というわけで、海に来た。
どういうわけかというと、クラス会である。
二年一組のクラス会なるものが存在するらしい、ということを、僕は先日、前田経由で知った。
当たり前のように僕は当初乗り気ではなかったのだが、数少ない友達であるところの前田と千種、それからカノジョの星川――そして何より、意外なことに、湯川が参加を表明したため、僕も便乗して、このクラス会に飛び入り参加することにしたのだった。
ギリギリまで存在すら知らされていなかったクラス会に飛び入りで参加するのは、なかなか勇気のいる行為だったが、その分の見返りはあった。
「じゃーん! 篠宮、どう? かわいい?」
星川が笑顔でピンクの水着を見せびらかしてくる。それはゴールデンウィークにプールに行った時のそれとは違う柄のものだったが、新調したのだろうか? 或いは、普通、海とプールでは着ていく水着を別のものにするのが世間の常識なのかもしれない。
そんな世間の常識一つ知らない僕だが、しかし、知っていることはひとつある。
星川、胸、大きい(☝ ՞ਊ ՞)☝ウェーイ
それ以上でもそれ以下でもない。僕はたぶん、これを見るために生まれてきたんだと思う。何なら、この
「今、篠宮くんがエロいこと考えてるに、イーロン・マスクの全財産を賭けるわ」
今日も絶好調で毒を吐いているのは千種である。
「勝手に賭けんな。お前にそんな権限ねぇわ」
「じゃあ、サイコロ振って、素数が出たら篠宮くんの目を潰すゲームはどうかしら?」
「二分の一の確率で目を潰されるゲームを、僕が許容するわけないだろ」
さすがに冗談だと思いたいが、こいつならワンチャン僕の目をマジで潰しに着かねないので、しっかりゲームは辞退しておく――僕と千種ってホントに友達なんだよね……?
「まあ、男目線で星川さんを見た時に、テンション上がるのはわかるけど」
千種は星川の方をちらちらと咎めるように見て、顔を歪めた。
「星川さん、その髪はどうしたの? 私の記憶が正しければ、貴女の髪はキンキラキンだったはずなのだけれど……一瞬、誰かわからなかったわ」
「まあうん……ちょっとね。カレシの趣味に合わせた……みたいな?」
「貴女……もうちょっと自我の強い女だと思っていたのだけれど、勘違いだったみたいね。不良の男の子と付き合ったら、自分も不良になっちゃうタイプなのかしら?」
「かもね――だから、篠宮を選んでよかった。千種もそう思うでしょ?」
「……ふん」
なんだか話に入っていける雰囲気ではなかったので、僕はその場を離れて、ひとりでビーチの拠点を設営している前田に話しかけた。
「よっす」
「あ、篠宮君」
ぱっと華やいだ前田からビーチパラソルを奪う。
「なんでひとりで働いてんだよ。他のクラスメイトはどうした?」
「みんな遊びたい盛りだから……」
「お前も大変だな……」
いつか言ったが、気の利く人間は損をする。
僕はそういうのが嫌いだ。
「………」
「………」
レジャーシートを敷いたり、パラソルを立てたり。
前田ひとりに設営を押し付けて遊びに行ってしまったクラスメイトの為の休憩所を、僕らは黙々と制作した。
「水着、似合ってる」
ふと。
沈黙に耐えかねて、そんな言葉を洩らした。
僕は元来、多弁な質である。沈黙が続くと、思わずなにか口にしたくなってしまう。褒め方が無骨な感じになってしまったのは、照れくささの裏返しだ。
前田は驚いたようにこちらに視線を寄越し、戸惑ったように、
「ありがと」
と短く答えた。
「その腰蓑みたいなやつ、なんていうんだっけ? ファラオ?」
「パレオね。エジプトの王様を腰に巻くなんて不敬だから――あと、どんな表現してもいいけど、腰蓑とだけは言わないで欲しかったかなぁ」
前田は紺色のビキニに、透け感のある紫のパレオを巻いている。
なんというか……うん……エロい。
特にパレオのせいでエロく感じる。なんで着衣の枚数増えてるのにエロくなるのかは永遠の謎だ。この謎を解明して、夏休みの自由研究として学校に提出しようかな――もう高校生だから、自由研究の課題なんて出てないけど。
「そういえば、
前田が思い出したかのように言ってくる。
そういえば忘れてたけど、前田も最初は、ことあるごとに僕と湯川をくっつけてこようとするキャラだった。
「僕もそれを訊こうと思ってたんだよ。前田、湯川のこと見てないか?」
「う~ん……岩場の方に行ったのは見たけど……」
「そうか」
「ふふっ。迎えに行ってあげなよ。後はわたし一人でもできるから」
「……ん。ありがと」
「いえいえ。お礼を言われるようなことじゃ」
「いや、今の『ありがとう』は眼福に対するお礼だ」
「……眼福?」
「ああ。ナイスおっぱい。Ⅽカップも悪くないな。
殴打された。
◆
海というのは基本的に砂浜で遊ぶもので、岩場というのは遊び場になりづらい。
なんたって、水着なんていう防御力の低い格好でごつごつした岩場で遊んだら、こけただけで大けがの危険もあるからだ。
だから、砂浜の混雑具合に比べて、岩場の人気のなさは際立っていた。
際立っていたというか、異常だった。
人がいないにしてもいなすぎる。
原因は直ぐにわかった。
「ねえ、俺たちのとこに来てよ。マジお願い」「なんでも奢るからさ。ちょっとだけでいいから」
ナンパである。いかにもガラの悪そうな二人組の男が、すがすがしいほど一人の少女にナンパを仕掛けている。そりゃ、誰も近づきたくないというものだろう。
僕だって近づきたくない。
それなりに紳士を気取っている僕だけど、困っているなら誰でも助けちゃう主人公なわけじゃない。
君子危うきに近寄らず。
誰でもは助けない。
誰でもは……。
ただし、ナンパされている少女が見知った顔の場合はそうじゃない。
青のチューブトップのビキニ。
もっさりとボリュームのある癖毛は、頭の後ろでポニーテールに結われている。
手は身体の前で組まれ、所在なさげにモジモジとしている。
溢れ出る陰キャオーラは見慣れたもので、他の誰かなら見紛うこともあるかもしれないが、他ならぬ僕が見間違えるはずもなく――それは、湯川累その人だった。
冷静に考えれば、そうだ。湯川は幼馴染の贔屓目でもそれなりの美少女だし、胸も大きい。それが一人で岩場になんかいたら、そりゃナンパされる――というか、ナンパ待ちに見えるかもしれない。
はあ――と、僕は溜息を一つ吐いて、ナンパ男と、湯川の間に割って入った。
「あっ、ごめんなさいね。僕たち高校の集まりで来てるので、ナンパされるのは目的外なんですよ。そこんとこ、ご理解ください」
ナンパしてるからといって、必ずしも悪い人間とは限らない。創作物の影響でナンパ=強引という認識が為されてしまっているが、現実では、そうとも限らなかったりする。むしろ、最初から喧嘩腰で対応する方が、話が拗れてしまうこともあるのだ。
「そうなの? まあ、そう言わずに一人くらい貸してよ」「そうそう。こっち大学生だし。君らより余裕あるから、絶対楽しいって」
おい。
僕の懸命なフォローを一瞬で烏有に帰すのやめろ。
結局、強引なんじゃねぇか。
「てか、君は誰なの?」「もしかして、その子のカレシ?」
交互に喋るナンパ男たち。
僕はげんなりしながら返す。
「カレシではないっすね」
「じゃあ、カンケ―ないじゃん」「その子、俺らが連れてっても良いよね?」
「………」
つーかなんでお前ら交互に喋るんだよ。仲良しか。もしかしてお前らも幼馴染なのか?
連係煽りプレーによって一瞬イラっとした僕だったが、そこは冷静に。ビー・クールだ、僕。
「ところで話は変わるんですけど。アディオスとアディダスって響きが似てますよね。もしかしてアディダスっていう社名はスペイン語となんか関係あるのかなって調べてみたんですけど、普通に創業者のアドルフ・ダスラーの名前をもじって付けられたらしくて、スペイン語とは何の関係もなかったんですよ~……なんの話だよって感じですよね~。というわけで、
湯川の手を取って走り出す。
一瞬、急に手を取られた湯川が身を竦めた。そして、湯川が固まった一瞬のスキを突いて、ナンパ男の片割れが湯川の反対の手を掴む。
「ちょっと待てよ」「勝手に連れてくな」
『待つわけねぇだろタコが』とか『なにが勝手だ潰すぞボケが』とかいろいろ思ったが、何よりもまず、手を掴まれた湯川の顔が恐怖に歪んだのを見て、僕は一層低い声で言った。
「放せ」
「は?」「お?」
「その手を放せって言ったんだこの野郎。後悔することになるぞ」
頭に浮かんだ言葉をそのまま口にする。
急に明確に喧嘩腰になった僕に二人は一瞬怯んだようだったけど、人数差とか体格差とかを思い出したのか、直ぐに好戦的な雰囲気を取り戻した。
「後悔って何?」「年上舐めてんの?」
「いいからその手、放せよ。ホントに後悔すんぞ」
「やってみろよ」「やんのかコラ」
「………」
〝言っても無駄〟という考え方こそ、最も無駄な考えである――と、僕は今まで思って生きてきた。湯川と語らう中で、僕が得た知見のひとつだ。
しかし、僕のこのなんちゃって名言は、今日を以って返上しなければならないだろう。
言っても無駄な奴には、言っても無駄なのだ。
そこまで後悔したいというのなら、是非もない――と、謎に強キャラ感を出してから、大きく息を吸う。
身体に力を入れた僕に男二人は身構えたが、それは全くの見当外れだった。
息を吸って。
腹に力を込めて。
――僕は叫んだ。
「千種さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん‼ 湯川が強引なナンパ受けてるぅぅぅぅぅぅぅ‼ たぁぁすけてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ‼‼‼」
一同、困惑。
ナンパ男二人はもちろんのこと、湯川ですら胡乱な目を僕に向けている。
その困惑も一時のもので、五秒経って、十秒経って、ふたりのナンパ男は笑った。
「は、ははっ……お前、いきなりなギュッッッ‼⁉⁇」
まだ一人目が台詞を言い終える前に、男は身体を横からくの字に折られて飛んでいった。
いいやそんなわけない。人体はそんな稼働ができるように作られていない――作られていないはずなのに、何度頭の中を整理しても、そのようにしか再生されない。
実際のところ、ナンパ男Aは横合いから光の速さで全力疾走してきた何者かにドロップキックを食らって、そのまま岸壁まで吹っ飛ばされたのだった。見たところ、奇跡的に出血はしていない。さらに奇跡が重なれば、命だけは助かるかもしれない――合掌。
「お……おい……ナオヤ、嘘だろ? 冗談だよな?」
ナンパ男Bが力なく笑う。どこか、諦観の念を孕んだ笑いだ。
てか、あいつナオヤって名前だったんだ。宇宙一どうでもいい情報だな。
ゆらり。
ゆらゆら。
そしてドロップキックの着地姿勢から、ゆっくりと幽鬼のように立ち上がる死神。長い黒髪は意思を持つかのように蠢動し、口からは蒸気、目からは赤光。さらにさらに両の拳には大気も揺らめく謎のオーラが。
誰であろう。
千種さんである。
既にちょっと涙目のナンパ男Bは、助けを求めるように僕に視線を寄越す。
僕は笑顔で十字を切った――R.I.P.
バキボキドギャルリグキベキぎゃーっ⁉ という謎の音を聞きながら振り返った僕は、やっと湯川を正面から見た――思えば、一週間ぶりの対面である。
「篠宮が海に来るなんて思わなかった」
「こっちのセリフだわ」
なんだか久しく話してなかった気がする幼馴染との会話は。
千種がナンパ男Bにパイルドライバーを決めている様を背景に。
そんな、どこまでもぎこちない形で始まった。