ひび割れたスマートフォンから軽快な音が響き、意識が浮上する
伸びをして固まった身体をほぐし、スマホのロックを解除して通知を確認
「…モモトーク…先生か」
『私の護衛を頼みたいんだけど、良いかな?勿論報酬もしっかり払うよ』
「…先生の依頼ならば報酬は必要ないといつも言っているんだがな」
先生の護衛、という依頼。これは先生が私の近況を確認したい場合よく使う常套手段
護衛などと宣いながら外食ができる場所へ出向き、のんびりと食事をしつつ会話をする
"ゲヘナの美味しいお店に詳しい子達に教えてもらったんだよ、奢るからサオリも食べない?"
最初のうちは護衛だから…と断っていたが
"サオリが食べないのなら私だけ食べる訳にはいかないね"
などと言うものだから最近は大人しく奢られる事になってしまっている
数回私が払おうとした事があったが、既にお金は払われている、と言われ叶わなかった
そして近況の確認も終わり、先生をシャーレまで送り届け、解散する時に【依頼料】を払おうとしてくるので、それは受け取らずに帰る。最近はこの手順が恒例と化している
【依頼料】は受け取りを断っているとはいえ、結局世話になってしまっているな…とは感じる
はぁとため息をつき、モモトークに文字を打ち込む
『その依頼、受けよう。何処に、何時に向かえばいい?』
『場所はシャーレ。2時頃にお願いするね』
『了解した』
『今日は良い日になるといいね!』
『あぁ、そうだな』
あまり意図が読めない発言に頭の中に?を浮かべつつそう返し、スマホの電源を落とす
「……今日は何か特別なイベントなどがある日だったか?…まぁ、私にはあまり関係のない事だろう」
ジャケットを羽織り、帽子を被り、マスクを装着する。壁に立て掛けていた銃を手に取る
「不備は無し。…2時まで別の仕事をするか」
そう呟き、歩き出した
傭兵として受けた【午前中の間、店の用心棒を頼みたい】という依頼を完了させ、依頼主と会話する
「助かったぜ。ほら、報酬だ」
「あぁ…うん?契約書より多いぞ。もう一度確認してくれ」
「んぉ?マジじゃねぇか…ほらよ、こっちが本来の額だ。にしても言わなきゃバレてなかっただろうに」
「傭兵は信頼が命、と教わったものでな」
「ハハハ、違いねぇ!」
「報酬…確かに。またの依頼をお待ちしている」
踵を返し、その場を後にする
傭兵の仕事も中々板についてきたように思うのは少々思い上がりだろうか
「……慢心は駄目だ。しっかりと気を引き締めなければ」
そう呟き自分に言い聞かせる
ふとスマホを確認するともう1時。少しずつ2時が迫っていた
そろそろ時間なので周辺までは行っておこうと視線を上げたその時、見覚えのある少女が購入したのであろう飾り付けを持って何処かへ駆けていくのを目撃した
「あ…」
私が間違え、道が別れたあの時以来の彼女は私に気付くことなく、走り去っていく
その顔は、笑顔で満ちていた
「アズっ……」
思わず声が出そうになったが、咄嗟に口を噤んでしまう
私はもう、アズサにとってやっと出来た居場所を奪おうとした忌むべき敵、なのだろう
罵声が嫌だった訳では無いのに。罰から逃れたい訳では無かったのに。私は罰を受けるべきで、アズサにはそれをする権利があるというのに。私は声をかけることすら出来ずに曲がり角を曲がるアズサを見届けてしまう
「……アズ…サ…すまない…私は…どうしようもない臆病者だ…!」
もし、次に偶然、アズサと出会ってしまった時。その時はアズサに謝罪し、彼女のどんな罵声も、罰も、要求も、受け止めようと決めた筈なのに
身体が動かなかった。声が出なくなった。
そんな自分の情けなさに怒りすら覚え拳を強く握る
「お前は幸せ、なんだな…」
やはり間違っていたのは私で、アズサは間違ってなどいなかった。それを愚かな私は───
「……ッ!そうだ…先生の依頼が…」
一先ずは先生の依頼をこなしてしまうべきだろう
……この感情を、隠し通せるだろうか。無理…だろうな。先生が気付かない筈がない
思考を止め、深呼吸して、シャーレに向かって歩く
数十分移動し、2時前にシャーレに到着した
"やぁ、サオリ。時間通りだね"
入口で待っていたらしい先生が声をかけてくる
「あぁ。今回は何処に向かうんだ?」
"私の仕事部屋"
「あぁ……え?」
"ついておいで"
「ちょ…ちょっと待て先生…!」
背を向け歩を進める先生に急いでついていく
廊下にコツコツと響く足音
どういう事か、と聞こうと決心したその時、先生が足を止める
"ドア、開けてみて"
振り返ってそう言う先生。疑問を飲み込み、手を翳せば開く自動ドアに手を翳そうとしてドアへ近づく
部屋の中に……人の気配…?1、2、3、4、5人か。随分と多いが……うん…?
手を伸ばしドアが反応する直前
この気配…何処かで…
思わず手を引っ込めようとするが、既に遅く、扉が開け放たれる
「サッちゃん、元気?」
「さ、サオリ姉さん…こ、こんにちは…えへへ…」
「………久しぶり、リーダー」
「サオリ、やっほー☆待ってたよ〜?」
「は……?え…?なん…で…」
脳の処理が追いつかない。視界に入ってきたのはそう口々に話しかけてくるミサキにヒヨリ、姫。そして……
「ミカ…に……ア…ズサ…」
部屋にその5人が座っていた
「サオリ。」
アズサが立ち上がり、私の近くに歩いて来る
そうだ、私はアズサに…
「サオリ。ごめんなさい、そしてありがとう」
再起動しかけた脳が再び混乱に陥る
「なッ…ど、どうして…」
「私は…皆を置いて、一人だけ…」
違う。
「サオリ達ともっと話していれば…」
違う…
「そして私は…あの爆弾でサオリ達の命を…」
違う!
「だから───」
「違う!!!違うんだアズサ……!全部私が悪いんだ!お前の考えを否定して、間違った考えを押し付けようとした!!!お前は…間違ってなんていなかったのに…!私は…自分が間違っているという事に気付きたくなくて、醜い嫉妬心を剥き出しにしてお前がやっと掴んだ幸せを…わたし……は…っ」
涙が溢れ、嗚咽が漏れる
どうして、どうしてアズサが私に謝る?
謝るべきなのは私で、アズサは私を裁く権利がある
あまつさえ、『ありがとう』だなんて、私にはその言葉を投げかけられる権利は無い
「あぁ…っ…アズサ…本当に……すまなかった…私が……私と一緒に居たから…お前は不幸に───」
「………サオリ!」
アズサに強く呼びかけられ、顔を上げると怒ったような表情のアズサが私を見ていた
「す…すまない…謝って許されるような事じゃ…」
「違う。サオリと一緒に居たから私は不幸だった?それは違う。初めて私を救ってくれたのはサオリだ」
「あ…れは…」
あんな現場、見逃せる訳が無かった。そして、あそこまでされて尚、抗うアズサに…私には無い…何か、感じるものがあった
「サオリは、過酷なあの環境の中、私やアツコ、ヒヨリにミサキ。全員を護って、面倒を見てきたんだ。サオリが居たから、私達は今ここに居る。だから」
あぁ、駄目だアズサ。
「『ありがとう』サオリ。私はそれを伝えたかった」
「わた…しは…その言…葉を…受け取って…いい……のか…?私は………!!!」
わからない。わからないわからないわからない。
どうしてアズサはそんな言葉を私に吐くんだ…
どうして私を罰しようとしないんだ…!
頭が働かない。足に力も入らずそのまま地面にへたり込んでしまった。
"…サオリ、先生として、貴女に教えるよ"
よく通る先生の声が私の耳に届く
"確かに、サオリは間違った道を歩んでしまった"
あぁ、そうだ。私は…間違いだらけの人生を歩んできた
"でもねサオリ。【間違い】の中にも【正解】はあるんだ"
よく、わからない。間違いはどう足掻いたって…
"幼い頃、サオリが庇い、護ったアズサ、ヒヨリ、ミサキ、アツコは皆君に感謝しているよ"
「あぁ。…伝えるのが遅すぎた。私こそすまない…本当は皆の事を、家族のように思っていたんだ」
「サ、サオリ姉さんのお陰で私も今生きていられていますし…苦しい事も沢山ありましたけど、最近はだいぶ楽しみも増えてきて…えへへ…」
「……まぁ、言いたいことは沢山あるけど。感謝はしてる」
「サッちゃんが先生に助けを求めてくれたから、私は今ここに居られるんだよ」
皆の言葉が脳内に反響する
私のやってきた事の中にも…意味のある事があったと、全ては虚しいだけではなかったと、信じても良いのだろうか。間違いだらけの私の人生にも、多少の正解があったのだろうか
"サオリがやってきた皆を護る、という行為を私は間違いだとは思わない。……今まで幸福になれなかったのなら、これからその分、幸福になってしまえばいいんだよ。以前も言ったね。生きていれば、可能性は無限大。アツコ達に幸福になれる可能性を残したのは他ならぬサオリ、君なんだ"
そう……か。そう…なのか…
私の数少ない正解は、姫達に可能性を残す事が出来たのか…
へたり込んでいる私に先生が手を伸ばす
"サオリ、今日は何の日か知ってる?"
「…な、なにかイベントが…あったか…?」
涙を拭いつつ先生の手を取り立ち上がる
「ほら。やっぱり覚えてない」
ジトッとした目でミサキから見られ
「え、えへへ…まぁ…予想通りというか…」
ヒヨリからは知ってましたと言わんばかりの言葉が投げかけられる
今日……今日は…9月3日。見覚えは…無くはないような気もするが……
"ミカ、お願い!"
「やっと出番ー?えいっ☆」
ミカが手に握っていた紐を引っ張ると、どういう仕組みなのか、辺りに一瞬で飾りが展開される
"アツコ、アレを!"
「サッちゃん少しじっとしてて」
姫の言葉を聞き大人しくしていると、何かが掛けられる
【本日の主役】という文字が入ったタスキだった
……???
首を傾げる
いつの間にか私を取り囲んだ皆がせーのと合図を し、同時にとある言葉を告げられる
「「「「「"サオリ、誕生日おめでとう!"」」」」」
手に持ったクラッカーを鳴らし、カラフルなリボンが空を舞う
「は…?わ、私の…あっ」
そうだ。9月3日。私の誕生日だ
………生まれてきた事を祝福された
あぁ…私は…生きていても…良いのか…?
再び目頭が熱くなる
"今日はサオリの誕生日パーティーだよ。アズサも、ヒヨリも、ミサキも、アツコも、ミカも、その為に準備も手伝ってくれたんだ。楽しんでくれると嬉しいな"
「………っ…」
違う、言わなければ
再び目から涙が溢れてしまうが、なんとか気持ちを言葉にするんだ
「皆…本当に……ありがとう…」
自然と、私の口角が上がっているのが分かった
心の底から、喜びの感情が溢れてくる
ミサキとヒヨリが「リーダー(サオリ姉さん)が笑ってる…」と目を見開いていた
…私は普段からそんな仏頂面だっただろうか
思い返しても笑顔を浮かべた記憶はあまり無く、それもそうか。と一人で納得する
アズサは、安堵したような表情を浮かべていた
「サッちゃん、嬉しい?」
「…あぁ。本当に嬉しいよ、姫」
「フフッ、良かった。ほら、こっちだよ」
手を引かれ、椅子に座る
"今日は遠慮なく楽しんでね、サオリ"
「…そうさせてもらう」
帽子を外すと、先生の手が私の頭を撫でる
不思議と…心地良いものだな
「サオリずるーい!私も撫でて、先生!」
そう言ってミカが割り込んでくる
「なら私も撫でて?先生」
姫もそれに便乗し
「私も」
アズサがずいっと身を乗り出し
「な、なら私も……えへへ…」
ヒヨリもそれに続き
「…………ん」
ミサキが先生の袖を引っ張っていた
"ちょ、ちょっと待って…皆同時には無理だから…"
囲まれた先生が焦ったような声でそう言っていて
なんだか可笑しくて、また笑みが溢れる
「ははっ、先生が困っている、一人ずつしてもらえばいいだろう。先生の言う通り一斉には無理だ」
"あ、全員撫でるのは決定事項なんだ"
1列に並んだ皆が、撫でられるのを待っている
あぁ、楽しい。楽しいな…
私は…誕生日を祝われる資格など無いと思っていた
ありがとう、皆。今日、初めて…誕生日を心の底から喜ぶことが出来たよ。