――作戦。
つまりはそういうことである。
何もかも仕組んだことだったのだ。
忘野先輩があの神社にいたことも、社の陰に隠れて僕らの会話を盗み聞きしていたのも――そして、雪姫を抱き締めて感動の和解を遂げるところまで、全部事前に僕がセッティングしたものだった。忘野先輩の驚異の演技力は驚異過ぎて、なんだか気持悪いくらいだったが……まあ、彼女の如才なさに助けられてしまったのは疑いようもない事実だ。
評判通り、本当に何でもできる人である。
もちろん、あんな小芝居をお願いするにあたって、忘野先輩がふたつ返事で引き受けてくれたなんてことはない。彼女は最愛の妹を騙すことを酷く渋った――本心かはわからないが、少なくともそういう態度を取っていた。
貸しひとつ。
然るべき時に、忘野先輩の『お願い』をなんでもひとつ訊く――という約束を取り付けることで、彼女に『演技』を引き受けてもらったのである。
さながら悪魔の契約だ。
もちろん、この場合の悪魔とは僕のことである。
「それで? 篠宮は結局、生徒会長に何を『お願い』されたの? 私でよかったら、相談乗るけど」
「やかましいわ。すべてが終わった後に可愛い幼馴染ムーブをかますな――忘野先輩の『お願い』なら、まだキープされてるよ。とにかく、いつでも権利を行使できるように連絡先だけ交換させられた」
終業式の後、僕は湯川に一連の出来事のあらましを語った――正直、僕の悪魔……というよりは、むしろシンプルにクズとしか言いようのない悪行を一切合切開陳するのは憚られたが、秘密を秘密のまま保持できる強さが、僕にはなかった。
忘野先輩のように嘘を嘘のままにしておける勇気がない。
ちなみに、今日は終業式ということで、成績表が配られた。
僕の成績は平均すると大体『8』くらい。湯川は『3』くらいだった。
隅っこにある担任からのコメント欄には特筆すべきことは何も書かれていなかった。なんの面白みもない、いつも通りの成績表。
校長の熱中症には注意しろというありがたい言葉と、担任のはしゃぎすぎるなという金言も、当然のように誰もが聞き流していた。
「そんなわけで、忘野先輩に生徒指導室に呼び出されてめちゃくちゃ脅されて……」
「篠宮こそすべて終わった後に言うな。相談しろよ、幼馴染にくらい」
「雪姫と一緒に書いた絵馬も回収して……」
「だからそれも言えよ。えっ、なに? 縁結びの絵馬なんて書いてたの?」
都度都度的確なツッコミを入れつつ、全てを聞き終えた湯川は、
「で、あの後輩はその後どうなったの?
と、質疑応答に入った。
誰だよ、結城ちゃん。
そういえばコイツ、雪姫のことを『可愛い彼女ちゃん』とか呼んでて、名前で呼んでなかったな……いや、でも僕が何度も名前言ったろ。恥を忍んで、勇気振り絞って話してるんだから、ちゃんと聞けよ。
「失礼な。ちゃんと聞いてますー。はー、暑ぅ」
「扇子で仰ぎながら僕の話を聞き流すな。つーかなんだよそのショッキングピンクの扇子。センスどうした?」
「これ、篠宮のプレゼントだけどね」
「……もしも雪姫のことを言ってるなら、忘野先輩と無事に和解して、幸せそうにしてたよ。したがって僕との関係も解消。今じゃすっかり没交渉って感じかな」
元恋人(偽)の雪姫よりも、むしろその姉の忘野先輩とのやり取りの方が多いくらいである。
「色々手を尽くしてあげたのに、結局、忘野ちゃんからは捨てられちゃったわけか」
「捨てられてはねぇわ――そして、手を尽くしてもないよ。僕がやったのは、つまり、問題の解決でもなんでもない。問題の先延ばしですらない。問題の複雑化だ。明確な害悪行為だよ――情けないけど、雪姫からコンタクトを取ってこないのは正直助かってる。どの面下げて喋ればいいかわかんねぇもん」
「だろうね」
「だろうねって言うな。わからない僕に理解を示すな。自分が何をしたのかも正確には理解してないし、これからどうしていけばいいのかもわかってないんだよ」
悪意はない。
悪意はないが、悪行は悪行。
きっと雪姫はいつか真実を知った時、大いに傷つくだろう。
その責は余すことなく僕が負わなければならない。
だけど今の僕は、その正しい意味を、重みをまだ理解できていないような気がしていた。
故に、今回の騒動について何かひとつ訓示するのなら『嘘はいけない』ということだろう。
「ふうん。星川さんはどうなったの?」
「だから、最初に言ったろ。今から星川にも同じ話をするって。二度手間だから後にしてくれって言ったのに、湯川が駄々捏ねて無理矢理話訊き出したの忘れないでね?」
「にしては星川さん遅くない?」
「……確かに」
不安になって、僕はメッセージアプリを起動した。
……。
問題ない。
放課後この空き教室に来て欲しいという旨のメッセージはちゃんと送信されているし、既読も付いてる。
でも。
返信がないのはおかしい。
思い返してみれば、星川はメッセージのやり取りを必ず自分の言葉で終わらすタイプの人間だった。どんな些細なメッセージにも必ず返信するタイプ。それも、超速攻で。ジャパネットかよ、とそんなことを思ったこともある。
「……ていうか僕、最近星川と全然話してないな」
記憶を辿ってみるが……少なくとも、期末試験が始まる前から何の会話もしていない。
……あれ?
あれれれ?
「なんで……」
「篠宮がいつまでも偽の恋人とイチャイチャいてたからでしょ」
「でも……星川は待ってくれるって……」
「それ、言われてから一ヵ月も経ってるでしょ。どんだけ待たせてんだよ」
その通りだった。
ぐうの音も出ないほどその通りだった。
星川は強い奴だって、勝手に思ってた。
いつまでも待ってくれるって、知らず知らずと甘えてた。
「……っ」
スマートホンを握り締める。
そしてしつこいくらいにメッセージを送りつける。
すべてに既読が付いた。
でも、返信はなかった。
一応、電話もかけてみる。
何度呼び出し音が鳴っても繋がらない。やっと繋がったと思ったら、それは留守番電話サービスだった。
「僕だ。篠宮だ。今どこにいる? これ聞いたら連絡くれ……頼む」
無駄だと思いつつメッセージを残して電話を切る。
「湯川」
「行ってらっしゃい」
「……僕まだ何も言ってねえよ」
「何も言わなくてもわかる――ま、頑張れ」
ちゃちな激励だった。
そして、なによりも勇気を貰える激励だった。