火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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罪の在処

「はい、レイヴン。君のスマートフォン。今後必要になるだろうからね」

 

 先生がレイヴンを迎え入れてから数日経ったある日の夕刻、シャーレのオフィスにて。外出先から帰ってきた先生が、そんな言葉と共にレイヴンへスマートフォンを手渡す。

 受け取った彼女は、小柄な自身の手に余る標準的なサイズのそれを、大きさの確認をするかのように、様々な角度から眺めていた。

 

「スマートフォン?」

「ああ、うん。通信端末って言ったらわかるかな」

「それならわかる」

 

 互いの認識をすり合わせるように、単語の交換を行う二人。しかし、レイヴンは自身が手にしている物が通信端末と聞いて、眉間に少し皺を寄せていた。

 

「……これを、頭に埋めるの?」

「えっ」

 

 かつて強化人間手術によってレイヴンの脳に埋め込まれてた、脳深部コーラル管理デバイス。通信端末としても機能していたそれを、彼女自身は現物を見た事がない。その為、正確な比較ができる訳ではないが、今手にしている物はそれより余程大きい物だろうと推察はできる。

 こんなものを脳に埋めてしまっては、既存の機能に支障が生じるとしか思えなかった。

 

「……いや、これは手元で操作するんだよ」

 

 先生はそう言いながらレイヴンの手を取り、端末のロックを解除する。

 表示されたスマートフォンのホーム画面には、プリインストールされたアプリケーションしか表示されておらず、それは端末がまっさらな状態である事を示していた。

 

「モモトークを入れておこうか」

 

 横に並んで、レイヴンへ操作を学ばせつつアプリをひとつ、インストールさせる。

 モモトーク──キヴォトスの生徒達の間で広く利用されている連絡コミュニケーションアプリ──を起動させ、ついでにと先生はそこへ、自分の情報を登録した。

 

「これでよし、と。これからどんどん増えると良いね」

「これから……」

 

 これから(未来)と聞いて、レイヴンが目を閉じる。想いを馳せているのか、それとも案じているのか。先生は、彼女の表情から窺い知る事が出来なかった。

 そんな彼が、彼女の思案を遮るかのように声をかける。

 

「レイヴン」

「……何?」

「ここでの生活は、楽しめそう?」

 

 問いかけに、彼女は少しだけ目を伏せ、言葉を返す。

 

「……たぶん」

「……それはよかった」

 

 楽しむ自信はない。でも、期待されているであろう答えは返したい。そんな響きを持つ返事を、先生は柔らかく受け止めた。

 そして、話題を変えるかのように、思考を逸らすかのように。ひとつの冊子をレイヴンへと差し出す。

 

「これ、操作説明書なんだけど、読めそうかな?」

「……うん、大丈夫だと思う」

 

 手渡されたそれなりに厚さのある冊子を、レイヴンはじっくりと読み込むように、ひとつひとつページをめくり始めた。

 そんな彼女を眺めつつ、先生はひとつの出来事を回顧する。

 


 

「これ?」

「うん。それがクラフトチェンバーだよ」

 

 レイヴンをシャーレに迎えた翌日。先生は彼女を連れて、地下へと足を運んでいた。

 彼女を見つけた、クラフトチェンバーのある場所へと。

 

「ここで、君を見つけたんだ」

「ここで……」

「正確には、そこにあるコンテナの中で、だけどね」

 

 覚えはないんだよね、という先生の確認にレイヴンは頷く。

 邂逅での問いを繰り返すかのようなやり取りの後、彼は苦い表情で言葉にする。調査しようと一切の情報もなく、そもそもシャーレの地下へと移動した形跡すら無い。そんな正体不明の存在に対する、先生とリンの折衝案を。

 

「レイヴン。君をシャーレへ勧誘したのは……監視、という側面もあるんだ」

「そうなんだ」

「そうなんだ……って、何か思うところとか、無いの?」

 

 寄り添うべき存在に対し、疑うかのような行動を取らざるを得ない状況への苦悩。そんな先生の気持ちを知ってか知らずか、何ということもないかのように返された、レイヴンの言葉。

 受け取った側の方が困惑するそれを放ったまま、彼女は本当に頓着してなさそうな様子だった。

 

「うん。密航者(・・・)のわたしに、着る物も、食べる物も、住む場所も用意してもらってるから」

 

 シャーレへ所属する際に支給された、自身の身を包む連邦生徒会のパンツスーツを摘まみながら、彼女は軽く答えを返す。彼女からしてみれば、そもそも監視対象相手にわざわざ言う必要の無い事を告げられているのだ。それは、彼の誠実さの表れと言える話でしかない。

 密航者、という単語に少し疑問を抱いた先生ではあったが、状況の例えだろうかと受け止めた。

 そんな彼に対し、それに、と彼女が言葉を続ける。

 

「本当なら……きっと、ここ(シャーレ)にわたしが来る選択肢(・・・)はなかった」

 

 それはレイヴンの推測だ。

 身分証のない、身元の確認できない正体不明の存在(わたし)。それを受け入れる場所など、凡そ真っ当なものがあるとは思えなかった。

 彼女はそう考えており、それはシャーレ入りに難色を示していたリンの考えと近かった。

 

「まあ、うん……本当は別の所に、って話だったんだけど、私が横入したんだ」

「それなら、悪い事じゃない。違う?」

 

 何の混じりけもない、無垢な信頼。

 それを向けられて、先生は柔らかく微笑んだ。

 

「君がそう思ってくれるなら、私は嬉しいよ」

 

 返された言葉と微笑み。そこに篭められた温かさを受け止めきれないかのように、レイヴンが顔を逸らす。

 そして、その先にあった、不可思議な形状をしたクラフトチェンバー。視線のぶつかったそれを見て、彼女には改めて気になる事があった。

 

「ねえ、先生」

 

 何気ない呼びかけ。

 

「わたしはこれで造られたの?」

 

 続く、何の感慨も込められていない、無機質な言葉に、先生は息が詰まった気がした。

 

「…………いや、そこまでの機能はないと思うよ」

「そうなの?」

「……うん。私が知っているのは、君がここにあったコンテナの中で眠っていた。ただそれだけ、かな」

 

 自身が造られた存在である可能性。それに対し、彼が見つめる瞳は、一切の揺らぎを感じさせなかった。

 

「君は……それを恐れないんだね」

「うん。()だって似たような物だったから」

 

 それは彼女が強化人間となった後の事。ウォルターに買われた時の事。工場出荷時の(記憶を失った)状態と比べれば、語れる過去が存在する分、今の方がマシとすら言えるかもしれない。

 彼女にとっては、その程度の話であった。

 

「わたしはあの炎で死んで、ここで造り直されたのかなって」

 

 違うなら、どうしてここに居るのか、不思議だね、などと呟くレイヴン。

 

 そんな彼女を見つめながら、先生は考える。

 出会いからそれ程長い時間が過ぎている訳ではない相手だ。でも、それを埋めるべく多くの言葉を交わし、彼は彼女の事を多少なりとも知る事が出来たと思っている。

 受け答えは素直で。物言いは端的ではあるが、その分実直だなと感じられる事。感情を表に出す事は少ない。だがそれは、押し殺している訳ではなく、見舞いの品として持って行った果物を口に含んだ際に見せた、愛らしい表情も知っている。そんな少女の事を。

 しかし、知る事のできていない──いや、触れる事を避けていた部分もあった。

 そうして彼はひとつ、決断する。『あの炎』と呼ばれる物の詳細を、確認するという事を。

 先ほどとは真逆の陰鬱な気持ちで、彼は話を切り出した。

 

「レイヴン──その……前に言っていた、惑星(ほし)を焼いたというのは……」

 

 彼は問う。

 彼女を知る上で、避けるべきではない事を。

 

 彼女は語る。

 彼に聞かれた事を、素直に答えるべく。

 

「大量に集まったコーラルに火を点けるとね、他の星系にも影響がでるような、大きな炎になるんだって」

 

 わたしはその炎に巻き込まれちゃったから、実際には見てないんだけど、と。

 何ということもないように。

 

「──その、惑星に……()は…………」

 

 彼が言い淀んだ先を、彼女が引き取る。

 

「うん。大勢住んでいた(・・・・・・・)と思うよ」

 

 何ということもないように。

 


 

「──先生?」

「っ!」

 

 その声に呼ばれて、先生は今へと回帰する。

 彼は自身を心配するかのように見つめるレイヴンに、なんでもないよ、と言葉にした。

 

 彼は考える。

 キヴォトスに存在しない(・・・・・・・・・・・)、彼女にとっての事実(・・)は、罪なのだろうか。

 それを自覚させ、償わせるべきなのだろうか。

 その責任の所在は、何処なのだろうか。

 答えは──出せそうに、なかった。

 

 思考の迷路を払いのけるかのように頭を振り、ふと用事を告げていない事を思い出す。

 

「そういえばレイヴン。明日一日、時間を貰っても良いかな」

「大丈夫」

「……うん、ありがとう」

 

 間髪入れずに返ってくる言葉に、先生は少し苦笑する。

 もう少し考えるそぶりがあっても、と思えど、考えるような事柄も今のところ存在しないのだろうという状況も、理解している。

 そんな所も今後変わっていって欲しい、と彼は願いつつ、予定の共有を行うべく口を開く。

 

「いくつか予定があるんだけど……まずは、ミレニアムのエンジニア部へ、かな」

 

 

***

 

 

「ようこそ、先生」

「やあ、ウタハ。お出迎えありがとう」

 

 ミレニアムサイエンススクール──通称ミレニアム。そこに存在する部活のひとつ、エンジニア部の部室として扱われている工場で、先生は部長の白石ウタハから歓迎を受けていた。

 彼女の横には部員である豊見コトリと猫塚ヒビキもあり、彼へと手を振っている。部員総出での出迎え──いや、彼女たちからしてみれば待ち構えてたとも言えるだろうか。

 そのまま彼の横に居る少女にも、ウタハ達が顔を向ける。

 

「はじめまして、私は白石ウタハ。ここの部長をやらせてもらってる」

「豊見コトリです!」

「私は猫塚ヒビキ」

「わたしはレイヴン」

「よろしく、レイヴン」

「……よろしく」

 

 エンジニア部の面々が、予め先生から聞いていた同行者──本日の主役へと自己紹介を行う。

 

「今日の話は聞いてるかな」

「うん。これ(・・)の調査がしたいって聞いてる」

 

 レイヴンが自身の持つ鞄から取り出すのは、パルスブレード(HI-32:BU-TT/A)

 かの惑星において彼女の敵を幾多も屠ったそれは、本来の大きさとは比較にもならない程小さくなっていたが、それでも尚、確かな存在感を放っていた。

 

「私たちでは起動どころか、解析もできなかった代物です!」

「うん。スキャンも弾かれちゃって、中身は一切確認できず」

 

 コトリとヒビキの言葉にウタハが頷く。

 

「私の見立てでは、これは一種のオーパーツだろうと推測しているよ」

 

 エンジニア部の部員達が語る話を聞きつつ、工場の一角で、レイヴンがパルスブレードをごく自然に(・・・・・)左腕へと装着した。

 

「こんな感じでいい?」

 

 そして、当然のように扱えるそれに違和感を覚える事もなく、彼女は言葉と共にパルスブレードの光刃を形成する。

 

「これは……動力源は何だろうか」

「それに、この光は何でできてるんでしょう、触っても大丈夫ですかね?」

「流石に危ないんじゃないかな……何か当ててもよさそうなの持ってこようか」

「それならこの前作った装甲はどうかな」

ロマンの欠片(宇宙戦艦の外装)ですか。強度試験がまだでしたので、良い案かと!」

「となると搬送用のロボットを動かした方がよさそうかな。準備してくるよ」

 

 目を輝かせ、群がるエンジニア部。そんな彼女たちの隙間から、先生は助けて欲しそうな目と視線が合う。

 ごめんね、と彼が仕草で返すと、見捨てられた子犬のような色に変わった目は、やがて運ばれてきた機材や資材の奥へと埋もれていった。

 

 暫くして。

 

「どうにも、所有者を選ぶタイプみたいだね」

「所有者を……」

 

 心なしか擦れた表情をするレイヴンの髪を撫でつけながら、先生はウタハの解説を耳に受ける。

 

「うん、彼女以外には装着すらできない物」

「動力も不可思議」

「内部、外部共に電気、熱、光それぞれのエネルギー波は観測できませんでした」

 

 一通りの調査の結果は、結論から言えば、何もわからないという事がわかった、となるだろう。つまるところ、シッテムの箱と似たような、オーパーツだと仮定される。

 とはいえ、元々先生にとってレイヴンの持つ代物が何かは重要な事ではなく、この調査はどちらかといえば、エンジニア部の要望に応えた形の物。

 あと、大事な事と言えば。

 

「レイヴン。動かしてみて、危険な感じとか、体調に変化はなかった?」

「……うん、特には」

 

 問われたレイヴンが目を閉じ、身体の調子を確認するかのようにゆっくりと動かす。そんな様子を見て、先生は大丈夫かと判断を下す。

 

「ウタハたちは、調査の方はもう良い?」

「……うん、そうだね。多少はスッキリしたかな」

「そういう物もある、という事が知れた。それが今日の結果かな」

「ですが、未知を未知のままにはしておけません! いつの日か必ずや解析してみせますとも!」

「……エンジニア部の皆は、いつも前向きで良いね」

 

 眩しい物を見るかのように、目を細めて先生が微笑み、そんな表情を向けられた面々は、各々視線を彷徨わせていた。

 

「まあ、もうひとつの方は割と一般的なアサルトライフルだったからね……そういえば、銃をケースに入れて運んでいるんだね」

「普通は違うの?」

「あまり一般的ではない、かな」

 

 話題を逸らすかのように口を開いたウタハが、レイヴンの持つガンケースに着目する。

 キヴォトスにおいて、銃という物はとても一般的な物だ。撃ち合いが発生する事も日常的とすら言える。そんな環境で、咄嗟に撃てないケースでの持ち運びを行う者は稀だろう。

 

「そうだ、銃に肩紐を付けようか?」

「肩紐?」

「そう。じゃないと、持ち運び辛いでしょ?」

 

 ヒビキの提案は、元々解析の為に預かった段階で付けようかとも画策していた事だ。しかし、人の物を勝手に弄る訳にもいかず、そのままにしていたという経緯もあった。

 

「おいで、レイヴン。そういえば、整備方法はわかる?」

「……わからない」

「じゃあ、ついでに整備方法も教えてあげる」

 

 連れ立って別の場所へと移動する二人を、先生が見送る。残るウタハとコトリが調査結果に対しああだこうだ議論を交わしているのをBGMに、彼は次の予定に思考を寄せる。

 シャーレの先生とは多忙な存在だ。いや、正しく言うのであれば、シャーレに『しなければならない事』は存在しない。しかし、彼が『したい事』は無数に存在する。

 そんな彼はレイヴンばかりに構っている訳にもいかず、次の予定もまた、少々過大解釈をすれば、彼のしたい事──生徒からの要望(生徒に寄り添う事)に違いない。

 時間としては頃合いだから一報連絡でも入れておこうかな、と考えた矢先、そこへミレニアムの生徒会──セミナーの会計である、早瀬ユウカが顔を出す。

 

「あっ、いたいた。先生、お待たせしました」

「やあ、ユウカ。ちょうど今、君の事を考えていたんだ」

「えっ、ええっ! な、なんですか急に!」

 

 確かにその言葉に嘘偽りは無い。

 しかし、ニコニコと笑うその表情をみて、そこに含まれた意図に察しがついたユウカが眦を吊り上げる。

 

「か、からかいましたねっ!」

「ごめんごめん。それと、来てくれてありがとう。忙しいのに悪いね」

「……いえ。またご一緒できて嬉しいです」

「こちらこそ。ユウカの実力は知っているからね、頼りにさせて貰いたいと思って」

 

 その言葉もまた、本心からの物だ。

 頼りにだなんてそんな、と呟きながら顔を背けた彼女を少し眺めた後、先生はウタハへと顔を向ける。

 彼女もまた、同行予定の一人。

 

「ウタハも。予定通り、力を借りていいかな」

「勿論さ。他の子は良いのかい?」

「うん、今回は下見くらいのつもりだからね」

 

 人数──戦力は多い方が良い。それは確かだ。しかし、彼女たちにもそれぞれすべき事、したい事もあるだろう。先生としては、不必要に過剰な動員を行いたくはないのだ。

 本来ならそこにレイヴンを同行させたくはなかったのだが……当人の希望とあらば無理に抑えつけようとも思えず、同行者の最後の一人となっていた。

 

「レイヴンが戻ってきたら移動しようか」

 

 場所は、ミレニアム郊外。『廃墟』と呼ばれる地域へと。

 

 

***

 

 

 ダン、ダン、ダン。と、レイヴンの持つアサルトライフル(RF-24TURNER)が、リズミカルに音を奏でる。吐き出されるのは、ライフル弾として標準的な5.56mm弾。向かう先は、スイーパーと呼ばれる小型ロボット。

 彼女の隣にはユウカの姿。彼女たちは雷ちゃん──ウタハにより魔改造された椅子──により構築された防衛網で、押し寄せるスイーパーの対処を行っていた。

 レイヴンの撃ち漏らしを雷ちゃんが処理し、必要であればユウカが対処を行う。その様は、傍から見れば実戦的な射撃訓練だ。

 

 『廃墟』には軍需工場が数多く存在している。今、先生たちが居るのは、その中でもミレニアムから一番近い、言うなれば『浅い』領域に存在する場所。

 特別依頼と銘打たれた話の内容は、既に廃棄されたはずのそこで、何故かAIが暴走し、警備ロボットが暴れ回っているという物。依頼主は連邦生徒会。元々は連邦生徒会が『廃墟』を管理していたが、連邦生徒会長の失踪を境に兵力を撤退させている、との事だ。

 軍需工場──生産工場だという点を踏まえると、『間引き』も兼ねた依頼という事なのだろう。可能ならば制圧出来ればと彼は思うが、今回はあくまで調査のつもりだった。

 よって、参加人数を抑え、場合によっては雷ちゃんを殿に即時撤退も視野に入れていた──とはいえ、眼前の様子ではその心配は杞憂だったのだろう。

 

 レイヴンからは、生身での戦闘経験は無い、と話を聞いていた。

 しかし今見てる限りでは、ライフルを扱う姿は随分と様になっている。射撃の精度こそ然程でもないが、反動を片手で抑えきる膂力が見て取れる。経験値を考慮すれば、その精度の甘さも伸びしろと言えるだろう、と先生は考えていた。

 

『先生』

 

 そんな彼へと、インカムからレイヴンの声が届く。

 

『前に出てみてもいい?』

「……うん、いいよ。無理はしないようにね」

『わかった』

「ユウカはフォローお願い」

『はい、先生。任せてください!』

 

 彼としては、後衛の立ち位置だったから、中衛あたりで射撃精度を高めたいのかな、程度の考えであった。

 しかし、許可を得たレイヴンはするすると前へ進んでいき、予測を大きく上回ったその位置は、前線(フロント)を超え──接近戦(インファイト)の距離。

 

『え、あ、ちょっと!?』

「レイヴン!?」

『大丈夫』

 

 焦りを含んだユウカと先生の声に、間髪入れず返って来た言葉と、轟音。

 視線の先では振り抜かれた彼女の脚と、その矛先だったスイーパーが吹き飛ばされていく様子が映されていた。

 1メートル四方の大きさを持つ金属の塊を蹴り飛ばした、と言えばその脚力の程が伝わるであろうか。呆気にとられる先生たちを余所に、彼女はスイーパーが寄るのを待つどころか、逆に向かっていく。更に言えば、使うのは銃ではなく、拳と蹴り、それにブレードを合わせた近接戦闘。

 彼女にしてみればそれは、扱う物(生身と機体)の差はあれど、使い慣れた戦術。肩の寂しい(肩ミサイルの無い)今にしてみれば、こちらの方が自然な振る舞いだとすら感じていた。

 

「……先生。すごいね、彼女」

「……うん、ちょっと……想像もしてなかった、かな」

『最初はびっくりしましたけど、私の出番は……なさそうですね』

 

 先生と、その隣りに居るウタハの呟きに、ユウカが交じる。

 

 徐々に速度を上げる様は、先生からは試運転(・・・)にも見える。何処までできるか、どの程度できるか。それは、自身の性能(・・)を探っていくような姿だと。そんな戦いの中でも、特に目立つのは、やはりパルスブレードだろう。光と共にまき散らす破壊が、彼女の舞を彩っていた。

 スイーパーを易々と切り裂くそれ(・・)に意識を割きつつも、立ち回りについては特に問題なさそうだと判断し、彼は手にしたタブレットを撫でつけ、アロナへと意識を寄せる。

 

《アロナ、施設の様子はどう?》

《はい、先生!》

 

 先生の投げかけに、アロナが快活な返事を返す。

 彼女はこの施設に入った段階から、内部の情報を探る仕事を行っていた。

 

《やっぱり、ここは生産施設みたいですね。それも……まだ、稼働中の》

《そっか……制御権は奪えそう?》

《それが、ここからではアクセス経路が遮断されていて……奥へと向かえば、また別の手段があるかもしれませんが》

《いや、今回は調査で留めるよ。やるなら相応の準備をしてから、かな》

《はい。であればマッピングをしておきますね!》

《ありがとう、アロナ》

 

 彼女の言葉と共に、シッテムの箱へと映し出される見取り図。入った時に想定した大きさより、随分と広いその図面と、確認の行えていない領域を軽く眺める。

 と、そんな時。ひとつの通路が目に留まった。わざわざ隔壁の降ろされた、奇妙な空白地帯。その隔壁の傍へと、もう間もなくレイヴンが到達する。通路の奥から湧いてくるスイーパーを撃破すべく、ジリジリと位置を押し上げていた、彼女が。

 嫌な──予感がした。

 

「──ッ! レイヴン、ユウカと合流! その後雷ちゃんの所まで下って!」

『わかった』

『は、はい!』

 

 その言葉が引き金だったかのように、隔壁が上がり、合わせてその内部に居たスイーパー達が駆動音を鳴らし始める。

 先ほどまで奥から散発的に進行してきた数とは大きく事なる、一団。それらがレイヴンへと群がろうとするも、彼女の速度に追いつく事もなく。ユウカと合流したレイヴンは連れ立って雷ちゃんの防衛網へと──最初の陣形へと戻る。

 

 その後。数こそ多かったが、質は大した事もなく。防衛網で迎撃の構えをとった二人の前に、スイーパーたちは呆気なく殲滅された。

 

「──殲滅を確認……よし、撤収準備に移るから、戻ってきてもらえるかな」

『うん』

『はい』

 

 二人の返答を聞きつつ、先生は先の出来事に思考を傾ける。

 伏兵。ギリギリまで起動させない事で察知を遅らせ、潜伏し、おびき寄せた獲物に襲い掛かる戦術的(・・・)な動き。AIの暴走としては不可解なそれに。

 あまり踏み込みたくはないな、というのが、現状の考えだった。調査としては既に十分な成果を得ているだろう。彼には、これ以上を求めるつもりはなかった。

 

『レイヴンちゃんって、可愛いだけじゃなくて、強いのね……ウチのメイド部といい勝負できそうかしら?』

『メイド……?』

『そう、メイド。機会があったら紹介するわね』

『うん……?』

 

 そんな会話を繰り広げている二人が、先生の所へ戻ってくる。

 

「二人とも、怪我はないかな」

「うん」

「はい」

「それはよかった」

 

 それぞれの返事を受けて、先生は安堵の笑みを浮かべた。

 そんな彼へと、レイヴンが問いかける。

 

「先生、どうして?」

「……うん?」

「あの数ならたぶん、わたしだけでも対処できたよ?」

「ああ、なるほど」

 

 その言葉で、先生は何を問われているのか理解した。

 それは、彼にとっては当たり前で、彼女にとっては当たり前ではない事。

 

「独りで戦う必要は、ないからね」

「……」

 

 言われて、彼女は自身以外の同行者に目を向け、向けられた側は、それを温かな笑みで受け止めた。

 

「そうだね。雷ちゃんの射程範囲で戦って貰えれば安全に違いない」

「そうよレイヴンちゃん。こんなに小さいんだから、もっと私に頼っても大丈夫よ?」

「……ユウカ、わたし15歳」

「え、ええ!? そうなの?」

「うん。設定(身分証)上はそう」

「せ、設定? ちょ、ちょっと先生、どういう事ですか!?」

 

 なんか話が複雑になったな、と先生は頭を抱えたくなった。とはいえ、語るには色々と事情も場所も、都合が悪かった。

 故に彼は微笑み、口を開く。

 

「まあ、うん。とりあえず──帰ろうか」

 

 

***

 

 

「レイヴン、今日はお疲れ様」

「うん、先生もお疲れ様」

 

 人によってはもう布団に入っていてもおかしくない時刻。シャーレのオフィスには、まだ眠りについていない二人の姿があった。

 

「先生は、まだ仕事?」

「………………そうだね」

 

 デスクに詰みあがった書類を、遠い目で眺める先生。

 そんな彼を見て、レイヴンが目を伏せる。

 

「……ごめんなさい」

「レイヴン?」

「お仕事、まだ手伝えなくて」

 

 日常の受け答えなら兎も角、書類仕事を行うとなると、歩んできた道が大きく異なる彼女にとって、容易な物ではない。そんな、自身に求められているであろう役割を果たせていない状態に、苦悩しているのだ。

 だが、先生としては実のところ、書類仕事の手伝い(受け入れ時の建前)よりも、彼女自身の学習を優先して欲しくもあった。その為に学習用のBDも渡しているし、当然、学ぶ為の時間も取るつもりだ。

 それに彼としては、今日のような機会も今後あるだろう、とも考えている。

 

「いや、そんな事ないよ」

「……そうなの?」

「うん。今日の廃工場調査だって、私の仕事のひとつだからね」

「そうなんだ」

 

 どこか安心したかのように、微かに表情を和らげるレイヴン。

 その変化を敏感に察知した先生は、受けた恩を返したいのだろう、という彼女の善良な心根まで推し量る事ができた。

 やっぱりいい子だね、と改めて認識する。

 しかし、そんな彼は、彼女へ言っておかなければならない事があった。

 

「レイヴン、ひとつお願いがあるんだ」

「お願い?」

 

 先生が、レイヴンと目線を合わせ口を開く。

 

「今後、私の仕事を手伝って貰う際に、他の生徒と戦う事もあると思う。その時に、それ(・・)を使うのは……できるだけ、控えてくれないかな」

 

 彼の指し示す物は、彼女が左腕に装着している代物。

 

「あまりに強すぎる力で、周りを──君を(・・)、傷つけないためにも」

 

 その言葉の意図する事を、レイヴンは何故か、正しく理解する事ができた。

 要はやりすぎて(・・・・・)しまう事が考えられるのだろう。彼女自身もなんとなく、わからない話ではなかった。そうして、そうなった際に訪れる結果(・・)を、先生が嫌っているだろう事を。

 実のところ、ヘイローの加護を考えれば、数度の接触でどうにかなるような物ではない。だが、彼らの認識や懸念も間違いではなく。それは、押しつけ続ければ貫ける(・・・)だけの威力は秘めている。

 

「でも先生」

 

 レイヴンがルビコンで多く撃破してきた、MT《マッスルトレーサー》やAC《アーマードコア》には、脱出機構が存在している。だが、それは撃破した機体のパイロットが脱出できた──生き残れたとイコールではない。まして、あの炎で多くを焼き払っている身だ。

 故に、彼女は思う。そこに──今更、何の意味があるのだと。

 

「わたし、もう大勢殺してる(・・・・)よ?」

「──レイヴン、それは……」

 

 なんの罪悪感も感じさせない声色で、ただ事実を述べただけの言葉。

 それが、先生にどうしようもなく、やり場のない感情を抱かせる。

 記憶(土台)を失った状態で。殺さなければ殺される、そんな戦場が当たり前だった惑星(世界)で、真っ当な倫理感など育つはずもなく。罪が無い(・・・・)のではなく、罪を知らない(・・・・・・)子供。

 

 キヴォトスにおいて(・・・・・・・・・)、その罪を、【彼女だけの事実】を、否定するのは、余りにも容易い。ただの妄想だと。もしくは、何かに植え付けられた記憶だと。

 キヴォトスにおいて、ルビコンと呼ばれる惑星は確認されていない。そもそもキヴォトスには恒星間航行を可能とする技術はないのだ。故に、ルビコンと呼ばれる惑星へと至る方法も無く、その罪の在処を突き止める事もできない。

 レイヴンの話によれば、過去の同件である、『アイビスの火』と呼ばれたそれは、周囲の星系を巻き込んだ被害をもたらしたとの事。だが、そのような事象を観測したデータも存在せず、そのあとに彼女が起こしたという火も観測されていない。

 つまり、キヴォトスにおいて、彼女の罪を立証するものは、何ひとつとしてないのだ。

 しかし、だからといってそれ(・・)を否定する事が、彼にはできない。それは彼女自身への否定と同義だ。彼女の歩んで来たであろう道を、認めないに等しい行為。

 

 でも──と、彼は思う。

 違うのだと。それでも、彼女のせいではないのだと。

 それは、その道を歩む事しか知らなかったせいなのだと。

 そんな想いが、彼の手を、彼女の頬へと導く。

 

「レイヴン。それは、君の周りの大人に……世界に、責任があるのであって──」

 

 彼は願う。それでも、前を向いて欲しいと。

 例えそれが、彼の独善であろうと。

 例えそれが、彼女の行為に対する、欺瞞であろうと。

 

「──君に、その責任はないんだ」

 

 善性の発露。生徒に対する、無償の愛の現れ。温かな想いの込められた言葉に対し、レイヴンは小さく笑みを浮かべる。でも、そんな彼女の表情が、赦しを得られたから出たものと思えず、先生は困惑した。

 

「レイヴン……?」

「ううん、ごめんなさい……その言葉はたぶん、ウォルターが生きてたら……同じように、言ってくれたのかな、って」

 

 ──お前に責任はない これは俺の罪だ

 

 きっと、彼が生きていたら、そんな事を言うのだろう。

 彼女には、その声が、その姿が、容易に想像できた。

 でも──

 

「……でもね、先生」

 

 頬に触れた手に、自身の手を重ね、彼女は語る。

 

「これは、わたしが選んだ──」

 

 それが、彼の優しさを、この温かさを踏みにじる言葉になろうと。

 

「──わたしの、責任(思い出)だよ」

 

 それを拒んでしまったら、すべてが嘘になりそうだから。

 今までの軌跡(過去)が何ひとつ無いこの世界で、そんな想いを胸に、罪の重さを理解できないまま、彼女は告げた。

 

 その言葉に、しがみつくように。

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