普通、女性というものは下着姿を見られるのを嫌がる。
それはまあ、理解に易いことだ。男だって、パンイチ姿を積極的に見せる輩はいない。
しかし、ここで疑問に思うことは、じゃあビキニは良いのかよ、ということである。
布面積的には下着もビキニもそうは変わらない。むしろ、デザインによってはビキニの方が過激な露出をしていることもあるくらいだ。
だから、『下着姿は恥ずかしいけど、水着姿は恥ずかしくない』という風潮は、僕にとって、前々からの謎だった。
しかし今日、僕は新たな知見を得た。
コペルニクス的な発想の転換。
すなわち、逆になって考えてみるということだ。
この場合の逆とは、視点のことを示す。つまり、『見られる方』ではなく『見る方』に主眼を置くということである。
男性にとって、下着と水着、どちらがより見やすいか。
それはまあ、十人が十人、水着の方が見やすいと答えるだろう。なんせ、水着は見せるために着るようなものである。隠すために着る下着とは訳が違う。
『見る方』がそう考えるのだから、『見られる方』も同じ考えなのではないか。
そう考えると、僕の長年の疑問にも、解が打たれるというというものだ。
さて、こうして長々と『下着姿は恥ずかしいけど、水着姿は恥ずかしくない』理論を紐解いてきたわけだが、つまり僕が何を言いたいのかといえば、それはまあ、こんな結論に行き着くことになる。
水着売り場より、下着売り場の方が格段に恥ずかしい!
湯川に連れてこられたランジェリーショップの中で、僕は身悶えた。
他の客は当たり前のように女性しかいない。ランジェリーショップとは、聖域のようなものだ。男にとっては女子トイレ並みに入りがたい店でもある。
法律で禁止されておらずとも……或いは、法で禁じてさえくれていれば、僕はこんな羞恥と背徳感がない交ぜになったような感情を抱かずに済んだのではないだろうか。
僕は緊張で手を振るわせつつも、態度には出ないように気を付けた。これ以上挙動不審になったら、冗談抜きで通報されかねない。
僕は真剣な面持ちで下着を吟味する湯川を、同じように真剣な顔でSPのように見守る。
それはそれで犯罪的ではあったものの。
「篠宮」
湯川が、声をかけてくる。
「ん?」
「どれが似合うと思う?」
「もしかして僕に下着選ばせようとしてますっ!?」
「男が女の下着を選ぶなんて普通のことらしいよ。最近じゃ、バレンタインデーに男から女に下着を贈ることもあるって」
「カルチャーショック!」
「なにそれ。新しい必殺技?」
馬鹿なことを言っている湯川を尻目に見つつ、僕は自棄になって商品棚の一角を指さした。
「そのグレーのやつとか良いんじゃないか?」
「これ? 篠宮はこういうのが好きなんだ……? じゃあ、このピンクのやつを試着してくるから」
「僕に意見を求めた意味……まあ、もういいか。僕はその辺で待ってるから」
「なに言ってるの? 試着したら、篠宮に見てもらうんだよ?」
「お前がなに言ってんの!?」
思わず声を張り上げた。店内すべての人間の視線が刺さる。針の筵だった。
「篠宮は見たくない?」
「見たい! …違う! いや、違わないけど。見たいけど、見せたい理由が分からん」
「だって篠宮のエロい目がおもしろいんだもん。ぷっ…」
「バカが。お前も下着姿見られるんだから、被ダメージは同じだろ。恥じらいとかないのか?」
「今さらだね。篠宮に裸とか、何回も見られてるし」
「それは子供のころの話だろ」
「いや? 高校生になってからも、何度か風呂に突撃されたことあるけど?」
「その節は大変お世話になりました」
「感謝じゃなくて、謝罪しろよ」
なんて言いながら、湯川は試着室のカーテンの向こうに消えた。
そして数分後、湯川はカーテンの隙間からひょっこりと顔を出す。
「えっと……お待たせ?」
「ああ。で、お前は何してるんだ? ひょっこりはんごっこか?」
「いや……やっぱり恥ずかしくて」
「でしょうね。今日のところはやめておくか?」
「いや、見せる」
「何がそこまで…」
なぜか固い意志を見せた湯川は意を決したようにカーテンを開け放った。
その光景に、僕は一瞬で目を奪われる。
湯川が身に着けていたのはもちろん下着だけで、ピンクのブラジャーとショーツが守護する範囲以外は生肌が晒されていた。
全体的に肉付きの良い、湯川の肢体。
風呂を覗いてしまった時よりも心臓が刺激されるのは、この状況ゆえだろうか。
湯川も心なしか、肌を桃色に染めているような気がする。
僕も湯川も、この奇妙な状況にすっかりあてられていた。
「どう? ドキドキする?」
「ああ、通報されないか不安でな」
「エロいかどうか訊いてるんだけど?」
「エロいかエロくないかでいえば、エロいな」
「勃起した?」
「さすがにしてない。そして、そんなことを公衆の面前で訊くな」
通りがかったお姉さんがギョッとした目を向けてくる。
「じゃあ、お会計してくる」
「ああ、いってらっしゃい…」
服を着直した湯川は、下着を持ってレジに向かっていった。
こうして、ランジェリーショップで幼馴染の下着を選ぶという拷問が終了し、僕はホッと一息ついた。緊張の糸も解れていく。
安堵の息を吐いた僕が視線を上げると、
「あ…………」
「え…………」
知り合いの女子と目が合った。
明るい茶髪をボブカットに揃えたクラスメイト。前田華凛。その人だった。
彼女にとってもこの出会いは予想外だったのか、ブルーのブラジャーを手に固まっている。
「ま、前田。奇遇だな」
「奇遇っていうか事件たい! こげなところでなんばしよっとね!?」
驚きのあまりか、お国の言葉が出ていた。知らなかったが、前田は福岡の出身らしい。
いや、そんなことはどうでもよく。重要なのは今この場を、どう潜り抜けるかだ。
幼馴染の下着を選びに来ました、なんてもちろん言えるはずもなく。
「ははは、可笑しなことを訊くやつだな。ここはランジェリーショップだぜ。下着を買いに来たに決まってるじゃないか」
「ここ女性用下着専門店だよ!?」
「男子が女性用下着を着けたらいかんのか?」
「いけなくは…ない…けど……え?」
そういう趣味なの、という視線を向けられる。
なんだろう、より深い傷を負った気がする。
「冗談だよ。僕がそんな趣味を持ってるはずがないじゃないか。失礼な奴だな」
「じゃあ、こんなところで何してたの?」
「それは……ははは」
「笑って誤魔化そうとしても無駄だからね。わたし、追及の手を緩めないから」
さて、どう言い訳したものか。
というか、どう言い訳しても変態の誹りは免れない気がする。
圧倒的不利な戦況の中、上手く言い逃れる方法を探していると湯川が戻ってきた。
「お待たせ。……って、あれ? 前田さん?」
「
「え、あ、うん…」
コミュ障を拗らせた湯川が、目に見えて動揺し始める。指示を仰ぐようにアイコンタクトを図ってきたので、口には出さず答えた。
(上手く誤魔化してくれ!)
(らじゃっ)
ツーと言えばカー。コンマ一秒で通じ合った。僕らの友情は永遠だ。
鷹揚に頷いた湯川が口を開く。
「篠宮がお前の下着選んでやるとか言い出して」
「おいぃぃぃぃぃぃ!」
永遠の友情、秒で崩壊。
前田がシラッとした目を向けてくる。
「嫌で嫌で仕方なかったんだけど、どうしてもって言うから。最終的には、僕がお前のパンツになってやるとか言い出して」
「言ってねぇよそんなこと!」
「最低……」
湯川の裏切りによって、前田が僕を見る目が完全にゴミを見るそれになった。誰にでも優しい前田の侮蔑の目はなかなかに堪える。
「前は付き合ってないとか言ってたけど、やっぱりラブラブだったんだね」
と、前田が締めくくる。
幼馴染のパンツになろうとした男と、幼馴染の彼氏。どちらの称号がよりマシか慎重に吟味したのち、僕は前田の言葉に肯定の意を示したのだった。