僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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ミステリなんて、現実には存在しえない

 

 

 梅雨の雨脚も近づき始める五月も下旬。

 見事な快晴となったその日、僕らの学校では球技大会が開催されていた。

 

「いやー、負けた負けた。気持ちのいい負けっぷりだったね」

「ふざ……けんな……こっちはグロッキーなんだが……」

 

 生徒は原則全員参加のスローガンのもと、担任教師によって仮病を封じられた湯川は、僕とペアを組んでバドミントンの男女混合(ミックス)ダブルスに出場。

 当然のように湯川は何もしない。

 一回戦は気合で勝ち抜いたが、二回戦では体力が続かず惨敗。

 ジャージ姿の僕と湯川は、多くの選手がスポーツに興じる体育館の端っこで、タオルで汗を拭いながらさっき自販機で買ったスポーツドリンクを呷っていた。

 

「もう少しで昼だけど、湯川はどうする?」

「まあ、ここまで参加したし、最後まで見学していこうかな」

「いいのか? シャトルから逃げ回ってたとはいえ、まがりなりにも競技に参加はしたんだから、早退しても先生には怒られんぞ?」

「いいよ、別に」

 

 と、きっぱりと言う湯川だった。

 

 去年までなら、湯川は担任になんて言われようと参加すらしなかっただろう。

 それが今では閉会式にすら参加の意欲を見せているのだから、本当に変わった。

 湯川に最近起きた変革といえば星川が友達になったことぐらいしかないので、星川の存在が湯川にここまでの変化を与えているのだとすれば、友情とは斯くも美しきものかなと言ったところである。

 

「お前、変わったな」

「変わったのは篠宮もだけどね」

「? 僕、変わったか?」

「変わったよ。それはもう別人のように。変態した」

「変身したで良いだろ」

「ヘンタイに変態した」

「僕がヘンタイなのは元からだ……って、なに言わせんだよ――つか、そんなことはどうでもいいや。僕はどう変わったんだ?」

「うーん、なんと言うか……」

 

 湯川は珍しく言い淀んで、顎に指を当ててしばし黙考した。

 そして、

 

「カッコよくなった……かな?」

 

 なんてらしくないことを言うので、僕は真剣に自分の幻聴を疑った。

 しかし、何度思い返しても聞き間違いではないので、僕は訊き返す。

 

「僕、カッコよくなったか?」

「うん……ていうか、ラブコメ主人公みたいになった」

「ラブコメ主人公⁉」

 

 なんだかわからないが、褒められている感じはしない。

 だが、よくよく思い返してみると、ここ最近、ラブコメみたいなイベントを次々と熟している僕だった。

 

「ま、とりあえず、私たちの出番は終わったから大会終了までは自由時間だね。昼までまだ時間あるし、女子の試合でも見にいこっか」

「そうだな、星川がバレーで参加しているはずだし」

「どうせ眺めるなら、むさい男の筋肉よりかわいい女の子の太ももだよね」

「おいおい。湯川、仮にも女子のお前が、そんな思春期男子みたいなこと言うなよ。それは僕のセリフだろ」

「その返しもおかしいと思うけど――あと、私は仮じゃなくて、正真正銘の女子だから」

「女子(仮)」

「黙れ」

 

 男子は男子で、熱を上げてこの大会に参加しているので、それはそれでスポーツ観戦としての見応えがありそうだが、生憎僕らは、血沸き肉躍る戦いよりも太ももに価値を見出す人種であった。

 どうせ見るなら、華のある方がいいに決まってる。

 健康的な男子ひとりと不健全な女子(仮)は女の子の太ももを目指して体育館を移動した。

 

「おー、やってるねー」

「だな……お、星川がスパイク決めた。あいつなんでもできるな」

 

 バレーコートでは金髪のクラスメイトがポイントを取ったところだった。

 クロールを一瞬で習得したこともあったが、星川は高い運動神経を有しているようだ。何事にも如才ないギャルである。

 星川の活躍も相まって、試合は僕たちのクラスが優勢なようだ。

 

 それはそれとして、薄着の女の子たちがスポーツに打ち込む姿は素晴らしい。

 短パンから伸びるしなやかな脚とか、薄手のシャツにうっすらと透ける下着の線とか、ジャンプしたときに豪奢に揺れる胸なんかは、最高に男心を擽る。

 

「うむ。やっぱり女子の体操服姿は最高だな」

「篠宮。目がキモい」

「頑張れ‼ 頑張れ‼ 頑張れ物理法則‼ もっと揺れろ‼」

「篠宮って馬鹿だよね」

「いや、普通だろ。こんな理想郷を目にしたら、健全な男子はみんなこうなる」

「確かに、皆さんわたしに勝るとも劣らないナイスバディの持ち主ですね」

「……なにナチュラルに先輩の会話に入り込んでんだよ」

 

 視線を移すと、いつの間にか隣に相庭が立っていた。

 

「お疲れ様です、リョータ先輩。シキ先輩も」

「ああ、お疲れ」

「……お疲れ様」

 

 いつもはポニーテールにしている黒髪を、なぜか今日に限って下ろしている相庭茅。

 見た目は清廉、中身はカオスな我が校が誇る馬鹿の代表選手である。

 そんな相庭も体操着を着用しており、健康的な脚を惜しげもなく晒している。

 なによりも本人の自己申告通り意外とある胸が危険球で、僕は相庭ごときにエロい目を向けないように気を付けながら平静を装って尋ねる。

 

「忘野はどうした?」

「ユキちゃんなら、大会のマッチを決めるために本部に呼び出されてます」

「ふーん、お前らは勝ち抜いたのか。僕らはもう負けちゃったけど」

「ふふん、ですか!」

 

 笑みを浮かべた相庭が後ろ髪を掻き上げる。

 

「それなら、リョータ先輩の無念も連れて、わたしとユキちゃんが決勝までいってあげますとも」

「あ、結構でーす」

 

 得意げに髪を掻き上げた意味はわからないが、ちらっと見えた汗ばんだ(うなじ)の価値ならわかる。

 

「相庭、ひとつ言っておく」

「なんでしょう?」

「お前ごときが色気を見せるな」

「なにがですか?」

「でも、御馳走様でした」

「だからなにがですか?」

 

 最高の項はともかく、相庭と忘野は女子のダブルスでそのコンビネーションを遺憾なく発揮したらしい。

 

「それにしても、ギャル先輩はすごいですね」

「アイツはうちのエースだからな」

「ボールも星川さんに集めてる感じだね」

 

 星川は身長もそこそこあるし、何より跳躍が凄い。

 高い打点から打ち下ろされるボールには、相手も戦々恐々としていること間違いなしだろう。

 

「お、こっちに気づいた」

 

 スパイクを決めた星川が僕らに気づき、笑顔でⅤサインをする。誇らしげなその表情は、彼女の「すごいでしょ?」という声が聞こえてくるようだった。

 

「……やっぱ、星川って可愛いよな」

 

 思わず口から、本音が漏れてしまった。

 慌てて口を噤むが時すでに遅し。

 

「おやおや」

 

 面倒なやつが、僕の失言を耳聡く拾ってくる。

 

「やはりわたしの恋愛センサーに狂いはありませんでしたか。リョータ先輩はギャル先輩にラブでぞっこんでフォーリンラブなんですね――そういうことならば、お任せください。あなたの頼れる後輩が、必ずその恋を成就させてみせましょう――さあ、このわたしにしてほしいことをなんでも言ってください。何でも叶えてさしあげます。神龍(シェンロン)より優秀ですよ、わたし」

「ありがとう。頼むから何もしないで?」

「そう仰らずに。わたしに掛かればあらゆる恋が成就しますよ。お望みとあらば、ハーレムの構築も請け負います」

「だから、何もしないのがお望みだって言ってんだろいい加減にしろそれはそれとしてハーレムに関してはよろしくお願いします」

「篠宮、本音洩れてる」

「はっ⁉」

 

 しまった、ついつい本音が。

 いやでも。

 ハーレムって男の夢じゃん。

 いいや――ていうか人間の夢だろ。

 女の子だって心の奥底ではイケメンを毎日とっかえひっかえしたいって思ってるに違いないんだ。

 僕だって美少女をとっかえひっかえしたい。なんなら美少女にとっかえひっかえされたい。

 

 いやてか……。

 そもそも何の話だっけ?

 

「それでは、リョータ先輩の望みはハーレムの構築ということで宜しいですか?」

「宜しくねぇわ――てか、なんでちょっとなんでも望みを叶えてくれる存在みたいなポジションになってんの、お前?」

「先ほど神龍(シェンロン)を扱き下ろしてしまった手前、あの狭量な龍に負けるわけにはいきませんから。アイツに出来て私に出来ないことはないということを見せつけねばなりません」

神龍(シェンロン)を『アイツ』とか呼ぶな」

 

 知り合いか。

 何者なんだよ、どういう立ち位置なんだよ、お前は。

 

「――ちなみに、僕が『ギャルのパンティおくれ‼』って言ったら、どうなるんだ?」

「もちろん、今試合中のギャル先輩を襲撃して、パンティを追剝(おいはぎ)してきます」

「何がそこまで……」

 

 相庭はなんだ? 僕に返しきれない恩でもあるのか? それとも弱みでも握られてるのか?

 僕みたいな人間のためにそこまでするんじゃねぇよ。

 そもそも、僕みたいな人間のハーレムを構築しようとするな。

 

「ふむ、ではギャル先輩への襲撃はしばらくしなくていいということで宜しいですね?」

「むしろ永遠にしないでくれ」

「それはお約束しかねます」

「なんでだよ‼」

「それで、叶える望みは決まりましたか、リョータ先輩? ちょっといいムードの演出、人為的なラッキースケベ――もっと奥ゆかしいところで行くと、ラブレターの代筆なんかもできますよ?」

「お前なんかにラブレターを代筆されたら、この世で最も悪質な怪文書になっちま……う……」

 

 あれ?

 

 なんだか記憶に引っ掛かりがある。

 ラブレターが怪文書?

 なんだかそんな突飛な場面に遭遇したことがあるようなないような……。

 

「うっ⁉」

「? どうかしましたか、リョータ先輩?」

「いや、なんかフラッシュバックして――ん? なんか聞こえないか?」

「え? いやまあ、バレーボールの試合の音は聞こえますけど。ギャル先輩、すごい気炎を上げてますねぇ」

「違う。そういうのじゃなくて。もっとこう、歪なビートが……耳鳴りか?」

 

 キーン――みたいな感じではなくて。

 何と言うか、耳に残る……耳に障るリズムが……。

 

「ちゅちゅちゅのちゅ」

 

 口を吐いて出たその言葉は、僕の胸にすとんと落ちた。

 すとんと落ちて、鍵を開いた。

 僕の記憶の封印を解いた。

 

「あっ……」

 

 思い出した。

 あの地獄の怪文書を。

 センスの狂った、狂人が書いたとしか思えないあのブンガクを。

 

 いやいやでもでも。

 僕の思考は、推理は間違っている気がする。

 センスが狂っているからといって、それだけで相庭をラブレターの主だと同定するのは論理の飛躍だ。三段跳びだ。

 

 しかし考えてもみると、相庭はあの日あの時、バドミントンのラケットケースからあの怪文書が発掘されたとき、間違いなく現場の近くにいた。

 充分に犯行可能位置だ。

 容疑者だ。

 

 ……え、じゃあ。

 

 ――いやいや待て待て。

 思い出せ。

 筆跡を。

 あの怪文書は手書きだった。それもかなり達筆な。

 あれは本当に相庭の字か?

 幸い僕は相庭の字を見たことがある。

 屋上で何度か後輩と開催された勉強会で、僕は相庭の字を見たことがあるはずだ。

 

 思い出せ。

 思い出せ。

 ……。

 

 ――そして、皮肉にも僕の記憶力が優れていたことで、事件は急転直下に解決編へと向かうことになる。

 あの勉強会を想起したことによって、真相は白日の下に曝されることとなった。

 思い起こしてみると。

 思い返してみると。

 真実は全て、僕の手中にあったのである。

 だから――

 

「謎は、すべて解けた」

 

 僕は星川がスパイクを決めるのを眺めながら、ぼんやりと呟いた。

 

 

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