僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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センスがヤバい奴ほど、実は文才があったりする

 

 

 ラブレター、恋文というのは、つまり、ラブのレターであって、恋の文である。

 青い春の世を描いた創作の世界では、それは下駄箱の中とか、机の引き出しの中とかにひっそりと仕掛けられているのだが、今回はラケットケースの中という、奇怪な場所から発掘された。

 発掘された場所は奇怪だったが、しかし、仕掛けられた場所を考慮すれば、宛先に記された『愛しのあなた』とは、つまり僕か湯川の二択まで絞ることができ、さらに筆跡の女性らしさを考慮すれば、この手紙が僕宛であることは自明の理なのである。

 

 そこまで考えて、推理して、僕はキリッとした声音でこう鑑定結果を出した。

 

「我が世の春が来た」

 

 心は有頂天、気分は平安貴族。

 ラブレターは、人生のトロフィーだ。クリスマスやヴァレンタインデーに、街中でちゅっちゅしているリア充たちすら、余裕で見下せるほどの圧倒的勝者の証。腕組んで座りながらイルミネーションとか見ているバカップルどもに、『でも、どうせ告白はラインとかでしょ? ん? ん?』と、言えるくらいの能力がある。

 

「そんな馬鹿な……」

 

 背後では湯川が現実を認めまいと声を出していたが、僕はそんなことには取り合わなかった。

 とりあえず手紙を持って一人になれる場所へ移動しようとするが、湯川が文句を言わないわけがないと思いなおし、あまり挙動不審にしていると、近くにいる忘野たちに気づかれてしまうと腹をくくり、その場で封を切ってしまった。

 中身を検分する。

 やはり達筆な手書きの文字で、何事か書きつけてある。

 具体的には、以下のような文章である――

 

 

 

 

すきすきだいすきちゅちゅちゅのちゅ

あなたと私はらっぶらぶ

夢の中ではちゅちゅちゅのちゅ

つないだおててをぶーらぶら

ぶーらぶらのらーぶらぶで、ちゅちゅちゅのちゅ

夢の国までヒアウィゴー!

あなたはどうしてそんなにステキなの?

あなたはどうしてそんなにステキなの?

そ・れ・は

そーれーはー

とってもとってもステキだから!

すきすきだぁいすき、ちゅっ、ちゅっ、ちゅっ

あなたはまるでスーパーノヴァ!

生まれてきてくれてスパシーバァ!

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

オトナの階段ひとっとび

ワンツーステップでひとっとび

ホップ、ステップ、ジャンプでひとっとびぃ!

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

オトナの階段のぼったら

お空のしたでラン・ナウェイ

比翼連(恋)理でフライ・アウェイ

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

夢の世界でちゅちゅちゅのちゅ

いつでもまってるちゅちゅちゅのちゅ

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

はい、せーの

ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅちゅちゅのちゅ

 

 

 

 

「………」

 

 ラブポエムをそっと閉じ。

 便箋を封筒の中に封印。

 まっこと凄まじきものを見てしまった。現代文学の進化は()が深いなあ……。現代文学というか、或いは、先史時代の文学かもしれない。だとしたら大したオーパーツだ。博物館に飾るべきかもしれない。そうに違いない。

 いやいや、まあまあ。

 このポエムの良さは僕には分からないけど、きっと世界をくまなく探したら、理解できる人のひとりくらいは見つかるだろう。もしかしたら、こういうポエムが好まれる界隈があるのかもしれない。

 学内では割と賢い方に分類される学生を自負している僕だけど、そんな僕でも知らない世界はあるんだなあ、と。なんでも知った気になっていた自分が恥ずかしいくらいだ。

 しかし、これも無知の知。

 僕はむっちむちな女の子が好きだけど、このポエムの作者さんにも素敵な出会いがあるといいね。つまり、今回はご縁がなかったということでよろしくお願いします。

 

「くっ……」

 

 後ろから僕の手元を覗いていた湯川も、喉からくぐもった声を漏らしている。

 

 嘲笑ですか?

 いいえ、誰でも。

 

 天下の詩人大先生も嘲弄を認めてくださったところで、現実の話に戻ろう。

 

「良かったね、篠宮。人生初のラブレターじゃん」

「バカ、お前……僕のラブレター童貞がこんな怪文書に奪われてたまるか。よくよく考えたら、宛先に僕の名前が書いてあるわけでもないし。これはきっと、湯川、お前宛だ」

「丹精込めて書かれたポエ……ラブレターを怪文書とか呼ぶのって、どうなの?」

「知らないのか? 『高度に発達したラブポエムは怪文書と区別がつかない』。SFの世界では常識だぞ?」

「アーサー・Ⅽ・クラーク先生はそんなこと言ってないから」

 

 へー。

 アーサー・Ⅽ・クラークという人の発言なのか。SF作家の発言ということは知っていたが、作家の名前までは知らなかった。

 相変わらず、芸術方面には明るい奴である。

 

「で、どうする?」

 

 と、湯川が訊いてくる。

 

「どうする、とは?」

「だから、どうやってこのポエムの作者を特定するかって話」

「特定してどうするんだ? 晒し上げるのか?」

「そんな悪魔みたいなことはしないけど。返事。断るにしても、受け入れるにしても、差出人を特定しないとできないでしょ?」

「ふむ……」

 

 断じて、この手紙は僕宛ではないが、断じてないが、湯川の言には一理ある。

 

 ということで、僕は手紙を再び開き、改めて中身を検分した。

 まず文頭には……名前はない。まあ、冷静になって考えてみると、これは手紙であってポエムではないのだから、作者名を文頭に書く必要はない。手紙なら普通、末尾に名前を書くものだ。

 さて、その末尾だが、こちらにも名前は記されていない。

 

 というか、改めてこのポエムを再読すると……ヤバいな。

 どれくらいヤバいかというと、めっちゃヤバい。とにかく、ヤバみが深い。ヤバみの国のヤバ子さんって感じだ。

 

「ふう……」

 

 読んでると語彙が破壊されるので、検分強制終了。

 からの、ラブポエム再封印。

 危なかった。もう少し読んでいたら、二度とまともな日本語を話せなくなっていただろう。怪文書ではなく呪いの手紙だったか。

 

 ――それはともかく、差出人である。

 残念ながら、特定には至らなかった。

 というか、どこにも名前が書かれてなかった時点で、差出人にもその意図はないのかもしれない。素に戻って考えてみると、こんなポエムを書いてるなんて他人に知られたら、軽く死ねる。

 もう、逆に差出人を特定しない方が優しさなんじゃないかなって思えてきた。

 

「湯川」

「ん?」

「これについては、もう忘れよう」

「………ま、それもそうか」

 

 ということで、この手紙はなかったことになった。

 ちゅちゅちゅのちゅなんてなかったのだ。

 少なくとも僕の記憶にはもうないし、この便箋も、あとでお焚き上げでもしようと思う。

 だから、もしまだ覚えている人がいたら、早めに忘れてあげてほしい。

 

 ――ちなみに、僕はこのセルフ記憶消去を、のちのち激しく後悔することになるのだが、それはまた、別の話である。

 まあ、例えばこの時、僕がこのラブポエムを直視できていたところで、結果がより良いものになっていたかといったら、そんなことはないので、どうでもいいことなのだ。

 

 そういうことにしておこう。

 みんなのために。

 

 

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