僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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しつこいようだが、幼馴染は眼中にない。いや、ホントに

 

 

「じゃあ、あたし、フードコート行ってくるから」

 

 と、星川は何でもないように言った。

 先ほどの急接近は夢だったのかと、或いは、憐れな童貞の儚い妄想だったのかと疑っていしまうほどに、あっけらかんとした態度だった。

 

「じゃあ、僕も飲み物買いに行こうかな」

「あんたは湯川を探しに行けっつぅの。女の子いつまでも一人にしとくとか、ありえないから」

 

 にべにもなく断られた。あまつさえ、手を虫を追い払うような動作で振られる。

 普通に傷ついた。ガラスのハートに致命的な皹が入る。

 さながら三行半(みくだりはん)を突きつけられたうだつの上がらない亭主のように、泣いて喚いて縋りついてやろうかとも一瞬考えたが、まあ、やめておいた。僕自身のダメージの方が大きそうだ。

 

 というわけで、僕はこの広大な施設の中、湯川を探すという面倒な任務を請け負うことになったのである。

 といっても、湯川は存外、簡単に見つかった。

 施設の目玉、波のプール。

 そのプールサイドで、黒髪の幼馴染は休んでいた。

 膝を抱えて体育座りになった湯川に、軽く声をかける。

 

「おっす」

 

 その声に、湯川は気怠げな視線を向ける。

 

「篠宮……奇遇だね。いや、こんなところで会うなんて運命かな?」

「なんてことない偶然だな。いや違う、お前を探してたんだった」

「私を? 星川さんはどうしたの? フラれた?」

「やめろ縁起でもない」

 

 湯川はからからと笑った。少なくとも、やつれている様子はない。或いは慣れない環境に消耗しているかもしれないと心配してはいたが、余計なお世話だったらしい。

 僕はその様子に少し安心した。

 

「それで? 篠宮はなんで私を探してたの?」

「いや、別に用事があるわけじゃないんだが。楽しんでるかな……と」

「まあ……楽しんではないかな」

「だろうな」

 

 波のプールの波を観察するだけ。

 とても楽しそうには見えない。

 とは言ったものの、僕も波のプールに突っ込んでいくほどの元気はない。長年のインドアが祟ったのか、随分と体力が落ちていたらしい。先ほどの二十五メートル潜水は、僕の心肺機能に多大な負荷をかけていた。

 

 ということで、僕は休憩がてら湯川の隣に腰を下ろす。

 

「………」

「………」

 

 そして言葉もなく、各々の世界に没頭した。

 

 ……いや、『各々の世界に没頭した』じゃなくて。

 なんで僕ら、こんなレジャー施設まで来て熟年夫婦みたいな雰囲気を醸し出してるんだ。

 

「湯川は遊ばなくていいのか?」

 

 と、よしなしに思ったことを言ってみる。

 

「いや私、泳げないし」

「ウォータースライダーとか、泳げなくても楽しめるところはあるだろ。全然付き合うぞ?」

「そういうラブコメっぽいイベントは、星川さんと行ってきなよ」

「ラブコメっぽいか?」

「よくあるじゃん。ほら、なぜか抱き合って滑ってくやつ」

「ああ、あるなそういうの。あるけど、僕がそんな密着イベント、星川と行けるわけないだろ」

()っちゃうから?」

「ああ」

 

 僕は臆面もなく頷いた。

 周囲に人の気配はないので、下ネタも言い放題だ。やったね。

 

 …本当に僕たちは、こんなところまで来て何をやっているのだろう。

 

 自問してみると思ったより自分が馬鹿らしく見えて、僕は自分を俯瞰するのを辞めた。

 

「小学生のころさ、みんなで海水浴行ったよね」

 

 寄せては返す波を見ながら、湯川がそんなことを呟く。

 

 湯川の言う『みんな』とは、すなわち、僕の家族と湯川の家族のことだ。当時活発だった僕が我儘言って、既にインドアだった湯川を連れ出した、というような経緯で計画された海水浴だった気がする。

 ビーチでゲームしていた湯川を海に引っ張り込んで、溺れかけて、父さんにしこたま怒られたのも、今となってはいい思い出だ。

 

「『(しき)ちゃんに泳ぐ楽しさ教えてあげる』って、篠宮が私を海に引っ張りこんだんだよね」

 

 そういえばあの頃はお互い、下の名前で呼び合っていた。

 

「昔の僕、だいぶ恩着せがましいな。そんなこと言ったっけ?」

「言った。あの時は、マジで死ぬかと思った」

「それはすまなんだなぁ………よしっ」

 

 思うところがあって、僕は掛け声とともに立ち上がった。

 湯川がビックリして僕を見上げる。

 そんな湯川に、僕は手を差し出した。

 

「リベンジさせてくれ」

「は?」

「今度こそ、湯川に泳ぐ楽しさを教えてやる」

 

 その言葉に、湯川は数瞬固まったのち、苦笑を浮かべた。そして、ゆっくりと立ち上がり、野暮ったいパーカーを脱ぎ捨てる。

 

「また溺れたら、星川さんにあることないこと告げ口するから」

「せめて、あることだけにしてくれ」

 

 ふたりで波のプールに入り、僕は湯川の両手を優しく握る。

 プールに入った途端、穏やかな波が何度も襲ってきて、湯川はそのたびに身体を強張らせた。

 

「湯川、もっと身体の力を抜いて」

「それ、エロ漫画で全く同じセリフ見たことある」

「冗談を言う余裕があるなら、大丈夫そうだな」

 

 弛緩した湯川の身体が、浮力で水にぷかっと浮かぶ。

 それを確認した僕はそのまま後ろ向きになり、手を引いてプールの中心まで歩いて行った。

 湯川は水に身体を浮かべたまま、僕に引っ張られて水面を進んでいく。

 自力で泳いでいるわけではないが、これでも十分遊泳の楽しさを味わってもらえるだろう。

 

「ねえ、篠宮」

「…ん?」

 

 波のプールで口開いてたら水が入るぞ、と注意するか一瞬迷ったが、結局僕は先を促した。

 

「ありがと」

 

 珍しく素直な湯川に思うところがなかったのかと言われれば、それは肯定も否定もできないのだが、そんな小さなことを気にする僕でもなく。

 

「ん」

 

 と、短く答えたのだった。

 

 その後は特筆すべきことは何もなかった。

 普通に星川と合流して、三人で施設を巡った。

 ウォータースライダーには結局行ったのだが、当然のように一人ずつ滑って終わり。珍妙なイベントも、ラッキーなスケベもなく、普通にアトラクションとして楽しんだ。

 

 むしろ、僕視点より湯川の視点の方が色々あったであろう。

 傍から見た限りでは湯川と星川の距離がぐっと近づいたように見えた。それはもちろん星川からのアプローチありきのものだったが、湯川からの歩み寄りが全くなかったのかと問われれば、自信をもって否定できる程度には、湯川も星川に気を許していたように思う。

 思えば、最初は僕と星川のデートみたいな話だったような気がするが、湯川を巻き込んだ結果、湯川と星川の交友を深める会みたいになってしまった。もちろんそれでも、僕としては全然喜ばしいことなのだが。

 

 遊び疲れて帰る道すがらも、湯川と星川の会話は弾んでいた。

 話題はもちろんゲームのこと。

 専門用語が飛び交うガチ会話には入っていけなかったが、湯川が楽しそうだったので良しとしよう。

 「またオンラインで遊ぼうね」と、約束し合うふたりからは、ぎこちなさなど微塵も感じはしなかった。

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