上手いこと伏線を回収したところで、物語を暗転させたいところだったんだけど、現実は往々にして、そう簡単にはいかない。
雪姫がぽつぽつと語ったところによると、彼女は姉の忘野響姫に言われて、この遊園地に相庭と遊びに来たらしかった。
なんて恐ろしい偶然。いや偶然だよねそうだよね。そうじゃなかったらあの擬人化した悪魔のような忘野先輩に僕の予定の一切が筒抜けになってるってことだもんね。そんなわけないよね。じゃあそういうわけでさようなら――と、至ってナチュラルな感じで別れようとしたら、
「………」
「ぐえっ⁉」
無言の雪姫に、強く襟首を引っ張られた。
小柄な雪姫にそんなところを掴まれると、自然、僕の首は締まってしまうわけで――
「ちょ、ま、落ち着いて……」
「何を言っているのですか涼太さん。私は誰がどうも見ても落ち着いています。そうです。私は落ち着いているから大丈夫です」
「なにも大丈夫じゃない……首、締まっ……」
「おかしなことを言いますね。そうです、なにも大丈夫じゃありません。お付き合いしている人とデートするのはもちろん涼太さんの自由ですけど、そういうのは事前に私に申請を通して許認可を得てからにしていただかないと――」
うんたらかんたら。
忘野さんちの雪姫ちゃんによる高原遊園地絞殺事件が展開されようとしたところで、救いの手を差し伸べたのは、事態を若干引き気味に見守っていた星川だった。
まあまあ、とやんわり僕の首を開放しながら、
「あ、せっかくだし、一緒に遊ぶのはどう?」
華やかに笑うと、雪姫に手を差し伸べてみせるのだった。
「……いえ、そんな」
「こっちのことは気にしなくていいから。あ、もちろん、そっちが嫌じゃなければだけど」
「……いいのですか?」
「いいも悪いも。みんなで遊んだほうが楽しいっしょ?」
「………」
無表情ながら、雪姫が僅かにたじろぐのが窺えた。
その理由はなんとなく理解できる。余裕のないときに余裕のある人間を見ると、なんだか無性に心がざわつくものだ。星川には、あまり理解のできない感情かもしれない。
「ギャル先輩がそこまで頼み込むなら仕方ありませんね」
何故かそこで相庭が割り込んできて、
「お昼だけなら、一緒してあげてもいいでしょう」
「失せろ。もうお前だけ帰れよ、相庭」
「いえいえ、お礼を言われるようなことでは」
「返答が亜空間過ぎる」
馬鹿が相庭なことを言っている。
しかしそれも、親友の為に言葉を代弁したのだということを、僕はわかっていた。
◆
スプラッシュランドにはレストランが屋内と屋外の二ヵ所にあり、飯時になると大概どちらも混んでいる。
ただし、カップルチケットなら屋内レストランに専用スペースがあらかじめリザーブされていて、待ち時間は独り身よりも遥かに短い。食事ですらも格差社会。今こそ我々
……今回に関しては、僕と星川はふたりだけではないので、カップルチケットの恩恵に肖ってない。だから、ギリギリ僕の言ってる言葉は筋が通っている。
「――そうですか。涼太さんたちは『カップル』チケットをご利用でしたか」
「いやいやだから、そういう風潮に対してのアンチテーゼをですね」
「『カップル』チケットをお持ちなら、やっぱりお邪魔でしたでしょうか?」
変な発音されて火に油、もしくは冬と雪女、或いは夏と阿修羅。ごおおお――と一瞬、雪姫から修羅の冷気が立ち上ったのを感じた。
あらやだ、ついに僕も異能の力に目覚めてしまったようだ。これで次回から異能バトル作品に移行しようと思います――次回まで僕が生きていられたらの話だけどね。
ところが、僕が脳内で地球脱出の方法をセレクトしていると、
「カップルなんだからカップルチケットを使うのは当たり前じゃん」
という星川の言によって、空気が凍った。
カチンコチンに凍った空気のまま案内されてテーブル席に座る。ちなみに、僕の正面は雪姫で、星川は斜向かい。僕の隣は相庭が座った――なんでだよ。
着席した瞬間に忘野先輩から『デート楽しんでるかい(笑)』というメッセージが来ていたので(当たり前だけど、今日デートするなんてこと、忘野先輩には教えてない)、『デート死んでます(激怒)』と返信しておいた。
「私だって……」
雪姫がぽつりと呟く。
「私だってカフェでカップル限定メニューを注文したこと、あります」
メッシュの入った髪をくりくりと弄りながら、遠慮がちに言った――できればその発言は遠慮しておいてもらえると助かった。
「そ、そう……カップル限定メニューね……ふ~ん」
「それに、ゲームセンターに連れて行ってもらって、ぷりくら? を一緒に撮ったこともあります」
「……でもそれって、元カレの話でしょ? 『元』」
「………」
「………」
「私の方が付き合ってた時間はまだ長いです」
「あたしはもうキスまで済ませてるし」
びしばしびしみし! とふたりの間の空間に亀裂が走る。これがリアル『あくうせつだん』か。
おふたりの楽しげなご歓談を余所に、
「………」
ハードボイルドに押し黙る僕。
間違っちゃいけない。ふたりはまだ誰についての何を言っているのか明言していない。だからまだ、僕の話をしているとは限らないのだ。ここで過度におろおろするのは三流のすること。口を挟んでそれとなく話題を変えにいくのは二流。一流はただ気配を殺す。
もしここが戦国の世なら、僕はきっと伝説の
――とにかく、完璧な気配遮断だった。
「おや、リョータ先輩、如何したのですか? 気配まで消して。悩みがあるなら、あなたの後輩に何でもお聞かせください」
「しばくぞ」
気配消していないフリしてんだよ、察せやボケが。
「しかし、これが音に聞く修羅場と言う奴ですか。このままギャル先輩とユキちゃんが世界が言葉でniceboatするんですね」
「なに言ってるのかわからねぇよ」
「おや、わたしのリョータ先輩ともあろうものが、不朽の名作『School Ⅾays』をご存じありませんか」
「お前みたいな後輩をご存じねぇよ。初めまして」
苦々しく言い放ちながら、僕はドリンクバーのコーヒーを一口呷る。口内に広がる苦み。薫りの高さやコクってやつは感じられない。僕にはまだ、コーヒーは早かったようだ。
しかし苦みは僕の心を落ち着かせることには成功した。
まあ、落ち着け――よくよく考えてみろ、今の状況を冷静に俯瞰しよう。さすれば、これは全然修羅場じゃないって結論に帰着するはずだ。
今の状況――カノジョと元カノが同席。
……ド修羅場じゃねぇか。マジでこれ最悪ナイスボートまであるぞ。誠死ね。
「しかしこれで、四角関係ですか」
隣に座る相庭が呑気な顔でコーヒーを飲む。僕とは違って、苦みを理解しているようだ。
「四角……?」
雪姫が合いの手を入れる。胡乱な瞳を相庭に向けていた。
相庭はやけに優雅な所作で、カップをソーサーに置いた。
「はい。だってわたしも、リョータ先輩のこと好きですから」
世界が凍った。