七限目までの授業をどこか空々しい思いのまま受け、一日の授業が全て終わった後、僕らは特段用事もなく帰宅することにした。最近では星川を含めた三人で帰ることもあるのだが、今日の星川はギャル友とマックで勉強会らしい。
勉強会って……。
一応期末テストもそろそろ出題範囲が告知される頃合いなので、筋は通ってないこともないのだが、まあ、嘘ばっかりって感じである。
――それにしても。
星川においては、教室の中心で「あたし、処女だからね!」と宣言したわりに、彼女は自分の交友関係をうまく再構築していた。
純情なギャル、というキャラクターは少なくとも女子の社会では排斥されるものではなかったらしく、星川の交友は遺憾なく回っているらしい。
こればっかりは、彼女のコミュニケーション能力を褒めるしかないだろう。湯川はもちろんのこと、僕にだってそんなことは出来そうにない。
人間関係、か――。
僕も星川を見習って、自分の交友関係を整理しなくちゃな……。
まあ何はともあれ、星川には星川の付き合いがあるので、今日は僕と湯川のふたりでの下校ということになる。
「――あっ」
千種を誘ってあげるべきかな?
――いやでも僕、アイツ苦手なんだよな。僕に対して異様に当たり強いし。いやまあ、異様ってこともないのか。千種にとって僕は準恋敵みたいなものだし。なんだよ準恋敵って。
「なに? いかにもなにか思い出しましたって感じで」
「う~ん……いや、なんでもない」
まあ、千種に関しては僕が世話を焼いてやることもないだろう。
アイツが湯川と帰宅を共にしたいと思うなら、自分からそう言いだせばいいんだし――っていうか、千種ってそもそも電車通学なのか?
そんなことを考えても仕方ないので、僕は千種のことはすっぱりと忘れて靴を履き替えた。
外に出ると、どんよりとした曇り模様だった。
圧し潰されそうな圧迫感のある、灰色の空。雨は降っていないが、いっそ降ってくれればと思ってしまうくらい微妙な天気だ。
「おい」
とにかく、帰りを急ごう。いっそ降ってくれればなんて言ったが、普通に傘を持ってない。降られる前に帰りたい。
「おい、聞いてるのか?」
声を掛けられているのは、どうやら僕だったようだ。
声の主に顔を向ける。背の低い男子がひとり、そこに立っていた。
腕を腰に当ててふんぞり返ってはいるが、しかし、タイの色的に一年生のようだ。にも拘らずこの偉そうな態度。将来大物になるか、小物になるかの二択だな。
「なんで無視するんだよ」
「悪い。まさか男子に話しかけられるとは思ってなくて」
「なんだそれ、モテる自慢かよ」
「男子にモテない自慢かな」
僕は何を言っているんだろう。
「ちょっと校舎裏に来い。話あるから」
「いやごめん、男子にモテない自慢とか言ったけど、別に男色の趣味があるわけじゃないんだ。告白はちょっと……」
「いいから来い!」
顔を真っ赤にして、後輩はずんずんと校舎裏へと一直線に歩いていく。無視することもできるけど、それはそれで後がめんどくさそうだった。
「あー、湯川。ちょっと行ってくる。先に帰っててくれ」
「大丈夫? 殴り合いになった時に私いた方がいいんじゃない?」
「お前がいても何にもなんねぇよ。大丈夫だ。いざってときは千種に泣きつくから」
「それは大丈夫じゃないんじゃない? 篠宮の漢気が」
それは確かにそうなんだけど、千種相手に漢気とか言ってもなあ――みたいなところがある。むしろ、千種は漢気なんて見せたらブチギレそうだ。
そんな呑気な事を考えながら校舎裏に向かった。
校舎裏は当然のように人気がない。まあ、当たり前だ。人気があったら、告白スポットになんかならないわけだから。
「で、何の用?」
「単刀直入に言うけど」
そう前置きして、後輩は僕を真っ直ぐ睨みつけてきた。
「アンタみたいなのと一緒にいると、ゆきちゃ……忘野の評判が悪くなるんだよ」
「………」
なんか凄いことを言われた。
そして、なんだか意外な名前が出てきた。
いや、意外でもないのか。
僕が後輩に絡まれる理由なんて、一年男子のアイドルである忘野のことを置いて他にありえない。
「今日、初めて君と話すと思うんだけど、僕のことよく知ってるんだな」
そうやって、一回会話にクッションを挟んでおく。意味があるのかは知らない。
「アンタが女誑しのクソ野郎だってことは知ってる」
「へー、そら大変だ」
興味がないので、僕は適当に返事をした。
「忘野が可哀想だから、今後、忘野にちょっかいを出すのはやめてくれ」
「その理論だと、君は今現在とても可哀想で、評判がどんどん悪くなってるんだけど」
「俺はいいんだよ。忘野のためだから」
「ひゅーかっくいー」
「茶化してんのか?」
どちらかというと揶揄しているつもりだったが、皮肉は伝わらなかったみたいだ。
「まあ、心配ないと思うぞ……たぶん。大丈夫だろ……きっと。僕と一緒にいるところを見られたくらいで、忘野の株は落ちない……おそらく。アイツはいつまでも清廉で高潔な女の子のままでいてくれる……といいね」
「曖昧!」
「そんなわけで、忘野はいつまでも君たちの高嶺の花でいてくれるから安心しろ」
「喧嘩売ってんのか?」
「買ってんだよ。ってか、君、誰?」
虫の居所でも悪いのか、なんだか珍しくもちょっとイライラしてきた。
いやいや落ち着け。
相手は初対面の後輩。いつもみたいに受け流せよ、僕。
「――まあでもほら、あれじゃん。そもそも僕が忘野と一緒にいるかどうか、わからないじゃん? あー、忘野って誰だろうなー。知らない後輩だなー」
「今さら過ぎるだろ、その言い訳。無駄なんだよ。アンタと忘野が屋上で密会してるのを、何人も見てるんだよ」
「そぉんな訳ないだろぅ?」
「あるんだよ⁉ なんで否定できると思ったんだ⁉」
「あのさ、山田太郎くん」
「勝手に名前を捏造しないでいくれる⁉ 君島晴彦と申しますぅ!」
「これはどうもご丁寧に。僕の名前は湯川累です。それじゃこれにて、あいや御免――」
「篠宮涼太でしょ⁉ なんで湯川先輩をスケープゴートにできると思った? 無理だろ! 何がしたいの本当に!」
「何とかして話を切り上げてさっさと帰りたい」
「正直なのは結構だけど無理だから!」
「そこを何とか頼むよ。今ならうちのクラスの美人風紀委員を紹介してやるぜ」
「千種先輩の話もしてないんだよ今さあ!」
「挨拶すると正拳突きを返してくれるのに」
「どうしてそれがセールスポイントになると思ったの⁉」
はぁ、はぁ、となぜか息も絶え絶えになりながらもツッコミを入れてくれる君島後輩。そんなんなるならツッコまなきゃいいのに……。
つーかなんでコイツこんなに二年について詳しいの?
ま、いっか。
「……やるな、君島。たまに一緒に遊ぼうぜ、ツッコミ担当として」
「遊ぶかあああ‼」
コイツ面白いな。
しかしそうか、帰してくれないのか。雨降りそうだから早く帰りたんだけどな。
と、そこで。
「遅くはなりましたが間に合ったようですね! 救世主登場!」
校舎の、おそらく理科室の窓を開け放って、相庭がひょっこりと顔を覗かせる。
「やあやあやあリョータ先輩、どうもお困りのようですね。この相庭があなたの助けになりましょう!」
「帰れ」
「照れなくてもいいですとも。わたしはハルヒコくんを回収しに来ただけですから」
「照れてな……え? 君島……お前、相庭と知り合いなのか?」
「わたしとハルヒコくんは無二の親友ですよ」
「マジで⁉」
「マジなわけあるか‼ バカと友達なわけがないだろ!」
「そうだよな……いやでも待てよ。確か相庭、親しい人からはバカって呼ばれてるって……」
……ドン引き。
「違う! その顔やめろ!」
「で、相庭。結局君島とはどういう関係なの?」
「教室でよくお話する関係です。最近は、リョータ先輩とその周辺の女性関係を面白おかしく脚色しながらお伝えしてました」
「お前が黒幕かよ」
「ハルヒコくんとは『ユキちゃん大好き同盟』の仲間ですからね。秘密ごとは無しなのです」
「ゆきちゃ……なんて?」
「『ユキちゃん大好き同盟』――ユキちゃんの非公式ファンクラブです。わたしが創設しました」
「お前が黒幕かよ!」
凄いな忘野。アイツ、ファンクラブとかあるんだ。ってか、ファンクラブって実在するんだ。
「ちなみにわたしはファンクラブ内では『バカ』のコードネームで通してます」
「コードネームか、それ? 事実だろ」
「ハルヒコくんのコードネームは『ED君島』です」
「EDの意味合いによっちゃ、かなり悲しいコードネームだぞ」
「ED則ち、『
「どうにしろ悲しいコードネームだった」
僕は切ない視線を君島に向けた。
君島は一瞬で紅潮する。
「なんなんだよ! ホント、なんなんだよ!」
完全に取り乱した君島は罵声を浴びせながら去っていった。
不本意ながら相庭に救われた形である。
「ありがとうな相庭。お前がウザいお蔭で助かった」
「いえいえこの程度で感謝されては――実は先ほどリョータ先輩を陰ながら救ってきてしまったのです。わたしの気の回しようをお聞きになったら、リョータ先輩はきっと地面にひれ伏したくなりますよ」
「そんな訳はないけど一応訊いてやるよ。どう気を回してくれたんだ?」
「ユキちゃんがリョータ先輩を探していたので、もう帰ったと言っておいてあげました。どうでしょう! リョータ先輩とギャル先輩の微妙な関係を慮ったわたしの絶妙な配慮は!」
「お前マジいい加減にしろよ」
僕は弾かれたように駆け出した。