透き通る青の仮面(ペルソナ) 作:仮面をつけた一般キヴォトス人
「本日はお招きいただき、誠にありがとうございます。このような貴重な機会を設けていただきましたこと、心より感謝申し上げます」
コトネは帽子を取り、深々と頭を下げて挨拶をする。その丁寧さにイチカは内心驚き、ナギサも少し予想外だったのか表情にこそ出さないが、じっくりとコトネを見ていた。
(礼儀作法はしっかり出来る方ですね……予想とは異なりましたが、好印象ですね)
ナギサは直ぐに笑みを浮かべて話す。
「こちらこそ遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。こちらへどうぞ。仲正イチカさん、少し席を外していただいてもよろしいでしょうか?」
「分かりました!外で待機していますので、何かおありでしたら何時でも呼んでください」
イチカはナギサの言葉に従い退室する。コトネはナギサの案内でテラスのテーブルまで足を運びイスに腰掛ける。それと同時に紅茶が提供され、緊張してくることとなる。
(ほ、本物のお嬢様のお茶会見たいな感じじゃん……!さ、流石に今までの経験でこんなことは無かったぞ!?)
流石に今までの経験にも無い事にはどうしようも無く緊張してしまうのであった。その緊張を察してなのかナギサが話す。
「そんなに緊張しなくとも良いのですよ。今日だけで全ての話が決まる訳では無いのですから。今回は互いに自己紹介、エデン条約へ話を進めていくための空気作りです。招待した者として相手のことを考えない訳には行きませんので」
「ご厚意の程ありがとうございます」
しっかりと礼を言ってコトネは静かに分からないように深呼吸をする。
「それでは、ここまで来る道中、トリニティ総合学園がどうでしたか?」
「正直に言いますと噂に違わないと言った印象ですね。お嬢様学校で格式が高く、優雅な学校と言う印象を受けます。図書館で建物一棟使っていたり、大聖堂があったりと圧倒されるばっかりです。私の通うゲヘナ学園とは真逆なイメージです」
頭が半分真っ白になりながらも話すコトネ。それを聞きながらナギサはコトネの人物像が二年前の情報と異なると察する。
(目覚めてからに数ヶ月で何かがあったのでしょうか?それは彼女がヘイローが無い理由と関わっているのでしょうか?そもそも彼女は二年前は風紀委員会の所属であったはず……それも警戒対象と言われるほどの実力者だったと。ですが、今は万魔殿所属でその雰囲気は見る影も無い……)
過去の情報と今のコトネを見て警戒するナギサ。ゲヘナ学園の生徒とは中々思えない礼儀作法とそもそもキヴォトスの生徒なのか疑わしいヘイローが無い状態。他にヘイローがないと言えば獣人や人型のロボット等であるが、目の前の少女は少なくとも二年前までヘイローがその頭上にあった人物である。
「突然ですみませんが、体調の程は大丈夫でしょうか?有馬コトネさん」
ナギサの視線が僅かながらにコトネの頭上に向かう。キヴォトスの生徒ならあるはずのものを見るかのように、本来はあるであろう位置を少しだけ見る。
「体調ですか?はい、問題無いですよ。しっかりと体調管理して今回のこの場に臨ませて頂いてますので」
ナギサの質問にそう答えるコトネ。ナギサは欲しい答えが返って来なかったため少し思考する。
(直接聞くべきでしょうか?ですが、流石に不躾にも程があると……)
(体調云々は多分、ヘイローの事だろうな、ほんの少しだけ視線が頭に向いたし。マコトに忠告されている以上はあんまりこっちから開示するのは悪いけど……。マコト、私が目覚めてからの情報をかなり漏れないように制限していたんだなぁ。まぁ、それをアビドスで披露してしまった訳だけど)
コトネはマコトの笑い声を幻聴で聞こえた気がして苦笑いを浮かべる。そして出されているお茶菓子を食べながらに考える。
(そもそもエデン条約は『いがみ合うのはやめて仲良くしましょうねぇ』が下地なわけなんだから、そこまで話すこともない気がするけど……キヴォトスではそうはいかないんだろうね)
紅茶の波紋を見ながらコトネは考える。それにこれを受けた理由は、風紀委員会の負担を減らす為でもある。コトネ個人としては何がなんでも締結に持っていきたい話である。
(けど、マコトがなぁ……。正直に結ぼう!って感じじゃないだろうしなぁ。私の一存で良いのかなぁ……。個人的には是非とも!と言いたいんだけど)
コトネは紅茶を飲みながらに思考を巡らせていた。そんな中ナギサの口が開く。
「あの、不躾で失礼なのは承知しています。それでも聞かせて貰えないでしょうか?」
「はい?私に答えられる範囲であれば答えますよ」
コトネは首を傾げながらに聞く。ナギサは極めて取り乱さぬようにその質問を投げる。
「ヘイローが無いようですが……大丈夫なのでしょうか?一応、ティーパーティーの情報網があります。二年前の貴女は、戦力的に当時のトリニティでも警戒するべき対象でした。ですが、二年前の事件に巻き込まれた以降の情報を得ていないので、それにヘイローが消失すると言う現象は今までに見たことがありません。差し支えなければ話していただけないでしょうか?」
思い切った質問にコトネは少し驚く。だが、コトネは逆に考えた。
(ここはある程度事実を話そう。向いている方向はどうかは分からないけど、互いに自己紹介と言うなら知ってもらわないと、トリニティでの活動にも差し支えるし)
コトネは頷き
「もちろん良いですよ。聞いて楽しい話ではないですけど、自己紹介、引いては私への理解をしていただけたら幸いです」
そう言い、膝の上に置いた帽子を見ながらに話す。
「先ず、話す上での私の現状ですが、恥ずかしながら……目覚めた日より前の記憶が一切ありません。辛うじて覚えているのは人の顔と名前。その人とどんな関係だったのかまでは覚えていないんです」
「……」
ナギサの目が見開かれる。想像していなかった事実。記憶が無いということに動揺が見られた。
「おまけにヘイローを失っている状態でして、生活をする上では問題は無いんですけど、もしも銃撃戦に巻き込まれた際に、今の状態で弾丸を受けますと……大怪我、当たり所が悪ければ……あるいはと言う状態です」
「……それは失礼をいたしました。軽々しく触れてよい話ではありませんでしたね。お詫び申し上げます」
ナギサは申し訳なさそうに話す。コトネは首を横に振り
「気にしないでください。と、言っても桐藤様は気になさるんでしょうね。何せ、本当に私は過去のことは他の人の話でしか知らない事。思い出はその人達の中でじっとしているでしょう。私は辛いとかは思ってはいないので」
穏やかにそう言い、手を叩きナギサを見ながらに微笑んで言う。
「それより明るい話をしましょう。今回は深い所まで話をするつもりは無いと。私もそれには賛成です。ですが、意思表示はしておきます。私個人としてはエデン条約を締結したいと考えてます」
その言葉にナギサは驚いた表情を浮かべる。コトネは続ける。
「互いに助け合い、いがみ合う理由も分からないまま嫌い合う事はもう、終わりでいいでしょう。私は手を取りあって行きたい。簡単な道じゃないのは目覚めてから分かってます、ゲヘナだけでも毎日目が回るような日常に振り回されて来たので」
苦笑いを浮かべながらも話す。ナギサはそんなコトネを見て僅かに信用できるのではないかと思い始めていた。志を共にする者が条約を結ぶ相手に居る。この出会いは僥倖と言えるだろう。しかし、外交にて直ぐに信用するのは愚策であり、相手はどれだけ丁寧にしてもゲヘナ学園の万魔殿である。それに
(記憶喪失になったと言えど、こんなにも変わるものなのでしょうか?それともこれが本来の彼女の本質なのでしょうか?)
疑念は尽きない。"二年前の有馬コトネ"がノイズとなり判断がつかない。
「苦労は分かります。私もこの条約が上手くいくことを願っています」
コトネは胸を撫で下ろしながら、ひとつ思い浮かんだように言う。
「桐藤様、人払いして頂けませんか?二人きりになりたいのです。扉の外で付き人を待たせて欲しいのです」
真剣な表情で言う。ナギサには現状利点は無いが、ここまでの話をするのに何か危害を加えようとしているとも考えられなかった。そもそもそんな事をすれば戦争は待った無しである。それをするほど目の前のゲヘナの少女は愚か者では無いとナギサは感じていた。
「分かりました。少し席を外しておいてください」
「しかし!ナギサ様!」
「構いません。大事は起きません」
ナギサは付き人を下がらせる。退室したのを確認しナギサは促す。
「人払いは済ませましたよ。何を為さるつもりですか?」
ナギサに緊張が走る。それはコトネが拳銃を取り出しているからだ。しかし、殺意の敵意も無い。ただいつもの動作を行いように説明をする。
「マコト議長からは気をつけるようにと言われてはいますが、私は自分の隠し事があんまり好きでは無いので、ヘイローの秘密を一つを見せます」
そのまま拳銃……召喚機を自身の頭に突きつける。ナギサは何をしようとしているか理解できず固まる。ただ、分かるのはその引き金を引けばヘイローの無い彼女がどうなるかだけである。
「まっ!」
ナギサが止めようとするより先に
「ペルソナ」
引き金が引かれる。銃撃音とガラスが割れた様な音、頭の反対側まで光が貫通し、コトネの目は青白く輝き、生気を失う。背後から神秘的な光の中から黒い髪に、黒い翼と赤いローブ、手に戦斧を持つ女性らしきペルソナが姿を現す。ナギサは圧倒されながらコトネを見ると頭上にヘイローが浮かんでいた。そしてペルセポネが完全に顕現するのと同時にコトネに瞳が元に戻る。
「目覚めた後、どう言った理屈なのかは不明ですが、神秘が変質しましてこうして召喚機と言う拳銃型の物で頭を打ち抜くことでもう一人の自分……ペルソナを出せるようになったんです。マコト…… マコト議長からは伏せるよう言われていましたが、既にアビドス自治区では見せてしまっていますので」
ペルソナは直ぐに光の泡のように消える。コトネのヘイローも風景に溶けるように消えた。臨戦状態の維持をしていない、リラックスしている状態故に直ぐに消えたのだ。
「自己紹介でこれを語らないのは嘘ですから。これからよろしくお願いします桐藤様」
コートを靡かせ驚いたナギサに近づき手を差し伸べる。ナギサは驚きながらもそのペルソナがいたであろう位置を見ていた。差し出された手は直ぐには握らず、コトネをしっかりと見据えていた。
(秘密を言いつけられてたであろう情報を……誠実さの証明に躊躇なく開示するとは……。この方なら……この方、個人では信用に値するのかもしれませんね。前向きに進められるかもしれません)
紅茶の湯気と時計の秒針の音だけが、静かな時間を刻んでいた。ナギサは目を一度伏せたあとコトネの手を握る。
「……理解しました。少なくとも、貴女が誠実に向き合おうとしていることは伝わりました。貴女の誠意に私も応えると誓いましょう」
「はい、これからよろしくお願いします」
二人は小さく笑い合う。
「そういえば、有馬さん。今夜の滞在先は既にご用意されていますか?」
その問いにコトネははっとしたように目を瞬かせ、それから遠い目をした。
「あ"……しまった。そこまで考えてませんでした……。用事が済んだら一度ゲヘナに戻ろうかと……」
それを聞いたナギサは口元に小さく手を添え、控えめに笑った。
「それは少し不用心ですね。せっかくこちらへ来ていただいたのですから、移動で余計な負担を増やす必要はありません」
紅茶を一口含み、静かにカップを置く。
「宿はこちらで手配いたします。遠慮なさらないでください。招いた側として当然の責務ですから」
「何から何までありがとうございます!」
コトネが頭を下げると、ナギサはふと先ほどの話を思い返すように視線を向けた。
「それと……確認なのですが」
一拍置き、慎重に言葉を選ぶ。
「先ほど伺ったお話。つまり、あの状態――そのペルソナでしたか。あれを顕現していない限り、有馬さんは一般生徒より遥かに脆弱……そう理解して差し支えありませんか?」
コトネは笑顔で、然して真っ直ぐナギサを見ながらになんて無い風に
「はい、そういう事です。出していない時に撃たれたら、当たり所が良くない限り死ぬ可能性の方が高いです」
仕方ないんですよねと言うコトネの姿を見てナギサは目を伏せ、小さく息をついた。
その仕草には驚きよりも、既に次の手を組み立てている静かな思考が滲んでいた。
「……分かりました」
そう言って微笑み、柔らかく告げる。
「でしたら、その点もこちらで責任を持ちましょう。滞在中は護衛をつけます。トリニティ内とはいえ、万全に越したことはありません」
「そこまでしていただくのは……」
「いえ、必要な配慮です」
きっぱりと、それでいて穏やかに言い切る。
「貴女は今日、こちらに誠意を示してくださいました。その誠意に応えるのは当然です。それに、ゲヘナをよく思わない方が居られるのも事実。何かがあってはエデン条約締結所の話では無くなってします」
その言葉にコトネが少しだけ目を丸くすると、ナギサは表情を和らげる。
「それと……どうか、あまり畏まらないでください」
微笑みながら、少しだけ肩の力を抜くように続けた。
「ナギサ、と。そう呼んでいただければ十分です。これから何度も顔を合わせるでしょうし、学園が違えど同じ年齢です。会う度に距離を感じるのも寂しいですし」
「それではナギサさんと呼ばせていただきますね。私の事も名前で呼んでいただければ」
「ええ、そうさせてもらいますね。それでは、コトネさん少し待っていてください」
二人しか居ない中、小さくしかし、架け橋になるような小さなエデン条約がここに出来た。顔合わせ終了後、ナギサはイチカを再び呼び
「仲正さん、ティーパーティーのホスト代理として一つお願いがあります」
「はい、何でしょうか?ナギサ様」
通されたイチカは話を聞く。ナギサは少し穏やかに言う。
「トリニティ滞在中、正義実現委員会で有馬コトネさんの護衛をお願いします。おって正式に私の方から通達するのでよろしくお願いしますね」
「は、はい!」
会談は一度はこれにて終了し、トリニティでの本格的な滞在が始まる。
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