「環境保護の為にさ、クリスマスに電気使うの禁止にするのってどう?」
「どうもこうもないっつぅの」
隣町のショッピングモールを並んで歩く僕と星川。
それなりの混雑を予想して家を出た僕だったが、現実は僕のちんけな想像のその上をいった。真っ直ぐ歩くのも難しいほどの混雑。例年、家に引きこもってゲームしてきただけの僕には未曽有の人混みに呑まれていた。
デート開始僅か数分で人酔いした僕は、幸せそうな笑顔で擦れ違う人々に呪詛を吐いた。が、星川は面倒くさそうな顔をして切って捨てた。
「そもそも、イルミネーション見に来たのにそんなこと言う?」
「こればっかりは言わざるを得ないだろ。この人たちは何なの? 何処から湧いて出た方たちなの? 普段、ここら辺にこんなに人いないだろ。普段は土の中で生活してるけど、クリスマスの日だけ地上に出て来て繁殖行為だけして死んでいく類の虫たちなの?」
僕が毒吐くと、擦れ違ったカップルがぎょっとした顔をした。
それに気付いた星川が、無言で僕に肘鉄を入れる。腰の入ったマジの肘鉄だ。すっかり千種にキャラを食われていたが、そう言えばこいつはもともと暴力ツッコミキャラだった。
「なんかいつになくやさぐれてない? なんかあったの?」
それでいうと、星川はゲーマーの【紅茶猫】として出会った同級生だったわけだし、髪色はまっきんきんだった――傍らのカノジョに視線を寄越す。キャラ的にも見た目的にも、僕の周囲で一番変化しているのは彼女なのかもしれない。その印象はなかったが。
「ねえ、聞いてる?」
「お前の肘鉄なら、お前の想像の倍は効いてるぞ」
「『
「日本語むずいな」
話は聞いてなかったが、正直にそれを言っても怒られるので一応抵抗してみる。
「話なら聞いてたよ」
「じゃあ、あたしがなんて言ったが言ってみ」
「胸元が寒いから手を突っ込んで温めてほしいって話だろ?」
「全然違う」
今日の星川は赤いセーターに紺のラシャコート、フリルのロングスカートという出で立ちだった。それ自体は普通にお洒落な女子のそれなのだが、彼女の纏うセーターはなぜか胸元に穴が空いているやつだ。
遭遇した時、あまりにもショックを受けすぎたせいでツッコミの機会を逸していたが、いい機会なので言及してみることにした。
「その胸の穴は何のために空いてるの? そこで呼吸してるの?」
「そんなわけあるか」
そんなわけないらしい。
僕としては半分くらい本気だったのだが。
「ほら、これ」
と。
星川はこちらを向いて胸をゆさっと揺らす。跳ねた乳房に目が行ってしまったが、星川が見せたいのは自慢の巨乳ではなかったらしい。
「このネックレス。お洒落でしょ? これ見せるためにある穴なの」
たしかにそこには、ネックレスがあった。小ぶりな金色のハートがあしらわれた、小洒落たネックレスである。
「星川、話が変わるんだが一ついいか?」
「いいけど……」
「『穴』じゃなくて『孔』って言ってくれないか?」
「死ね」
「『穴』でも充分エロいけどな」
「あんまエロい目で見んな!」
「エロい目では、
「え⁉」
自覚はなかったのか、星川は心底驚いたような顔をした。まあ、そうだろうと思っていたが、狙ってその恰好をしていたわけではないらしい。
青年誌の知識がないところとか、意外と純情なところは出会った頃と変わっていない。
「それ、マジ……?」
「マジだ。男は全員そういう目で見てる」
通りがかった男が、気まずそうに目を逸らした。初心な彼の反応には、手を繋いでいるガールフレンドの彼女もニッコリである。
「超ハズい……」
そして頬を紅に染め、胸元を隠す星川に僕もニッコリ――したら、それはさすがにぶん殴られそうなので、表情に力を込めながら、
「これ、使っていいぞ」
と、鞄の中からマフラーを出して渡した。素朴なグレーのマフラーである。
「あ……うん、ありがと……あれ、新品?」
「僕の匂い付きじゃなくてごめんな」
「死ね」
今日もカミソリのように鋭いツッコミをする星川だった。
「これ、どうしたの?」
「どうしたのって、そりゃ、クリスマスプレゼントだろ。僕一人で選んだものだから、センスについてはとやかく言わないでくれ。最低限、制服とはマッチするものを選んだつもりだけど、ファッションのことは恬でわからんから」
「………」
星川が足を止めた。僕は慣性の法則のように、数歩進んでから止まった。振り返る。
星川は宇宙人を見るような目で僕を見ていた。
「僕の顔に宇宙人でもついてるのか?」
「それどういう状況だっつぅの」
「じゃあ、僕似の宇宙人の知り合いの顔でも思い出してるのか?」
「宇宙人の知り合いなんているか。宇宙人から離れろ――っていうか、その……篠宮ってクリスマスプレゼント用意するんだって思って」
「恋人にプレゼントくらい、常識として用意するだろ。お前、僕の事なんだと思ってんだ」
「アニバーサリー嫌い」
「……ま、そうなんだけどさ」
よく知っているものだ。そんな話をした覚えはないが。
星川はしかし、鼻高そうな顔をすることもなく、むしろ申し訳なさそうな顔をする。
「ゴメン……一緒に選ぶつもりで、あたし、何も用意してなくて……」
「いいよ別に」
「よくない! 今から買うから! その……何が欲しい?」
「愛情の籠ったお金」
「それ愛情必要ないでしょ」
「じゃあ愛情だけでもいいぞ」
「愛情の籠ったカタチに残るものを要求しろっつぅの」
愛情はデフォルトで籠めてくれるらしい。
「欲しいものって言われても、僕、別に物欲ないからな……」
「湯川からはなに貰ったの?」
「SMプレイ用の鞭」
「……あんたらホント、どんな関係なの?」
「ホントな。まさかクリスマスプレゼントが被るとは思わなかったぜ。十七年幼馴染やってて、初めての経験だ」
「あんたも同じ物贈ったんかい」
「はははっ、とんだ賢者の贈り物だぜ」
「オー・ヘンリーに謝ってこいっつぅの」
「オー・ヘンリーってもう亡くなってるんだけど……」
「知ってる」
「知ってるかぁ~」
遠回しに死ねと言ってくるとは――おそろしくテクニカルな罵倒、僕じゃなきゃ見逃しちゃうね。
星川は疲れたように「はあ……」と息を漏らした。
「じゃあ、無難にアクセとかにするか」
「アクセ?」
「……まさか、あんた『アクセ』って言葉も知らないの?」
「知ってるよ。アクセスコード・トーカーの話だろ?」
「遊戯王の話はしてない――『アクセ』はアクセサリーの略」
「なんでもかんでも省略する現代人の言語感覚に、僕は一石を投じたい」
「うるさい」
うるさいって言われた……。
この上ないくらい一方的なツッコミである。
いやまあ……それより。
アクセサリーの話だ。
「アクセサリーなんてチャラついたもの、僕はあまり好まないな」
「昭和の不良みたいなこと言ってんな。ネックレスくらい、良いでしょ」
「まあ、別にネックレスを付けることに抵抗はないけど……そういうのって高いんじゃないか?」
「結構手頃なのもあるし、高くても、せっかくのクリスマスだしちょっとは奮発する」
「あー……うん、ありがとう」
「……今、『そうやって意味不明な理論で金銭感覚を歪めてくるところも、僕がアニバーサリー嫌いな理由の一つなんだよな』って思ったっしょ?」
「完璧に僕の心を読んでくるのやめろ」
せっかく気を遣って口にはしなかったんだから。
以心伝心というのも、困りものである。
「じゃあ、アクセサリーショップは……」
フロアマップでアクセサリーショップなるものを探し始める星川に、僕は待ったをかけた。
「いや、この階にカフェがあるみたいだし、そこで小休止しよう。アクセサリーショップとかいうのは、その後で」
「いいけど。アクセ先でもよくない? あたしだけプレゼントもらった負い目、早く払拭したいんだけど」
「ダメだ。僕が人混みに疲れた」
「貧弱過ぎる……」
そういうわけで、僕たちはカフェに立ち寄った。店内は相当混みあっていたが、僕たちは運よくすぐに席を見つけることができた。星川を席に残して、僕は二人分の注文を取りに行く。
星川にはミルクティーとカロリーカットのショートケーキを、僕は自分にコーヒーとモンブランを買って戻った。
そして戻ったら、星川が清々しいほど清々しくナンパされていた。
「お待たせ」
一先ず、ナンパ男には気付きませんでしたみたいな調子で戻る。机の上に買った物を置くと、ナンパ男が僕に鋭い視線を向けた。
「あ、何だ、カレシ待ちだったの、邪魔してゴメンね~」
男はすぐにニヤニヤした顔になり、ヘラヘラと去っていった。僕は面倒ごとにならなくてよかったと胸を撫で下ろす。
「星川、カレシとして心配だから、ナンパされるのやめろ」
こういうことは、星川とデートしてると間々あるのだ。
「それ、あたしはどうしたらいいわけ?」
「ブサイクになれ」
「カノジョにブサイクになれって言うカレシって、どうなの?」
「可愛くなれっていうカレシよりは、マシなんじゃないか?」
いや、どっこいどっこいか。
僕が星川の対面に腰を下ろすと、彼女は目敏く僕の注文したものを見ているようだった。そして、少し驚いたように声を上げた。
「あれ? 篠宮ってコーヒー飲めたっけ?」
こういう鋭いところは、星川らしい点だった。彼女は結構、細かいところに気付くタイプだ。
「いや、何となく飲みたくなったから注文しただけ」
「飲めなかったらどうするの?」
「星川のミルクティーと交換してもらうから大丈夫だ」
「あたしはコーヒー飲めないから、大丈夫じゃないっつぅの」
「冗談だよ。ガムシロとミルクもらってきたから、何とかなるだろ」
「何でも省略する現代人の言語感覚に文句言ってたクセに、ガムシロップはガムシロって略すんだ」
「………」
こ、細かい……。
「――さっきの話だけど」
と。
星川はショートケーキをフォークで切り崩しながら口を開く。
「さっきの話? ――ああ、
「『ああ』じゃない。あんたは何もわかってない」
「使いたいのか?」
「そんなわけあるか」
「なるほど、使われたいのか」
「なにも『なるほど』じゃない。あんたは何もわかってない。あんた、ちょっと黙ってて」
「………」
「………」
「………」
「……なんかくだらないこと言えっつぅの」
「それはさすがに理不尽じゃないか?」
黙れって言われたから黙ったのに。
星川はミルクティーを口に運ぶと、一度深い息を吐く。
「篠宮、なんか疲れてない? って話なんだけど」
「……そう見えるか?」
「そう見えるっていうか……なんか、無理してる感じがする」
「………」
なんともまあ、敵わない。
しかし、僕は僕の都合で、僕の事情を話すわけにはいかないのだった。
「……ちょっと勉強頑張りすぎたかもな。受験ストレスだ」
「ふぅん……」
少しも納得していない目で、星川は頷いた。その視線を切るようにコーヒーを一口呷る。芳醇な薫りと共に、舌が痺れるような苦みが口内に広がる。
それを美味しいと、僕は思ったのだった。