戦うことだけしか知らなかったのだろう。

 

 ──あなたがルビコンの過去やコーラルについて 何かしら思いを巡らせてくれたなら

 ──……私としては 嬉しいです

 

 かつて聞いた、彼女の言葉を思い出す。

 あの時、もう少しちゃんと考えることが出来れば、違う結末を迎えられたのだろうか。

 

「ところでアヤネちゃん、まだ目的地は遠そう?」

『ゲヘナの風紀委員長が言っていたセクターまでは、もう少し時間がかかりそうです。見たところ、この辺りは特に何も無さそうですが……とりあえず、引き続き警戒しつつ前進してください』

「おっけー。んじゃみんな、そろそろ行くよ~」

 

 ホシノの号令で、一同は再び足を動かし始める。

 レイヴンは少しだけ足を止めたままだったが、

 

「レイヴンちゃん、大丈夫ですか?」

「……うん。ありがとう、ノノミ」

 

 気遣わしげな声に思考を打ち切り、彼女たちの背を追って歩き出した。

 

 

***

 

 

『敵戦力の全滅を確認しました!』

『うん。みんな、お疲れ様』

 

 二人の声に、戦闘を終えた面々は軽く息を吐いた。

 

 砂漠を進んだ一同は、とある機械群と遭遇していた。白を基調に橙の差し色が施された外装を持つ、統一感のある一群。呼びかけに応じる事も無く、アヤネからも()()()と称されたそれ等と。

 一団となって移動していた機械群への対処は、ホシノの判断により、迂回ではなく撃破が選択された。人の通りなどない砂漠のど真ん中といえど、ここはアビドス。人を発見すると襲ってくるような存在は、出来る限り処理しておきたいとのことだった。

 

「改めて思うんだけど……レイヴンちゃんってすっごく強いのね?」

「そう? みんなも強いと思うけど」

 

 弾倉を交換していたレイヴンはセリカに声をかけられ、その場の面々に視線を走らせつつ返す。レイヴンとてキヴォトスでの戦闘経験が豊富な訳ではない。しかし先日の戦いも踏まえれば、対策委員会の戦闘力は上位に属しているのだろうと感じていた。

 

「ん、ちょっと戦ってみたい」

「シロコちゃん、戦うの好きですもんね☆」

「わたしはホシノとも戦ってみたい」

「えぇ~、おじさんはいいよぉ~」

 

 好戦的に輝く赤の瞳から逃れるように、ホシノがよろよろと離れていく。数歩進んだところで、その足がこつんと、砂地に転がる残骸にぶつかる。

 

「……この辺り、何でかこういうのが良く集まるんだよね」

 

 足元の機械群を眺め、ホシノが軽く零した。

 その言葉に釣られたようにレイヴンの足が動き、残骸の中のひとつ、見覚えのある()()()()()()の前で止まる。

 戦闘前から気になっていたことがあった。

 

「先生、これって……」

『うん……恐らくだけど、()()、かな……』

 

 アヤネのドローンを通し、同じものを見ていた先生が同意した。

 

 1メートル四方の機体をした二足歩行の警備ロボット。スイーパーと呼ばれるそれ等は、同じような物が製造・運用されていない──という訳でもない。二人はまだ知らないが、キヴォトスには合同火力演習という催し物があり、その種目のひとつである防御演習にて同系統の物は使用されているのだ。

 

 ただそれでも──レイヴンと先生は、なんとなく、あの『廃墟』の工場で遭遇した物と同型だと感じたのだ。

 

「ん~? 先生、こいつらのこと何か知ってるの?」

『……前に、連邦生徒会の依頼で訪れた場所で、遭遇した事があって、ね』

「ふ~ん、そっかー」

 

 先生の口調に、詳細は語れないのだろうと察し、ホシノが追求することはなかった。

 

 装備の点検を済ませた一同が移動を始める中、レイヴンは改めて、転がる機械群に視線を送る。赤の瞳は、一機のオートマタを映していた。

 橙の光が失われ、灰色となった頭部の蛍光ラインを、じっと見つめる。街中で見かけるものや、マーケットガードたちとは異なる印象を受けた、妙に意思(・・)を感じさせなかったそれを。

 

 先生が何も言わなかったあたり、()()()はないのだろう。レイヴンはぼんやりとそう考え、暫し眺めた後、視線を切り、その場を後にした。

 

 

***

 

 

 前方に何かがある──そんなアヤネの言葉が、砂漠を進んでいた一同の耳に飛び込んだ。

 

 上空を飛ぶドローン。その送信映像を見たアヤネが、巨大な影を確認したのだ。町か、工場か、或いは駐屯地か。その種類は定かではないが、確かにそこには巨大な施設があるという。

 現地にいる一同の肉眼では見えないその影を確かめようと、彼女たちは動き出した。先ほどまで取り留めのない会話を交わしながら歩いていたが、今やその足取りは次第に速まり、駆け足へと変わっていく。

 

 やがて建造物が姿を現すと、ホシノは口元を引き結び、それを睨みつけた。

 

「…………」

「何これ……」

「この張り巡らされてる有刺鉄線、優に数キロメートル先までありそう……」

「工場……? 石油ボーリング施設、ではなさそうな……一体何なのでしょう、この建物は……?」

「これは……基地?」

 

 見えてきた施設の威容。末端が確認できない有刺鉄線から察するに、その奥行も相当なものだろう。立ち並ぶ建造物は真新しく映り、捨てられた砂漠の名に相応しい有様だった廃墟群とは一線を画していた。

 

 その光景に動揺を隠せない対策委員会の面々。レイヴンはその横で、ここは何かの基地だろう、と推測していた。自然と鋭く引き絞られた彼女の瞳が、かつて自身が襲撃した施設(ウォッチポイント)を重ねる。

 

 この場所から、強く漂って来るのだ。

 どこか懐かしい、()()の気配が。

 

「こんなの、昔は無かった……」

 

 険しい表情のまま、ホシノがぽつりと呟く。

 その様子にノノミが気遣わしげな視線を送るが、彼女の口が開くよりも先に、アヤネから声が上がった。

 

『施設に、何らかのマークを発見しました!』

 

 耳に飛び込んだ報告に、現地の面々もそれが指すものを確認した。

 レイヴンも同じものを目にして、こう思う──あれは、エンブレムだ、と。

 かつての惑星(世界)で、組織が、企業が、人が。それぞれの存在を示す為、掲げていたものだと。

 キヴォトスの学校が、その校章を掲げているように。

 

「これって……」

『少々お待ちください、今確認を……確認が取れました。このマーク、この集団は……』

「──カイザーPMC」

『っ!? ……はい。ホシノ先輩の仰る通り、カイザーPMCです』

 

 アヤネの発言に差し込まれた、ホシノの声。

 その声色は常と違い、酷く鋭利に響いた。

 

「カイザー……? こいつらもカイザーコーポレーションってこと!?」

『はい、カイザーコーポレーションの系列会社で……」

「もうどこに行ってもカイザー、カイザー、カイザー! 一体何なの!?」

 

 目を吊り上げたセリカが憤りに吠える横で、ノノミが難しい顔で口を開く。

 

「それに、『PMC』ということは……」

「え、何かマズい言葉なの?」

「PMCとは、民間軍事会社(Private Military Company)のことです……」

「ぐ、軍事……!?」

『ヘルメット団のようなチンピラとはレベルが違います。本当に組織化されたプロの……文字通り、軍隊のようなものです!』

「軍隊ぃ!?」

「退学した生徒や不良の生徒たちを集めて、企業が私設兵として雇っているという噂がありましたが、まさか……」

 

 企業とは兵力を抱えているもの。そんな認識を持つレイヴンは、交わされるやりとりを不思議に思う。だが、それを口に出すことはない。他に優先すべきことがあったからだ。

 銃を手に、意識を戦闘用へと引き上げる。彼女は目の前の施設が、今まさに動き出そうとしているのを感じ取っていた。

 

 その感覚が正しい事は、即座に証明された。

 

 突如、甲高い音が鳴り響く。

 砂漠に轟くそれに呼応し、施設各所の赤いランプが一斉に点灯した。

 

「け、警報音……!?」

「これ、何だか大ごとになりそうな予感なんだけど……」

「これは……ヘリの音……?」

「それに、この地面の揺れ……恐らく戦車」

 

 場が俄かに騒がしくなる。

 一同は自然と身構え、それぞれの武器を握り直した。

 

『大規模な兵……接近…………らを……に来て……』

『みん……そ……ら急い…………』

「アヤネちゃん?」

「先生?」

 

 インカムからノイズ混じりの声が響く。断続的な雑音が次第に強まり、やがて通信は完全に途絶えたようで、呼びかけに返答はなかった。

 

「ん……アヤネのドローンが」

「落ちて来ちゃいましたね……」

 

 親機との接続を失い、セーフモードに切り替わったのだろう。アヤネのドローンが力無く高度を失い、シロコが咄嗟に受け止めた。

 その様子を横目に、意味を成さなくなったインカムに手を当てたレイヴンは、目を細める。距離や砂嵐の影響ではない、と直感的に感じ取った彼女の脳裏に、ふとあの洋上都市の光景が過った。

 

 この通信障害は意図的なもの。

 EMCによる阻害──何者かによる、悪意だと。

 

「……ホシノ。たぶんこれ、妨害だよ」

「うへ……まぁ、この砂漠でヘリに追跡されたら逃げ切れないだろうし、迎え撃とうか」

「ホシノでも墜とせない?」

「いやあ、おじさんの得物はコレだからねえ」

 

 施設から飛び立つヘリコプターを確認し、盾を構えたホシノは手に持つショットガン(Eye of Horus)をくるりと回す。攻撃の為に距離を詰めて来るのであれば、やりようはある。しかし、上空で追跡に徹されると厳しいものがあった。

 その返答にまあそうかと思い、レイヴンは小さく頷きを返した。

 

 次第に、周囲の物音が増していく。遠方から戦車が何台もこちらに向かってくるのが見える。それに追従する歩兵としてだろう、様々な重火器を携帯して走るオートマタの姿もあった。

 

 先制を仕掛けるつもりはないようで、迫る軍勢を前に、一同の先頭に立つホシノが動くことはなく。また、相手側からの発砲もなかった。

 程なくして、互いの距離が埋まる。

 

 奇妙な沈黙の中、歩兵の一団を割って黒塗りの車が姿を現し、そこから大柄なオートマタが砂漠に下り立った。

 

「侵入者とは聞いていたが……アビドスだったとは」

「な、何よこいつ……」

「まさかここに来るとは思っていなかったが……まあ良い」

 

 その見覚えのある姿に、ホシノは目を細める。

 

 ──生徒会長がいない今、副会長であるあなたが借金を返していく、ということでよろしいでしょうか?

 ──小鳥遊ホシノさん?

 

 ──それとも……私の提案を受け入れますか?

 

 アビドスにただ独りだった頃。

 黒服が己を呼び出した時、共に居たオートマタだと。

 

「あんたは、あの時の……」

「……確か、例のゲマトリアが狙っていた生徒会長……いや、副会長だったか?」

 

 ホシノの声にオートマタの顔が動き、アイラインに光が奔る。

 

「……ふむ、面白いアイディアが浮かんだ。便利屋やヘルメット団を雇うよりも良さそうだ」

「便利屋……? な、何を言ってるの?」

「……あなたたちは、誰ですか?」

 

 発された不穏な言葉に眉を顰め、ノノミが問う。

 

 その疑問に、動くはずの無いオートマタの表情が、嘲笑を模ったように見えた。

 

「……まさか私のことを知らないとは。アビドス、君たちならよく知っている相手だと思うがね。私はカイザーコーポレーションの理事を務めている者だ。そして君たち、アビドス高等学校が借金をしている相手でもある」

「……嘘っ!?」

 

 驚愕するセリカを無視し、オートマタ──カイザー理事が言う。

 

「では、古くから続くこの借金について、話し合いでもするとしようか」

 

 軽く言葉が投げかけられた瞬間、対策委員会の面々が無意識に息を呑み、緊張の糸が一気に張り詰めた。

 

「アビドスが、借金をしている相手……」

 

 ノノミは険しい表情で、静かに呟く。

 カイザーが居たこと自体は情報通りの為、感情を抜きにすれば問題はない。しかし、それが民間軍事会社であり、更にはその上役が姿を現したとなれば、不安は募る。

 この不穏な事態が、彼女の心に一層の重圧を与えていた。

 

「正確に紹介すると、カイザーコーポレーション、カイザーローン、そしてカイザーコンストラクションの理事だ。今は、カイザーPMCの代表取締役も務めている」

 

 理事の尊大な声が響く。自負があるのだろう。次々に肩書を並べ立てる様は、自慢げにも見て取れた。

 それが癇に障り、シロコの眉が吊り上がる。

 

「それはどうでもいいけど、要はあなたがアビドス高校を騙して、搾取した張本人ってことで良い?」

「……ほう」

「そうよ! ヘルメット団と便利屋を仕向けて、ここまで私たちをずっと苦しませてきた犯人があんたってことなんでしょ!?」

「ふむ……?」

「あんたのせいで私たちは……アビドスは……!!」

「やれやれ……最初に出てくる言葉がそれか。勝手に私有地へと侵入しておいて……くくっ、面白い」

 

 怨敵と呼べる相手を前に、強く銃を握り締めるシロコとセリカ。その瞳に苛烈な敵意を浮かべ、射貫かんとばかりに睨みつけていた。

 しかしそれを向けられて尚、理事は嘲笑う。

 

「だが、口の利き方には気を付けた方が良い。ここはカイザーPMCが合法的に事業を営んでいる場所。まず君たちは今、企業の私有地に対し不法侵入しているのだということを理解するべきだ」

「……ッ!」

 

 その指摘に怯み、二人は口を固く結ぶ。

 様々な意味で、現状の立ち位置が危ういのだと気付かされたのだ。

 

「さて話を戻そうか……アビドス自治区の土地だったか、確かに買ったとも。だからどうした? 全ては合法的な取引、記録も全てしっかりと存在している。まるで、私たちが不法な行為でもしているかのような言い方は止めてもらおうか。わざわざ挑発をしに来たわけではないのだろう?」

 

 沈黙を保つ対策委員会の面々を見回すように、理事の顔が緩慢に動く。

 

「ここに来たのは、私たちがここで何をしているのか気になったからか? どうしてアビドスの土地を買ったのか、その理由が知りたいのか?」

 

 興が乗った、と。そんな心情が滲む声が響き、わざとらしい仕草で両腕が大きく広げられる。

 

「それならば教えてやろう、私たちはアビドスのどこかに埋められているという、宝物を探しているのだ」

 

 一瞬、虚を突かれたような空白が一同に生じた。次いで、その空白は怒りに染まる。どこか軽薄で冗談めいた響きが含まれていた言葉に、バカにされていると感じたのだ。

 

 特にホシノは、固く口を閉ざしたまま。

 ただ強く、手にした盾を握りしめていた。

 

「……そんなでまかせ、信じるわけないでしょ!!」

「それはそう。もしそうだとすると、このPMCの兵力について説明がつかない」

「この兵力は、私たちの自治区を武力で占有するため。違う?」

 

 憤りを声に乗せ、セリカとシロコが再び猛る。

 彼女たちと同じく不愉快そうに眉を顰めていたレイヴンが、その台詞を耳にして、理事からその後方へと目線を動かす。苔色と墨色で構成された迷彩を外装に施した、統一された軍勢。明らかに戦闘を視野に入れた陣営だった。

 先だって感じた戦場の気配は、彼らの物だったのだろうと思う。だが、数が多いだけで、()()は無いと感じていた。

 

「……数百両もの戦車、数百名もの選ばれし兵士たち。数百トンもの火薬に弾薬。たった5人しかいない学校のために、これほどの用意をするとでも? 冗談じゃない。あくまでこれは、どこかの集団に宝探しを妨害された時のためのもの。ただそれだけだ、君たちに用意したものではない」

 

 一方の理事はといえば。二人の指摘に対して、背後に軽く視線を送った後、呆れたような口調で言葉を発した。

 それを耳にした二人が尚も納得しない様子でいると、理事はため息をつくかのように、冷ややかな声で続ける。

 

「君たち程度、いつでも、どうとでもできるのだよ……例えばそう、こういう風にな」

 

 そう言って、徐に懐から携帯端末を取り出し、

 

「……私だ……そうだ、進めろ」

「な、何……? 急に電話……それに『進めろ』って、何のこと?」

 

 僅かな時間の通話。その反応が良かったからだろう。訝しげなセリカに向けて、端末が軽く揺らされた。

 

「残念なお知らせだ。どうやら、君たちの学校の信用が落ちてしまったそうだよ。来月以降の利子の金額は9130万円だそうだ」

「きゅ、9000万円!?」

「……くっくっくっ。これで分かったかな。君たちの首にかけられた紐が今、誰の手にあるのか」

「ちょ、噓でしょ!? 本気で言ってんの!?」

「ああ、本気だとも。しかしこれだけでは面白みに欠けるか……」

 

 食って掛かるセリカに、理事は愉快そうに返答した。何かを考えるように、彼はわざとらしく手を動かし、顎を撫でる。

 そして、思いついたように、満足げに一本指を立てた。

 

「そうだな、9億円の借金に対する補償金でも貰っておくとしよう。一週間以内に、我がカイザーローンに3億円を預託してもらおうか。この利率でも借金返済ができるということを、証明してもらわねばな」

「そんなお金、用意できるはずがないじゃない!!」

 

 理不尽な要求に、反射的に叫ぶセリカ。

 その大声に対し、理事は呆れたと言わんばかりに大仰な仕草で肩を上げた。

 

「ならば、学校を諦めて去ったらどうだ? 自主退学して、転校でもすれば良い。それで全て解決するだろう、そもそも君たち個人の借金ではない。学校が責任を取るべきお金だ。何も君たちが進んで背負う必要は無いのではないか?」

「そ、そんなこと、できるわけないじゃないですか!」

「そうよ、私たちの学校なんだから!! 見捨てられるわけないでしょ!」

「アビドスは私たちの学校で、私たちの街」

「ならばどうする? 他に何か、良い手でも?」

 

 想いを籠め、ノノミ、セリカ、シロコが次々と言葉を発した。だが、理事に軽く返されて、歯を食いしばり、口を噤む。気持ちだけでどうにかなる状況ではない。そんなことは、痛いほど理解していた。

 

 悔しそうに顔を歪める彼女たちに、ホシノは感情を押し殺した表情で、静かに声をかけた。

 

「……みんな、帰ろう」

「ホシノ先輩……!?」

「……これ以上ここで言い争っても意味が無い、弄ばれるだけ」

「ほう……副生徒会長、さすがに君は賢そうだな……ああ、思い出したよ──」

 

 彼女の耳へと理事の嘲る声が入り、

 

「賢そうな君と一緒にいた、あの全くもってバカな生徒会長のこともな」

 

 瞬間──ホシノの気配が膨れ上がる。

 砂漠の熱気すら霞む程、熱く。

 触れれば切れるのではないかと思う程、鋭利に。

 

 だが、動きは無く。

 逡巡するように、堪えるように。

 愛銃を手に立ち尽くす。

 

 それにもどかしさを感じ、レイヴンは一歩踏み出した。

 

「ホシノ、()()()()()()()

 

 只々、気に入らなかった。

 

 妙にどこぞの第二隊長を重ねてしまう、言いたい放題の()()が。

 急激に悪化してしまったらしい、アビドスの状況が。

 

 力があるのに、それを振るおうとしない、ホシノが。

 

「──……いや、ダメだよ」

「ホシノ……」

 

 一呼吸を置いて、ホシノは愛銃を腰のホルスターに収めた。その後、口ぶりとは裏腹に、むしろ率先して殴りかかりそうだったレイヴンの腕を取って、力なく声をかけた。

 無意識なのだろう。腕を握る力は強く、痛みさえ感じる程。しかしホシノは努めて柔らかく微笑んでいる。そんな彼女の様子にレイヴンは何も言えず、ただ口を噤んだ。

 

 ホシノは動く様子をなくしたレイヴンから目を離し、先の言葉に呼応していたセリカとシロコに、宥めるように視線を順に送る。続いて向かった先、心配そうに顔を歪めたノノミを目にして、ホシノは辛そうに眉を下げた。

 

「ホシノ先輩……」

「……私は大丈夫だよ、ノノミちゃん」

「…………はい」

 

 二人のやり取りを最後に、一同はカイザー理事に背を向けて歩き出す。

 

「では、保証金と来月以降の返済についてはよろしく頼むよ。お客様」

 

 立ち去る彼女たちの、その背に。

 勝ち誇るような台詞が投げつけられ、

 

「ふふっ、ふはは、ぁ──……」

 

 続く嘲りの笑いは──半ばで止まる。

 

 振り返った真っ白な少女が、肩越しに寄こした視線。

 ()()()を見るような赤の瞳に、射竦められたのだ。

 

「………………フン」

 

 唐突に、強く風が吹く。

 巻き起こった砂塵が、誤魔化しの声を搔き消した。

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