僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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逆に、クリスマスにイベントがないなんてことがあるとでも?

 

 

「クリスマスはさ、イルミネーションでも見に行かない?」

 

 僕の対面に座る星川は、思いついたような口調で言った。

 

 昼休みのことである。

 教室の隅でお弁当を広げた僕の前に、許諾もないまま腰を下ろした星川の第一声がそれだった。ちなみに、湯川は別の友人と昼食を共にしている――その事実に若干のさみしさを感じつつも、今は星川の放った発言についてだ。

 

 クリスマス。

 言わずと知れた、恋人たちの三大アニバーサリーである。クリスマスとバレンタインと、あと一つが何なのかは知らないが、とにもかくにもアニバーサリーである。僕は元来アニバーサリーを進んで祝う質ではないが、恋人がいるのにクリスマスに浮かれないわけにもいかない。

 

「クリスマスってのは、つまりクリスマスその日のことか? つまり、建丑月の天神日にか?」

「普通に十二月の二十五日って言えっつぅの――それ以外にクリスマスの日なんてある?」

「最近はクリスマスなのかクリスマスイブなのか、きちんと確認しないと齟齬がある場合、あるだろ」

「あるけどね」

「それにしてもイルミネーションか……」

 

 イルミネーションか……。

 

「何? イルミネーション嫌いなの?」

「いや、嫌いじゃないよ。むしろ好きなくらいだ。でもぶっちゃけ、イルミネーションってクリスマスその日じゃなくても見れるくないか? なんなら、今日の放課後にでも見に行けるだろ」

「じゃあ逆に、クリスマスその日じゃないとできないことってなんだっつぅの」

「そら、教会に行ってイエス・キリストの生誕を祝うことだろ」

「それ、デートじゃなくて礼拝!」

「ちなみに、クリスマスはキリストが生まれた日じゃないらしいぞ」

「え」

 

 よくある誤解というやつである。

 意外と知られていない豆知識に僕が得意顔をしていると、星川は鬱陶しそうな顔をして、

 

「――ってか、そんなことどうでもよくて」

 

 と、仕切り直した。

 

「二十五日にしか見れないイルミネーションがあるの。ほら、ここ」

 

 星川がスマホを掲げる。

 そこには、たしかに『クリスマス限定! 特別イルミネーションショー!』と書かれた記事が表示されていた。場所は、隣町のショッピングモールのようだ。

 なるほど、限定を強調することで、一年を通しても最高の稼ぎ時であるクリスマスにブーストをかけてやろうという魂胆なのだろう。働く側の気持ちになると真っ白な顔になってしまうような悪魔的発想だが、今回は恨まれがちなカップルサイドでの参加ということなので、心穏やかに見れる企画だ。

 

「限定イルミネーション、ね……」

 

 それはたしかにクリスマスその日にしかできないデートだ。

 しかし、話の振り方が思い付いたような口調だったが……星川は既にリサーチを終えて、こちらに提案してきていたのか。

 その準備の良さと、それを隠そうとする魂胆はとてもかわいらしいと思うところではあるが、本来男がやるべきデートコースの選定をやらせてしまったという負い目があるので、揶揄うのはさすがに控えよう。

 

「……何?」

「いや、何でも――いいね、イルミネーション。僕も見たくなってきた。クリスマスの予定はそれでいこう。そのショッピングモールには、他には何があるんだ?」

「ショッピングモールだから、大抵は何でもある」

「そりゃそうか。なら、あえて細かい予定は練らなくて良いだろ。イルミネーションの時間だけ調べて、適当にモールをブラブラしようぜ」

 

 話を総括すると、嬉しそうに頷く星川。その反応には、僕もちょっと照れる。

 ところで、ブラブラとラブラブって語感が似てるな……しまった。せっかくなら引っ掛けて言えばよかった。普通に『ブラブラしようぜ』とか言うなんて、何やってんだ僕。意味のないことしか言わないキャラじゃなかったのか。

 

「イルミネーションの時間だけ調べて、適当にモールをラブラブブラブラしようぜ」

「さも気づきを得たみたいな感じで、くだらないこと言わなくていいから」

 

 今日もカミソリみたいに鋭いツッコミをしてくれるカノジョだった。

 ここで「は?」みたいな反応をされると、僕が大火傷することになるので、星川の素早いツッコミには大変助けられている。

 

「それにしても、篠宮、お昼そんだけ?」

 

 星川が僕の弁当を箸で指し示す。

 僕の弁当箱は、以前のものより二回りほど小さいものになっていた。理由はない。ただ、僕がちょっと少食になっただけの話だ。

 

「僕の弁当はこんだけだけど、それは星川、お前にだけは言われたくない。何でスーパーモデルみたいな食生活してんだよ」

「あたしは太りやすいから、摂取カロリー管理してんの」

「太りやすい?」

 

 そのくびれた腰を見る。

 ほっそりとした腕や首。

 どう見ても太りやすい体質とは思えない……続いて胸を見る。これはおっぱい聖人である僕の、いわばイニシエーションみたいなものだったのだけど、そこで得心がいった。なるほど、聞くところによると、胸が大きくなるのは太りやすい体質の女子なのだという。

 

「視線がいやらしい」

「気にするな」

「気にはするっつぅの――それより、篠宮の弁当の話。それだけで足りるの?」

「足りるよ」

「最近めっちゃ勉強頑張ってるみたいだけど、お腹減ったりしないの?」

「頭使ったらカロリー消費するって、根拠のない話なんだってな」

 

 ちなみに僕が勉強に本腰をいれているのは、単に受験の為だ。二年の冬まで来たら、そろそろ受験の話を考えないといけない。

 

「篠宮は大学、どこに行こうと思ってんの?」

「実は、海外に行こうと思ってるんだ」

「嘘っ⁉」

「嘘」

「………」

「冗談冗談。でも、東京の大学に行きたいと思ってる」

「あっそ……あたしも今から頑張れば、篠宮と同じとこいけるかな?」

「それは……」

 

 口の中で言葉をこねる。

 

「それは、まあ、無理だろうな」

「だよね」

 

 うん、わかってた――と呟く星川。

 

「大学ね……あたし、何も考えてないや。そもそも、大学行けるのかな?」

「いやお前、そこまでは成績悪くないだろ」

「じゃなくて、学費の話。うち別に裕福ってわけじゃないし、妹もいるしね。進学するにしても、親の負担は最低限にしたいし、バイトに精を出せるところにしたいなー」

「バイトを頑張るために進学するって、なかなか意味不明だな」

「専門学校とか、良いんじゃない?」

 

 と。

 恋人同士の会話に、あまりにも滑らかに入り込んできたのは、前田だった。いつの間にか僕の背後にいて、僕が視線を寄越すとにっこりと微笑む。

 

「よお、前田。どうして背後から声をかけてくるんだ? 昨日BREACHでも読んだのか?」

「BREACHは読んでないけど、篠宮君を驚かせようと思って。瑠璃ちゃんも、お邪魔してゴメンね」

「いや、別に。それよりなんて? 専門学校って言った?」

「言った。ほら、瑠璃ちゃんセンスあるし、美容系とかその他とか、専門系の学校に行くのも良さそうだなって思って」

 

 邪気なく笑う前田。

 なるほどたしかに、専門学校というのは、いかにもギャルの進学先らしい。

 

「今、篠宮君、専門学校っていかにもギャルの進学先らしいなって思ったでしょ」

「僕の心を読むのやめろ」

 

 くすくすと笑う前田。

 その笑みに、含みを感じてしまう僕は、もう末期かもしれない。

 

「それで、前田、急に話しかけてきてどうしたんだ?」

「理由もなく話しかけちゃいけない?」

「……いけなくはないけど、理由もなくカップルの会話に割り込んでくる奴じゃないだろ、お前は」

「わあ、厚い信頼だ」

 

 茶化すように言った前田は、一枚の紙を取り出した。

 

「実はクラスでクリスマス会しようって話になってて、二人の参加も聞いておこうと思ってさ。イブの予定なんだけど、二人ともどう?」

「イブか……イブならまあ」

 

 星川に目を向ける。主体性のないところを見せるのも恥ずかしい限りだが、イベントへの参加みたいなシチュエーションは、星川が判断するという空気感が僕らカップルにはある。

 

「あたしは参加する。篠宮も参加するでしょ?」

「だが断る」

「おけ。じゃあ、あたしだけ参加で」

「すみませんすみません。冗談です。僕もクラス会に参加させてください」

「はい、二人とも参加ね。じゃあ、ライングループ招待しとくから、入っておいて」

 

 前田は紙に僕たちの名前を記す。

 

「あ、ちなみに、このクラス会のコンセプトは『何も予定がないままクリスマスを迎えて虚無時間を過ごすことがないように、クラスで集まりを企画して、誰も悲しまないクラスを作ろう』だから――名付けて『クリボッチの会』」

「語義的に矛盾してるだろ」

「それ、あたしらが参加したら晒し物になるんじゃない?」

 

 誰が企画したんだか知らないが、なかなか味のあるコンセプトだった。

 僕らの意思を確認すると、邪魔者は退散とばかりに前田は去っていった。次は、累がいるグループに参加の確認をしに行ったようだ。クラス委員としてあの役割を負っているのなら、本来僕も手伝うべきなのだが、まあ、いいか。

 

「それにしても、これでクリスマスもイブも予定が埋まっちまったか……享年の僕が聞いたら驚くだろうな」

「享年の僕?」

「間違えた、去年の僕」

「そんな間違いがあるか――ちなみに、去年の篠宮はどんなクリスマスを送ったの?」

「ひきこもってげぇむ」

「……それはたしかに大躍進だ」

 

 厳密には、累と引き籠ってゲームをしていたわけだが、まあ、わざわざ言う必要もあるまい。星川だって、わかってるだろうし。

 

「クリスマス、楽しみだね」

「ああ」

 

 星川の言葉に、僕は小さく頷いた。

 こういうリア充みたいなノリをいつかの僕は疎んでいたはずなのに、今の僕は心の底からクリスマスを楽しみにしてしまっている。結局僕は、流されるままの人間なんだなと、再確認することになった。

 

 主体性。

 それが僕のこれからのテーマになるのかもしれない。いや、或いは、受験が目下最大のテーマかもしれないが。

 受験も受験以外も、油断していい状況ではないのである。

 僕は。

 

 

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