火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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便利屋の華麗な一日

 ブラインドから朝日が刺し込む、オフィスビルの一室。入り口のドアに『便利屋68(シックスティーエイト)』と記されたそこに居るのは、4人の女生徒。彼女たちは部活──否、企業(・・)のメンバーだ。

 

「カヨコ課長、傭兵たちの返答は?」

 

 社長──陸八魔アル。

 彼女は革張りの椅子へと腰掛けまま、怜悧な声で問いかける。

 便利屋68が受けた、ひとつの依頼。それを達成する為、念押しのつもりで戦力の増強を図っていたのだ。既に失敗した前任者(・・・)たちが居るという情報が、アルにその判断を取らせていた。

 

「とりあえず、話は聞いてくれるって。詳細は顔を合わせて詰めたいんだってさ」

 

 課長──鬼方カヨコ。

 かつて先生たちとシャーレで言葉を交わした彼女も、便利屋68のメンバーであった。

 カヨコはアルへと答えを返した後、通話先の傭兵から聞いた住所を周囲へと伝える。まだ契約を交わした状態ではない為、そこに赴いて話し合う必要があった。

 

「──そう。まあいいわ、傭兵がどの程度の物か、この目で見ておく必要もあるでしょうし」

「良かったね、アルちゃん。当日の依頼でも聞いてくれる傭兵が居て」

「……ちょっとムツキ室長。『アルちゃん』じゃなくて社長でしょ?」

 

 室長──浅黄ムツキ。

 社長のアルから呼び方を咎められたにも関わらず、彼女は一切気にした様子もなくニコニコと笑顔を返す。咎めた側も痛いところ(当日依頼)を突かれた後に加え、呼び方を直してくれない事にも慣れたもの。深くは追及しなかった。

 

「よ、傭兵と上手く、共闘できるでしょうか……もし失敗したら、社長の顔に泥を塗る事に……そ、そうなったら──し、死ぬしかないのでは」

「だ、大丈夫よハルカ! えっと……そう、合わせるべきは雇われる向こうの方だもの! 悪いのはあなたじゃないわ!!」

「しゃ、社長……ッ!!」

 

 平社員──伊草ハルカ。

 彼女の過激にすぎる自罰的な発言を、アルが宥めて落ち着かせる。そのいつもの様子をムツキとカヨコが穏やかに見守っていた。

 

 揃っての外出の為にそれぞれが身支度を整え始める。愛銃を装着し、弾倉を懐に仕舞い、ムツキとハルカは爆薬を鞄へと詰め込んだ。

 アルは準備を整え終わった三人の顔を眺め、口を開く。

 

「さあ。アビドス襲撃前に、傭兵たちとの商談と行きましょ」

 

 便利屋68。問題児揃いで悪名高いゲヘナ学園の中でも、飛びっきりのアウトロー(・・・・・)

 その牙が、アビドスへと迫ろうとしていた──

 

 

***

 

 

 或る日の昼前。先生は対策委員会の部室にて、ひとつの大きな選択を迫られていた。

 

「まさかアイドルをやれなんて言わないよね?」

「アイドルで☆お願いします♧」

「……」

「あはは……」

 

 選択肢のひとつ、アイドルグループの結成に反発するセリカと、その提案者であるノノミが言い募る。その横でシロコが無言でバラクラバ──目出し帽をかぶり出した所で、乾いた笑いが先生から漏れた。

 

 アビドス対策委員会の定例会議。光栄にもそこに招かれた先生と、彼に同行したレイヴンを待っていたのは、重要な議題。

 それは『学校の負債をどう返済するか』という物だった。

 


 

 案1──黒見セリカ。

 

「これこれ! 街で配ってたチラシ!」

 

 でっかく一発狙わないと、と言い出した後に彼女が取り出したのは、一枚のチラシ。でかでかと『ゲルマニウム麦飯石ブレスレットであなたも一攫千金』と記載されたそれにより、室内は静寂へと導かれる。

 彼女の提案は、アヤネからそれはマルチ商法だと指摘され、シロコから呆れられ、ノノミに慰められ、ホシノには悪い大人に騙されるよと諭された。腕につけた二つのブレスレットを取り外して机にそっと置き、セリカは席で小さくなっていた。

 今度、詐欺対策のBDを探して持ってこよう。無ければ作ろう。先生はそう決意した。

 

 案2──小鳥遊ホシノ。

 

「我が校の一番の問題は、全校生徒がここにいる数人だけってことなんだよねー」

 

 そう切り出した彼女の案は、他校のスクールバスジャック。登校中の車両を制圧し、アビドスへの転入学書類にハンコを押させるという物だった。

 ホシノの案に食い付いたのはシロコだ。但し──反対ではなく、賛成寄りで。狙いを何処に定めるかによって戦略を変える必要がある、と意見を述べるシロコの言葉で、ホシノは粗略にゲヘナの名を上げる。しかし当然、そんな事をすれば他校の風紀委員会が黙っている訳がない。アヤネの指摘に、そうだよねとホシノも同意した。

 乗り気な姿勢を見せたシロコも含め、冗談だったのだと信じたい。先生はそう祈った。

 

 案3──砂狼シロコ。

 

「銀行を襲うの」

 

 静かな。それでいて、力強い発言だった。

 ターゲットの選定と合わせた事前調査に、人数分の用意がされた覆面。彼女の案は実に具体性を持ち、直ぐにでも実行可能だと言わんばかりだった。上級生組は和気藹々と覆面をかぶり、それを一年生組が諫める。

 どうかアヤネとセリカは染まらずに居て欲しい。先生はそう願った。

 

 案4──十六夜ノノミ。

 

「犯罪でもマルチ商法でもない、とってもクリーンかつ確実な方法があります!」

 

 彼女の提案は、スクールアイドル。徹夜で考えられたという、水着少女団というグループ名に決めポーズは、セリカに却下されていた。しかし、これまで加速度的に犯罪指数を上昇し続けた案出しから一転、一気に平和な意見が出た事に先生は胸を撫で下ろす。

 確実な方法。その言葉に対して、先生は目を逸らした。

 


 

 そして現在。これまでに出た案から先生に選んで貰おう。そんなホシノの言葉に、先生は追い詰められていた。というか、アイドル以外の選択肢を選べるはずがなかった。

 先生は一縷の望みを託してレイヴンへと目を向ける。それを察知した彼女と、視線が交差した。

 レイヴンはこれまでの案出しについては、色んなお金の稼ぎ方があるんだな、と思う程度であった。彼女がお金を稼ぐと聞いて思い浮かべるのは、かつての傭兵稼業か、もしくは先生の元で依頼を達成するといった、一辺倒な物しかないからだ。

 レイヴンは先生が送った視線の意図を理解したとは思っていないが、丁度良いからとひとつ気になっていた事を問う事にした。

 

「えっと……借金って返さないとダメなの?」

「えっ」

 

 話の腰どころか根本を折りそうな質問が先生へと飛ぶ。

 動揺から固まった彼が復活するより早く、ホシノがその疑問へと答えを返す。

 

「返さないと、学校が銀行の物になっちゃうからねー」

「そうなんです。そうなると、廃校手続きを取らなければならなくなるんです……だからこそ、こうやって会議を、しているのですが……」

「うへ、アヤネちゃん深呼吸、深呼吸」

 

 アヤネが発言するにつれて段々と熱を帯びていくのを感じて、ホシノが宥める。

 素直に深呼吸をし始めたアヤネを横目に見つつ、レイヴンは疑問の元となった言葉を思い出しつつ、口を開く。

 

「そうなんだ……なんか『借りた金をなぜ返す必要がある』って言ってた人がいたから、そういう物なのかなって」

「そっかぁ……」

「なるほど。確かに債権者が居なくなれば、返す先はなくなるね」

「いやいや! なるほどじゃないでしょシロコ先輩! レイヴンちゃんも変な事言わないで!」

「う、うん……」

 

 ひとり納得した様子を見せた者を除けば、室内の反応は先生と同様の物だった。その事自体に意を唱えるつもりはない。かつて遭遇したよくわからない存在が言っていた戯言だったのだろう、と理解は出来る。だがそうであれば、もうひとつ疑問が新たに浮かぶ。

 レイヴンは特に深く考えもせず、その問いを投げかけた。

 

「でも、廃校になれば借金を返さずに済むなら、それの何がいけないの?」

 

 セリカがチラシを取り出した時とは質の異なる沈黙が広がる。

 その言葉が皮肉でも嫌味でもなく、純粋な疑問なのだと、室内の誰もが理解はしていた。しかしだからこそ、その選択肢(・・・)を突き付けられて、一瞬の空白が生じたのだ。

 9億を超える借金。利息の返済も追いつかない現状。全額返済する目途など、あるはずもなく。なら、何のために返済しようとしているのか、と。

 

「──ここは、私たちの居場所」

 

 沈黙を切り裂いて、シロコの声が響く。

 

「だから私は、アビドスを守りたい」

 

 静かな。それでいて、力強い発言だった。

 彼女は口数の乏しい少女ではあるが、胸の内は誰よりも熱いのだと感じさせる声色だった。真にアビドスを大事に想っているのだろう。その熱量は、確かに周囲へと届く。

 

「そうね、シロコ先輩の言う通りだわ! アビドスは私たちの学校だもの、守るのは当然よ!」

「そうですね。だからこそ、此処に居るんです」

「うんうん、これまでだって頑張って来ましたもんね」

「おぉー、みんな熱いねえー」

 

 シロコの熱が伝播したかのように、沸き立つ対策委員会。レイヴンはその様子に、問うべきような物でもなかったのだと理解して、眉尻を下げる。

 

「ごめん……変な事、聞いた」

「いやぁ、気にしないでー。レイヴンちゃんの疑問は普通だと思うよー」

「……うん」

 

 心なしか平時より小さな音量で発せられた言葉に、ホシノが柔らかい表情で素早くフォローを入れる。事実、レイヴンと同じ考えに至った生徒たちはアビドスを離れていったのだ。他の対策委員会メンバーもホシノの台詞と同じ気持ちであるようで、セリカなどは気にするなと言わんばかりに軽く手を振っていた。

 ホシノは表情を一転し、にやけた顔を作る。そして話の流れを変える為、矛先を先生へと向けようと口を開く。

 

「まあ、そんなところに首を突っ込みたがる、変な人もいるけどねー?」

「あはは……」

「ん。先生、学校を守るためにも、銀行を襲おう」

「え、そこに戻るの!?」

「私はアイドルグループが良いです☆」

「だからアイドルなんてやらないって!」

「でもセリカちゃん、それ以外の案だと──」

 

 自分たちの居場所を守る。その目的を明確に口にした事で、より想いが強くなったのだろう。胸の内にある熱を原動力として、議論が過熱していく。

 レイヴンはその様子を傍で見て、思う。

 自身には無かった、守るべき居場所。かつての日々、その大半を過ごしたガレージは結局、補給の拠点でしかなく。彼に言われるがままに、生活をしていた。それ自体に不満がある訳ではない。だけど、居場所と呼べる物を持っていたら──せめて、理解していたら。あの時、何か変わったのではないかと。今では、そう考える事が出来た。

 だからこそなのか。自身で定めた居場所を持つ彼女たちを眺めて。

 

 ──灰かぶりて 我らあり

 ──コーラルよ ルビコンと共にあれ

 

 あの惑星で暮らしていた、かつて踏みにじった存在。

 それを──少し、重ねてしまった。

 

 

***

 

 

「いやぁー、悪かったってば、アヤネちゃーん。ラーメン奢ってあげるからさ、怒らないで、ねっ?」

「怒ってません……」

 

 ホシノが放った言葉に、アヤネは食事の手を止めて返答する。その顔は台詞通りと言い難い表情をしていたが、大人しく隣に座っている所を見るに、頭は冷えてきているのだろう。

 紛糾した定例会議は、憤慨したアヤネにより幕を閉じていた。その後、一行は怒れるアヤネを鎮める為に柴関へと足を運び、現在は遅めの昼食を取っている所だ。

 

「はい、お口拭いて。はい、よくできましたねー☆」

「赤ちゃんじゃありませんからっ」

「アヤネ、チャーシューもっと食べる?」

「ふぁい」

 

 ホシノとアヤネを挟む形で席に座るノノミ。その彼女がニコニコと微笑みながらアヤネの口元を拭き、シロコが対面からチャーシューをそっと勧める。

 その様子を微笑ましそうに眺める先生の元に、セリカがお盆に品物を乗せ歩み寄って来た。

 

「はい、先生とレイヴンちゃんもおまちどーさま」

「ありがとう、セリカ」

 

 昼時は過ぎていた為か店内は空いていた。しかしそれでも大人数で押し掛けた事もあり、アルバイト先でもあった為、セリカは給仕を買って出ていた。

 生真面目にしっかりと柴関の制服へと着替えて給仕を行っているセリカへと、先生は礼を述べて注文を受け取る。だが、同じく受け取ったレイヴンは目の前に置かれたラーメンを見て首を傾げていた。

 

「……セリカ、これ色々多くない?」

「サービスよ! ちゃんと食べないと大きくなれないわよ!!」

「おおきく」

 

 それは横にだろうか。トッピング全乗せに麺大盛のラーメンを前に、レイヴンはそんな事を考えてしまった。

 先日の一件。涙を流す小柄な少女を見て、セリカは自身の中でレイヴンを、守るべき後輩として位置付けていた。このサービスはつまり、そういう事なのだ。

 レイヴンはセリカの気持ちにも礼を述べて、とりあえず一口食べる。それは先日に引き続き、とても美味しいと感じられた。会計時にちゃんとトッピング分も払おうかな、なんて事を思う。

 

「セリカちゃーん、おじさんも大きくなりたいなー?」

「ホシノ先輩はそれ以上無理!」

「あら、ダメですよセリカちゃん。いくら事実でもそんな事言っちゃ」

「ノノミちゃんの方が酷くない?」

 

 ホシノの軽口へ鋭い返しを放った後、さて自分の分でも食べようかなとセリカが一行の席を離れようとしたところに、入り口の扉が開く音が重なる。

 彼女が目を向ければ、扉へと身体を隠して顔だけを見せる少女の姿。その様子に内心首を傾げつつも、接客用の笑顔を浮かべて歩み寄った。

 

「あ……あのう……」

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「……こ、ここで一番安いメニューって、お、おいくらですか?」

「一番安いのは……」

 

 メニューは見ず、脳裏に描く。答えはすぐに出た。

 

「580円の柴関ラーメンです! 看板メニューなんで、美味しいですよ!」

「あ、ありがとうございます!」

「ん?」

 

 注文せずに出ていってしまったお客に対し、今度は実際に首を傾げて見送れば、人数を増やして戻って来た事で納得した。

 

「えへへっ、やっと見つかった、600円以下のメニュー!」

「ふふふ。ほら、何事にも解決策はあるのよ。全部想定内だわ」

「そ、そうでしたか、さすが社長、何でもご存知ですね……」

「はあ……」

 

 賑やかに入店するのは、便利屋一行。昼前に商談を終えた彼女たちは、限られた予算の中で昼食にありつこうと、この時間まで奔走していたのだ。

 戻って来たお客様を迎え、気を取り直したセリカが再び笑顔を浮かべて口を開く。

 

「四名様ですか? お席にご案内しますね」

「んーん、どうせ一杯しか頼まないし大丈夫」

「一杯だけ……?」

 

 ムツキの言葉に、セリカが小声でぽつりと漏らす。一人だけしか食べないつもりなのだろうかと考えつつも、店内の空き具合を思えばテーブル席へ一行を案内してもいいだろうと結論付ける。

 

「でも……どうせならゆっくりお席へどうぞ。今は暇な時間なので、空いている席も多いですし」

「おー、親切な店員さんだね! ありがとう、それじゃあお言葉に甘えて」

 

 その言葉を受けて、セリカは便利屋一行を背に連れて、テーブルへと案内すべく歩き出す。その様子をなんとなしに横目で見ていたレイヴンが、カヨコの存在に気が付いた。

 

「あ、カヨコだ」

「本当だ。こんにちは、カヨコ」

「えっ――……レイヴンと、先生?」

「あれ、先生たちの知り合い?」

「うん、前にシャーレで会った事があってね」

 

 ひらひらと小さな手を振るレイヴンと軽く片手を上げた先生へ、カヨコがぎこちなく手を振り返す。その様子の理由は、偶然遭遇した事だけが原因ではない。先生たちが――シャーレが共にする相手が誰なのか、察してしまったが故だった。

 カヨコを除いた便利屋の面々も、知り合いらしき二人を興味深そうに眺めていたが、席へ案内されている途中だった為に、先導していたセリカと共にさっと場を離れる。折角だからと近くのテーブルへと案内され、便利屋一行はそれぞれ腰を落ち着けた。

 

「あ、わがままついでに、箸は四膳でよろしく。優しいバイトちゃん」

「えっ? 四膳ですか?」

 

 入店時に行われた問答通りの注文を厨房へと通した後、セリカはムツキからそんな言葉を投げかけられた。そして、一拍置いてその内容を理解して――思わず、表に出してしまう。

 

「ま、まさか一杯を四人で分け合うつもり?」

「ご、ご、ごめんなさいっ。貧乏ですみません!! お金がなくてすみません!!」

「あ、い、いや……! その、別にそう謝らなくても……」

「いいえ! お金がないのは首がないのも同じ! 生きる資格何てないんです! 虫けらにも劣る存在なのです! 虫けら以下ですみません……!」

 

 見てる方が気の毒になる位に顔を青ざめさせたハルカが、ペコペコと頭を下げ始める。その様子にアルが慌てだし、ムツキが苦笑を浮かべ、カヨコは宥めようと声をかける。

 

「はあ……ちょっと声デカいよ、ハルカ。周りに迷惑……」

「そんな! お金がないのは罪じゃないよ! 胸を張って!」

「へ? ……はい?」

 

 セリカは、彼女たちが何者かは知らない。だが、その苦労(お金がない事)に対して理解を示す事は出来る。頭を下げ続けるハルカの肩にそっと手を置き、口を開く。

 

「お金は天下の回りもの、ってね。そもそもまだ学生だし! それでも小銭をかき集めて食べに来てくれたんでしょ? そういうのが大事なんだよ!」

 

 セリカが大将の方を見れば、彼は力強く頷く。店主からの心強い後押しに頷きを返し、笑顔を持って便利屋へと振り返る。

 

「もう少し待っててね。すぐ持ってくるから」

 

 便利屋一行が座るテーブルに力強い言葉を残し、セリカは厨房へと向かっていく。

 実のところを言えば、便利屋は常日頃から困窮している訳ではない。社長の豪快な金遣いに苦労する事はあっても、平時であればある程度の資金を確保出来たりはしているのだ。ただ今現在でいえば、丁度商談(・・)で全財産を叩いて人を雇い、昼食代を残しておくのを忘れていた為にこのような状況に陥っているだけである。

 そんな便利屋の内情を知らない先生は、セリカを呼び止めるべく声をかけた。

 

「セリカ、ちょっと――」

「大丈夫よ、先生。ここは大将に任せて!」

「……そっか」

 

 セリカの快活な笑みと言葉に、先生は微笑みを返す。大将の方を見れば渋い笑みが返って来た為、そちらに軽く頭を下げる。向こうの分も払おうとするのは野暮かと考えつつも、会計時に一声かけるくらいは良いだろうかと判断を下した。

 

 少しの時が経ち。便利屋一行の元に、一杯のラーメンが届く。

 

「はい、お待たせしました! お熱いのでお気をつけて!」

 

 それは一杯と言うにはあまりにも多すぎた。

 大きく、ぶ厚く、重く。そして大盛すぎた。

 それは正に、特盛だった。

 

「ひぇっ、何これ!? ラーメン超大盛じゃん!」

「ざっと、十人前はあるね……」

「こ、これはオーダーミスなのでは? こんなの食べるお金、ありませんよう……」

 

 恐れ戦くかのようなハルカの声に、セリカが反応する。

 

「いやいや、これで合ってますって。580円の柴関ラーメン並! ですよね大将?」

「ああ、ちょっと手元が狂って量が増えちまったんだ。気にしないでくれ」

「大将もああ言ってるんだから、遠慮しないで! それじゃ、ごゆっくりどうぞー!」

 

 笑顔で立ち去ったセリカを見送り、便利屋一行は再びテーブルのラーメンへと視線を戻す。この山盛りを並みと称すのはどう考えても無理だったが、それが店側の厚意である事は十分に伝わっていた。

 

「う、うわあ……」

「よくわかんないけど、ラッキー! いっただきまーす!」

「……ふふふ、さすがにこれは想定外だったけど、厚意に甘えて、ありがたく頂かないとね」

「食べよっ!」

 

 取り皿として用意されたお椀へそれぞれ取り分け、同時に口にする。

 

「「「「っ!」」」」

 

 一口含んで、その味を理解する。ただ量があるだけではなく、その量に合わせるかのように丁寧に整えられた味が、舌を刺激する。空腹を押して探し回っていた事も含め、塩分と油分が脳を揺らすかのようだった。

 

「お、おいしいっ!」

「なかなかイケるじゃん? こんな辺ぴな場所なのに、このクオリティなんて」

「――でしょう、でしょう? 美味しいでしょう?」

 

 その様子に釣られたのか、席を立ったノノミが話しかけに移動していた。にこやかな彼女に声をかけられて、便利屋一行は舌鼓を打つのを一旦止めて目を向ける。

 

「あれ……? 隣の席の……」

「うんうん、ここのラーメンは本当に最高なんです。遠くからわざわざ来るお客さんもいるんですよ」

「ええ、わかるわ。色んな所で色んなのを食べてきたけれど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの」

 

 先陣を切って談笑を始めたノノミに続き、先生以外がぞろぞろと便利屋のテーブルへと押し掛ける。彼自身は食事中の席へ話しかけに行く事を躊躇したのだが、生徒たちのそれを阻む気にはなれずにいたのだ。生徒同士の交流に挟まろうと思わなかった、という側面もあったが。

 

「えへへ……私たち、ここの常連なんです。他の学校のみなさんに食べていただけるなんて、なんか嬉しいです……」

「その制服、ゲヘナ? 遠くから来たんだね」

「私、こういう光景を見たことがあります、一杯のラーメン、でしたっけ……」

「うへ~、それは一杯のかけそばじゃなかったっけ?」

「カヨコ、美味しい?」

「……うん、そうだね。美味しいよ」

「よかった」

 

 無論、対策委員会の面々も食事中だという事は理解していた。少し言葉を交わした後、手を振り席へと戻っていく。

 彼女たちを見送った後、上機嫌になったアルが満面の笑みで口を開く。

 

「うふふふっ! いいわ、こんなところで気の合う人たちに会えるなんて。これは想定外だけど、こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら」

 

 気分良さそうに食事を再開し、そんなアルの姿が見れて嬉しいのか、ハルカも小さく笑っていた。だが、それを見ているカヨコの表情は優れない。ちまちまと箸を進める合間に考え事を少し。

 

「……はあ」

 

 想像の容易い今後の展開を脳裏に浮かべ、カヨコが溜息を吐く。その様子を見て、理由を察したムツキが面白そうに笑っていた。

 

 

***

 

 

「それじゃあ、気を付けてね!」

「お仕事、上手く行きますように!」

「あははっ、了解! あなた達も学校の復興、頑張ってね! 私も応援しているから!」

 

 食事と共に、店内での談笑は終わりを迎えていた。

 アルは店先にてセリカとノノミの二人から笑顔で言葉を送られ、自身もまた笑顔で返す。

 そして彼女は一抹の名残惜しさを抱きつつも、次に控えた予定(・・)の事を考える。それを思えば、長々と話し続ける訳にはいかなかった。

 

「じゃあね!」

 

 アルの言葉を最後に、一同はそれぞれ別の方向へと歩き出した。

 仲間たちの先頭をゆっくりと歩きながら、アルは先の出来事を反芻するかのように思い返す。

 優しい店員に、気前の良い店主。

 美味しい食事に、温かく迎えてくれた常連のお客。

 とても、心地の良い時間だった。

 

「ふう……良い人達だったわね」

 

 アルは自然に浮き出た笑顔のままに、気持ちを共有しようと周りの仲間たちへと聞こえる大きさで呟く。それは仲間たちからも同意が返ってくると思っての物だ。声は喜色に満ちており、言葉に嘘偽りが無い事を示していた。

 しかし、少しの時間が経過しようと、誰からもそれが返ってくる事は無い。

 

 先ほどの出会いに幸福を感じたのは、自分だけだったのだろうか。そんな考えがアルの脳裏を過ぎり、寂しくなって思わず歩みを止め、内心がありありと表に出た顔で仲間へと振り返る。

 その表情にムツキは悪戯な笑みを隠さず、カヨコは片手を額に当てながら溜息を漏らす。普段であればアルへとすぐさま追従していたであろうハルカも、最後尾を歩いていた為にそんな二人が見えており、何も言えずオロオロとしていた。

 ムツキとカヨコ、二人の様子に理解が及ばず、アルはきょとんとした表情を晒す。それに対してカヨコが、少し言い辛そうにしながらも口を開いた。

 

「社長、あの子たちの制服……気付いた?」

「えっ、制服? カヨコ課長の知り合いらしい連邦生徒会っぽいの?」

「そっちじゃない……まあ、そっちはそっちで問題なんだけど」

 

 自分の言葉で余計に気が沈んだのか、カヨコは先ほどよりも暗くなった顔で重い溜息を吐く。

 カヨコの返しに更なる疑問符を頭に浮かべ、とうとう首を傾げ始めたアル。そんな彼女へと満面の笑みを浮かべたムツキが面白そうに答えを告げる。

 

「あははっ。アルちゃんアルちゃん、あの白い子はどうか知らないけど、他の子はアビドスだよ」

 

 アビドス。なるほどそんな名前の学校の子たちだったのか。

 あれ、でもどこかで聞いた事があるような。

 

 僅かな思案でアルはそれの指し示す物を認識。

 一拍置いて──

 

「なななな、なっ、何ですってッーーーーー!!!??」

 

 ──白目を剥いた。

 

「あはははは、その反応うけるー」

「はあ……本当に全然気づいていなかったのか……」

「えっ? そ、それって私たちのターゲットって事ですよね? わ、私が始末してきましょうかっ!?」

「あははは、遅い、遅い。どうせもうちょっとしたら攻撃を仕掛けるんだし、その時暴れよっ、ハルカちゃん」

 

 自身の得物を構え、今にも駆け出して行きそうなハルカをムツキが諫める。どちらも先ほど知り合った相手と戦う事への忌避感は見られない。それはそれ、これはこれ。そういった割り切りには慣れていた。

 しかし、彼女たちのリーダーはそうでもなく。

 

「う、うそでしょ……あの子たちが、アビドスだなんて……う、うう……何という運命のいたずら……」

 

 これから、彼女たちの学校へと襲撃をかけなければならない。その事実に打ちひしがれていた。

 アルの心情は、顔にも声にも出ていた。そこへ追い打ちになるなと思いつつも、カヨコはアルへと声をかける。

 

「社長、もうひとつ悪い話。アビドスにシャーレの先生がついてる」

「……シャーレ?」

 

 今度の単語は思い当たる物が無かったらしい。またしてもアルは首を傾げた。

 そんな彼女にムツキは少し呆れた様子で苦笑を漏らす。

 

「アルちゃん忘れちゃったの? カヨコちゃんがこの前行ったっていう、連邦生徒会の部活だよ」

 

 ムツキの言葉にハルカとアルは目を丸くする。

 

「れ、れれ、連邦生徒会ですか!?」

「え、あの白い子本当に連邦生徒会の子なの!? なんでそんなのがアビドスにいるのよ!」

 

 ただでさえ襲撃に気が引ける展開なのに、それに加えて連邦生徒会まで。アルは気が遠くなるような感覚に襲われ、小さくよろめいた。

 

「……シャーレは連邦生徒会に属する機関ではあるけど、そのものじゃない。事を構えても、連邦生徒会と直接やり合う事にはならないはずだよ」

「べ、別にビビッてる訳じゃないわよ? この程度、想定の範囲内よ!」

 

 アルの言葉に続いた笑いは上擦り、それが精一杯の虚勢だと言う事を如実に表している。だが、誰からも指摘はされない。カヨコもまた、自身の言葉が疑わしいのか、難しい顔をしていた。

 廃校寸前、たった五人しか居ない学校を襲撃する。カタカタヘルメット団を退けたという情報はあったが、それでも達成可能な仕事のはずだった。しかしそれは、シャーレの存在により覆りかねない状況に陥っていた。

 カヨコの表情を見て、状況の悪さをより鮮明に理解したのだろう。アルの柳眉が顰められた。

 

「でも、依頼を最初から投げ出すわけにもいかないし……」

 

 アルがぽつりと呟く。今度は仲間へと聞かせる為の物ではなく、自然と漏れた物だった。

 その言葉は矜持の為でもあり、実益の為でもある。詳しくは分からないが、今回のクライアントは超大物だ。通話越しでの振る舞いも、提示された金額も。どちらもそれを匂わせるには十分な物だった。

 大口案件だった為、襲撃の手筈も既に整えてある。高いバイト代を出し、多数の傭兵を雇っているのだ。クライアントからは手付金を受け取らなかったので、その出費は財布を直撃。結果、一杯のラーメンを分け合う事になるところだったのだが。

 と、アルはそこまで考えてから柴関の温かい空間を連想し、再び悶絶する。

 

 ムツキは先ほどまでの笑みを消して、その様子を眺めていた。当然、アルの呟きはしっかりと耳に届いていた。

 心優しいアルちゃんにはこの状況は辛いかなー、と考える。

 偶然知り合った相手が襲撃対象だった。それは仕方ない事だと思う。

 連邦生徒会に喧嘩を売る事になりそうだった。それも面白そうだと思う。

 でもこの様子だとなあ、と心中で呟く。

 

 それに、とカヨコの顔を見る。ひとつ思い出した事があった。

 便利屋の事務所。その机に置かれた、シャーレのパンフレット。記入はされていない。だけど、捨てられてもいなかったそれを。

 

「ね、カヨコちゃん。本当に良いの?」

 

 ムツキは何が、とは言わなかった。

 カヨコも何が、とは問わなかった。

 

「……優先すべきは依頼(便利屋)だよ、ムツキ」

 

 主語も無いまま、互いに正しく認識し、言葉を交わす。

 ムツキは柔らかい笑みを湛えて、カヨコを下から覗き込む。

 

「ふぅーん?」

「…………なに?」

「べーつにー」

 

 カヨコの言葉に嘘が無い事はわかっていた。

 でも、それが全てでは無い事もわかっていた。

 ムツキは少しだけ考えて、さっくりと結論を出す。そして、未だ憔悴した顔を晒すアルに軽い声色で話かけた。

 

「じゃあさ、アルちゃん。こういうのはどう?」

 

 

***

 

 

 先生たちを含めた対策委員会の一行は、ひとつの事態に直面していた。

 

 柴関での食事を終えて、アビドス校舎へと戻った一行。対策委員会の部室で暫し談笑していた所に、突如として警報が鳴り響く。警戒網に引っかかったのはヘルメット団ではなく、監視カメラの映像から日雇いの傭兵と思わしき集団と判明。

 現在は迎撃の為に、校舎から離れた場所で待機していた。

 

『前方に傭兵を率いている集団を確認!』

 

 ドローンで高空からの索敵を行っていたアヤネの声が、インカムから一行の耳へと届く。

 臨戦態勢のまま、警戒を強めて待つ。暫くすれば、堂々と真っ直ぐに歩んで来る人影が見えた。

 

「あれ……ラーメン屋さんの……?」

 

 先頭に立つ見覚えのある姿に、ノノミは目を丸くしてぽつりと声を零す。他のメンバーも同様に、先程食事を共にした相手だと気が付く。しかし当然、後ろに引き連れている存在を思えば再会を喜べるような状況ではなく、各々の浮かべる表情は険しい。特にセリカは目を吊り上げ、今にも引き金に指がかかりそうだ。

 

「──ふふっ、奇遇ね。また会えて嬉しいわ」

 

 声の届く距離まで近づいたところで、先頭に立っていたアルが口を開く。その声色は言葉の内容にしては温かみに欠け、目付きも鋭い。食事を共にした時とは大きく様子が異なっていたが、即座に戦闘が始まるような様子がなかった事に先生は軽く安堵する。しかし彼が言葉を発するよりも、セリカが口火を切る方が早かった。

 

「誰かと思えばあんたたちだったのね!! そんな物騒な連中引き連れて、どういうつもり!?」

「……さっき言ってた仕事っていうのは、そいつらと一緒にアビドスへ襲撃する事だったの?」

「ラーメンも無料で特盛にしてあげたのに、この恩知らず!!」

 

 シロコの発言を受けて、返答も待たずにセリカが怒りのボルテージをぐんぐん上げていく。

 彼女の言葉に対して、便利屋は顔色を変えず──実際の所、一名はしっかり刺さっていたが──ムツキはニコニコとした表情のまま言葉を返す。

 

「あははは、その件はありがと。それはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ」

「残念だけど、公私はハッキリ区別しないと。受けた仕事はきっちりこなす」

「そうね、そのつもり──だったのだけれど、ね?」

 

 カヨコの発言を引き継ぐ形でアルが意味深な台詞を吐きつつ、視線をレイヴンへと向ける。

 

「在校生が5人の学校。私たちが受けた依頼は、そこへの襲撃。でも──そこに連邦生徒会が居るなら、話は違う」

 

 レイヴンへと、傭兵たちの視線が集まる。その分かり易いデザインの制服を確認し、傭兵たちが騒ぎ出す。そこにあるのは動揺だ。雇われとはいえ、好き好んで連邦生徒会への攻撃など行いたくないのだろう。

 

「えっと……」

 

 所属に対する意識が薄いレイヴンとしては、彼女たちの視線の意味が理解出来ない。困惑に眉を顰めたまま助けを求めて先生を見れば、彼は頷きを返して丁度良いとばかりに歩き出す。

 

「──改めて、自己紹介をさせて貰うよ」

 

 先生は対策委員会の先頭へと立ち、アルと対峙して真っ直ぐに見据えた。だがその声は彼女よりも、その後方を意識したかのように、力強い。

 

「私は連邦生徒会、独立捜査部シャーレの顧問先生です。よろしくね」

 

 大人の存在とその言葉に、傭兵たちの騒めきがより拡大した。

 先生はその様子を視界に収めつつ、更にアルへと近づく。手が届く一歩手前で足を止め、懐へと手を収める。その仕草をアルは表情を変えずに見つめ、ムツキは笑みを深め、カヨコは目を細め、ハルカはオロオロとしていた。

 彼が内ポケットから取り出したのは──

 

「はい、名刺」

 

 当然、銃ではない。名刺入れから取り出した一枚を人差し指と中指の間へと挟み、アルへと差し出す。

 それは、マナーとしては相応しくない振る舞いだった。

 しかし、この場においては最良の振る舞いだった。

 アルの顔には、冷徹な表情が張り付いたまま。だが先生の目はしっかりと捉えている。彼女が瞳に宿した輝きと、表情筋によって押さえつけられた口元を。

 

「──ふうん?」

 

 アルが先生を真似て、同じく二本の指で名刺を受け取る。そのまま軽く検分した後、徐ろに傭兵たちへと向き直った。

 

「本物みたいだけれど……傭兵の皆様はどうするのかしら?」

「……聞いていた話と違う。悪いが、手を引かせて貰うぞ」

「そう、残念ね」

 

 答えたのは傭兵たちの代表だったのだろう。先頭に居た少女が返した、土壇場での撤退宣言。

しかし、それを受けてもアルの表情に変化は無い。用は済んだとばかりに再び背を向け、先生──ではなく、後方のアビドスへと視線を向ける。

 

「さて。私たちだけでやってもいいのだけれど……」

 

 その言葉に、傭兵たちが再び騒めく。先生の名乗りを、連邦生徒会の名を聞いて尚、毅然と振舞う姿。彼女の背に、恐れを宿した目が幾つも向けられた。

 無論、対策委員会の面々も愛銃を構える事で反応を返す。アルの周囲、便利屋もまた合わせるかのように銃を構える。

 じりじりと緊張感が増し、レイヴンが先生の立ち位置を強く懸念する中、アルが口を開く。

 

「──やめておくわ。割に合わないもの」

 

 一触即発の空気は、その一言で霧散した。

 便利屋の面々は臨戦態勢を解き、対策委員会の面々は目をぱちぱちとさせる。その様子に機を見たのか、代表の少女が口を開く。

 

「……動員数分の支払いはしてもらうぞ」

「心配しなくてもちゃんと払うわ。全く、傭兵というのは無礼が売りなのかしら?」

「ぐっ……言質はとったからな!」

 

 放たれた強かな台詞もアルは軽く流す。返された言葉に顔を顰めつつも、必要な答えを得た事で自身を納得させた代表の少女が声をかけ、傭兵たちは撤退を開始した。

 

「じゃあ──またお会いしましょ? シャーレの先生」

「じゃーねー!」

「し、失礼します!」

「はあ……騒がせたね、先生。それじゃ」

「えっと……うん、またね」

 

 アルが受け取った名刺をひらひらとさせ、意味深に見える表情を見せながら言い放つ。その台詞を合図に、他の便利屋メンバーも軽く手を振り、傭兵に続き離れていった。

 

 そうして。残された対策委員会の一行はといえば。

 

『えっと、一体何だったのでしょうか……?』

 

 この場に居るみんなと同じく、アヤネも唖然としているのだろう。その様子が察せられる呟きがドローンから零れ落ちた。

 先生は遠ざかる背を眺めたまま、己の推測を答えとして返す。

 

「たぶん……口実が欲しかったんじゃないかな?」

 

 

***

 

 

「……なんだと?」

 

 某所の高層ビル。最上階に位置する一室は他のビルを見下ろすように高く、手にした権力の差を示していた。その豪勢に誂えられた室内に、不快さを滲ませた声が響く。

 声の主は巨躯のオートマタ。意匠(衣装)は黒を基調に、頭部のアイラインと同様の橙を差し色としたスーツ。体躯を支えるに見合う重厚さを持つ椅子に身を預けた姿は、一般的な物でもなく、戦闘用でもない。それは彼が凡庸ではなく、特別な存在である事を示す物だ。

 

『あら、聞き取れなかったのかしら?』

 

 発した声は手にした端末の向こうへとしっかり届いていたのだろう。通話先の相手──便利屋68の社長、陸八魔アルの怜悧な声が返って来た。その声に嘲りの色はなく、まるで本当に通信状況の不調を考えているかのようで。だがそれが見せ掛けの物であると、彼は当然理解している。

 仕方ないわね、との呟きが溜息と合わせて端末越しに聴覚器へと届く。その声量は大きく、聞かせるの物だという事を露骨に示す。それもまた、彼を苛立たせるのに十分な物だった。

 

『ウチは連邦生徒会と事を構えるつもりはない。この案件からは手を引かせて貰うわ』

「……連邦生徒会は動いてなどいない。生徒会長の失踪、その混乱を未だ収め切れぬ奴等は、廃校寸前の学校に構っている余裕など無い」

『そう……でも、こちらはアビドスで遭遇したわ』

「それはシャーレと呼ばれる組織であり、連邦生徒会とは別物だ」

『……知ってたのね』

「当然だ。アビドスの動向は監視している。無論、君たちが戦わずに引いた事も知っているとも。金さえ貰えばなんでもする、等と嘯いたのは何だったのかね?」

 

 苛立ちを皮肉に換えた台詞を吐く。

 連邦生徒会は動かない。それは長年じっくりと計画(・・)を進めていた結果として、確かな物だった。連邦生徒会長の失踪が起こした混乱も、それに拍車を掛ける。

 状況は万全──そのはずだった。

 

『……そうね、お金さえ貰えるなら何でもするわ』

 

 しかし、ヘルメット団は敗走。続いて雇ったはずだった便利屋68は戦う前に退却し、今こうして仕事を破棄する通話をしている状態。

 金なら出す。だから奴等を学校から叩き出せ。彼がそんな言葉を紡ぐよりも、アルの次なる発言の方が早かった。

 

『でも──』

 

 端末の向こうから響く声色は、軽い。

 それはまるで、ただ事実を語るだけのような声。

 

『──まだ、貰ってないもの』

 

 その言葉に、彼の思考は苛烈な熱を帯びる。

 便利屋とのやり取りに、契約書は存在しない。証拠と成り得る物を残せるはずが無いのだ。だからこそ、手付金は用意していた。それも、相場を超えた十分な物を、だ。

 しかし、その金が動く事はなかった。

 

「……それは、貴様等が、受け取らなかったからだろう」

 

 熱を冷ますように、言葉を区切る。

 契約書代わりの手付金は受け取られていない。曰く、『仕事のやり方に口を挟まれない為』との事だったが、まさか仕事を破棄する理由に代わるとは想定していない。

 苛立ちは募る。何もかもが上手くいかなくなっている。

 

『あら、ガワが剝がれかけているわよ。ダメね、常に冷静でなきゃハードボイルドなアウトローには成れないわよ?』

 

 彼にはその声色が何故か嘲りではなく、自らの宝物を自慢する幼子の物に聞こえた。

 だが、それはどうでも良い事だ。

 我慢の、限界だった。

 

「──もう、いい」

 

 その言葉を最後に通話を終了する。

 苛立ちは熱へと変化し、冷却装置(ラジエーター)が唸り声にも似た駆動音を室内へと響かせた。

 あと、少し──そのはずだった。

 補給の尽きたアビドスは壊滅し、支配者の座が完全に手に入る──はずだった。

 無意識に端末を握る力が強くなり、ディスプレイは容易く罅を生む。

 

「お困りのようですね」

 

 突如。部屋の隅、その暗がりから彼へと声が届く。影から湧き出るように姿を現すのは、人型に闇を押し込んだかのような異形。黒いスーツに包まれた身体はより一層暗く、所々に白い光を放つ亀裂が奔る。顔に当たる部分もまた同様で、その亀裂がシミュラクラ現象を生んでいた。

 

「……いや、困ってなどいない」

「おや、そうでしたか」

 

 彼は椅子に腰かけたまま、協力関係にある存在へと返す。異形は突き放すような言葉を受けても気を悪くした様子はなく、喉を鳴らすような笑いを零すに留まった。

 その仕草を視界の隅に捉えつつ、彼は思考に沈む。

 困ってなどいない。計画に支障が生じたが、それは不快で、迷惑なだけであり、打つ手を無くした訳ではない。

 しかし、生徒はもう使えない。少数精鋭を謳う便利屋には遂行直前で断られ、ヘルメット団では相手にならない。人数を増やすにしても、これ以上は足が付く恐れがある。

 

 連邦生徒会長の残した、シャーレと呼ばれる正体不明の組織。その顧問を務める先生の来訪を切っ掛けに、状況は大きく変動していた。

 来訪直後は大きな変数ではないと高を括っていた。排除に踏み切るにはリスクが高く、持つ権限の割にやってる事と言えば猫探しだの宅配だの、大した事のない依頼ばかりの組織──だと、考えていた。しかしそれが、こうも大きく影響している。

 だが、それでもまだ計画が頓挫した訳ではない。

 別の手を打つ必要があった。

 

 

***

 

 

 一方。

 クライアントと仲違いする形で通話を終えた側は──

 

「ふ、ふふふ……」

 

 アルの口から不敵な笑みの成りそこないが零れる。

 しかしセットで魂も漏れそうな表情を晒したのは一瞬の事。仲間には胸を張り、顔は平静を装っていた。

 

言ってやった(言っちゃった)わよ!」

「さ、さすがですアル様!」

「ヒュー! アルちゃんかっこいー!」

 

 明らかな虚勢。それをハルカは純真な気持ちで賞賛し、ムツキは囃し立てるように声を上げた。

 

「はあ……」

「なあに、カヨコちゃん。溜息なんてついちゃって」

 

 ムツキがニコニコと笑いながら、答えの分かりきった問いを飛ばす。この状況すら楽しめそうだと考えている彼女と違い、投げかけられたカヨコの表情は暗い。当然、その頭にあるのは先程の通話内容だ。

 

「……襲撃の準備に全財産を投入した挙句、戦闘すらせずに依頼破棄。大口の依頼を寄越したクライアントとは喧嘩別れ。そんなんじゃ、溜息のひとつくらい吐きたくもなるでしょ」

「うっ……」

「アルちゃん、見栄張って傭兵たちに満額支払っちゃったもんねー」

「ぐっ……」

 

 カヨコとムツキの苦言を耳にして、アルはうめき声をあげて萎むように身を竦めた。そんな彼女へと、カヨコは声色と目元を和らげて話しかける。

 

「ま、破棄した事について文句がある訳じゃないけどね。聞いてたけど、相手はアビドスを監視してたんでしょ?」

「……そういえば、そんな事言ってたわね」

「アビドスを監視して、雇った戦力を嗾けて、更には連邦生徒会が動かない事も見越してる。どう考えてもヤバい案件だね、これ。手放して本当に正解だったかも」

「そ、そうよね!」

 

 カヨコの言葉に少し顔色を戻したアルへと、ムツキが悪戯な笑みを湛えて話かける。

 

「そんなヤバい案件寄越してきた相手とは、喧嘩しちゃったけどねー?」

「う、うぅ……」

「アル様! わ、私が話をつけて来ましょうか!!」

「い、いえ、大丈夫よハルカ! だから銃を置いて座ってて頂戴!」

 

 勢いよく立ち上がったハルカを宥め、再び着席させる。その後先程の通話内容を思い返してか、アルは軽く胃の辺りを擦った。当人としては、なるべく穏便な形で話を終えるつもりだったのだ。それが何故か、転がり落ちるように悪い方へと話が動いてしまった。ハードボイルドなアウトロー像を語る事の一体何が悪かったというのか。

 

 カヨコもまた、火種になりそうだと懸念しているのだろう。額に片手を当てて、再びの溜息を漏らす。

 どんよりとした空気を醸し出すアルとカヨコ。その二人に釣られるかのようにハルカまで同じ雰囲気になる中で、ひとり様子の変わらないムツキ。

 そんな彼女は室内に充満する重い空気を笑い飛ばすように、明るく言い放った。

 

「まー、なんとかなるでしょ!」

 

 便利屋68。アウトロー(違法事業者)な彼女たちの一日は、こうして終わりを迎えたのだった。

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