火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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知るという事

 対策委員会の教室へと着いたレイヴンが目にしたのは、大きく開け放たれたドア。

 セリカの話によれば本日は自由登校日らしいのだが、どうやら誰か居るらしい。無駄足にならずに済んでよかったと思いつつ、彼女は室内へと入っていく。

 

「おはよう」

「ん、おはよう」

「おはようございます」

 

 レイヴンの挨拶に反応が二つ返って来た。シロコとアヤネだ。

 シロコは床にブルーシートを敷いて銃の分解中、アヤネは机に向かって書類作業。朝に遭遇したセリカを除くと、対策委員会のメンバーは残り二人。そのホシノとノノミの姿は室内に無く、この場には二人だけのようだった。

 アヤネはレイヴンに続く先生の姿を想像していたのだが、その様子が無い事に疑問を抱く。

 

「……あれ、今日は先生と一緒じゃないんですか?」

「先生ならセリカ追いかけてどっかいっちゃった」

「セリカちゃんを……?」

「……追いかけて?」

 

 レイヴンが先ほどの出来事を説明する。

 内容に得心が行ったようで、二人は頷いていた。

 

「なるほど、そうだったんですね」

「そっか、今日セリカ来ないんだったね」

「二人はセリカが何処に行ったか知ってるの?」

「ん……場所までは知らない」

「私もです。最近、偶にそんな日があるんですよね」

「そうなんだ」

 

 モモトークのグループか、それとも事前に知らせておいたのかは定かではないが、対策委員会の二人はどうやら知っていたようだ。

 その様子から残り二人の居場所も気になったレイヴンが、興味本位で問いかける。

 

「ホシノとノノミは居ない?」

「二人なら隣の教室。ノノミはホシノ先輩の枕になってる」

「枕になってる……?」

「あはは……」

 

 事の詳細は不明だが、どうやら二人も居るらしい。であれば自由登校日であるにも関わらず、対策委員会のメンバーはセリカ以外は登校している事となる。

 その情報を共有すべく、レイヴンはモモトークで先生へと送信。直ぐに返事が来る事もないだろうと、そのままポケットへと仕舞う。

 彼女が次に興味の先としたのはシロコの作業だ。

 

「シロコは銃の手入れ?」

「ん。補給品も貰えたし、ヘルメット団も追い払えたから。一度しっかりやっておこうかなって思って」

 

 ここなら予備の武器もあるから、とシロコが壁のガンラックを指差す。

 自宅で行うより、対策委員会の教室でする方が環境が整っているという事なのだろう。レイヴンはシロコの説明に頷きを返した後、彼女の傍まで歩み寄り、座り込んだ。

 

「見ててもいい?」

「いいけど……面白くもないよ?」

「砂の影響、どこにあるかよくわかってないから」

「……なるほど。それなら一緒にやる?」

「うん、やる」

 

 そんな二人の会話から暫しの間。二人が銃の分解整備をする音と、シロコの説明にレイヴンが頷きを返す声。そこにアヤネが書類を捲り、何かを書き記す硬質な音が室内へと響く。

 賑やかではないが、静かでもない時間が流れ。

 

「ふわぁー。おはよう、みんなぁー」

「おはようございます☆」

「あ、おはようございます」

「ん。おはよう」

「おはよう」

 

 眠たげな物と、明るく元気な物。その二種類の声と共に、教室の入り口からホシノとノノミが顔を出した。聞こえてきた挨拶にアヤネは作業を一時中断して、整備が終わり頃だった二人は組み立て作業をしながら、それぞれが返事をする。

 ノノミがそれを笑顔で受け取りながら室内を見渡す。それでレイヴンが居るのに、先生が居ない事に気が付いたのだろう。頭に疑問符を浮かべながら口を開く。

 

「……あら、今日は先生と一緒じゃないんですか?」

「先生ならセリカ追いかけてどっかいっちゃった」

「セリカちゃんを……?」

「……追いかけて?」

 

 この件さっきもやったなと思いつつ、レイヴンが先ほどの出来事を説明する。

 内容に得心が行ったようで、二人は頷いていた。

 

「なるほど、そうだったんですね☆」

「ありゃー。ウチのセリカちゃんが、先生取っちゃった感じ?」

「……ううん」

 

 ホシノの軽口に、レイヴンは首を振って答える。

 実のところ、先生とレイヴンが重ねた月日はそう長いものではない。多忙を極める彼と同じ空間で過ごしたのも、時間で換算すると思う程ないのかもしれない。しかしそんな中でも、彼がどの様な人物なのか、彼女は知っているつもりだった。

 

「先生は、わたしだけの先生じゃないから」

 

 朝でも、昼でも、夜でも。生徒に呼ばれたのであれば極力駆け付ける姿。それをこのキヴォトスで一番間近に見続けてきた、と言っても過言ではないだろう。

 特に寂しそうにもせず、ごく当たり前の事を口にしたかのようなレイヴン。その彼女へホシノが顔を向ける。眠たげな表情と、それとは異なる瞳を抱えて。

 

「ねえねえー、レイヴンちゃん。先生って、どんな人ー?」

「……どんな人?」

「うん。ほら、あんな変な大人なんて今まで見たことなかったし。近くに居る人がどう見てるか、気になるじゃんー?」

 

 変な大人(・・・・)。それは、寄り添おうとする姿勢を指しての物なのだろうと。聞かずとも、気が付く事が出来た。

 ホシノの問いかけにレイヴンはすぐに答える事なく。じっと彼女の目を、互い違いの色をした瞳を見つめ──気が付く。化粧っ気の無い彼女たちの中では珍しい、目元の化粧。薄っすらとだが、確かに存在する。何かを隠すようなそれに。

 ふとした疑問が、口を出る。

 

「ホシノも先生の事、信用できない?」

「────」

 

 レイヴンの返した質問に、ホシノは即応する事が出来なかった。

 不意を突かれたのは確かだ。でもそれ以上に、彼女の真っ直ぐな言葉と眼差しに、返す答えを悩んでしまった。それに本音を誤魔化してしまえば、自分が同じ(・・)になってしまいそうな気がして。

 少しの逡巡を経て、ホシノが言葉を漏らす。

 

「いや……先生(・・)が、じゃなくて。大人(・・)が、かな……」

「……そっか」

「ホシノ先輩……」

 

 アヤネの声が室内に落ちる。ホシノの内心を聞くのが初めてだったのだろう。その表情は驚いたような、納得したような、どちらともつかない物だった。シロコやノノミは知っていたのか、察していたのか。彼女よりは普段と変わらぬ顔をしていた。

 そんな対策委員会のメンバーを余所に、ホシノは少し硬い声色で言葉を紡ぐ。

 

「……ごめんね。昨日、あんな事言っておいて」

 

 その台詞は恐らくレイヴンだけではなく、今ここに居ないセリカにも向けた物だったのだろう。

 だが受け取ったレイヴンは特に気にした様子もなく、ホシノへと声をかける。

 

「ううん。別に良いと思う(・・・・・・・)

「……えっ?」

 

 返ってきた言葉が思わぬ物だったのだろう。驚きに目を丸くしたホシノ置いて、レイヴンは過去を思い起こす為に目を閉じる。

 『利用』も『頼る』も、力を借りるという観点では変わりはない。その言葉の差は、それぞれの感じ方による物だと、彼女は思っていた。

 

 ──お前に託さんとする…… ひとつの依頼に過ぎない

 

 彼から貰った、最後の依頼。あれは──頼りにしてくれたのだと。そう、受け取っている。

 思い返した声と共に訪れた寂しさに蓋をして。彼女は今を見る為に、目を開く。

 

「例え先生を利用するつもりだったとしても。それが生徒のためになるなら、それが悪い事じゃなければ、怒ったりしないと思う」

 

 もちろん、頼ってくれた方が嬉しいだろうけど、と付け足して。

 ホシノを見据え、真っ直ぐに。

 

「わたしから見た先生は、そんな人」

「……そっか」

 

 ホシノはその言葉を受け、押し黙った。そして、受け取った物をどう処理すべきか考えているような彼女へと、レイヴンは更に言葉を重ねる。

 

「それに、信用は実績の上に積み重なるものだと思うから」

 

 ──……名指しの依頼が入ったな

 ──この調子で実績を積み上げていけ

 

 かつての言葉を思い出す。あそこでも、ここでも。信用を作っていく過程に変わりはないのだろう。レイヴンはそう感じていた。

 故に彼女は思う。例えそれが利用であろうと、必要なのは繋がりなのだと。最初がそうだったとしても、続いた先に変わる事もあるのだと。

 

「だから……大事なのは、知ろうとする事」

「……うん。聞かせてくれて、ありがとね」

 

 ホシノは柔らかく笑い、礼を述べる。必要だった情報(先生の話)を得られた事よりも、もっと大切な事を教えて貰った気がして。でも、擦れてしまった自分には真似ができないのだろうな、と少し顔に陰りが帯びた。

 

「……先生には聞かれた事、言わないでおくね」

 

 その表情が気になったのだろう。レイヴンとしては配慮のつもりだったのだが、残念ながら方向性としては少しズレがあった。

 しかしホシノは指摘する事もなく、彼女の気遣いを受け取る事とした。

 

「えっと……いいの?」

「うん。言っても言わなくても、先生のやる事は変わらないだろうから」

 

 レイヴンの言葉に込められた信用。ホシノはそこに、先生の積み重ねたものが見えたような気がした。

 会話の推移を見守っていたノノミが、区切りを迎えたと見て笑顔で口を開く。

 

「先生は今日、セリカちゃんと一緒なんでしたっけ? 先生の事を知る為にも、私たちも合流しちゃいますか☆」

「ん、セリカが何してるのかも気になる」

「確かに……いいかもしれないですね」

「おー、いいね。皆でお出かけだ」

 

 揃って外出の意向となったその時、レイヴンのスマートフォンから通知音が鳴り響く。ポケットから取り出し、何やら確認した彼女が、くるりと対策委員会のメンバーを見回す。

 

「誰か、セリカのバイト先知ってる?」

 

 

***

 

 

「ここって……」

 

 馴染みのある建物を見てシロコがぽつりと零す。

 セリカを追いかけ、バイトに行くという事まで聞き出せはしたが、場所までは教えて貰えなかった先生。その彼と合流した一行が居るのは一軒の店の前。看板に店主と思われる者の凛々しい顔が描かれたそこは、柴関ラーメン。

 アビドスの誇る名店をセリカのバイト先候補として挙げたのはホシノだ。

 

「私はきっと、ここだと思うんだよねー」

「じゃあ入ってみましょ~☆」

 

 ノノミが言葉と共に店の扉を開く。するとその音にすぐさま気が付いたのだろう。店員と思われる少女が笑顔で振り向いた。

 

「いらっしゃいませ! 柴関ラーメンで……わわっ!?」

 

 服装こそお店の物にしているが、ツインテールに変わりはないセリカその人だ。どうやらホシノの予想は正解だったらしい。

 動揺を露わにしているセリカを意に介さず、ノノミが笑顔で口を開く。

 

「あの~☆ 6人なんですけど~!」

「あ、あはは……セリカちゃん、お疲れ……」

「お疲れ」

「み、みんな……どうしてここを……!?」

 

 ノノミに続いて店内へと入ったアヤネとシロコが、セリカへ労いの言葉を送るが、受け取る側はより一層表情を引きつらせる。

 そこへ予想を的中させたホシノがニヤニヤしながら続き、残る二人もその後ろに収まった。

 

「うへ~やっぱりここだと思った」

「どうも」

「……こんにちは?」

 

 同行者が揃いも揃ってセリカへと声をかける為、そういうものかと真似をするレイヴンの言葉を最後に、セリカはいよいよもって限界を迎えていた。

 

「せっ、先生たちまで……やっぱりストーカー!?」

「うへ、先生は悪くないよー。セリカちゃんのバイト先といえば、やっぱここしかないじゃん? だから来てみたの」

「ホシノ先輩かっ……!! ううっ……!」

 

 セリカからしてみれば堪ったものではない。接客業での振る舞いなど知り合いに見られたくなかったと言わんばかりに、頬を羞恥に染めていた。

 そこに追撃が入る。店先で話し込んで席へ案内されないお客の存在が気になったのだろう。看板に描かれた者とそっくりな姿が厨房から顔を出した。ここ柴関ラーメンの店主だ。

 

「アビドスの生徒さんか。セリカちゃん、おしゃべりはそれぐらいにして、注文受けてくれな」

「あ、うう……はい、大将。それでは、広い席にご案内します……こちらへどうぞ……」

 

 雇い主に当然の事を言われて、反論出来るはずもなく。力無く項垂れた彼女が、席への案内に際して丁寧な口調に戻ったのは、真面目さが故だろう。だからこそ、知られたくなかったのだとも言える事だった。

 少しぎこちなく前を歩く店員に連れられて、大きなテーブル席へと着いた一行は座席へと次々に座って行き──

 

「はい、先生はこちらへ! 私の隣、空いてます!」

「……ん、私の隣も空いてる」

 

 声の主はノノミとシロコ。何故か先生は二択を迫られる状況を迎えていた。

 ピタリと動きを止めた先生を余所に、レイヴンは知る(・・)為の行動かなと推測して、ノノミを見る。その視線を予測していたのか、彼女は綺麗なウインクを返してきた。どうやら正解らしい。

 

「……レイヴン、どっちにする?」

「先生が選ばなかった方」

「…………そっか」

 

 あっ、これ私が選ばないとダメな奴だ。先生はそう思った──いや、レイヴンの取り付く島もない返しに、そう思わされた。

 その後、彼の判断は一瞬だった。迷えば敗れる。その教えに従い、シロコの隣を選ぶ。不用意に悩む素振を見せれば要らぬ疑問を抱かせかねないと判断し、純粋に近い方を選択したのだ。

 横に腰を落ち着けた先生を見たシロコは、満更でもない様子だった。

 

「ふむ……」

「えっと……お邪魔するね」

「じゃあレイヴンちゃんはこっちですね☆」

「うん」

「そこ狭すぎ! シロコ先輩、そんなにくっついてたら先生が窮屈でしょ! もっとこっちに寄って!」

「いや、私は平気。ね、先生?」

「何でそこで遠慮するの!? 空いてる席たくさんあるじゃん! ちゃんと座ってよ!」

「わ、分かった……」

 

 注文を受ける前に注文を付ける店員に従って、シロコは少しだけ座る位置をずらす事となった。

 全員が席に座った事もあり、話題はメニューに移るかと思いきや、その矛先は再びセリカへと向かう。

 

「セリカちゃん。バイトのユニフォーム、とってもカワイイです☆」

「いやぁー、セリカちゃんってそっち系か。ユニフォームでバイト決めちゃうタイプ?」

「ち、ち、ち、違うって! 関係ないし! こ、ここは行きつけのお店だったし……」

「ユニフォーム姿のセリカちゃん、写真撮っとけば一儲けできそうだねー。どう? 一枚買わない、先生?」

「えっ。いや、えっと……」

「変な副業はやめてください、先輩……」

 

 要らないとも欲しいとも返せず、言い淀んだ先生をフォローするかのようにアヤネが釘を刺す。金策をひとつ潰されたホシノは「えぇー」と不満の声を漏らし、話題に入ってこないレイヴンはメニュー表をじっくり眺めていた。

 レイヴンとは異なり、対策委員会のメンバーはメニュー表を気にする様子がない。彼女たちにとって知らない店ではないのだ。中でもシロコは、自身が店へと足を運んだ回数がそこそこあると思っている。しかし彼女は、セリカが働いている事を知らなかった。だからこそ浮かんだ疑問が口を衝く。

 

「バイトはいつから始めたの?」

「い、一週間ぐらい前から……」

「そうだったんですね☆ 時々姿を消していたのは、バイトだったということですか!」

「も、もういいでしょ! ご注文はっ!?」

 

 尚も槍玉に上げられる状況に、いい加減この場から離れたくなったのだろう。いつまでも弄られては堪らないといった様子でセリカが声を張り上げた。

 が、この状況を招いた元凶とも言える人物は、にやけた顔を隠さず彼女へと声をかける。

 

「『ご注文はお決まりですか』でしょー? セリカちゃーん、お客様には笑顔で親切に接客しなくちゃー?」

「あうう……ご、ご注文は、お決まりですか……」

 

 ホシノに反発するのではなく、素直に受け取ったセリカが少し引きつった笑顔で返す。その真面目な様子に先生が微笑み、しかしセリカに見咎められて睨まれた。

 招いた誤解を解こうと彼が口を開こうとするが、それより先にノノミが勢いよく手を上げる。

 

「私は、チャーシュー麺をお願いします!」

「私は塩」

「えっと……私は味噌で……」

「私はねー、特製味噌ラーメン! 炙りチャーシュートッピングで!」

「え、あ、ちょ、ちょっとまってね!」

 

 機会を逃した上に、次々と告げられる注文に先生が慌てる。彼女たちの会話を聞き入っており、メニュー表すら見てなかったからだ。

 そんな彼へと、穏やかに笑うホシノが顔を向ける。

 

「先生もレイヴンちゃんも、遠慮しないで、ジャンジャン頼んでねー。この店、めちゃくちゃ美味しいんだよー! アビドス名物、柴関ラーメン!」

 

 メニュー表へと視線を落とした先生へと送られた言葉は、今まで聞いた彼女の声の中で、一際明るかった。彼はそこから窺い知れる物を推察しつつ、あまり長くは選んでもいられないと、一番大きく掲載された品物を選択する。

 

「ええっと、ホシノと同じにしようかな」

「じゃあわたしもそれで」

 

 どれも美味しそうだからどれでもいいやと、大雑把な結論に至ったレイヴンも先生に追従した。

 漸く全員の注文を受け取ったセリカが、これで離れられると安堵のため息を小さく漏らす。しかし、ふと気になる事が頭に浮かび、それがそのまま口から出る。

 

「……ところで、みんなお金は大丈夫なの? もしかして、またノノミ先輩に奢って貰うつもり?」

「はい、私はそれでも大丈夫ですよ☆ このカードなら、限度額までまだ余裕がありますし」

「いやいや、またご馳走になるわけにはいかないよー。きっと先生が奢ってくれるはず。だよね、先生?」

 

 急なパスに先生が硬直する。

 

「えっ……初耳なんだけど」

「あはは、今聞いたからいいでしょ!」

 

 先生の小さな反論をホシノが笑い飛ばす。

 その様子に少しだけ、苦い笑いが浮かぶ。彼としては生徒の食事代を出す事に抵抗がある訳ではない。だが今は少し諸事情(・・・)で懐が寂しい事もあり、ちょっと逃げ出したい気持ちになった。

 しかし、その事情を知る赤い瞳が見つめる前で逃げる訳にもいかない。念のためと口止めはしているが、下手をすればその中身をここで告げかねないのは、昨日の様子から察する事ができる。

 アビドスへと持ち込んだ支援物資の資金が、何処から出たのか。それは、対策委員会の彼女たちにはなるべく伏せて置きたかった。即断即決の行動に、予算申請など間に合うはずがないのだ。

 

「うん、まあ……私に任せて」

「いえーい、やったー!」

 

 通るかどうか定かでない書類の行方に不安を抱きつつも、先生は会計を請け負い、ホシノがその言葉に明るく笑う。

 この表情だけでも先の判断にお釣りが来そうだと感じた彼は、他の心配そうな複数の視線にも大丈夫だからね、と微笑みと共に答えた。

 

 暫くして。

 

「お待たせしましたー」

 

 全員分の品物が順次届き、最後に特製味噌ラーメンが3つ運ばれてきた。

 ホシノと先生、レイヴンの前へとそれぞれ置かれる際にふと、レイヴンが気づく。

 

「セリカ、これお肉多くない?」

「……さ、サービスよ!」

 

 レイヴンの前に置かれた特製味噌ラーメンは、先生の物と比べるとチャーシューの量が違った。ホシノの物と同様の量だったそれは、どうやらトッピングを間違えた訳でもないらしい。

 そんな事もあるのかと思っていたら、横からホシノの声が飛んだ。

 

「セリカちゃんってば、昨日の事気にしてるんだー」

「う……」

「ん、素直じゃない」

 

 からかうような響きと、暖かな物が含まれたホシノたちの言葉。それにセリカは言い返さず、口を結ぶ。事実だと肯定するようだ。

 セリカにとって先生(大人)は兎も角、レイヴンは拒絶の対象ではない。このトッピングは彼女なりの、共に戦った彼女に対するお礼だった。

 しかしレイヴンとしては、自身より先生の方にその気持ちを向けて欲しいところではあった。そもそも、先に嚙みついたのだという自覚もある。

 とはいえ、無下にするつもりもなく。

 

「えっと……」

「い、いいから食べて! 伸びちゃうでしょ!」

「う、うん」

 

 気恥ずかしそうにそっぽを向くセリカから先生へと視線を移すが、何やら嬉しそうに微笑んでいた。どうやら彼は、自身にその気持ちを向けられるより嬉しいようだ。

 セリカの言葉と先生の笑みに押されるがまま、麺を口に運び──

 

「美味しい」

 

 素直な感想が口から出た。

 眼を見張るレイヴンへと、セリカが顔を向ける。

 

「でしょ! 大将のラーメンは最っ高なんだから!」

 

 レイヴンはその屈託のない笑顔を見て。

 綺麗だな、と感じた。

 

 

***

 

 

 食事の後。セリカの可愛らしい悪態を背に柴関を出た一行は、せっかくだからと連れ立ってアビドス市街地の観光と相成った。

 とはいえここは市街地ではあるが、場所としては郊外。元々端の方に位置していたという事もあり、かつての栄光の影響も薄く、観光資源となるような物もない。どちらかと言えば買い物が主となっていた。

 つまり何を意味するか。それは即ち、お財布(先生)の犠牲だ。

 ホシノに良い様に集られた先生だが、ノノミのフォローもあり、なんとか苦難を切り抜ける事に成功していた。また、支払った代償(金額)は大きかったが、それに見合う報酬(笑顔)を得る事が出来た彼が、悪くない表情を浮かべていたのは確かだった。

 ひょんな事から始まった交流は、良い終わりを迎えたと言えるだろう。

 

 そして、ほくほく顔でそれぞれの自宅へと帰った対策委員会のメンバーと別れた現在。

 時刻は夜を迎えていた。

 

「……美味しかったな」

 

 ビジネスホテルの一室で、ベッドに身を投げ出していたレイヴンから独り言が零れ落ちた。彼女が思い返しているのは先ほど取った先生との夕食ではなく、お昼の物だ。

 あんなに大人数での食事は、初めてだった。口数の少ない自身と先生で取る食事の、ゆったりとしたものとは違う、賑やかで和やかなひと時。

 ハルナの言う、シチュエーションが大事という奴なのだろうか。柴関での食事は普段のものより特別に、美味しく感じられた。

 ──それと、もうひとつ。

 かつて。ウォルターも、エアも、食事の味を聞いてきた事があった。だけど、あの時は答える事が出来なくて。その後、二人から再び問われるような事があるはずもなかった。

 だから今、美味しかったと言える事が、少し嬉しい。

 

 レイヴンは回顧を一時中断してモモトークを起動し、ハルナとのトーク画面を開く。一言欄にEAT OR DIEと記載さた文面を見て、夕食時に先生とした会話を思い出し、少しだけ残念な気持ちになる。

 レイヴンはハルナへと柴関を紹介したかったのだが、その話は先生の意向により一旦保留となったのだ。もちろんそれは、彼が柴関の味やサービスを不安視した為ではない。

 先生はアビドスの事を殆ど知らない。故に、『水を流しっぱなしの蛇口』がある可能性を否定しきれないのだ。ハルナが柴関で食事を取り、そのままゲヘナへ帰るのが明確であれば止める事はなかっただろう。だが、彼女の情熱の行き先がどうなるか不明瞭。他へと流れた結果、彼女の信念(・・)が爆発するケースを考えると、呼び込む事に成りかねない決断はし難かった。

 

 そんな話はさておいて。レイヴンは次に、新たに増えたモモトークの名前を一覧で表示させる。それは当然、対策委員会の面々だ。

 しかしそこにセリカの名前はなく。また、対策委員会のグループにも入っていない。ノノミたちから誘われこそしたが、先生が固辞した為、レイヴンもそれに倣ったのだ。

 セリカに認めて貰っていない今、不和の元になるのもよろしくない、との事だった。

 

 今日一日を経て芽生えた、対策委員会への感情。それに対し、レイヴンは考える。認めて貰う。信用を得る。どうすればそれが出来るのか、何を積み重ねればいいのかと。

 そんな、今まで意識すらした事が無かった物について悩んでいた彼女の元へと、唐突なノックの音が届く。

 

「……先生?」

 

 レイヴンの口からぽつりと独り言が漏れる。部屋に訪ねて来る相手の候補が、彼くらいしか思い当たらないからだ。しかしモモトークではなく、直接やって来る理由もわからない。

 顔に疑問符を浮かべた彼女が無造作にドアを開ければ、やはりその先には先生が居た。

 

「先生、どうしたの?」

「……こんな時間にごめんね」

 

 先生の言葉にレイヴンは首を振る。彼はこんな時間というが、寝るにはまだ早い時間帯だ。しかしそんな彼の言葉よりも、彼女としてはその表情の方が気になっていた。

 普段の柔和な様子が消え、真剣な面持ちの先生。彼がモモトークでは無く、あえて部屋に訪問したのは、話の内容が理由だった。

 メッセージでは履歴が残る。仮に寝ていた場合、起きた時に確認されて変な心配をさせるのも忍びない、と。そしてその内容は──

 

「ホシノから連絡が来た。セリカが家に帰ってないらしいんだ」

「セリカが……?」

 

 事態が発覚したのはアヤネの行動からだった。

 彼女はセリカと連絡が取れない事に気が付き、不審に思った結果、セリカの自宅へと足を運んだらしい。そしてスペアキーを使い、帰宅した様子が無い事が発覚したとの事。不安に駆られたアヤネはそれを対策委員会のグループへと共有し、そこからホシノが先生へと連絡を取ったのだと。

 夜にも関わらず偶然にも市街地に居たらしいホシノは今、このビジネスホテルに向かっている。そんな状況をレイヴンと共有した先生は、彼女へと確認を取る為口を開く。

 

「ホシノと合流して外へ行こうかと思ってるんだけど──」

「わたしもいく」

「うん。じゃあ一緒にロビーで待とうか」

 

 こうして一日は終わりを告げず。

 次なる事態に向けて、彼らは動き出したのだった。

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