火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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選んだもの、選べなかったもの

 翌日の朝。シャーレの居住区に用意して貰った一室で、レイヴンが目を覚ます。

 ベッドから抜け出て、軽く頭を振るだけで眠気を追い払った彼女がクローゼットから取り出したのは、連邦生徒会のパンツスーツ。

 ここ数日で着慣れたそれは、制服を支給される際のデザイン選びで、一番動きやすそうな(露出度の高い)服装に先生が少し難色を示した為、二番目の候補として選ばれた物。

 彼女は身支度を整え、部屋を出て歩き始める。昨日、事前に共有が無かったという事は、今日は特に予定はないのだろう。BDで学習しようか。それとも、昨日の感覚を忘れない様に、銃の撃ち方や身体の動かし方でも学ぼうか。そんな事を考えながら。

 大した事の無い距離を歩き終え、オフィスのドアを開け、すぐ視界に映った彼へと挨拶をする。

 

「おはよう、先生」

「おはよう、レイヴン」

 

 ここ数日と同じ言葉。そして、昨日別れた時と変わらぬ姿でデスクに向かう先生。

 レイヴンは半目になった。

 

「寝てないの?」

「…………いや、そんな事ないよ」

 

 その言葉に『嘘』はないのだろう。これまで、レイヴンは先生に嘘を吐かれた事がない。それは確かな事実だ。しかし彼女は、嘘を吐かれてない事と、事実を正しく伝えているかは別の物だと、理解していた。

 きっと、軽い仮眠を取っただけなのだろう、と推測し。大丈夫かな、と心配する。でも、書類仕事を手伝えない自分に、何か言える事はない。

 そう考えたレイヴンは、別の疑問を口にした。

 

「ご飯は?」

「………………まだ」

「じゃあソラのところで買ってくるから、一緒に食べよう」

「……うん、ありがとう」

 

 活力の感じられない返答に不安が募るも、レイヴンは来た道を戻っていく。

 そういえばソラはあの場所にもう居るのかな、との考えが脳裏をよぎる。しかし、何時行っても開いてるし、きっと居るのだろうと気にせず歩く。彼女の中に勤務時間という概念はまだ存在していなかった。

 エレベーターの前へと近づくと、ちょうどフロアへの到着音が鳴り響く。レイヴンがシャーレに所属してからこれまで、ただの一度も無かった事。その事態に疑念を抱くと同時にエレベーターが開き、中に居た人物が姿を現す。

 

「……あら?」

「……誰?」

 

 二つの赤が、交差した。

 

 

***

 

 

 柔らかな銀の髪色を持つ少女が、カップに注がれたコーヒーを一口飲み、穏やかに目を細める。

 

「……ふふっ。このコーヒー、とても美味しいですわ」

「それはよかった。でもこれ、コンビニのインスタントなんだけどね」

 

 そんな先生の応答に、彼女は軽く頷く。彼の言葉を否定するつもりはないのだろう。

 しかし、彼女が美味しいと感じた事もまた事実。

 

「確かに香りも味もインスタント相応……ですが、先生の淹れて下さったコーヒーですもの」

 

 ソーサーへカップを置き、優雅に微笑む。

 

「うふふっ。やはりあの時、募集に際し即座に応じた私の勘は間違っていませんでしたわ」

 

 レイヴンが遭遇した相手の名は、黒舘ハルナ。

 ゲヘナ学園に所属し、美食研究会という個性的(・・・)な部活の部長を務める少女。そんな彼女は先の言葉通り、シャーレの所属生徒を募集する際に、真っ先に名乗りを上げた生徒だった。

 出会いが早かった分、現在に至るまでに先生との交流も多くあった。ゲヘナ外郭の茶室にて、ハルナが二時間かけて沸かしてくれたお湯を使い、二人でひとつのカップ麺を分け合った事もある。それは、彼にとって記憶に新しい出来事だ。

 

 そんな彼女を交え、朝食を同席した三人が一つのテーブルを囲んでいる。そこにはコーヒーが二つに、牛乳が一つ。そして、ハルナの持ってきた二種類のケーキが、三つの皿に乗っていた。

 お腹が膨れ、活力の戻ってきた先生が時計を確認して、気がつく。時刻は一般的な始業の時間を軽く通り越していた。

 

「ハルナ、今更ではあるんだけど……学校は大丈夫なの?」

「先生、今日は休日ですわよ?」

「……あっ」

 

 言われて、カレンダーを見て、理解する。先生の曜日感覚は消え失せていた。

 彼はキヴォトスへと訪れてから、随分と精力的に活動していた。最初こそ、やれる事を探してやっていただけだったが、それが信用へと代わり、今では随分と回される仕事が増えていた。

 やがて信頼へと代わっていくだろうそれに振り回され、ここ数日は特にあれこれと動き回っていたから猶更である。

 不満はないが疲労はある。自覚と共に圧し掛かった重みに肩を丸め、目元を揉み解すかのように顔を伏せる先生に、ハルナは優しく微笑んだ。

 

「うふふ。そんな先生を労う為にも、このケーキを買ってきた甲斐がありましたわ」

「うん……ありがとう。美味しいね、これ」

 

 そのやり取りを横合いで聞いて。黙々と、二人から半々で貰ったケーキを交互に食べていたレイヴンが、ハルナから貰った方のケーキへとフォークを刺す。

 最後の一口だったそれを、何の気なしに、先生へと差し出す。

 

「先生、はい」

「……ん」

「……!」

 

 何を考えてか、何も考えてないのか。先生が割と躊躇なく食い付き、ハルナは眼前の行為に目を見開く。

 続いて、レイヴンは先生から貰った方のケーキへと、フォークを刺す。

 それも先と同じく、最後の一口。

 

「ハルナも、はい」

「………………」

 

 ハルナは差し出されたフォークに暫し逡巡するも、ぱくりと咥える。口に入ったそれは、彼女が今まで食べたケーキの中でも、一番美味しく感じられた。

 その理由について思慮を巡らせるよりも早く、レイヴンが口を開く。

 

「美味しかった。ごちそう様、ハルナ」

「……いえ、こちらこそ」

 

 二種類のケーキがあったのは、分け合うつもりだったのだろうと、レイヴンは遅まきながら気付いたのだ。

 レイヴンが居た事により、ハルナの想定とは異なる状況が発生した。だが、彼女はそれに触れる事なくケーキを半分にし、先生も同じく半分にして、それぞれがレイヴンの皿へと乗せていた。

 そんな二人に感謝を込めて、それぞれに違う味を食べて貰いたかった。食べ終わる前に気が付いてよかった、と。レイヴンとしては、その程度の気持ちであった。

 

 一方。やらかされた方は割といっぱいいっぱいだった。

 故知らず火照る頬に手を添えたハルナは、先生の方へと意識が向いてしまいそうな自身を抑え、その元凶と思わしき人物へと視線を動かす。朝食も、先程のケーキも、随分と美味しそうに食べていた少女。

 先の行動から少し思考を逸らしたい気持ちもあり、ハルナはレイヴンへと、自身にとっては定番の話題を振る。

 

「……私、美食が好きでして。レイヴンさんは美味しい物、何か知ってらっしゃいます?」

「美味しい物……」

 

 問われて、考えるも。どれを言えば良いか判断できず、レイヴンは思いのまま、答えを返す。

 

「先生と食べる物は、なんでも美味しい」

 

 彼女のそれは、ルビコンでの生活(味覚がなかった頃)との比較──いや、比べるまでもない話でしかなかった。

 味覚。強化人間手術の後遺症として、彼女から失われていた感覚のひとつ。尤も、ルビコンの食糧事情を考えれば、その機能が無かったのは幸運だった可能性すらある事かもしれない。

 当然、ハルナがそれを知る由も無い。しかし、その言葉に何か思う事があったようだ。

 

「ふふっ……レイヴンさん──」

 

 奇麗な白い歯を輝かせ、不敵に笑う。

 

「──美食研究会へようこそ。歓迎しますわ、盛大に!」

「……?」

「えぇ……」

 

 何故か勧誘を受けたレイヴンが、どういう事か、と目線で問いかけるが、問われた相手(先生)もまた、困惑していた。

 二人の困惑を招いた主犯は、されどそれに取り合う事も無く、楽し気に語りだす。

 

「先の行動──美食を分かち合わんとする姿勢。先の返答──共に食事を頂く事への理解」

 

 ハルナは真剣な表情をレイヴンへと向ける。

 

「私にはわかります。貴女もまた、美食の探究者であると!」

「……そう、なんだ?」

 

 そうかな……そうかも。考えの推移としては、そんな感じだ。力強いハルナの言葉に、レイヴンは飲み込まれかけていた。

 慌てて先生が割って入る。

 

「ちょ、ちょっと待ってハルナ」

「あら、どうされました?」

「えっーと……その、美食研究会はゲヘナの部活だし、他所属の生徒は入れなかったりするんじゃないかな?」

「……ふふっ」

 

 先生の問いに、ハルナは上品に笑う。

 

「美食を追い求める道に、所属学園や自治区等という些細な境界は存在しませんわ」

 

 芯の強い、ハルナの言葉。先生はその強さを彼女の美徳と捉えている。しかし、もう少し手心を頂ければと祈る。そこは割と些細な物じゃないんだよと。

 境界──垣根を超えた繋がりという部分でなら、気持ちとしては同意したい。そんな彼の心境を余所に、ハルナは微笑みのまま口を開く。

 

「それに、先生も美食研究会の一員ですのに」

「そうなの?」

「そうなの!?」

「うふふっ。最初にお会いした時、ちゃんと申し上げましたわ」

 

 美食研究会へようこそ、と。

 ハルナから告げられた言葉に、確かに言われた覚えがあるな、と先生が眉間を揉み解す。

 別に、彼女たちの仲間として認められるのが嫌な訳では……訳ではない。ただちょっと、その場合、色々と業務に支障が出そうな気がするだけであって。

 彼女たちの活動──活躍(・・)を彼はまだ目にした事が無い。しかし、噂くらいは流石に聞いていた。なんだったらSNSの発言をRTをした事もある。それは、朦朧とした意識でスマートフォンを触るべきじゃなかったと後悔した一件だ。

 美食を追い求め、『常識すら丸ごと食べ尽くした』と揶揄される美食研究会。ルビコンであればもしかすると、コーラルの恵みを生で頂く可能性すらありえる少女たち。

 黒舘ハルナとは、美食研究会とは、そのような存在であった。

 

 所属についての話をひとまず有耶無耶にした後も、しばし談笑が続き。三人のカップが空になり、一息ついた頃。

 

「レイヴンさん。美食研究会はいつでも、貴女をお待ちしておりますわ」

「……う、うん」

「では、先生。今度は皆さんも連れて参りますわ。あと、私一押しの料理人(・・・)の方も」

「うん。楽しみにしてるよ」

 

 二人の見送りを受け、ハルナは颯爽と去っていった。

 先生はハルナが最後に残した言葉に何故か一抹の不安を感じるも、変に穿って考えるのもよくないな、と思考を切り替える。

 生徒を信じようとするその姿勢は、彼の美徳であり──残念ながら、欠点でもあった。とはいえ、流石に連れてくる手段(・・)について問える程、彼女への理解はまだ深い訳ではない。仕方のない事だと言えよう。

 切り替わった思考から思い出した事を共有すべく、先生がレイヴンへ語りかける。

 

「そうだ、レイヴン。今後、シャーレに誰か来る事が増えるかもしれないんだ」

「そうなの?」

「うん。実はね──」

 

 先生が語る内容は『当番』という仕組みの話。

 曰く、彼の世話になった生徒から、何か返したいとの希望があったそうだ。彼としてはお礼の為にやっている事ではないのだが、その気持ちを無下にする訳にもいかず、そのような仕組みを作るつもりなのだと。

 それは、彼がシャーレの顧問として活動した積み重ねの結晶と言えるだろう。

 彼が昨晩に行っていた事はその為の準備。各学園所属の生徒にどこまでの資料を閲覧を可能とするか、連邦生徒会と詰める分別方法の検討だ。

 

「そうなんだ……」

「うん。まあ、基本的にはシャーレに所属してる子たちが来る事になるだろうね。会う事があれば、仲良くしてくれると嬉しいかな」

「……わかった」

 

 今日みたいに朝から来る事はそうないだろうけどね、と彼が補足する。

 そんな言葉を耳にしつつ、レイヴンは話題を切り替えるかのように口を開く。

 

「先生、今日もこれからお仕事(デスクワーク)?」

「……うん、そうだね…………」

 

 だいぶ嫌そうだった。

 先生としては、向き合いたいのは生徒であって、書類ではないのだろう。そんな心情がありありと顔に浮かんでいた。しかし、それはそれとして。その書類たちの多くは、生徒のためになる物だ。だからこそ、書類仕事もまた、彼が投げ出せる代物ではないのだ。

 軽くため息をつき、仕事にとりかかろうとした彼のスマートフォンに、ひとつの通知。シッテムの箱ではなく、連絡用として所持しているその端末に表示された内容を見て──彼は表情を凛々しい物へと変え、レイヴンへと声をかける。

 

「──レイヴン。緊急の依頼だ」

 

 

***

 

 

「ポイントCクリア」

『了解。次はポイントDへ向かおう』

「わかった」

 

 レイヴンはインカムから聞こえた先生の指示を聞き、自身が手にするスマートフォンを見る。ディスプレイに映る地図アプリには、複数のポイントが表示されていた。それは、依頼内容を加味して先生が推察した、ターゲットが居そうな場所だ。

 彼女は現在地と彼の示したポイントDの位置を確認し、駆け出す。

 距離は然程でもない。暫く走ったレイヴンはやがて、目的地付近へと到達する。ここからは音を立てず、慎重に。ターゲットに気取られ、逃げられる事は避けたい。

 移動ルートに使用した大通りではなく、裏道となる路地へ足を踏み入れる。ターゲットは、余り開けた場所を好まないとの事だ。入り組んだそこを注意深く観察しつつ進む事、数分──レイヴンの耳が、微かに、猫の鳴き声と少女の声を拾う。

 

「先生。猫の鳴き声と、誰かの声が聞こえた」

『……ターゲットかもしれない。確認してみよう』

「わかった」

 

 小声でやり取りを行い、レイヴンは声の聞こえた方へと向かう。

 彼女が歩を進めるにつれ、散発的な猫の鳴き声と少女の声が、段々と鮮明に聞こえてくる。進む方向に間違いはないのだろう。

 もう間もなく、姿を確認する事が出来るだろうかと、レイヴンが考えながら路地を曲がり、そこに居た声の主と思われる少女と猫の姿を、目で捉える。

 

「首輪つけてるって事は、飼い猫だよね……君の飼い主さんは、どこなのかにゃー」

 

 パーカーに身を包んだ少女が、手に抱えている猫へと話かけ、にゃーと鳴き声が返される。

 顔を確認するには少し位置が悪い。少女と猫のやり取りを気にせず、レイヴンは歩み寄る。その気配を察知したのか、少女が彼女へと視線を向ける。

 

「……誰?」

 

 少女の言葉にレイヴンは取り合わず。

 距離は縮まり、確認は終えた。

 故に発するのは、ただひとつの報告。

 

「──ターゲットを発見」

 

 

***

 

 

 私はなんでここに居るんだろう。

 それが、鬼方カヨコの現在の心境だった。

 

「おかえり、レイヴン」

「ただいま、先生」

 

 場所はシャーレのオフィス。カヨコの眼前ではここに連れてきた張本人──レイヴンと、先生が会話をしていた。

 予期せぬ大人(・・)の存在に警戒していた彼女へと、先生が顔を向ける。

 

「君は迷い猫の確保(・・・・・・)に協力してくれた子かな。ありがとうね」

「いや、別に……」

 

 カヨコの返答は、不信感がにじみ出るような声色ではあったが、先生が気に留める事はない。彼にとってそれは、初対面の生徒が見せる反応の中でよくある物だからだ。

 彼にはそれよりも気になる事がある。依頼人であった、ボリュームのあるピンク髪をした生徒の姿が見えない。確認の為、レイヴンへと問う。

 

「依頼人の子は居ないのかな?」

「友達との待ち合わせに遅れてるからって、どっか行っちゃった。猫もあの人が飼い主へ届けてくれるんだって」

「えっ。自分の飼い猫じゃなかったの?」

「うん。そう言ってた」

 

 二人の会話が一区切り付いた隙間に、カヨコが自身の疑問を刺し込む。

 

「……それで、私がここに連れて来られた理由は?」

「ああ、うん。依頼人の子や協力者の子が良ければシャーレに来て貰って、って話だったんだけど……レイヴン、ちゃんと伝えた?」

「えっと……ごめんなさい?」

「……まあ、別にいいけど」

 

 その話を受け、カヨコは伝達ミスだったのだろうと理解する。特に咎めるつもりもないが、少し溜息が零れた。

 その小さな音を拾い、先生は少し落ち込んだ様子のレイヴンの頭を撫でつつ、場の空気を換えるべく口を開く。

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。私はシャーレの顧問先生です、よろしくね」

「……鬼方カヨコ」

「わたしはレイヴン」

「……レイヴン、なるべく先に自己紹介をしようね」

「…………うん」

 

 そんな会話の後、カヨコは『シャーレ』が何なのか軽く説明を受ける。そこで、この大きな建物がシャーレの物である事と、その活動内容について知った。レイヴンとカヨコが遭遇した一件は、活動の一環。猫探しの依頼による物だったとの事だ。

 その話を聞き、自身の所属組織の室長と同等の背丈の少女を見て。その少女へ指示を出していたであろう存在を見て。カヨコは、気になっていた事を問いただす。

 

「それで──依頼を子供ひとりにやらせて、自分は部屋の中って?」

 

 険のある目元と、言葉に含まれた明確な棘。向けられた先生は苦笑を浮かべた。

 

「本当は私も、一緒に行くつもりだったんだけどね……」

「先生、お仕事溜まってるから。サポートだけしてもらって、分担した方が効率的」

「私もおそといきたかった……」

 

 メソメソと先生が顔を両手で覆う。なんだこの大人。半目になったカヨコはそう思った。

 様子のおかしい人を隅に置いて、彼女は考える。今のやり取りと、先ほどの様子。それらを踏まえれば簡単な話だ。自身の考えは杞憂だったのだろう、との結論に行きつく。とはいえ、問う前にある程度想定はしていた。ただ、少し突いて、はっきりさせて置きたかっただけだ。

 思考の巡りを終え、内から外へと意識を戻した彼女が、自身を見つめる先生の視線を捉えた。目の合った彼は穏やかに笑い、彼女へと声をかける。

 

「優しいんだね、カヨコは」

「な、何……急に」

「だって、さっきの発言。レイヴンを心配しての言葉だよね?」

 

 優しいね、と再度告げられた言葉とその温かな眼差しに耐え切れず、カヨコが顔を逸らす。

 

「そうなの?」

「うん。レイヴンが私に良い様に使われてるんじゃないかって、気を配ってくれたんだよ」

「……いや、説明しなくていいから」

 

 気恥ずかしい気持ちを抑え、揺れそうになる視線を意識して制御しようとしていたカヨコは、今度はレイヴンと目があった。怖いという印象を持たれる事の多い自身の顔を見ても、一切臆した様子を見せない、真っ直ぐな視線と。

 

「そうなんだ?」

「…………まあ、少し」

 

 無垢な問いに気圧されて、言葉を漏らす。

 そんなやり取りを微笑ましそうに見守っていた先生はひとつ、思い出す。わざわざ来て貰った理由を伝えていなかったと。

 

「そうだ。もしよければ、これ」

「これ、って……」

 

 カヨコへと手渡されたのは、シャーレの募集用パンフレット。『連邦捜査部S.C.H.A.L.E』と正式名称が表紙に記されたそれは、少しお堅めの紹介文が記載された資料と、所属届けの用紙がセットになった物だ。

 

「いやでも、私もう他に所属してるし」

「その辺りはまあ、大丈夫かな……? 所属に関係なく、好きにシャーレへ加入する事はできるから」

 

 兼部は大丈夫だよ、と朗らかに語る先生。

 そんな風に、カヨコがここへ足を踏み入れてから、一貫して態度を変えない彼を眺め──少し、反応を見てみたくなり。言わなくても良い事を、彼女は切り出した。

 

「私の部活……非認可なんだけど」

「そうなんだ」

「そうなんだ……って、それだけ?」

「……うん、まあ。悪い事をしてるのでなければね」

 

 いやでも非認可での活動は悪い事なのでは、と自身のライン(倫理感)に疑念を抱く先生。

 そんな彼を余所に、言葉を受け取ったカヨコは社長(アウトロー)の顔を思い浮かべた。

 悪い事は──

 

「まあ……してない(できてない)、かな」

「それはよかった」

 

 含みのある返答。されど、その中身について問うような事はせず、先生は言葉通りに受け取った。

 

「まあ、シャーレへの所属については、好きにして貰えればいいかな」

 

 重要なのはそこではない。先生は柔らかに微笑み、カヨコへと続きを語る。

 

「ただ、困った事があったりとか、助けて欲しい時。連絡が貰えれば嬉しいな」

「……そう」

 

 甘言。普段であれば、そう切り捨ててしまっても良いような言葉。しかし、それを放ったまま微笑んでいる大人と、その傍らに居る少女を見て。

 まあ、素直に受け取ってもいいかな、と。

 カヨコはそんな感想を抱いた。

 

 

***

 

 

 社に持ち帰って検討します。そんなニュアンスの言葉を残してカヨコが帰った後、二人きりとなったオフィス。その室内に、ひとつの通知音が響く。それは、モモトークがメッセージの新着を告げる音。出所はレイヴンのスマートフォンだ。

 彼女はスマートフォンを手にとり、確認する。そこに表示されている内容は、なんてことのない挨拶。

 返信はせず、別の操作を行う。表示させるのは、登録されているアドレスが一覧で確認できる画面。最近出会った面々の名が並ぶそこを眺め、動きを止める。

 

 たった数日。それだけで、彼女の狭かった世界は、大きな広がりを見せた。

 直接顔を合わせ、言葉を交わす。そんな行為がここ数日で、あの惑星とは比べ物にならない程多く行われた。

 それが、本当に違う世界に居るのだと、彼女に強く実感させる。

 では、前はどうだったのかと追憶し、そういえば幾つかメッセージを貰った事があったな、と思い出す。あの時──自分は、返事をしていただろうか。

 

 画面を見つめたまま、一向に手を動かそうとせず。かといって、操作方法が分からないといった風でもない。そんな様子のレイヴンが気にかかったのか、先生が問いかける。

 

「モモトーク、返さないの?」

「……うん」

 

 彼女の様子は平時と大差なく見えた。でもどこか、返ってきた声は暗く、表情は陰りを帯びている。

 そんな顔を見て。モモトークが表示されているであろう、スマートフォンを見て。先生はひとつ、確認して置きたい事があった。

 彼女に手が届く距離へと、歩み寄る。

 

「レイヴン。もし、君が……自分に、友達を作る資格(・・)が無いと思っているのなら……」

 

 その言葉に、小首を傾げた顔が返り。

 

「友達って……作るのに、資格(ライセンス)が要るの?」

「……いや、ごめん。なんでもないよ」

 

 彼は複雑な気持ちを抱くも、言いかけた言葉と共に、飲み込む。今、その話は語るべき物ではないのだと、自身に言い聞かせて。

 ただそうなると、彼女が返信をしない理由が──その表情の理由が、何処にあるのか、彼には疑問だった。

 

「でも……返さないのは、どうして?」

「……」

 

 先生の問いに、レイヴンは答えず。じっと、モモトークが表示された画面を見つめる。

 しかし、その心は此処に無く。

 彼女が思い返すのは、自身が歩んだ軌跡(選んだ選択)

 そして。そこから導き出される答えを──言葉にする。

 

「……どうせいつか、手放す時が来るから」

 

──聞こえているか 役立たずども!

──ミシガンは転んで死んだ 伝記にはそう書いておけ!

 

 受けないならラスティが向かう。

 そう聞いて受けた、レッドガン部隊迎撃(ミシガンとの敵対)

 

──届かなかったか……

──戦友……

 

 助けたつもりだった。

 でも、そんな相手(ラスティ)とも、結局は戦う事になって。

 

「わたしは……ひとつしか、選べなかったから」

 

──レイヴン あなたの考えは 分かりました

──……残念です

 

 それはかつて(エア)の別れの言葉。選んだ選択の結果。

 ウォルターとエア。どちらを取るか考えて、悩んで……決断して。選んだのは、ウォルターの遺志(最初に貰った温かさ)。そちらを選んだところで、その温かさを取り戻せる事なんて……ないのに。

 使命を同じくしたカーラとチャティでさえも、別れは、唐突だった。

 だから、思うのだ。

 どうせ何かひとつしか、選べないのなら、残せないのなら。それなら……最初から、他を手にしなければいい。

 別れが、辛くならないように──自分が、悲しくならないように。

 

「レイヴン」

 

 過去に囚われていた彼女を、先生の声が引き戻す。

 顔を上げ──目と目が合う。初めて会った時と変わらない。温かで、真っ直ぐな眼差し。

 

「君が、別れを選ばなくていいように、私がなんとかする」

 

 先生は彼女の辿った軌跡を、全て把握している訳ではない。

 でも──彼には、彼女がどんな気持ちを抱いているのか、先の言葉から、拾い上げる事ができた。そして、そこから救い上げたいと、願う。

 

「だからどうか──絆を紡ぐ事を、怖がらないで」

 

 言葉を受け。彼女は、その胸に巣食う感情の名前を知る。

 失う事への恐怖。何も持っていなかった少女が、得た物すべてを失った結末の傷跡。

 そうして、気が付く。結局のところ、手放す事を選んだのは自分だったのだと。何を得るかではなく、何を手放すか悩んだあの選択は──間違いだったのだろう。遺志を継いだ事を後悔している訳ではない。でも、共に歩もうとする彼女(エア)から、目を背けるべきではなかったのだ。

 身体が震えて、目の奥は熱を持つ。そして、湧き上がる感情を押し付けるように、縋るように。先生の胸へと顔を押し付け、震えた声で問いかける。

 

「本当に……なんとか……して、くれる?」

「うん。約束するよ」

 

 力強い返答を受け、レイヴンは想う。

 誰とも別れる事の無い、未来。あの惑星で、自分が本当にしたかった事は、願いたかった事は、たぶん、そういう事なのだろう、と。

 あの惑星(世界)では、恐らく叶わない事だったのだろう。でも、このキヴォトス(世界)では、先生の居るここでなら、願っても良い事なのかもしれない、と。

 そんな想いを胸に、彼へ微笑みと共に、言葉を重ねる。

 

「じゃあ──これ(・・)を返すところから、やってみるね」

 

 そう言って、彼女はモモトーク(繋がり)の表示されたスマートフォンへと向き合う。

 これから(未来)に向けた一歩を、踏み出す為に。




 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。

 このプロローグの内容。本当はもっと物語を進行させてく流れで、段階を分けて開示させるべきなのでは?と思いつつ、そうするとこの話のレイヴン……621が、どの様な存在なのか希薄なままになりそうだったので、まあこれで行こうと思い、書きました。
 二次創作なのでね。書きたいように書かせて貰おうかと。

 ストーリーの解釈として、レイヴンの火ルートがバッドエンドだった、と言いたい訳ではありません。
 ただ、この話に出てくる621にとって、選ぶべきではなかったのだろう、という事です。

 また、これを書く上で欠かせなかった、先生の解釈についても。きっと彼ならこう言うのだろう、という考えの元で書いています。
 そういった部分も含めて『独自解釈』のタグ付けてる感じですね。

 本当なら『原作準拠』の通り、対策委員会編も続けての投稿を行いたかったのですが……全然書けていません。
 なので、書き溜めがある程度できたら、また投稿させて貰えればと思います。

 それでは最後に。
 この作品を読んで、楽しんで頂けたのであれば──いえ、違いますね。

 ──喜んでもらえたなら…… 素敵だ……
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