僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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女は強い、そして怖い

 

 

 そして明くる日。

 星川の姿が教室にはあった。

 星川はギャル友と仲良く駄弁っており、僕はそんな彼女の様子を横目で伺いながら文庫本を開いている。

 なんとなく久しぶりに会った感のあるふたりの間に流れるのは、例の一件から続く微妙な空気。

 僕としては、星川が時折、ちらりと視線をこちらに寄越すのも気になるところである。

 

「………」

「………」

 

 気まずっ……。

 視線が絡むと、思わず逸らしてしまう。

 頬が熱い。

 星川の頬も赤く染まっているように見えたのは、僕の憐れな妄想だろうか。

 

 あのキスの件に関して、その真意を彼女に問いただしてみたい気持ちもある。

 同時に、有耶無耶にしたまま、元の関係に戻りたいという願望もある。

 なんにしたって、もう少し、心を整理する時間が欲しい。

 

 そんな浮ついた心のまま、午前の授業を終えると、僕の懇願も虚しく、無常に昼休みは訪れた。

 星川が席を立つ。

 床を椅子が引きずる音が喧騒に吞まれることなく僕の耳にしっかりと届いて、僕は反射的に視線をそちらに向けた。

 再び、ばっちり目が合う。

 星川は弾かれたように視線を逸らした。

 やはり勘違いではなく、横顔がほんのり赤い。

 僕も決まりが悪くなって、視線を正面に戻した。

 絵にかいたような気まずい雰囲気――というか、絵にも描かれぬ気まずさだ。

 意識しないように振舞うと、かえって意識してしまう。そもそも、意識しないなんて不可能に決まっている。

 

 そんな僕らの様子を訝し気に見ていた湯川が口を開く。

 

「篠宮、やっぱり星川さんと何かあったんじゃない?」

「なななな何を根拠にそんな出鱈目を口にしているのかね⁉ 憶測でものを言うのはやめたまえ! 証拠は⁉」

「証拠はともかく、その動揺した態度は十分な根拠になるんだよなぁ……」

「しょ、証拠がないなら立件は出来ないかしら。だから、この話はこれでおしまいね⁉」

「動揺のあまりキャラ変わってんじゃん」

「おほほほほほっ」

「……あと、証拠もあるから。今日の篠宮、星川さんのこと見過ぎ」

「僕が巨乳を見てるのはいつもの事だろ」

「いつもは巨乳を見てるのに、今日は顔を見てるからおかしいの――まさか、星川さんとキスでもした? ……なんてね」

 

 ギクギクギクギクギクッ⁉

 

「……え? 何その反応? ……まさかホントに?」

「? ? ? は? 何のことだかさっぱり……? 僕が今したことについてなら答えるよ。これは肩の運動といって、肩甲骨を解すためにやるんだ」

「いや、幼馴染にその誤魔化し方は通用しないから。普通に動揺してるのわかってるから」

「? ? ? は? 何のことだかさっぱり……? 僕が今したことについてなら答えるよ。これは肩の運動といって、肩甲骨を解すためにやるんだ」

「……いや、うん。やっぱなんでもない。そこでそのまま肩の運動でもしてて」

 

 力技で誤魔化しきった。

 いや、誤魔化せてはいないかもしれないけど、難は逃れた。

 

 一難去ってまた一難。

 

 なんで僕はこんなに多難なんだ、と嘆く僕のもとに更なる一難がやってきた。

 星川瑠璃、来襲。

 まあ、考えても見れば、昼休みに彼女が僕らのもとに訪れるのはたびたびあったことなので、何も特別なことではないのだが、今だけはやめてほしかった。

 星川に顔を合わせづらいのもあるし。

 湯川に「篠宮となんかあったの?」と、星川に訊かれるのも具合が悪い。

 

 かといって、ここで席を立って逃げるのも不自然極まるわけで……。

 

 懊悩するうちに、星川が僕と湯川の傍らに辿り着いた。

 自然、その唇に視線が吸い寄せられる。

 リップグロスの乗った、その桃色の唇がやおら開いた――その瞬間、

 

「すいません」

 

 その静謐な声は、不思議と教室の中によく響いた。

 喧騒を切り裂くような少し高めの声に、教室中の生徒が口を閉ざす。誰もがこぞって視線を声の主に向けると、教室の入り口にひとりの少女が立っていた。

 冷徹な美貌。

 特徴的な青メッシュの髪。

 小柄ながら、引き締まったスタイル。

 タイの色で判別できる、後輩の制服。

 

「リョータ先輩! 迎えに来てあげましたよ!」

 

 ――ついでに馬鹿ひとり。

 だが、今の僕にとってはそんな馬鹿すら救いの女神に見えた……いや、やっぱりそんなことはない。相庭ごときが女神なら、僕は救われなくていい。

 

 だから女神はきっと、忘野の方だろう。

 僕は口実を得たとばかりに立ち上がって、星川の横を通り過ぎるように彼女たちのもとに足を向けた。

 

「ん? おや? なんだか、リョータ先輩のことを助けてしまったような気配がします」

 

 無駄に鋭い、無駄に。

 もちろんシカトする。

 

「よう、忘野。何か用か?」

「はい。いいえ。先輩が『いつでも遊びに来てくれ』と、おっしゃったので、遊びに来ました」

「ああ、そんなことも言ったっけ……」

「覚えてないんですか? ダメですよリョータ先輩。後輩にものを言うときは、後輩だからこそ、気を遣って、責任をもって話さなければ。私がリョータ先輩の先輩になったあかつきには、全ての言葉に責任を負うことをお約束します」

「お前が僕の先輩になることなんてないんだよ」

 

 そして、お前が進級することもないんだよ。

 

 ――とまで言う僕ではないが、鬱陶しいことこの上ないこの後輩に辟易しているのも事実だった。

 と、そこで、

 

「――篠宮?」

 

 背後から、誰かの声が聞こえた。

 いやいや、『誰か』なんて現実逃避した表現はやめよう。

 振り向くと、そこにいたのは星川だった。

 その視線は、傍らにいる忘野たちに注がれている。

 

「誰? その子たち」

「あ、ああ。ほら、球技大会のバドミントンの……練習パートナー、みたいな?」

 

 なぜか言い訳がましい口調で、僕は彼女たちを紹介した。

 

 落ち着け。

 違う違う。

 別に浮気じゃない。

 そもそも、浮気の定義からして……って、それは浮気男の常套句じゃないか。

 

「リョータ先輩、その美人な先輩はどちら様ですか? あ! リョータ先輩のカノジョさんとか?」

 

 頼むから話を搔き乱さないでくれ。

 僕は相庭に目を向けて、モールス信号のように瞬きで意思疎通を図る。

 

 だ・ま・れ

 

 幸いにも伝わったのか、相庭はひとつ首肯した。

 馬鹿と通じ合っても嬉しかないが、ラッキーはラッキーだ。

 

「リョータ先輩が黙れと言っているので、黙ります!」

 

 ………………。

 黙ってないんだよなぁ。

 

「かわいい後輩じゃん」

 

 星川が僕に顔を寄せ、小声で言ってきた。

 吐息もかかる距離。ちょっと擽ったい。

 いつもの彼女のようにうっすらと笑顔を浮かべているが、なぜか眼だけが笑ってない。

 

「それな」

 

 特に深く考えずに同意。

 瞬間、ピキ、と頬を引き攣らせる星川。

 背後に般若の化身を出現させる。

 いいや秘められた能力が開花するとかそんな展開じゃないはずだ。

 眼を擦る。

 化身は消えない。

 なるほど、ここはイナ〇マイレブンの世界だったか。

 

「あっそ」

 

 星川は作り物めいた笑顔のまま、僕から離れた。

 そして、踵を返す。

 

「星川?」

「お昼、その子たちと食べるんでしょ? あたしは湯川と食べるから」

「え……いや……はい」

 

 お昼を一緒にするとか、そんな展開ではなかったはずだが、気圧されてイエスと言ってしまった。ノーとは言えない日本人なのである。

 

「……ということで、昼ごはん一緒してもいいか?」

 

 と、後輩たちに訊いてみる。

 

「そこまでおっしゃるなら、私はリョータ先輩と昼餉を共にすることも吝かではありませんよ?」

「そこまでは言ってないけど、どうもありがとう――忘野もいいか?」

「はい……あの、ひとついいですか?」

「なんだ?」

「先ほどの先輩……星川先輩、ですか? ――と、先輩ってお付き合いされてるんですか?」

 

 肩の運動。

 

「いや……まあ、付き合ってるわけではない……んだが」

「おや、そうなのですか? 私の恋愛センサーが、おふたりは恋仲にあると告げていたのですが。ふむ……では、友達以上恋人未満の関係なのですね。さしずめ、付き合ってはないけどうっかりキスしちゃった関係と言ったところでしょうか?」

 

 ほんっとうに無駄に――無駄に(!)鋭いな。

 まるで見てきたようじゃないか。名探偵か。

 仕方がないので、篠宮式モールス信号で相庭にアイコンタクト。

 

 ――できる範囲のことなら何でもするから、黙ってくれ。

 

「あいわかりました。委細承知です。リョータ先輩とギャル先輩はお付き合いされていないということで! そうだ。それなら、いっそ私と付き合っちゃいますか?」

「ごめんそれはできない」

 

 

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