火を点けた先、青空の下で。   作:FINDER EYE

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手がかりを探して

「あ、先生にレイヴンちゃん。おはようございます」

 

 便利屋の来訪から一晩過ぎ。少しだけ顔を見せた朝日が眩しい、まだ夜間の冷気が残る頃合いのアビドス住宅街。連れ立って歩いていた先生とレイヴンは、偶然にもアヤネと鉢合せした。

 二人揃って挨拶を返した後、先生は彼女へと疑問を口にする。

 

「随分早いね、こんな時間からどうしたの?」

「えっと、今日は利息を返済する日でして……色々と準備があるんです」

 

 暗い顔でアヤネが語る。苦労して集めたお金が飛んでいく日だと考えれば、その表情も仕方ない事だといえよう。

 また、現金でしか受け付けない集金も、精神的な疲労を増やす要因だった。手間がかかって不便という事もあるが、回収されるお金が数字ではなく、目に見える形なのが余計に辛い。

 

「早めに登校して返済の準備もしないとですし、今後の計画も見直さないとなので……」

「……そっか」

 

 返ってきた答えに苦い顔をする先生。アヤネはそんな彼に苦笑を送りつつ、少し話を逸らす為に問い返す。時間について言えば、お互い様の事だった。

 

「ところで、先生たちの方こそどうしてこんな時間に?」

「ちょっとアビドス(・・・・)を見てみたくてね。ゆっくり歩こうかって話になったんだ」

「アビドスを、ですか?」

 

 先生がその場で軽く周囲を見回すかのように顔を動かした事で、それが校舎だけを指した言葉ではない事がアヤネへと伝わった。

 日頃であれば朝食を一緒に取った後は、アビドスへ向かうまでの間は自由時間としていた。だが今朝はそうならず、早めにアビドスへと向かう事となったのだ。

 先生はそれを言い出した少女へと視線を送るが、余所見をしていた為にその肩を指先で軽く叩いて意識を引き寄せる。反応した彼女と目を合わせ、誘導するように顔を動かせば、レイヴンとアヤネの視線が重なった。

 レイヴンはその意図を察して、アヤネへと小さく頷く。

 

「うん。アヤネたちが守ろうとしてる物、少しでも知れたらと思って」

「レイヴンちゃん……!」

 

 飾り気の見当たらない実直な言葉に、アヤネが感極まって涙ぐむ。

 しかし、レイヴンは考えても居なかった反応に目を丸くする。彼女は先生と違い、対策委員会に寄り添おうとする気持ちでそう考えた訳ではない。今回の動機としては、純粋な好奇心から来たものだったからだ。

 とはいえ、知る事が大事(・・・・・・)というのは、互いに言える事だった。

 

「それなら、良ければ私が少し案内しましょ──」

「あっ、先生じゃん! おっはよー!」

 

 唐突に横合いの路地から野生のムツキが飛び出してきた事で、アヤネの台詞は遮られた。

 

「な、ななっ!?」

「えっと、昨日の……」

「じゃじゃーん! どもどもー! こんなところで会うなんて、偶然だね!」

「──うわっ、とと」

 

 出てきた勢いのままにムツキが先生へと飛び掛かる。速度はあったが、彼は転倒する事もなく、多少ふらつく程度に抑えきった。彼女自身は兎も角として、持ち物(銃や鞄)の重量を含めて考えれば驚嘆に値する事柄だろう。

 キヴォトス外の人としては中々の体幹を発揮する先生の背に収まったムツキが、その首へと細腕を纏わりつかせたまま、笑顔で声をかける。

 

「あははー! ん? 重い? 苦しい? ちょっとだけガマンだよー、先生」

「い、いや、大丈夫ではあるけど……」

「な、何してるんですか! 離れてください!」

「おっと、引っ張らないでよー」

「レイヴンちゃんもなんで何もしないんですか!」

「えっ……害意とかなさそうだったから、別に良いかなって」

 

 縺れ合う三者をのんびり眺めていた所へと飛んできた叱咤に目を丸くする。

 そもそも、レイヴンはムツキが声をかける前から彼女の存在を認識していた。先ほどは余所見していたのではなく、近寄ってきた存在を警戒しての事。視線が合った際に笑顔で手を振られた為、問題無いだろうと判断していたのだ。

 

「……誰かと思いきや、アビドスのメガネっ娘ちゃんじゃーん?」

 

 先生から引き剝がされて地に足を付けたムツキが、さも今気が付いたかのようにアヤネへと顔を向ける。

 

「おっはよー、昨日ラーメン屋で会ったよね?」

「その後の学校の襲撃でもお会いしました! どういうことですか? いきなりなれなれしく振舞って……」

 

 何食わぬ笑顔で送られた挨拶に、アヤネは目を吊り上げて言葉を返す。

 先日の一件は実際に戦闘へと発展した訳ではない。だが、武装した集団を連れてアビドスへと迫っていたのは確かだ。少し状況が異なればそのまま戦いになっていただろう。それは容易に想像が付く事だった。

 あの時アヤネは教室に居たような、と首を傾げるレイヴン。会ったと言えるのだろうかと考えている彼女を余所に、警戒心と敵意を剥き出しにしたアヤネが口を開く。

 

「それに、メガネっ娘じゃなくて、アヤネです!」

「わたしはレイヴン」

 

 確かにそういえば自己紹介がまだだったと気が付いたレイヴンが続く。その酷い温度差に、周囲へと沈黙が満ちる。暢気な一言を放った存在にムツキは目を丸くし、アヤネは思わず顔を向けて、先生は大事な事だねと微笑んだ。彼は生徒を前にした際、その愛故に頭の螺子が稀によく外れる美徳(悪癖)があった。

 二人の唐突な自己紹介から一拍置いて、ムツキは破顔した。

 

「──あははは! いいね、私はムツキ! 浅黄ムツキだよ、よろしくね!」

「うん、よろしく」

 

 レイヴンはマイペースに返事をするが、アヤネは何か言う事もなく、眉を顰めてジト目でムツキを睨み続ける。先の自己紹介で毒気を抜かれてしまったが、警戒心まで抜けた訳ではないのだ。

 そんなアヤネへと、ムツキは少し柔らかい笑顔を向けた。

 

「私たち、別にメガネっ娘ちゃんたちのことが嫌いなわけじゃないよ? ただ、部活で請け負ってた仕事だったからさ」

仕事(・・)なら仕方ない」

「レイヴンちゃん!?」

「おっ、いいね。わかってるじゃーん」

 

 理解を示す少女へと、機嫌良く笑うムツキが掌を見せるように片手を上げる。レイヴンが首を傾げつつも同じ仕草をすれば、パチンと音が鳴る程に景気よく二人の手が重なった。

 依頼次第では敵にも味方にもなる。レイヴンにとって、それは当たり前の事。だからこそ、先日カヨコと対峙する事になった時もさして気にしていなかった。それに、戦いとなっても離別(・・)となる訳じゃないだろうと高を括っていたのもある。

 キヴォトスにおいて、敵対が別れ(・・)に繋がる可能性は低いと考えていたのだ。

 

「それに『シャーレ』の先生は、あんたたちだけのモンじゃないでしょ? だよね、先生?」

 

 その指摘に対してアヤネは怯み、問われた先生は小さな苦笑を浮かべる。

 彼は返答として、心からの願いを、何てことのないような口調で表に出す。

 

「ケンカしないで仲良くしてくれると嬉しいな」

「うん」

「もっちろん!」

「うぅ、はい……」

 

 先生は三人それぞれと目を合わせるように見回した後、ムツキの視線と向き合う。先の発言を耳にして、彼女に確認しておきたい事があったのだ。

 

「ところで、さっき『請け負って()』って言ってたけど……」

「察しが良いね、先生」

 

 些細な部分を聞き逃さずにいた先生へと、ムツキが笑みを向ける。

 

「昨日アルちゃんが言った通り、割に合わないからーってクライアントに電話したんだけどさ、話が拗れて喧嘩別れしちゃった」

「……依頼人を聞いても?」

「おしえなーい!」

 

 質問は満面の笑みで受け流され、先生はまあそうかと頬を掻く。しかし、当事者であるアヤネとしては聞き捨てならない事だった。当然、言及しようと口を開くが──

 

「──って、言いたいところなんだけどさ。ぶっちゃけ私もよくわかってなくてね、アルちゃんが相手は裏社会の大物だーなんて言ってたけど」

「……裏社会の、大物」

 

 続いたムツキの台詞を聞いて、別の言葉が零れ落ちる。

 そのまま黙ってしまったアヤネの様子を一瞥するも、そこに触れる事はなく。ムツキは今回の要件(・・・・・)を伝えるべく、先生の目を真っ直ぐに見つめて問いかけた。

 

「ね、先生。私たち、そんな相手の依頼断っちゃってるんだよ。もしそれで困った事になったら、助けてくれる?」

「もちろん」

 

 脊髄どころか魂の反射で答えてそうな返答に、ムツキは笑みを返す。カヨコから聞いていた話で大丈夫だろうと踏んではいた。しかし、自身でもこの大人(・・)を確認しておきたかったのだ。

 実のところ、全資金を投入した依頼を破棄している為、金銭的な面で言えば現在進行形で困ってはいる。しかし、そちらに関しては当て(テント)があるから良いかなと考えていた。

 想定通り──いや、それ以上かなと先生を見つめ、ムツキは心からの笑顔を向ける。

 

「いつかうちの便利屋に遊びにおいでよ、先生。アルちゃんもみんなも、きっと喜ぶからさ」

「うん、その時はよろしくね」

 

 そんな受け答えの後。ムツキは少々の名残惜しさを感じつつも、そろそろ戻ろうかなと判断した。何も言わずに出て来ている為、姿が見えない事にアルが騒ぎ出す可能性があったのだ。

 彼女は少し距離を取った後、笑顔を浮かべて大きく手を振り別れを切り出した。

 

「そんじゃ、バイバ~イ。アヤネちゃんもレイヴンちゃんも、また今度ね」

「またね」

 

 小さく手を振るレイヴンとは異なり、アヤネが振り返す事はなかった。

 しかし代わりとして、小さな笑みと共にその口が開かれる。

 

「……事前に言って貰えれば、ちゃんとお客様として迎えます」

「──あははっ! うん、次はそうするね!」

 

 

***

 

 

 788万3250円。そんな金額が利息として銀行員のオートマタに回収され、現金輸送車で走り去って行った。シロコがそれを名残惜しそう(・・・・・・)に見送るも、セリカに襲うのも計画するのもダメだと釘を刺された事と、新たに同席者が二人増えた事。その二点以外は毎月変わらない、憂鬱な時間。

 それが終わって現在、一行は対策委員会の部室へと集っていた。

 

「全員揃ったようなので始めます。まずは、2つの事案についてお話したいと思います」

 

 アヤネがホワイトボードの前に立ち、いつものように議題を切り出す。

 

「最初に、昨日の襲撃未遂の件です」

 

 先生と視線を合わせ、確認の為にと口を開く。

 

「先生はあまり情報をお持ちでないとの事でしたので、私の方で少し集めてみました」

「うん。面識のある子がひとり居たけど、多くの言葉を交わした訳じゃなくてね」

 

 先生は苦笑を漏らしつつ返答する。先日の一件、便利屋68が撤退した際の事。対策委員会の面々から知り合いじゃないのかと尋ねられたはしたが、彼にはカヨコが優しい事くらいしか知らないと返す他なかったのだ。

 当然、その言葉は生暖かい目によって受け止められた。

 

「彼女たちは『便利屋68』という、ゲヘナの部活です」

 

 そんな言葉を皮切りに、アヤネは集めた情報を共有する。

 ゲヘナでは素行の悪い生徒として知られている事。便利屋とは頼まれ事を何でもこなすサービス業者である事。部活のリーダーがアルで、『社長』を自称している事。その下に室長、課長、平社員の3名が居る事。

 そして今朝聞いた話が、一番重要な共有すべき事項だった。それを聞いたホシノは目を細めて、アヤネの言葉を繰り返す。

 

「──裏社会の大物、ねえ」

「はい。情報の確認までは出来ていませんが……彼女たちが何者かに依頼されたのは確かだと思います」

 

 便利屋という業態から考えればその推測は間違いではないだろうと、室内の面々は頷いて同意を示す。少なくとも、彼女たちが独自にアビドスを狙ったというよりは余程信憑性が高い事だった。

 日差しが入り込んでいるにも関わらず、不穏な単語のせいで暗がりに居るような感覚。それを打ち払うようにアヤネは両手を合わせて音を鳴らし、気持ちと議題を切り替える。

 

「続きまして、セリカちゃんを襲ったヘルメット団の黒幕(・・)についてです!」

 

 便利屋の一件により、アビドスを狙う何者かが存在する事が暗示された。そしてそれは、以前からアビドスを悩ませていたカタカタヘルメット団についても推測が及ぶ事となる。

 

「先日の戦闘で手に入れた戦略兵器の断片を分析した結果……現在は取引されていない型番だということが判明しました」

「一般には流通してない物、か……そういえば、レイヴンは装備の質が良いと言っていたね」

「うん。D.U.の子たちと比べてそうかなって」

 

 アヤネの言葉で思い出した事柄を先生が言及する。それに釣られて、対策委員会の面々も思い当たる節があると気が付いた。

 

「ん。攻め入った時に見かけた装備も、結構豊富だった」

「確かにねー。アビドスの外から持ち込まれた物だと思ってたから、あまり深く気にしてなかったけど……」

「戦車の事も踏まえると──提供者(・・・)が居た、ってこと?」

「何度も懲りずに襲撃してきたのも、理由があったって事ですね」

 

 自身がやられた時の事を思い返してしまったのだろう。眉間に皺を寄せたセリカがアヤネへと顔を向け、続きを促すかのような台詞を送る。

 

「んで、その戦車がどっから来たのかって事よね」

「はい。生産が中止された型番を手に入れる方法は……キヴォトスでは『ブラックマーケット』しかありません」

 

 聞き覚えのある場所の名前にノノミが目を丸くした。それは、悪い意味で有名だったからだ。

 

「ブラックマーケット……とっても危ない場所じゃないですか」

「そうです。あそこでは中退、休学、退学……様々な理由で学校を辞めた生徒たちが集団を形成しており、連邦生徒会の許可を得ていない非認可の部活もたくさん活動していると聞きました」

 

 少しトーンを落として語るアヤネの台詞から、シロコはひとつ察しがついた。非認可の部活、その言葉が含む意味を確認するように問いかける。

 

「便利屋68みたいに?」

「そうかと思います。それから便利屋68も、ブラックマーケットで何度か騒ぎを起こしていると聞きました」

「では、そこが重要ポイントですね!」

「はい。ふたつの出来事の関連性を探すのも、ひとつの方法かもしれません」

 

 一連の流れ。その帰結が見えたノノミが満面の笑みを浮かべて声を上げ、アヤネが微笑みと共に言葉を返した。

 

「よし、じゃあ決まりだねー。ブラックマーケットを調べてみよう」

 

 ホシノが方針を結論付けて言えば、対策委員会の面々は呼応するように立ち上がる。彼女は釣られて立ち上がった先生とレイヴンも含めて見まわした後、その小さな口を開いた。

 

「意外な手がかりがあるかもしれないしね」

 

 

***

 

 

「ここがブラックマーケット……」

 

 ブラックマーケットの一角。掃除する者が居ないのか、散乱するゴミが目立つ歩道にて。セリカが視線を左右に振りながら、愕然とした様子で小さく呟きを零す。

 見慣れぬ街並みを映す瞳は、好奇と驚きに彩られていた。

 

「わあ☆すっごい賑わってますね?」

「本当に。小さな市場を想像していたけど、街ひとつぐらいの規模だなんて」

 

 セリカの発言に釣られて、2年生組も感想を述べるように声を漏らす。かつての名残からか整然とした印象を受けるアビドスの市街地とは違う、猥雑な建造物群。そしてそこで行われる商売と、行き交う人々の喧噪──活気に満ちた様子に目を丸くしていた。

 呼び込みの声や値切り交渉の騒がしさに少し耳を伏せ、シロコは口を開く。

 

「連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化してるとは思わなかった」

「うへ~普段私たちはアビドスにばっかりいるからねー。学区外は結構変な場所が多いんだよー」

「ホシノ先輩、ここに来たことあるの?」

「いんやー、私も初めてだねー。でも他の学区には、へんちくりんなものがたくさんあるんだってさー」

「そうなの?」

「わたしが知ってるのは、D.U.とミレニアムくらいだけど……」

 

 シロコとホシノの話を横で聞いていたセリカが、アビドス外から来ている少女へと問う。しかし普通の基準すら曖昧なレイヴンには、残念ながら語れる情報が無かった。

 そんな彼女が送る救援要請の視線を受けて、先生は軽く頷いて口を開く。

 

「確かに各自治区それぞれ、興味深い物はあるね……特に魅力的で特徴的な物を挙げるとすれば、トリニティの大聖堂や百鬼夜行の神木展望台かな?」

「あっ、どちらも聞いた事あります☆神木展望台といえば、映画やドラマでも出てきますよね!」

 

 引き合いに出された例に、ぽんと手を叩いてノノミが反応を示す。神木は百鬼夜行のどこからでも見える、超巨大な桜の木。それを自治区の全景と合わせて眺める事が出来る展望台は、観光名所としても有名だった。

 しかしホシノの興味はそちらに無いらしい。挙げられたもう片方の地区について、ふわふわとした表情で言及する。

 

「トリニティといえば、ちょーデカい水族館もあるんだって。アクアリウムっていうの! 今度行ってみたいなー。うへ、魚……お刺身……」

「よくわかんないけど、アクアリウムってそういうのじゃないような……」

 

 アクアリウムの事を生け簀と勘違いしてるかのような発言に、セリカが困惑した表情で返す。

 

『皆さん、油断しないでください。そこは違法な武器や兵器が取引される場所です。何が起こるかわからないんですよ』

 

 和やかに雑談をしつつ散策をする一行のインカムから、一本の釘が飛んできた。留守番も兼ねたサポート要員として、対策委員会の部室へと残ったアヤネの発言だ。

 彼女は自身の言葉通り警戒を怠らず、一機のドローンを使って上空から追尾しつつ注意深く周囲の情報を拾っていた。

 

『何かあったら私が──きゃあっ!?』

 

 アヤネの声を遮り突如として鳴り響く銃声。周囲の音を拾うために収音性を高くしていたのが仇となり、彼女は思わずイヤホンの上から耳を抑える。

 

「銃声だ」

 

 物騒な音に表情を険しくしたシロコが呟き、一行は聞こえてきた方向へと目を向ける。

 少しすると、銃声の出所と思わしき集団が見えてきた。

 

「待て!!」

「う、うわああ! まずっまずいですー!! つ、ついてこないでくださいー!!」

「そうはいくか!」

 

 勢いよくこちらへと向かって走る淡い金髪の少女と、その後を追う二人の女生徒。追われている少女をズームで写したドローンの映像を確認し、アヤネがその服装に着目する。

 

『あれ……あの制服は……』

「トリニティの子みたいだね」

『──それです! キヴォトスいちのマンモス校のひとつ、トリニティ総合学園の!』

 

 呟きを拾った先生の言葉に大きな反応を返す。説明的な台詞だった理由は、その手の情報に疎いシロコやセリカへ向けていた為だ。

 その恩恵を同様に預かったレイヴンは、トリニティと聞いてスズミの事を連想する。

 スズミ──守月スズミはトリニティ自警団という、比較的時間に融通の利かせやすい部活に所属する生徒だ。早期にシャーレへ所属してくれていた事。他の生徒と相対的に手が借り易かった事。それ等が合わさり、彼女は先生の要請を受けてD.U.の治安維持に駆り出されていた。その際に、彼の指揮下で何度か共闘していたのだ。

 レイヴンは蘇る閃光手榴弾の音と光に遮られつつも彼女の服装を思い出し──腕章のエンブレムに辛うじて類似部分を見出した。

 実のところスズミが大きく制服を改造しているだけであり、多くの生徒は追われている少女と同じく、胸元の大きなリボンが特徴的な制服を着用していた。

 

「わわわっ、そこどいてくださいー!!」

 

 様子見していた一行を視認したのか、少女が叫ぶ。彼女の進路上に居たシロコが避けようと横へ動いたが、向こうも同じ事を考えたらしい。再び進路が重なり、止む無くシロコが受け止める形で落ち着いた。下手に避けるよりは良いだろうと判断しての事だ。

 

「い、いたた……ご、ごめんなさい!」

「大丈夫?」

 

 自身より多少背の高い相手を容易く受け止めたシロコが、胸の内に収まる少女へと声をかける。しかし、直ぐに彼女を追っていた存在へと視線を動かし口を開く。

 

「なわけないか、追われてるみたいだし」

「そ……それが……」

「何だおまえらは。どけ! アタシたちはそこのトリニティの生徒に用がある」

「あ、あうう……わ、私の方は特に用はないのですけど……」

「──任せて」

 

 シロコは強張るようにしがみ付く少女に小さく声をかけて腕を軽く叩き、その力が抜けたタイミングで後方の先生へとそっと押しやる。彼と少女の前にレイヴンが陣取ったのを横目に見届けて、再び追っ手と相対した。

 

「そいつはキヴォトスで一番金を持っているトリニティ総合学園の生徒! だから拉致って身代金をたんまり頂こうってわけさ!」

「拉致って交渉! なかなかの財テクだろう? くくくくっ」

「どうだ、おまえらも興味があるなら計画に乗るか? 身代金の分け前は──ん?」

 

 シロコとノノミが二人組の語る内容を意に介さずスタスタと歩み寄り──首筋への手刀一振りで意識を刈り取る。

 その手慣れた様子にレイヴンは小さく拍手をした。

 

「悪人は懲らしめないとです☆」

「うん」

「あっ……えっ? えっ?」

「……身代金?」

「ひえっ」

 

 少女は急展開と躊躇の無さに目を回していたが、眼前で守るように背を見せていたはずの人物が零した単語に息を呑んだ。

 手元で怯える少女の肩に優しく手を当てた後、慌てて先生がフォローにと口を開く。

 

「こらこらレイヴン」

「あ、ごめんなさい」

「い、いえ……」

 

 かけられた声に振り向いて、小さく頭を下げる。気絶させられた二人組が行おうとしていたのはカツアゲと呼ばれる行為──D.U.の不良が口走っていたのを聞いた──かと考えていた。だが別の方法が出てきた為に、そんな金策もあるのかとの気持ちで思わず呟いてしまったのだ。

 

 気絶した二人組を置いて少し離れた場所へと移動して、一同は自己紹介を交わす。

 阿慈谷ヒフミと名乗った少女は、改めてと口にしつつ、ぺこりと頭を下げた。

 

「あ、ありがとうございました。みなさんがいなかったら、学園に迷惑をかけちゃうところでした……それに、こっそり抜け出してきたので、何か問題を起こしたら……あうう……想像しただけでも……」

「えっとー、ヒフミちゃんだっけ? それにしても、トリニティのお嬢様が何でこんな危ない場所に来たの?」

「あ、あはは……それはですね……実は、探し物がありまして……もう販売されていないので買うこともできない物なのですが、ブラックマーケットでは密かに取引されているらしくて……」

 

 密かに取引されている──その言葉にピンと来る物があった。

 

「もしかして……戦車?」

「もしくは違法な火器?」

「化学兵器とかですか?」

「えっ!?」

 

 シロコ、ホシノ、ノノミがそれぞれ候補を挙げる。人の事を何だと思っているのかというラインナップだった。しかしここはブラックマーケット。先の言葉を踏まえれば、挙げられた物を求めている可能性もあり得る事だ。

 

「い、いいえ……えっとですね、ペロロ様の限定グッズなんです」

「ペロロ?」

「限定グッズ?」

「はい!」

 

 物騒な候補を突き付けられたヒフミの求める物は、どうやら違ったらしい。

 単語が指し示す物に心当たりがなさそうなシロコと、ブラックマーケットで聞く事になるとは思わなかった単語に困惑するセリカ。首を傾げ、疑問符を頭に浮かべた彼女たちへと、ヒフミがスッとスマートフォンを掲げた。

 

「これです。ペロロ様とアイス屋さんがコラボした、限定のぬいぐるみ!」

 

 ディスプレイに映し出された、一枚の画像。表示されているのは、デフォルメされた白い鳥類と思わしきキャラクター。大きく開かれた口へと無造作に突っ込まれた淡い青色のアイスと、それが原因ではみ出た舌に、上を向いた目。非常に個性的な造形がそこに顕現していた。

 

「限定生産で100体しか作られていないグッズなんですよ。ね? 可愛いでしょう?」

「かわ……いい……?」

「……レイヴンはちょっと見るのやめておこうか」

 

 発狂ゲージが蓄積されてそうなレイヴンの小さな呟きに、先生はそっと彼女の目を手で覆った。何を可愛いとするかは人それぞれの好みだ。その価値観を分かち合おうとする姿勢も良いだろう。だがそれは、己の啓蒙を高めてまで行うべき事ではないのだ。

 可愛いの定義へと致命の一撃を入れられた少女とは異なり、同意を示すように笑顔を向ける少女も居た。

 

「わあ☆モモフレンズですね! 私も大好きです! ペロロちゃん可愛いですよねえ! 私はミスター・ニコライが好きなんです」

「分かります! ニコライさんの哲学的なところがカッコ良くて。最近出たニコライさんの本『善悪の彼方』も買いましたよ! それも初版で!」

 

 同好の士を見つけたヒフミが、その相手であるノノミと会話を弾ませる。

 

「……いやぁー何の話だか、おじさんにはさっぱりだなー」

「ホシノ先輩はこういうファンシー系にまったく興味ないでしょ」

「ふむ、最近の若いやつにはついていけん」

「年の差、ほぼないじゃん……」

 

 しかし意気投合した二人以外はついていけないようで、盛り上がる様子を眺めてホシノとセリカが軽口を叩きあっていた。

 

「というわけで、グッズを買いに来たのですが、先ほどの人たちに絡まれて……みなさんがいなかったら今頃どうなっていたことやら」

 

 一頻り話して落ち着いたのか、ヒフミが脱線した話を戻す。自身の言葉と共に先ほどの件を思い返して、そのまま小さく溜息を漏らした。

 そこでふと気になる事が生まれる。このブラックマーケットで、見ず知らずの他人を助ける善性を持つ人たち。そんな彼女たちが、ここで何をしているのだろうと。

 

「……ところで、アビドスのみなさんは、なぜこちらへ?」

「私たちも似たようなもんだよ。探し物があるんだー」

「そう。今は生産されていなくて手に入れにくい物なんだけど、ここにあるって話を聞いて」

「そうなんですか、似たような感じなんですね」

 

 ヒフミの問いにホシノが答え、補足するようにシロコが引き継ぐ。

 限定グッズと戦車のパーツを同等と捉えていいのか疑問だが、そこを指摘する者は誰一人として居なかった。

 

『皆さん、大変です! 四方から武装した人たちが向かってきています!』

「何っ!?」

 

 アヤネの警告にセリカが鋭い声を返し、周囲を見回す。対策委員会の面々がそれぞれ銃を構えて警戒する中、レイヴンも索敵にと耳を澄ませば、バタバタと大きな足音が複数──思ったよりも近いそれが聞こえてくる。

 少しの時を経て、一番近い足音の主が近くの路地から顔を見せた。

 

「あいつらだ!」

「よくもやってくれたな! 痛い目に合わせてやるぜ!」

『先ほど撃退したチンピラの仲間のようです! 完全に敵対モードです!』

 

 気絶させた二人組と似たような服装の集団が、アビドス一行を視認して叫ぶ。会話の余地が無い剣幕に呼応するように、シロコが一歩前へと出て、セリカもそれに並ぶ。

 

「望むところ」

「まったく、なんでこんなのばっかり絡んでくるんだろうね? 私たち、何か悪いことした?」

『愚痴は後にして……応戦しましょう、皆さん!』

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