僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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じゃあさ――

 

 

 忘野と初デートした翌日、僕がいつものように登校していると妙に視線を感じた。

 具体的に言うと、同じ学校の生徒にめちゃくちゃ見られている。

 冷たい視線もあれば、温かい視線もある。軽く揶揄うような視線もあれば、明確に嘲るような視線もある。アベレージで言うと、全体的に冷たい視線だ。

 

「……めんどくさ」

 

 話は既に僕程度の能力じゃ収拾のつかないところまで転がっていってるのかもしれない。なるようになれとばかり思っていたが、そういうわけにもいかないのかも。

 

 そんなことを考えつつ湯川と歩いていると、駅前のバスロータリーで偶然忘野を見かけた。

 他の生徒もちらほらいる中で、素っ気なく他人のように振舞うわけにもいかない。ふたりは『恋人』なのだから。それ相応に男女の関係を装うべきである。

 

「湯川、悪い」

「おけ」

 

 こくんと頷いた湯川は僕からそっと距離を取った。

 それを確認して、僕は忘野に声をかけた。

 

「忘野、一緒に行くか」

「はい」

 

 控えめな忘野の声は、心なしか掠れて聞こえた。

 不審に思って顔を覗き込むと、若干やつれているようにも見える。

 

「寝不足?」

「……はい」

「デートの興奮が冷めやらなくて?」

「姉と色々あって……」

「……そっか」

 

 両手を口に当てて、忘野が小さく欠伸をする。滲んだ涙を直ぐに拭って、大きな瞬きを何度か繰り返した。

 

「全然平気です」

 

 言葉とは対照的に、目は眠そうだ。足元もおぼつかないのか、若干ふらふらしている。

 

「まったく平気には見えないけど」

 

 目を開けているのだって辛そうだ。僕だったら喜んで学校を休む体調だ。それなのに、バスがやってくると忘野は迷わずに乗り込んでしまう。

 ひとまず、空いている席に忘野を座らせた。

 

「次で降りて、引き返してもいいんじゃないか?」

「いえ」

 

 にべもなく。

 

「なに? 実は学校大好きなの?」

「姉は学校を休まないので」

「一日くらいサボったって」

「………」

 

 フルフルと首を振るばかりだった。

 何とも気の休まらない日々を送っているらしい。

 

「なら、学校に着くまで寝てな。起こすから」

「ありがとうございます」

 

 素直なお礼を口にして、忘野は安心したように目を閉じた。

 しばらくバスの揺れに揺られていると、僕の右肩が重くなった。忘野が寄りかかってきたのだ。横を見れば、忘野が口を小さく開けて寝息を立てていた。

 周囲の視線が針のように刺さる。

 

「よくやるわ」

「うおっ⁉」

 

 急に耳馴染みのある声が聞こえたので振り返ってみると、後ろの席に星川が座っていた。

 うっわぁ……。

 

「そんな見るからに気まずい顔しなくていいっつぅの。あたし、気にしてないし」

「頬っぺた膨らんでますよ、星川さん」

「頬っぺたは膨らんでるけど気にしてないの」

 

 それは気にしているうちに入るのではないだろうか。星川のジャッジでは入らないらしい。

 そんなことを考えていると、スマホに通知が入った。

 

『ねえ、篠宮』

『なんでそこまでその後輩に目をかけてるの?』

 

 メッセージは星川からだった。

 

「その前に、なんでこの距離でメッセージ送ってくんの?」

「あたしに話しかけんな」

 

 ガビーン……ショック。

 

 ――あっ、周りの目があるからか。

 納得納得。

 

『僕が親切なのはいつもの事だろ?』

『あたしは真面目に訊いてんの』

『じゃあ真面目に答えると、ぶっちゃけ忘野が美人だからかな』

『まーたふざける』

『いや、僕は真面目だけど』

『あたしは本音じゃなくて、建前を訊いたの』

『普通逆じゃね?』

『普通、SNSに本音書いたりしないでしょ』

 

 切れ味ね。

 

『本音も建前も同じだよ。顔なんだよ。忘野がブサイクだったら、同じようにはしてなかった』

「……してたよ、あんたは」

 

 星川が後ろで何か呟いてたが、僕は聞こえなかったことにした。

 

『周りに笑われて、馬鹿にされて、指差されて……ホント、あんたの神経どうなってんの?』

『周りの人間がみんな僕を見てると思うなんて、自意識過剰だろ』

『あんたは自意識が足りなすぎ。神経ないんじゃないの?』

『そうかもしんないけどさ……顔見てないからって言い過ぎだろ』

『う……ごめん』

『でも全然傷付いてないでーす。うぇーい』

 

 ゴンッ――。

 

 後ろの席の人に座席を蹴られた。

 忘野が起きちゃうからやめてね?

 

『僕は別に全人類に好かれるために生きてるわけじゃないからな。名前も知らないような奴に笑われても、どうでもいい――最近はそう思えるようになった』

『ふーん』

『忘野にもそうなってほしい。そう思ったから』

『そう思ったから、嘘の恋人になった?』

『――っていうのが建前。本音は顔』

『台無しだっつぅの』

『はははっ』

『じゃあさ』

 

 というメッセージだけ届いて、続く言葉は送られてこなかった。

 一分睨んで、二分睨んで――それでも続きのメッセージは来なかったので、僕はメッセージアプリを閉じて、ネットニュースの記事を開いた。

 世間に興味のある僕ではないが、でも、ネットニュースくらいは見てる。テストで時事が出ることもあるからだ。

 とはいえ、今回の一面は時事問題にはならなそうだった。

 某女性芸能人が不倫したらしい。

 ふーん、って感じだ。

 彼女の「この度は、お騒がせして、本当に申し訳ありませんでした」というコメントがでかでかと掲載されている。

 世間というのは、お騒がせしたらいかんのか。

 むしろ世の大半は、お騒ぎできて大喜びだと思うが。

 彼女が本当に詫びるべきは、夫と関係各位だろう。名前も知らない誰かじゃない。でも、世の中はそういうわけにはいかないらしい。

 

「よくわかんね」

 

 ネットニュースを閉じて、なんとなくメッセージアプリを立ち上げた。

 もちろん、トーク欄は星川の『じゃあさ』で終わっている。

 こっちから何か送ろうかな――と思ったところで、ちょうど、星川からメッセージが飛んできた。

 

『あたしが先に恋人になってほしいって言ってたら、あたしの恋人になってくれた?』

 

 そのメッセージは、送信されて二秒後に消された。

 

 

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