僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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ちなみに、正式名称はバッグクロージャー

 

 

 あれやこれやと寝る間も惜しんで悩んでいた僕だったが、結局その日、星川は学校を休んだ。

 風邪が長引いているのだろう。本人に連絡を取る勇気は未だ僕にはないので、確認のしようがないが。

 或いは、先日のキスのことを熱が下がって冷静な頭で考えて、もんどりを打っているのかもしれない。恥ずかしさと気まずさのあまり仮病を使ったのだとしたら、それはなんというかまあ、なぜか僕が照れてしまう。

 とはいえまあ、そんなことはないだろう。

 処女だと大きな声で宣言した次の日にすら、熱を押して登校してきた星川である。キスくらいで恥ずかしがったりはしないだろう。

 

 ……などと、知ったような推理を立ててみる。

 

 実際には、星川がどういう性格で、どういう思考からどういう行動をするのかも知らないのだが。

 いずれにしたって、星川がこの日登校しなかったのは僕にとって好都合だった。

 顔を合わせづらいクラスメイトが休んでくれるのは、失礼ながらもラッキーだ。問題の先延ばしでしかないことは重々承知しているが、執行猶予が付いただけ喜ばしいことである。

 どうせ明日には向き合わなければならない問題だとしても。

 

「ま、明日のことは明日の僕が何とかしてくれるか」

 

 投げやりというか、丸投げというか、僕は悩むのを辞めた。

 さしあたって、目先の問題に目を向ける。

 

「ん? 篠宮君、何か言った?」

「いや、なんでもない」

 

 対面に座った前田が耳聡く僕の独り言を聞きつけ、そんなことを訊いてくる。僕は誤魔化すように首を横に振って、視線を机の上に戻した。

 

「球技大会ねぇ…」

 

 机の上に広げられたプリントの、その一番上に記された文字を読み上げる。

 その下には、大会の種目と各種目の出場人数が記されていた。

 なぜ僕がこんなプリントを持っているかといえば、それは僕が学級委員だからであり、なぜ対面に前田が座っているのかと問われれば、それは彼女がもう一人の学級委員だからである。

 

「はぁ…」

 

 学級委員なんて引き受けるんじゃなかったと、常々思う。部活に所属してない奴は積極的に委員をやるべき、なんて同調圧力には屈するべきじゃなかった。そう、湯川のように。

 

 前田は、そんなため息を吐く僕を見咎めて、

 

「もう。サボってないで篠宮君も手動かして」

 

 と注意を促す。耳の痛いお叱りである。

 

「昼休み中に終わらなかったら、放課後も残って続きだからね」

「そうか。それは困るな」

「それは……放課後は(しき)ちゃんとデートだから?」

「……前田、何度も言うようだけど、僕と湯川はそんなんじゃないんだ。本当にただの幼馴染なんだよ。付き合ってないし、何ならお互いに異性だとも思ってない」

「でもこの前、累ちゃんの下着選んでたよね?」

「…それについてはもう忘れてくれ」

「ランジェリーショップで異性のクラスメイトとエンカウントしたことは、そうそう忘れられないかな」

「でしょうねすぎるな」

 

 忘れようにも忘れられない衝撃体験だ。

 とはいえ、である。

 あまりその話題を教室の中で出してほしくないものだ。誰が聞き耳を立てているか分かったものではない。壁に耳あり障子に目ありだ。

 故に、

 

「前田、お願いがあるんだが」

「なにかな?」

「その件に関しては誰にも言わないでください」

 

 と、一応お願いしてみる。

 

「えー。どうしよっかなー」

 

 前田はそんな風に、にやにやと勿体付けて答えた。

 そんな反応も彼女がやるとあまり鬱陶しく感じないのだから、前田のコミュにケーション能力には脱帽である。そういう気さくさが、彼女の人気の秘訣なのだろう。

 

「篠宮君が真面目に委員のお仕事してくれるなら、黙っててあげようかな」

 

 などと綺麗に話を着地させるのだから、前田には頭が上がらない。

 とはいえ、それはそれとして、やり込められると一矢報いたくなるのが僕の悪い癖なのである。

 

「前田、お前にひとつ言っておかなければならないことがある」

「な、なに?」

 

 僕がそれらしく睨むと、前田はわざとらしく仰け反って答えた。

 まあ、ただの小芝居だ。

 

「お前が僕の弱みを握っているように、僕もまた、お前の弱みを握っているんだ」

「私の……弱み……?」

「ああ。思い出してみろ。あの日、ランジェリーショップで僕と遭遇した時のことを。あの時、お前はなにを持っていた?」

「なにって……えっと……確か、ブラジャーを……」

 

 そこまで言って、前田は何かに気づいたようにボッと顔を赤らめた。

 どうやら気づいたらしい。

 前田はランジェリーショップで下着を選んでいた。ならばもちろん、手に取っていたのは自分用の下着だろう。そして、店に陳列されている商品には、当然、サイズを表記するシールが貼られているわけで……

 

「つまり、僕は前田、お前の胸のカップ数を把握しているんだ。これをバラされたくなかったら、あの日あそこに僕がいたことを誰にも言うな」

「最低すぎるよ!」

 

 実にその通り。正鵠を射た発言とは、まさにこのことを言うのだろう。

 自分で自分のことを最低だと、最も底辺だと思うくらいに酷い脅しだった。

 当たり前だが、なにも本気でそんな脅しをしたわけではない。そこまで落ちぶれてはいない。というか、あんなパニックもかくやという状況で、冷静に下着に表記されたアルファベットを確認する暇など……いや、まあ、確認したのだが。

 

「ということでⅭカップ……おっと失礼、前田。さっさとこの仕事を片付けようぜ」

「ぶっとばすよ!?」

「そんなカリカリするなよ。(シー)のように広い心で許してくれ。Ⅽだけに」

「~~~っ! ムカつく~~~っ!」

 

 小さな子供が地団太を踏むように机をバンッバンッと叩く前田。そんなことをしてもかわいいだけなのだが。

 

「なにしてるんだ? サボってないで手を動かしてくれ」

「なんで立場が逆転してるんだろう……」

 

 ぶつくさ言いながらも。前田は作業に戻っていった。

 作業といっても、そこまで仰々しいものではない。クラスの誰が、どの競技に出るかを記入していくだけだ。そして、クラス全員の出場希望は事前に前田が訊いてくれている。さらには定員管理までしてくれているので、僕の作業は決まった場所に決まった名前を書くだけの簡単なお仕事である。前田には、本当に頭が上がらない。

 

 十分ほどかけて記入を終えると、残す空欄はいつつだけとなった。

 

「あとは僕、湯川、星川、前田、千種の五人だけか」

「空いてる種目はバドミントンの男女混合(ミックス)ダブルス二人、女子バレー二人、女子テニス一人」

「まあ、僕はもう決まってるようなものか。あとは女子四人をどう仕分けるかだよな。千種はなんか言ってなかったのか?」

「余ったところに入れてくれたらいいって。累ちゃんはどこがいいか言ってた?」

「あいつは当日仮病で休むから考慮しなくていいぞ。あ、いや、待ってくれ。湯川を僕の相方にしたら、当日、僕も自動的に棄権できるな」

(よこしま)すぎるよ!」

 

 邪だろうが縦縞だろうが、知ったことではない。僕はいそいそと自分の名前の隣に湯川の名前を書き記した。

 

「あとは女バレに二人と、女テニに一人か。千種は余りに入れるとして、前田と星川はどうする?」

「私もどっちでもいいかな。瑠璃ちゃんはどっちがいいと思う?」

「………」

「………」

「……あ、僕に訊いてる?」

「他に誰がいるの…」

「いや、まあ、そうなんだけど」

 

 そうは言われても、もろもろの事情により、今の僕に星川の話題を振るのは勘弁していただきたい。そもそも、僕は星川のスポーツの好みなど知らないのだ。せいぜい、最近泳げるようになったことを知っているくらいである。

 そう考えると、僕は星川のことをほとんど知らないな、と思ったところで、

 

「あ、そういえば」

 

 と、前田がいかにもなにか思い出したかのような声を上げた。

 

「瑠璃ちゃん、確か中学までテニス部だったって言ってた」

「ふーん。じゃあ、なるべく経験種目は避けるルールだから、星川はバレーの方になるな」

「そうだね。そしたら後は、私がどこに入るかだよね。うーん。バレーとテニスか、迷っちゃうな。ねえ、どっちがいいと思う?」

「………」

「………」

「あ、僕に訊いてる?」

「このやり取り二度目だよ!」

「すまんな」

「もう……そんなに私に興味ない?」

「いやいや。食パンの袋を止めてるあの鹿児島県みたいな形の道具の名前くらい興味あるぞ」

「それ全然興味ないってことじゃん!!」

 

 そうとも言うかもしれない。

 あれ結局なんて名前なんだっけか。人生で十回は聞いたことある気がするけど、一向に覚えられん。でも、なんだかうっすらと思い出せるような。喉元までは出かかっているのだが。調べたら簡単に分かりそうだけど、そんな手間をかけるほどの興味もないな。

 

 ちなみに、前田は結局バレーを選択したらしい。

 ふーん……そんなことより、あの鹿児島県みたいなやつ、何て名前だっけな。なんか、やけにカッコいい名前だったような……。

 

 

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