ゴールデンウィーク三日目。
初日にはプールなんてリア充感あふれるレジャー施設に繰り出した僕たちだったが、当然のようにそれ以降はおうちに引きこもっていた。いや、厳密には湯川は僕の家に遊びに来ているから引きこもってはいないのだが、似たようなものとして扱っても良いだろう。
さて、そんな僕らだが、ゴールデンウィークに外出する猛者たちを嘲るようにゲーム三昧の日常を過ごしていた。
湯川が遊んでいる格闘ゲームは実はチームでオンラインに潜ることができ、今は僕と湯川のペアで世界の強者たちに挑んでいる。
…『挑んでいる』というよりは『薙ぎ倒している』という表現の方が正しいが。
湯川は言わずもがなのプロゲーマー。大会優勝経験のあるこいつは、そもそもプレイングスキルがそこら辺のやつらと一線を画す。
対して、相方の僕は一般ピープル。だが、湯川との相性は抜群だ。個人の力量でいえば湯川のサンドバッグにギリギリなれるかなれないかぐらいの能力しかないが、湯川と息を合わせて戦うならそれなりにやれる。
そんな僕らは一糸乱れぬ連携で夥しい数の白星を積み上げていた。
「そういえばさ…」
幾戦目か、もう数えてもないような白星を重ねた後、画面から視線を逸らさずに、湯川が口を開く。
そんな湯川の言葉に、僕も画面から目を離さずに耳を傾けた。
「星川さんとはどう?」
「どうって?」
質問の意図をはかりかねて、僕は鸚鵡返しに訊き返した。
「付き合えそう?」
対して、湯川の言葉は至ってシンプルだった。
シンプルすぎて答えに窮するくらいには。
「………」
さて、どう答えたものだろう。
というか、その答えは僕が知りたいくらいなのだが…。
はたして、僕と星川の関係はどの程度進んでいるのだろうか。交際をゴールとした場合の進捗具合が、僕には判然としない。恋愛経験皆無な僕にはその経験値がない。
ということで、僕は頭に浮かんだ適当なことを思ったままに口から垂れ流した。
「例えば、僕が星川に告白したとするだろ?」
「異議あり!」
出鼻を挫かれるとはこのことだろう。まだ話の途中どころかスタート地点にも関わらず、湯川は逆転裁判システムで割り込んできた。
これ、リアルでやられるとシンプルにムカつく。
しかし、湯川が青筋を立てる僕を気にするはずもなく、唐突に始まった裁判ごっこは
「被告人の篠宮は
裁判中にそんなこと言う弁護士がいるか。
「弁護人は証拠に基づいた発言をしてください」
「証拠? 篠宮がチキンである証拠を示せばいいんですか? そうですね………あれは小学四年生の時の話です。篠宮は隣のクラスの宮瀬ちゃんに片想いをしていました。当時の篠宮は接点の少ない隣のクラスの宮瀬ちゃんにアピールするため、
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
絶叫。
大絶叫。
もはや悲鳴ですらあった。或いは断末魔だったかもしれない。
とにもかくにも、黒歴史を物理的に消しにかかった僕の努力は実を結び、小学生の頃に綴ったラブレターの開陳などという恐ろしい拷問はなかったことになった。いやなかったことにはなっていないのだが、少なくとも僕の頭の中からは消えた。願わくば、早く湯川の頭の中からも消えてくれることを祈る。
さて、真っ赤になって大絶叫をかました僕だったが、湯川は、そんな僕を見て勝ち誇ったような表情を浮かべた。
「ほら見たことか。過去の自分とも向き合えないようなチキンじゃん」
「そんな暴論が通るかっ!」
「『トゥンク…トゥンク…聞こえるかい? これがボクの――」
「認めましょう! 僕はチキンです!」
…ていうか、昔の僕、イタすぎないか?
「それで? そんなチキンな篠宮は本当に星川さんに告白できるの?」
「それは…………できません」
完全降伏だった。白旗でフラッグダンス踊るくらいには降伏していた。
幼馴染というのは互いが互いの急所を握っているので、こういう時にやりづらい。
完勝を悟った湯川はさらに勢いづいて、僕を好き勝手に
「そんな篠宮に練習の機会を授けよう」
「練習?」
「そう。練習。プレジデント」
「プラクティスな。プレジデントは社長だから」
「そんなことはどうでもいい。篠宮には、今から星川さんへの告白予行演習をしてもらう」
「予行演習ねぇ……それ、本当に意味あると思うか?」
「意義あり!」
「誰が上手いこと言えって言った?」
丁度その時ゲームに決着がついて、僕と湯川は手を止めた。休憩がてらコントローラーを置いて伸びをすると、全身から乾いた音が響く。ふと時計に目を向けると、三時間も休憩なしでゲームしていたことに気が付いた。
「よしっ。ばっちこい」
部屋に座椅子を設置する案について真剣に検討していた僕に、同じようにコントローラーを置いた湯川がそんなことを言う。
僕は何のことか分からず、首を捻った。
「なんのこと?」
「だから、告白予行演習」
「え、それマジで言ってたの!?」
「モチのロン。私のことを星川さんだと思っていいよ」
「お前が……星川? ハッ!」
「鼻で笑うな。いや、私も無理があるとは思うけどさ」
「僕はお前を女だと思ってないから、お前を告白の練習台にするのは無理だ。ラノベの表紙の女の子の方がまだマシ」
「私はそれでもいっこうに構わないんだけど、逆に篠宮が大丈夫なの? 絵面的に」
「確かに過ぎるな」
ラノベの表紙の女の子に向かって告白。純度百パー濃縮還元ヘンタイだ。それならまだ、幼馴染に告白する方がマシな気がする。
「じゃ、じゃあ……湯川、僕の告白を聞いてくれ」
「おけ」
ふと、冷静になってみると、なんで告白の練習をさせられているのかがさっぱり分からなかったが、そんな些事は気にしないことにした。
相手が湯川なら、一ミリも緊張はしない。
告白の練習なんて、ちょっとした日常会話として行える範囲だ。
ということで、僕は湯川の目をまっすぐ見据えて、渾身の告白を口にした。
「君のことを見るだけで、僕の心はトゥウィンクルトゥウィンクル!」
「小四からセンス成長してなくて草」
渾身の告白に草生やされてて草。
――という、非常に無駄な時間を休憩時間とし、僕らは再びゲームを再開した。再開したというか、没頭した。
しばしの間、コントローラーを弾く音だけが僕の部屋を支配する。
「…そういえばさ」
幾戦か経過して、またぞろ白星を荒稼ぎしたころ、湯川は唐突に口を開いた。
湯川のこういった唐突にスタートする会話にも幼馴染たる僕には慣れたもので、僕は手を止めずに耳だけ意識を向ける。
「星川さんのことで思い出したんだけど、よくない噂が流れてるみたいだね」
「噂?」
「ほら、ビッチとかエンコーとか……そういう」
「ああ、そういえばそんなのもあったな」
あまりにもどうでもよすぎてすっかり忘れていたが、そんな噂もあった。
『あった』というか、たぶん現在進行形で『ある』のだろう。
しかしだからといって、なんだというのだろうか。僕はそんな噂は信じてないし、本人も深刻に悩んでいる風でもない。まして、湯川だって信じてはいないだろう。湯川はバカだけど、愚かではない。
「それがどうしたんだ?」
「いや、別に……」
珍しく歯切れの悪い湯川に僕は興味を惹かれた。
掘り下げるように、食い下がるように言葉を紡ぐ。
「どうした? 言うだけ言ってみろ」
「……」
そして、またしばしの間、コントローラーの音だけが空鳴る。
「…その噂さ、」
湯川はあやっとこ口を開いたと思ったら、また妙なところで区切り、僕を焦らした。しかし、そんなことで気を急くような僕でもなく、辛抱強く、湯川の言葉を待った。
「その噂、なんとかならないかな?」
そして湯川の口から出た言葉は、とても抽象的なものだった。
しかし当然、その『なんとか』の部分を理解できなかったわけでもなく、いや、理解できたからこそ、僕は何と答えればいいか分からなかった。
「………ごめん、なんでもない。忘れて」
自分の言った言葉の意味を理解したのか、湯川はそう撤回した。そして、その話題が再び上がることはなかった。
『なんとか』か。
さて、どうしたものだろう。