オルフェノクになったので敵全員●す 作:スターク(元:はぎほぎ)
そんな彼の話
火伽真也にとって、桐雨茈は夢そのものだった。
資産家の家に生まれた彼はお手本のようなボンボンとして育った。傍若無人、癇癪を起こしては周囲に当たり散らし、親に甘えて高価な玩具をねだる糞餓鬼の完成である。咎めるべき父母は、求められるままに我が子を甘やかす為ノーブレーキそのもの。
手が付けられない。そんな子供に、そんな子育てしかできない親に、周囲は愛想を尽かし離れていく。いつしか孤独、少年の傍に友達と呼べる存在は無い。それを彼は孤高だとか、周りがついて来れないだけとか、そんな言い訳ばかりして自らを省みない。
……遊び場所が自室に限られるのも、当然の帰結であった。
その日も彼は部屋で遊んでいた。限定品特有の緻密な絡繰りが仕込まれたオモチャで、彼は一人遊びに励む。
「テンションふぉるてっしも!!だ、誰!?」
その言葉の意味も分からないまま、テレビで見た展開を一人芝居で再現する遊び。応じる者は誰もいない。
それでも暫く続けていたが……プラスチック製の剣を弄っていた折に溜息と同時に限界が来たようだった。
「……つまんない」
雑に剣を投げ捨てる姿からは、物を大事に扱おうという気概が一切見えない。それも当然、壊れたらまた買ってもらおうとしか考えていないからである。
もしくは、それも含めてどうでも良いのか。彼自身にすら分からない鬱屈を抱えて、真也はゴロリ寝ころんだ。
窓から日が差し、部屋が温まってくる時分である。一度体を横たえると、睡魔は容赦してくれない。
「ンぐ……」
瞼がトロンと融け始め、日差しから眼を守るべく閉じられ始めた。こうなってしまえば時間の問題、行悪く昼寝と洒落込む幼子の完成だ。
完全に閉じられるまで3ミリ、2ミリ、1ミリ。一瞬2ミリに持ち直し、けれどまた1ミリとなって。
「寝ちゃうの?もったいないなぁ」
突然の闖入者の声に、突如遮られた日差しに、少年の意識は現実へ引き戻された。半分パニック状態で、いる筈の無い誰かを探す。
「だ、誰!?」
「こっちこっち!急に声かけてごめんね、ビックリしちゃった?」
「そっちは窓……!!」
振り向いた先に、いた。2階の窓、その向こうに植えられ茂る
──少女だった。切り揃えられた濃紺の髪が、後ろに束ねられて風にさざめいていた。
快活さを隠さない、爛々と煌めく瞳が真也を捉える。
「お父さんから、同い年の子供がいるって聞いて。仲良くなりたいなって思って探してたの!」
「だ、だからって、どうやって」
「木のぼりだけど?」
「そういうことじゃなくて!!」
木漏れ日の中で、何も意に介さず笑う彼女に少年は見蕩れた。この時点で既に完全な一目惚れだった。
彼女を知りたい。ただ我儘なだけじゃない、本当に自由な彼女に触れたい。
「ひとぎ君だよね?私、桐雨むらさきっていうの」
「むら、さき」
「友だちになろっ!」
差し伸べられた手を取るのに躊躇など無かった。その日、火伽真也に初めて夢が出来た。
彼女が欲しいという、確かな夢が。
「……これが俺と彼女の馴れ初めだ。分かってくれたかな、君が入り込む余地なんて無いって事を」
「あっつい幼馴染だねぇ。ところでなんでお前ん
「彼女は度々遊びに来てくれた。外に連れ出してくれた、俺の世界の全てが彼女だった……」
「あ、まだ続くんだ」*1
「私ね、馬が好きなの」
「お馬さん?」
「うん!」
鬼ごっこで汗だくになりながら彼女は言う。走るのが好きだ、走る動物が大好きだと。
「おとうさんが“けいば”を好きでね。私もいっしょに見るんだけど、みんな人間を乗せて一生けんめい走るの!それがかわいくて、けなげで、カッコよくて!!」
「じゃ、じゃあさ!僕がお馬さんになったら、むらさきは僕をもっと好きになってくれる?」
「なんで?ひとぎ君は人間でしょ、馬にはなれないよ」
幼心にも必死な告白は、真顔のカウンターにより撃沈。茈は無邪気にも、そこへ追撃を叩き込む。
「それに私、もうひとぎ君のこと好きだし」
「ほんとう!?」
「友だちだもん!!」
無慈悲。徹底的なフラグ粉砕で、真也少年のライフは既にゼロとなっていた。それに気付かないまま、茈は自身の夢を語り続ける。
楽しげに、嬉しげに。
「だからね!私、馬といっしょのお仕事がしたいの!“きしゅ”とか、“きゅーむいん”とか、“ちょうきょうし”?とか!!」
「へ、へぇ~……」
「いつか自分の馬と、大きなレースをかちたいなって。それが私の夢!!」
「だから俺は、君の事が大嫌いだ。彼女の好きな馬の顔で、彼女に取り入った卑劣さが!」
「悪いけど自分じゃ選べないんだわこの姿」
「良くないなぁそういう言い訳はっ!!……」
「……?どした、急に黙りこくって」
夢が終わったのは2年が経った頃合いの事。
両親が殺された。
家に火を点けられ、火を点けた何者かに、目の前で心臓を貫かれた。
父は少年を守ろうとして。母は少年を逃がそうとして、その手を踏み潰す怪物の逆光。
全てを失った少年は炎の中に取り残される。まるで何かの儀式のように、神へ捧げる生贄のように。
「オイどうする!このままだと死ぬぞっ」
「せっかく確保した“九死に一生を得た子供”なんだ、蘇生するしかないだろう」
「死んでも良いじゃないか。また素質ある子供のいる家庭に放火すれば良い」
死の淵で、聞く。
「そんな目立つ真似を連発できるか。最近、我々を追跡する組織まで出来たという噂だぞ」
「今更人間が何の脅威になる!」
「
「いずれにしてもコイツはもう死ぬ。どうするか決めないと」
身勝手で傲慢な、化け物の暗躍を。
「……“記号”を埋め込もう」
「名案だ」
「“ギア”が手元にあって助かった。専門知識がなくとも施術出来る」
その醜悪な野望を。
「……起きないな」
「ここで悲報だ。“例の部隊”に嗅ぎ付かれつつあるらしい。この施設からも撤収しろとのお達しだ」
「子供は蘇生失敗したまま、“アクセル”の完成もままならず、か。冷や飯食わされそうだ」
「もしくは粛清、とかな」
命の尊厳を踏み躙る、死に損ないの腐臭を。
「試作品類はどうする?」
「特に命令は来ていない。一応ギア以外は隠滅しておこう」
「了解、生命維持装置OFF……なぁ、一回ぐらいギアで変身して良いか?どうせ没収されるなら良いだろう」
「よせ。それは
「アホくさ」
──待っていた。自分に向けられる視線が絶えるのを、誰も注意を向けなくなるこの時を。
誰もいなくなってから、少年はガラスを叩き割って培養層から出た。ずぶ濡れの肌を、久しぶりの空気が冷たく刺す。
呼吸を忘れた。歩き方を忘れた。出来るのは精々這いずりのみ、それでも近寄り手を伸ばした。
同じ部屋に残置された、“ギア”と呼ばれた物体へ。
用途は聞いている。同族を殺す為、と。
使用方法は学んだ。ご丁寧にも同封されていた説明書を、酸欠寸前の脳でギリギリ。
黄光のラインが全身を包み、慄く間も無く装甲が外界から遮断。瞬間、何かしらの補助装置が働いたようで、弱り切った体に力が漲った。
思考がクリアになる。今
時刻は既に夜。“カイザ”への初変身を完了させた幼き火伽真也は、床に就いた施設所属者を闇に紛れて奇襲。一人また一人と暗殺し、朝には全員の鏖殺を全うしていた。それが彼の初陣で、そして親を殺された復讐だった。
幼心故の直情の殺意、それにより手段を選ばず急所狙いを迷わなかった事。何より装着したベルトの力がそれを可能にした。
「……パパ、ママ……」
遺されたのは虚無。帰る家も失い、彼は何も持ち得ない孤独に立つ。復讐があっさり終わった事もそれに拍車を掛け、彼の膝を尽かせるに至る。
夜が明け、照らす朝日にも彼は反応しない。俯いた視線は影だけを捉え、やがて更にそこから落ち込み──
「………ぁ」
自らを救った
正確には、そこに収まったカイザフォン……携帯電話に。
誰かに話せる。誰かに話したい。正気を保ちたい。
その一心で掛けた番号に果たして、想い人は応じてくれた。
《もしもし?》
「ぁ、あ……!」
唯一の幼馴染。彼にとっての救い。
《え……その声、ひとぎ君!?生きてたんだね、良かった…!》
「むらさきちゃ、むらさ、き……!!」
《大丈夫?どこにいるの!?お父さん、ひとぎ君から電話ー!!》
通話は、調査しに来た部隊が彼と接触するまで続いた。泣き続ける火伽の身柄は無事保護され、桐雨一家と再会する事も出来た。
だが彼は、自分の身に起きた事を幼馴染には伝えはしなかった。原因は、自分に仕込まれた“記号”という何か。
(もう自分は人じゃないかもしれない)
その認識が彼を駆り立てる。そう仕向けた人外への怒り、そして奴らを殺戮する事による自らの
人として胸を張って、茈とまた逢う為に。
その為に、少年は戦場へ身を捧げる事を決めたのだ。
「……とにかく。俺は君に消えて欲しいんだよ」
あの日、唯一起きていた見回りの研究員。俺の不意打ちを食らう寸前、ロッカー前でしゃがんでいたその姿が、目の前で背を向けて屈んでいる牧路凱歌と重なったからだろうか。
不意にフラッシュバックした最悪の日々の記憶を振り払い、俺は語り掛けた。
「俺には夢がある。桐雨茈に相応しい人間として、彼女と添い遂げる夢が」
「……いい夢だな」
「だから、その夢を阻みうる君が邪魔だ。俺は俺にとって邪魔な奴が大嫌いなんだよ!」
「それで出力されたのが、この
問い掛けには舌打ちで応じた。あとちょっとで成功だったんだけどなぁ……
任務からの帰投時、少しだけ牧路凱歌が部隊所属者同じロッカールームを使用する時間がある。それを利用させてもらった。
使用順番は俺と狙撃班が最初、入れ替わる形で身体消毒を終えた牧路が荷物を整理しに来る。それぞれのロッカー位置は所定、基本的に変わる事は無く、皆一々確認なんかせずに場所で判断して自分のロッカーを開く。
けれどその日、牧路のロッカーは所定位置には無い。カイザの力で他の奴の物と入れ替えたからだ。*2
当然、奴は気付かず手を掛けるだろう。次いで、開かない鍵に疑問を呈して二、三度ほど扉を揺する。
その様子を写真に撮って、茈に「アイツ仲間の持ち物に細工しようとしてたぞ」と伝えるつもりだったんだ。たったこれだけの事で決裂には持ち込めないだろうが、塵も積もれば山。同じように何度でも不信を煽る事象を積み重ね、奴を彼女から引き離す算段を立てていたのに……っ。
「オルフェノクの感知能力を舐めていたよ。人間体でもやはり中身は人でなしか」
「すげぇだろ」フンス
「貶したんだが?」
音源はしっかり切っていたのに、撮影した瞬間に気付かれた。いや、もしかするとそれ以前から?誘い込まれたのは俺と奴の、どっちだ。
だが、いずれにせよ写真には撮れている。奴も茈から無暗に嫌われたくはないだろうし、これをネタに揺するぐらいh「なぁ」何だ?
「もうちょっと良いやり方があるぜ」
「は?」
「こういう事っ」
……言い訳はできない。この時俺が晒したのは、間違いなく“醜態”の一言に尽きる物。
一瞬で首を掴まれ、宙に浮かされる。何一つ反応できなかった。
(こい、つ──!?)
牧路凱歌がオルフェノクの力を用いて何らかの反抗意思を見せた時、それを制して
こう見えて歴戦の経験持ち、相手からの害意や敵意には敏感だ。牧路がそれを抱いた瞬間に変身する、それを出来る自負と確信があった。何なら今この瞬間ですら、それは一切薄れていない。
「何、考え、て…!」
コイツ、
「はなっ、せ、っ!」
「そう焦んな。“被害者ポジ”を得られるチャンスだぞ」
「……!」
その言葉に気付けば、首を握る手には然程力が込められていない。更に奴は、自分からロッカールームの外、監視カメラの範囲内に俺ごと入り込んでいる。
まるで、自身の
「どういうつもりだっ?」
「俺だって分かってるからな。自分じゃ茈に“人並みの幸せ”をくれてやれない事ぐらいは」
そう言って見かけ上乱暴に手を放し、俺を地面に落とす。
尻餅を突いて見上げる被害者、悠々と見下ろす加害者の構図。それを俺ではなく、奴自らが作っていた。
「その点、お前は俺から見れば存分に“人間”だ。変な再生能力もパワーも無く、ベルトが無きゃ非力。今回みたいに姑息で猫被りな点こそ目に付くものの……何より茈を大事に想っている。それと前科無し、これも大事」
「バカにしているのか」
「羨んでんだよ、勝ち誇ってくれや」
ハッ、と吐かれた息に乗せられていたのは諦観。そこで俺もようやく、奴の意図を読み取れた。
俺に
……何故。
「茈を捻じ込んだんだ、監視カメラの映像を抽出するぐらいは出来るんだろ?さっきの写真と併せて見せれば、とりあえず反感の欠片ぐらいは促せる」
「なんで」
「何でってお前、元からそのつもりだったろ?」
「なんでここまで出来る!?」
疑問だった。向けられた好感をどうしてそんな簡単に打ち捨てられる?彼女の想いが今の自分の生命線の一つだと分かっているだろうに、どうしてそんなに蔑ろにできる?
牧路凱歌が処分されずに部隊に入る事が出来たのは、茈の証言があってこその物だ。オルフェノクへの覚醒後も人として逸脱せず生活し続けた実績、それが彼女により証明されたからこそ。
つまりコイツが持つ最大の武器にして命綱は、彼女の好意による庇い立ての筈なのに。それを失う意味を分かっているのか。
どうしてそんなに……自分を簡単に、
「俺は」
俺の問いに、奴が返したのは。
「
悲嘆を宿した、その呟き。
「もう良いだろ。行けよ人間」
「……」
「とっととその綺麗な手で茈の手を取れって言ってんの。はぁ~」
圧倒された俺は、牧路の姿がロッカールームの中に消えるまで動けなかった。やっと身
結局あれから一週間、監視カメラのデータには手を付けていない。奴にビビったからではない事を留意しておく。
写真を茈に見せたりもしていない。奴にビビったからじゃ、ないったらない。
(思ったよりも利用できる)
それが理由だ。奴は俺と同じくオルフェノクを憎み、人間を守り、茈を大切に思っている。それが前の件で分かったから、早期に排除するよりも長期的に活用した方が得になると思った。その関係の末路が、俺による殺害か、それとも他のオルフェノクによる戦死かは分からない。
だが向かう方向性が同じなら、その時は別に今じゃなくても良い。俺はそう判断して、この行動を奴への“借り”とする事にしたのだった。
……加えて言うなら。
「…人間か」
埋め込まれた記号とやらは、その後の身体検査でも発見されなかった。体の健康にも成長にも異常はなく、ただ記憶に刻まれた烙印だけがその存在を主張していた。誰に慰められようと、その一点だけは晴らしようが無かった。
だが。それを埋め込んだ
「そうか、俺は、人間か……!」
否定しがたい安堵が身を包む。
その感謝を、貸しとして奴に抱いてしまったのも……まぁ、理由と言えるかも知れない。
「なぁ桐雨、火伽の奴からなんか言われたりしてない?」
「いえ特には。何かありましたか?」
「あーなんでもない」
10日ほど経っても何一つ音沙汰が無いので面会時に聞いてみたら、キョトンとした表情で問い返されたので確信。どうやら渡したカードをアイツ、手札で眠らせておく所存のようだ。
(借り、と思っとけば良いのかね)
茈が俺の事を知ろうとしてくれる、その事は嬉しいし生きる励みになる。なるけども、それはそれとして俺では絶対に彼女を幸せに出来ないのが事実だ。正確に言えば、俺自身が幸せになる気が無ぇからな。
だから取り敢えず、俺を知ろうとしてくれるに当たって、色んな吊り橋効果の末に得てしまった好意だけは取っ払って欲しい。その点、火伽という存在は………
……いや、うん。
(ま、今回動かなかっただけでいつか行動起こすだろ。俺はその時に呼応出来るよu)
「凱歌さん、火伽君とはどうですか?」
「ぁ?おー、まぁボチボチ仲良くやれてるよ」
「なら良かったです。彼、ちょっと気難しい所があるので」
思案に耽ってたら、丁度当該人物の話を振られた。良い機会だ、アイツの印象聞いとこ。
「まぁそういう点はあるな。なんというか、独占力?的な」
「そうそれです!幼い頃も気に入った玩具をギュッと握って離さなくて、それが
「……ん?」
可愛い?距離の近い男に向ける感情が、可愛い?
いや有り得る。普通に有り得る、そこからフラグが立つ事も十分にあり得る。その筈だ。
「いっつも後ろをちょこちょこ付いて来てくれるんですよ。頼りにされてる、私が助けなきゃって思って、
「んん?」
雲行きが怪しい。
「家族っていうのはつまり……例えば?」
「自慢の弟です!」
「……んー」
ああ。あーあ、あ~。
「だからこそ、久しぶりに会ったらもうすっごい成長してて驚いちゃって。でも少し話しただけで甘えん坊な性格はそのままなのが分かりましたから、今でもやっぱり家族みたいに思ってますよ」
「ネルホドネー」
「たださっき言ったみたいに、独占力が強過ぎる
「
「なので、その、えっと……」
言葉を選ぶ俺に対し、後ろめたげに目を逸らして茈は笑った。苦し紛れの笑い、文字通りの苦笑だった。
「……もし火伽君が凱歌さんの邪魔したりしたら、私が止めますので。先に謝っておきます、すみません」
なぁ、火伽よ。
お前多分、お前が思ってるよりも茈に本性を知られてるし、恋路の道は険しそうだぞ。
頭を下げようとする彼女を押し留めながら、天へ救いを求めるように顔を上げた。視界に移ったのは無情で無機質な天井だけだった。
そもそも作者程度の出力で草加をガチ再現しようとすると話が拗れて進まないのが目に見えてんだよォ!!