昼休み、僕は後ろの席の湯川と席をくっつけて、ランチ用の小さな島を作った。そこに星川がやってきて、いつもの三人組が完成する。
最初の頃は、あの陰キャペアになんで星川が……、みたいな反応を見せていたクラスメイト達だったが、最近ではそんな反応を見せるクラスメイトも少ない。僕としては時折嫉妬の視線を向けられるのが困ったものだが、まあ、そんなことを気に病むほど繊細な僕でもないので無視していた。
「………」
さてさて……。
「美味しくないの?」
「ん?」
声に反応して視線を向けると、訝しげな色を湛えた星川の顔があった。
「美味しいよ。なんで?」
「いや、なんか難しい顔してたから」
「考え事してたんだよ」
「考え事? あんたが?」
「星川……僕だってものを考えることくらいあるんだよ」
「ふ~ん」
少しも納得していないと、星川が態度でアピールしてくる。
「星川、ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「エロいこと?」
「なんでそう思うの?」
「篠宮があたしにエロいこと以外で訊きたいことなんてないでしょ」
湯川もそうだが、どうしてそこに結び付けるのか。心外極まりない。
「下着の色は訊かれても答えないかんね」
「大丈夫だ。それは自力でなんとかする」
「なんとかすんな」
「それで星川――それから湯川、ふたりに訊きたいことがあるんだけど……」
「エロいこと?」
「もうそれはいいって」
湯川の茶々を受け流し、口の中で言葉を練ってから、慎重に言葉を溢していく。
「もし、もしだけど――告白を……まあ、されたとして……それを断りたいときって、どうすればいいと思う? 星川はたぶん経験あるだろ? ――あ、湯川は好きなジャガイモの品種でも答えといてくれ」
「なんでよ。私にもフラせろよ」
「……じゃあ、参考までにどうやってフるんだ?」
「う~ん……格が違うんだよ、この豚ぁ――とかどう?」
「なるほどね。ありがとう参考になった。しばらく黙ってろ」
案の定何の役にも立たなかった湯川の意見は丁重に無視して、星川に視線を向ける。
「で、星川ならどうする?」
「……ていうか、なんであたしにその話を振るの?」
「いや、だから、経験多そうだからだけど」
「ふ~ん……まあ、その、一応、フる前に相手の話をよく聞いてあげるとかしても良いんじゃない? ほら、気が変わるとかあるかもじゃん? フったら後から後悔することとかもあるかもしんないし……ちょっと話し合うくらい……」
「なる……ほど……?」
なんだか異様に歯切れが悪いが、言ってることに納得はした。
「変な質問して、なんなの?」
訝しげな視線が目の前にあった。
湯川の目。
幼馴染の目。
適当な嘘は通じない。
「なんだよ湯川、しばらく黙ってろって言ったろ?」
「いや黙ってられないでしょ。なんか星川さんも様子変だし。なに? 篠宮、誰かに告られたの?」
「次のニュースです」
「ひとりニュースキャスターごっこやっても無駄だから」
「ごっこ遊びといえば、幼稚園の頃、離婚秒読み不仲夫婦ごっこやってて、先生に怒られたことあったよな」
「話を逸らすな」
クソ、なんか今日の湯川、やけに食いついてくるな。
何とかして適当に誤魔化さなければ――と、思っていると、
「ちょっといいかしら」
横合いからそんな声が投げかけられた。
このピンチにこの救世。神はまだ僕を見放していなかった。
声の主に目を向ける。
そこにいたのは千種だった。
神は死んだ。
「……よう、千種。どうした?」
「貴方になんて話しかけてないわ。勝手に返事しないでくれるかしら、このブタ野郎」
「ブタ野郎って言われた……」
「湯川さん、星川さん、相席してもよろしいかしら」
僕のことはまるっきり無視して、星川と湯川に向かってそう告げる。
「あたしはいいけど……」
と、星川は控えめに返事しながら湯川に視線を向ける。
僕も倣って湯川に視線を向けた。
千種も揃って湯川に視線を寄越し、三者の視線が湯川に集中する。
件の湯川は、完全に俯いて陰キャモードを出発進行させていた。
「湯川?」
あっ。
そうか、そういえばコイツ、千種とはほぼ初対面か。
なんか湯川と千種が濃厚に絡み合っている百合小説を読まされたせいですっかり忘れていたが、ふたりに面識はないんだった。
……。
っていうかヤバくね?
これ、湯川の貞操の危機じゃない?
なにそれ――超オモロイじゃん。
「まあまあ、とにかく座れって。一緒に弁当食べようぜ、千種」
「だから貴方には訊いてないって言ってるでしょ。出しゃばらないでくれるかしら、害虫」
「害虫⁉ ブタ野郎じゃないのかよ!」
てか、ブタ野郎でもねぇよ。
そんな一円にもならない掛け合いをしながらも、ちゃっかりと持参した椅子に腰を落とす千種をまんじりと眺める。
僕が見詰める千種は、俯きがちな湯川の横顔をうっとりと眺めていた。
――そうやって表現するとなんだか恋する乙女のように聞こえるかもしれないが、実情は、獲物を狙う肉食獣のようなものである。
「ああ、お弁当食べる湯川さん可愛い……やっぱり実物は妄想より可愛い……家にお持ち帰りしてずっと抱き締めてたい」
妖怪・怪文書の口から激ヤバ煩悩が垂れ流しになっている。
これがもし美少女でなく中年のおじさんだったら即通報案件だ。
本当にこんなのを幼馴染に近づけていいのか疑問に思わなくもないが、まあ、本当にヤバいことになるまでは放っておこう。
幸い、先のイエローカード発言は僕にしか聞こえて……あっ、星川がものすごい顔になってる。なにコイツ大丈夫なの、みたいな目で見てる。
それな。
「ところで、湯川。ぶっちゃけ千種のことどう思ってる?」
「は?」
いきなり本題をぶっこんだ僕に、さすがの千種も毒舌を忘れて絶句。
だが、悪く思わないで欲しい。
湯川にその気がないなら、ふたりの間を取りなすことだってできないのだ。湯川の意思は早めに確認しておきたい。
千種は様子を探るように、恐る恐る湯川を見る。
「千種さんのことは嫌いじゃない」
「えっ⁉」
「特に好きでもないけど」
「ええ……」
嫌いじゃないと言われて喜んだり、好きでもないと言われて落ち込んだり。
湯川の言動に一喜一憂する千種が見ていておもしろ……微笑ましい。
「ただ、いきなり話しかけられても困る。私、千種さんのこと、何にも知らないから……」
湯川は昔から臆病な性格だ。
何事にもリスクとリターンの計算をしてしまい、結果、よく知らない人と仲良くなるのに二の足を踏んでしまう。
実際、星川と仲良くなるのにも一悶着あった。
今ほど打ち解けるのにも、それなりの時間を要したし。
「なら、それを知るために千種と話してみたらいいじゃないか。仲良くなるかどうかは、そのあと考えてみればいいんだし」
「……なんか、篠宮に上手く乗せられてる気がする」
不満そうに呟く湯川。
しかし、それでも湯川は勇気を出して千種と向き合った。
「あの、千種さん」
「は、はい!」
「えと……よろしく……?」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッッッ‼‼」
「ごめん、なんて?」
「千種お前……人間の言葉で喜べよ。つーか、咆哮するな」
コイツの狂喜こっわ。
「えっと……千種? あたしもよろしく……」
「ああ、星川さん。こちらこそよろしくお願いするわ。仲良くしましょ。確かに私は風紀委員だけど、別に風紀に煩いタイプの風紀委員なわけじゃないから、そんなに及び腰にならなくてもいいのよ?」
違うよ。
それは単に、星川が自前の勘の良さでお前のヤバさを見抜いてるだけだよ。
「以後よろしくね、湯川さん、星川さん」
「……一応形式上ツッコんでおくけど、なんで僕にはよろしくしてくれないんだ?」
「あら。それはもちろん、私がグループに入るにあたって、貴方がこのグループから抜けるからに決まってるでしょ」
「決まってねぇよ。なんだその
「篠宮くんが湯川さんと喧嘩して星川さんと破局して、ボッチになったらいいのに……」
「密かな願いがだだ漏れてるぞ」
「失礼。今のはただの本音よ」
「冗談であれよ」
湯川と喧嘩はともかく、星川との破局を願うな。
まだくっついてもいないんだから。
――そういえば、僕と湯川ってあまり喧嘩しないな。
そりゃまあ、長い長い付き合いだから全くの皆無ってこともないけど、数で言えば、片手で数えられるくらいしかない。
まあ、僕も湯川も人との衝突を嫌うタイプなので、さもありなんって感じである。
いちいち言葉の棘を剥き出しにしてくる千種とは、対照的だ。
湯川のまったく暴力を好まない性格も、千種とは好対照である。
「……決別したらいいのに」
「お前は僕について、何も願うな。よろしくお願いするな」
「真面目な話をすると、私の願いは貴方が全ての人間から軽侮されて、完全なる孤独になることなんだけれど」
「シリアスすぎるだろ。お前の性格が」
「私としてはかなり甘めに見ているつもりなのだけどね。シリアルよりのシリアスよ」
「うまくねぇよ――シリアルだけに」
僕としては楽しい会話のキャッチボールをしていたつもりなのだが、傍から見るとそうは見えなかったのか、星川はおろおろしていた。
「……篠宮くんと星川さんって、どういう関係なの? ペアのキーホルダーを使ってるくらいにラブラブなカップルだって聞いてるんだけど」
「だって、星川。僕らってどういう関係なの?」
「知るか!」
「だって、千種。知らないって」
「そんな玉虫色の回答で誤魔化せる段階でもないと思うのだけど」
「だって、星川。そんな玉虫色の回答じゃダメだって」
「玉虫色の関係だから、仕方ないんだっつぅの」
「だって、千種。僕らって玉虫色の関係なんだって」
「……貴方には主体性というものがないのかしら?」
「だって、湯川。僕には主体性というものがないんだって」
「急に私がいることを思い出すな」
さすがは幼馴染。
僕が湯川の存在を一瞬忘れていたことをしっかり見抜いてきやがる。
「あまり湯川さんを困らせないで頂戴。そんなんだから篠宮くん、貴方はクラスで浮いた存在になっているのよ」
「何が何でも僕をボッチにしようとするな。あの手この手を駆使しやがって。僕にも友達を作らせろ」
「それは貴方次第だと思うけれど……」
それは全くその通りだった。
僕もまた、他人の人間関係に口を出している場合ではないのである。
先送りにしていたあの告白に、罪の告白ではなく愛の告白に――愛の告白というか告白のお願いに、返事をしなければならない。