僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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サボりの語源はサボタージュ

 

 

 球技大会なんていうのは一般的に、ミニマム規模の体育祭くらいの感覚で行われることが多い。若者の身体が運動不足にならないようにちょっとした運動の機会を設け、それを機に運動の大切さをちょっと語るくらいのイベントでしかない。

 一般的な学校では。

 そういう点で、僕らの通う学校は一般的ではないと言わざるを得ない。

 球技大会が一般的な催し物の域を出るなんてことはさすがにないけれど、それでも、大会の規模はそれなりに大きい。優勝賞品もそれなりに豪華なこともあってか、生徒側のやる気もさるものがある。

 我らが二年一組はなぜか運動部が大半を占めているせいで、この手のイベントに上げる熱量は底知れない。クラス単位で評価されるシステムの今大会に際して、『クラス一丸となって、頑張ろう!』という暑苦しいテンションを押し付けられるのも、まあ仕方ないのかもしれない。

 さて、そんなクラスの取りまとめ役である僕なわけだが、これがまた、面倒と言わざるを得ない立ち回りだった。

 『俺たちはこんなに頑張ってるんだから、学級委員のお前も努力くらいしろ』という無言の圧力には、僕でなくとも屈すること請け合いだろう。むしろ、勝利を望まれてないだけラッキーというものである。

 とはいえ、そういう厳しい視線を向けられている手前、努力する姿勢、つまりそういうポーズ(・・・)をしないわけにはいかないわけで、突き当たって今日の放課後から自主練習をすることになったのだった。

 

「――お、篠宮ひとりか? 湯川は?」

 

 体育館に辿り着いた僕を見つけて、クラスメイトの宗谷が話しかけてきた。全体的な顔のつくりはシャープで、一見すると威圧感がある。しかし、笑った途端に姿を見せる幼さが女子に人気の理由らしい。

 宗谷の隣に寄り添うように立っているのは三原かんな。星川のギャル友達であるところの彼女だが、宗谷の前では普通の少女のように可愛らしく振舞う。典型的な、ただの恋する乙女だった。

 二人は体育館の床に立てられた支柱にバドミントン用のネットを張っている。

 

「あー、湯川は着替え中。まあ、十中八九バックレると思うけど。お前らは先に始めててくれ」

「じゃあ、そうさせてもらうよ」

 

 爽やかに返事をする宗谷に手を振って、体育館の外に出た。

 人気の少ない場所を探して彷徨い歩き、僕は非常階段の踊り場に足を投げ出して座った。そのまま目を閉じて、少し風に吹かれる。

 

「――先客なんていたんだ」

 

 頭上から誰かの声が聞こえた。

 聞き覚えのないその声に僕はゆっくりと瞼を開ける。

 目に映ったのは、視界いっぱいに広がった眩しいまでのふとももだった。黒い二―ソックスに包まれた脚はしなやかな流線型を描いている。

 僕が驚いて視線を上げると、冷ややかな表情をした少女と目が合った。

 随分と顔立ちの整った少女である。あどけなさが残る顔に大人びた冷徹な表情は、変なフェチズムが刺激されそうだ。いかにもクール然とした彼女は、しかし意外なことに、ミディアムボブにした黒髪の一束を青色のメッシュにしていた。

 印象的な見た目の少女だが、見覚えはない。

 

「君は?」

 

 知らない顔に向かって誰何(すいか)する。

 しかし噛み合わなかったのか、少女は首をこてんと倒しただけだった。質問の意図を図りかねたようである。

 そんなことがあるのかとは思いつつも、どことなく浮世離れした美貌の彼女ならと、不思議と納得してしまう。

 なので、

 

「僕は二年一組の篠宮涼太。君の名前は?」

 

 と、言葉の意図を嚙み砕いて繰り返した。

 それでやっと僕の言葉の意味を理解したようで、彼女は深く頷いて見せた。

 

「先輩でしたか。失礼しました。私は一年の忘野(わすれの)雪姫(ゆき)です」

「そう。それで忘野さん。こんなところになんの用だったの?」

「…あの、先輩。その前にひとついいですか?」

「ん?」

「私の方が後輩なので、さん付けなんてしなくて結構ですよ。なんというか、むず痒いです」

「おっけー。それなら、そうするわ。よろしく、ユッキー」

「はい。よろしくお願いします」

「………」

 

 まさかツッコミがないどころか、すんなりと受け入れられるとは思わなんだ。

 もちろん、初対面の女子をあだ名で呼ぶなんてことが僕にできるはずがないので、彼女のことは以後名字で呼ぶことにした。

 

「で、忘野。こんなところに何の用できたんだ?」

「球技大会の練習をサボりにきました」

 

 まっすぐと正直になんの躊躇いもなく、忘野はサボったと言った。

 まるでそれは悪いことじゃないかのように。

 いや、どう考えたってサボタージュは悪いことのはずなのだが。

 しかしその目はやはりまっすぐで、悪気があるようには見えない。その何ともちぐはぐな感じが、厭におもしろかった。

 

「…そうか、正直でいいな」

「はい。訊かれたことには正直に答えるのが私の長所です」

「なるほどね。ところで忘野、ひとつ訊いてもいいか?」

「なんでしょう?」

「今履いている下着の色は何色だい?」

「青ですけど?」

「………」

 

 『青ですけど?』じゃ、ねぇよ。

 訊かれたことに何でも正直に答えんなよ。

 ツッコんでくれないと僕がただセクハラしただけになっちまうじゃねぇか。いや、セクハラしただけなんだけど。まごうことなきセクハラ野郎なんだけど。

 

「あっ、でも、ブラは違う色かもしれません。たまに上下不揃いの下着を着けてきちゃうこともあるので」

「あ、うん……そうなんだ」

「はい。なので、今確認しますね」

「しなくていいしなくていいしなくていい」

 

 体操着の裾を引っ張って捲り上げようとする忘野を止めようとした瞬間だった。

 

「くたばれヘンタイ野郎!」

 

 そんな威勢のいい掛け声が背後から聞こえてきた。

 何事だろうかと振りむこうとしたが、それは叶わない。振り返る直前に、背中に強烈な衝撃が走ったのだ。

 まるで助走をつけた飛び蹴りをぶち込まれたかのような感触。

 僕はその衝撃にもんどりを打って、正面にいた忘野を巻き込むようにして倒れた。

 

 

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