「緊急恋愛会議ぃ!」
星川とデートした日の夜、僕の部屋で湯川が唐突に叫んだ。
部屋の中央で仁王立ちして、ベッドに寝転がる僕を睥睨している。いつもローテンションな湯川だが、今ばかりはどことなくテンション高めに感じた。
「…なに?」
「『…なに?』じゃない。今日のデートについての会議を今からするよ」
「しねぇよ。てか、帰れ。もう九時だぞ」
「いいや、帰らない。おばさんにも今日は泊っていいって許可もらってるから」
「母さん……で、湯川はちゃんとおばさんに許可もらってるのか?」
「モロチン……間違えた、もちろん」
「間違えんな」
「お母さん、『もちろんオッケーよ。ついでに双子でもこさえてきちゃいなさい』って」
「あの人は…」
もうちょっと自分の娘を大切にしようとか思わないのだろうか。
そんなことを考えていると、湯川が僕の寝転がるベッドの縁に腰を掛けた。マットレスが撓み、寝転がっていた僕の身体が傾く。
「篠宮が星川さんとデートしてる間、私もデートについて調べてたんだけど…」
「ほうほう」
「まずはこんな記事を見つけました」
デデンッと、効果音が付きそうな所作で湯川が付きだしてきたスマホの画面には『恋する男子必見! 春はカジュアルにキメて、意中の相手を撃ち落とせ!』と、書いてある。
「なんだこれ。暗殺指示書?」
「男性向けのファッション記事。デート用勝負服の特集みたい」
「うん、出発前に見るべきやつだな」
記事には一行目から『普段着ゼッタイNG! 女の子をオトすには、まず身だしなみから!』と、記されている。後の祭り、絶賛開催中だ。
「これは昨日の僕に見せてくれ」
「分かった。じゃあ、次はこっち」
次に見せてきたのは『デート前必読! 異性と会話に困らない話題10選!』と、書かれたサイトだった。
「だから見せるのが遅ぇんだよ!」
デートはさっき終わったのだ。今さら話題を提供されても、披露する機会がない。
「違う違う。これ読んで」
湯川がそう言って、一度画面を自分の方に向けてスクロールしていく。そしてピタッとその作業をやめると、もう一度僕の方に画面を向けた。
そこには『デート中に次のデートの約束ができたら最高! それができなくても、次のデートのきっかけになるような会話ができたらヨシッ! 勇気を出して、二度目のチャンスを掴み取れ!』と、書いてある。
「これ見てどう思う?」
「『!』が多いなって思う」
「それな。ちょっとしつこい感じする。ところで、ことあるごとに『神回』ってタイトルにつけるユーチューバーって、どういう気持ちでタイトル決めてるんだろうね」
「くそどうでもいいな」
あと、方々を敵に回すようなことを言わないでほしい。
「で、どう?」
と、湯川が問う。
「どう、とは?」
「二度目のデート、ありそうかって話」
「それに答える前に、ひとついいか?」
「なに?」
「お前、なんでそんなやる気なんだよ」
「だって、篠宮と星川さんがくっついたらおもしろ……友人として、私も嬉しいし」
「本音をダダ漏らすなよ」
そして、僕と星川を使って恋愛シミュレーションゲームするのやめろ。
「で、二回目のデートはどう?」
しつこく、湯川は迫ってくる。
「いや、それはまあ……」
僕は答えづらい質問に言葉を濁すことしかできなかった。
「はいはい、分かってる分かってる」
「聞けよ」
僕の言葉を遮るようにして、湯川が言葉を重ねる。あまつさえ僕の肩に手を置いて、慰めるようにとんとんっ、と叩いてきた。シンプルにウザい。
「チキンな篠宮に次のデートを予約する勇気なんてないよね。ダメだよ、勇気出さなきゃ。恋愛は狩りなんだから。虎視眈々と腰たんたんを狙わなきゃ」
「鬱陶しっ」
「篠宮なんかを相手にしてくれるのなんて星川さんくらいなんだから、最初で最後と思って、もっとガッツかなきゃ。勢いでズッコンバッコンして、あわよくばズッコンバッ婚するくらいの気持ちでアタックするべきだって」
「品性ぇ」
今さら上品さを求めるような関係ではないとは思いつつも、口を挟まざるを得なかった。確かに、僕と湯川は異性間とはいえ下ネタを言い合えるくらいの仲だ。しかし、こうも連呼されると、さすがに苦々しいものがある。
何がこの暴走列車湯川を走らせているのかは知らないが、面倒なことこの上ない。
湯川が困ったやつなのはいつものことだが、今回ばかりは星川も関わっている。いつものように僕だけが振り回されるなら我慢してやらないこともなかったかもしれないが、迷惑をかける相手がいる以上、少し灸をすえておいた方が良いだろう。
とはいえ、言って聞かせた程度で納得する湯川ではない。
ここは上手いこと、論破して黙らせるのが吉と見た。
「そもそもとして、お前はなんでそんな上から目線なんだよ? お前の恋愛遍歴言ってみろ。ちなみに、僕はデート一回だ」
「私、お風呂入ってくる!」
論破は一瞬で成功したが、湯川は形勢不利と見るや否や、逃亡を図った。
「逃がすか!」
そんな湯川を反射的に捕まえよとする。
これが良くなかった。
ベッドから立ち上がって出口に向かう湯川を、寝転がっていた僕は飛び跳ねるように起き上がりながら捕えに行く。反射的で衝動的な動きだった。当然、自分自身の体のバランスのことなど考慮していない行動だったので、湯川の腕を掴んだ僕はそのまま縺れるように倒れる。もちろん、腕を掴まれていた湯川はそれに巻き込まれて、僕らは揃って部屋の床に転がった。
『揃って』というか『折り重なって』が、正しい表現かもしれない。
「……っ!」
仰向けに倒れた湯川と、その上に倒れ込んだ僕。神の悪戯か、僕の顔は湯川の豊かな胸部に着地した。
漫画でよく見る、バカみたいなラッキースケベである。
しかし、安心してほしい。僕らほどの長い付き合いになると、この程度のラッキースケベは慣れたものだ。年一くらいで起こる恒例イベントでしかない。
「いっ……たくはないな。助かったおっぱい。湯川が下敷きになってくれたおかげで僕は大丈夫だ」
「逆ね。誰がおっぱいだ」
「おっとそうだったな。それでおっぱい……じゃなくて、湯川は大丈夫か?」
「まあ、頭強く打った感じでもないし……それより、ぱっと見で怪我とかない? 特に顔とか。傷とかできたら困るんだよね。私、女優志望だから」
「傷はないな。でも、頭が可笑しくなっちまったみたいだな」
「なんだ、それなら大丈夫。元からだから」
「ああ、そういえばそうだったな。ははは」
「まったく篠宮は忘れっぽいなぁ。ははは」
と、軽く笑い流して終いである。もう少しお互いが異性として意識し合っていたら、すったもんだあったのだろうか。例えば、もし、この不要なラッキースケベの相手が星川だったなら、と益体もなく考えてみると、ほんの少し血脈が速まるような感じがした。
「篠宮?」
「ん? どうした?」
「それはこっちの台詞。いきなり赤くなってどうした? そんなに私のおっぱい気持ちよかった?」
「お前のおっぱいは気持ちよかったけど、それとこれとは関係ない」
「…ははーん。さては星川さんのこと考えてたな?」
「っ!? お前、エスパーなのか!?」
「この程度、誰でも分かるって」
「いや、それはさすがに過言だろ。僕が顔に出やすい質だってのは認めるけど」
僕と湯川はアイコンタクトで会話できるくらいの間柄だから、顔を見ればなんとなく考えてることが分かる。エスパーというのも、あながち誇張した表現ではないかもしれない。
だから、湯川がまたぞろ面倒なことを考えていることも、僕には顔を見るだけで分かった。
分かったところで、ではあるが。
「もしかして星川さんのこと好きになっちゃたの? 一回デートしただけで? チョロッ。チョロ男じゃん」
「コイツっ…ここぞとばかりに…」
先ほど恋愛遍歴でマウントを取られたことなど忘れてしまったのか、それともそれを逆恨んでか、愉悦満面、湯川はノリノリで僕を詰ってくる。
「次のデートにこぎつける勇気もなかったのに、期待だけはいっちょ前にしてるんだ……プークスクス」
「うっっっっぜぇ…」
なにがウザいかって、実際そういう気持ちが僕にないこともないところだ。星川は美人だし、胸も大きいし、気も良い。恋愛経験値ゼロだった僕がたった一回のデートで期待を膨らませていないというのは、さすがに嘘になってしまう。
とはいえ、この妙に饒舌な湯川をこのまま喋らせておくのは我慢ならない。
僕は何とか切り返す一手はないかと、知恵と経験にすべてを委ねた。
そしてそんな僕に一筋の光明が差す。
それは今日のデートの終わり際の、星川との会話だった。
『次のデートはプールにしよ?』
確かにそう、星川は言っていた。
その言葉を頼りに、ぺらぺらと何やら語っている湯川の話に割り込む。
「湯川、確かに僕は次のデートの約束を取り付けることはできなかった。でも、次のデートの口実は作っておいたんだよ」
「は?」
厳密にいえば、それは星川から言い出して星川が言った言葉なので、一から十まで星川の功績なのだが、今ばかりは僕の功績のように語らせてもらおう。
「次のデートはプールデートだ」