僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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異性を誘うオフ会なんて大体ヤリモク

 

 

「ねえ、ゲームで知り合った人にサシオフ誘われたんだけどさ、どう思う?」

 

 土曜日の昼過ぎ、昼食を食べて程よく眠くなった僕に湯川はそんなことを目の覚める発言をした。

 

「サシオフって…一対一でオフ会ってこと? やめといた方が良いんじゃないか?」

「やっぱそう思う?」

「十中八九ヤリモクだろ。食われんぞ」

「そうだよね。私食われるより食いたい派だからなぁ」

「お前の性趣向は聞いてないけど、あんま幼馴染にそういうの言うな。僕が身の危険を感じるだろ」

「いやいや」

 

 湯川は半笑いで首を振った。

 

「ないでしょ。篠宮なんか眼中にないもん。私、大きい人が好きだし」

「人の見てくれのこと言っちゃいけませんって習わなかったか? ていうか僕は小さくない。普通だ普通。クラスでも真ん中の方だろ」

「なんで自分の順位知ってるの?」

「なんでって…そりゃあ普通知ってるだろ。節目節目に測定するし」

 

 高校生になったらさすがに背の順なんて概念はなくなるが、それでもクラス内での大体の順位は分かる。僕の身長は何の面白みもない普通の大きさなので、クラス内順位は真ん中あたりで間違いないはずだ。

 

 そんなことは湯川も分かっているはずなのだが…。

 

 ふと話がすれ違っているような気がした。湯川もそう思ったのか、その目に懐疑的な色を浮かべている。

 

「…ねえ、なんかすれ違ってる気がするんだけどさ、篠宮はなんの大きさの話してるの?」

「何って、背の話だろ?」

「いや、私はおちんちんの話をしてたんだけど」

「お前マジそういう話を異性としようとするな! そして僕はそっちも小さくない!」

「またまたご謙遜を。一緒にお風呂に入ってた仲じゃん。大きさくらい知ってるよ」

「いつの話してんだ!」

 

 一緒にお風呂は小学校卒業とともに卒業した。つまり湯川が言っているのは小学校の時の僕のサイズだ。

 

「僕も成長してそれなりのサイズになってんだよ。何なら見せてやってもいいぞ」

「良いよ見てやろうじゃない。代わりに私のも見せてあげる」

「よしかかってこい。どっちのがカッコいいか勝負な!」

「受けて立つ。判定はおばさんにお願いするね」

「それはマジで勘弁してください家庭が崩壊してしまいます」

 

 高校生にもなって幼馴染と下半身の見せ合いっこしようとしていたなんて母親に知れたら普通に勘当ものだ。

 

「ていうか、何の話し出してたんだっけ?」

「私がオフパコ誘われた話」

「違うな。いや、違わないのか…」

 

 湯川はゲーム界では有名人で、もちろん女であることも周知の事実だ。

 偏見だが、男が女をサシでオフに誘うなんて下心があるとしか思えない。

 

「まあ、この話は断るってことで良いんじゃないか?」

「うーん。でもこの人と十先やったんだけど、結構上手かったから会ってみたい気持ちもあるんだよね。あと、言い忘れてたけど女の子だし」

「それを先に言えよ馬鹿が。いや、ていうか、それが本当って確証もないだろ」

「そうなんだよねぇ」

 

 まずは性別を偽ってでもリアルで会って、会えたら言葉巧みに……なんていう手口、よくありそうだ。僕が思うにリスキーすぎる。

 

 しかし湯川はどうしても会いたいようで、うーんうーんと唸っていた。

 

 経験則、湯川は絶対に自分を曲げない。会いたい人間には意地でも会おうとするだろう。でも明らかに危険だから、僕に相談しているのかもしれない。

 だから僕にできるのは断れと諭すことじゃなくて、少しでも安全な折衷案を用意することだった。

 

「そんなに会いたいなら、会ってみるのも手かもな。ただし人通りの多いところで。で、やっぱり男だったらその時点で帰ってくれば良いんじゃないか?」

「なるほど……それいいね。その案採用」

「そうか。じゃ、おばさんにちゃんと話して許可とれよ」

 

 僕のその言葉に湯川の目が死んだ。予想通り過ぎる反応だった。

 

 断っておくが、湯川と湯川のお母さんは決して険悪な仲ではない。むしろ、おばさんは娘のことをかなり溺愛しているくらいだ。

 だからこそ、今回の話に許可が下りるとは思えないわけだが。

 

 湯川はまたしても唸りだす。そして都度僕の反応を伺っていた。

 何か妙案を求めているようだが、僕はそれに応える気はない。徹底して、僕は無視を貫いていた。

 

 そんな僕と湯川のやり取りが五分ほど過ぎたころ、急に湯川は何か思いついたような顔をした。そして、その紅のない唇をやおら開く。

 

「そうだ、篠宮が代わりにお母さんに話してよ」

「は?」

 

 僕はびっくりした。

 五分悩んで出た結論が『人に頼む』なんていう、信じられないほど浅いものだったからだ。

 

 ずっと湯川のことを馬鹿だと思ってきたが、僕はどうやらこいつのことを見誤っていたらしい。

 湯川は大馬鹿だ。

 海よりも浅く山よりも低いその知性に、僕は感動を禁じえなかった。

 

「ね、篠宮。おねがぁい」

「うおっ!? いきなり甘えた声出すな。気色悪いだろ」

「そこまで言う?」

 

 そう言って不満そうに唇を尖らせた湯川は、また急に何か思いついた時の顔を作った。

 

「良いこと思いついた。ゲームで勝負しよう。負けた方は勝った方の言うことを何でも一つ聞くってのはどう?」

「よくそれで『良いこと思いついた』なんて言えたな。明らかに条件が不平等だろ。僕が勝てるわけない」

「じゃあお股のカッコよさ勝負でも良いよ」

「よくねえよ。その話は忘れろ」

 

 あとあんまり大きな声で言うな。母さんに聞かれたらマズいから。

 

「ね、篠宮。本当にお願い。一生に一度のお願いだから…」

「……」

 

 僕は今までお前の一生何度あるんだよってくらい湯川の一生のお願いを聞いてきているのだが、それは裏を返せば僕が何度も折れているということでもある。

 湯川は頑固で押しが強いし、僕はそんな湯川の押しに弱い。

 結局最後は押し負けるのなら、早めに身を引くのもありかもしれないと思った。

 

「…分かった。分かったよ。今回だけな」

「マジで!? ありがとう、篠宮。愛してる」

「やめろ、気色悪いだろ」

「そろそろキレそう」

 

 蟀谷を引くつかせる湯川を放置して、スマホを手に取った。手早く操作して、連絡先の中から『おばさん』を選び取る。通話のボタンを押すと、ツーコールの後に繋がった。

 

『ハーイ、涼太くん。どうしたの? もしかしてとうとう(しき)とエッチしちゃった? それなら大丈夫よ、孫のランドセルは私が買うから』

 

 爆速で電話を切りたくなった。この人はいつもこうなのだ。

 

「気が早いです。気が早いっていうかそんな未来は一生来ないです。そんなことよりお話良いですか?」

『もちろんいつでもオッケーよ。私、涼太くんとのお話だーいすき。でも口説くのはやめてね。私には亭主がいるから。だから口説くなら娘の累にしてちょうだい』

 

 うぜぇ…。

 

 もうそろ心の電波が悪くなってきた。本当の本当に電話を切りたい。でもここで電話を切ったら湯川との約束を違えることになる。それは何だか申し訳ない。

 だから僕はこれ以上ウザ絡みを受ける前にさっさと本題に入ることにした。

 

「…湯川がゲームで知り合った人と会いたいって言ってるんですよ。一応相手は女の子を自称しているんですけど、おばさんはどう思います?」

『…一ついいかしら』

「…どうぞ」

 

 おばさんがやけに溜めて言うから、僕も思わず溜めて返してしまった。湯川の問題なのに、なぜか僕まで緊張している。

 

『私のことおばさんって呼ぶのそろそやめてくれないかしら。だってほら、年増っぽく聞こえるじゃない。そりゃあ、涼太くんから見たら若くはないのかもしれないけど、女っていつまでも若く見られたいものなのよ』

「あの、おばさん」

『梅子さん』

「…梅子さん、一ついいですか」

『なぁに?』

「切っていいですか?」

『ダメよ』

 

 ダメらしい。

 僕は丹田にぐっと力を込めて、電話を切りたい気持ちを何とか堪えた。

 

『あとついでに、累がネットのお友達と会う話だけどね…』

「ついでっていうかそっちが本題ですけどね」

 

 一応ツッコんだがもちろん華麗に無視された。

 

『私は反対はしないわ。すっごく心配だけど、でも、累にお友達ができるのは良いことだとも思うし…』

「そうですか」

『ま、でも大丈夫よね。涼太くんしっかりしてるし』

「ん? なんで僕の話になるんです?」

『え? だって一緒に行くんでしょ? 涼太くんが一緒じゃないならダメだけど……もちろん一緒に行くんでしょ?』

「いや、えっとあの……いったん、作戦会議して良いですか?」

 

 僕は通話をミュートにして、勝手に僕の部屋の漫画を読んでいた湯川に話しかけた。

 

「湯川、おばさんが僕も一緒じゃないと許さないって言ってるんだけど…」

「え、うん。もちろん良いけど」

 

 湯川は存外あっさりと首肯した。僕のベッドに横になりながら「何か問題でも」みたいな顔を向けてくる。

 

「本当に良いのか? オフ会に幼馴染同伴なんて恥ずかしいだろ。ていうか、僕が恥ずかしい」

「分かってないね、篠宮は」

 

 ちっちっちっ、と湯川は指を左右に振った。そしてバチリとウィンクしてこんなことを宣う。

 

「私が知らない人とサシで話せるとでも?」

 

 キメ台詞だった。たぶん、世界で最も情けない。

 

 そういえばそうだった。こいつは陰キャオブ陰キャ。キングオブ陰キャといってもいい。それほどにコミュ力が死んでいる可哀そうなやつだ。そんな湯川が初対面の人間とまともに話せるわけがない。

 つまり湯川は最初から僕の同伴を勘定に入れていたのだ。

 なんだかすべて掌の上だったかのようで腹立たしいが、電話の向こうのおばさんを待たせるのも忍びない。不満はぐっと飲み込んで、ミュートを解除した。

 

「あー、おばさん……じゃなくて梅子さん?」

『なぁに?』

「今確認したんですけど、僕も一緒に行くみたいです」

『なら安心ね』

 

 これにて一件落着。

 

 …なんだか僕だけ少し損をしているような気持ちになったが、気のせいということにしておこう。今さら一悶着起こす気にもなれない。なんだかどっと疲れた。

 

『ああ、安心したら孫の顔が見たくなったわ。そうだ涼太くん、いま累とお部屋にいるんでしょ? そのまま娘をファッ――』

 

 

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