僕の恋路は壁が多い   作:銀楠

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『友達』の定義

 

 

 千種美穂というクラスメイトを語るにあたって、『公平』という言葉を避けて通ることはできない。その言葉を避けて彼女を語るのは、それこそ『公平』でない。

 息をするように毒を吐けど。

 本気で殺しに来ているとしか思えないようなバイオレンスさを持ち合わせていれど、その本質は公平であり、平等であり、いい奴なのである。

 それゆえに。

 大抵の人間とはどうしようもなく相容れない。

 

 毒を吐くのにいい奴という矛盾が、好きな人にも嫌いな人にも公平に助けるという人間としての矛盾が――僕を含め、大抵の人間には理解できないのである。

 彼女のことを理解できないことは理解できるが。

 実を言うと、そんな彼女を一時期苦手に思っていた僕ではあるが、今では、友達だと口幅なく呼べるようになった――そんなことを千種に言えば、間違いなく彼女は拳を振るうだろうが……。

 

 友達。

 ともだち。

 トモダチ。

 

 難しい単語である。つい先ほど『カノジョ』という単語の落ち着かなさに気も漫ろな僕だったが、もしかしたら『友達』はさらにその上をいくかもしれない。

 例えば湯川――――あいつは『友達』だろうか? あいつとの関係を思えば、なんだかその単語は軽く感じてしまう。

 例えば星川――――晴れて正式に僕の恋人となってくれた星川は、じゃあ、僕の『友達』ではなくなったのだろうか? こんなことは考えたくないが、もし僕らがわかれたら? 疑問は尽きない。

 例えば雪姫――――僕の元・嘘の恋人である彼女は、今の僕にとって何なのだろう? やはり『友達』とは表現し難い。

 例えば忘野先輩――交友関係があることは否定できないが、『友達』であるとは認めがたい。

 

 相庭はまあ、友達じゃないとして、だから今の僕にとって、臆面もなく友達だと紹介できる人間は、誰とも友達である前田と、そして千種くらいなものなのだ。

 

 どれだけ毒を吐かれても。

 どれだけ嫌われていたとしても。

 僕にとって、ふたりしかいない『友達』のひとりなのだった。

 

 

「なあ、千種。お前にとって僕ってなんだ?」

 

 前を歩く千種に、僕はそんな疑問を投げかける。

 僕にとって千種は友達だが、千種にとって僕は何なんだろう?

 一方通行の友達は友達じゃないと誰かが言っていた。

 千種が僕のことを友達じゃないと断言するのなら、それは悲しいし、何かの手違いで友達だと言ってくれるのなら――それは普通に嬉しい。

 

 そんなこと僕の問いに千種は特に振り向くこともなく、端的に答えた。

 

「ウジ虫野郎ね」

「僕の五百文字を超える長い長い独白を一瞬にして烏有に帰すな。普通に友達で良いだろ。女子がウジ虫野郎とか口にするな」

「………」

「……千種?」

「………」

「おーい。千種さーん」

「話しかけないでくれるかしら。無視してるのよ。ウジ虫だけに」

 

 果てしなく下らなかった。

 ツッコんでも僕まで火傷するだけなので、受け流して話を無理矢理戻す。

 

「なあ、千種――なんでお前が、僕のことを蛇蝎の如く、ウジ虫の如く嫌っているのかは知らないけど、いったん全部流して、フラットに僕と友達になってくれないか? 僕、お前と友達になりたいんだよ」

 

 何とも歯の浮くような台詞ではあるが、しかし、公衆の面前で大声で告白をした経験のある僕にとっては何ともない台詞でもあった。

 そんな僕の言葉を聞いた千種は、急に俯き、なんだかモジモジし始める。

 

「そ、そんな……急に言われても……」

 

 ……なんだよその反応。

 

「いや、別に告白ってわけじゃないんだから、もっと気楽に聞いてくれても……」

 

 僕の声は全く耳に入らないようで、ひとりの世界に入っていた。

 

「私は……私は……うん……そうだよね……」

 

 そこでしばらく溜めた後、意を決したように言葉を発した。

 

「嫌よ」

「なんで一回照れた!」

 

 畜生……無駄に一芸披露しやがって。

 結構演技上手いじゃねえか。

 

「ぶっちゃけ、貴方と友達になるなんて反吐吐きそうだわ」

「女子が反吐とか言うな」

「貴方と友達になるなんてヘドロ吐きそうだわ」

「なんでだよ。お前の体内ではヘドロ生成されてんのか」

「貴方と友達になるなんてペド吐きそうだわ」

「お前は体内でペド生成してんのか!」

 

 思わず勢いよくツッコんでしまった。

 そんな馬鹿な話をしていたせいか、それとも普通に暑いからか、喉が渇く。夏はこまめに水分補給することが大切なので、僕は近くの自販機に近づいて、ペットボトルのお茶を買った。

 千種も同じことを思っていたようで、しかし、自販機の前でショルダーバッグに手を突っ込んだ千種は、何かに気が付いたように固まった。

 

「どうした?」

「……篠宮くん。先ほど私は友達になんかならないという旨の発言をしたのだけど、やっぱり、条件次第では考えてあげてもいいわ」

 

 なんだ? たった今、絶対に友達にならないなんて宣言したばかりなのに、いったいどういう心変わりだろうか。

 

「条件って?」

「諭吉先生よ」

「金かよ!」

「渋沢先生でも構わないわ」

「やっぱり金かよ!」

「恥ずかしいから今まで隠してたけど……実は私、喉が渇くとお金を飲みたくなるのよ」

「カネゴンかよ!」

 

 ツッコみつつ――千種が財布を忘れたんだということにやっと気づいた僕は、お茶をもう一本買って、千種に手渡した。

 

「別に飲み物の一本くらい友達を引き合いに出さなくても奢ってやるよ。人を助ける時に、相手のことが好きか嫌いかなんて関係ないんだろ?」

 

 ちょっとカッコつけてみる。

 すると千種は黙り込んでしまい、顔を伏せてしまった。

 クサかっただろうか?

 僕が若干恥ずかしくなってきたころ、千種は唐突に顔を上げた。

 

「……篠宮くん」

「ん?」

「……あ……」

「あ?」

「あ……あ……」

 

 その先がなかなか出てこない。

 

「……あ、貴方ってロリコンなのかしら?」

「急に何⁉」

「冗談よ」

 

 何の冗談だよ。

 

「その……あ……あり……」

「あり?」

 

 ああ……『ありがとう』か。

 別にそんな無理して言わなくてもいいのに。

 

「あり……あり……」

「いいって。感謝の気持ちは充分伝わったから」

「あり……アリーヴェデルチ(さよならだ)」

「なんでだよ‼」

「ぶっちゃけ、照れてるフリは今のギャグの前振りね」

「そんな内部事情はぶっちゃけるな。墓まで持ってけ」

 

 そんなわけで、千種に昼食を奢るという大義名分を得て、僕は千種と一緒に飯を食べることを許されたのだった。

 本来はうどん屋にでも行こうかと思っていたのだが、女子を連れていくのもな――と思い、たまたま目についたお洒落なカフェに入る。

 席に着いてメニューを確認してみると、案の定微妙にメニューの値段が高い。内装も高級感があるし、メインターゲットを高めの年齢層に定めた店なのだろう。

 僕はスパゲッティとカプチーノを、千種はサンドイッチとエスプレッソを頼んだ。

 

 先に届いたコーヒーを飲みながら、まんじりと雑談に興じる。

 

「千種ってエスプレッソとか飲めるのか」

「……なに?」

「いや、大人だなと思ってさ。結構苦いだろ、それ」

「『苦いものが平気=大人』という意味不明な理論は、私もちょっと前まで思っていたことだから非難できないにせよ――意外とそうでもないのよ。苦いものを嗜めるようになっても、子供じゃなくなっただけ。大人には成れてないわ」

「……ふ~ん」

「ま、でも、世からまたひとり女児が子供ではなくなってしまったという事実は、篠宮くんとしては忸怩たる思いでしょうけどね」

「……ん? え、なに? なんの話?」

「だから、貴方、ロリコンなんでしょう?」

「ロリコンは冗談だって言ってたろ!」

 

 一瞬いい話に行くのかと身構えた僕の気持ちを返せ。

 

「そりゃあ、冗談ではないわよ。篠宮くんは、冗談じゃ済まされないロリコンだもの」

「いや、なんで僕、急にロリコン扱いされてるんだ?」

「だって篠宮くん、この前『ハア……ハア……やべぇよ、千種。僕、もう単なるAカップじゃ満足できねぇよ。AAA(トリプルエー)カップじゃねえと興奮できねぇよぉっ!』って言ってたじゃない」

「ペド吐くなや!」

 

 生粋の巨乳好きですぅぅっ‼‼‼

 

「――千種ってさ、どうしてそこまで僕のことを嫌ってるんだ? もしかして、僕が男だからか?」

 

 以前から気になっていたことを、珍しくも二人っきりになったことをいいことに、この場で口にしてみる。

 あまりにも脈絡のない僕の話の振り方に千種は驚いたように目を瞬かせた。

 

「別に、私は男でも女でも嫌いな奴は等しく嫌うけど」

「でも、女子に向かって『ウジ虫野郎』とは言わないだろ?」

「……そうね。言われてみればその通りだわ」

「そうだろ?」

「女の子を『野郎』なんて呼んだら、語義的矛盾が生じてしまうものね」

「そうじゃないだろ?」

「『ウジ虫野郎』ではなくて……そうね、言うなら、『ウジ(むすめ)』がいいかしら」

「なんで『ウマ娘』っぽく言った!」

「ちょっと篠宮くん、貴方、リテラシーというものを知らないの? 伏字を使いなさい、伏字を」

「え……ああ、ごめんなさい」

「わかればいいのよ――で、『ウ〇娘』の話なんだけど……」

「そこ伏せられちゃったら、どっちの話してるかわかんねぇよ!」

「はあ……そのくらい察しなさい――『ウ〇娘 ~プリティダービー~』の話よ」

「……ああ、そっちね。で、それが?」

「篠宮くんに『ウ〇娘 ~プリティダービー~』についての相談よ――実は、擬人化したウジ虫たちが熱いレースを繰り広げるという全く新しいゲームを思いついたんだけど、いけると思う?」

「『ウジ娘』の話だった!」

 

 いけるわけねぇだろ。ただのパクリゲーじゃねぇか。

 

 そんな一円にもならない話をしながら僕らは各々の昼食を平らげ、僕らは喫茶店を後にした。図書館への帰路を並んで歩む――というか、僕が一方的に歩く速度を落として、無理矢理並んで歩いているだけだが。

 

「お前と話すの、殊の外楽しかった。これからも、たまには一緒に馬鹿やろうぜ」

 

 僕がそう言うと、呆れたように千種の顔がふっと緩む。

 案外柔和な表情を浮かべた千種は、少しだけ間をおいて、

 

「嫌よ」

 

 と、薄く笑った。

 

 

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