オルフェノクになったので敵全員●す 作:スターク(元:はぎほぎ)
(───何故生きている!?)
これ、相手のモノローグじゃないからな。俺が俺自身にドン引いてるだけだから。
……いやなんで生きてんだ。車を一撃で鉄屑に帰るような一撃を喰らって、そのまま爆発に巻き込まれて、いやホントなんで?もっと言えば
(何よりこの身体だよ…っ)
炎の中で立ち上がった時には既に、奴と同じこの彫刻状の身体を手に入れていた。前触れと言えるのは走馬灯ぐらいで、その内容もこの姿とは無関係極まりない物。
はてさて、現実逃避気味に近場のガラスへ全身を写してみれば。
(うーわ)
馬面。文字通り馬の顔の化け物がそこに、いやここにいる。よりによってこんな姿かよ、この世界にも神がいるとしたら悪趣味極まりねぇぞ。
(……そんなことを考えている場合じゃない、か)
前を見る。熊の化け物の姿はもう無い、代わりに鋭敏になった聴覚が遠くで鳴った破砕音を拾い上げた。
アイツの、逃げた方向──!
『ッッッ!!!』
そこからはもう反射。馬らしい瞬足でスタートダッシュを切り出し、街を駆けた。踏み締めた地面や壁が一拍遅れて背後で粉微塵になるが、そんなの知ったこっちゃない。
ただ速く。何より速く、一刻も早くアイツを守る。間に合えと、願い焦がれ走って───
───間に合った!
『ルグッ!?』
彼女へ刃を振り下ろそうとしてたその横っ腹、ガラ空きの脇へ速度を乗せたタックル。先までの頑強さが嘘みたいに、肋骨*1の数本ぐらいへし折った手応え。
木っ端みたいに奴が吹っ飛ぶのを見届けてから、へたり込んだままの救助対象を見た。うん、帰り血まみれで呆然としてるが外傷は無さそうだ。良かった。
……本当に良かった。
『ググ…ギ……!』
(後は目の前のコイツをどう八つ裂くか……!)
いい感じに先手は打てたが、趨勢を決するには些か心許ない。そもそも俺の変身も突発的な物でいつまで持続できるか分からねぇんだ、希望的観測は除した方が賢明って奴だろう。それ以前に防衛戦だし。
なんて考えてたら相手が構えた。ありがてぇな、短期決戦が好みとは気が合いそうだ!!
『ルガアオオオオオオオオッ!!!』
『グオォアアアアアアアアッッ!!!』
今の俺達はしょせん獣、舐められれば即ち死。だから死ぬ前に殺す、舐められたら殺す!初手の威嚇合戦だって負けられない。
そのまま双方走り出し、最高速度で激突した。速さに勝る俺が、ハルバードが振り下ろされるより速く奴の懐に突っ込み、その瞬間だけは押し合いに勝る。だがどうやら速度だけでなく、パワーにおいても俺達は
『ッ!!』
押し込んでいた体が返され始めた。やっぱ馬と熊じゃ正面衝突は厳しいか?けどな、俺はそもそも相撲をしに来た訳じゃねぇんだよ!
(すっ転べッ)
『?!』
ホールドされるのに先んじて相手の膝裏を掴み、引き抜く。面白いようにもんどりうって倒れる巨体。
逃がさない。得物を持っている方の手首を踏み潰し、腰ごと引き絞っての
鈍音と振動。顔面を僅かにへこまされ、奴が戦斧から手を放す。バウンドする頭目掛けて再度打ち下ろし。もっと凹みを増したみっともない面に、思わず笑みがこぼれる。
多分それが不味かった。
『ギルイィィィイイイイイイッ!!』
『ハグ…ッ!!!』
完全なケアレスミスだ。意識外にあった右腕に喉笛をひっ掴まれ、引きちぎらんばかりに捩じられる。奴の頭蓋がイカレるか、俺の呼吸が止まるかのチキンレースに持ち込まれちまったか!
熊型の奴の握力は振り払えないと割り切って、俺は攻撃に全神経を注いだ。顎、こめかみ、頬、額、とにかく意識保持や痛覚に関係ある場所へ連打を叩き込んでいく。そぅら目だ!耳だ!!鼻だ……ッ!!
(なんとかなるか!?)
拳をブチ込む度に、首を絞めてくる奴の手が弱まってはまた力み、だが確かに解けつつはある!目算、奴の生命活動が停止する方が多分早いが確証は無ぇ。
もっとこう、無いのか!?コイツの息の根を確実に止める手段とか!ハルバードには手が届かない以上、今は無手しか……!
(体が変形したんだからさぁ!!どっかからヌルっと都合よく武器とか出て来いよォ!!)
そう内心で喚いた瞬間、異形となった体が応える。
振り上げた右腕に違和感。蠢き、痛みも無く裂け、露出した骨にギョッとしていたら……その先端が分離し、元に戻った右手へと収まった。
……ナイフ!
『──オオオッ!!!』
手早く一閃、奴の右手首を裂く。人間でいえば健のある個所を的確に、これで首が解放された。
お次は首。
だが奴は止まらない、苦し紛れによりいっそう暴れ出す始末。ならこっちも相応の対応を取らせてもらうぞ?バイタルポイント1ヵ所でダメならもっと!
( 死 に 恥 晒 せ ぇ ぇ ぇ っ !! )
耳孔に突き立て三半規管を挽く。眼窩にさして脳をほじくる。鼻に突き立て顔面を剝がし、肩を削いでは鎖骨を折って胸骨を躱し心臓を断つ!
そうやってとにかく、必死で相手の体を破壊した。斬って穿って潰して壊して、削り続けた。
やがて、止まる。奴の鼓動が、それを認識した俺の攻勢が。
(……死んだか?)
ペチペチと軽くビンタしてみる。無反応。もう一回眼窩から脳を刺してみる。やっぱり無反応。
死んだかと確信したその時、熊もどきの体から蒼炎が立ち昇り、俺を包んだ。
(おわあっ!?)
熱ッ……くはなかった。攻撃ではないようで、炎を上げながら奴の体がホロリと崩れていくのが見える。セルフ火葬とは殊勝だなぁ、なんて思ってる内に全ての肢体が灰の山へ還ってしまっていた。
……何だったんだ?
(それどころでもねぇか)
立ち上がって周囲を見回せば、怯え竦む人々の顔。人知を超えた怪人同士の殺し合いを見せられちゃ
………逃ーげよ。
(んじゃな~)
「あ……ま、待って!」
待たねぇよ、パトカーのサイレンが聞こえてんだ。俺自身こんな変貌を受け止めきれてないのに、第三者に捕まって調べられるなんて御免だね。
……もう会う事も無いだろうし。元気でいろよ。
「現着!」
「負傷者多数、現行犯は確認できず!!既に逃走した模様ですっ」
脚力に任せて跳躍し、ビルの壁を蹴って闇に消える。背後でサツの声がして、その気配が無くなるまで夜を駆け続けた。
時は移ろい8時間。驚異的なスタミナで県境を幾つか跨ぎ、何処かも知れない橋の下での野宿を経て。そんでもって帰りは徒歩・電車でへーこら言いながら、やっと帰宅に成功したのが今の俺である。
「衣服はそのままかぁ。変身時に肉体に取り込んだのが、変身解除後にそのまま元に戻るって了見で良いのかね」
体は既に普通の人間のそれに戻っている。気合い入れて力めばまた怪物になれるし、意図して脱力すれば即座に戻れるという、なんとも都合の良い力らしい。ただ変身時、力加減は利かないので要注意ってとこか?
一番びっくりしたのは、ちぎれかけてた左腕がものの見事に完治していた事。試しに掌を包丁で軽く切ってみれば見る見るうちに塞がる塞がる、ただただ純粋にキモイ。うわぁい人外だァ。
(……しかもなぜか腹が減らない、と)
食事が必要ない、という訳ではなさそう。初変身直後は普通に空腹感があり、だが熊型の化け物を殺して青い炎に包まれた瞬間に満たされた記憶がある。つまり同族を殺しまくって蒼炎を浴び続ければ食費が浮く……ってコト!?
「バカな事考えてないで普通に日銭稼ぐか」
昨日のは飽くまで例外中の例外。あんな修羅場に毎日居たら流石に身が持たんわ、却下却下。というかそんな乱暴な真似してたら絶対公的機関に目をつけられて日の下を歩けなくなるだろうが。
これまで平穏第一、これからも平穏第一。目指すはチマチマ社会貢献しての孤独死って事で、今日という休日をそれなりに有効活用する。
では今日の予定第一。昨日の事件がどうなってるかの確認だ。
(犯人は現場に舞い戻る、ってこういう心理だったんだな)
世間ではどういう風に
牧路凱歌、出撃~。
「……!貴方は!!」
(撤退ッ!!!)
「逃がしませんっ」
俺 は 逃げ出した!▼
しかし まわりこまれてしまった!!▼
そうだよ失念してた、コイツもまた現場に戻ってきてる可能性を何で忘れてんだ俺!
(運動性能と立ち回りの速さは相変わらずみたいだし……!)
仁王立ちで通せんぼしてくる彼女は、昨日と変わらず濃紫の瞳に強い意志を秘めて睨んできている。怪人化でもしない限り逃げ切れない、逃がさないという凄味がこれでもかと伝わってくる程に。
「昨日、私を助けてくれたの、貴方ですよね?」
「ゼンゼンシリマセン。キノウ、ワタシ、ココトオッテマセン」
「リュックから顔を出してるトウカイテイオーのアイドルホースぬいぐるみ!しっかり覚えてますもん!!」
「ぅゎ」
目敏く御守りを指さされ、とうとう観念せざるを得なくなる。そんなに目立つかコレ。
ともかくバレちまったモンはしゃーない、切り替えていこう。
「呼び止めてすみません。でも昨日のお礼が言いたくて……あの時、庇って下さりありがとうございました」
「良いよ良いよ、アンタがぶつかってきてくれたお陰で俺も我に返れたしさ……それよりだけど、凄い事になってんなぁ現場」
「えっ……ああ、まぁ凄い通り魔事件でしたからね」
謝罪合戦は避けたいので、立ち入り禁止テープが張られまくった元・繁華街へ話を移す。そこら中に立ち並ぶパトカーと行き来する警官の向こう、抉れた地面と瓦礫が血飛沫に染まっているのが至る所に見えた。おっ、あそこにあるのって俺が投げ込まれて大破炎上したパトカーじゃん。黒焦げで原型無いな、もう笑うしか無いわ。
「っていうか、
「やっぱり貴方もそう思いますか」
「いや人間じゃねぇだろアレ」
「私も事情聴取でそう言ったんですけどねぇ」
街頭テレビでも同じように放送され、灰色の怪物が暴れ回ってただなんて一言も話されない。人の口に戸は立てられないとは言うものの……マスコミまで情報統制してるっぽいし、どれだけ市井が真実を叫ぼうと“噂”の域を出ることは無さそうだった。
「SNSで検索してもヒット無しです。動画を撮ってる人もいたのに……どこか不安になります」
「まぁ大丈夫だろ」
「何がです?」
「政府が動いてるって事だ」
方向性が“隠蔽”とはいえ、こんだけ対応が迅速なのはむしろ頼りになる。トチ狂って総出でテロリズムを推進でもしない限り、国家は秩序を司るモンだから裏でなんらかの対応を進めてるだろ。少なくとも国民の信頼が不安を下回るような
まぁその過程で大なり小なりの犠牲は前提とされてそうだが……俺個人としちゃ、俺や俺の周りが
「国家機関の方は事実をちゃんと認識してる。問題はそれに対して既に解決策があるから黙らせてるのか、無いからこそ今から探す為に黙らせてるのか……この2択だろうな」
「よく分かりますね」
「昔色々と可愛がられてなぁ」
「国家権力に?」
「うん」
キョトンとした顔、次いでクスリと微笑。今頃コイツの頭ん中じゃ、暴走族とかそんな可愛い罪状が思い浮かんでんだろうな。
でもやがて、その笑みに翳りが浮かんで。
「……昨日、私が抱えてた人なんですけど。助からなくて」
「あぁ、あの……」
「病院に運び込んだ時には手遅れで。遺族の方とも会ったんですけど、何もしてあげられなくて」
俺が見た時点であの出血量、おそらく動脈をバッサリやられて虫の息だった彼。その体が冷たくなっていく感触を思い出したらしく、僅かに震えたのが見えた。
「あの時、何をしてあげられたら良かったのかなって。昨日から答えが出なくて、頭から離れないんです」
「……」
「国もすぐに動けないなら、せめてあの時あの場所にいた私が、もっと動くべきだったんじゃないか、って………」
その問いに、俺が返せる答えはただ一つ。“出来る事なんか何一つ無かった”だけだろう。
だってあの化け物は、同じ化け物の力でしかどうにも出来なかったんだ。あの怪我人は明らかに致命傷だったんだ。
ただの人間が、医療職でもない一般人が、何かを為せる要素なんてこれっぽっちも有りはしなかった。その責任も同様に。
……と言ったところで、彼女が納得しない事なんて目に見えてる。だから俺が告げるべきは、告げて良いのは、もっと別の観点に基づいた個人的な
絶対の答えなんて、ハナから存在しないんだから。
「死者を背負う、って手段がある」
「ぇ……」
時は戻らない。取り返しのつかないことは、後からじゃどうにも出来ない。だったらもう、忘れないようにして前に進むしか無いんじゃないか?
「この世界にタイムマシンなんか無ぇんだ。“今”から“過去”に対して出来る事も……でもお前は、あの男の最期を覚えてるんだろ?」
「……忘れられませんよ。多分、これからもずっと」
「じゃあソイツの“死”は、お前の中で生き続ける訳だ」
「!」
変な話だけど、死ほど“生命が存在した証”に相応しい物も無いと俺は考えてる。事切れた瞬間が、それが他者の心に刻んだ傷の深さこそが、その命が世界に遺した物の大きさを物語るんだ。生きてる事の尊さを、死後に反転した悲しみが裏付ける逆転のロジック。
──どの口が、と言われると何も返せないんだけど。
「“メメント・モリ”、という物でしょうか」
「さぁ?俺は学が浅いんでね、名前こそ知ってるけど意味までは同一かは知らん。でも本質は同じなんじゃねぇかと勝手に思ってる」
「………“死を忘れるな”、と」
「そうやって死んだ奴の分まで必死こいて生き足掻く。それが
知った風な声音で話す事1分。暫しの沈黙が、俺と彼女の間にのしかかる。
その間にも人は行き交い、事件なんて知った事かとそれぞれの日々を過ごしていた。絶望も嘆きも流れた血も、この雑踏の中に消えていくんだと言いたげに。
それを割るように、彼女が口を開く。
「…安らかに」
介抱した彼だけではなく、昨日逝ったすべての命に対する黙祷だった。もしかすると、あの熊型の化け物にすら捧げているのかも知れない。
数拍のそれを経て、目を開いた彼女。その笑顔に先程までの影は見当たらない。
「ありがとうございました。昨日の事もあの人の事も、もう少し前向きに抱いていこうと思います」
「無理はするモンじゃねぇぞ~?」
「たはは、まぁすぐに完璧には出来ませんけど……じゃあ一つだけ、助けて貰っていいですか?」
しかし嫌な予感。いや本当に嫌という訳じゃなく、むしろ逆。仄かな喜びの感情へ、理性が警鐘を鳴らしている。
「名前を聞いても?」
「……
「牧路さんっ。また会って、色々お話したいです!」
良いですよね?と問う彼女に思わず硬直した。本当にやめて欲しい、俺とお前じゃ済む世界が違うんだ。お前の世界を、俺なんかで汚したくないんだ。
その一念で拒もうとした。
「───ッ」
「……牧路さん?」
出来ない。
「あー。ちょっと前の映画じゃねぇけど、君の名は?」
「!すみません申し遅れました、
「そっか」
その名前を嚙み締める余裕さえ無い。もうそれどころじゃない。
ぎこちなく差し出した手を、下心皆無なままに握ってくれた茈。その微笑みが眩しくて、だからこそ申し訳なかった。
「短い付き合いになるだろうが……よろしく頼むな、桐雨」
「いいえ、末永くお願いしますよっ」
──どうして今まで気付かなかった。
今しがた通り過がって、俺と事件現場を一瞥した男。アイツ、
どうして今まで気付こうとしなかった。
慌てて耳を澄まし、目を凝らした瞬間。至る所で潜む化け物の存在に。
そこの会社員。
飯を食う客。
買い物途中の主婦。
デート中の男女。
多くは無い。だが確かに、俺を含めてそこにいる。
人と似たツラをした怪物が、茈の生きる世界に生きていやがる!
(離れられる訳無ぇだろッ……!!)
俺が守る。側でずっと、それしか無い。
決意の中で強く握った手に、茈は無邪気な笑顔で応えてくれた。何も知らないままで在れと、そんな俺の望み通りに知らぬまま。
「───興味深い子ね」
ビルの屋上から、牧路達を見下ろす影が一つ。
「
「冴子会長、お時間です」
「あら、もうそんなに経ってたのね」
それだけ告げて、海老にも似たその怪人は姿を消す。屋上にはもう誰もいない。
ただその真下で、蝶の翅を模った企業の広告が、爛々と輝いていた。
SMART BRAIN、と。