前田にカッコよく送り出され、千種に借りたロードレーサーで激チャリして――当然、車道を走った――、そうやって持ち得る全てを使って駅に辿り着いた僕だったが、しかし、さすがにバスに追いつけるなんてことはなかった。
もちろん、それで諦めたりはしない。
むしろ、ここからが正念場だ。
駅の中でなら、追いつけるチャンスは残ってる。
逆に、電車に乗られてしまったら、もうゲームセット。
叩きつけるように定期券を自動改札機にかざし、駅構内に入った僕は、ぜえぜえと息をしながら電光掲示板を見上げた。
星川が使っている路線は――次の電車まであと一分。
「まだ間に合う‼」
ギリギリセーフか、アウトか。
結論から言うと、アウトだった。
厳密に言うと、セーフだったのにアウトにしてしまった。
僕が下りたのは8番線。
いつも僕が使っている電車の来るホームだ。
しかし、星川の使っている電車が来るのは9番線。
向かいのホームだ。
僕はこの土壇場で、大ポカをやらかしてしまったのだ。
「星川……」
向かいのホームには、星川がいた。
金髪の、相も変わらず目立つ奴。
ギョッとした目で、僕のことを見ている。
9番線には電車がゆっくりと減速しながら入ってきていた。
今から向かいのホームに行っても間に合わない。
……でも。
作戦ならある。
「……僕ってホント、馬鹿みたいな事ばっかり思いつくよな」
今からやろうとしていることが正しいのかは、やってみないとわからない。
はっきり言って、分の悪い賭けになるだろう。みんなに迷惑をかけることになる。星川にも学校にも、自分にも。
僕の理性はやらない方がマシだってとつとつと語っている。
痛い目を見るだろう。
しっぺ返しを食らうだろう。
絶対に後で後悔するって断言できる。
でも僕は。
だけど僕は。
『後』のことなんて考えたくない。
今を維持することより大切なことに気づいてしまったから。
「………」
星川と目が合った。
さっき、作戦ならあると言ったが――あれは嘘だ。
作戦なんかない。
ただ、腹は決まっている。
グダグダと色々考えるのはもうやめだ。
思ったままに。
感じたままに。
後悔なんて後でいくらでもすればいい。
大きく息を吸う。
下腹に力を溜める。
そして、
「好きだぁ――っ‼」
叫んだ。
ホームにいた全ての人が、急に叫び出した僕のことを見てきた。
さすがの僕も、その視線は堪えた。羞恥が身を焦がす。
だが、やめるつもりはなかった。
「星川、好きだあー!」
ダメ押しに、もう一回言った。
瞬間、列車がホームに入ってきて、星川は見えなくなった。
最初に訪れたのは、困惑を孕んだ長い沈黙。
次に疑問の声が囁かれるようになり、ざわざわした空気になった。
周囲の視線が刺さる。一個に集中した視線は僕の全身に押し付けられた。じわじわと嬲るような、嫌な感じだ。
今すぐ逃げ出したい。
走ってこのままお家に帰りたい。
「ふう……やっちまったぜ、僕としたことが。冷静沈着、ハードボイルドの化身とまで渾名された僕が、こうも荒ぶってしまうとは。僕にも意外と熱いところがあるんだな」
「熱いっていうか、普通に近所迷惑だから」
陰鬱から脱し、現状を打破するために、とりあえずすっとぼけたことを言って心を落ち着けようとしたら――僕のよく使うセルフコントロール術だ。意外と役に立つ――あにはからんや、独り言に反応されてしまった。
普通なら羞恥に悶えるところだが、生憎、僕の羞恥心は現在夏休みのバカンスに出かけてしまっているので不在だ。だから、僕は冷静になりこそすれ、動揺することはなかった――振り向いて。
そこにいたのが星川だったとしても、僕は動揺しなかった。
「どうせなら、世界中に愛を届けようと思ってな」
「日本語じゃ伝わらないでしょ」
「それは盲点だった」
「バカ……」
星川が困ったように笑うので、僕も苦笑いを返す。
この後、駅員さんがやってきて、しっかりと怒られた。
人間、高校生にもなってこんなに怒られることがあるんだ――と、ちょっと泣きそうになるくらいめちゃくちゃ怒られたけど、最後には駅員さんからも祝福の言葉を頂いた。
――祝福の言葉。
つまり、そういうことである。
こうして、僕の絡まりに絡まった人間関係は、一応の決着を見せた。