「なあ湯川。何で僕はモテないんだと思う?」
春。出会いの季節。恋の季節。
花の男子高校生たるもの、恋人の一人や二人が欲しくなる。いや二人いたらマズイけど。
二年生は同級生とも恋が出来るし、先輩とも後輩とも恋が出来る。一番お得な年頃だ。来年は受験勉強に追われる予定だし、僕が急いているのはそういう意味がある。
僕の幼馴染みで同級生の腐れ縁は、テレビゲームの画面から目を反らさずに答えた。
「顔」
身も蓋も元も子もないことを…。
「おい。めんどくさいからって一文字で話を終わらすな。そしてもうちょっと僕の心を労れ。幼馴染みだろ」
「今忙しいからちょっと待って」
なんて言って、湯川はコントローラーをガチャガチャ動かす。暇だったからちょっと手元を覗いたが、まるで意味が分からない動きをしていた。同じ人間の指の動きとは思えない。
湯川は廃ゲーマーだ。ゲームが好きというより、もはや取り憑かれているようにすら見える。それくらいいつもやっている。
好きこそ物のなんとやら、湯川はプロゲーマーだった。
デジタルゲームならなんでも嗜む彼女だが、今やっている格闘ゲームのオフライン大会に出場して優勝を経験したこともある猛者だ。少なくない賞金の稼ぎもある。
僕はそういうのにちゃんと理解があるので、湯川の集中を邪魔しないようにその様を眺めていた。
といっても、僕は彼女レベルの格ゲーが理解できない。高度な駆け引きとかそういうのが理解出来るレベルにいないから、見ても面白くないのだ。
ということで、僕は画面ではなく湯川本人を眺めることにした。
「……」
もっさりとした癖のある黒髪は天辺で一房のアホ毛が揺らいでいる。顔の造形はかなり整っている方だけど、前髪が顔を隠しているせいでせっかくの美人が分かりづらい。制服のブレザーを脱いでワイシャツ姿になった体は……思わず豊かに盛り上がった胸部で視線が止まる。うん、まあ、なかなかなものをお持ちだ。
…いかん、幼馴染みに劣情なんて懐いたらこの先やっていきづらいじゃないか。
話を変えよう。
湯川って意外と着痩せするタイプなんだね。話変わってないですねありがとうございます。
「ねえ」
「ん?」
「…そんなジロジロ見られると集中できない」
「ゼンゼンミテナイヨッ」
あり得んくらい高い声が出た。今のホントに僕の声か?
「いや見てたでしょ。私のおっぱい。意外と分かるんだよ女の子は」
「へー、そうなんだ。初めて知った。湯川って女の子だったんだな」
「……対戦相手に感謝するんだな、篠宮。この人がもう少し下手だったら千切ってた」
「ど……どの部位をですか?」
いやどの部位だろうと千切られるのは勘弁だ。素直に対戦相手に感謝しよう。
『JS好き全科持ちDVニート』さん、ありがとう。余生は刑務所でどうぞ。
「話は戻るけどさ、そうやってジロジロ見るからモテないんじゃない?」
「そんなこと言われても本能だからなぁ」
「なるほど。オスの性か」
「わざわざ言い直すな。男として悲しくなるだろ」
「そうか。お前男だったんだな。顔が女々しいから気付かなかった」
「……湯川。僕は真の男女平等主義者だ。女だろうとグーでいくぞ」
「自分の顔でも殴ってろ」
いつも眠たげな目が爛々と輝き、その熱視線は画面に注がれる。佳境に入ったのか何なのか、湯川の集中は更なる深みへと落ちていった。
長い付き合いだ。僕はそれを具に察して口を閉じた。
コイツは意外とねちっこい奴だ。こういう時邪魔すると長いこと面倒臭くなる。
湯川がコントローラーを弾く音と、ゲームの音だけが部屋を支配する。僕は暇が高じて見慣れた部屋を眺め回した。
ミステリーが詰まった本棚と勉強机、小さいテレビと座卓。特に目新しくもない、いつもの僕の部屋。特段何かを考えるでもなく、それを順繰りに眺め回して時間を潰す。
そんなことをしている間に対戦が終わったのか、湯川はコントローラーにコードを巻き付けテレビ台の収納にしまい、テレビの電源を落とした。
そして湯川はやっとその黒い瞳を此方に向け、唇を開く。
「ふぅ……で、どんな昆虫が好きなの?」
「ん? いきなり何の話」
「だから、どんな虫と交尾したいのかって聞いたの」
「どんな虫とも交尾したくねぇよ。僕をそんなレベルの高い変態にするな」
「でも篠宮、昔は虫取り好きだったじゃん」
「子供の虫取りと高校生の恋愛を同列に並べたの、お前が人類初だろ。月と
「鼈とすっぽんぽんくらい近いと思うけど」
「全然違……くねぇな。よく考えたら鼈はすっぽんぽんだわ」
いやなんの話だよ。
「そもそも、僕の願いは女の子と付き合うことで、交尾することじゃない」
「付き合いたいけど、突き合いたくはないってこと?」
「黙れ」
「はいはい。篠宮はピュアでプリティーでハピネスチャージな恋がしたいのね。童貞だもんね。ファーストキスは夜景の見えるレストランが良いかな?」
「お前は僕をいちいち煽らないと喋れないのか。あと、ファーストキスはもうお前で済んでるんだよ。十年くらい前に」
「あーね。この湯川、一生の不覚だわ」
「五、六歳で一生ものの傷は早すぎるだろ。まだ人生スタートしたばかりだぞ」
僕と湯川はいつもこうだ。すぐに話が脱線して本題に決着がつかない。一円にもならない馬鹿話が好きすぎて、実の成る会話がなかなか出来ない。
「それで、生涯の汚点君」
「そこまで言われる覚えはないんだけど……何かな?」
「胸と尻、どっちが好き?」
「よし、お前に相談した僕がバカだった。お帰りは彼方ださっさと出てけ」
僕が部屋の出口を指差すと湯川はその反対方向にのそのそと歩いていって、全身を投げ出すようにベッドへダイブした。
「はぁ~」
「僕のベッドで勝手に寛ぐな」
「しょうがないじゃん、床に直接座ってると腰痛くなるんだら。座椅子を部屋に設置してない篠宮が悪い」
「何もしょうがなくないし、僕は欠片も悪くない」
「あーね」
適当な返事をした湯川はそのままうつ伏せになり、スマホを取り出してポチポチと弄り始める。足を右、左とパタパタさせているせいで、僕から見るとパンツが見えそうだった。見えてないけど。
「湯川、パンツ見えてるぞ」
僕はちょっとした悪戯心でそう言った。湯川をからかってやりたくなったのだ。ちょっと赤い顔を見れればそれで満足。そのはずだった。
「ダウト。それブラフでしょ。だって私パンツ履いてないもん」
「マジで!?」
思わず……いや本当に何を思ったのか、反射的に湯川のスカートの中を覗いてしまった。
まあ、うん。オスの性だ。仕方ない。
そんな
顔を赤くしたのは僕の方だった。
「嘘つき! 僕の純真を弄びやがったな!?」
「女子のスカート覗いといてそこまで逆ギレ出来るのはもはや才能だね。天才……というか鬼才だと思うよ。稀代の変態だね」
「十六歳が負うには重すぎる称号を得てしまった」
稀代の変態……ちゃんと韻踏んでるところがちょっとポイント高い。悪くない称号だ。
僕がそんなアホなことを考えている間も、湯川はスマホで何かを見ながら淡々と言葉を発してきた。
「そもそも、恋愛で『モテる』なんて受け身なのが良くないんだと思うけどね。篠宮さ、好きになってもらうどころか、女の子から告白してもらおうとしてるでしょ。その認識を改めなきゃ付き合うなんて夢のまた夢だよ」
「湯川……お前、急に真面目になるなよ。ビックリするだろ」
「篠宮は真面目に答えて欲しいの? 欲しくないの?」
いかん、ちょっと図星すぎてちょけてしまった。
「まあ、うん。今のは僕が悪かった。湯川の言う通りだわ」
「でしょ? だからまずは、好きな人を作るところから始めよう。初心者は攻略対象を絞るところから始めるのが基本らしいよ」
「お前さては僕を使ってゲームしようとしてるだろ」
湯川がさっきから何やら弄っているスマホを覗くと、恋愛シミュレーションゲームの攻略サイトが開かれていた。
「僕の人生はゲームじゃないんだが」
「人生は遊びだよ?」
「なにそれカッコいい。名言じゃん」
「岡本太郎の言葉。至言だよね」
湯川はゲーマーだけど芸術家肌だ。勉学はからきしの癖に芸術方面には何故か明るい。
「遊びといったらさ、星川さんなんて良いんじゃない? ほら、同じクラスの」
「なぜ星川と遊びが繋がるのかは聞かないでおこう」
「だって遊んでそうじゃん。夜とか」
「聞かないっつってんだろ」
陰口良くない。ダメ絶対。
「まあ、たしかに篠宮は童貞だからしょっぱなギャルはキツイかもねぇ。陰キャに優しいギャルは創作の中だけの存在だから。ほぼUMAだよ。アイツら人を笑うことしか出来ないんだから」
「お前、ギャルに何かされたのか…?」
遠い目をして仄暗い気配を醸し出す
その後も何やらぶつくさ呟いていた湯川は満足したのか、ゴロンと転がって今度は仰向けになる。持っていたスマホを枕元に放って、なぜかやたらと凛々しい瞳を此方に向けてきた。
「うん、ギャルはダメだ。篠宮、ギャルはダメだ」
「大事な事だから二回言ったのね。うん、それは分かった。分かったんだけど……その精悍な顔つきはなんなん?」
「やっぱり女の子は清楚で粛々としてなくちゃ。金髪なんて論外」
「何がそこまで…」
「だってもし万が一、億が一、天地がひっくり返ってもあり得ないけど、篠宮に彼女が出来ちゃったら私も関わらないわけにはいかないでしょ? だから攻略対象は私の好みも入れてもらわないと困る」
「僕もせっかく出来た彼女をお前に紹介しないといけないと思うと憂鬱だわ。そして僕の未来の彼女のことを攻略対象とか呼ぶな。あと、僕に彼女が出来るのは天変地異レベルのことなのか」
「? 当たり前でしょ?」
「なんだその純真無垢な顔!」
ツッコミは体力を消費する。既に僕は湯川に恋愛相談したことを後悔し始めていた。もう帰ってくれないかなコイツ。
「清楚といえば、やっぱ
「黒髪ロングはお前もだろ」
「私のは癖毛だけど、千種さんのはストレートだから別系統なの」
「あっ、はい……」
湯川は昔から酷い癖っ毛でストレートヘアーに並々ならぬ憧れがある。この話題に付き合うと非常に面倒なので話題を逸らそう。
「まあでも、ほら、千種は何人もアタックしたけど、全員玉砕したって噂だろ? それこそ恋愛素人には無理なんじゃないか?」
「そこは勿論私がフォローしてあげるよ。任せて、堕とした女は数知れず、百戦恋磨の【
「とうとう現実とゲームの区別もつかなくなったか…」
ちなみに【
「千種さんは風紀委員だからね。誠実アピールすればイチコロだよ。私の経験がそう言ってる」
「だとしたら風紀委員会の風紀が心配だわ。チョロすぎるだろ。役に立ちそうにないからお前の経験は黙らせといてくれ」
湯川はケタケタと笑ってベッドの上で伸びをした。期せずして胸が強調されるような姿勢になり、僕は思わず目を逸らす。恋愛対象にはまったく見れないけど、体はやっぱり
紅潮して頬が熱くなるが、湯川なんかの体に興奮したという罪悪感に体が冷める。
湯川はそんな僕の顔面七変化に気付くことなく、のんびりとした態度で口を開いた。
「…で、結局どっちが好きなの?」
「ん? ああ、星川か千種かって話?」
「いや、胸派か尻派かの話」
「お前マジで帰れ」
「おっけ帰る」
そう言うと湯川はやおらベッドから立ち上がった。
「帰れって言われて本当に帰る奴があるかぁ!」
「面倒臭いタイプの監督か」
湯川はそう言いながら放り出していたブレザーを拾って袖を通し、通学カバンを肩に提げた。かなり撫で肩だから、肩紐の片方が一瞬でずり落ちる。湯川はそれを片手で押えながら立ち上がった。
どうやらマジで帰るらしい。ふと外を見ると茜空にはうっすらと闇が差し込んでいた。もうそろ夜と呼べる時間だ。
「じゃあ、帰るわ」
「ん、気を付けてな」
「いや、家すぐそこだから」
「それもそうか」
そんな話をしながら湯川を玄関まで送った。一応、ウチの玄関からギリギリ見える湯川の家の玄関に湯川が入っていくのを見てから、僕も家の中に戻る。
そのまま自分の部屋に戻って、体をベッドに向かって投げ出した。
今日はツッコミ疲れた。夕飯まで一眠りしたい。
ベッドからは仄かに湯川の匂いがした。